●リプレイ本文
収穫祭で賑わうパリの街並みは、その一面の蒼とは対照的に、混沌に近い雑踏で溢れ返っていた。
大道芸人達の陽気な声や打楽器の音が、行き交う人々の笑顔を育む。
そんな華やかな街の一角に、ラテリカ・ラートベル(ea1641)の姿があった。
その傍らには、シフールのシャクリローゼ・ライラとラテリカの伴侶、カンター・フスクもいる。
シャクリローゼはパリに設置された案内看板のチェックを、カンターはパン作りのコツを書いたメモをラテリカに渡す為だ。
「後、お祭りが成功するようにおまじないを」
カンターは穏やかに微笑むと、最愛のその女性のおでこにそっと口を付けた。
「はわ‥‥」
そんな光景に、シャクリローゼもつられて微笑みを浮かべる。
「皆様に宜しく言っておいてください。それでは、頑張ってきてくださいませ♪」
シャクリローゼとカンターが手を振る中、ラテリカはこれまでに幾度となく通ったその道を踏みしめ、ペットのヴェルテ、ポプリと共に、村を目指した。
穏やかに流れる風が、その道を這う。
その風は、遥か前方、これから始まる祭りに向けて連日作業に追われる村人達へと届けられるのだろう。
パリの熱気と少しの冷気。
そして、夢をのせて。
〜quatre jours avant〜
収穫祭を4日後に控えた村では、山積する問題に右往左往する村人達が疲労のピークを迎えていた。
『恋の花咲く小径』のイベントは未だに固めきれておらず、人材不足も解消し切れていない。
特にパンに関しては、日常の商品と外部からの発注数も日に日に需要を伸ばしている為、中々祭の方に時間を割けないでいた。
「ダメだ‥‥間に合わない」
パン職人の中で最も若いカール・ハマンですら、体力的には既に限界を迎えていた。
どうすれば――――
「無理をなさらないで下さい、カールさん」
そんなカールの手を、そっと止める一声。
虚ろな目でカールが振り向くと、そこには熱気の篭る工房にはまるで似つかわしくない、可憐な女性の姿があった。
先月この村を訪れた冒険者エレイン・アンフィニー(ec4252)。
シトロン蒸しパン、炭焼きチーズパンの完成は、彼女の案なくしてあり得なかった。
そんなエレインの再訪に、カールは思わず目を擦った。
「その体調では、これ以上は無理ですわ。暫くお休みになって下さい」
「いや、でも‥‥」
「大丈夫です」
エレインが微笑むと同時に、工房の扉が開き、光が差し込む。
そこには、カールの見知らぬ聖職者と思しきエルフの男性と、屈強な身体をした中年のヒゲオヤジがいた。
「はじめまして。クレリックのエルディン・アトワイト(ec0290)です」
エルフの男性――――エルディンはにっこりと微笑み、衰弱したカールに近寄って一礼した。
「お話は伺っています。幸いな事に、辣腕のパン職人に心当たりがありましたので、協力を要請したところ、快諾して貰いました」
そう言って紹介された男は無言のまま工房に入り、カールにその大きな手を差し出した。
「是非勉強させて欲しいと思い、手伝わせて貰う事になった。宜しく頼む」
「よ、宜しくお願いします」
カールが恐る恐るその手を握る様を、エレインとエルディンは笑顔で見守った。
「うう、本当に助かります」
「最高の収穫祭にしましょう。私も出来る限り協力しますよ」
「皆様が笑顔で過ごせるような、そんな収穫祭にしたいですね」
エルディンとエレインの言葉に、カールは自分の身体から漲る英気を感じていた。
〜trois jours avant〜
一方――――
エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)もまた、パン職人の援軍を募るべく、以前赴いたアトラトル街の観光協会を尋ねていた。
「おお、あの時の‥‥良くぞいらっしゃいました」
この街において、エラテリスはちょっとした有名人なのだ。
少し気恥ずかしさもあり、赤面しつつも、エラテリスは事情を説明し、この街にあるパン屋を全て教えて貰った。
