復讐鬼ルートヴィヒの結末
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:11 G 38 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月16日〜09月24日
リプレイ公開日:2008年09月23日
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●オープニング
復讐は、果たされた。
精霊信仰の村を襲いし凶悪な殺人鬼は、復讐鬼ルートヴィヒによって、その報いを受ける事となった。
殺人鬼の名はマクシミリアン。姓はヴィッテルス。
そして、復讐鬼の姓もまた、ヴィッテルス。
二人は親子だった。
「‥‥」
血に染まりし自らの父親を見下ろしながら、ルートヴィヒは自身の生存理由を吐き出すように、雄たけびを上げた。
その哭きは、自らの喉を火傷させ、鼓膜を破るまで続いた。
無論、達成感や開放感、あるいは歓喜と言った感情などある筈もない。
彼の目的は、同胞を殺した男を葬る事にあった。
そして今、その目的は自分自身へと向けられる。
同胞を殺す。当然ながら禁忌である。
では、同胞以上に近しい者――――すなわち親を殺めし者はどうなる?
言わずもがなである。
ルートヴィヒは、最後の始末をすべく、繋がる血で濡れた刃を親殺しの心臓に突き立てようと試みた。
しかし、力は入らない。
決意が鈍い訳ではない。
純粋に、疲労によるものだった。
復讐は、果たされた。
復讐は、果たされず。
果たしてどちらが真実なのか。
リアン街の重臣が彼を討つする為に差し向けた討伐隊の声も、今のルートヴィヒには聞こえない。
何も、聞こえない――――
――――かつて殺人鬼がまだ殺人鬼でなかった頃の事。
かつて領主がまだ領主ではなかった頃の事。
愛し合う二人の間に子供が授けられた。
ルートヴィヒと名付けた。
本来ならば、幸せの絶頂。
しかし、二人には大きな身分の差があった。
許されぬ恋。
祝福されぬ子供。
騎士マクシミリアンとその子供は、次期領主であり娘であるマリーの父親によって、全ての地位を剥奪され、故郷へ帰る事を余儀なくされた。
そこは、ジーザス教[白]を信仰するノルマンにあって、例外とも言える精霊信仰の村。
そこで、マクシミリアンは余生を過ごすことになる。
しかし、彼は子供を置いて直ぐに村を出た。
現実に耐えられなかったのだ。
そうなると、人間は何かに縋る。彼はジーザス教[白]の教えに傾倒した。
だが、全てを憎むマクシミリアンは、人を救うのではなく、人の魂を消滅させる事こそが、穢れを浄化する唯一の方法だと言う歪んだ境地に至った。
無論、ジーザス教の教えとはまるで対を成す思想。
ジーザス教は、彼を追放した。
そして――――悲劇が幕を開けた。
「‥‥」
リアン街領主、マリー・リンダーホーフは、鳥篭のような自身の部屋で、虚空をじっと眺めていた。
重臣の傀儡と化している彼女は、表向きにはリアン街最高の権力者。
しかし、実際にはなんら決定権を持たないお飾りに過ぎない。
そんな領主マリーの眺める空に、20年以上前に抱いた自分の子供の顔が浮かぶ。
その存在を知る者は、彼女とその腹心、そして彼女の身内のみ。
今その顔は、全くの別人となり、彼女の棲む城の地下牢に閉じ込められている。
まだ一度も見る事の適わないその顔。部下から聞き及んでいる容貌は、どうしても想像の中の子供と重ならない。
ルートヴィヒは、官憲への暴行、そして親殺しの罪で、討伐隊によって捕らえられた。
数日後には、この地から遠く離れた孤島へと流される事になる。
領主であるマリーに、できる事はなにもない。
自分の『息子』を助ける事のできる筈の身分でありながら、彼女にそれを行使する力はない。
かつて愛した者を殺めた息子。
今も愛する息子。
恐らくは、自らの死を望んでいる息子。
彼の魂を救う手段は、最早マリーには残されていない。
領主と言う鎖に縛られ、名乗り出る事すらできない母親である自分に、マリーは嗚咽を漏らして絶望を露にした。
「マリー様‥‥」
