へなちょこ令嬢と収穫祭

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:7 G 99 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月23日〜10月30日

リプレイ公開日:2008年10月30日

●オープニング

「退屈だーっ!」
 パリから半日ほど歩いた先にある町にそびえる、新興貴族ドール家の屋敷内。
 いつものように、その長女アンネマリーが自室で大声を上げていた。
「退屈だ退屈だ退屈だーっ! アンネは刺激が欲しいんだーっ!」
 ドール家の長女、アンネマリー・ドールが、まるで呪術と邪念と怨恨を混ぜ合わせたかのような自作の絵を破り捨て、ゴロゴロと床を転がる。それを特に見るでもなく、彼女のお目付け役である従者ユーリ・フルトヴェングラーは背もたれのある椅子に腰掛け、木目の見えるテーブルで好物のワインで喉を潤していた。
「こんな昼間っからお酒なんで飲んで良いのかしら?」
 そして、そんなユーリの対面には、この辺りの貴族で最大の権力を誇るシュヴァルツェンベック家の令嬢、エルネスティーネ・シュヴァルツェンベックが座っている。つい3ヶ月ほど前から、事ある毎にこの家に押しかけて来ており、最近ではいるのが当たり前の風景と化していた。
「ワインは陽のあたる時間に飲んでこそ、そこに含まれた大地の芳醇な香りと深みのあるコクを感じ取る事ができる。夜に飲むワインなど邪道だ」
「相変わらず意味不明ですこと」
 ちなみにエルネスティーネは本来こういう口調ではない。
 親の趣味で無理やりお嬢様っぽい喋り方を強要されており、現在も彼女のお目付け役の1人が部屋の入り口で待機しているので、仕方なくこんな喋り方をしているのだ。
「あー、芸術が過ぎた所為でお腹すいた」
 謎の行動理念を唱え、アンネマリーはテーブルの上に置いてある桃を手に取った。皮は既に剥かれている。
「もにゅもにゅ‥‥」
「ああもうアンネマリーちゃん、じゃないアンネマリーさん、果汁が口元に付着し放題ですわよ」
 何故か保護者のように、エルネスティーネがハンカチーフでアンネマリーの口元を拭いてあげている。その様子を、本物の保護者であるアンネマリーの母ローゼマリーは、目じりを下げつつ眺めていた。
「と言うか母上! いつからそこに!」
「アンネマリー」
 驚きを丸い目で表現していた娘に対し、ローゼマリーは毅然とした面持ちでその名を呼んだ。
「明日は確かクチャクチャ・ベロベーロ様の闇鍋パーティーに参加する予定でしたね」
「うい。退屈しのぎになりそうだし、ちょこっと楽しみです」
 クチャクチャ・ベロベーロとは、この辺りに住む女性占い師の名前。
 かなり当たるとの評判で、僅か十数年で貴族にも匹敵する財を蓄えたとか。
 その財力から、各地方の貴族と懇意にしており、ドール家もまたその中のひとつに数えられている。
「それは取り止めになりました」
「え? どうしてなのでしょーか」
「予行練習中に何者かが鍋の中に毒を入れて、全員お亡くなりに」
 いきなり物騒な展開になってしまった!
「‥‥それって、本当なのですか?」
 エルネスティーネが眉をひそめて尋ねる。表情は半信半疑の様相を呈していた。
「正確な情報かどうかはわかりませんが、クチャクチャ様が亡くなる寸前に『毒‥‥毒‥‥それは毒‥‥』と連呼していたらしいので」
「微妙に引っ掛かる物言いではありますが‥‥」
 ユーリは飲み掛けのワイングラスを心持ち強めに置いた。
「それは、貴き家の催しを狙った犯行、と言う事なのですか?」
「わかりませんが、闇鍋パーティーはこの辺りの地域における収穫祭の催しとして定着している宴。そこで有事があった以上、この地域での収穫祭関連のイベントは全て中止となったようですね」
「当然ですわね。少々残念ではありますが」
 エルネスティーネが嘆息交じりに視線を動かす。
