へなちょこ令嬢と「さよなら」の素描

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 93 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月05日〜12月12日

リプレイ公開日:2008年12月12日

●オープニング

 パリから半日ほど歩いた先にある、新興貴族ドール家の屋敷。 
 日頃何かと騒がしい屋敷なのだが、ここ一月余りは非常に静かな時を送っている。
 何故なら――――毎日のように『退屈だーっ!』と喚いている長女のアンネマリーに、全く覇気がないからだ。
 収穫祭巡りから帰宅して以降、アンネマリーは笑顔を余り見せなくなっていた。
 そして、時折見せる儚い微笑みは、余りにも弱々しい。
 貴族の令嬢としては、寧ろ相応しいとも言える慎ましやかさ。
 しかし、本来の彼女ではない。
「私が付いていながら‥‥申し訳ありません」
 アンネマリーの母親であるローゼマリーの部屋に呼び出されたアンネマリーの従者ユーリ・フルトヴェングラーは、沈痛な面持ちで深々と頭を垂れていた。
「貴方の所為ではありません。それに、決して悪い事ではないのですから」
 ローゼマリーはユーリに顔を上げるよう促し、窓際に立つ。
「短い間とは言え、共に過ごした友と呼べる者との別れを悲しむ。それは人として立派な事なのです」
 そして、どこか嬉しげに、風にそよぐ木々の音に耳を傾けていた。
「とは言え、落ち込んだままと言うのは」
「これも試練です。立派な淑女となる為の」
 その佇まいは、貴族の妻としての威厳と慈愛に満ち溢れている。
「いえ、それはそうなのですが‥‥来週、有名画家のポニョポニョ・ベロベーロ様がこちらにお見えになる予定が」
「そうでしたわあああああっ」
 威厳は一分と持たなかった。
「このままでは、折角の肖像画が沈んだ顔に」
「憂いのある娘の顔もこれはこれで良し、と言っている場合ではないのですね」
 ローゼマリーは瞑目し、その端正な顔の眉間に指を置く。
 そして、決意を露わにするように、くわっと目を見開いた。
「出来れば一人で立ち直って欲しかったところですが、仕方ありません。私達であの娘の太陽のような笑顔を取り戻すのです!」
 咆哮。
 そして、数多のパーティーグッズを抱えた女性の使用人数名を従え、威風堂々とアンネマリーの部屋へと赴く。
 
