死の魔女
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月21日〜11月26日
リプレイ公開日:2008年11月27日
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●オープニング
「逃げたぞ! 追えっ!」
鬱蒼と茂る深緑が引き裂かれる音。
そして、腐葉土の削れる音。
雷鳴が響きそうな灰色の大群が時折光を放つ中、傭兵ギーゼルベルトの怒号がそれ以上の響動を生む。
木々の雑踏が視界を遮る中、ギーゼルベルトは水滴の付着が著しい額を拭いながら、標的を捉えんと速度を上げた。
「‥‥っ!」
再び、雷鳴――――
怯えずとも、本能的に足が止まる。
動員された傭兵の総数は12名。その大捕物劇は、間断なく振り続ける雨の勢いに反比例するかのように、徐々に収束の方向へ向かいつつあった。
大捕物――――そう聞いてはいるものの、実際にその標的の素性、そしてこの追跡の意義に関して聞かされていた者は一人もいない。
ただ二つ。
『この絵の少女を捕まえた者に、500Gの賞金を与える』
呼び名と、その提示のみ。
それだけだ。
そして、それ以上の動機など、彼らには必要がなかった。
500G。12人全員で山分けしたとしても、半年は食うに困らない金額だ。
が――――
「ちっ。折角のお宝だったのによ」
山賊のような物言いで、ギーゼルベルトが呟く。
標的を完全に見失ったその傭兵は、ぬかるむ足元と視界を遮る雨粒に唾棄し、踵を返した。
「死の魔女、か。物騒な異名の割に‥‥」
そんな呟きも、咆哮のような雨音に掻き消されていく。
まるで、幻のように。
−死の魔女−
滝のような集中豪雨が明け――――
パリから50kmほど離れた地域にひっそりと構える『アンフルール村』では、村人達の陽気な声がようやく陽の下で聞こえてくるようになった。
農業と牧畜を中心とした、小さな村。
牧歌的な雰囲気が漂うその村には、一つの小さな診療所がある。
そこは、村の老人の集いの場となっており、毎日のように多くの高齢者が訪れ、昔話に花を咲かせている。
無論、若者や子供も訪れ、病気や怪我を治して貰っているのだが、その頻度は意外と少ない。
この村は薬草が豊富で、民間治療が行き届いている事もあり、ある程度の怪我や病気ならば家で充分治療できるのだ。
その為、診療所のベッドには、既に歩く力もない、残り僅かな人生を天井だけを見ながら過ごす老人ばかりが並んでいる。
その中の一人――――バルテルと言う男には、身内がいなかった。
そして、もはや話す事もままならない。喉が衰えてしまっているからだ。
僅かに残された視力、そして生命。
彼をこの世に繋ぎ止めているのは、それだけだ。
いや――――否。
実は、もう一つあった。
「すいません」
そんな診療所に、一人の少女が訪れる。
黒いローブに身を包み、自身の身長よりも長い杖を両手で持った、小さな少女だった。
余所者に警戒の目が向けられる中、その少女は寝たきりになっている患者はいないか、看護士に尋ねる。
あからさまに怪訝な顔をしつつも、その看護士は医師に確認を取りに奥へと向かう。
「家族か、或いは知人がここに?」
再び戻ってきた看護士のその問いに、少女は首を横に振る。
看護士は更に懐疑の色を強くしつつも、木材を加工して作られた薄い板を手渡し、それに名前を書くように伝える。
更に、読み書きができないならば、名前を口答で言うようにと付け加えた。
「大丈夫です。ただ、家名はありませんので、名前だけ」
少女はその板に『ルファー』と綴り、それを返した。
そして、案内されるままに施療院の奥に並ぶベッドに向かう。
