【秘密のレシピ】祭前 〜れっつ村おこし〜

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月11日〜09月18日

リプレイ公開日:2008年09月19日

●オープニング

 うだるような暑さの夏が、ようやく蔭りを見せ始めた日の午後。
「先生! 先生ー!」
 現在、村のパン作りに携わる者の中で最も年齢の若いカール・ハマンが、とある家に勢い良く飛び込んで行く。
 その慌しい様子に、その家の住民でカールのパン作りの先生リンダ・カルテッリエリは作業中の手を止め、小さく嘆息した。
「カール? 入ってくる時は静かにしろとあれほど言ったでしょう?」
「あ。す、すいません」
 リンダの諭すような物言いに、思わずカールは直立不動となる。
 既に彼女はパン作りをやめて、主婦に専念しているのだが、カールにとってリンダは怖く、そして優しい先生のままだった。
「で、何があったのかしら? 随分浮かれているみたいだけど」
「それがですね!」
 カールは、ついさっきまで行われていた村議会の会議の結果を捲し立てた。
 その内容は――――来月行われる予定の収穫祭についてのものだった。
 パンの移動販売が軌道に乗り始めている状況下にあって、一気に村の知名度を上げる為に、大規模な収穫祭を予定していると言うのだ。
「収穫祭なら、あたし達も他人事じゃないけど‥‥それだけって訳じゃないのよね?」
「勿論!」
 収穫祭に向けて、これから村人総出で準備を始めると言う。
 その中でも、特に3つの項目を重点的に行っていく事となった。
 一つ目は、村から森を抜けて修道院へ続く、カップルのデートコース『恋の花咲く小経』の整備。
 継続的に整備は行ってきているので、大分綺麗にはなってきている。
 後は、道の両端に柵を作るだけ。
 春に種を蒔いた花々はまだ芽吹いていないが、森の植物を見ながら歩く小路は祭りの際に賑わいを見せる事になるだろう。
 二つ目は、地図の作成。
 村までの地図を示した看板をパリのどこかに許可を取って設置する。それによって、祭りの際に村を訪れやすくすると言う狙いだ。
 そして、三つ目。
「‥‥冒険者酒場のメニューに、この村のパンを入れて貰う?」
 リンダの訝しげな視線を全身で受け止めたカールが、深々と頷いた。
「この前パリでやった移動販売が凄く好評だったので、思い切ってパリの冒険者酒場に置いて貰おうと言う話に」
 村の代表的なパンを一つ、冒険者酒場のメニューとして貰い、それを名物として更なる村おこしを図ろうと言うのだ。
「今度の祭りではいよいよメッセージパンも売り出すから、もし酒場に受託されたら二大目玉商品として‥‥!」
「落ち着きなさい。ね?」
「あ、はい」
 リンダに諭され、カールはようやく自分が興奮している事を自覚した。
 しかし、その熱も冷めぬままに師の相貌を見つめる。
「それで、その冒険者酒場のメニューに蜂蜜パンを申請しようかと思ってるんです」
「それは‥‥多分無理ね」
「え!?」
 蜂蜜パンは、現在カールが自信を持って作っている唯一のパンだ。
 それだけに、即否定は予想外だった。
「あそこにはもう蜂蜜クレープって商品があるから」
「そ、そんな‥‥」
 がっくり項垂れ、膝を突く。
「もう。それくらいで落ち込まないの。何時まで経っても子供ね」
 潤ませた眼差しを向けてくるかつての教え子を、リンダは優しく立ち上がらせる。
「貴方はこれから蜂蜜パンだけでやって行くつもりなの?」
「それは‥‥でも、今からだと間に合わないし」
 カールは決して出来の良いパン職人ではない。
 一つのパンがダメなら次のパン、と言うほどの発想力はない。
 今の彼の頭には、失望感だけが渦巻いている状況だ。
「先生は‥‥」
「あたしはもう引退した身。元先生、でしょ?」
 頼ろうと歩み寄った元教え子を突き放すように、言葉を全て聴かずに言い放つ。
 無論、それは決して意地悪ではない。
「これからは、貴方みたいな若い人達が新しい歴史を作っていくの。大丈夫よ。歴史はね、塗り替えるんじゃなくて積み重ねていくものだから」
 カールは、その言葉の深い意味までは理解できなかった。
 ただ、一つ。
 自分が期待されている事だけは、はっきりと自覚した。
「わかりました。蜂蜜パン以外のパンを開発して、冒険者酒場メニューに入れてみせます」
 それだけでやる気も出る。若さ故の勢いだ。
「あたしはもう手を貸せないけど、他の色んな人の手を借りて、作り上げてみなさい」
「はい!」
 勢いのままに返事をし、踵を返す。そんなカールの背中を、リンダは苦笑しながら見送った。
「ただいまー」
 入れ違いで、娘のハンナが帰宅してきた。
「お帰り。ダンスの練習どうだった?」
「それが聞いてよ。ミリィったら、手と足がいつも一緒に出て‥‥」
 リンダは、友人の話をする時の娘の顔を見るのが好きだった。
 カールも、弟の事を話す時は同じような顔をする。
 大切なものが身近にあると言うのは、素晴らしい事だ。
 今のリンダには、それが骨身に染みていた。
「そう言えば、また冒険者の人達雇うんだって。人手が足りないみたいね」
「あら。それだったら‥‥」
 リンダは娘にその事をカールに伝えるよう促した。
 冒険者酒場には、様々な国の冒険者が集う。
 それだけに、ありきたりのメニューでは中々相手にして貰えない。
 しかし、その酒場をいつも見てきている冒険者なら、或いは――――
 リンダの期待は、決して出来の良くない元教え子と、まだ見ぬ後輩達に託された。
 


