ノルマン1不運な男に石像の依頼がキター!

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 44 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:10月05日〜10月10日

リプレイ公開日:2008年10月13日

●オープニング

 パリの近隣にある、とある街。
 そこには、現在ノルマン1幸せと自負している石工がいた。
 名はマックス・クロイツァー。24歳の男だ。
 国で一番の幸せと言うからにはそれなりに理由があって、数ヶ月前、長年付き合っていた彼女と婚約する事が出来たのだ。
 甲斐性のない駆け出しの石工に、ようやく春が訪れた瞬間だった。
 しかし、彼にはそんな自称とは真逆の異名がある。
『ノルマン1不幸な男』
 ‥‥事実、ここ数ヶ月の間も、彼を様々な不幸が襲っていた。
 偶々立ち寄った宿でこの世の物とは思えない料理を食してしまい、死線を彷徨ったり。
 その道中、いきなりホワイトイーグルに襲われ、家から300km以上離れたそのモンスターの巣まで咥えて連れて行かれたり。
 その巣の周りは、妙にモンスターばかりが集まった集落だったり。
 ‥‥それでも、生き残っているのだから、運が良いという見方もあるにはあるが。
「師匠!」
 そんなマックスに、新たな不幸が訪れたのは、つい今しがたの事だった。
 彼の師であり、雇い主でもある石工クラウディウス・ボッシュが不慮の事故によって、利き腕である右手の人差し指を骨折してしまったのだ。
「フ‥‥このオレをもあろうものが、下らないミスをしちまったな」
「師匠‥‥」
 マックスは布で巻かれたクラウディウスの痛々しい右手を見ながら、小刻みに震えていた。
「師匠‥‥‥‥」
「おお、我が身を案じて泣いてくれているのか、我が弟子よ。だがそう悲しむな。オレも人の子だったと言う事だ」
「師匠‥‥‥‥‥‥‥‥あんたバカですかあああああっ!」
 マックスの踵落としがクラウディウスの脳天を的確に捕えた!
「うごおおおおっ! 貴様師匠に何をするっ!?」
「この大事な時期にちょっと酒場のお姉さんに『きゃー、その筋肉ステキー!』とか煽てられたからって、指一本で逆立ちしてそのまま腕立てしてポキッとか、もう! もうね!」
 マックスは泣きながら師匠を足蹴にした。
「フ‥‥男にはよ、どうしても見栄とか張らなきゃならない時期があるのさ。それがオレにとってあの瞬間だった。それだけの事だ!」
「やかましいわっ! あのお姉さんは既婚だバカタレ!」
「のおおおおおぉぉぉぉ!? 何故それを言わんか先に貴様このゲス弟子めがっ!」
 筋骨隆々のクラウディウスも反撃を試みる。
 石工職人クラウディウス・ボッシュは、この街で指折りの腕を持っている石工として知られていた。
 しかし、そのクラウディウスの構える石材加工店『ボッシュ』は、一向に流行る気配がない。
 女に目がないが女運のない名工クラウディウスと、ノルマン1不幸な駆け出し石工マックス。
 この2人だけで店を構えているのだから、仕方のない話ではある。
 それでも、クラウディウスの腕は確かなので、稀に街の外から仕事の依頼が舞い込む事もある。
 特に、収穫祭などのような催しのある時期は、掻き入れ時と言えるのだ。
「そんな時期に骨折とは‥‥さすが不幸の申し子を弟子に持つ石工」
「その声はペーター!」
 マックスは、親友の名を叫んだ。
 ペーターとは、彼の数少ない友人の一人で、この街で最も腕のある鍛冶師アポロニウスの弟子だ。
「お前な、まるで俺が悪いみたいに言うな。体裁の悪い」
「ですが、これを見ても直そう言い切れますか?」
 不敵な笑みを浮かべ、ペーターは一枚の丸められた手紙を差し出した。
「これは‥‥仕事の依頼状!」