そこでは、数人の老人が寝たきりの余生を送っている。
その中の一人に、ルファーは視線を向ける。
もう余命幾ばくもないと思われる男性だ。
目は見えているのか、いないのか。
窓の外から聞こえる小鳥の囀りは、届いているのか、いないのか。
虚ろと言う言葉すら適切とは呼べない、揺蕩う存在のその老人の前に立ったルファーは、彼の名を看護士に問う。
「バルテルさんよ。身寄りのいない、天涯孤独の方」
それを聞いたルファーは御礼を言い、その大きな眼を閉じ――――全身を銀色の淡い光で包んだ。
テレパシー。
話のできない相手とも会話のできる魔法だ。
魔法を見る機会などまずないこの村の住人である看護士が驚きを露にする中、少女はバルテルに語りかける。
『バルテルさん。私の声が聞こえるでしょうか』
『‥‥? そうか、いよいよお迎えが来なすったか』
その声ならぬ声をそのように解釈したバルテルは、達観した様子で小さい笑い声を上げた。
『確かに、私はそのような存在と多くの人に認識されています。ですが、少しだけ違います』
木漏れ日が葉上の露に混じり、風がそれを揺らす。
水滴となって葉から零れた露は、光と共に大地に弾けた。
『私は、貴方の望みを叶えに来ました』
『望み‥‥? ははは、この手足も満足に動かせぬ儂に、何の望みがあろうか』
『思い残し、です』
慄然と。
ルファーそう断言した。
『その御霊を大地に還す前に、思い残している事。それを、私に預けて下さい』
『‥‥』
返信はない。
しかし、ルファーは待つ。
看護士が何かを叫んでいるが、耳にも入らない。
ただ静かに、言葉を待つ。声ではない言葉を。
『昔‥‥60年ほど前、儂はパリに住んでいた。そして、その近くにある森の奥で良く遊んでいた。イリスと言う幼馴染の娘と二人でな』
バルテルは、意を決したのか、堰を切ったように言葉を紡ぐ。
『ある日、そのイリスが奇妙な事を言い出した。この森には、沢山の妖精がいる、と。そのような事実はないと言うのにな』
溢れ出した言葉は、まるで先日の雨のように、ルファーを激しく打ち付ける。
『儂は信じる事ができず、その後イリスは嘘吐き女と近所の子供達に罵られ続けた。儂も疎遠となり、その後パリを出るまで、殆ど話もしなかった』
『それ以来会っていないのですね?』
『ああ。この歳になって、思い出すのは決まってあの時の彼女の泣き顔だ』
老人は、その顔を微動だにさせず、思念を折り曲げた。
『信じてやれなくて済まなかった‥‥そうイリスに一言謝りたい。これが、儂の人生最期に抱えた心残りだ』
窓から吹き付ける風が、ふと止む。
神の悪戯か。或いは計らいか。
話は、そこで終わった。
『その心残り、私に預けて頂けますか?』
それを確認し、ルファーは問う。
思念のみであっても、バルテルの感情の波が揺れ動く事がわかるくらい、その言葉は強い風となった。
『生きているかどうかすらわからん老婆を探し、他人の咎を代わりにお前さんが‥‥?』
『はい』
『‥‥生憎、儂に財産はない。他を当たるが良い』
風は吹く。
穏やかさなど微塵もなく。
『私が欲しいのはお金でも魂でもありません。私が欲しいのは‥‥』
そして、慎ましくもなく。
『貴方の生きた証です』
ただ、強く吹き付けるだけだった。
その数日後、ルファーはパリに赴いた。
バルテルに残された時間は、そう長くない。
ルファーは急いで情報の収集を始めようと酒場を訪れたが――――
「‥‥!」
その壁には、彼女の似顔絵と、その賞金を記した羊皮紙が張られていた。
更に、数人の傭兵がそれを眺めている。
計算外――――ルファーはパリにまで自分の捕食者の手が伸びている事に愕然とした。
しかし、目的は果たさなくてはならない。
どうすべきか。