 現在の村のデータ
 
 ●村力
  220(+120)
 (現在の村の総合判定値。隣の村の『リヴァーレ』を1000とする)
 ●村おこし進行状況(上記のものほど重要)
 ・冒険者酒場のメニューに加えて貰う為、新たなパンを開発中。
 ・来月予定の収穫祭に向けて、デートコース『恋の花咲く小経』を整備中。
 (柵作り、種を蒔いた場所への水遣りなど)
 ・村までの地図を作成し、パリの街に設置予定。
 ・月に二度パリまでの移動販売を慣行。
 (商品は蜂蜜パン、豆パン、チーズ乗せパン、酒パンなど)
 ・子供の間で昆虫レース、革を材料にして作った楕円型のボールを用いた遊びを試験的に開催中。
 ・山林地帯に遺跡あり。現在調査凍結中。
 ・隣村リヴァーレとの提携を検討中。
 (村力700以上で可能)
 ●人口
  男122人、女87人、計209人。世帯数72。
 ●位置
  パリから50km
 ●面積
  15平方km
 ●地目別面積
  山林75%、原野20%、宅地3%、畑2% 海には面していない

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2839 ジェイミー・アリエスタ(27歳・♀・レンジャー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea2848 紅 茜(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec4252 エレイン・アンフィニー(25歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ec4441 エラテリス・エトリゾーレ(24歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