紹介状を受け取り、それを持って一軒一軒、自分の足でパン屋を回る。
ただ、全てのパン屋の職人に声を掛ける訳には行かない。
最低限の味と香りを再現しているお店に絞る為、最初の1日と2日目の午前中は、パンの食べ歩きに消費された。
特に香りに関しては、焼き加減が良く現れるので、職人の腕を測る良い指標となる。
最終的に候補は4軒に絞られ、それらの店を再び訪れた。
「えっと、実はお願いしたい事があるんだ☆」
エラテリスは誠意をもって職人達の勧誘を行った。
パリでも認められたパンを作っている村の手伝いをする事の意義。
そして、宣伝効果。
そこに価値を見出してくれた2人のパン職人の勧誘に成功した。
「ありがとう☆ 案内するよ」
心強い援軍と共に、エラテリスは村へと向かう。
〜deux jours avant〜
収穫祭まで、残り2日。
村の広場では、祭の雰囲気が徐々に出来上がりつつある。
会場設営が粛々と行われる中、ミカエル・テルセーロ(ea1674)とジャン・シュヴァリエ(eb8302)は、とある屋台の組み立てを行っていた。
それは、冒険者達が独自で出す出店とダーツの屋台だ。
共に専門クラスの設計スキルを持つ2人は、村から調達した要らない木材などを用い、十分な強度を持った屋台を作成していた。
「これなら、明日には出来上がりそうですね」
槌でコツコツ釘を打ち込みながら、ミカエルがにこやかに微笑む。
しかし――――その笑顔が向けられたジャンは、上の空で虚空を見つめていた。
「ジャンさん?」
「あ‥‥うん。そうだね」
ジャンの表情に、いつもの陽気な色がない。それは今この瞬間だけでなく、依頼を受けた日からずっとそうだった。
ミカエルはどう接すべきか悩んでいたが、腫れ物に触るような事だけはすべきでないと判断し、言葉を選ぶ。
「今日の分の作業が終わったら、花摘みのお手伝いに行きましょう。イベントの話し合いもしたいですし」
敢えて、沢山の作業を共有する。
明らかに何かあって落ち込んでいると思しきジャンに対しては、それが最良と思ったからだ。
「まだまだ、忙しくなりますよ」
その言葉に、ジャンは憔悴したその顔を上げ、ぎこちない笑みを返した。
「炊き出しの準備、出来ましたわ」
そんな2人の元を、ジェイミー・アリエスタ(ea2839)が訪れる。
彼女は主に炊き出しの手伝いと村の見回りを行っていた。
力仕事は、彼女の代わりにペットの亀ピールが担当している。
「以前この村のパンに苦情を寄せた連中がいましたけど‥‥その後どうなってるのかしら」
「最近は、そう言う話は出ていないみたいですね」
ミカエルの言葉にジェイミーは一つ頷き、鞭を左右の手で引っ張る。
歯切れの良い音が広場にこだました。
「一応、入念に警備しておきますわ。皆様は会場設営とお店の方を頑張って下さいませ」
そのジェイミーの背中を、ミカエルは言葉で、ジャンは帽子を摘みつつの一礼で見送る。
「捕まえたら、どうして差し上げようかしら。ふふふ‥‥♪」
そんな邪笑は、2人には聞こえなかった。
〜la veille 〜
翌日――――
村の役人と冒険者全員を交え、最終的な打ち合わせが行われた。
その席では、主に3日目の『恋の花咲く小径』イベントに関しての説明が行われる事になり、エレインが中心となって話を進めて行く流れになった。
内容としては、まず集団のお見合いを行うと言うもの。
恋人募集中の男女にそれぞれ参加を募り、男性の胸に白い花を、女性の頭に桃色の花を飾って、中央広場で青空お見合いスタート。
その後、合同で会話をしたり、自由時間を設けて個別に接したりして、お互いを知っていく。
「できれば1日目から行いたいのですが‥‥」
エレインの申し出はすんなり通り、説明が続く。
自由時間が終わった後、木札に自分の気に入った相手の番号を書き、両想いの場合はカップル成立。
1日共に時間を過ごす事ができる。