「ちょうど今しがたシフールの方が届けてくれたので、受け取っておきました。どうやら、この辺りにはない村からのようです」
「勝手に‥‥」
 呆れつつ、マックスは手紙を広げる。
「‥‥!」
 そして、その手紙を読みつくした瞬間、師をバハムートのような目で睨んだ。
「依頼です‥‥」
 クラウディウスもマックスも文字を読む事が出来るので、石材加工店『ボッシュ』は外部から依頼状を出すよう積極的に呼びかけていた。
 無論、街中だけの依頼では生計が成り立たないからである。
「読め」
 依頼と聞いたクラウディウスは、その顔を凛然としたものに変え、ドカっと椅子に腰掛けた。
「要約すると、もう直ぐ収穫祭を行う村で、そのお祝いも兼ねて村長の石像を立てるとか。それを作ってくれとの事です」
「いつまでにだ?」
「10月いっぱいです」
「フン。楽勝だな。早速向かうとするか」
 クラウディウスは不敵に笑み、膝に手をつき――――そこで思い出す。
「‥‥あ、そうだったな。オレは今『不慮の事故』で図らずも右手が使えぬ身‥‥か」
「まだ言うかあんた」
「こう言うところは僕の師匠と良く似てますね」
 アポロニウスとクラウディウスは、この街でも有名なライバル同士。
 なんでも幼少の頃から、それぞれの道で競い合う仲とか。
「仕方ない。マァァァックス! お前が彫れ」
「なああああっ!?」
 突然の要求に、マックスは狼狽した。
 無理もない。彼はまだ駆け出しなのだ。ある程度形を形成する初期の段階や、その他雑用程度ならこなす事は出来るが、金を受け取って一から仕事するのは明らかに不相応。それは依頼者に対しても礼を失する事になる。
「心配するな。細部の最終チェック程度ならこの手でも出来る。これまでから一歩踏み込んだ仕事をするだけだ」
「で、ですが」
 マックスは頭を抱えた。手紙に記された依頼主の村は、この街から北にあると言う。
 頑張って歩けば1日で着く距離ではあるが、何しろ彼はノルマン1不幸な男。まず何事もなく辿り着く事は出来ないだろう。
 クラウディウスが万全なら、1ヶ月もかけるまでもなく石像は完成するだろう。だが、マックスの場合はそうも行かない。
「仕方ないですね。貴方は一刻も早くその村に向かって下さい」
「言われるまでも無い。時間が惜しいからな」
「いえ、単に早くこの場を離れないとまずい事になるかと‥‥」
 ペーターが全てを言う前に、彼の前に猛烈な勢いで女性が突っ走ってくる。
 それは、マックスの婚約者マルレーネだった。
「マックス! 酒場の人妻のお姉さんを口説いてたって本当!?」
 そして、鬼の形相でマックスを問い質す。
「なっ、違う! 口説いていたのはこのバカ師‥‥うわ、いないし!」
 ちなみに、クラウディウスには既に妻子がある。
 明らかに彼の偽装工作だった。
「もう婚約なんて解消よ! この甲斐性なしっ! バカーーーっ!」
「ちょっ、マルレーネ‥‥!」
 マルレーネは泣きながら走り去って行った。
 その剣幕と、理解できない状況に翻弄され、マックスは呆然と立ち尽くすのみ。
「な、何でこうなるんだ」
「だから言ったでしょう? 貴方はノルマン1不幸な男だって」
「くっそおおおっ! マルレーネ! 違うんだぁぁぁ!」
 取り敢えず最優先すべき事項を選択したマックスは、誤解を解く為に街を奔走した。
「さて。どうします?」
 その背中を苦笑交じりに眺めながら、ペーターが呟く。
 それは独り言ではなく、テーブルの下に隠れていたクラウディウスに向けての言葉だった。
「ま、弟子を鍛える良い機会だ。奴にはここで一皮剥けて貰おう」
「ですが、流石に一人では手に余るのでは。そもそも村に辿り着けるかも疑問ですし」
 ペーターの言葉に、クラウディウスはニッと笑みを浮かべた。
「こう言う時の為に、冒険者を雇うと言う選択肢がある」
「成程」
 と言う訳で、その数日後、パリの冒険者ギルドに依頼が出される事となった。