●どきどき発案会
 パリの冒険者酒場『シャンゼリゼ』には、美味しいパンも幾つか置かれている。
『カリカリパン』や『マスタードパン』、更には『蜂蜜クレープ』。
 これらの人気メニューに挑むべく、新たなパン開発に取り組もうと挙手した冒険者は、ラテリカ・ラートベル(ea1641)、ジェイミー・アリエスタ(ea2839)、紅茜(ea2848)、エレイン・アンフィニー(ec4252)、エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)の五名だった。
「はじめまして。皆様、どうぞよろしくお願いいたしますね」
「極食会会員No.1にしてパン焼き職人の紅茜とは私の事さ! よろしくね!」
 初めてこの村を訪れたエレインと茜が挨拶をすると、集まったカールらパン職人達が拍手を送って歓迎の意を表した。
「じゃ、俺らは自分の仕事があるから。後はカール、任せたぞ」
「はい!」
 顔見世が終わり、パン職人達は職場に戻る。
「えと、それではまず案の出し合いをするですね」
 ラテリカの言葉に従い、まず各々のアイディアを出し合う事となった。
 最初は、ラテリカの案から。
 人参のペーストを練り込み、人参ジャムを中に入れた蒸しパン『ウサギのふわふわパン』。
 ウサギ形の小さいビスケットを乗せて、子供も楽しめる一品となっている。
 そしてもう一つは、燻製ハムとパスタ、玉葱をバジルソースで和え、パンの中に詰めて焼いた『満腹サラダパン』。
 具のバランスや焼き加減が難しく、その味はカールに掛かっているとの事だ。
 次にジェイミーの案。
「料理あんまりしませんのよね」
 と言いつつもしっかり用意していたそれは、二つの丸を繋いだ形状の生地にそれぞれ味付け鶏肉と素材そのままの物を入れて焼いた『なかよしぱん』。
 中々に難易度の高いパンで、いかにも彼女の案と言ったパンだ。
 次に茜の案。
「これで新メニューはバッチリさ!」
 と意気込んで出した案は2つ。
 ドライフルーツを生地に練りこんだ『ドライフルーツパン』と、チーズを生地に練りこみ、更に中にもチーズを入れて焼く『焼きチーズパン』。
 村の食材の事を考慮した、パン職人ならではの心配りが光る。
 そして次は、エレイン。彼女はなんと3つも案を持って来ていた。
「お力になれれば嬉しいですわ」
 まずは、小さく切ったチキンやきのこ、野菜類を炒め、軽く塩を振ってチーズを乗せ、それをパン生地で包んで焼いた『とろーりチーズパン』。
 次に、花の形を模したふわふわの生地にマルメロジャムを包んだ『恋のマルメロパン』。
 そして、シトロンをふんだんに使用し、甘酸っぱい味に仕上げた『シトロンジャムパン』だ。
 濃厚なものから口当たりの良いものまで、バランス良く揃っている。
 最後は、エラテリス。
「ボクはどっちかって言うと食べる方が得意かな‥‥えへへ☆」
 そんな彼女が提案したのは、ニンニクを使ったパン。
 ニンニクをを薄くスライスし、バターで炒めてチーズと共にパンに乗せて焼く、と言うものだ。
 男性の冒険者の多くは体力の回復を食事に求める。このパンはそれに合った食事と言えるだろう。
「‥‥まさかこんなに案を出して貰えるとは」
 カールは全員の提案を羊皮紙にまとめ、呆然としながら呟く。
 ここ数ヶ月、彼は今までにない自信を得ていた。
 それは、とある冒険者が提案した蜂蜜パンを自分の手で作り、高評価を得ていたからだ。
 しかし、それは彼自身への評価とは言い難い。
 何故なら、カールは他人の案そのままの方法で焼いているだけに過ぎないからだ。
 そこで彼にしかできない技術を披露しているのならば立派だが、実際はそうではない。
 カールは今、試されている。
 これだけの案を貰い、どれを採用するのか。また、どう言った形にするのか。
 それが、今後彼がこの村のパン作りの中心を担えるかどうかの指標となる。
「皆さんの案、しかと受け取りました。必ず最高の形にして、パリに挑みます」
 明らかに気負った表情を見せ、カールがお辞儀する。
 その様子に、エレインは不安を覚えていた。

●わくわく作成譚
 翌日早朝。
 冒険者一同の出した案を元に、カールは自身の工房にてパン作成を開始。
 そして、冒険者達は各々の行動でそれを支援する事となった。
 パン焼き職人の茜はカールと共にパン作りに参加。
 他の者は、村の祭り準備を手伝う傍ら、パンの試食を買って出てくれた。
「よーし! それじゃ、まず私が案を出したパンから始め‥‥」
 張り切って武闘着の袖を捲り上げた茜の視界に、作業台の上にある余った商品が飛び込んでくる。 
 それは、ドライフルーツを乗せたパンと、チーズを乗せて焼いたパンだった。
「言いにくかったんですが、既に似たような‥‥と言うか、そのままのパンを作っていまして」
「そのまんまって言うな! ‥‥言っても良いのか、この場合」
 がっくり項垂れる茜に、カールは首を振って
「いえ。紅さんほどの方が案として出すくらいですから、このパンはやっぱり凄いアイディアなんですよ。
 その確認が出来ただけでもかなりの収穫です」
 妙に饒舌にカールがほざく。
「ま、仕方ないよね。それじゃ別のパンを作ろっか」
 若干こめかみの辺りをピクピクさせつつ、茜は前向きな言葉と共にパン生地を練り始めた。