 ――――30分後。

「‥‥私はもしかして、アンネマリーに嫌われているのでしょうか‥‥」
「そ、そんな事はありません! 泣かないで下さいローゼマリー様っ!」
 笑顔を取り戻すつもりが、ドン引きされたらしい。
 使用人に励まされながら自室に戻ってきたローゼマリーは、涙を流しながらエクセレントマスカレードとウサ耳ヘアバンドを取っていた。
 その様子をずっと眺めていたユーリは、落ち込むたローゼマリーの前で跪く。
「僭越ですが、ここは私にお任せ下さい」
「そうですね。私などより、いつもアンネマリーの傍にいる貴方の方が適任ですね」
「いや‥‥とにかく、どうにかしますので御安心を」
 微妙に拗ねているローゼマリーに一礼し、ユーリは部屋を出た。
 そして、その足で主の部屋まで直行する。
 3度ノックし、扉を開けると、アンネマリーはベッドの上で膝を抱えて座っていた。
「おい。何時まで落ち込んでるつもりだ?」
 主に向けて放つ言葉としては余りに乱暴。
 それは、彼がアンネマリーに仕えた日から、ずっと変わらない二人の約束。
「‥‥」
 その言葉が届いているのかいないのか、アンネマリーは俯いたままだ。
「調べて貰った結果、あの幽霊‥‥リーゼロッテは、生前ずっと家の中で生活していたそうだ。外の世界に憧れていたんだろう」
「‥‥」
 先日。
 アンネマリーは、レイスの取り付いた人形を持って、収穫祭で賑わうパリにお出かけした。
 その先で、レイス――――リーゼロッテと言う少女は、突然消えてしまった。
 正しく天へと召されたのだ。
「この世への未練を、あの収穫祭で断ち切れたんだろう。喜ばしい事だと思うぞ」
「それでも!」
 沈黙を保っていたアンネマリーがようやく口を開く。
 その叫び声は、久しぶりに声を出した所為なのか、掠れていた。
「それでも‥‥寂しいんだから、仕方ないだろ」
 そして、力なく項垂れる。
 彼女にとって、親しき者との別れは初めての体験だった。
 12歳。その年齢の割に、アンネマリーはあらゆる事に対して経験が不足している。
 それは、令嬢ならではの彼女の抱える課題だ。
 ローゼマリーの言葉通り、これは試練なのかもしれない。
「よし。なら寂しくないようにしてやろう」
「‥‥?」
「来週末、有名な画家がここにやって来る。お前の肖像画を描く為だ」
 それでも、ユーリは見守るだけ、と言う事はしない。丁寧に、ゆっくりと言葉を連ねる。
「だが、ドール家のしきたりでは、ただの肖像画ではなく、『令嬢に相応しいポーズ』で描かれなくてはならない」
「何‥‥? 初耳だぞ」
「当然だ。今の今まで秘密にしていたからな」
 それは真っ赤な嘘だった。
 尤も、これからは嘘ではなくなるかも知れないが。
「これから、本番までの間! お前には令嬢として何処に出しても恥ずかしくない肖像画を完成させる為、特訓をして貰う。その為の協力者も手配してある」
「い、嫌だ。特訓なんてまっぴら御免だっ」
「ならば、ドール家の末代まで、『アンネマリーと言う者はドール家で唯一つまらない肖像画を残した一族の面汚しだ』と代々語り継がれる事になっても良いと」
「それはそれで嫌だな‥‥」
 ようやく少し調子が出てきた所で、ユーリは引く。
「ま、じっくり考えておくんだな。明日答えを聞こう」
 そして、思い悩むアンネマリーを背に、そっと部屋を出た。
「どう? アンネちゃんの様子。まだ落ち込んでる?」
「お前も大概暇だな」
 廊下の途中、アンネマリーの友人の令嬢エルネスティーネ・シュヴァルツェンベックと出くわす。
 収穫祭以降、かなり頻繁に訪れているのだが――――
「今日は音楽の先生が腹痛でお休みだったのよ」
 毎度同じ理由だった。
 そんなエルネスティーネに苦笑を向け、ユーリは壁に背を預けた。
「ところで、お前は悲しい思い出はどうするべきだと思う?」
「え? 何いきなり」
「私は、形として残すべきだと思っている」
 そうする事で、忘れるでもなく、背負うでもなく、程よくその後の人生の糧に出来る。
 断ち切るでも、寄り添うでもなく、手を振る事が出来る。
 決して長い付き合いではなかった。
 それでも友達だったのだから。
 その思い出を、せめて――――
 ユーリは、形にしてあげたかった。
 
 翌日、アンネマリーは特訓を承諾した。

●今回の参加者

 ec4988 レリアンナ・エトリゾーレ(21歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 ec5026 田上 隼人(26歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ec5619 アバライ・レン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 寒風が吹き荒ぶドール家の門に、アンネマリーとユーリが2人で佇んでいる。
 その目的は一つ。依頼を受けてくれた冒険者達を待つ為だ。
 寂しくないようにしてやろう――――ユーリがそう宣言した事もあり、数多くの冒険者を募集した事は想像に難くない。
「来たようだ」
 アンネマリーは、砂埃が舞う視界の先に、人影を見た。
 ‥‥1人の。
「お待たせ致しましたわ」
 現れたのはレリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)。
 そして、その愛犬のボーダーコリー、レイモンド。
 以上。
「‥‥え?」
 以上。
「え? あれ? えっと、寂しくないよう‥‥あれ?」
 アンネマリーが小刻みに震えながらユーリとレリアンナを交互に見やる。
 ユーリは悠然と頷いた。
「これが現実だ。そして俺達の今の求心力だ。受け止めるしかない」
「そんな‥‥私はそんなに人気がなかったのか」
 がっくりと項垂れる。
 その肩に、レリアンナがそっと手を乗せた。
「ドール様。そう気を落とさないで下さいませ。わたくしとこの子だけでも十分力になれると思いますわ」
「うう‥‥ありがとう。お前達が来てくれなかったら、私は、私は‥‥」
 2つ年上のレリアンナにアンネマリーは泣き付く。
 その様子を、ユーリは沈黙のまま見つめていた。

