横から槍で串刺しにする愛もある
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:11〜lv
難易度:やや易
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月07日〜11月12日
リプレイ公開日:2008年11月14日
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●オープニング
パリの近隣にある、とある街。
名前をマルシャンスと言う。
このマルシャンス街には、『ノルマン1不幸な男』が住んでいる。
マックス・クロイツァーと言う男だ。
つい先日も、とある村から依頼を受けて石像を作りに行く途中、数多の矢が降り注いで来たり、数多の馬に引かれ続けたりした。
彼にとって不幸とは、枚挙に暇のないものなのである。
とは言え、彼だけが不幸、と言うわけではない。世の中には不幸な者など幾らでもいる。
例えば――――つい今しがた、この街を訪れた女性。名前はシーナ・コルネリウス。
まだ若い身空で、以前住んでいた街では武器屋を営んでいた。
しかし、全く商品が売れず、盗賊から大事にしていた武器を盗まれるなどの不幸にも見舞われ、あえなく破産。
街を出て、一からやり直す事になった。
幸いにも、彼女には演奏と言う特技がある為、やり直しは利く。
以前住んでいた街は貧民に厳しい政策をとっている為、技術屋が多く暮らしやすいこの街を新天地に選んだのだが――――
「はう〜‥‥お腹空きました〜」
ここまで辿り着いた時点で、シーナの身体は色々と限界を迎えていた。
既に3日近く、水以外何も口にしていない。
意識は波のように揺れている。
行き倒れ寸前だった。
「おい、大丈夫か」
そんなシーナに、聞き覚えのない男声が掛けられる。
『ノルマン1不幸な男』マックス・クロイツァーだ。
シーナは藁にもすがる思いで、面識のない彼に現在の状況を説明した。
「そうか‥‥俺に出来る事など余りないが、せめてこれを」
男は村から土産として貰ったパンを、シーナに全て恵んだ。
その男は筋肉質のガッチリした身体をしていた。
はにかみながら微笑むその顔は、何処までも爽やかだった。
「‥‥ありがとう、ございます」
シーナ・コルネリウス――――春雷の刻。
一瞬にして恋に落ちていた。
が、彼女はやはり不幸なのだろう。
その想い人に婚約者がいる事を、その翌日に知る事になる。
「嘘‥‥」
演奏の仕事を売り込みに行った酒場で、シーナは思考停止に陥った。
一晩かけて色々思い描いた未来とか空想とかそう言うのが一瞬でペチャンコにされてしまったのだから、無理のない話である。
「あ、それと仕事も間に合ってるの。ごめんなさい」
二重の苦しみ。
シーナは月夜の下、絶望の面持ちでマルシャンス街を彷徨う事となった。
仕事を見つけ、落ち着いたところで直ぐにでもお礼と称して家に呼ぶ予定だった。
戸惑いながらも照れる彼。
不意に重なる手。
見詰め合う二人!
舞い落ちる花弁。
そんな妄想が満月の光におぼろげに浮かび、消えていく。
「はう〜‥‥」
婚約者のいる人に告白する訳にはいかない。
シーナはその切ない想いをそっと胸に仕舞い、今日の宿を探す事にした。
が――――
「!?」
次の瞬間、まるで月明かりが涙の滴となって降り注いだかのように、シーナの身体に入り込んだ。
マルシャンス街には、名物とも言われている鍛冶屋がある。
アポロニウスと言う稀代の名匠がいる鍛冶屋『アポロの棲家』がそれだ。
圧倒的な集中力と大胆な手法で作られるアポロニウスの剣は、大型の騎士に非常に評判が良い。
そして、その弟子ペーターが作る『恋風の指輪』は、『これを身に着けていると運命の人が倍に増える』と言う妙な設定を上手く街に流した結果、中々のヒット作となっている。
様々な面で注目を集める鍛冶屋だ。
「噂の力とは恐ろしいもんだ。こんな普通の指輪を皆こぞって嵌めたがるとはな」
「‥‥何ですって?」
恋風の指輪を嵌める真似事をしながら呟くマックスの頭に、ペーターの投擲した槌が直撃した。
「ぐあっ‥‥なんて事するんだお前っ!」
