へなちょこ令嬢とノブレス・オブリージュ
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:4人
サポート参加人数:3人
冒険期間:12月30日〜01月04日
リプレイ公開日:2009年01月05日
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●オープニング
ユーリ・フルトヴェングラー。
ドール家長女のアンネマリー・ドールの『元』従者。
彼は今、ドール家屋敷の直ぐ近くにいる。
しかし、そこは決して、その屋敷の傍にはない。
ドール家が光なら、その場所は闇。
決して交わらないその場所で、ユーリは一人静かに相棒のナイフを見つめていた。
目的はずっと同じ。
ドール家を護る事。それだけだ。
しかし、護ると言うのは、奇麗事とは程遠い。
まして、新興貴族がその地位を保つ為には、正視し難い行為にその手を汚す必要がある。
それでも、ユーリはここ5年の間、ずっとそれを免除されていた。
正確には、拒んでいた。
本来の能力とは程遠い、子供の世話などしていた。
しかし、5年と言う月日は、彼から何も奪ってはいなかった。
「済まなかったな」
今の主の声が聞こえる。
ユーリは背中越しに聞こえてきたその声に、何も応えずにいた。
「本来ならば、お前にはずっとあの子の面倒を見て貰いたかったのだが‥‥この仕事だけは、絶対の信頼を寄せる者でないと、任せられなかった」
「有り難きお言葉」
ユーリの声に、主は喉を震わせる。
その声が、余りに悲痛な響きだったからだ。
「謝るのは俺の方です。もうずっと前から要請されていた事ですから。これまで我侭を言って引き伸ばしていた事をお詫びします」
「いや‥‥俺の都合でお前の人生を振り回しているのだから、やはり謝るのは俺だ」
主は、足元に転がる物言わぬその家の主人に大きな布をかけ、一つ大きく息を吐いた。
「表向きは盗賊団の仕業と言う事になる。お前は当分身を潜めておいてくれ」
「わかりました」
愛用のナイフを仕舞い、ユーリは一つ頷いて見せた。
「下手に潜伏するよりは、どこか知り合いの家にでも匿って貰え。ただし、くれぐれも‥‥」
「承知しています」
ユーリは理解していた。
何もかもを。
「もう、アンネマリー様の前に姿を現す事はありません」
アンネマリーと言う光。
自分と言う闇。
交わる事は許されない。
それでも、護る。
ユーリ・フルトヴェングラーは、この日からドール家を護る影に戻った。
パリより半日ほど歩いた所にある、ドール家。
新興貴族と言う事もあり、この地位を築く為には、相応の苦労をしてきている。
しかし、そんな苦労は一切表面化されることはない。
何故なら、それを見せるべきでない者がいるからだ。
ドール家長女、アンネマリー・ドール。
12歳の少女としては余りに世間知らずの令嬢だ。
そんな彼女を、ある者はこう呼んでいた。
『お前、へなちょこ令嬢だな』
それは、彼女の従者ユーリ・フルトヴェングラーの言葉。
これまでならば、毎日のように聞いていた言葉だ。
突然だった。
何の前触れもなく、アンネマリーは5年間ずっと傍にいて従えていた、最も近しい者を失った。
それは、深刻な別れの筈だった。
しかし、アンネマリーは余り意に介さない様子で、その事実を受け取った。
無論、我慢している訳でもなければ、気にしていない訳でもない。
全く、これっぽっちも実感を持っていないのだ。
ただちょっと何処かへ出かけているだけ。
一週間が経過した今も、アンネマリーの認識は変わらない。
口が悪く、直ぐに手が出て、主の部屋で一人ワインを嗜むような不良従者。
そんなユーリがもういない――――そんな事実を、アンネマリーは未だ理解らずにいた。
しかし、時は確実に流れる。
聖夜祭真っ只中の世間では、雪の降る街を数多くの笑顔と歌と野望とが彩っている。
アンネマリーは自室のベッドの上に腰掛け、少し汚れている人形を手に取り、それを見つめながら、ボーっとした時間をすごしていた。
「アンネマリー、入りますよ」
母親であるローゼマリーが入り、アンネマリーの隣に座る。そこに使用人の姿はない。
「‥‥」
大好きな母親に対し、アンネマリーは目を合わせるでもなく、じっと手元の人形を眺めていた。
その様子をローゼマリーは粛然と見つめつつ、その口を開く。
「‥‥ユーリが、元々はお父様の従者だった事は、覚えてますね?」
ローゼマリーの言う『お父様』とは、彼女の父親ではなく、彼女の伴侶だった。
