盗賊の矜持、職人の矜持
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月03日〜11月08日
リプレイ公開日:2008年11月11日
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●オープニング
「‥‥随分と臭いますね」
リアン街から20kmほど離れた地域の、とある洞窟。
馬の嘶きが響くそこに、バードの男マンソンジュはいた。
基本的に家畜は臭いものだが、この場所は特に臭いがキツい。
それには、それなりの理由があった。
排泄物の量が尋常ではないのだ。
そして、それにも理由がある。
意図的に促進させるような食物を与えているのだ。
更に、それにも理由はあった。
「盗んだ宝石を宿屋の前で誤って落とし、それを偶然通りかかったリボンのついた馬に飲み込まれる‥‥絵に描いたようなコメディですねえ」
「うっさい! あーもー、こいつも違うのかよーっ!」
現在、リアン街を騒がせている宝石泥棒、カルラ。
折角盗んだ『翁銀の雫』と言う宝石を飲み込んだ馬の体内からそれが排出されるのをずっと待っているのだが、今のところ上手く行っていないようだ。
「しかも、馬を逃がしてたヤツは捕まるし‥‥もうダメじゃん」
「諦めなさい。馬に盗られた時点で貴女の惨敗です」
「ちぇーっ。お気にの宝石だったのに。ラルバトス、馬逃がすの手伝ってよ」
「‥‥はいはい。馬など盗んでも仕方ないですからね」
ラルバトス――――そう呼ばれたマンソンジュは、自分の話を聞かない盗賊に別段文句も言わず、同族の尻拭いを始めた。
同じ組織に属する、二人の盗賊。
共に仮名を持ち、上司の命令に従って盗みを働く。
そんな彼らに、矜持はあるのだろうか。
他人の物を盗む。法的に説明するまでもなく、卑下すべき行為だ。
それを、自らの意思ではなく他人の命で実行する。
余りに見下げ果てた者ども――――誰もがそう認識するだろう。
誇りなど、ある筈もないと。
「そういやラルバトス。最近装飾品の盗みやらされてるんだって?」
「ええ。富裕な商人の間で、とある鍛冶師の装飾品が流行っているらしいので」
「全く……金持ってる奴ばっかだな、この街は」
「そうですね。だからこそ、我々が必要なのですよ」
だが、彼ら盗賊が、何の思想も信念もなく盗みを働いているかと言うと、答えは否。
この街には様々な種族、様々な職種が溢れているが、ここで盗賊と呼ばれる者の多くは信念を抱いている。
例えば、リアン街を縄張とし、同時にその守護者でもあるこの二人も、例外ではない。
それは、例え休日に近所の子供と遊んでいるような少女でも、酒場で珍しい話を聞く事が趣味と言う詩人でも、同じ事である。
彼らにとって、自らが行う窃盗は処世術とも違う、独自の生きがいを込めた信念の結晶だ。
それは、救世主としての誇り。
そして、奪回者としての誇り。
盗賊には、矜持がある。
職人には、矜持がある。
それは、製作者としての誇り。
そして、創造主としての誇り。
彼らにとって、自らが生み出す作品は子とも違う、独自の生きがいを吹き込んだ魂の結晶だ。
それは、例えどれ程の地位を得た者でも、まるで世間から相手にされていない者でも、同じ事である。
例えば、パリから徒歩数時間の位置にある、交通中継点の街、リアン街においても、それは無論例外ではない。
この街には様々な種族、様々な職種が溢れているが、ここで職人と呼ばれる者は皆、同様に誇りを抱いている。
色や形、大きさ、或いは在り処はそれぞれであるが、何も持たない職人など存在してはいない。
今、リアン街の上空を全力で飛んでいるシフールも、その中の一人だ。
名はミケ・ウェンデル。
数少ないシフールの鍛冶師だ。
もっとも、まだ駆け出しの部類に入る鍛冶師なので、大きな仕事を請け負ったり、自分で鍛冶場を構えたりはしていない。
とある師匠の下で腕を研磨している最中だ。
「クーノ、行ってきたおー」
そんなミケが滑降し、一つの建物の窓に吸い込まれるように入っていく。
クーノ――――それはミケの師匠であり、リアン街でも有数の腕を持っている鍛冶師の名前だ。
ドワーフの中でも更に小さな部類に入る彼は、その体に見合った繊細な道具を作成する技術に長けていた。