●元気を出して
「あはははっ。待てーっ」
 ドール家の中庭で、アンネマリーはレイモンドとじゃれ合っている。
 それを窓越しに眺めていたローゼマリーは、安堵とも落胆とも取れない表情で息を落とし、部屋に呼び寄せたレリアンナとユーリに視線を向けた。
「お陰様で、ある程度アンネマリーに元気が戻ったようです」
「それは、何よりですわ」
 特に恐縮するでもなく、レリアンナが頭を下げた。
 礼儀作法を一通り学んでいる彼女の一連の動作には、様式美が溢れている。 
「私が兎の耳飾りを付けても顔を引きつらせていたあの子が‥‥やはり、本物の動物には敵いませんね」
「ローゼマリー様。そう言う問題ではないような気がしますが、それより本題を」
 ユーリに促されたローゼマリーは一つ頷き、アンニュイだった顔をキリッと引き締めた。
 それを確認し、ユーリは説明を始める。
「4日後、この屋敷にポニョポニョ様が訪れる。それまでに、より良い絵を描いて貰えるような準備をして欲しいんだが‥‥出来そうか?」
「大丈夫ですわ」
 レリアンナは躊躇なく頷き、自身が用意したプランを説明する。
 より良い絵とは、即ちその人の輝いている瞬間が描かれている絵。
 そして、人が輝く瞬間とは、その人が得意としていること、つまりは特技をしている瞬間。
「それをなさっているお姿はどうかしら?」
 レリアンナの提案に、ユーリはこめかみを親指と人差し指で押さえ、ローゼマリーは放心状態で長椅子に座った。
「‥‥残念だが、アンネマリー様に特技などない」
「あら、そうでいらしたのですか。では、御友人の方と御一緒すると言うのは如何でしょう」
 ユーリはその言葉に、顔を覆っていた手を離す。
「それに関しては、私も考えていた。恐らく4日後に来て貰う事になる」
「では、それまでにどのような絵を描いて貰うか決定する必要がありますわね」
「ああ。俺も色々考えてみるが‥‥」
 取り敢えず一つ決まった所で、アンネマリーが勢い良く会議中の部屋に入ってきた。
「に、にぬがいげた! どどどうしよう!」
「落ち着いて下さいませ、ドール様」
 取り乱すアンネマリーを、レリアンナは神の使いに相応しき凛然とした佇まいで諌める。
「レイモンドがわたくしの命令以外の行動を取る筈はないので、それも遊戯の一環なのですわ」
「何っ。つまりそれは『かくれんぼ』と言うことかっ!」
「見つけてあげて下さるかしら?」
 レリアンナの言葉に、アンネマリーはコクコクと頷き、庭に戻って行く。
 その姿は、以前の明るいへなちょこ令嬢そのままだった。

●ポージング
 絵を描いて貰う為には、まずその体勢を長時間維持することが必要だ。
 これが意外と難しかったりする。
「‥‥ううう」
 依頼2日目。
 アンネマリーは自室にて、一つのポーズで長時間静止する練習をしていた。
 取り敢えず目標としては、一時間で落ち切る砂時計の半分の砂が落ちるまでは保持し続ける、と言うものだったが――――
「だ、だめだーっ」
 まだ1/10以下にも拘らず、アンネマリーは座り込んでしまった。
 ちなみにポーズは、ただ立っているだけである。
「あ、足がプルプルする」
「基礎体力が絶対的に不足しているようですわね」
 レリアンナがアンネマリーの細い足を眺めつつ、呟く。
 実際、アンネマリーの体力は幼児並だった。
「今から鍛えても間に合いませんわね。どうしたものかしら」
「仕方ないな。何か紙芝居的なもので気を紛らわそう」
 ユーリの発案により、絵を描いて貰う為の準備として絵を描く事になった。
 とは言え、ユーリに絵心などない。
 レリアンナも絵画を描く事は出来ない。
 そんな中、星墨の筆と言うアイテムを持っていることに着目。
「これで絵に詩をつけてみよう。それなりに形にはなりそうだ」
「わかりました。やってみますわ」
 明らかに人員の数が不足してる中、ユーリとレリアンナは作業を始める。
 ユーリが絵を描き、レリアンナがそれに詩をつける。
 詩人ではないレリアンナだったが、吟遊のスキルを持っており、それを字にする事で十分形にはなった。
 問題は――――絵だ。
「これは、何を描いているのかしら?」
「‥‥大鷲だ」
 しかし、描かれているのは2つの手袋だった。
「わたくしの記憶が正しければ、このような鳥類はおりませんわよ」
「む‥‥ならば、別の動物を描いてみよう」
 数十分後。
「これは、もしかして『猛り狂う熊』かしら?」
「‥‥ウサギだ」
 数十分後。
「わかりました。これはラージウォームの死骸ですわね」
「‥‥フェレット‥‥」
 ユーリは己の絵に絶望し、ナイフでラージウォームを切り刻んだ。
 その間、アンネマリーは1人、ポージングの特訓に明け暮れている。
「アンネマリー、頑張るのです! そう、そこですよ! そこで耐えてこそドール家の長女です!」
 ローゼマリーも応援に駆けつけ、ただ立っているだけの娘を励ましている。
 その甲斐もあって、一応最初の倍の時間は立てるようになった。
 だが、立っているだけと言う訳にも行かないので、得意なポーズの模索を行う事に。
「以前、クレリックに御興味を持たれているような発言をしてしましたし、祈りのポーズなど宜しいのでは?」
 クレリックのレリアンナが、十字架のネックレスを胸に、手を合わせて跪く。
 そこに窓から陽光が射し、神秘的な空間を作り出した。
「よ、よし。やってみるぞ」
 見よう見まねでアンネマリーも続く。
 1分後――――
「ひざがっ、ひざが悲鳴をっ」
 ダメだった。
「貴女は昔から寝転がるのが上手だったから、寝転んでみてはどう?」
 寝転がる様を褒められた人は、恐らく世界初であろう。
 そんな母の言葉にアンネマリーは得意げに親指を立て、ごろんと寝転がる。
「くー」
 そして寝た。
「ああ、何て可愛らしい寝顔‥‥」
 それをうっとり眺めるローゼマリーを尻目に、レリアンナとユーリの作業は延々と続く――――