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1875 エイジ・シドリ(28歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec0583 鳳 美夕(30歳・♀・パラディン・人間・ジャパン)

●サポート参加者

リリー・ストーム(ea9927)/ アリスティド・メシアン(eb3084)/ レア・クラウス(eb8226

●リプレイ本文

●1
 ラテリカ・ラートベル(ea1641)とエイジ・シドリ(eb1875)の飼う鷹が優雅に宙を舞う。
 その真下――――マックスは街外れからパリまで続く道を淡々と歩いていた。
 瞳孔を開きながら。
「余り思い詰めるな。アリスティド・メシアンと尾上彬(eb8664)が上手くフォローしてくれている筈だ」
 エイジの声に、マックスの反応はない。
「聞いてないみたいだけど、大丈夫なの? この人」
「さあな」
 クァイ・エーフォメンス(eb7692)が訝しげにマックスを突付く傍ら、エイジは小さく嘆息していた。
 その背後から、ラテリカが駆け足気味に近付いて来る。
「念には念入れて、予備の細工道具を持って来たです」
「‥‥ああ、そうか。そう言う可能性もあるんだな、この依頼は」
 エイジは感心した様子でラテリカを迎えた。
 ノルマン1不幸な男――――彼の持ち歩く細工道具など、到着時に全て折れていたとしても何の不思議もない。
「ちょっと待った。ノルマン1不幸‥‥? ちっちっちっ」
 そんなマックスの前に、鳳美夕(ec0583)が立ち塞がる。
「甘い甘い。きっと2番が良いとこだよ。え? じゃあ1番は誰かって?」
 誰もそんな事は聞いていないのだが、美夕はテンポ良く続ける。
「ここにいる私こそ、ノルマン1不幸の称号を持つ者!」
「ほう、興味深い話ですね」
 そこにペーターがにゅっと現れる。
「もし貴女が本当にマックス以上だとしたら、それは奇跡の大発見です」
「うふふ、それなら君は歴史の目撃者、ってとこだね」
 美夕は不敵に笑った。
 実は彼女、懐にぎっしり呪いのお札を仕込んである。
 裏面にお洒落な模様の入ったメモ帳に扮してあるそのお札の総数、実に74。
 知人のリリー・ストームから微笑みと共にプレゼントされたものだ。
 本来マックスに向けられた不幸を、自身が受ける為の用意だ。
 ちなみにこの事実は他の冒険者も知っており、その献身にラテリカは涙を禁じえなかったと言う。
 よって、今の美夕は常人よりも遥かに不幸体質になっているのだ!
「と言う訳で、私には近付かない方が‥‥」
 美夕がその豊満な胸を張って威張っていたその時――――上空の鷹2連がそれぞれの飼い主の肩に留まろうと急降下してきた。
 それと同時に。
 矢が、真っ直ぐマックスの方へと振って来て――――
「敵!?」
 クァイがマックスの前に立ち、氷晶の小盾で弾く。しかしその弾いた矢が回転しながら上に跳ね、そのままマックスの脳天に直撃!
「うごおおおおっ!?」 
「え‥‥何で?」
 その後も矢が連続して飛んでくる。クァイは盾の角度を調節し、全て安全に弾いたが、折れた矢の破片が額に刺さり、地面に弾いた際に飛び散った土が目に入ったりして、一つ一つ丁寧に被害を受けていた。
 それでも、もしクァイがいなければ確実に重傷を負っていただろう。
 ラテリカが慌ててムーンフィールドを使用し、どうにか事なきを得た。
「貴方、誰かに狙われているの?」
 ポーションをマックスに譲渡しながら、クァイが呆れ気味に呟く。
 それを慌てて否定するマックスに、美夕は愕然とした表情を浮かべていた。
「こ、ここまでなの‥‥天然の不幸気質」
「えと、この近くで矢を放つ催し事があってるそです」
 その傍ら、テレパシーで鷹達の話を聞いたラテリカが皆に伝える。
 結局、本日は日が悪いと言う事で、出発は翌日に延期する事となった。
 元々1日目は様子見がてら短距離の移動の予定だったので、問題はない。
 しかし―――ー
「マックスさんは、神様にいっぱい愛されてるですね。時に激しく、時に、えと‥‥弄ぶよに?」
「ははは、弄ばれている程度ならどんなに楽か」
 ラテリカの冗談に、ペーターはしれっと笑う。
「これは‥‥もう少し念入りに計画した方が良いか?」
 エイジの言葉に、マックスを除く全員が頷いていた。