 すると、そこには先程より遥かに小さくなっている部屋の主が小刻みに震えて蹲っている姿が映った。
「わ、私が狙われたのか‥‥? そうなのか? 私が参加する事を知っててやった犯行なのか?」
「いやいや、それは違いますわ。だって実際アンネマリーさんは被害にあっていらっしゃらないのですから」
 慌ててアンネマリーの頭を撫でる様を、ユーリは呆れ気味に眺めている。
「と言うか、狙われる覚えでもあるのか? どこぞのシュヴァルツェンベなんとか家みたく、あくどい遣り方で貧民から金を巻き上げてきた極悪貴族ならまだしも」
「その家の直系が傍にいる状況でそれだけ悪し様に言えれば大したものですわ」
「そうでもないさ」
 エルネスティーネの従者が殺意を覗かせている中、ユーリは表情一つ変えずワインを注ぎ足していた。
「いずれにしても、残念ですわね。アンネマリーさんも楽しみにしていたのでは? 収穫祭の催し」
「え? 何が?」
 アンネマリーは話を聞いていなかったようで、キョトンと首を傾げている。
 仕方ないので、説明。
「ぬあにいいいぃぃ!?」
 錯乱していた。
「折角の退屈しのぎが、今月中目白押しだった退屈しのぎが全部中止!? ユーリ! これは大事件だ!」
「そうでございますね。アンネマリーお嬢様が令嬢経験値を積む好機だったのですが」
「従者のお前から敬語を聞くと凄く皮肉げに聞こえるこの捻じ曲がった現実が憎いっ!」
 アンネマリーが泣いて悔しがる様を、隣にいるローゼマリーも泣いて聞いていた。
「成長しましたね、アンネマリー。あれ程家から出て貴族の催しに参加するのを嫌っていた貴女が」
「ふっ、娘を見くびらないで下さいお母様。今や私は幽霊すら目撃した高濃度令嬢。もう数ヶ月前の私ではないのです」
「ああっ、我が娘最高っ!」
「お母様っ!」
 親子、抱き合う。
「えーと、それじゃ私帰るね」
「ん」
 地の言葉で挨拶をし、エルネスティーネが去る――――その刹那、部屋の扉が突然バタンと開いた。
「アンネちゃん! この子をパリまで連れてって!」
 息を切らして現れたのは、一月程前に彼らの元に『リーゼロッテ』と名乗って現れた少女だった。
 しかし、彼女の本当の名前はターニャ。そして、その手には人形が抱えられている。これらには事情があった。
 その人形にレイスが憑依しているのだ。
 ここから少し離れた屋敷の元住民で、何らかの未練があってこの世に留まっているらしい。
 元々は定期的にターニャに憑依していたが、身体に負担がかかるので現在は人形に取り憑いている。
 そんなリーゼロッテを倒そうと試みているアンネマリーは、彼女を見かけたらまず聖なる言葉をぶつけるようにしている。
「そんなお前にクレリーーック!」
『それもう良いですから。流行りませんから』
「えー」
 ノリの悪いリーゼロッテに不満を覗かせつつ、アンネマリーは話を聞く事にした。
 要約すると、パリでは色々収穫祭が楽しいらしい。
「‥‥何と言う頭の悪そうな要約なんだ」
『気にしないで。とにかく連れて行って欲しいのです』
「お願い。もー毎日催促でいい加減うるさくって」
 肩まで伸びた髪に包まれた頭を下げて、ターニャが懇願してくる。
 アンネマリーはそれを見て、一種の快感を覚えた。
 頼られる喜び――――それの何と気持ちの良い事か!
「良いだろう。私が直々に案内してやるさ。さり気なくな」
『ありがとうございます!』
 向かい合って喜ぶ人形と少女、そして我が子が頼られた事に感涙しているローゼマリーを尻目に、ユーリはワインを飲み干して呟いた。
「パリ‥‥殆ど行った事ないだろ、お前」

●今回の参加者

 ea2499 ケイ・ロードライト(37歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1875 エイジ・シドリ(28歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