●調査
 翌日。
 徹夜で紙芝居用の絵を描くユーリを残し、レリアンナはリーゼロッテの生前の容姿を調査しに、彼女が昔住んでいた屋敷を訪れていた。
 以前一度足を運んでいるので、迷う事無く到着。
 既に主のいないその屋敷は、幽霊騒動が出るほどに荒れ果てている。
 埃と砂が混じる廊下を歩きながら、レリアンナはとある物を探していた。
 それは――――肖像画。
 リーゼロッテは元々箱入りのお嬢様。
 肖像画の一つや二つ、あってもおかしくはない。
 ただ、屋敷の荒れ具合同様、絵画も劣化してしまっている可能性はある。
 その場合は復元を頼む事になるだろう。
 それすらも難しい場合は、肖像画を書いた人間を探すしかない。
 レリアンナは1時間ほど屋敷のあらゆる部屋を回り、肖像画を探した。
 が、見つからない。
 それは不自然な事ではなかった。
 と言うのも、誰一人守る者のいない屋敷など、とうの昔に盗賊が出入りしているからだ。
 持ち運びが難しく、大した価値もない家具などは残っているものの、絵画や装飾品などと言った類の物は全て運び出されているようだ。
 レリアンナは屋敷内部を調査した結果、そう言った結論を出した。
 しかし、諦める事はしない。
 その足で、付近の家を訪れ、リーゼロッテについて聞いて回る。
 最初に訪れたのは、リーゼロッテが乗り移った近所の少女、ターニャだ。
「アンネちゃんの知り合いの人?」
「はい。宜しければ、少しお話を聞かせて頂けないかしら?」
 自分より年下の少女に、レリアンナは礼を尽くして嘆願する。
 だが、ターニャは生前のリーゼロッテと直接会った事はなかったようだ。
「ずっと家の中にいて、お外に出た事は殆どなかったみたい」
「そうでしたか。どうもありがとうございました」
 丁重にお辞儀し、レリアンナはターニャの家を出る。
 捜索は難航を極めた。

●緩やかに時は流れ
 依頼4日目。
 ポニョポニョ氏の来訪を明日に控え、ドール家では大物の客人を呼ぶ際のディナーを作るシェフを呼び、いつも以上に念入りに掃除を行っている。
「さあ皆さん、お昼までには終わらせてしまいましょう!」
 率先して掃除しているローゼマリーの掛け声が屋敷に響く中、アンネマリーは自室でじっと一点に集中し、精神を研ぎ澄ませていた。
「ふにゃー‥‥」
 しかし、次の瞬間耐え切れず、倒れこむ。
 ユーリの持っていた砂時計の上部は、1/3程砂が減っていた。
「ま、大分マシにはなったか。後は休憩を多めに取って貰う事にしよう」
「専門の方ならば、ある程度見なくとも描けるかもしれませんわね」
 レリアンナの言葉に、アンネマリーは少し安堵の表情を浮かべた。
 ちなみにアンネマリーが先ほどまでしていたポーズは、窓際に立ち、微笑むと言うもの。
 それが一番楽な姿勢だった。
 表情は、どこか憂いを帯びた儚げな笑顔、と言うテーマを元に、ちょっと空腹にしてみたところ、割と嵌った。
「それなりに御令嬢と言う雰囲気は出ていますわ」
「これなら、どうにか末代まで馬鹿にされると言う事もないか‥‥後は友達だが」
 ユーリの言葉に、レリアンナの顔に少し影が差す。
 普段堂々としている彼女としては、余り見せない表情だ。
「その点に関しましては、お力になれず申し訳ありませんわ」
「ああ、気にしないでくれ。しっかりやる事をやって貰った以上は納得している。それに‥‥」
 疲労の為へたり込んでいるアンネマリーを見ながら、ユーリは続ける。
「正直、あんたが来てくれなかったらここまで元気になったとは思えないしな」
「かなり疲れているように見えますわ」
「いや、まあ兎に角、お陰で助かった。尤も、これが潮時なのかもしれないがな」
「?」
 ユーリは全てを語らず、小さく首を振る。
 その一方、床にごろんと寝ていたアンネマリーが突然ガバッと起き上がった。
「なあ、あの犬と遊んでいいか?」
「構いませんわよ。折角ですから、わたくしのもう1つの仕事の様子をお見せしますわ」
「羊飼いか」
 ユーリの言葉に、レリアンナは頷く。
 取り敢えず、やれる事はやった。
 後は、本番を待つのみ。
 レイモンドがレリアンナの指示に従ってその場でくるくる回る様を、アンネマリーはとても楽しそうに見つめていた。