 その頃――――
「‥‥?」
 情報収集を終え、他の面子に合流しようと郊外へ向かうレティシア・シャンテヒルト(ea6215)の視界に、マルレーネと談笑している彬とアリスティドの姿が映った。
 
●花言葉
 改めて、旅立ちの日。
 ペーターとクラウディウスに見送られ、マックスと冒険者達は街を出た。
「ところで、マルレーネは‥‥」
 マックスの問い掛けに、レティシアと彬はそれぞれ明後日の方向を眺める。
「‥‥おい?」
 狼狽するマックスに、美夕がポン、とその肩を叩いた。
「多分、知らない方が良い事って世の中には沢山あると思うよ」
「何でだあっ!? お前らマルレーネと何話したんだよおおっ!」
 涙目で叫ぶマックスに、ラテリカが慌ててフォローに入る。
「えとえと、おししょさまは楽しい一時を過ごしただけ、と言ってたですから、きっとだいじょぶですよ?」
「本当に‥‥?」
 ラテリカは微笑みつつ、頬をつーっと伝う何かをそのままに、視線を逸らした。
「女性問題は自分で処理しろ。ところで、本当にこのルートで良いのか?」
 エイジの至極真っ当な指摘で灰になったマックスを放置し、冒険者達はルートの確認を行った。
 通常の経路なら、山を越える事になる。
「けれどこの山、最近山賊が出たらしいのよ」
「それなら、迂回した方が良いか」
 レティシアとエイジが思案顔で地図を眺める。
 その地図は、街〜村間の最新情報を入手したレティシアが独自で作ったものだ。危険因子のある地帯には×印を入れている。
「時間には余裕があるし、迂回で良いんじゃないか?」
 彬の締めに異論を唱える者はなく、経路が決定した。
「さて‥‥どんな賽の目が出るんだ」
 そんな彬の不敵な微笑混じりの言葉に、マックスは早くも心が折れた様子で俯いていた。

 護衛には万全を喫した。
 まず、当の本人に幸運グッズの貸与。
 そして、徹底管理。マックスには肉体労働禁止令を出し、荷物は全て馬達が運搬。
 食事に使用する物は全て煮沸し、冒険者が先に毒見を行う。
 マックスの食事は出来る限り保存食に限定し、安全第一。
「と言う訳で、あーんなさい」
「いや、毎日普通に食事はしてるから‥‥」
 照れるマックスに、レティシアが半ば強引に食事を与える。
 無論、食事中は結界で防御。
 水を汲む際にもマックスには川に近付かせず、ロープやランタンなどの道具は休憩時に全て細かくチェックを行う。 
 崖、谷、沼にも近寄らず、必ずマックスの前を誰かが歩き、落とし穴がないかを確認。
 更には天候にも用心する。
 ラテリカとエイジの鷹には上空からの偵察をさせ、モンスターがいないかを多角的に認識しておく。
 加え、彬とレティシアが定期的に先行して前方を偵察し、地形や周囲の確認を行う。
 そして、夜は二人一組でチームを組み、交替で見張りを行う。
 第一組はレティシアとエイジ、第二組は彬と美夕、第三組はラテリカとクァイ。
 鳴子を仕掛け、火が消えないように注意する。
 まさに、徹底に徹底を重ねた、要人に対するそれと大差ない護衛だった。
 また、休憩時、仕事に不安を抱えるマックスに練習をするようレティシアが提案。
 ファンタズムによって依頼された村の村長の姿を生み出し、その映像を下にマックスが石像の完成形をイメージし、それをリシーブメモリーによって共有したレティシアが再び幻影として具現化し、徐々に理想形に近づけるという方式だ。
 それが完成した後、手ごろな石材を最寄の街で購入し、実践すると言う形で訓練をしていく。
 マックスはまだ立体を構成する想像力が欠けていた。
 その点を、レティシアは熱心に、根気強く助言していた。
 そして、夜。
「明日通り掛かる街で、治安状況と経路の確認をしておこう」
「了解。私も情報集めておくから」
 見張りを終えたエイジとレティシアがそれぞれのテントに消える中、次の順番の美夕は明らかに憔悴した顔でテントから出てきた。
「うう、保存食に全部カビが‥‥」
 今日一日、美夕は予定調和の不幸に襲われまくっていた。
 羽虫が目と耳と鼻に同時に入って大騒ぎになったり、何もないところで前のめりにコケたり、その際に助け起こそうとした彬もコケてその上にダイブしたり。
「いや、今日は済まなかったな。大丈夫か?」
「まー‥‥自業自得と言うか、そんな感じだしね」
 まだ赤い額を擦りつつ、美夕は微笑んでみせた。
「献身も過ぎると身を滅ぼすぞ」
「良いの良いの。これで少しでも護衛が楽になるなら」
 美夕のそんな言葉に、彬は何も言わず苦笑する。
 そんな二人の傍で、紫色の花が揺れていた。

