季節外れのパピヨン

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月16日〜11月21日

リプレイ公開日:2008年11月25日

●オープニング

 趣味と言うものは、持って生まれた嗜好もあるだろうが、その多くは育った環境によって形成される。
 裕福な家に生まれれば自ずと音楽鑑賞や読書が趣味となり、自然に囲まれた家に住んでいれば、動物と触れ合ったり、草花を集めて加工したりするのが趣味になる者は多いだろう。
 もっとも、中には『どうしてその環境でそんな趣味を‥‥』と思わずツッコみたくなるような者もいる。
 例えば――――
「先生〜! 御久しゅうございます〜!」
 パリの街に大きな屋敷を構える大富豪ボニファーティウス・ハックの一人娘、クラリッサもその一人と言えるだろう。
 彼女は名のある宝石商の娘として何不自由ない生活を送っている14歳の娘なのだが、その余りに変わった趣味に、親はもちろん、近隣に住む住民も呆れ返っている。
 それは、『モンスター採集』。
 貝殻や鉱石を集める子供は大勢いるだろう。
 生き物ならば、昆虫などを集める風習は何処にでもある。
 しかし、モンスターを採集すると言う者は、かなり稀だ。
 研究対象として収集するのならまだわかるが、『趣味』と言い切る者となると、さすがに理解の範疇外――――それが、一般人の真っ当な見解ではないだろうか。
「一昨日あったばかりですよ、リッサ」
 とは言え、どんな場所にでも変わり者はいる。
 そんな趣味に対して理解を示す者が、クラリッサの周りにはいた。
 キースリング・フリードリッヒと言う男だ。
 モンスターの生態を調べる事を趣味としている男で、世界各地を飛び回っていたのだが、これまで得た情報と調査結果を元に本を作成する為、今はこの街に常駐している。
 ハック家から徒歩20分ほどの場所にある『ヴィオレ』と言う宿の一室だった。
「リッサにとって、先生と会えない一日は十億年の月日に相当する長さなのですっ!」
「光栄ですね」
 大富豪の娘と流れ者のモンスター愛好家との接点は、このパリ郊外にある『ラフェクレールの森』と呼ばれる森の中。
 パリ市内で局地的に『新種の妖精がいる』と言う噂が流れ、その真相を確かめに赴いた二人が出会ったのは、必然と言える。
 結局噂は噂でしかなかったが、それ以来クラリッサはキースリングの住む部屋に入り浸りになっている。
 趣味の合致。
 価値観の共有。
 これは、クラリッサの家にあるどのような美術品よりも価値のあるものだ。
「ところでリッサ、近日中に『ラフェクレールの森』にまた赴こうと思うのですが、一緒に行きませんか?」
「それはデートなのですか!? リッサの愛についに応えてくれる気になったと解釈して――――」
「違います。もう冬になろうと言うこの時期に、パピヨンが発見されたようなので」
 ラフェクレールの森にいるパピヨンは、基本的には森に咲いている花の蜜しか食さない。
 そしてその花は夏を過ぎると枯れてしまう。
 その為、今の時期にパピヨンが森の中にいる事はない。
 にも拘らず、先日見かけたと言う者がいるらしい。
「危険はないと思いますが、一応冒険者ギルドで護衛を雇おうと思いまして。調査の手伝いもして貰えるように頼もうかと」
「先生の頭の中はモンスターで一杯なのですね‥‥でもそこが素敵です」
 目をキラキラさせるクラリッサに、キースリングは爽やかな笑みを向ける。
「もしかしたら、新種のパピオンかもしれません。どうです? ご一緒しませんか?」
「行きますっ! ロマンですっ! いる筈のないパピオンの謎! 生態系の神秘! 素敵ですっ!」 
 クラリッサは二つ返事で同行の意思を唱えた。
「では、ついでに他のモンスターの生態についても調べておきましょう」
「大丈夫ですっ! ジャイアントマンティスだろうとキングベアだろうと、ファイヤーボムのスクロールで一網打尽なのですっ!」
「ははは、この時期に蟷螂や熊はいませんよ。幻想でも見ない限り」
「では、ミノタウロスやキラーサーベルであれば」
「その前に、森で炎攻撃は使わないようにしましょうね」
「はーい♪」
 と言う訳で。
 数日後、ギルドに護衛と調査協力の依頼が出された。