その大きな眼は、揺れる視界の片隅に、冒険者ギルドの建物を捉えた。
●リプレイ本文
「♪‥‥風が流れ聞く老爺の心 ラフェクレールの森と妖精1人の少女の物語」
殺気立つ集団が屯している酒場の外から、吟遊詩人の歌声が届く。
美しく、凛とした芯のある声。
「巡る思い 消えない未練 冬風が探す少女の行方 揺蕩う思い 今いずこ」
その歌は、その昔ラフェクレールの森と言うこの近くの森で、一人の少女が妖精を見た事、そしてその少女の行方を風の精霊達が探している事を切々と綴ったものだった。
披露が終わると、歌唱に対する賛辞の拍手が巻き起こる。
小さく息を吐き、それにお辞儀をして応えるのは、ノルマンの著名な詩人ガブリエル・プリメーラ(ea1671)だ。
「この歌の少女に心当たりのある方、いる? この絵の女の子なんだけど」
一礼を終えた彼女は、聴衆が去る前に歌詞の内容を問う。しかし、首肯する者はいない。
どうやらここには情報はないようだ。
しかし、ガブリエルにはもう一つやる事があった。
その為に、酒場の中に入り、手配書の前まで赴く。
「この方ならば、このパリの地から南西の方角に向けて数日前に旅立ちました」
そんなガブリエルの視界に、傭兵達と話をしているルースアン・テイルストン(ec4179)の姿が映る。
彼女に話を聞いていた傭兵達は、礼も言わずに酒場を出て行った。
尤も、言われる必要もない。ルースアンの先程の証言は嘘なのだから。
「‥‥考える事は同じ、って事ね」
「少しでも彼女を探す方には御退場頂きたいですから」
微笑み合い、二人はそれぞれの情報収集の場へと戻った。
翌日――――
「おはよう。良く眠れた?」
宿屋『ヴィオレ』の一階、食堂の片隅でちょこんと座っているルファーに、二階から降りて来たジャン・シュヴァリエ(eb8302)が朗らかに語り掛ける。
ルファーは小さく会釈し、お陰さまで、と言葉を紡いだ。
依頼初日である昨日を、冒険者一行は情報収集に充てた。
ジャンはここ最近の依頼における経験を活かし、市内の施療院や診療所、教会、イリスの昔住んでいた家の近隣を探索。
かなりの数を回ったが、イリスと言う老婆はいなかった。
それは当然とも言える。
何故なら――――
「おはよう」
「おはようございます」
レティシア・シャンテヒルト(ea6215)、乱雪華(eb5818)が順に一階へと降りてくる。
二人とも、昨日はかなりの体力を消費していた。
レティシアはセブンリーグブーツでアンフルール村を訪れ、リシーブメモリーでバルテルの記憶を見せて貰い、イリスの幼少期の容姿を確認。
更には、それをファンタズムで再現し、アーシャ・イクティノス(eb6702)に伝達。
その後、パリ近郊の民間治療に秀でていると噂の村や町で、ファンタズムを使いイリスを探索し回っていた。
雪華は酒場の前などで『まるごときたりす』を着込み、生業である道化師となって人を集めていた。
「ふあ‥‥おはようございますー」
そこにアーシャも合流。
彼女は一日中似顔絵を作成していた。
レティシアから貰った情報を元に、イリスの幼少期の顔を再現。
更にそこから少し面長にしたり、肉を落とし皺を増やしたりなどして、その50〜60年後を予想して描写し、今の容姿と思しき似顔絵も作成していた。
「おはようございます」
「レティーさん、宿屋泊まれるんだって?」
そこに、ルースアンとガブリエルも合流。
ガブリエルは真っ先にレティシアの元に向かった。
実はレティシア、手元にお金がなくて宿代がピンチだったのだが、どうにか工面する事に成功し、事なきを得ていたりする。
「密かに立て替えてようかなと思ってたんですけど、杞憂でしたね」
「‥‥ん、そう。気を使わせてごめんなさい」