だからこそ、シフールのミケが師事しているのだ。
「御苦労。どうだった?」
「やっぱり、師匠の作品が盗まれたみたいだお」
ミケが先程まで訪れていたのは、クーノの作品を店頭に置いている店だった。
この鍛冶場から10kmほど離れた場所にある郊外で、派手な装飾品店を営んでいる商人がいる。
その彼の店で盗難があったと言う噂を聞き、ミケが確かめに行っていたのだ。
結果、事実だったらしい。
「……嘆かわしい事だ」
クーノは手にしていた槌を振りかざし、鉄を叩く。
それは、現在行っている作業には必要のない行為。彼の激情を示すだけの一撃だ。
「これで三件目だお。師匠の作品盗まれたの。でも、師匠の作った装飾品が盗まれたからって師匠が損する訳じゃないお」
「いや、ワシが嘆いているのは、そう言う事ではない」
「おっ?」
ミケが首を傾げる。クーノはその様子を見ることなく、目の前の先程までは確かに素材だった鉄をじっと眺めながら呟く。
「ワシらは自身の作品に魂を吹き込んでいる。ワシらの一部も同然だ。それを、何の代価も支払わずに、まるで道端の石コロの如く懐に仕舞う……」
小さな先端の槌が、力任せに叩き付けられる。激情に委ねられた右手は、職人の命ともいうべき道具を容赦なく打ち付けた。
「侮辱だ! ワシら鍛冶師に対しての侮辱以外何物でもあるものかっ!」
職人には、矜持がある。
何人たりとも侵してはならない矜持が。
「落ち着くお。あんまり怒ると怒りの炎で髭が燃えるお」
実際にそんな事がある筈もないのだが――――クーノは思わず低い声で笑った。
「……お前がいてくれて助かるよ、ミケ」
「?」
ミケは、自分の存在価値に気がついていない。
彼がいなければ、クーノは激昂の余り、幾つもの細工道具を台無しにしていただろう。
クーノは自覚している。自分が感情的なドワーフである事を。
だが、欠点とは思っていない。そう言う性質があってこそ、自分ならではの作品が作れるのだと達観しているからだ。
だが、ある程度の抑制は必要。その感情を沈めてくれる弟子は、彼にとってありがたい存在だ。
もっとも、それ以上にその素質を買って弟子にしているのだが――――それは今語るべき事ではない。
クーノは微笑を浮かべ、新たな素材を手に取った。
「もし、次にまた盗賊が動くようなら、鍛冶師ギルドに相談を持ちかけるとしよう」
「それがいいお」
この数日後――――再び彼の作品が盗まれた。
●リプレイ本文
●忍び寄る危機
「‥‥視えた」
依頼を受けた一人、ローガン・カーティス(eb3087)が現在行っているのは、フォーノリッヂのスクロールを用いた『未来予知』だ。
この魔法で見える未来は、何もしなかった場合のもの。
ここから対策を施すことで、別の未来へと分岐する。
『リアン街・装飾品盗難』『リアン街商人ギルド・被害』で二回未来視を行ったところ、商人ギルド内の会議で被害報告がされる場面が10秒ほど映し出された。
「つまり、このままなら確実に盗賊被害が増える、と言う事か」
異国の忍者、尾上彬(eb8664)の呟きを、クーノは険しい表情で聞いていた。
「この街の商人は、どうも危機感に欠ける所がある。これだけ盗賊が活発に動いていると言うのにだ」
「何故なのでしょうね?」
盗賊に対しては造詣の深いヒューゴ・メリクリウス(eb3916)は、合点がいかない様子で問いかける。
実際、盗賊に対して商人は本来過敏になるくらいの対策を施して然るべき。
特に単価の高い商品を扱う店ならば、尚更だ。
「わからん。商人とはそう言った話をする事もなかったし、これまでは関心もなかったからな」
そんなクーノの肩に、鍛冶場で飛び回っていたミシェル・サラン(ec2332)とミケが留まる。
「仕方がないわ。それだけ、自身の作るものに集中していた証だもの」
ミシェルの言葉に、クーノは大きく頷く。それを確認した上でミシェルは続けた。
「わたくしも、少なからず何かを作り、生み出した経験があるから、気持ちは良くわかるわ。自ら生み出した作品は、汗と涙の結晶。それを無断で分捕るなど、我が子を奪われるも同然ではなくて?」
「うむ‥‥」
「同じような思いを持っている誇り高い職人は他にも沢山いる筈。彼らと話し合って、対策を練ってみてはどうかしら」