 収穫祭出発日。
 しかし、アンネマリーの表情は冴えない。
『初めて来られる冒険者の方もいらっしゃいますし、不安ですよね』
 心配して人形が話しかけて来る。
「いや、夜中お前が私の部屋で不気味に動くから、怖くて寝れなかったんだが」
『おいたわしや、アンネマリー様‥‥よよよ』
 人形に取り憑いたリーゼロッテは一切アンネマリーの話を聞かず、同情の涙に暮れていた。
「ん、来たみたいだな」
 門の前で冒険者達を待っていたユーリが、遥か前方の集団を視認する。
 護衛の依頼を受けた冒険者は、ケイ・ロードライト(ea2499)、エイジ・シドリ(eb1875)、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)、ラファエル・クアルト(ea8898)、デニム・シュタインバーグ(eb0346)の5名。
 いずれも、ノルマンで高い名声を誇る者ばかりだ。
 その面々が並び歩く光景は、さぞ壮観であろう――――
「‥‥何だ、あれは」
 しかし、ユーリも、アンネマリーも、その手に抱えられたリーゼロッテも、目を点にして出迎える事になる。
 冒険者の過半数以上は、獣と魚類だった。

●出発前
「騎士のデニム・シュタインバーグです。よろしくお願いします!」
 爽やかな挨拶と共に、熊が一礼する。
 しかし、アンネマリーにはそれが狩りの態勢に見え、震えながらユーリの後ろに隠れた。
 彼女にとって、未知の物は皆恐怖の対象。明らかに和む要素満載であっても、だ。
「‥‥一旦脱いだ方が良い気がするのだけれど」
 3体の中の1体である兎がそう呟くと、他の生命体も頷く。
「あら、脱いじゃうの? 折角和んでたのに」
 普通の人間の格好をした2人の内の1人、ラファエルが名残惜しげに呟いた。
 それを聞いたアンネマリーが更に顔色を変え、ユーリに耳打ちする。
「大変だユーリ、男の人が女の言葉を使っているぞ」
「男が女の格好を好んでするのがパリだ。珍しくもないだろう」
「そ、そうなのか。パリって何か凄いな」
 呟きつつ、着ぐるみ隊がゴソゴソしている間に進んでラファエルに近づく。人見知りの激しいアンネマリーとしては珍しい行動だ。
「は、はじめまして」
「はーい、アンネちゃん。あとロッテちゃんも。はじめましてだけど宜しくね♪」
『リーゼロッテと申します。宜しくお願い致します』
 人形が喋っていると言うのに、驚いた様子もなく笑顔で挨拶を交わしていた。
 ユーリは流石に冷や汗を流しつつ、顔見知りのエイジに話しかける。
「冒険者と言うのは、皆ああなのか?」
「さあな。ところで、あのレイスは生前美少女だったのか? 声を聞く限りその可能性が高いと思うが」
「‥‥レイスの容姿を聞いてどうしようと言うんだ」
 貴族には変わり者が多い。それ故に、それに仕えるユーリもかなり変わり者を目にして来たのだが、まだまだ甘いと認識させられる一時だった。
「ようやく脱げましたぞ。御無沙汰しております、アンネ嬢」
「おお、お前か。良く来るな」
 これまで幾度となく顔を合わせているケイが顔を覗かせ、アンネマリーも一息吐く。
「ちなみに、パパが最近髭を剃ったから、もうお前はパパに似てないぞ」
「ほう。では、新しい称号を頂けますかな。令嬢の守護者にふさわしい名を」
「それ頂き」
 ケイの称号が変わった!
 それはそれとして、初顔合わせとなるレティシアとデニムが続いて顔を露呈させる。
 上品な顔立ちの小さな女性と、爽やかな好青年だった。
「む!」
 アンネマリーはレティシアに近付き、自分の頭頂に手を乗せ、つーっとレティシアの方に水平に移動させた。
 この時、誰もが理解する。
 これは今後の二人の関係を左右する儀式であると!
「‥‥!」
 アンネの手は、レティシアの頭部に触れた。
 つまり――――
「ま、負けた‥‥」
「ふふ。勝った」
 四つん這いになって絶望するアンネマリーと、小さく、本当に小さく会心の笑みを浮かべるレティシアの構図。
 アンネマリーは敗北を知り、また一つ大人になった。
「‥‥いい加減出発した方が良くないか?」
 エイジの発言で、一行はようやく目的を思い出した。