「世界中を飛び回っているお父様がユーリを気に入り、自分に従えさせていたのです」
5年前。
アンネマリーが初めてユーリと出会った時、ユーリはドール家の主シュテフェン・ドールの従者だった。
若くして腕が立ち、何よりも遜らない所に惚れ込んだと言う。
シュテフェンがそのユーリを連れて帰宅した際、当時7歳のアンネマリーは激しい人見知りもあって、彼を拒絶した。
しかし、ユーリはそんなアンネマリーに気を使う事なく、たった一言で彼女の信頼を得た。
それ以降、ユーリはアンネマリーの従者となった。
決して敬語を使わない、決して余所余所しく接しない。
それを約束して。
「お父様が、ユーリを呼んだのですか?」
「‥‥今、ドール家は難しい時期を迎えています。ユーリの力が必要なのです」
ユーリが呼ばれる事――――それは、ユーリが自身の力を使ってドール家を護る事を意味する。
それは、決して真っ当な事ではない。
同時に、そこから最も遠ざけたい者との別れを意味する。
許される事ではないのだ。
令嬢の従者が――――
「‥‥ユーリの事は、暫くお父様に預けておきましょうね」
ローゼマリーの言葉の真意など、アンネマリーにわかる筈もなく。
「はい」
彼女はゆっくりと頷いてみせた。
「では、新年のお話をしましょう。実は、シュヴァルツェンベック家から招待状が届いているのです」
「シュヴァ‥‥ああ、エルネの家ですか」
エルネスティーネ・シュヴァルツェンベック。
アンネマリーの数少ない友達の一人で、ドール家の近隣の貴族の中において最大の権力を持つシュヴァルツェンベック家の令嬢だ。
彼女が、1週間後に開く新年を祝うパーティーに、アンネマリーを招待したのだ。
パーティーの催しは、主に2つ。
『令嬢対抗ベストドレッサーコンテスト』と『令嬢対抗仮面舞踏会』だ。
「‥‥対決ばかりですけど」
「全く、あいつは本当に負けず嫌いなんだな‥‥」
以前アンネマリーはエルネスティーネと『名付け対決』をした事がある。
それを思い出し、ようやくアンネマリーは笑った。
「わかりましたお母様。また今度も私が勝利して、ドール家の名を轟かせて見せます!」
「ああっ、アンネマリーなんて頼もしいアンネマリー! わが娘ブラヴァー!」
「任せて下さいお母様っ」
親子はガバッと抱き合った。
斯くして、アンネマリーはシュヴァルツェンベック家主催のパーティーに出席して、着付けと踊りを披露する事になったのだが‥‥
「やはり緑と赤を組み合わせたドレスが一番映えるな」
「アンネーマリー様、原色だけで構成するのは余り‥‥」
アンネマリーのセンスはローゼマリーと使用人達を悶絶させ――――
「アンネマリー様、最初のステップはこうです」
「こうか? わきゃきゃっ! はわーっ!」
アンネマリーのダンスはローゼンマリーと使用人達を巻き込み、幾度となく転倒させ――――
「‥‥どうしましょうか」
ものの一日で屋敷全員が負傷若しくは謎の目痛に見舞われる大惨事となった。
その翌日、冒険者ギルドに擦り傷だらけの使用人の姿があった。
●リプレイ本文
「おおおっ!? これがあの時のちっこいのなのか!?」
ラファエル・クアルト(ea8898)の精霊ロホにアンネマリーが驚きの声を上げる中、依頼を受けた4人は、応接室で依頼内容の詳細を聞いていた。
「アンネ嬢の振り付けに関しては、僭越ながら英国紳士であるこの私が引き受けますぞ。多少の心得は持ち合わせております故」
ケイ・ロードライト(ea2499)が立ち上がり、恭しく一礼する。
その動作たるや、『多少の心得』と言う表現とはかけ離れた、清流としたものだった。
「貴方の事は幾度となく見て来ました。何の心配もしていませんよ」
「は、有り難きお言葉」
「ところで、英国紳士と言う事ですが、その衣装は‥‥」
「令嬢としての立ち振る舞いに関しては、こちらにおわす令嬢の先輩が伝授して下さりますぞ」
ローゼマリーの言葉をさらりと交わし、ケイは初日のみながら駆けつけてくれたリリー・ストームを紹介した。
リリーは優雅な仕草で頭を下げ、ローゼマリーも同じように会釈する。
「貴族の所作に関しては私も一言あるから、手伝ってあげる。感謝なさい」
ジャネット・モーガン(eb7804)が胸に指を当て、不遜な笑みを見せる。
高飛車な性格である彼女だが、同時に貴族として一つの完成系とも言える挙動を構築している。
一度彼女の来訪とその際の報告を受けていたローゼマリーは、その事をしっかり把握していた。