そして最終日、男性はハートの形に作ったパンに自分の名前が刺繍されたリボンを結び、告白相手に贈る。
了承の場合、女性がそのリボンに自分の名前を刺繍し、頭の花に結ぶ。
その後『恋の花咲く小径』を2人仲良く散歩し、修道院の傍に生えている木に結びつける。
「2人の名前を、神様に捧げる為ですわ」
そして夜には、カップルとなった者達でのダンスパーティーを広場で行う。
会場の中心を灯す火でランタンを灯し、それを持って小径を歩き、修道院へ向かう。
そこで、修道院の管理者と聖職者のエルディンが祝福を与える。
「僭越ながら、お力添えさせて頂きますよ」
イベントの最後を飾るエルディンは、この後その修道院を視察する予定だ。
彼にはもう一つの目的があり、修道院視察も、冒険者出店も、それに繋がっていたりする。
「あの、一ついいですか?」
ミリィが挙手し、席を立つ。
「以前、ラテリカさんが『メッセージパン』と言うアイディアを出されましたよね」
「はいです」
ラテリカの返事に、ミリィはにっこり微笑んだ。
「今回、それを採用しては如何でしょうか?」
ミリィが提示したのは、告白時のパンの中に、自分の想いを記したメッセージを入れると言うものだった。
メッセージは小さく切った羊皮紙に記し、字を書けない人は、スタッフに代筆を頼むようにしておく。
羊皮紙は収穫祭の計画書を作成する際に結構な量を買い溜めしており、十分な量があると言う。
話し合いの結果、ミリィの案は可決。スタッフもすんなり決まった。
「うふふー、メッセージパン、覚えててくれたですね」
ラテリカとミリィが手を取って笑い合う中、話し合いはトントン拍子で進む。
既に必要となる道具――――花やリボン、木札などは用意済み。
花は、森にあった野薔薇を使用する事に決定。
ミカエルが半日かけ見つけてきた物だった。
「薔薇には『私はあなたを愛する』『素朴な可愛らしさ』と言う花言葉と呼ばれる象徴的な意味合いがあるので、ぴったりだと思います」
微笑を交えたミカエルの説明に、歓声と拍手が起こった。
そして、参加者の決定次第、リボンにはエレインが刺繍を行う事になっている。
後は、パンの作成。
現状でフル稼働中のパン職人達に更なる負担を強いるのは難しいので、ラテリカとエレインが手伝う事になった。
「修道院の視察が終わり次第、私も駆けつけます」
ゴールデンカッティングボードを荷物から取り出し、エルディンが白い歯を見せる。
そして、本日の行動を各自確認し、解散と言う事になった。
小径や修道院などの飾り付けは、エレインとラテリカがここ数日手伝った事もあり、ほぼ完成している。
会場全体の警備と総点検はミカエルが、パリにある道案内看板の確認はジェイミーが行う事となった。
後は、会場設営のまとめと、イベントに使用するお守りの仕上げ。
「力仕事なら手伝えると思うよ☆」
ここ数日歩き詰めだったエラテリスだったが、元気良く挙手する。
「お守りの仕上げは、僕が。ふれあい広場の場所取りをしながら出来ると思うし」
控えめに挙手し、ジャンが名乗り出る。
その様子に、ジェイミーが怪しげな笑みを携えた。
「ジャン様、元気がありませんわね。ローゼがいないから、かしら?」
「え‥‥いや、えっと」
ジェイミーの言葉に、当のジャンよりも周りの者達が色めき立つ。
言葉は時として魔法となる。
ジェイミーの一声は、周りの者を笑顔にし、それをジャンに伝染させた。
「そうですね‥‥僕も、お見合いに参加しようかな」
今は、笑顔を。
もう直ぐ楽しいお祭りの時間なのだから――――
〜le premier jour〜
収穫祭、初日。
突き抜けるような青空が、そのはじまりを飾る。
エラテリスのウェザーフォーノリッヂによると、3日間とも快晴との事。
村人が待ちに待ったその日を、天も祝福してくれているようだ。
収穫祭の3日間は、パリを中心に近隣の都市から馬車の臨時便を出して貰っている。