●収穫祭1
 ノルマン王国の中心、パリ。
 その華やかさは年中無休ではあるのだが、特に光り輝く時期が数度ある。
 その中の一つが、今の時期――――そう、収穫祭だ。
「いつも血生臭い依頼ばかり受けている冒険者も、この時期は別だったりするんですよ」
「ほー」
 熊の格好をしたデニムの話に頷きつつ、アンネマリーは殆ど見た事のない風景に目を輝かせていた。
『まるごと特別福袋』が売り出された事、そして収穫祭シーズンと言う事で、パリの街にはまるごとシリーズを着用した者達が多数見受けられる。
 一行はそこにしっかり馴染んでいた。
 尚、アンネマリーはレティシアのコーディネートで、庶民的な格好をしていた。
 護衛がし易いのと、祭りに参加している気分に浸りやすい為だ。
 黒を基調とした服で地味にまとめつつ、頭にはリボン、手には花を詰めた籠を持っている。何気にアンネマリーはその格好を気に入っていた。
「まずは広場に行きましょっか。催し物を見て回りましょう」
「ましょー!」
「おー!」
 ラファエルの妖精のロホとアンネマリーが揃って腕を突き上げる。
「ほのぼのとした光景ですなあ。癒されますぞ」
 それを眺める魚類のケイがうんうんと頷いている。
「‥‥お前の格好の方が余程ほのぼのしていると思うが」
「と言うか、このさんま、目が死んでるような」
 エイジとレティシアの的確な指摘に、ラファエルが思わず噴出す。
「そうよねえ、さんまに言われてもねえ‥‥大体、さんま‥‥さんまって! どう言うチョイスよ!」
 ラファエルはさんまの背中をバシバシ叩いて涙を浮かべつつ笑っていた。
「なあ、こいつら私より楽しんでないか?」
『はい。私も楽しんでます』
「お前を含んだ覚えはないぞ」
 腹話術のようなやり取りにレティシアがこっそりほんわかしていた。
 その後、道中退屈しないようにとデニムが歌を披露。
 騎士らしい凛とした声と、騎士とは思えないほど繊細で卓越した演奏技術に、全員が拍手を送った。
 そして、気が付けば広場に到着。
 そこでは、様々な大道芸人が各々の奇術を披露していた。
「おお‥‥貴族の退屈なパーティーよりもずっと面白そうだ!」
 アンネマリーは興奮した面持ちで、ジャグリングをしている陽気な芸人の前へ人形と共に走っていった。
「ところで、次は何処に行くの?」
「私はシャンゼリゼを推します。アンリ・マルヌ嬢を観ない事には、何の為のパリ遠征でしょう」
 レティシアの問いに、ケイは死んだ目をキラリと光らせて主張する。
「私もさんせーっ。でも、その前にコンコルド城に行かない?」
「時間はありますし、順番に回って行きましょう。僕はしっかり護衛に回りますから、皆さんも楽しんで下さい」
 ラファエルとデニムもその輪に加わる中、エイジは広場を見回していた。
「どうした? 妙な奴でもいたか?」
「いや。この辺りにパンの移動販売が良く来るんだが、今日はいないらしい」
 ユーリにそう答え、エイジは散らしていた視線を戻した。
「その販売先の村でも収穫祭をやっているらしい。機会があれば行ってみるのも良いだろう」
「良いワインでも置いていると良いんだが」
 談笑する一行を他所に、アンネマリーは大道芸人に夢中になっていた。