●今回の参加者

 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea2839 ジェイミー・アリエスタ(27歳・♀・レンジャー・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec5824 ミリセント・ヒルデバルト(26歳・♀・ナイト・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ミカエル・テルセーロ(ea1674)/ シャクリローゼ・ライラ(ea2762)/ ラファエル・クアルト(ea8898

●リプレイ本文

●出発前
 冒険者ギルドの一角を担うテーブル。
 それを4人の冒険者と1人のモンスター収集家、そして1人の少女が囲んでいる。
「はぁい、リッサちゃんにキースさん? よろしくね♪」
 そこに、ガブリエル・プリメーラ(ea1671)、ミカエル・テルセーロ、ラファエル・クアルトが合流し、全員が集合。
 それを受け、キースリングが腰を上げる。
「この度は、お引き受け頂きありがとうございます。早速、見つけ出して欲しいパピヨンの生態について、2時間ほど説明を‥‥」
「先生! ダメですっ!」
 徐々に目から笑みが消えていったキースリングを、クラリッサが引き止める。
「ああ、失礼。どうもモンスターに関しての話は長くなってしまう悪癖がありまして」
「この間も午前中で終了予定の講習が日を跨いだと苦情が来たばかりですよ、先生」
 めっ、とキラキラ瞳で諌めるクラリッサを、冒険者達は困惑した様子で眺めていた。
「ええと、私こう言う物を持ってきました。モンスターの事も書いてると思います」
 話を進めようとアーシャ・イクティノス(eb6702)が取り出したのは、マッパ・ムンディと言う書物。
 世界の様々な伝承を集めた本で、モンスター関連の情報も掲載されている。
「わたくしも用意してきましたわ」
 それに乗っかり、ジェイミー・アリエスタ(ea2839)も本を出す。
 彼女が持ってきたのは写本「動物誌」。
 ヨーロッパ近郊の山野にいる動物を絵つきで解説している本だ。
「モンスターと動物を区別するのには最適ですわよ」
「成程。少し読ませて頂いても良いだろうか」
 冒険者の一人、ナイトのミリセント・ヒルデバルト(ec5824)の問いに、ジェイミーは悠然と頷いた。
 ミリセントにとって、この依頼は初陣。
 失敗をしないように、と言う意識が行動に表れている。
 その後更にキースリングがノルマン王国博物誌を数冊テーブルの上に置き、場はちょっとした勉強会の様相を呈し始めた。
 続いて、道具。
「こんな籠を用意してきたけど、使える?」
「素晴らしいですね。私の用意した籠より収集しやすそうです」
 キースリングの言葉に、ガブリエルの顔が緩む。
 更に、虫取り用の網などが配られた後、手短に説明が行われた。
 調査は予定通り、明日からの4日間。
 モンスターを見つけたら、己の力量と相談し、捕らえるか、その場を離脱して報告するかを決め、行動に移す。
 未知の場合は触らず、直ぐに報告に向かう。
 調査時間は、各々の体力と相談。
 おやつは3Cまで、と言う事だ。
「幾つか質問がありますけど、聞いても宜しいかしら?」
 ジェイミーの質問は、主にパピヨンに関しての事だった。
 いつ目撃されたのか。
 その際の時間や天候条件は。
 それに、キースリングは顎を指でなぞりつつ答える。
「目撃者の方が言うには、麗らかな日差しが照る昼下がり、だったそうです」
「‥‥と言う事は」
 ジェイミーが怪しげに微笑む。何かパピヨンの謎について思うところがあるようだ。
 一方、その傍らでは、シフールのシャクリローゼ・ライラが、ミリセントの手伝いをしている。
 同じくモンスター知識に長けるモンスター知識に長けたラファエルも、率先して森に出るモンスターを羅列していた。
 ミカエルとキースリングは、パピヨンの謎について楽しげに談笑。
「パピヨン・ドゥ・ニュイですか。綺麗な模様の蛾もいない事はないでしょうが‥‥」
「後は、幻覚作用のキノコが生えてるとか」
「それはあり得ますね。茸の調査も追加しておきましょう」
 その対面に座るアーシャ、ガブリエル、ジェイミーは、楽しげに道具の確認などをしていた。
 そこにラファエルも加わり、ガブリエルに笑い掛ける。
「森でモンスター、ねえ。なんかあんたのキャラじゃないわね」
「あら、そんな事ないけど? 季節外れのパピヨンなんて面白そうだし。ね?」
「見つかると良いですよねー。ミリセントさんもそう思いません?」
「‥‥私は依頼が達成されるよう、全力を尽くすのみだ」
 にこにこ顔のアーシャに、ミリセントは動物誌を熟読しながら答える。
 そのページには、野ウサギの愛らしい絵が載っていた。