「私の手がけた人気商品にケチをつけるなど、許しませんよ」
「鍛冶師なら人心操作じゃなくて腕で人気を集めろと言ってるんだ」
頭を撫でつつ、マックスは自分の左手に指輪が嵌められている事に気付く。
先程の衝撃の際、勢いで嵌めてしまったらしい。
直ぐに外そうと指輪に手をかける。
「‥‥外せん」
「ああ、この指輪には呪いをかけてあるんで、暫く外せませんよ」
「なああっ!?」
婚約者のいる身で運命の人を増やすアイテムを身に着けるのは、完全なる裏切り。
この状況でその婚約者であるマルレーネと会おうものなら、絶縁は免れない。
「いや、冗談ですよ。ただその指輪は女性用に小さく拵えてますから、完全に嵌ってしまったとなると、取るのは難しいかもしれませんね」
「うぐぐ、どうしたものか」
マックスが苦悩する中、『アポロの棲家』の出入り口にひょっこり何者かが現れる。
「あ、マルレーネさん」
「いやその違うんだ! これは事故と言うか呪いと言うかだな!」
「あ、人違いでした。何か御用ですか?」
憤慨するマックスを他所に、ペーターは訪問者の女性に話しかける。
しかし、その訪問者はペーターの方を全く見ていない。
怪しげな笑みを携え、マックスに視線を集中させていた。
「ん? 君は確か‥‥」
その顔に見覚えのあるマックスが近づこうとした刹那――――その女性がマックスに凄い勢いで抱きついて来た。
「え゛」
「やはり私の指輪は効力抜群ですね」
「お前の指輪の仕業なのか!? おい、ちょっと放してくれ!」
しかし女性――――シーナは全くマックスの言う事に耳を貸さず、抱きついたまま頬を寄せてくる。
「お、おい‥‥あっ」
「‥‥」
その場面を、買い物帰りのマルレーネが入り口付近からじっと見ていた。
そして、脂汗が止まらないマックスに微笑みながら近づいて行く。
「二度と‥‥私に話しかけないでっ!」
マルレーネの二本の指が的確にマックスの目を捉える!
「ぎゃああああっ! 目がっ! 眼球がっ!」
凄い形相でスタスタ去って行くマルレーネを尻目に、シーナは何時までもマックスに抱き付いていた。
「ちなみに、その指輪は典型的な悪徳商法なので、この状況は私の責任ではありません」
「キッパリ言うなそんな事! くそっ、何がどうなってるんだーーーーーっ!!」
こうして、マックスは再び婚約解消の危機を迎えるのだった。
●リプレイ本文
●1日目
「恐らく‥‥ブリッグルの仕業じゃねぇかな」
マックスの家でくっついている2人に事情を聞いた結果、モンスターの知識に長けたロート・クロニクル(ea9519)はそう推測した。
「ブリッグル?」
「月の精霊だな。月夜、音楽、恋愛絡みの話を好むと言われている。切ない恋愛をしてる女性に憑依して、手助けをするらしい」
レティシア・シャンテヒルト(ea6215)の問いに、精霊の知識に長けたアリスティド・メシアン(eb3084)がスラスラと答える。
「随分とお節介な精霊がいたものね」
「恋愛と言うのは未練と願望で出来ているものだと思うが、この精霊もそれが具現化したものなのかも」
その精霊憑きの女性に、神聖騎士のセレスト・グラン・クリュ(eb3537)とエメラルド・シルフィユ(eb7983)が揃って視線を送った。
しかし、特に反応はない。アリスティドはその様子に少し首を捻った。
「余り知能が高くないとは思うが‥‥言葉も通じないかもしれないな」
「試してみる?」
レティシアのその言葉を皮切りに、ブリッグルに対する検証が行われた。
「ついでに、そこの青年の不幸のついても検証してみよう」
「え? どう言う事だ?」
エメラルドの悪戯っぽい笑みに、マックスはただキョトンとしていた。
と言う訳で、まずはブリッグルの検証を開始。
1.通常会話
「淑女がそんな格好で迫るのは、好きな男性に失礼なコトよ?」
銅鏡を見せつつ、セレストが艶やかに諭す。
「‥‥」
効果がない。言葉を理解していないようだ。
2.テレパシー
『月の精霊よ。私の呼び掛けにサクっと応えなさい』
『プップクプー』
全く成立しなかった。
「何か、凄く頭悪そうに見えるよね。この精霊」
鳳美夕(ec0583)の呟きに、レティシアは少しガッカリした面持ちでテレパシーを止める。