●収穫祭2
 パリの収穫祭は、とても華やかだった。
 広場のみならず街頭にも大道芸人が溢れ、色取り取りの花が敷き詰められた籠を持つ花売りや、角笛を拭いて馬車を引く商人などが至る所にいる。
 進む度に笛の音と歌声が色々な方向から聞こえて来て、目に耳にと忙しなく刺激してくる。
 その中でも、一際賑やかなのは――――
「はーい、こちらがコンコルド城でございまーす」
「まーす!」
 ラファエルとロホが手を向ける先にそびえる、ノルマンの象徴コンコルド城。
 王宮前の広場では、認められし大道芸人と楽団が入れ替わりで各々の人生を表現している。
「流石にこの辺りは美少女が多いな」
 そう呟きながら、エイジは懐に手を入れ、辺りを見回していた。
 城見物の後は、冒険者酒場『シャンゼリゼ』へ。
 普段は立ち入り禁止の大ホールが開放されているとあり、パリ以外で活動している冒険者も多数集っていた。
「さあ、あれがパリに、いや世界にその名を轟かす」
「名物ウェイトレス、アンリ・マルヌ嬢よ★」
 ケイとラファエルが同時に手を伸ばした先から、てくてくと現れたのは――――
「注文はお決まりですか?」
 ごく普通の、おさげの女性だった。
「‥‥おい、普通だぞ」
「そんな事はありませんぞ! 彼女はパリ全国民のアイドルなのです!」
「いや、普通だろ? なあ」
「ええと‥‥」
 話を振られたデニムは苦笑を返すのみ。続いてアンネマリーはエイジに視線を送る。 
「普通、と言うのは語弊がある。間違いなく美少女の範疇だ」
「ありがとうございます」
 アンリは一礼し、注文を待つ。
「で、それ以外に何があるんだ?」
「気付かない? だとしたらまだまだ甘いのねぇ、アンネちゃんは」
「何っ。く‥‥わからん、何が凄いんだ」
 アンネマリーはレティシアに視線を移す。一瞬破顔しているような幻影が見えたが、無表情だった。
「ヒントくらいはあげましょうか。そうね‥‥彼女の周りに何か見えない?」
 レティシアの言葉に、アンネマリーは目を丸くしてアンリを見つめる。
「ええと‥‥ご注文を」
「そうかっ! この女、実は幽霊なんだな!?」
『なんとっ! まさかこんな所で仲間にお会いできるとは!』
 人形が目をぐるぐる動かして興奮する。
 その様子に――――アンリは全く動じていなかった。冒険者酒場で働く以上、怪奇現象くらいで驚いていては身が持たないのだ。
「いえ、それより注文を‥‥」
 この後、アンネマリーがふらっと場を離れ、拾い食いして怒られたりしつつ、皆で盛り上がった。
  
●斜陽
「ただいまー、エキス」
 日が傾く中、一向はカメリア通りにあるラファエルの棲家に到着した。
 この観光において、毎日世話になっている家だ。
 アンネマリーにとって、他人の家に寝泊りするのは初めての経験。
 まして、冒険者の住宅街となっているこの辺りは、至る所からペットの鳴き声が飛び交う熱帯地方の森林や草原のような状態。
 当初は怯えていたアンネマリーにだったが、流石に慣れ、今は面白がっている。
 そして、夕食も毎日この家で食べていた。
 作るのは、家の主のラファエルとレティシア。
 食事代を出して貰っている代わりにと、毎日拵えているのだ。
「アンネちゃん、最後だしちょっと料理やってみる?」
「え? うーん‥‥わかった、何事も挑戦と言うしな」
 好奇心に任せ、アンネマリーは人形を置き、手伝いを行う事にした。
 基本的に、ここで出される料理は庶民的なものばかり。普段とは違う物を、と言うレティシアの意向だった。
「よし、今日は闇鍋にしよう!」」
 アンネマリーの提案により、簡易闇鍋が作られる事になった。
 尚、先の闇鍋事件に関してはエイジが念の為酒場等で情報を集めた結果、食材に毒ガエルが混ざっていたとの事だ。
 つまり、誰かの仕業ではなかったらしい。
「ふっふっふ、何を入れてくれようか」
 アンネマリーはレティシア達が買出しした食材を適当に選び、鍋に放る。
 そこには、明らかに甘味の物も混じっていた。
「毒見係、宜しく頼む」
「は、はい。頑張ります」
 エイジとデニムのやり取りを、ケイとユーリが楽しそうに眺めていた。