そんな領主にとって、唯一と言ってもいい味方であり、側近であるカルリーネ・ラポルダーは、その痛々しい姿をただじっと眺めていた。
マリーは、何もできない。
許しを請う事もできない。
ずっと親である事を明かしていない事実を、伝える事すらままならない。
それが、領主であると言う事。
象徴であると言う者の定めなのだ。
一介の騎士との間に子供をもうけ、更にはその元騎士が狂信者となり殺人鬼となり、その息子が復讐鬼となり親殺しとなり。
それを公表すれば、彼女自身のこれまで積み上げてきたものが全て失われる。
例え、それが砂上の楼閣であったとしても、今更崩す訳にはいかない。
彼女が倒れれば、協力した人間も共倒れになる。
リアン街の領主は、何をする事も許されないのだ。
「私が、あの方を救います」
それならば――――自分が。
カルリーネは、命を捨てる覚悟で、ルートヴィヒを逃亡させると進言した。
「いけません」
しかし、マリーはそれを頑なに拒否した。
形はどうあれ、ルートヴィヒは親を殺めてしまった。
その罪人を逃がす事が、正しい事の筈がない。
「その代わり、貴方にひとつ頼みたい事があります」
目を腫らしたマリーの懇願は――――ルートヴィヒの故郷に行って、彼の父親の墓を作って来て欲しい、と言うものだった。
既にマクシミリアンの遺体はこの世にはない。殺人鬼の成れの果ては、乱雑に土の中に放り込まれ、次第に原形を留めなくなって行くだろう。
だが、肉体が全てではない。
故郷にその墓を立てる事で、もしかしたら何かが救われるかもしれない――――マリーはそう語った。
「そしてもう一つ」
あと数日でこの地からいなくなる息子に、故郷の思い出となる何かを届けて欲しい、と言う願いをマリーは紡いだ。
既に退廃してかなりの年月が経つ村。
移動距離は片道200kmに達する。高速馬車を乗り継いでも、3日は下らない。果たして間に合うかどうか。
しかも、その村には――――殺された村人達の怨念なのか、レイスやグールがうろついていると言う噂もあった。
「わかりました。お任せください」
それでも、カルリーネは即座に頷いた。
哀れなる復讐鬼に、せめてもの救いを添えるために。
●リプレイ本文
輪郭なき風景が漆黒に溶けて行く。
道なき道の小石が不意に弾け、宙を舞い、風なき荒野を踊るように転がる。
その傍らには、楕円形に土を圧縮した跡がくっきり浮かぶ。
メグレズ・ファウンテン(eb5451)の愛馬、ジリエーザの強大な肉体は、少々の凹凸など気にも留めず、主人を乗せ闇夜の中を疾走していた。
そして、その力強い足音が時間差なしに届く前方では、オグマ・リゴネメティス(ec3793)を乗せたテルプシコラが、大きなストライドで大地を蹴り続けている。
この2頭には速度差がある為、その距離は徐々に開いていく。しかし、テルプシコラは持続性に欠ける為、オグマは馬上からその疲労度を測り、定期的休息を取ったり、馬を下りてセブンリーグブーツで併走するという移動手段を用いていた。
更にその前方――――体長2mほどある馬の形を成した水のエレメント『ケルピー』のハクトが、水掻きの付いた足先をしならせ、主である鳳双樹(eb8121)を目的地へと運んでいる。
双樹はその円らな瞳を細め、風の抵抗に耐えていた。
それを横目に、やや憮然とした面持ちでケルピーと同等の速度を保ちながら並走する人影が一つ。
セブンリーグブーツでその足を包んだ、ロックハート・トキワ(ea2389)だ。
人智を超越したその身のこなしは、一切の無駄を排除した故の美しさすら垣間見える。
彼等の移動速度は高速馬車を凌駕しており、最短でも3日は掛かると言われていたその距離を、僅か1日で半分にまで縮めていた。
そして、その遥か前方――――ローウェル村。
彼等の目的地であるその村の遥か上空の雲間に、二つのおぼろげな点が浮いている。
雲が流れ、隠していた月明かりが下界を照らしたその瞬間、点は人の形を成した。
神聖なる法衣でその身を染める十野間空(eb2456)と、七色の淡いヴェールでその鮮やかな銀髪を包むシェアト・レフロージュ(ea3869)。
