検証「不幸と女癖は温泉で治るか?」
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:11〜lv
難易度:易しい
成功報酬:2 G 74 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月14日〜12月19日
リプレイ公開日:2008年12月23日
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●オープニング
パリの近隣にマルシャンスと言う街がある事をご存知だろうか。
数多くの職人が集うこの街から2kmほど南に下った所にある森には、『アセティクエの滝』と言う、落差20mを超える割と大きな滝がある。
夏の間には、その滝壷の周りに動物達が集い、爽やかな風景が見られる事もあるが、この季節になると水飛沫を見るだけで震え上がる程の寒々しい光景に様変わりする。
そんな中、滝壺に半裸の身体を投げ入れ、滝に打たれている男が一人。
ノルマン1不幸な男――――マックス・クロイツァーその人である。
ここ数ヶ月の間、彼の周りには沢山の不幸が来襲してきた。
鉱石が採れるという謎の壁からは悪魔の顔をした呪いの岩が採れたし、旅の途中立ち寄った宿ではこの世の物とは思えない物質を食して死にかけたし、仕事に向かう途中に矢が飛んできたり馬の大群に轢かれたりもした。
つい最近では、比較的珍しいモンスターに憑かれた女性に求愛されたりもした。
尤も、それらはこれまでの人生で味わったものの中では、比較的マシな部類ではある。
それ自体は特に問題はない。
問題なのは――――その不幸によって、婚約者であるマルレーネと言う女性に格好悪いところばかりを見られ、呆れられているのでは、と言う点だ。
生業である石工で一人前になってから結婚、と考えているものの、このままでは結婚どころか破局が待っている。
マックスは、己の精神を鍛錬し、どのような不幸に襲われようと微塵も動揺しない強い心を得るべく、滝修行を行っているのだ!
「うぐぐぐぐ‥‥負けん、俺は負けんぞおっ!」
次々と頭上から襲ってくる冷水に打たれつつ、マックスは精神を磨いている。
さながら、何百年と水の流れに研磨され、美しいほどに丸くなった川原の石のように。
しかし、彼は基本的に愚者である。
己の不幸に対し、まだしっかり認識できていない。
例えば、こう言う場合は――――滝の上流から大木や鈍器のような物が降って来る、とか。
「がいん!」
悲鳴ではなく擬音を言葉に残し、マックスは滝壺に沈んだ‥‥
「全く、何と言う身の程知らず。貴方が滝壺に立てば、エグゼキューショナーズの一つや二つ普通に落ちてくると誰もが想像できるでしょう」
「うう‥‥とんでもない事を言われてる筈なのになんで反論できないんだ」
頭に止血用の布を巻いたマックスは、見舞いに訪れた友人のペーターを見上げつつ、診療所のベッドの上で唸りを上げていた。
頭部損傷により一ヶ月の要治療。
これが、滝修行の成果だった。
「これがこのオレの弟子かと思うと、情けなくて涙が出てくるぜ」
「女に刺されて治療中のあんたに言われたくないわあああっ!」
ちなみにマックスの師匠クラウディウス・ボッシュ・ボッシュも、ほぼ同時刻に痴情のもつれから浮気相手にナイフで刺されて、隣のベッドで寝ている。
「折角示談金で折り合いつけようって話してんのに、何も刺すこたぁねえよな、ったく」
「僕に同意を求められても困りますが」
「私に求められてももっと困るけどね」
ペーターは楽しそうに、その隣にいるマルレーネは呆れ気味に呟く。