 お泊り会と言えば、枕投げ。
 と言う事で、レティシアとアンネマリーは男性陣の部屋の前でこそこそ動いていた。
「襲撃はタイミングが命。撤退のタイミングを間違えたら、飢えた獣の生贄だから気を付けて」
「うう、かくも厳しいものなんだな、枕投げとは」
 アンネマリーはレティシアから受け取った安眠羽毛枕と人形を手に、その刻を待つ。
『わくわくしますね、どきどきしますね!』
「煩いっ、静かにしろ馬鹿っ」
 アンネマリーに抱かれながらじたばた動くリーゼロッテを、レティシアは遠い目で見つめていた。
 少し、昔を思い出す。
 レイスは、この世への未練に縛られた悲しき存在。
 彼女の事は、ケイもかなり気にかけていた。
 二人して用心深く人形を観察していたが、今のところ未練の見える場面には遭遇していない。
 だが、この遠征を言い出しいたのは他ならぬ彼女。
 或いは――――
「おーい、まだかー」
 扉の前で臨戦態勢を整えるアンネマリーの声で、レティシアは視界を目の前に戻した。
「私は庭に出て歌声で注意を引くから、その隙に。良い?」
「りょーかい」
『任せて下さい』
 そして――――
「‥‥うわーっ! 熊が魚を食べながらこっち睨んでるぞーっ!」
 壁に掛かったまるごとシリーズに返り討ちにあった。


 その日の夜、アンネマリーは夢を見た。
 自分には覚えのない光景だった。
 ずっと一人。
 自室にいるのは『自分』だけ。
 窓に映る、変わり映えのしない風景。
 変わり映えしない、自分の姿。
 その窓から時折見える、はしゃぎまわる子供達の姿を遠巻きに眺めながら、本を眺める日々。
 令嬢は、賢くあれ。
 下賎の者と戯るなかれ。
 そんな言葉が、宙を舞う。
 しかし、それはどうしても受け入れ難かった。
 特に、年に一度行われる収穫祭で彩られる街並みは、窓枠というごく一部に切り取られた世界からも、華やかに、そして楽しげに映った。
 遠い世界。
 憧れの街。
 いつか、自分も。
 自分も、一緒に――――
 
 そんな、夢を見た。


●まつりのあと
 最終日。
 一行は帰りの準備を終え、パリの街を歩く。
 途中、エイジが以前話していた村に関わっている銀髪の可愛らしい冒険者と遭遇。
 村の収穫祭の宣伝を行っているとの事で、少しの間言葉を交わした。
 その後、シャンゼリゼに赴き、朝食を取る事となった。
「私も含め、パリの料理に魅了された者は数知れず、ですぞ」
 そこで一通りケイから解説を受けたアンネマリーは、最近メニューに並んだばかりと言うシトロン蒸しパンを注文した。
「むっ、これは美味いな。うーん‥‥もう少しパリに残っていようかな」
 アンネマリーが滞在期間の延長を検討する中、彼女の抱く人形の異変に、ケイは気が付いていた。
 元々、人形に生気はない。
 元々、レイスには生気などない。 
 けれど、昨日までは確かにそれがあった。
 生き生きしていた。
 が――――今はもう、それがない。
「アンネ嬢‥‥」
 ケイが話し掛けようとするのと同時に、アンネマリーは人形に向けて悪戯な笑みを浮かべてみせた。
「ふっふっふ、幽霊のお前には味わえまい。どうだ? 食べてみたいだろう?」
 しかし、返答はない。
「ん、どうしたんだ? 拗ねたのか?」
 アンネマリーの言葉は、人形に向けられている。
 人形は、語らない。
 返答などある筈もなかった。

 ――――祭りは終わったのだから。