「わたくしは、着付けのモデルを担当します。舞踏会にも一度参加した経験がありますので、助言できる事もあると思いますわ」
3度目の来訪となるレリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)もまた、既に信頼を寄せている冒険者。
ローゼマリーは懐疑の欠片もなく、彼女に一礼した。
「レイモンドも連れて来ていますので、ドール様に会わせて‥‥」
その言葉が完結を待つまでもなく、アンネマリーは既に窓の外でレイモンドと合流し、ロホと一緒に追いかけっこをしていた。
「あら、姿が変わってもっと警戒されると思ったけど、もう打ち解けちゃったみたいね」
その様子を、ラファエルが微笑ましそうに見つめている。
男性でありながら女性の言葉遣いと心遣いを身につけている彼もまた、アンネマリーにとっては印象深い人物だった。
そんなラファエルが担当するのは、令嬢対抗ベストドレッサーコンテストの際の着付けと化粧だ。
「宜しくお願いします。あの子のファッションセンスは親譲りなのか、どうも‥‥」
原色ばかりを好み、色合わせも全くなっていない様を、ローゼマリーは溜息混じりに告げる。
「緑に赤‥‥あの子らしいと言えばそうだけど、派手派手すぎるわよね‥‥」
ラファエルの頭の中には、既にアンネマリーのイメージカラーの構築が始まっているようだった。
「ところで、いつもの従者の方はいらっしゃらないのですわね」
「そう言えば、あの偉そうな従者が見当たらないわね」
レリアンナとジャネットの問いに、ローゼマリーは一瞬表情に影を作った。
しかし、直ぐに笑顔に戻る。
「ええ。用事があって長期外出しているので、パーティーまでに戻る事もありません」
「残念ですな‥‥ユーリ殿の好みに合いそうなワインを持ってきたのですが」
ケイは目的の一つが消えた事を憂い、寂しげに呟く。
その傍らで、ラファエルはローゼマリーの顔をじっと見つめていた。
パーティーで行われる対抗戦の特訓は熾烈を極めた。
まず、ダンス。
徹底的に基本ステップを叩き込む為、ケイは反復練習を提唱。
「左足を踵から踏み出し、右足を滑るように前に出してみましょう」
「こ、こうか?」
アンネマリーの左足の踵が勢い良く床を離れ、体重が右足に集中する。
そして、そのまま身体が右に傾き、スッテンコロリンと床に転がった。
「あうう」
「片足で体重を支えられていませんな‥‥」
と言う訳で、踊りの前にまず庭で基礎体力増強を行う事となった。
担当はジャネットだ。
「何事も基本は大事。令嬢であるなら尚更よ。しっかり付いて来なさい」
とは言っても、アンネマリーがいきなり腹筋や背筋を出来る筈もないので、まずは本を頭に載せて歩く事から始めた。
これはバランス感覚を身につける特訓で、同時に筋力の増強も出来る。
「おっ、おっ、おっ」
アンネマリーは動物の鳴き声のような声を発し、ヨロヨロと進んでいく。
それに付き合うように、ジャネットも非常にゆったりとした動作で隣を歩いていた。
「うにゃっ」
一方のアンネマリーは、数歩歩いただけでバランスを崩し、本を落としてしまう。
「その状態で100歩ほど歩けるようになったら、次は足の間に羊皮紙を挟んで歩く特訓を行うわよ」
「はうーっ」
「後、一日2km歩くようになさい。日頃から鍛えておかなくては、私のような神の化身とも言える神聖な存在にはなれなくてよ」
「はうはうーっ」
アンネマリーは半ベソをかきながら、言われるがままに特訓を続けた。
夜には着付けや化粧の検討も行われる。
基本的には、ラファエルがアンネマリーの好みを聞き、それに合ったドレスや化粧方法を選択していく。
「やっぱりアンネちゃんは赤が良く似合うわねー。滲み出る情熱の所為かしら?」
「そ、そうか? まあ赤は嫌いじゃないぞ」
「それじゃ、地色は赤で決まりね。後は‥‥そうねー、下手に合わせるよりは重ねた方が良いわね」
ラファエルは的確にアンネマリーが映える組み合わせを思い付き、その為の布を用意させている。
それに平行し、アンネマリーのセンス向上の為、彼女にレリアンナの服装を選択させてみる事にした。
と言うのも、レリアンナは『ベストドレッサーコンテスト』『仮面舞踏会』の両方に参加する予定なのだ。
ジャネットも同様だ。
「知り合いが近くにいれば、アンネマリーも多少は落ち着いて挑めると言うものよ」
「この機会に社交界を席巻しようなどと、そう言うつもりは全くありませんわ」
2人はやる気だ!