「それがいいお」
ミケも同意する。
職人気質の者は、同属嫌悪からか、あるいは競争心からか、同職の者と交わりたがらないことがある。
だが、共通の問題がある場合ならな、話は別だ。
「職人同士、忌憚ない意見を出せれば、実りあるものになるかもな」
彬も同意を示す。
「では、我々はそれぞれに用意して来た案をまとめ、クーノ殿やミケ殿には鍛冶師ギルドや他の鍛治師に呼びかけて貰うとしよう」
「了解だお!」
ローガンの言葉に、ミケは腕を突き上げてやる気を示した。
●盗賊対策会議
既に冒険者達は、行動の為のプランをほぼ固めていた。
まず、聞き込み調査。
騎士団の詰め所、装飾品店、宝石店などに、盗賊の顔、手口、活動時間、或いは盗賊行為に関する手掛かりとなる事項を聞いて回る。
全員が高速の移動手段を持っている為、非常に高い収集能力が発揮された。
次に、もし顔を目撃した者がいる場合は、ローガンがパリで雇った絵師に、盗賊の似顔絵を描いて貰う。
絵師は既につれて来ており、ローガンらが泊まる宿に待機して貰っている。
最初の二日間は、この情報収集に終始した。
その結果――――
「目撃者はなし、か‥‥」
再び全員がクーノの鍛冶場に集い、成果を報告する。
尚、クーノとミケは鍛冶師ギルドに赴いているので、留守を預かっている格好だ。
まずは、情報。
クーノの作品が盗まれた店と、その辺りの詰め所や酒場まで情報提供を呼びかけたものの、盗賊の目撃者は一人もいなかった。
官憲も盗賊には良いように弄ばれており、彼らの顔を見た者はいないと言う。
似顔絵は作れそうになかった。
「そう簡単に素顔は晒さないでしょうね。盗みも夜に限定されていますし」
盗賊行為を行う時間としては、やはり暗闇に紛れる事ができる夜間が圧倒的に多い。
また、中には異常に夜目が利いたり、闇の中でも視力を保てるアイテムを所持している盗賊もいるだろう。
「残念だが、似顔絵は断念せざるを得ないようだ」
ローガンは溜息を吐きつつ、羊皮紙の一行に横線を引く。
とは言え、似顔絵はあくまで盗賊捕獲の為の補助。防犯には然程影響は出ない。
「問題は手口、ですわね」
ぱたぱたと羽ばたくミシェルの言葉に、全員が頷く。
集めた情報によれば、被害にあった全ての店が、盗まれた物のある部屋に一番近い場所の鍵を破られ、進入を許している。
破られた鍵は、いずれも単純な構造のものばかりだった。
「では、その辺りを踏まえた上で、対策を練りましょうか」
ヒューゴのその言葉を合図に、各々の意見を出しつつ、盗賊対策の手引きを作成していく事となった。
まず、施錠方法。
破られた鍵は全て外側から開閉する型の鍵だった。
そこも踏まえ、内側から施錠できる物に取り替えるべき、と言う意見がヒューゴから出された。
「外から掛ける鍵は出来るだけ少なく、頻繁に場所を変えるようにするべきでしょうね」
更には、番犬を飼ったり、隙間から物を入れて閂をずらせるような造りにはしないよう念を入れる。
次に、彬がジャパンならではの対処法を説明した。
まず、盗賊の侵入しそうな場所に、夜の間鳴子を仕掛けておくと言うもの。
小さい板に細い板を糸で掛け連ね、それを縄に張った物で、これに触れるとけたたましい音が鳴り響く仕組みになっている。
「まきびしって手もあるな」
まきびしは、ジャパンの忍者が良く使用する罠の一つで、三角錐の形状をした小さな道具だ。
鉄や菱の実を用い、踏むと悲鳴を上げるほど痛い。
ノルマンにはない物だが、ここは鍛冶屋。作れない事はない。
「対魔法の対策も必要でしょう。盗賊がどのような業を持っているかわかりませんし、ね」
侵入に有効な魔法は幾つかあるが、その中でも地面や石の壁に潜る『アースダイブ』と、足元の影に潜り、指定した影まで移動する『ムーンシャドゥ』は極めて厄介。
もし盗賊がこの二つの魔法を使用可能な場合、施錠は何の意味も成さない。
とは言え、対策はある。
アースダイブは地面と石の壁には潜れる反面、それら以外の物質を突き抜ける事は出来ない。
床と壁を板張りにするか、鳴子付きの布を仕掛けておけば、妨害は可能だ。
また、ムーンシャドゥには、月明かりで出来た影以外は移動不可と言う規制がある。