●モンスター採集
 翌日――――
 キースリングの案内でラフェクレールの森に足を運んだ一向は、それぞれに自身の行動予定に従い、準備を始めた。
「ここをこうして、足首を‥‥ふふ」
 ジェイミーは終止邪笑を浮かべながら罠を作成。
 木と木の間に蔓や網を張ると言う単純なものや、踏み板式の箱罠+落とし穴と言う多少凝ったものなど、様々だ。
 強烈な匂いの保存食を少しちぎり、それでおびき寄せる算段だった。
 尚、ペットのフレリア(ユニコーン)とライ (フロストウルフ)は森で待機している。
 一方、アーシャは愛犬セリムを膝に乗せつつ、狩りに使用する光の弓の手入れを行っていた。
 アルテミスの瞳も身に付け、準備は万端。意気揚々と森の奥に向かって行った。
 その背中が小さくなる中、ミリセントはマッパムンディをパタンと閉じ、ガブリエルに渡す。
「ありがと。大体の習性は頭に入った?」
「一応は」
 口数少なく、ミリセントが答える。
 彼女が行う仕事は、主にクラリッサ嬢の護衛。
 自分の戦力、周りの戦力を考慮し、それが一番自分を生かせる仕事だと判断していた。
「一応捕獲の為に、生肉と皮袋は用意している」
「あら、準備良いのね。ただ、リッサちゃんといる時は生肉は持ち歩かない方が良いかもねー」
 唇に指を当てつつ、ガブリエルが微笑む。
「心得た。お気遣い感謝する」
「ん。さっ、どんどかゲットに行ってみましょー♪」
 ミリセントが先輩冒険者に敬意を示す中、ガブリエルは陽気に掛り鬨をあげた。

 森の中にいるモンスターは、その多くが冬には活動を停止する。
 例えば、熊などがそうだ。
 キングベアを筆頭に熊のモンスターは多いが、冬眠の時期には全く見かけなくなる。
「今はちょうど冬眠するかしないかの時期ですね。冬眠直前の熊は普段以上に凶暴なので、私やリッサにはお手上げです」
「ふむふむ」
 クラリッサが野ウサギを見付けたと大騒ぎで駆け回っている中、アーシャはキースリングの話を聞きつつ、前足をホイップで絡み取られたパンサーに近付いて行った。
 そして、憤るパンサーにオーラテレパスで話し掛け、笑顔で調査協力を求める。
『暴れないで下さいね。殺したくないから♪』
 パンサーはごろんと転がってお腹を見せていた。
「その点、ガブリエルさんや貴女は問題ないようですね」 
 すらすらと羊皮紙にパンサーの個体情報を記しつつ、キースリングは安心した様子で一つ頷く。
「ところでキースリングさんはモンスターに詳しいのですよね? 新種のガヴィッドウッドがいた事は‥‥」
「根を使って歩く型ですよね?」
「はー、流石です。私、冒険歴は結構ありますけど、モンスター退治は少ないのです。役に立ちそうな情報など頂けると」
「勿論構いませんよ」
 朗らかに笑うキースリングの目が怪しく光った事に、アーシャは気付いていなかった。