 ‥‥八時間後。

「首尾はどう?」
 ジェイミーが手伝いから戻ってくると、カールと茜は眉間に皺を寄せたまま同時に振り向いた。
「‥‥余り良くなさそうですわね」
 攻撃的な性質のジェイミーが思わず一歩下がるほど、かなりの切羽詰った感が滲み出ていた。
「一応、全部のパンを試しに作ってみたんですけど‥‥」
「一長一短、ってところだね」
 そして、同時にはーっと息を吐いた。
 確かに、全てのパンが一定以上の味を確保していた。村で出す分にはインパクトも十分だ。
 ただ、『シャンゼリゼ』に置くとなると、何か足りないのも事実。
 実際に作った結果、二人はそう言う結論を出していた。
「わたくしの『なかよしぱん』はどうでしたの?」
「ええと‥‥」
「はっきり言いなさい。もっとも、納得できない理由で却下だったら唯では‥‥」
「ひぃっ」
 ジェイミーが鞭をしならせる。その音にカールは怯えきってしまった。
「あれはどーも値段設定がちょっとアコギな気が」
「あら、そうでした? 移動費用込みならあれくらいしそうなものですけど」
「ええと、基本的には『シャンゼリゼ』に委託する形です。効率を考えると、それが望ましいかと」
 怯えつつカールが説明すると、ジェイミーはやや納得できない様子だったものの、頷いて見せた。
「ただいまー☆」
 そこにエラテリスが戻ってくる。彼女はハンナ等に踊りの指導をしていたのだが、それほど疲れた様子は見せていない。
「ちょうど良かった。エラテリスさん、ニンニクチーズパン作ったから、食べてみてよ」
「ありがと☆」
 ニンニクチーズパンを受け取ったエラテリスは、一口で半分ほどかぶり付く。
「どうですか?」
「美味しいよ☆ なんか元気が湧いてくるよ☆」
「そうなんですよね。ニンニクを使うってのは良いアイディアだと思うんです」
 またしても偉そうにカールが呟く。
「わわ、いっぱい作ったですね」
「ただ今戻りましたわ」
 そんな中、ラテリカとエレインも戻り、全員が揃った。
「やってるー?」
「おにーちゃん、パン焼いてるの?」
 更に、リンダとカールの弟アルノーも合流。
 そこで自然と試食会が行われた。
「茜さん、すごいです。この『とろーりチーズパン』とってもとっても美味しですよ」
 茜が作ったエレイン案のパンを食したラテリカが、頬に手を当ててうっとりとした様子で微笑む。
「そうかな。ま、『パン焼き職人☆☆』にかかればこれくらい」
「うん、これは確かに美味しいね。星三つ位の価値あるよ」
「☆三つ!」
 リンダのお墨付きを得た茜は、三ツ星パン焼き職人にレベルアップした!
「苦節×年‥‥頑張った甲斐があったよ」
 感涙していた。
「でも、これだけだとやっぱり難しいんですよね。チーズと他の具材を組み合わせるというのは素晴らしいんですが」
「随分偉そうですわね? 蜂蜜しか能のない駆け出しパン職人さん」
「すいませんっ」
 ジェイミーが口の端を吊り下げながら指摘した瞬間、反射的にカールが頭を抱えてしゃがみこむ。その様子を皆笑いながら眺めていた。
「ところで、一つ提案があるんだ☆」
 一通り笑いが引いた後、エラテリスが挙手して立ち上がる。
「パンの切り売りって出来ないかな? 1C分だけ食べたい、って人はその分だけ切って貰う、って感じで」
 現在、『シャンゼリゼ』には1Cで買えるパンがない。切り分けができれば、量で調整ができる分、質が良く安いパンも提供できる。しかし、リンダは首を横に振った。
「村で売る分は可能だけど、『シャンゼリゼ』の場合は『シャンゼリゼ』の売り方があるから、難しいかもね」
「そうなんだ‥‥切り分け出来たら、他の料理と組み合わせたり、色んなパンをちょっとずつ食べたりもできるのにな」
 ガックリ項垂れたエラテリスの傍らで、カールが真剣な面持ちで何やらブツブツ言っていた。
「色んなパンをちょっとずつ‥‥組み合わせ‥‥」
 その様子を、全員が不審がっていると、カールは急に立ち上がって叫び出した。
「そうか! 皆のパンの良いところを組み合わせれば良いんだ!」
 そして、皆ポカーンとしている中、一人はしゃぎ回って冒険者全員に握手を求めていた。