「テレパシーでも全く意思疎通できないとなると、少し難しいかもしれないな」
「ならば、相手に思考レベルを合わせて話してみてはどうだろう」
再び首を捻るアリスティドの傍ら、エメラルドがずいっと女性に近付き、おもむろに口を開いた。
「でていかないとやっつけちゃうよ! えめ、ほんきだよ!」
通常時とのギャップに、ブリッグルが思わず後退る。
しかし、引き剥がすまでには至らない。
「これでも無理か」
「と言うか‥‥何なんだ今のは」
マックスの呟きは軽く放置された。
「となると、残された手段は‥‥実力行使とか」
「無理やりは避けたいわねえ。だってこんなに可愛いんだもの」
セレストは美夕の言葉を背に、マックスの後ろに隠れている女性に熱っぽい視線を送っている。
「好きな音楽で気を引く、と言うのはどうかな?」
「それなら私達の出番ね」
アリスティドとレティシアが各々の楽器を用意し、打ち合わせを行う。
「‥‥」
何故かレティシアは少しもじもじしていたが、滞りなく実行。
恋愛の曲が中心で、何処か艶のある美しい旋律がマックス宅を包み込む。
女性は、と言うかブリッグルは明らかに反応を示し、少しずつマックスを掴む手の力を緩めている。
そして――――彼女の手が離れた瞬間、ロートがその身を捕獲した。
「!」
大暴れする細身の女性の爪がロートの頬を切る。しかし力を緩める事なく、なんとか取り押さえた。
その様子を眺めるセレストの体が小刻みに震えている。
何やら限界を迎えつつあるらしい。
「あ‥‥も、ダメ」
溢れたらしい。
「マックスさん、この子はあたしが暫く預かるけど、宜しいかしら?」
一抹の不安を覚えつつ、マックスは頷いた。
いずれにしても、委ねるしかないのだ。
「さて、それでは貴殿の運を検証するとしよう。どれほどの試練を神から賜っているのか‥‥」
エメラルドの興味津々と言った面持ちに、マックスはやはりキョトンとしていた。
●2日目
その朝を、ロートとマックスは対峙しながら迎えていた。
無論、寝転びながらと言う事はない。
テーブルを間に、肩肘をついている。
「それじゃ、ここまでの教えを輪唱してみろ」
「一! 気持ちを伝え続ける事を忘れてはならない! 二! 子供の世話は率先して行う!」
マックスは凛とした声で復唱を始めた。
「――――四十九! 喧嘩した場合は自分に非があると確信し、雨の日に彼女の家の前で土下座し続ける!」
「‥‥最後のは卑屈過ぎるが、まあ大体合ってる」
合格通知が出た。
「これで俺はマルレーネに嫌われずに済むのか?」
「大丈夫じゃね? 聞いた限り、お前の不幸を知ってて尚婚約したんだろ? 愛されてると思うぜ」
ロートの言葉に安堵の表情を浮かべたマックスは、次の瞬間テーブルに飛び込む勢いで頭をぶつけた。
そしてそのまま寝息を立てる。
その数分後――――
「お疲れ」
「女性取り扱い講座、御苦労だったな」
レティシアとアリスティドが疲れた様子で入ってくる。
ロートはマックスと話し込む為にこの家に泊まり、バード2人は護衛の為家の直ぐ傍で野宿していた。
「いや、そっちの方が御苦労だろ。昨日一日で何人捕まえたんだ?」
昨晩、マックスの家の周りをウロウロしていた不審人物、実に12名。
勿論全てが彼の家に害をなす者とは限らないのだが、その全てを警戒し、審問していた為、かなりの精神疲労を伴った。
「このままだと、家の中までは対処出来ないかもしれないな」
「ある程度覚悟しておいて」
「マジかよ‥‥」
幸せそうに眠っているマックスを眺めながら、ロートは思わず頭を抱えた。
一方。
マルシャンス街のとある宿屋の一室では、ちょっとした試着会が行われていた。
昨日――――問題の女性の名前と素性が判明した。
シーナという名前で、以前別の街で武器屋を経営していたが潰れ、この街で仕事を探しているようだ。
あらかじめレティシアが酒場で得ていた情報の中に、彼女に会ったと言う店員がいたのだ。
その情報を元に、アリスティドがパーストを使用し、裏も取れた。
美夕のフレイムエリベイションの補助もあって、ブリッグルの憑依する前の彼女を見る事も出来た。
朗らかな女性だった。
そんなシーナは今、キョトンとした様子でセレストを見つめている。
「あら素敵。まあ素敵。このドレス、とても似合うわ。次はアクセサリーね」