●夜営
 日が落ち、寒風が森を回るように包む頃。
 見晴らしの良い開けた場所にテントを張った一行は、プラウリメーのロウソクが照らすテント内で一日の疲れを癒していた。
「はう〜‥‥」
「ふぅ‥‥」
 おぼろげな炎に照らされ、ぐったりしているのはアーシャとミリセント。
 アーシャはキースリングの解説を延々と5時間ほど聞かされ、ミリセントはクラリッサのお守りで振り回され続けた結果だ。 
 尚、クラリッサは疲れて眠ってしまい、キースリングが彼女の家までおぶって行く事に。
 高名なガブリエルとアーシャが同行した事もあり、帰りが遅くなって心配していた両院も渋々納得していた。
「結局、パピヨンはいませんでしたわね」
 疲労困憊の二人を面白そうに眺めながら、ジェイミーが呟く。
「やっぱりパピヨン・ドゥ・ヌイと見間違えたんじゃない?」
「私も目撃者の見間違いと踏んでいる。それが一番可能性が高い」
 ガブリエルとミリセントがそう主張するのに対し、アーシャも寝転がりながら頷く。
「妖精と見間違えたんじゃないでしょうか? ちょっと絵に描いてみます」
 そして、自身の荷物の中から羊皮紙と美麗の絵筆を取り出し、ミューズのショールを肩にかけてさーっと描いて行った。
「友達の何人かはペットにしてます。蝶より大きいけど、遠くから見たら間違えそうです」
 そう言いつつ、出来上がった絵を両手で顔の前に掲げる。
 美術センスの高さと使用道具の効果もあり、異様に克明な仕上がりだった。
「これなら、見間違えてもおかしくないな。シフールの子供と言う線も考えられそうだ」
 ミリセントが感心しつつその絵を眺める中、一人ジェイミーは別の考えを提示した。
「魔法、の可能性はありません事?」
「魔法? 幻覚を見せるモンスターか植物の類でもいたと?」
「その可能性もありますが‥‥私は何者かが戯れで幻影を見せていたと思いますわ。スクロールも出回っていますし」
 ジェイミーの意見に、ミリセントは思案顔を作る。他の二人も興味津々と言った面持ちになっていた。

●調査は続く
 その後――――冒険者達は依頼をこなす為、森の中を彷徨い続けた。
 森にいたモンスターの多くは、凶悪性の低い低レベルのもの。
 それでも、森と言う地形が邪魔をする分、通常であれば戦いにくい。
 しかし――――
「はっ!」
 森林地帯を良く知るミリセントは、自身の能力を如何なく発揮し、グランドスパイダの頭を木の陰から叩く。
 会心の一撃は、全長1mはある蜘蛛の身体を痙攣させ、クラリッサを危険から護った。
「危ないところでした‥‥ミリセントさん、ありがとうございます」
「ああ」
 ミリセントが安堵の息を吐く中、その遥か奥の方では、ジェイミーによって新たな仕掛けが着々と作られていた。
「また罠作りですか?」
 そこにアーシャがひょこっと現れる。
「ええ」
「面白そうです〜。触っちゃって良いですか?」
「どうぞ」
 こっそり口元を手で覆いつつ、ジェイミーが頷く。
「つんつん‥‥ふにゃぁぁぁ〜〜」
「これは、触れると隠してあったロープが跳ね上がって、足首をとられて宙ぶらりんになると言う罠ですわ。効果覿面‥‥と」
「怪しげに笑っていないで助けてください〜」
 ぶらーんぶらーんと揺れるアーシャのいる、更に奥。
 ミリセントが倒したものの倍はあろうかと言う蜘蛛が、まるで彫刻のように固まっている。
「これはジャイアントスパイダ? 近くで見ると気持ち悪いったら‥‥」
 ガブリエルのシャドウバンディングだ、
「調査向きの魔法ですね。お尻の方は‥‥ふんふん、成程。はい、記録終わりました」
「ゲットだぜ! ‥‥なーんて、ね」
 調査は進む。
 更に、夜間にも実行。夜行性のモンスターがいる可能性を考慮しての事だ。
 全員夜目が利く事もあり、調査自体はかなりの精度で行われたものの、流石にこの時期の夜に活動しているモンスターはいなかった。
 そして、パピヨンはこの日も見つからなかった。