素っ気無くジャンに答えるレティシアだったが、密かに耳が赤くなっていた。
そんなやり取りを、ルファーは笑顔で眺めている。
それは彼女が初めて彼らに見せた感情表現だった。
「さて。問題はこれから、ですよね」
そんな場を引き締めるように、ルースアンが言葉を紡ぐ。
そう。問題はここからだった。
何故なら――――
イリスは既に亡くなっていたからだ。
ルースアンが教会に問い合わせた際、その事実が判明した。
老後は昔住んでいた地域ではなく、パリ郊外に住んでいたらしい。
なお、墓は教会が管理している訳ではないとの事だ。
彼女の墓は――――ラフェクレールの森の奥にあると言う。
「あの森なら、私とガブリエルさんが案内できますよ」
そのアーシャの言葉通り、彼女とガブリエルはつい先日その森を訪れたばかりだった。
「行くのね? 森へ」
レティシアの問いに、ルファーはコクリと頷く。
既に、バルテルに代わって謝るべき相手はこの世にいない。
それでも、墓前に一言添えるだけでも、バルテル自身の気持ちは大きく変わってくるだろう。
異論を唱える者はなく、次の目的地は決まった。
だが、一つ問題が残る。
賞金首のルファーを狙う街の傭兵や荒くれどもの目を掻い潜りながら、森まで行かなくてはならない。
「それでは、こうしましょう」
アーシャの発案に、ルファーは不安げな表情を隠さなかった。
翌日。
手配書の話題が尽きない酒場の前を、数人の団体が通りかかる。
華やかなワンピースのドレスに身を包んだ、女優。
その女優と演技について打ち合わせを行いながら歩く、演出者。
舞台に愛嬌をもたらす、キタリスの着ぐるみに身を包んだ道化師。
色鮮やかなチュニックに身を包み、朗らかに微笑む男優。
物語に艶やかな、或いは麗しい旋律を乗せる歌姫。
その歌姫の影でこっそり下克上を狙いつつ、雑用全般で皆を支える、大きな杖を持った見習い詩人。
そして、ふわふわ帽子を目深に被り、マフラーを口元に巻いている、見習い役者。
多数の荷物を馬に載せて引き連れるその姿は、多くの者が旅の一座であると判断し、直ぐに視界から消すだろう。
しかし、中にはこのタイミングで目の前を通過した一座に対し、不審に思う者もいる。
一行を遮るように、三人の男が仁王立ちで彼らを迎えた。
「実はちょっと人を探していてな。悪ぃが、全員顔を見せてくれよ」
悪党顔の男がニヤケ顔で近付く。
しかし――――その笑みは直ぐに消えた。
化粧を施した女性ばかりの一座に、得も知れぬ圧力を感じたからだ。
その男は逃げるように、最も圧力を感じない、マフラーを巻いている人物に近付く。
「ちょっと、顔を見せてくれや。へへ‥‥」
そして、卑下た笑みを浮かべつつ、一点を睨みつけた。
そこに見えるのは――――やや太めの眉と、薄黒い頬。
それを確認した瞬間、男は直ぐに後退さる。
「ああ、もう良いぜ。悪かったな」
そして、逃げるように他の二人とその場を去った。
その様子を遠巻きに眺めていた通行人も、興味を失い、再び流れを作る。
パリの街並みは、今日も平和に流れていく――――
「上手く行きましたね」
パリ市内から出た一団――――冒険者一行は、ジャンのその声と共に安堵の息をついた。
最も安全に賞金首であるルファーを護る方法。
それは、変装。
旅の一座を装う為、雪華が古着屋で、レティシアが貸衣装屋で用意した衣装をそれぞれ着用していた。
役に合わせた衣装を選んでいるため、女優のアーシャや歌姫のガブリエルや比較的華やかな、雑用係のレティシアなどはボロな衣装を選択。
最も変装を施したルファーに至っては、インビジビリティリングをアーシャが、魔術師の護り、シルバーコート、デザイナーズマフラーをジャンが、ふわふわ帽子、神隠しのマントをルースアンがそれぞれ出し合い、更には書き足し、肌を浅黒くするなどの化粧を施し、男装している。