そして嬉々として衣装合わせをしているその女性から、部屋の隅に視線を移す。
そこには俯きながら膝を抱えて座っている2人の女性の姿があった。
「グットラックが‥‥神の御力が何故ラージアントの大群を呼び込む事に‥‥」
「うう、体当たりされて倒れた時にエチゴヤ親父が粉々に‥‥これも不幸の一環?」
その光なき眼に、透明のブローチが映る。
「しっかり身嗜みを整えないと、殿方に失礼だから。その後は‥‥ふふ」
シーナは恍惚に耽るセレストを、やはりキョトンと見つめていた。
●3日目
その日の朝、アリスティドはマルレーネの家を訪れていた。
その後近くの酒場に赴き、食事しながらマックスを肴に笑い合う。余り怒っている様子はない。
「恋敵が現れて、焦っていると思っていたけど」
「本当に恋敵だったら、ね」
「‥‥それは洞察? それとも信頼?」
「経験則」
話は弾む。
「それなら、怒らなくても良かったんじゃないかな?」
「流石にあの現場を見た瞬間は冷静には‥‥ね」
そして、アリスティドは確信する。
「彼は君以外の女性に言い寄られる事を不幸だと言っていたよ」
その話を聴いた瞬間のマルレーネの顔の変化も、その証拠の一つ。
――――この依頼の目的は既に達成されているのだと。
もっとも、月の精霊を放置する事は出来ないので、やる事に変わりはない。
「今日にでもマックスの家に行ってみてはどうかな?」
「うーん‥‥」
マルレーネは悩んでいるようだった。
そして――――夜。
今のところ、大きな問題は起こっていない。嵐の前の静けさに似ている。
ロートは何となく不安を抱いていた。
「先生、女性に謝る際の言葉遣いについてだが‥‥」
「ああ、まずはな」
取り敢えず、自分を何故か先生と呼ぶ目の前の不幸男に、講座を続ける。
一時間後――――
「‥‥何だ?」
急に扉を叩く音が聞こえて来た。
共に脳裏を過ぎったのは、ブリッグル憑きの女性、シーナ。
しかし彼女は女性陣が預かっている状態で、家の近くにはアリスティドとレティシアもいる。
ここまで辿り着ける筈も――――
「いや、面白がって放置した可能性もあるな」
「おい‥‥それで良いのか冒険者」
「ま、ここにいる限りマルレーネ‥‥だったよな、彼女に見られる事もないから、特に害はないだろ」
ロートが苦笑する中、マックスは扉を開ける。
すると、そこには!
見知らぬゴツイ男が立っていた。
「マックス・クロイツァー。貴様の師匠クラウディウス・ボッシュがオレの女に手を出して逃亡した。憂さ晴らしにここを無茶苦茶にしてやる」
「言ってる事が滅茶苦茶だろおおっ! 師匠あんたアホだあああぁぁぁぁ!!」
「‥‥お前の不幸とやらは師事する相手を間違えた事が大元じゃねぇのか?」
丸太ほどある腕が振り回される中、ロートはやむを得ず室内での攻撃魔法を実行。
「あああっ! 部屋がっ! 俺のゆとりの空間がああっ!」
滅茶苦茶なのは部屋と言う結果になった。
その後、不自然なほどタイミングよく駆けつけたレティシアの加勢もあり、どうにか事なきを得た。
「取り敢えず、これを」
「うう、すまない」
思いっきり殴られた右頬を押さえつつ、マックスはレティシアからポーションを受け取る。
ロートはどうにか無傷だったが、肩で息をしてした。
「最終日まで持つ自信がなくなって来たな‥‥」
疲れた顔で呟いたその時、再び扉が開く。
「マックス。マルレーネが君に‥‥」
「マックスさん。この子が貴方に精一杯の愛情を‥‥」
並び立つ二人の女性と、その同伴者達。
飛び散る火花。
飛び交う殺気。
‥‥その夜、神聖騎士2人によって詠唱されたリカバーは2桁に乗ったとか。
●4日目
流石にそろそろ憑依を解かないと色々まずいだろ、と言う事で、全員が集合し、ブリッグルを追い出す為の検討を行う事にした。
ブリッグルを退治せずに追い出すには、彼女の望みを成就させるのが一番。
しかし、マックスはシーナの想いに答える事は出来ない。
とは言え、このままではマックスの周辺は殺伐する一方だ。
「ら、ラージビーの大群が何で街中に‥‥」
「この家、絶対何かいるだろ‥‥夜中女の笑い声がして全然眠れねぇ」
そして美夕とロートも限界寸前のようだ。