その姿を見たケイが思わず後退る。
「うむむ、身内から思いも寄らぬライバル出現ですぞ。アンネ嬢、気を引き締めて特訓しませんとな」
しかしそのアンネマリーは、レリアンナに合う服を一生懸命探していた。
「無理に燃えさせなくても、あの子はしっかりやるわよ」
「ですな」
ラファエルの言葉に、ケイは穏やかに微笑んだ。
特訓はその後も続く。
「良いこと? 常に上から見下ろし、自身が支配者である事を認識する。それが令嬢と言う存在なのよ」
ジャネットは筋力強化と同時に、精神面でも独自の教えを説く。
その絶対的な矜持は、アンネマリーに少なからず自信を注ぎ足していた。
そして、基礎体力が付いた3日目以降はダンス特訓に終止。
「膝と足首を柔らかく使って‥‥このように」
「こ、こうか?」
「素晴らしい! まるで流れるような所作でしたぞ!」
ケイのその言葉は多少お世辞も入っていたが――――バランス感覚を鍛えた成果もあり、一日で前進と後退の基本ステップを身につけるまでに至った。
そして、肉体を磨耗し切ったら、次はファッションセンスの特訓。
「私にはどのようなドレスが似合いますか? ドール様」
「うむむ。白と黒、とかどうだ?」
「‥‥それ、レリアンナちゃんの愛犬のイメージじゃないの?」
こっちはまだまだ時間が掛かりそうだった。
「最終的にドール様の衣装も本人に選んで貰いたかったのですが‥‥」
「ま、良いんじゃない? そう簡単に何もかも上手く行ったら、私達の商売なんてあがったりだもの」
「そうですわね」
ラファエルとレリアンナが談笑する中、アンネマリーはいつの間にかすやすやと眠っていた。
そして、最終日――――
「ようこそいらっしゃいましたわオーッホッホッホ!」
アンネマリーの友人エルネスティーネが出迎える中、一同はパーティー会場となるシュヴァルツェンベック家を訪れた。
パーティー会場となる大広間には既に数多くの貴族令嬢が艶やかなドレスに身を包み、ワイン片手に談笑している。
「さあ、私達も入るわよ、アンネマリー」
ジャネットを先頭に、一同も会場に入る。
既に着替えはドール家で済ませてあり、全員が正装済みだ。
何故かジャパンの服装だったケイは、持参の礼服で筋肉質のその身体を包んでいる。
優雅な足取りで廊下を渡り、会場入り口の右側で待機。
一方、ラファエルは普段着のままだった。
エルネスティーネの了承を得、ロホを連れて廊下を渡り、入り口の左側で待機する。
そして、その2人の視界にアンネマリー、ジャネット、レリアンナの3人が入って来る。
中央のアンネマリーが威風堂々と会場に向かうその姿を満足げに眺めつつ、ラファエルはロホに合図を送った。
すると――――ファイヤーコントロールによって生まれた焔の蝶が、アンネマリーの周りに発生し、華麗に舞う。
それを目撃した会場内の令嬢が、驚愕の表情を浮かべていた。
「焔の姫君御降臨、ってね」
「燃えさせる必要はない、と言う事ではありませんでしたかな?」
腕組みして壁に寄りかかるラファエルに、ケイは微笑みかける。
「掴みは肝心って言うじゃない?」
そして何より、明るく、楽しく。
ここ数日、アンネマリーは本当に必死で頑張っていた。
だが、その合間合間、陰りを見せる事があった。
ユーリがいない事が、彼女に与える影響は決して少なくない。
それでも――――
「さあ、それでは令嬢対抗ベストドレッサーコンテストを開催致しますわ!」
それでも、数多くの言葉と行動が、アンネマリーに勇気をくれた。
『真の令嬢に必要な物は、欲しい物を奪い取ってでも手に入れる覇気と、自分を貫き通す傲慢さよ』
アンネマリーに対し、常に己の覇王道を語り、その中に彼女への思いやりを忍ばせていたジャネット。
紫のドレスと長手袋のみと言う極めて質素な姿で壇上に上がり、愛想を振りまく事なく堂々と他の令嬢を見下すその姿は、唯我独尊そのものであり、神聖かつ不可侵なる姿だった。