つまり、月明かりを遮光してしまえば良いと言う訳だ。
建物内の全ての窓を封鎖すれば良い。
「魔法対策に関しては、本当に可能かどうか検証する必要があるだろう。手引きが完成次第、皆で赴こう」
「それが良いですね」
ローガンの言葉にヒューゴが頷いた所で、手引き用の話し合いはまとまった。
「手引きに関しては、昨日から作成に入っている。今回の意見を取り入れ、全ての店が対策を立てやすいようまとめてみよう」
「なら、俺達はフォーノリッヂで被害にあった店に話を通しておくか」
「ふう‥‥」
彬の言葉に全員が頷いたところで、クーノとミケが帰ってきた。
「明後日の昼間に集まって合同会議を行う事になった。そこで色々と指導をしてみてくれ」
クーノは言葉を紡ぎ終えると、にじみ出る汗を手で拭った。
この二日間、冒険者同様クーノとミケも奔走していた。
特に、職人気質のクーノがそのような行動に出た事はかなりインパクトがあったらしく、各関係者に危機感と緊張感を与える結果になったらしい。
「クーノ殿。お疲れのところ悪いが、手引きの締めの言葉を貴殿に賜りたいのだが」
「まきびしの作成をお願いしたい」
「煙突に取り付けられる金網も作って頂きたいですね」
「待て待て待て。幾らワシでも一度には無理だ」
クーノがローガン、彬、ヒューゴとわいわい話を始める中、ポツンと宙に浮いているミケに、ミシェルが近付く。
「何か手伝える事はあるかしら? 泊めて貰っている手前、何かお役に立ちたいのだけど」
ミシェルは現在、この鍛冶場に寝泊りしている。
季節とは関係なしに熱いその場所に、今年の夏に受けた慌しい依頼を思い出しつつ、床に転がっていた小さな鉄の欠片を手に取った。
「ミシェルは依頼を受けてくれたお客様だお。そんな事しなくても大丈夫だお」
「そう? なら、冷たい水が欲しくなったら言ってね。こんな事くらいなら何時でも出来るから」
そう呟くと同時に、ミシェルは手の中の鉄片を凍らせる。これを水を張った桶に入れると、冷水の出来上がりだ。
「魔法使えるおー! すごいお!」
「貴方こそ、鍛冶師なんて力仕事してるじゃないの。凄いと思うわ」
シフールにとって、力仕事は天敵。
鍛冶師をしているシフールなど滅多にいない。
ミシェルは興味津々と言った面持ちで、ミケと会話を続けた。
その後、ミケの作品を見たいと言うミシェルの意向に従い、ミケが自作のブローチを持ってくる。
「まだこんなのしか作れないお。良かったら持っていってお」
「良いの?」
「今度はもっと良い物をあげられるようがんばるお」
「ありがとう。その時はちゃんとお店で購入するわ」
ウィザードと鍛冶師。
中々接点のない二つの職に就くシフールは、共に相手を讃えつつ、穏やかな時を過ごした。
●そして、一枚に
最終日――――夜。
彬らの呼びかけ、商人ギルドと鍛冶師ギルドの働きかけもあり、話し合いには多くの店主や鍛冶師が出席した。
場所は、フォーノリッヂで被害にあうと予見された店の一つ。
罠の実演や魔法対策の検証を行う上で、都合が良いからだ。
そこでまず、ローガンの作成した手引きを元に盗賊対策の重要性と概要を説く。
「本当に俺の店が標的になるってのか?」
「間違いない。ただ、対策を施せば回避できる可能性は十分にある」
半信半疑の店主を諭し、ローガンは説明を続けた。
「正攻法の対策については、この手引きに記してある。写しも作ってあるから、持ち帰って参考にして欲しい」
商売をする上で、文字の読み書きは必須能力。当然全ての店主が出来る事は確認済みだ。
写しを流し読みしている店主の中には、何度も大きく頷いている者もいた。
読みやすく、理解しやすい内容にした事が功を奏したらしく、懐疑的な目はもう既にない。
「そして、ここからが重要なのだが‥‥こう言う対策は、講じればその都度別の手口を生む事にも繋がり、その繰り返しになる可能性が高い」
そうなれば、対策ばかりに気がとられ、店の経営にまで悪影響を及ぼす。
実際にそのような状況に陥り、結果的に店が潰れたと言う例もあるくらいだ。
「そんな訳で、辟易させて、やる気を失くす方向に持っていくってやり方が望ましいと思うんだが」
窓の外にいる彬が提唱すると、全員の視線がそちらに向いた。