尚、クラウディウスには奥さんがいるのだが、今回の件で実家に帰ったらしい。
「流石にやべぇな。早く身体直して土下座しに行かねぇと」
「いや、最初から浮気なんてしなきゃ良いだけでしょうに」
弟子に白い目で見られる師匠の図。尤も、視線は双方共に真上にしか向いていないが。
「どこか、不幸と女癖が治せる所ってないものかしらね」
「あるぜ」
マルレーネの冗談のようで本気の呟きに、クラウディウスが断言する。
「温泉だ。温泉は良い。身体の中にある全ての邪念や怨念を溶かしてくれる。身体にも良いし精神にも良い」
「師匠、俺の不幸は邪念や怨念とは関係ないのですが」
「と言う訳で、寝てる暇はないぞ弟子よ。温泉を探しに行くぞ」
マックスの言葉を完全に無視し、クラウディウスはおもむろに身体を起こす。
ちなみに彼は左の肩口辺りを刺されているが、幸いにも後遺症が残るような怪我ではないらしい。
「え? 今からですか?」
「生憎、この辺りに知ってる温泉はない。でもまあ、探せばあるだろ」
基本的に、弟子は師匠に似る。考え方に共鳴する部分があるから、師弟関係が成り立つと言うところもあるし、生活を共にする事で似てくると言うところもある。
マックスの愚者っぷりは師匠譲りだった。
「いや、探すとかそう言う以前に、俺は重傷なんですが」
「お前、冒険者に知り合いがいたろ。回復魔法で癒して貰え」
「それが、以前そうして貰ったところ、回復魔法や回復アイテムで怪我を直すと、全身に蕁麻疹が出て来まして」
その自己申告に、流石のクラウディウスも絶句する。
つまり、マックスは回復魔法や回復アイテムを使用して貰うと、副作用のようなものが現れると言うのだ。
勿論、こんな体質の者は彼以外このジ・アースにはいないだろう。
「つまり、この程度の怪我で魔法を使って直すと、逆に苦しみが増すと」
「マックス、やっぱり一度お払いに行こ? 貴方絶対魔王とかそう言うのに呪われてるから」
友人と婚約者に哀れみを受け、マックスは泣いた。
「まあ、弟子の体質はこの際どうでも良い。温泉の話をしたら入りたくなったから、探しに行く。それだけだ」
「いや、このタイミングで誰に対して格好付けてるのか知りませんけど、店はどうするんですか」
「って言うか、ペーターにでも頼めば済む話じゃないの?」
マックスとマルレーネの息の合った畳み掛けに、クラウディウスは拳を握り締めて対峙した。
「冬はあああ! 温泉にいいいい! 行きたいもんなんじゃああああああああああい!!」
「診療所では静かに。と言うか、昨日からうるさいんでもう出て行ってくださいね」
「あ、スイマセン。え? いや、そんな追い出すなんてそんな、昨日入院したばかりでそんな」
看護士に蹴り出されたクラウディウスが外でわめく中、マックスは思案顔で俯いていた。
温泉。
確かに、それは魅力的な響き。
日頃から色々な不幸で疲れ切った身体を癒すにはちょうど良い。
どうせ店はクラウディウスがある程度回復しないと開けられないのだから、湯治にはもってこいの機会ではある。
「よし、行くか」
「お払いにですか?」
「温泉探しにだっ!」
ペーターの不適な笑みに、マックスは疲れた顔で叫ぶ。
「まあ、頑張って下さい。僕は仕事が入ってるんで探す手伝いは出来ませんが、入りに行く事くらいはできますよ」
「‥‥前々から思ってた事だが、お前さては俺の友達じゃないな?」
「今日の気分は親友です」
けろっとそう答え、ペーターも出て行く。
残された婚約者同士の二人は、顔を見合わせて、同時に溜息を吐いた。
この数日後、自力での発見が困難と判断した一行は、冒険者に温泉捜索の依頼を出す事にしたとか。
●リプレイ本文