これは村長自ら交渉にあたり、実現したものだ。
一度にかなりの数の人間が乗れるよう、大型の荷馬車を手配して貰っていた。
そのパリ第一便が間もなく到着する。
「大丈夫でしょうか‥‥」
ミリィが不安を口にしたその時――――遥か遠くに馬車の姿が映る。
そこには、遠くからでもわかる程、沢山の者達が荷台に乗っていた。
歓声が上がる中、イベントのトップを飾るイベントは『歌うたいコンテスト』。
歌自慢を集い、その喉を披露して貰うと言うシンプルな催しだ。
演奏は、村の若者達で結成された鼓笛隊を、ラテリカがサポートする形で行う。
聴衆による採点も行い、トップの者には金のネックレスが贈呈される。
「皆さん、だいじょぶですよー。肩の力をすーって抜くです」
緊張を隠せない鼓笛隊だったが、その一言で少し落ち着きを見せた。
ちなみに歌う曲は全員固定。パリでも有名な童謡だ。
ラテリカは鼓笛隊が演奏しやすく、歌が生えるよう、シンプルな音使いを徹底した演奏を選択した。
緊張感が漂う中、最初の出場者が木製の舞台に上がる。
「一番、ハンナ・カルテッリエリ! 夢はノルマン一の歌って踊れる踊り子です!」
一番手がハンナだったのは幸いだった。村でも人気者の彼女と言う事で、空気が柔らかくなる。
朝一で訪れた聴衆が見物する中、鼓笛と弦の音、そしてハンナの歌声が響き渡る――――
あっと言う間に時間は流れ、太陽の位置が真上に来た頃。
広場の一角に、ちびっ子達の群れが出来上がっていた。
細長い角材を凹の形に削り、同じ長さに揃えた物が4本並んでいる。
昆虫レース『パルトン!』の予選会場だ。
自分の見つけてきた昆虫をスタート地点に置き、合図と同時にゴール前に餌を塗る。
そして、早くそこまで辿り着いた昆虫に着順が付けられると言うものだ。
予選は4レース行われ、各レース1位のみが明日の決勝に進出。
村の子供達は勿論、リヴァーレからも見学者が訪れる中、予選第一組の昆虫レーサー達が入場して来る。
「さあ、やって来ました第一回昆虫レース『パルトン!』。実況はミカエル・テルセーロ、解説はジェイミー・アリエスタでお送りします」
「締まらないレースでしたら、わたくしが喝を入れて差し上げますわよ」
レーンの傍で、ミカエルとジェイミーもスタンバイ。
第一レースがスタートする。
「注目されるのは、現チャンピオンのニコラス・コールマンくんです。彼がレースを引っ張って行くと見て間違いないでしょうか?」
「どちらかと言うと引き立て役の顔ですわね」
そんなジェイミーのコメントが聞こえたのか――――
「おーっと、第一レースの勝者は大番狂わせ! リヴァーレからお越しのクヌート・バーゼルトくんだぁ!」
レース会場が予想外の結果に沸く。
そんな中、第2レースに挑むアルノーは、そっと胸に手を添えた。
歌声と歓声が入り混じる広場の一角では、昆虫レースとはまた違った質の緊張感が漂っている。
胸を白い薔薇で飾った11人の男性が、対面する女性陣をそれぞれの思惑で見つめる。
男性陣の中には、ジャンの姿もあった。
――――彼にとって、今回の依頼は難しいものとなった。
とても身近な者を失ったばかりだった。
それも、決して自然な形とは言い難い、余りに悲しい最期だったと聞いた。
許されざる存在――――彼らの歴史は、常に血に染められている。
ジャンもまた、その一人。
果たして、自分は生きていて良いのか。
今、胸に去来する感情を解き放っても良いのか。
それとも、本当は既に解き放っているのか。
思考が回る。
ぐるぐる、ぐるぐると回って――――
「ジャンさん?」
ふと我に返ったジャンの目の前に、見知った顔が浮かぶ。
村長の孫娘、ミリィだった。
彼女も参加していたのだ。
「どうしましたか? 具合が良くないみたいですけど‥‥」
「ん‥‥大丈夫。すいません、折角のイベントなのに」
自分自身、今の場にそぐわない存在だと自覚している。
それでもジャンは、胸元を花で飾った。
それは気が紛れるから?