 その夜――――
「皆さん! 恋はしていますか?」
 両親に許可を得たとの事で、この日はクラリッサもテントに寝泊りすることに。
 なお、キースリングは別のテントに泊まっている。
 基本的には生真面目な男なのだ。
「じつはリッサ、恋話と言うものに憧れて止まないお年頃なのです!」
「興味ないですわ」
「余りそう言った話は得意では‥‥」
 ジェイミーとミリセントは早々に就寝。
 泣きそうな視線を向けられたアーシャとガブリエルは、仕方なく付き合うことに。
「そうですねー。こう言う仕事をしていると出会いはあるんですけど、中々発展は‥‥」
「ノリノリじゃない」
 テントの中は、ロウソクの炎に照らされる間、和気藹々と盛り上がった。

●真相
 4日目――――
 一向はこれまで以上に奥へと侵入し、調査をしていた。
 既に記録したモンスターの数は10を超えている。
 その中に、パピヨンの姿はない。
 また、パピヨンに似た生物や、幻覚の元となるような物も確認できない。
 真相解明は困難――――そんな空気が徐々に一行の間に流れ始める。
「それならそれで構いません。森の生態も大分掴めましたし」
 実際、そう話すキースリングは満足げだった。
 例えば先日、クラリッサがファイアーボールのスクロールで焚き木に火をつけた際にふらっとエシュロンと言うエレメントが現れると言う事件があったが――――冒険者達は殺傷の意思を一切見せず、守勢とオーラテレパスで事なきを得る、と言う出来事があった。
 モンスターだからと言う理由で平気な顔をして殺戮を強行するものが多い中、その光景は彼にとって、非常に嬉しいものだった。
 心からモンスターを愛している者にとって、この数日間は充実したものだったのだ。
「それにしても、可愛い子はいませんのね。少し残念ですわ」
 そんな中、記録を終えたジャイアントスパイダを野に放しつつ、ジェイミーが嘆息する。
 罠にかかったモンスターは蜘蛛、蛇など。あと運の悪いハーフエルフ。
 愛玩動物になりそうな者はいない。
 欠伸をかみ殺すように、ジェイミーは目を細める。
 しかし次の瞬間――――その目が見開かれた。
「あれ、パピヨンじゃない?」
 ガブリエルも気付く。
 彼らの視界の先にある、木々と草木が生い茂るその一帯に、一匹の蝶がひらひらと舞っていた。
 一行は慌てて追う。
 すると、一匹だけではない。二匹、三匹――――その色鮮やかな羽が、みるみる内に増えていった。
 それだけではない。
 これまで見なかった、季節にそぐわない草花。
 深い緑を帯びた木々。
 そして――――最初に立ち止まったのは、ジェイミーだった。
「幻影‥‥」
「ですね。ファンタズムです」
 その言葉に同意を示したのは、他ならぬキースリングだった。
「今のパピヨンと比較し、少し小さいように思えます。恐らくは――――」
 そして、そこで言葉を止め、微笑む。
「‥‥ありがとうございました、皆さん。お陰で十分な調査が出来ました」
 それは、依頼達成を告げる謝礼だった。
「えっ、良いのですか先生。この先に行けば、幻影を作った方がおられるかも」
「必要ありません。パピヨンは幻影だった。それで十分ですよ」
 ここから先へ赴く事は、彼にとって何の価値もない。
 むしろ、その幻影を作り出している者が強大な力と凶悪な思想を持っていたら――――
 キースリングは、その可能性を嫌った。
「依頼主にそう言われたら、従うしかないでしょ。さ、引き返そ」
「名残惜しいですけど、仕方ないですね」
 先にガブリエルとアーシャが。
 続いてジェイミーとミリセントが踵を返す。
 そして、クラリッサが今一度振り返る中、キースリングはその肩に優しく手を置き、その場を後にした。