「そうだな‥‥それなら、悲恋の歌でも作ってやれば良いかもしれないな」
精霊の知識に長けたアリスティドが呟く。
妖精や精霊は割と子供っぽいものも多く、楽しんだり自分に酔ったりすれば、勝手に満足して出て行く可能性もある。
そこで、現在の状況を歌にして、切ない悲恋の歌を贈れば、それを手土産に去っていくのではないか、と言う事だ。
「了解。任せて」
と言う訳で、レティシアが行う事となった。
これまでのシーナの経緯、ここ数日の修羅場、マックスとマルレーネの関係などを詩にしたため、メロディを乗せる。
言葉は通じないが、感じるものはあると期待し、レティシアは即興の曲を思いの限り歌った。
途中こっそり『さえずりの蜜』と『のど飴』を使いつつ、 レティシアは陽が傾くまで歌い続けた。
そして。
『ああ、何て美しい調べ。何て切ない恋。そして、何ていじらしい私‥‥』
そんな声が聞こえた気がしたその瞬間、シーナはフッと何かが抜けたように、その場に崩れ落ちた。
同時に、幾つかの涙と歓喜の証が零れる。
ブリッグルに話など出来る筈もないのだが――――確かに一行は彼女の満足げな声を聞いた。
「う、う〜ん‥‥」
シーナが目覚める。その視線の先には、溢れんばかりの母性で彼女を抱くセレストの顔があった。
そして、起き上がった彼女は、自分を囲んでいる面々の中に、自分の想い人がいる事に気付く。
「あ‥‥」
そして、思わず視線を落とした。
そんなシーナの背中を、セレストがそっと押す。
「頑張って」
それは、たった一言。
彼女が混乱しないように研磨した、小さな言葉。
しかしそれは、魔法の言葉。
人を愛する事が出来る事の証明。
今後歩んで行く道の入り口に立つ為の通過儀礼。
その為にも――――
そんな想いを込めたセレストの言葉に、シーナは小さく頷いた。
もしかしたら、ここ数日の記憶が彼女にあるのかもしれない。
でなければ、そう簡単に通じ合えるものではない。
「あの、マックスさん‥‥」
酒場で聞いたその男性の名を呼ぶ。
隣にいるマルレーネを一瞬見たマックスは、少し泳いでいた目を据え、返事をする。
「あなたは覚えていないでしょうけど、私はあなたに助けられた事があります。その時に、私は運命の出会いを感じました」
若干マルレーネが額の辺りに血管を浮かび上がらせたが、直ぐにそれを払う。
「どうか、私と添い遂げてください!」
「すまん」
マックスは一瞬の躊躇もなく、一礼した。
「はう〜‥‥わかっていても辛いです‥‥」
「いいのよ。よく頑張ったわ」
セレストに抱きしめられたシーナは、項垂れつつも、涙は見せなかった。
●その後――――
「ま、白馬の王子様なんてそう見つかるもんじゃないよ。ここに貴女より不幸な女の子がいるんだから、元気出して」
「はい〜」
美夕に励まされていたシーナに、朗報が届く。
『アポロの棲家』の紹介で、武器屋の働き口が見つかったようだ。
「良かった。もし上手くいかなかったら、これをあげるつもりだったんだけど」
「えっと‥‥お気持ちだけで。ありがとうございます」
話が上手くなると言う『緑褐色』の干し肉をにこやかに見せるアリスティドに、シーナは若干顔を引きつらせて微笑んだ。
「それなら、このお守りでも持って行け。多少は運も向いてくるだろ」
ロートが差し出す聖なる守りを受け取り、シーナはそれぞれにお辞儀を繰り返した。
ブリッグルはその後、消息不明に。
恋を叶える精霊がいる、と言う噂が広場で流れたらしいので、近い内にまた現れるかもしれない。
或いは、別の恋の蕾多き村に出て来るなどと言う事も――――
そして、マックスはと言うと。
「貴方に愛の歌の一つでも贈る甲斐性があれば、そもそもこのような事態にはならないと思うの」
と言うレティシアの言葉もあり、愛歌の練習をする事に。
「マイハニー♪ 君の声を聞く度にー♪ そうハニー♪ 両瞼が疼くのさー♪」
自作の歌を高らかに歌い続ける彼に、街中が泣いた。
尚、彼の指に嵌められていた恋風の指輪はと言うと――――
「これはちょっと無理ね。この鉄人のナイフで左手薬指を切り落とすしか‥‥」
「‥‥嘘だろ。え、嘘だろ? 嘘だろおっ!?」
セレストの手によって、どうにか抜けた。
「うふ、冗談よ。こうやって糸で‥‥」