化粧は雪華とガブリエル、そしてアーシャが和気藹々と行い、小柄な少女があっという間に少年に。
辺津鏡で見た自分の姿に、ルファー本人が思わず息を呑んでいたくらいだ。
「そのマフラーはプレゼント。ん、良い感じ」
「なかなか似合ってるわよ♪」
「‥‥ありがとうございます」
消え入るような声で、ルファーはジャンとガブリエルに御礼を言っていた。
そのまま和気藹々とした雰囲気で、ラフェクレールの森までの道のりを歩く。
ルファーは雪華の愛馬ホーロンに乗り、談笑する冒険者達をじっと眺めていた。
森が近付くに連れ、警戒心を強くして行くレティシア。
誰と話していても、常にルーファに対して意識を向けているアーシャ。
他の冒険者達も、時に笑い、からかい合いつつも、警戒を一切怠っていない。
ルファーは洞察しつつ、心底感心していた。
そして、何事もないまま森に到着。
「森の地理はある程度把握してるけど、墓なんてあった?」
「記憶にないですねー。もっと奥だったのかもしれませんね」
ガブリエルとアーシャが向き合って呟く。
「ここで休憩にしましょう。お団子ありますよ♪」
そして、ジャンがそう言いながら荷物を下ろしたその時――――ガブリエルの肩に鷹のラファガが留まった。
「‥‥何者かがこっちに近付いてるみたい」
刹那。
全員が緊張感をまとい、視線を森の後ろに向ける。
そこにはまだ誰もいない。まだ遠くにいるらしい。
人数は1。ただし、殺気の有無や風貌まではわからない。
「もう少し近付けば、私が感知できますけど」
「どう? 私は早めに森に入るべきだと思うけど」
アーシャの申し出を受け、ガブリエルがルファーに確認を取る。
「急ぎましょう」
ルファーの答えは簡潔だった。
依頼主の意思に従い、冒険者達は森へ入る。
既に、有事の際の対処は確認済みだ。
遠距離攻撃の場合は雪華がオーラシールド、ルースアンがサイコキネシスで護る。
近距離からの奇襲で来た場合は、アーシャがバックアタックで対処。
敵が複数の場合は、ルファーの杖とローブを装備しているレティシアが替え玉となって逃走し、敵を引き付ける。
それを追おうとする敵に対し、ジャン、ルースアンが援護を行い、レティシア自身も魔法で撹乱を試みる。
その際、ルファーはインビジビリティリングか神隠しのマントの効果で姿を消す。
これで、最悪ルファーは護られると言う手筈だ。
ただ、これらはあくまで最終手段。逃げ切れるなら、それが一番良い。
「しんがりは私が勤めます。皆様、お急ぎ下さい」
雪華の言葉に全員が頷き、アーシャとガブリエルを先頭に、一向は森の道を急いだ。
目的地であるイリスの墓の場所はわからない。
が、幸いにもこの森の地理を知る者が二人いる。
「この辺りは大体見ました。やっぱり奥の方だと思います」
アーシャが急ぎ足で森を進む中、その横を歩くガブリエルの元に再びラファガが舞い降りる。
『‥‥え? もういない?』
テレパシーで鷹の声を聞いたガブリエルが、肩の力を抜く。
「追跡者ではなかった、と言う事でしょうか?」
ルースアンの問いに、ガブリエルはかぶりを振った。
「‥‥」
それぞれが考察を唱える中、ルファーは神妙な面持ちで沈黙を守っていた。
そして、そのまま一行は奥へと向かう。
「実は、怪しい所があるんですよ」
アーシャの言葉に従い歩を進めると、そこには――――季節柄、いる筈のないパピヨンが宙を待っていた。
ファンタズム。幻影を作り出す魔法だ。
「この奥にはまだ行ってないのよね。もしかして、本当に妖精が‥‥」
そう呟き、ガブリエルが率先して先に進む。
進むに連れ、徐々に濃くなる幻影の容。
そして――――
――――妖精?