魔法の箒『ベゾム』に乗り、他の冒険者達より一足早く目的地の上空まで辿り着いた二人は、闇の衣をまとうローウェル村を注意深く見下ろしていた。
二人とも夜目が利くので、常人には見えないようなこの状況でも、微かな輪郭を収める事が出来る。
シェアトと空は、風でたなびくヴェールや黒髪をそれぞれ手で抑えながら、ローウェル村の至る所に漂う青白い炎を無言で見つめていた。
その炎の光は、彼らが背に、そしてその中に抱く悠久とは対極にある、見るだけで心を締め付けるような、刹那の瞬きだった――――
●朽ちし村
依頼成立から4日目の午後。
6人の冒険者達は、揃ってローウェル村の『跡地』の前に立っていた。
ローウェル村は、既に風化していた。
入り口には、門型に組み立てた丸太と、その上部に括りつけた紐が見える。
恐らくは、その紐に村の名前を記した看板が吊るされていたのだろう。
しかし、丸太は腐朽して触れただけで樹皮が崩れ落ち、看板らしき物もない。千切れた紐が空しく風に揺られている。
「さて、復讐鬼とやらの家が何処にあるのか」
ロックハートの2色の視線が、朽ちし村の荒れた土地に向けられる。
依頼を受けた冒険者達は、出発する前に一日を費やし、パリ周辺でローウェル村及びその内部に関する情報の収集を行っていた。
更に、先立って到着していたシェアトと空が、ベゾムを駆使して村周辺での聞き取り調査を行っていた。
しかし――――精霊信仰と言うノルマンにおいては奇異の目で見られる存在のこの村に関する情報は、決して数多くは得られなかった。
依頼人も、ルートヴィヒの住んでいた家については何も知らなかった。
事前にわかったのは、この村までの地理と、精霊を信仰していたと言う事実のみ。
特定の高位精霊を神と奉るタイプの信仰と言うより、精霊そのものに対して偶像を抱いていた村だと言う。
特産品が何なのか、どのような伝承や歌があるのか、などと言った情報は出てこなかった。
それには理由がある。
殺人鬼と復讐鬼を輩出した精霊信仰の村など、存在自体許されない。
、その村に関して触れる事のないよう、各方面に圧力が掛かっていたのだ。
元々、滅びて久しい小さな辺境の村と言う事もあり、情報自体極端に少ない。
例え念入りに調査したとしても、結果は変わらなかっただろう。
それはローウェル村周辺に関しても同様だった。
しかし、闇雲にルートヴィヒの家を探す必要性はなかった。
シェアトが事前にルートヴィヒの家族に関する品がないかカルリーネに尋ねた際、ルートヴィヒが父を殺めた凶器を受け取っていたのだ。
本来なら、復讐鬼討伐隊が回収している筈の刃。しかし、討伐隊の誰一人として触れようとはしなかったという。
身内殺しに使われた武器。呪いが掛かっている可能性もあるのだ。
結局、ルートヴィヒの身柄が拘束されて場が沈静化したその後、放置されたその武器をカルリーネが回収したとの事だ。
「この刃の匂いをたろちゃんに嗅いで貰えば、或いは。双樹ちゃん、お願いして良い?」
シェアトの申し出に、双樹は神妙な面持ちで頷き、禍々しき刃を受け取る。
そして、それを愛犬の前に置いた。
『お手伝いよろしくね。ただし、絶対に無理しないように』
双樹がオーラテレパスを使用し、その意図を伝える。
たろはそれを快諾し、鼻を鳴らして匂いを記憶していた。
既にルートヴィヒがこの村を出て、かなりの年月が経っている。
匂いで家が特定できる保証はないが、闇雲に探すよりは効果的だ。
「残る問題は、あの連中ですね」
空は、遥か上空から確認したアンデッドの数を皆に伝えた。
レイスと思しき青白い炎の数は、全部で20以上。
グールの存在も依頼人から示唆されている。
ここに集いし冒険者の力を持ってすれば、単体のレイスやグールに苦戦する事はない。
ただ、特定の攻撃しか受け付けないレイスには対処法を考える必要があるし、グールに数的優位を作られるのは危険だ。
「俺のナイフに魔法を付与してくれ。奴らは俺が狩る」
ロックハートの呼びかけに、空と双樹が挙手する。
話し合いの結果、空がバーニングソードのスクロールを使って付与する事になった。