●雪崩のよーに
 翌日。
 彬はマックスにジャパン古来より伝わる不幸払いを伝授していた。
「‥‥俺にこれを着ろ、と」
 野営場所の地面に置かれた『魔法学校女子制服一式』を、マックスは巨匠のような険しい顔で睨む。
「どうするかはあんた次第だけどな」
「くっ‥‥仕方ない。今の俺にはもう仕事しかないんだ。その為には無事依頼人の所まで辿り着かないと」
 ブツブツと呟き、マックスは女子制服一式を身にまとった。
「取り敢えず、最寄の街に寄るとしよう」
 それはそれとして、エイジの言葉に全員が頷き、ぞろぞろと歩き出す。
「‥‥気を使ってくれてるのかもしれないが、そこまで無反応だとそれはそれで傷付くんだが」
 魔法少女となったマックスに、掛けられる慈悲の声はなかった。

 パリの手前にある小さな街に着いた一行は、その後の経路について検討を行う。
 その結果、治安は良いがトラブルの種も多そうなパリには寄らない事にした。
 村までの道はラテリカ、レティシア、エイジの3人が知っており、その安全性も十分確保できると判断したので、パリを迂回した後は正規ルートに合流し、そのまま向かう事となった。
 そして、その道中――――
「一雨来るかもしれないです」
 天候を注視していたラテリカが、村のある方角の空を指差す。白い雲群の中に、雨雲らしき灰色が混ざっていた。
「ここまで大きな厄災に見舞われていない分、不気味かもね」
 ホークウィングを黄金色の剣でコツコツ叩きつつ、クァイが呟く。実際、現在地はなだらかな上りとなっており、万が一大雨となり、川が氾濫しようものなら、取り返しの付かない事になる。
「天変地異まで想定した護衛なんて経験ないけど‥‥今回はそれくらいしないと、ね」
 レティシアは表情を変えずに呟き、先行偵察を買って出た。
 なだらかな上りはかなり遠くまで続いている。
 次第に、太陽も雲に隠れ――――
「違う!」
 レティシアが吼える。太陽を隠したのは、雲ではなくホワイトイーグルだった。
『アルディ! 逃げて!』
 ラテリカがテレパシーで鷹の名を叫ぶ。遥か上空にいた鷹達は既に白鷲の存在に気付いており、それぞれ別方向に飛び立っていた。
 それを確認した冒険者達は、マックスへの護衛レベルを最大に引き上げる。
 ラテリカがムーンフィールドを使用し、彬が日本刀『無明』を、エイジがライトロングボウを構える。
 更に、駆け足で戻って来たレティシアとクァイがマックスの傍を固める。
 ちなみに、いずれもノルマン王国で有数の手練である彼らが総力を決して守っているのは、魔法学校女子の制服を来た男だ。
 視的確認と同時に、脱力感が漂う。
「気持ちはわかるが、この緊迫時に全員で溜息をつかないでくれ」
 泣いているマックスの視界に映るホワイトイーグルが、どんどん大きくなる。
 そして――――
「あーれー」
 美夕をさらって行った。
「計算通り! ほら、やっぱり私のが上だった!」
 白鷲の足に襟首を鷲掴みにされつつ、美夕はどこか満足気だ。その様子にマックスは驚愕していた。
「こう言う状況で俺が襲われなかったなんて初めてだ」