●友達
 そして、5日目――――
「はじめまして。ポニョポニョ・ベロベーロと申します。本日は御招き頂き感謝致します」
「ようこそいらっしゃいました。さ、どうぞこちらへ」
 有名画家のポニョポニョがその広い眉間をなぞりつつ、ドール家に入る。
 一方、アンネマリーは明らかに緊張していた。
「絵を描いて貰うくらいでそこまで緊張しなくて良い」
「う、うむ。こう言う時は犬と戯れて‥‥」
「ドレスが汚れるだろうがっ!」
 ユーリは嘆息しつつ、自身の描いた絵に書かれたレリアンナの詩をじっと見つめる。
 時間的な都合で、分担作業で製作した為、まだ詩を見てはいなかったのだ。
 絵は既に20枚ほどある。
 現在手にとっているのはその中の一つ『エレメンタラーフェアリーとパピオンが舞う風景』だった。
 自身としては会心の出来だった。
 そしてその絵にはこう記されてある。
『例えさの身が朽ち果てようと 前へ前へ いつの日か浄化されるその日まで』
「‥‥」
 ユーリは何と見なされたのか、敢えて聞かなかった。
「ところで、お友達の方はもういらしているのかしら?」
 そんなユーリに当のレリアンナが話しかける。
「ああ、さっき‥‥」
「お待たせ」
 ユーリが言葉を紡ぐ前に、アンネマリーの数少ない友人の1人エルネスティーネが現れる。
 明らかにアンネマリーよりも派手な衣装で。
「着替えて来い」
「えー、お気に入りなのに」
 そして直ぐに退室。
 その様子を確認し、レリアンナが静かに告げる。
「これで、出来る事は全て終わりましたわ。後は素晴らしい絵が出来上がる事を信じて、見物させて頂きますわ」
 彼女としても、完全燃焼と言う訳には行かなかったこの依頼。
 それでも、出来る事は全てやった。
 それがプロの冒険者の誇りなのだ。 
「その前に、もう一仕事ある」
 が、ユーリはそれを制する。
「御友人の方とご一緒する‥‥あんたの案だった筈だな」
「え? ええ。そうですわね」
 ユーリは一つ頷く。
 そこでレリアンナも気が付いた。
「わたくしも、絵の中に?」
「私は最初からそうだと思ってたぞ?」
 アンネマリーの言葉は、清々しいほどに自然だった。
「アンネマリー、準備は出来ました?」
 そこに、ローゼマリーが現れる。
 絵画を描く準備が整ったようだ。
「はい、出来ました」
「あの、わたくしは‥‥」
「ん? どうした?」
 淀み一つないアンネマリーの目が、レリアンナに向けられる。
 レリアンナは――――その目の中で、小さく笑った。
「お供致しますわ」
 その答えに、アンネマリーは大きな笑顔を見せた。
 そして、部屋の隅に置いていた、既に魂なき人形を抱き、部屋を出て行く。
 無論、それも友達だ。

 こうして、アンネマリーの肖像画は、一風変わった、友達に囲まれた絵となった。
 何度も途中で動いた為に絵師からは少し呆れられたものの、その絵はとても生き生きとしていた。
 同じ絵は4枚描かれた。 
 一つは、ドール家に。
 一つは、シュヴァルツェンベック家に。
 一つは、レリアンナの手に。
 そして――――もう一つは、ユーリが受け取った。
 
 餞の、品として。