うん。沢山の妖精が、森の奥の広場で遊んでたの。
――――嘘だよ。あの森に妖精なんていないよ。
本当にいたの。嘘じゃないの。
――――嘘吐き。イリスの嘘吐き。
嘘じゃないもん! 本当に、本当にいたんだから!
――――嘘吐きだ。イリスは嘘吐き女だ。
嘘吐き‥‥酷いよ。
酷いよ――――
アンフルール村の診療所で横たわるバルテルは、幾度となくその言葉を反芻していた。
人生の終焉を迎えるこの時になり、思い起こす事は、自分を人でなしと罵るその声。
実際、酷い話だった。
友達を信じる事も出来ずに、頭ごなしに否定する。酷い行為だ。
妖精がいたのか、いなかったのか。そんな事は問題ではない。
信じられなかった事にこそ、悔恨の根源がある。
いや。
今となっては、それすらどうでも良い事なのだ。
本当に、大事なのは――――
『バルテルさん』
老人は、突如向けられた自分への声に、思わず目を見開く。
そこには、自分を見下ろす少女の顔があった。
他にも人の気配はある。協力者である冒険者も全員来ていた。
『遅くなりました。貴方のご意思、確かに遂げました』
『イリスに謝ってくれたのか‥‥?』
『はい。気にしていない、と仰っていました』
『そうか‥‥』
バルテルの顔に変化はない。
まるで、興味がない、と言わんばかりに。
しかし、次の瞬間、それは劇的に変化する。
『妖精は、確かにいました』
『!』
極限まで開かれた目は、濁ったその外見とは裏腹に、まるで少年のような輝きを見せる。
それを見た冒険者達も理解した。彼が、本当は何を望んでいたのかを。
『私達が確認してきました。ラフェクレールの森に、妖精はいました』
『まさか‥‥』
『本当です。これから、証拠を見せます』
そこでルファーはテレパシーを止め、レティシアに向けて一つ頷く。
一拍の後――――バルテルの視界に、森を背景にした妖精達の姿が映った。
『おお‥‥』
『この映像は、実際に見てきたものです。それを人に見せる事の出来る魔法です』
ルファーのその言葉に、バルテルの顔が歪む。くしゃっ、と。
『いたんだ‥‥本当に妖精はいたんだ‥‥ごめんね、イリス‥‥君が正しかったんだね』
それは、老人の言葉ではなかった。
老人の心ではなかった。
彼が子供の頃からずっと抱いていた思い。
ずっと仕舞っていた、少年の本心。
妖精が本当にいて、そして自分が間違っていたと言う、理想の真実。
バルテルの心は、長年の咎からようやく解放された。
『イリスは正しかった』
その、美しい認識と共に。
「良かったの? あれで」
診療所を出たところで、レティシアが問う。ルファーは直ぐに頷いた。
森の奥に、妖精は――――いなかった。
いたのは、幻影魔法を操り、森を訪れる者に悪戯をする、森の住民だった。
何十年も森に住むその者の、唯一の娯楽。
そして、それに絶望し、そこで力尽きた老婆の墓。
真実とは、得てしてそう言うものだ。
「それならば、真実は必ずしも正しく在る必要はない‥‥のでは、ないでしょうか」
ルファーはそう唱え、小さく微笑む。
そして、ジャンの方を向いて、口元を覆う毛糸のマフラーに手を当てた。
「大切にします。この出逢いも」
そして、冒険者全員にお辞儀をし、踵を返した。
拍子抜けするような真相がもたらした、長年のわだかまり。
解き放ったその先にあるものは、果たして――――
−死の魔女 fin.−