温泉。
それは数多の熾烈な経験をしてきた冒険者の心をも揺り動かす、神秘の響き。
「雪のよに淡く 月の夜に雫 花の誉に慈しむ 想い濡らし 心溶かす お湯の魔法いずこでしょ〜♪」
「でしょ〜♪」
ラテリカ・ラートベル(ea1641)とそのペット妖精クロシュが鼻歌を歌いながら歩くのは、マルシャンスから遠く離れた秘境。
けたたましい何かの鳴き声が響く中、余りお目にかかれない大型食虫植物が元気良くバッタを溶かしている。
上空では勇敢な隼のアルディが鋭い眼光で湯煙を探していた。
勿論、探すのは秘湯。圧倒的な秘湯だ。
そして、その隼の頭上に乗っているシフールが一人。
「さ、寒いですわね」
毛糸の手袋を嵌めたシャクリローゼ・ライラ(ea2762)は、それでも身体を震わせ、自身を抱くようにして捜索を敢行していた。
「マロース様、そちらは如何ですかー?」
ババ・ヤガーの空飛ぶ木臼でやはり空中から捜索中のマロース・フィリオネル(ec3138)は、首を横に振ってそれに答える。
「この辺りにはないかもしれませんね。湯気一つ見えません」
「では、もう少し範囲を広げましょうか。この辺りは少し寒過ぎますし」
シャクリローゼは身震いしながらアルディの頭上を離れ、ぴゅーっと南の方に飛び立って行った。それを妖精のティナとテイルが追う。
秘湯。それは殆ど人の目に触れていないからこそ、そう呼ばれるもの。
『うきっ、うきっ、きっきーっ』(ない)
『そですか‥‥ありがとございますでした』
ギョロ目の猿にお辞儀し、ラテリカはそれでも探し続ける。
坂道を懸命に上り、沼に落ちそうになるのを必死で回避しながらも、懸命に。
何故ならば、そこに温泉があるから。
きっと、何処かに――――
「あっちの山に入浴好きの動物達が集う秘湯があると、伝承に」
「知ってるのかレティシア!?」
その頃、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)と尾上彬(eb8664)はギルド内で何となく目星をつけていた。
それから数日後。
一同は、発見した秘湯にへの案内と護衛を兼ね、マックス、クラウディウス、マルレーネの3名と同行する事となった。
一番はしゃいでいるのは年長者の馬鹿師匠だ。
そんな姿を、レティシアが斜め後方からじっと眺めている。
「ふふ、早速俺の魅力に参って熱視線を送る女子が一人いるようだ」
「師匠、アレは明らかに刺すような視線です」
マックスのそんな声も届かないらしく、クラウディウスは上機嫌で歩を進める。
そして、その直ぐ後ろを歩く彬も上機嫌だった。
「男子たるもの、温泉に浪漫を感じない者はいない。そうだろ? マックス」
「いや、良くわからんのだが」
「やれやれ‥‥まあ良いさ。後でゆっくり教えてやろう」
含み笑いが止まらない彬の後方を、女性陣が続く。
マロースは戦闘馬のデュンケルボックにまたがり、他の者の話に相槌を打つ傍ら、周囲への警戒をかなり意識していた。
その真上をシャクリローゼが舞い、その左右を妖精の2体が飛んでいる。
「上空から矢が飛んできてますわ」
ひゅーっと擬音を上げマックス目掛けて飛んで来るその矢を、マロースがホーリーフィールドで防いだ。
「ところで、皆酒はイケる口なのか?」
「ラテリカ、甘酒ならだいじょぶです。あ、ジャパンのお酒持って来ましたですよー」
「夜にひっそり月と乾杯するのが乙よね‥‥ふふ」
「未成年の飲酒はいかんぞ。先生が預かっておこう。おやつも300C以上は没収だ」
そんなやり取りの傍ら、青年組のシャクリローゼ、マロース、マルレーネはお酒の話で盛り上がっている。
「うわ、シャクリローゼさん、こんなに持ってきてるの?」