「では、私も前線での撃退に努めますので、後衛からの攻撃をお願いします」
巨大な身体を持つメグレズの申し出に、オグマ、空、シェアトが同時に頷いた。
●発見
「妙刃、破軍!」
メグレズの掛け声と共に放たれた衝撃波が、彼女の身体に牙を立てたグールを粉々に砕く。
朽ちし村に蔓延るアンデッドの数は、僅か1時間足らずの間に半減していた。
双樹はたろの傍で会話に集中。その二人を空とシェアトがムーンフィールドを用いて守っている。
そして――――
『ここが?』
双樹のテレパスに、たろが肯定の意を示す。
ルートヴィヒの家と思しき、半壊した煉瓦の建物を発見した。
「魔除けの風鐸をここに吊るします。これでこの場は安全な筈なので、探索し易くなると思います」
オグマが取り付けた魔除けの風鐸には、風によって音が鳴っている間アンデッドを締め出す効果がある。既にウェザーコントロールのスクロールで風の吹きやすい天候にしており、準備は万端だ。
「助かります。探索はどうしましょうか?」
「私は夜闇の指輪を持っているので、夜に探す事にします。それまでは戦闘の支援を」
オグマの論理的な回答に双樹は頷き、夜目の利かない自分がまず探索に努めると申し出た。
「私も双樹ちゃんに付き合いますね」
「ありがとう、シェアトお姉ちゃん」
双樹の笑顔に、シェアトも目を細める。
「では、私も戦闘支援を行うとします。くれぐれも気をつけて下さい」
空の言葉に双樹とシェアトが同時に頷いた。
●火中の涅
ローウェル村を渦巻く怨念が、徐々に剥ぎ取られていく。
それは、瘡蓋を剥がす作業に似ていた。
醜い表面を無理に削り取り、傷跡を露出させる。
本来ならば、自然とは対極の行為。
しかし、瘡蓋の中の傷が、もうとっくに消え失せているならば――――
「妙刃、水月!」
メグレズの打ち下ろした剣が、グールの身体を潰散させる。
既にこの世のものではない肉塊から発するのは、現世を呪う遺憾のみ。
しかしその怨害も、塵と化してしまえば意味はない。
メグレズがなぎ倒したグールの中には、全損せずに手足を蠢動させるものもあったが、それらは空のシャドゥボムやオグマのファイヤーボム(スクロール)によって完全に形骸を失っていく。
村に着いて2時間が経とうとする中、グールの数は既に片手で数えられるほどに減っていた。
「それにしても、レイスを見かけませんね。大分いた筈ですが‥‥」
あと数刻もすれば、夜の帳が降りる。
依頼人から必要量の油は支給されているので、ランタンの使用を惜しむ必要はない。
しかし、視界が奪われる夜、そしてアンデッドが活性化する時間帯になる前に、全滅させておきたいと言う心積りが冒険者達の中にはあった。
それだけに、レイスを見かけないと言うこの状況は、不気味さを覚えざるを得ない。
空はソルフの実を口に含み、ベゾムに乗って宙を舞った。
薄暗くなってくる事で、逆にレイスの位置はわかりやすくなる。
幾らレイスでも、突然集団で襲い掛かって来られては、脅威になり得る。
「‥‥!」
しかし――――空の目に映った青白い炎は、僅か一つのみ。
その方に視線を集中させる。
そこには、青白い光をまとった女性と、それと対峙するロックハートの姿があった。
ロックハートの手には、とうに付加効果の切れたナイフが握られている。
付加効果の持続は、6分間。
ロックハートが掛け直しを頼みに来たのは一度のみだった。
「その10分強の間だけで、ほぼ全てのレイスを片付けたのですか‥‥」
空は半ば呆れつつ、ロックハートの立っている傍らに着地した。
ロックハートは、手にしているナイフの他にも、アンデッドに効果のあるシルバーナイフを所持している。
が、それを使おうと言う様子は微塵もない。
「炎を付与します」
「助かる」
息を切らすでもなく、何処に傷を追うでもないロックハートが手を伸ばす。
そこに握られたナイフが、空のスクロールによって熱を帯びた。
「さて‥‥」
それと同時に、眼前のレイスを睨む。
或いは、この村の住人だったのかもしれない、その女性。
既に原型は崩れ、見るにも耐えない姿となっている。
が、それが例え、損傷のない身体であったとしても、ロックハートの瞳の色は変わらない。