否。
「‥‥甘えてるんだろうな」
「え?」
「あ、いや。何でもないんだ」
ここまで、精一杯力を添えてきた村。
その成功の真っ只中で、ジャンは思い悩む。
本来ならば、誰よりも幸せを分かち合える筈なのに――――
「少し、お話しましょうか」
ミリィが微笑む。
いつの間にか自由時間になり、参加者達はそれぞれに第一印象の良かった者に声を掛けていた。
自由。
それはとても果てしない世界。
ここにあるのに、届かない幻想。
「手、つないでもいい?」
ジャンは憂いながらも、そう告げずにはいられなかった。
「今日しか参加できないから、色々と申し訳ないんだけど‥‥」
「いいですよ。余り人様に見せられる手じゃないんですけど」
ミリィは、ここ数ヶ月ずっと無理をしてきた。その痕跡が掌にも現れている。
小さな痛み。
「ありがとう」
それを胸に、ジャンはその手を取った。
〜le deuxieme jour〜
不安と緊張の中始まった収穫祭も、いざ幕を開けてみると、この上なく順調に進んで行った。
そして、2日目になるとその訪問者数は更に増す。
これには理由があった。
シャンゼリゼの新メニューのパンを目当てにやって来る者も多いが、蜂蜜パンやフルーツ乗せパンにも人気が集まっていた。
どうやら、パリ市内で開かれていた露天市で販売されたらしい。それが大きな宣伝効果を生んだようだ。
「ローゼも中々気の利いた事をしますわね」
ジェイミーは警備の傍ら訪れたパン工房で、その功労者を讃えていた。
「ありがたい限りですよ」
汗だくになって働くカールに、ジェイミーはにじり寄る。
「ところで、カール様が『アコギ』と扱き下ろしたわたくしの値段設定が採用された件ですが」
「い、いやあ。あはは‥‥すいませ〜ん」
熱気溢れるパン工房に、勝ち誇った笑い声が響き渡った。
一方、村の外れにある修道院の前では、豊作祈願の宴が行われていた。
神聖な儀式と言う訳ではなく、村人が豊作を祝い、お供え物をして村に伝わる踊りを踊るというものだ。
その中には、エラテリスや、金のネックレスを首につけたハンナの姿もある。
以前から踊りの練習に参加していたエラテリスは振り付けを覚えており、村人に引けを取らない踊りを披露した。
「ふーっ、良い汗かいたよ☆」
「あはは、元気よね、エラテリスちゃんは。かわいー」
「え、ええっ?! えええっと、カルテッリエリさんも、すごくかわいいよ!」
「ふふっ、ありがとー!」
また一つ、村に友情が芽生える。
その後、収穫体験イベントも行われた。
エレインも参加し、収穫の喜びを分かち合った。
取れ立ての果実は、この世のどんな食べ物よりも美味しいと言える。
「おねーちゃーん、これ食べなよー!」
「わたしのも食べてー!」
「それでは、皆で一緒に食べましょうか」
エレインは沢山の子供達と共に、麗らかな一時を過ごした。
そして、午後。
この日の目玉イベントとなる射撃実演が始まろうとしている。
収穫を祝う、この地域独特の儀式に的当てがあり、その模範と言う事での催しだ。
「この俺の射撃を間近で見られる僥倖、神とやらに感謝するのだな‥‥ククク」
愛らしいその声と共に、講師が登場。
円らな瞳の少年が、自分の身体よりも遥かに大きな弓を抱えて登場する姿に、見物客から歓声と拍手が起こった。
そして――――