「こう言う機会がないと、中々飲む事もありませんから。マロースさんはお強い方ですか?」
「どうでしょうか‥‥あ、熊ですね」
突如現れた、冬眠から偶然覚めたグレイベアをマロースがしれっとコアギュレイトで固める。
「‥‥俺が言うのもなんだが、ついでのようにトラブルが防がれているこの現状はどうなんだ」
「事情は知人から聞いてますので」
マックスの冷や汗交じりの言葉に、マロースがにっこりと答える。他の冒険者達も、既にマックスの体質には慣れているので、今更焦る事もない。
「心強いこったな。金払う価値もあるってもんだ」
クラウディウスが満足げに笑い声を上げる中、一同は半日かけて秘湯のある山のふもとに辿り着いた。
無色無臭のその温泉の効能は、疲労回復、健康増進、傷の治療、そして発育。
要は、生命として正しい方向に導く神の祝福があるお湯と言う事らしい。
マロースの案で発見時に拡張工事が行われており、元々の大きさの10倍になっているその温泉には、既に先客が来ている。
主に猪、鹿、狐、狸、猿などが、それぞれぽけーっとしながら湯に浸かっていた。
それを暫しぽけーっと眺め、野営の準備を始める。
「温泉、何時頃入るのが宜しいでしょか」
「うむ、ラテリカ君良い質問だ。温泉は時間帯によって別々の魅力が溢れているからな」
「夜の温泉は神秘的ですわね♪」
ラテリカ、彬、シャクリローゼがわいわい話している傍ら、マロースが荷物と自身を運んだ愛馬に手をやり、労っている。
「時間が空いた時にこの子も浸からせて宜しいでしょうか?」
「良いんじゃない? もうこれだけ動物が浸かってるんだから」
レティシアの視線の先には、先客以外にもクラウディウスが先陣を切って入っていたが、その言葉に例外指定はなかった。
「さて。食料の調達に狩りでもしましょうか。野鳥がいると良いのだけれど」
レティシアが薄く微笑みながら上空を眺めている。そこには巡回中のアルディが飛んでいた。
ラテリカが冷や汗混じりに首を振ってレティシアの裾を引っ張るので、野鳥は止め。
温泉でぽわーっとなっていた猪に、ついでに鍋の中でもぽわーっとなって貰おうという事になった。
「はわっ、それも良くない思うですよー」
ラテリカが再度制止を試みようとする中、猪は殺気を感じ、逃げていった。
「残念。こうなったらドラゴンでも狩りに行く?」
「そんな、山草でも集めに行くみたいに‥‥」
シャクリローゼが冷や汗混じりに苦笑する中――――全員の身体に影が差す。
ズン‥‥ズン‥‥ズン‥‥
そんな大地を揺り動かす音と共に、体長6mの巨大な身体が、冒険者達の視界を横切って行った。
ムーンドラゴン。
満月の夜に飛び回り、その身体を月明かりのように輝かせる痩身の龍だ。
「‥‥アレを狩るのか?」
「そう言えば、ここに来るまでの護衛で魔力が尽きてたような気が。この辺にしておきましょう」
ムーンドラゴンが山から飛び立って行く中、レティシアは彬と龍に背を向け、特に何も狩らず休憩に入った。
一方、マックスは川に生息するリバードラゴンによって、冬の水中に引きずり込まれていた。
「はああ‥‥温泉がこれほど良いものとは」
著しく体温を失ったマックスだったが、夕食を前にひとっ風呂浴び、どうにか生き返っていた。
その間に、テントの前では料理とお酒の用意がされている。
「美味しそうですわね♪」
「鍋の中に落ちないようにな」
マックス同様風呂上がりの彬が笑いながら警告する中、シャクリローゼは鮭の出汁が良く出ている鍋をうっとりと眺めていた。
その後、ウナギや芋がら縄、こんにゃく、変な魚も鉄人の鍋に放り込み、ごった煮完成。