●はらはら完成品
 それから――――数日後。
「すくすく〜♪」
 ラテリカが鼻歌交じりに花畑に水を遣っている。彼女は踊りの練習の為の演奏や草むしりなど、ここ数日は祭りの為の準備に奔走していた。
 その傍らでは『恋の花咲く小経』の柵が組み立てられている。
「やはり自然風味の方が味が出ますわね」
 ジェイミーの指示により、柵には森に落ちている古木が主に使用された。
 加工された物よりも暖かな印象を与えており、可愛いデザインを所望していたラテリカもこの柵には満足気だった。
 この他、道案内の看板の作成も行われていた。
 隣の村のリヴァーレへの案内も行う予定だ。
 一方、村の広場では、今日も踊りの練習が行われている。
 最初は素人だった村人たちも、今ではかなり息の合った踊りを披露できるようになっていた。
「それじゃ、休憩しよっか☆」
 エラテリスが告げると、全員息を切らしながら頷いていた。
「エラテリスさん」
 そこに、数名の村人と共にエレインが現れる。彼女は売り子を行う村人達に、読み書きや計算の仕方を教えていた。特に計算は、売り子を行う上で確実に行えなくてはならない。これまではパンの売り子数名だけでも十分だったが、祭りの時はそうもいかない。エレインの物腰柔らかな教えは好評で、教え子の中には子供も数名混じっていた。
「あ、アンフィニーさん☆ どうしたのかな?」
「パンが完成したそうですわ。これから皆様と一緒に試食させて頂くのですけど、ご一緒にどうですか?」
「うん、行くよ。皆も行こっか。よーし、競争だよ☆」
 昨日食べたニンニクが利いているのか、いつも以上に元気なエラテリスは踊り子達の返事も聞かず、工房まで走って行った。


 それから三十分後。
 工房の周りには、二十余名の村人達と冒険者が集っていた。 
「みんな楽しみにしてるですね」
「ですわね」
 ラテリカとエレインがニコニコと話しながら、工房に入る。すると、そこには――――明らかにげっそりとやせ細ったカールの姿があった。
「か、カールさん? お身体は大丈夫ですか?」
「だいじょうぶです‥‥ぱたり」
 言ってる傍から倒れてしまった!
「カールさん!」
 エレインとラテリカが慌てて駆け寄る。どうやら水分を取っていなかったらしく、脱水症状の気があった。気負いから来るプレッシャーもあったのだろう。
「水を作ります」
 エレインがクリエイトウォーターで水を生み出し、ウォーターコントロールによって水を操作して布を浸し、それでラテリカがカールの顔を拭いてあげた。その後ゆっくりと水を飲ませる。
「幾ら屋内でも水分は補給しないと‥‥」
「そです。無理はいけないですよ」
「すいません」
 心配そうに見守るエレインとラテリカに、カールは弱々しく答える。そして、数日間共に試作を行った相棒に視線を送った。
「紅さん、新メニューの紹介、お願いします」
 本来なら、自分が行いたかった筈の紹介を、彼女に託す。
 茜はその意気を組み、任せろと言わんばかりに親指を立ててみせた。
「それじゃ、注目!」
 作業台の前に立ち、茜が手を叩く。全員の視線が、カールからそっちへと移った。
「『シャンゼリゼ』に申請するメニューは最終的に2つに絞ったから、それを説明するよ」
 作業台の上には、二つのクロッシュが置いてある。茜がその一つを持ち上げると、中から柔らかそうな丸いパンが出てきた。
「まずこの『シトロン蒸しパン』」
 それは、シトロンジャムを中に入れた蒸しパンだった。
 蒸しパンの柔らかい味と、甘酸っぱいシトロンジャムのハーモニーが抜群。
『ウサギのふわふわパン』と『シトロンジャムパン』のアイディアを足したものだ。
「そしてもう一つは‥‥『炭焼きチーズパン』」 
 もう一つは、細かく裂いた鶏肉、薄く切ったニンニク、炭焼きチーズを包んで焼いたもちもちした食間のパンだ。
「チーズは沢山案に出てたし、実際評判も良いから使おうって事になってたんだけど、もう一捻りって事で炭で焼こうって事になったんだ」
 そんな茜の説明に、リンダが目を丸くしている。
「チーズを炭焼き‥‥」
 そう呟きながら、リンダは『炭焼きチーズパン』を手にとって、口に含んだ。
「‥‥」
 そして、衰弱したカールの方を見る。
 炭焼きは、彼のアイディアだった。
 その教え子の発想に、思わず顔が綻ぶ。
「これなら行けるかもね」
 それを聞いた冒険者達は、全員満面の笑みを浮かべた。
「じゃ、この二品で決定!」
 茜の号令にも似た言葉を皮切りに、村人達はこぞってパンの周りに群がった。

 この後、カールの回復を待ち、二つのパンを『シャンゼリゼ』のメニューに加えて貰うよう申請に向かう事となった。
 結果が出るのは、もう少し先となる。実際に店頭に並ぶかどうかはまだわからない。
 しかし、確実に村にとって、そしてカールにとっては、大きな第一歩を踏み出す切欠となった。
 もう直ぐ訪れる収穫祭の色に、村が染まって行く。
 その様子を、冒険者達は目を細めて眺めていた。

●ピンナップ

紅 茜(ea2848


PCシングルピンナップ
Illusted by 藤井深雪