「ここで朗報です。アイドル射手クッポー様の実演に先駆けまして、魔法淑女『聖☆エルディーナ』様と見習い魔女っ子のラテリカ・ラートベル様がお祝いに駆け付けてくれました!」
クッポーを含む全員がポカンとする中、広場を切り裂くような風が一陣、駆け抜ける。
「あれは‥‥箒!?」
『宿屋ヴィオレをよろしく!』と書かれた看板を背負った見物客の一人が向けた視線の先には、中に浮かぶ2つの箒と、それに跨る2人の『女性』の姿が。
1人は、魔法少女のローブに身を包んだラテリカ。
そしてもう1人は――――この村の住民が誰一人として見た事のない、利発そうなエルフの女性だった。
2人は地上に舞い降り、箒を降りると同時に背中合わせになって、杖に持ち変える。そして同時に杖を回転させながら頭上に掲げ、ビシッ、と眼前に突き出す。
「なんて可憐な魔女なんだーーっ!」
一瞬の間の後、見物人から先程の数倍の歓声が響き渡った。
その後、存在感を失った講師による射撃実演が地味に披露され、地味に矢が外れる。
「‥‥ひん」
講師は泣き出した!
「大丈夫ですよ。儀式とは形を成す事に意味があるのですから」
エルディーナに頭を撫でられ、講師はどうにか泣き止んだ。
「ぐす‥‥ところで貴様、どこかで見た気がするな」
「気の所為ですよ」
金髪の女性は和やかにそう告げた。
その後、魔女2人は村内で行っているパンの移動販売に合流。
「え? えっと、エルディン‥‥さんですか?」
「いいえ。エルディーナですよ?」
すっかり魔女淑女な眼前の女性に、ミカエルは目を丸くしていた。
そのミカエルも、まるごとたいがーを身に着けているので、移動販売員は魔女と手乗りたいがーと言う奇妙な組み合わせになっている。
「はわ‥‥ミカエルさん、かわいいです」
「ラテリカさんこそ可愛いですよー。エルディン‥‥エルディーナさんは美しいですよね」
「はは、ありがとうございます」
実際、その身内評価は正しかったようで、観光客がどんどん押し寄せて来る。
そんな中、エルディーナは名残惜しげに息を一つ吐いた。
「さて、そろそろ時間ですね。少々離れます」
エルディーナは、予め禁断の指輪の効力が切れる時間を概算できるよう簡易日時計を作成していた。
寸前までこの姿で手伝う為だ。
「おししょさま、魔法解けるですか‥‥」
「ええ。何時かまたお会いしましょう」
美しき師弟愛を、ミカエルは微笑ましく(?)眺めていた。
一方――――広場の方では、昆虫レース『パルトン!』の決勝が始まろうとしている。
予選を勝ち抜いた4名が各レーンに愛虫を置き、ゴール地点に向かう。
アルノーはしっかり勝ち残っていた。
「おい」
そのアルノーに、予選第一組の勝者ニコラスが話しかける。
「おまえ、ルイーゼとなかがいいらしいな」
ルイーゼとは、リヴァーレの村長の妹の孫娘だ。
「おまえには似合わないよ。どうせ俺に負けるんだし」
それは、宣戦布告。
アルノーはムッとした顔をそのままに、定位置に付く。
「勝つのは僕だ!」
それは、他の3人にも、聴衆にも聞こえるような声だった。
そして――――スタート。
「さあ、まずはニコラス選手の甲虫が勢い良く飛び出した! 黒瑪瑙のような光沢を帯びたその身体は、さながら漆黒の騎士といったところか!」
決勝の実況を勤めるジャンが歯切れ良く話す様を、解説のジェイミーは少し意外そうに横目で眺めていた。