ちなみにマックスは鮭が苦手なので、持参した鍋でラテリカの買って来ていたお肉と野菜を煮込んでいた。
桜まんじゅうや手作りケーキ等をデザートに添える。
夕日が温泉を照らす中、宴会が始まった。
そして終わった。
「早いな‥‥」
「大事なのはこの後だからな」
満足げにお腹をさする彬が、笑みを堪えながら馬鹿師弟に近付き、コソコソ話が始まる。
「これから女性陣は揃って入浴時間だ。そして俺達は既に入浴し終えている。つまり、やる事は一つ」
意図がわからないで呆けるマックスの傍ら、クラウディウスは満面の笑みで彬と握手を交わしていた。
「良いかマックス。こう言う時はな、覗くのが男としての礼儀なんだ」
「いや、嘘でしょう‥‥殺されますよ」
「その危険がある事は否定できないな。だが!」
くわっと目を見開き、彬は拳を振るう。
「それが、男の、いや少年の夢。俺はいつまでも夢を追う」
「本当の少年なら許されるかもしれんが、俺らはマズイだろ?」
「夢のない奴め」
師匠が弟子を罵倒する中、彬は目を輝かせマックスに所持品を差し出す。指輪のようだった。
「それを付けると女になれる。女なら覗いた事がバレても問題ない」
「見事な理論だ」
「はあ‥‥」
何故かその破綻した理論を鵜呑みにしたマックスは『禁断の指輪』を受け取った。
そして、温泉サイド。
女性入浴時間と言う事で、マロース、シャクリローゼ、レティシア、ラテリカの4人が魔法の光球に照らされる中、温泉に浸かって日々の疲労を癒していた。
ちなみに、マルレーネはお酒に弱いらしく、既にテントで熟睡中だ。
「はわー‥‥なんか、ふわふわするですよ」
早くものぼせ気味なラテリカが顔を赤らめる中、その隣のマロースとレティシアもその肢体を弛緩させ、天然湯に委ねている。
「生き返りますね」
「湯上りのミルクを用意してるから、皆で腰に手を当てて飲みましょっか」
湯気が沸き立つ中、シャクリローゼは妖精達と共にお湯に浸した手ぬぐいで温泉を堪能していた。
「皆様、どんどん飲んで下さいませ♪」
そして、全員の飲酒を煽る。自身もかなり飲んでいるのだが、顔色一つ変わらない。
尚、ラテリカとレティシアは甘酒で喉を暖めている。
そんな中、マロースは少し心配顔で頬を赤らめていた。
「マックスさんは大丈夫でしょうか」
「彬が何とか護ると思うけど。いや、寧ろ攻めて来るかも」
「そのようです‥‥気配がもー、ギラギラと感じますわ」
シャクリローゼはレティシアに耳打ちしつつ、温泉の直ぐ傍にある茂みの一点を半眼でじーっと見つめた。
「さーて、どうしたものか」
レティシアが対応を考慮する中、平然としている女性が一人。
「ラテリカ、見られるは別にだいじょぶですよー。見られたら桶を急所にぶつけてあげなさい、言われました」
「成程、見せ付けるように堂々と迎え撃つ。私も人妻を見習おうかしら」
「それは流石に女性としてどうかと‥‥」
「ある意味最大の防御かもしれませんけど」
マロースとシャクリローゼに制され、レティシアは立ち上がるのを止めた。
結局、話し合いの結果、どうせマックスが運悪く何かの拍子に姿を露呈するだろうと判断し、その時に対処する事となった。
そして、その瞬間は直ぐに訪れる。
「どおおおおおおっ!?」
何故かマックスのいた茂みの真下から間欠泉が噴出し、その身体が宙に舞う。
「拡張工事、し過ぎたかもしれません」
マロースがぽーっと呟く中、マックスは‥‥いや、マックスと呼ばれていた女性はそこをたまたま通りかかったホワイトイーグルに餌と間違えられ、闇夜に消えていった。
「なんと言うか、折角用意したサプライズやオチを全部持っていかれた気分だな」
その様子を、茂みから出てきた彬が呆れ気味に見上げる。