「感心してる場合違うです‥‥はわわっ!」
 慌てるラテリカの耳に、爆発音が響き渡る。
 マックス達から離れた位置で、彬が微塵隠れを使用したのだ。
 その巨体が瞬時にホワイトイーグルの真上に飛ぶ。
「無茶しやがって‥‥」
 彬は美夕を称えつつ、上段構えから日本刀を一閃した。
 白鷲の甲高い悲鳴が上がる中、白い羽根が大量に宙を舞う。彬の身体がその中を切り裂くように落下していった。
 重傷も已む無し――――そう考えていた彬の視界に、差し伸べられた細い腕が見える。
「痛いけど我慢してね」
 その手は、炎をまとった美夕のものだった。
 ファイヤーバードを使用し、空中を浮遊している彼女の手を、彬は苦笑交じりに掴む。
 そして、そのまま地面へと着地。
 霧の中、マックスを除く全員が駆け寄る。
「大丈夫?」
 レティシアの声に、彬と美夕が微笑みつつ頷いた。そして全員で拳を交わして無事を祝う。
 そんな中――――
「うわーーーっ、馬の大群がーーーっ」
 何故か突如現れた馬達にマックスがどんどん轢かれていた。
「‥‥やっぱり私の負けかも」
「教会で一度祈祷を受けた方がいいんじゃない?」
 美夕が呆れつつ嘆息する中、クァイも同じような表情で二つ目のポーションを握り、馬の足跡だらけの男の下へ向かうのだった。

●エピローグ
 数日後――――
 ラテリカが羊皮紙に認めていたマックスの旅の記録が、『何者か』の手によって石材加工店『ボッシュ』に届けられた。
 それによると、どうにか無事マックスは村に辿り着けたらしい。
 途中、集中豪雨でエイジの傘や補強用のマントが壊れたり、熊がふらっと現れたり、毒騒動があったり、石像作成の練習時に何故かエチゴヤの石像にしかならなくなる呪いに掛かったりしたが、何とか対処したとの事。
「こんにちは。手紙届いたって聞いて」
「あー」
 店を訪れたマルレーネは、クラウディウスからその手紙を受け取って、じっくりと眺めた。
「ところでクラウさん。前の件、貴方の仕業だったって本当?」
「はっはっは、カミさんには秘密にしてくれな」
「全く‥‥」
 嘆息しつつどこかホッとした様子のマルレーネだったが、ラテリカの記録を読むにつれ、徐々に顔が変化した。
 そこには冒険記録が余す所なく記されている。
 よって、マックスがとある女性の冒険者から『はい、あーんして』と食べさせて貰っている様や、甲斐甲斐しく手当てをして貰う様、女性の服を身にまとう様、とある男性冒険者に口移しで解毒剤を飲ませられる様も切々と綴られていた。
「‥‥」
 光をなくした瞳で、マルレーネは手紙をクラウディウスに返す。
「まあ、男たるもの色々あるんだよ。お前も結婚を考えてるなら、寛容な目でマックスをだな‥‥」
「マックス? それ、誰の事ですか?(にっこり)」
「な、何でもないです!」
 戦慄し直立不動となったクラウディウスを尻目に、オーラに包まれたマルレーネは店を出て行った。
 その後、マックスとマルレーネがどうなったかと言うと――――

 特に変わらず、マックスの尻に敷かれる度合いが格段に増しただけだったとさ。