そんな間にも、レースは進む。
アルノーの甲虫は、派手な動きはしない。堅実に、真っ直ぐ前へ進む。
「おーっと、ここでアルノー選手の甲虫が猛追! 追う! 追う! 追い続ける! 抜いた! ここで抜いたーっ!」
ゴール前僅か3cm。アルノーの甲虫はどの虫よりも前に出た。
そのまま、フィニッシュ。
「やったー!」
アルノーの歓喜の声が、周りの拍手に包み込まれる。
チャンピオン返り咲きの瞬間だった。
〜le dernier jour〜
最終日。
早朝の各パン工房では、村の職人、助っ人の3人がそれぞれ休憩なしで働き続けていた。
ラテリカ、エレイン、エラテリスの3人もヘルプに追われている。
「そーれっ☆」
パンの体験製作にも参加していたエラテリスがかなりの戦力となり、日が昇る頃には全てのパン生地が出来上がった。
「助かりましたー。ところで、これを見て頂けませんか?」
カールは疲労感漂う顔で微笑みつつ、2つのパンを見せる。
それは、シャンゼリゼに並んだばかりの両方のパンをアレンジしたものだった。
蒸しパンには上に花型のビスケットが乗っており、チーズパンには村で採れたキノコが具に加わっている。
小さなアレンジだが、この村ならではの一品となっていた。
「素敵ですわ。皆さんお喜びになると思います」
エレインの言葉に、カールは赤面しつつ鼻頭を掻いていた。
日が昇り、村の真上に浮かぶ。
ふれあい広場では、数多くの動物は子供達とじゃれ合っている。
そんな中、ミカエルとジャンは冒険者出店と射的店の前にいた。
射的の方は、既に全ての景品が挑戦者の手に渡り、出店の方も20種類以上あった商品も残り3品となっている。
幸いな事に、パリから多くの冒険者が訪れた為、予想以上に良く売れた。
「さあ、残り3品ですよー! ここで買わないと後悔しますよー!」
この店の売り上げを知人に寄付する予定とあり、ジャンは声を張り上げて客寄せをしていた。
その傍らでは、ケット・シーのアリス・リデルも踊っている。
「調子、出てきましたね」
ミカエルが嬉しそうに語り掛ける。
無論、数日で癒える傷ではない。一生癒える事の無い傷かもしれない。
ただ、それでも。
「ご心配をお掛けしました。もう大丈夫です」
そう言える事が、大事なのだ。
「不思議なぬいぐるみと狐浴衣とエチゴヤブーツ、全て購入だ。ククク‥‥」
その30分後、残りの商品全てが愛らしい少年によって買われ、ついに完売。
総売上、約60G。
相当な金額になった。
実はこの売上、全て寄付する事になっている。
それは、身体の弱い妹の為にシフール専用の施療院を建てようとしている、とあるシフールにだ。
ジャンとラテリカが連名で招待状を出しているので、もしかしたら来るかもしれないのだが――――
「来たよー」
そんな声が、広場の喧騒に紛れて聞こえてきた。
そして、広場中央では、いよいよお見合いイベントの告白タイム。
「男性の皆様、こちらにどうぞ」
エンジェルドレスに身を包んだエレインが誘導し、男性陣が並ぶ。
いずれも緊張した面持ちで、それは女性陣の方も、そして見物客も同じだった。
こう言った公開イベントだからこそ、出来る告白もある。
普段から顔を合わせるような仲であれば、尚更だ。
「それでは、まず1番の方から、リボンを受け取りに来て下さい」