「覗きはいけないですよーっ!」
そんな彬にラテリカが教え通りの桶投擲を敢行。
僅かに軌道はずれていたが、彬は敢えて収まりのいい所に調節して桶を受けた。
「‥‥ふっ」
そしてそのまま湯の中に崩れ落ちる。
それを確認し、空中に避難していたシャクリローゼが戻って来た。
「覗きの代償として敢えて受ける‥‥律儀なのか別の何かなのか判断に迷うところですわ」
「勿論、こんな事くらいで許す気はないけれど」
「と言うか、マックスさんを追わないと」
マックスの悲鳴が空に響く中、レティシアは彬の、マロースはマックスの回収をそれぞれ始めた。
その後、本当の覗きの代償が支払われた。
まず、シャクリローゼが上空で見張りをしつつ見守る中、レティシアが3人を正座させ、おたまを持ちながら無言の威圧。
全員に程よく疲労が行き渡った所で、説教が始まる。
「人の心は移ろうもの。心変わりはわかる。せめて貫けと。軸をずらすなと。本気ならともかく浮気はだめ、ぜったいだめ。他の女性と付き合って、でも本妻とも別れたくないなんて2人に対して失礼過ぎ。極悪非道。下劣。そもそも浮気と言うものは、背徳感とか征服欲に酔いしれているだけで、実際は‥‥」
くどくどと、くどくどと馬鹿師匠への集中攻撃が続いた。
「覗きには殆ど触れてないな‥‥と言うか、いつまでこの他人事を聞いてなくちゃならないんだ?」
「済まん。弟子として本気で謝る」
何気に地獄だった。
その後、レティシアの喉に変調が来し、解放されるかと思いきや、まさかの『のど飴』使用により延長戦突入。
そして何故かクラウディウスもそれを分けて貰い、積極的な討論が続く。
「夢を追った事には後悔してないが‥‥」
「なあ、俺らはいい加減放免で良いだろう?」
彬とマックスの泣きそうな主張は――――
「裸、見たくせに」
その一言に抗える筈もなく、可憐に却下された。
ちなみに、湯気に隠れて殆ど見えなかったのが実情だ。
夢とは所詮、おぼろげな物なのである。
そして、レティシアが見張りの時間になった所でようやく解放。
「はああ‥‥やっと眠れる」
「おしおき担当2番ラテリカ、ぐっさりぐったりするよな幻覚見せるですよー♪」
「えええ」
その後、マックスには『マルレーネがラテリカのおししょさまに肩を抱かれて去っていく』幻覚が、彬には『筋肉漢風呂でわっしょいわっしょい』と言う幻覚がそれぞれ用意された。
そして、深夜。
マックスは彬に促され、一人温泉に向かっていた。
『さっき偶々思い出したんだが、一応湯治が目的だったよな?』
と言う事で、寝る前に傷を癒すよう命じられたのだ。
マロースのリカバーを丁重に断り、自然治癒をすべく、向かったそこには――――
「え‥‥?」
「あ‥‥」
一人だけまだお湯に浸かっていなかったマルレーネが、生まれたままの姿で護身用に預かったハリセン片手に温泉を堪能していた。
一応婚約者同士なので、問題はない筈なのだが、両者同時に目を逸らす。
「‥‥皆から聞いたんだけど、覗きなんてしてたんですって?」
「いや! それは無理やり‥‥」
「しかも女になったって?」
「いや、それは怒られる事じゃない気が」
「だーめ。ほら、早くこっちに怒られに来なさい」
普段と違うマルレーネの笑い声が響く中、お湯の中に沈む瓶がごろっと転がる。
その水面に、季節外れの桜の花弁が浮かんだ。
不意に、柔らかい風が茂みを賑わす。
その声を聞きながら、月光の歌姫は濃厚なその夜にそっと口付けた。
広がる彩り。
薄紅色の雪が闇夜に溶け、銀の髪が棚引く中、その真上に浮かぶ黄金の月に、龍のシルエットが重なった。
ちなみに、温泉では不幸も女癖も治らない。