普通の対策をしているだけでは、逆に盗賊の自尊心や闘争心、或いは好奇心や競争心を刺激し、逆効果になりかねない。
盗賊のモチベーションを下げる事が重要になってくる。
「こっちは大丈夫です」
「こちらも問題ないわ」
まずヒューゴが合図を出し、次にミシェルも首肯する。
既に朝の内から仕掛け自体は全員で作り終えており、三人は最終的な確認を行っていたのだ。
「良し。それじゃ、実演と行こう」
外に出る彬に、ミシェルも続く。
「器用で素早いシフールの盗賊だっているわよ。想定しておいて損はないと思うわ」
パリにその名を轟かす忍びの者とシフール。盗賊を想定する上では十分過ぎる二人だ。
「では、まず鍵の解説から。ヒューゴ殿、宜しく頼む」
ヒューゴは首肯し、内側から扉の方へ向かう。それを店主達がぞろぞろ追った。
鍵は内側から掛ける型の物で、僅かな扉の隙間から細い棒などを差し込んでも触れられない位置にある。
「クーノさんに頼んで作って貰いました。鍛冶師の方々なら問題なく作れますよ」
試しに彬とミシェルが外側から色々試すが、鍵が開く事はなかった。
「とは言え、どこか一つに外鍵を付ける必要はあるでしょう。そこには仕掛けを用意します。裏口に移動しましょう」
その裏口の前には、鳴子の仕掛けやまきびしが設置されている。
更に、シフール対策にと、侵入経路上部に鏡が取り付けられていた。
「夜にばかり忍び込むと言う事は、暗い状況でも視界を確保できている可能性が高いですからね。それを逆手に取ります」
そして、奥の手である魚の内臓を使用した罠を彬が披露。
扉を開くと、上部に設置した箱の底が開き、内臓が落ちてくると言う仕組みだ。
その臭いはかなりの確率で侵入者を脅かす事が出来るし、番犬の興奮を誘う事も出来る。追跡もし易い。
「成程‥‥」
商人と鍛冶師はこぞって感心していた。
しかし、話はここでは終わらない。
「本番はこれからです。盗賊が魔法を使う可能性もあるので、その対策も伝授しますよ」
この実験に関しては、検証も兼ねている。
その旨を説明し、今度はローガンが外に出た。聴衆もそれに続く。
アースダイブとムーンシャドゥのスクロールを使用し、侵入を試みる為だ。
「窓は鎧板で閉じてください。布だと光を完全に遮断できない可能性もありますから」
ヒューゴの解説の後、ローガンがまずフレイムエリベイションを使用し、その後ムーンシャドゥを試みた。
自身の影にローガンが潜ると、歓声が上がる。
そして――――その影から再び現れた。
「問題ないようだ。指定した影には行けなかった」
「‥‥と言う訳です」
その後、床と壁が板張りにされた部屋にアースダイブを試み、やはり失敗する。
検証結果は成功。
とは言え、店全部を板張りにするのは難しいので、鳴子付きの布で侵入を知らせるような方法も提唱した。
「後は、万が一盗賊に侵入された場合、速やかにそれをギルドに報告し、各店に情報を流す。これも非常に重要な事だ」
ローガンは、更に鍛冶師に対して保証書の発行送付を提案した。
保証書を購入者に対して送り、尚且つ鍛冶師ギルドと商人ギルドに購入者情報を流す。
そうする事で、盗品の区別がつき、市場に流す事が難しくなる。
盗品を売る事が困難になり、盗むと言う行為へのやる気が失せると言う方法だ。
「後、ギルド全体で夜回り自警団を作ってみてはどうかしら」
ミシェルの提案は、腕っ節の強い鍛冶師を中心に、地域ごとに夜の見回りをギルドで行うというものだった。
防犯の基本は見回り。
それをギルドが行うとなれば、単に見回りの効果だけでなく、街全体の意識を高める事が出来る。
そうなれば、盗賊が活動し難くなり、やはりモチベーションが低下すると言う仕組みだ。
「‥‥皆、聞いてくれ」
冒険者達が一通り説明を終えた所で、クーノが口を開く。
「余り他者と交わり、馴れ合う事が得意ではないワシだが、作品を護る為ならば出来る限り協力しようと思っている。どうか少しでもワシと同じ憤りを感じているならば、手を貸してくれないか」
その言葉に、そして頭を下げたその動作に――――自然と拍手が起こった。
職人の矜持。
それは、頭の位置ではない。
作り上げた品そのものだ。
それこそが、護るべき物。
その日、リアン街の商人ギルドと鍛冶師ギルドは、盗賊対策の為、一枚岩となった。