一人の若者がエレインから刺繍入りのリボンを受け取り、パンに結ぶ。
そして、一直線に向かったのは――――ミリィの前だった。
差し出されたパンに詰められた羊皮紙をミリィが広げる。
「ちょっと待ったあああっ!」
更に数人の男性が急に走り出し、エレインからリボンを受け取ってミリィの前に並んだ。
そして、各々がパンを、メッセージを差し出す。
そんな男性陣に対し、ミリィは――――
「ごめんなさい」
一つ一つのメッセージ全てを読み、全てに頭を下げていた。
その後、村長ヨーゼフの石像がお披露目され、声にならない感動の挨拶をヨーゼフが行うなど、徐々に終焉へ向けて時は進む。
そして――――夜。
お見合いで成立した5組のカップルが、広場の中央でダンスをしている。
成立しなかった者達も、祝福の拍手を送っていた。
その後、エレインの提供したランタンと油を用い、炎を灯して『恋の花咲く小径』を歩く。
その光景は、まさに恋の花が咲いたかの如く、幻想的で、そして美しいものだった。
カップルの行進に習い、警備もカップルで。
くじ引きの結果、ミカエルとエラテリス、エレインとジャンが組む事となった。
「わたくしは参加いたしませんからねっ」
ジェイミーはぷいっとそっぽを向き、ユニコーンのフレリアが待つ森を警備する事に。
そんな凸凹な警備達に護られ、カップル達は修道院に入っていく。
そこには、聖者の法衣に身を包んだエルディンの姿があった。
「互いを敬い、互いを慈しむ二人に、祝福を」
2人の持つランタンにピュアリファイを使用し、火を清める。
これで、全ての収穫祭日程は終了した。
「さあ、ここからは無礼講です! 皆さん、大いに騒ぎましょう!」
代表してカールが音頭をとり、最後の宴が始まる。
歌うたいコンテスト優勝者のハンナとラテリカが夢のコラボレーションで歌声を送る。
『実りの歌姫』が優しい音色を捧げる中、それに合わせてエラテリスが踊る。
火の粉が舞う中、エラテリスの笑顔に沢山の村人が笑顔を返した。
それを眺めながら、ミカエルとジャンはミリィやヨーゼフ達と談笑を交わす。
ミカエルはモン・サン・ミシェルへの巡礼の、ジャンは魔法探偵クレーメンスと解決に導いた事件のお話を楽しげに語っていた。
エレインはカールを労いつつ、誇らしげに優勝賞品のメダルを掲げるアルノーに拍手を送っていた。
彼女の周りには、常に子供達がいる。純白のその笑顔に惹かれ合うように。
そして――――
「お疲れ様ですわ」
遠巻きに宴を眺めながら酒を嗜むエルディンの元を、ジェイミーが訪れた。
「随分と寂しく始めていますのね」
「こうして、少し離れた所から見る宴も良いものですよ」
少し目を細め、エルディンは中央の炎を眺める。
「ジェイミー殿にもお見合いに参加して欲しかったですね。特に念入りに祝福を贈って差し上げられたのですが」
「生憎、色恋沙汰に興味はありませんわ」
そんなジェイミーの言葉に苦笑しつつ、エルディンは酒を注いだ容器を星空に向けて掲げた。
「では、その分をこの村に差し上げるとしましょう」
満天の星。
鮮やかに舞う火の粉。
跳ねるような足音。
溶け合う旋律。
透ける歌声。
芳しい花香。
揺れるリボン。
護られし宝。
清らかな炎。
輝ける瞳。
小さな笑顔。
大きな笑顔。
想い。
全てのものに、祝福を――――