「怨みはこの刃に預けて逝け」
涅色の土が撥ねる。
そして、刹那の後――――光は寸断された。
●復讐鬼の終焉
錆付いた鉄格子が遮る、薄暗い腐臭漂う地下牢。
復讐鬼と呼ばれた男が、そこにはいた。
「‥‥」
光なき眼で訪問者を見上げるその姿に、鬼と恐れられた面影はない。
ただ、無がそこにあるのみ。
カルリーネと共にルートヴィヒを訪れた冒険者は、ロックハート、シェアト、空の3人。
メグレズはギブライフとポーションでパーティーの回復を行った後、その大きな身体を使い、官憲らを引き付けている。
オグマはブレスセンサーのスクロールを用い、地下牢の入り口に人が来ないかを外から警戒中。
そして、双樹はまだ見ぬ復讐鬼の行く末に祈りを捧げていた。
「初めまして、シェアト・レフロージュです」
シェアトの声に、ルートヴィヒの反応はない。不自由な両手両足を動かさぬまま、鉄格子の隙間から正面を見据えている。
「貴方が生きる事を祈る人の心に動かされ、私達は此処に至りました」
それに臆するでもなく、シェアトはここ数日の行動を懇切丁寧に説明した。
自分達が、ローウェル村のアンデッドを一掃し、父親や村の者の墓を立てた事。
そして、ルートヴィヒの家の跡から、思い出の品を見つけてきた事。
「これは、双樹ちゃ‥‥鳳双樹と言う侍とその愛犬が見つけた物です。貴方の物ですね?」
そう語り、それを鉄格子の前にかざす。
すると――――
「‥‥!」
それまで眉一つ動かす事のなかったルートヴィヒは、声を上げて嗚咽を漏らした。
打ち震えながら蹲る罪人に、シェアトは唄を届ける。
それは、彼の中で渦巻く感情に対する、せめてもの鎮魂歌。
『今はまだ死ぬより辛い生なのかもしれません。けれど 貴方は一人じゃないです。何時か‥‥貴方の心が光に向かって動きます様』
テレパシーで祈りの言葉を捧げ、シェアトは一礼した。
その傍らに居た空も、言葉をかける。
「名乗り出れずとも、貴方を愛し続けている人がいる事を覚えていて下さい」
その意味を、ルートヴィヒが知る日は来るのか。
少なくとも、それを決められる者は、この場にはいない。
「復讐にその身を焦がし、良い様に流された後は、己が胸から血を流して逃げるか?」
「!」
それまで沈黙を守っていたロックハートが、やや離れた距離から言葉を紡ぐ。
ルートヴィヒは、自らの身体の傷跡を両手でなぞっていた。
「復讐鬼に救いを与える心算はない。後は好きにすれば良い」
その言葉は、どのような刃より鋭利だった。
業をその手に、闇の彼方へと逝くか。
光をその手に、足掻き苦しむか。
その一部始終を見守っていたカルリーネは、声を漏らさずに顔を手で覆った。
夜明けは、遠い。
けれど、冒険者達が出来るのは、ここまでだった。
ルートヴィヒは、顔を上げる。
その顔には、決して笑みの類はない。
ただ、青白かったその肌には、微かではあるが、生の色が滲んでいた――――
●エピローグ 〜扶持し村〜
それから幾ばくかの時が流れ――――
かつてローウェル村と呼ばれたその場所を、一人の男が訪れた。
そこには、精霊を信仰するノルマンでは少数派と言う枠に属する者達が、新たな住処を構えていた。
その集落の郊外に、二つの墓がある。
一つは、立派な墓石。添えられた苗木は既に枯れているが、長い期間その場を美しく彩った事だろう。
そして、穢れなき属性を帯びしその墓石の隣には、一本の短剣が突き立てられてる。
所々刃こぼれや錆の見える、唯のナイフ。とある冒険者の持ち物だった物だ。
そこには、村人の刻んだ数多もの怨みがこびり付いている。
男はその墓前に立つと、まず墓石に対して祈りを捧げた。
それを終えると、開目し、短剣をじっと見つめる。
男の手には、二つの物が握られていた。
一つは、錆び付いた剣。
もう一つは、木彫りの人形。決して出来は良くなく、素人の作った物だと一目でわかる。
男は静かにしゃがみ込み――――
短剣の前に、剣の方を置いた。
光はその手に、業はその胸に。
立ち上がり、振り向いたその男の目の前には、数人の者達が立っている。
復讐鬼と呼ばれたその名残を一瞥し、男は歩み出した。