『ドール様、ではこの隙に見違えるような女性となり、次にお会いした時に驚かせてあげませんかしら?』
前回の依頼で唯一駆け付けてくれるなど、ドール家とは親交の深いレリアンナ。
アンネマリーに見立てて貰ったそのドレスは、金と銀を貴重とした、煌びやかなもの。
決してレリアンナに似合っていない訳ではないが、本人の希望とはややかけ離れている。
それでも彼女は文句一つ言わず、そのドレスに身を包み、髪を下ろして頭部に花飾りをつけ、柔らかな所作で壇上にて一礼した。
そして――――アンネマリー。
ラファエルが施した化粧は、アンネマリーの幼い顔をやや大人びたものにしている。
ドレスは予定通り、赤を基調とした派手なもの。
幾重もの布を重ねる事で、細い身体を豊かに彩っている。
そのドレスだけを見れば、他の令嬢には全く引けを取ってない。
が――――
「お前も一緒に晴れ舞台だ」
アンネマリーの手には、一つの人形が抱えられていた。
彼女たっての願い。
これで、コンテストの上位入賞は難しくなった。
だが、アンネマリーは全く気にも留めず、その人形と共に堂々と自身をアピールした。
「‥‥」
その様子を、殆どの令嬢は呆れ気味に見つめている。
滑稽な子供の姿に映ったのだろう。
だが、その中で数名、事情を知る者だけは、胸を熱くしてその光景に目をやっていた。
優雅な音楽が会場に流れる中、仮面舞踏会は明るく、華やかに行われていた。
対抗戦ではあるが、一ペアだけを審査すると言うわけではなく、一度に数組が踊ると言う形式だ。
「あ‥‥ごめんあそばせ」
余り踊りに精通していないレリアンナは、少し苦戦しながらもステップを踏む。
一方、ジャネットは相手を圧倒するような勢いで大胆にダンスを舞っていた。
技術は文句なしだが、明らかに協調性を欠いたその踊りもまた、彼女そのもの。
他者が下す評価など、彼女には全く意味を持たなかった。
そんな独自の踊りをこなす最中、ジャネットの視線はアンネマリーに向いていた。
レリアンナも同様に、その目を金髪の令嬢へと向ける。
「アンネちゃーん、上手上手ー!」
「じょうず〜♪」
ラファエルも拍手を送りながら、ロホと共にその姿を見守っている。
彼がアンネマリーと接した時間は決して長くない。
それでも、その僅かな時間、彼は真剣にアンネマリーと向き合っていた。
彼女が暗い顔を見せた際には、その目を見て励ました。
『しゃんとしなさい。貴女はね、この家の灯なのよ。貴女が明るければ、そこに必ず人は集まるから』
妹を見守る気分で、ラファエルはその踊りを眺めている。
そして――――
「アンネ嬢! 背筋を伸ばし顔を上げて、まっすぐ前を見てくだされ!」
テーブルに座っているケイが叫ぶ。
最もアンネマリーと多くの時間を過ごしてきた冒険者。
その言葉は、いつもアンネマリーへの慈愛に溢れていた。
『気張る必要は無いですぞ。アンネ嬢を支え、愛してくれる人達の顔を思い浮かべれば、自然と笑みと勇気が出て来ると言うものです』
何一つ出来ない、へなちょこ令嬢のアンネマリーを、穏やかに、そして真剣に見つめるその眼差しには、万感の思いが募っている。
アンネマリーの踊りは、決して際立った上手さがある訳ではない。
しかしその拙い筈の踊りは、何処か人を惹き付ける。
その姿を眺めながら、ケイはワイングラスを掲げた。
本来なら、ここで乾杯の一つでもしたいところ。
だが、その相手は今はいない。
「貴方にも見せたかったですぞ。アンネ嬢の晴れ姿を」
ケイはこの場にいない、妙に不遜な従者に思いを馳せ、静かに呟いた。
すると――――
「ありがとう」
グラスの重なる音が、ケイの鼓膜を微かに揺らした。
ワインの水面が忙しなく揺れる中、ケイは慌てて振り返る。
そこには、一人の男性の背中があった。
しかし、次の瞬間、音もなく消えた。
「ユーリ‥‥殿?」
ケイの呟きは、形を成す事なく、音楽にかき消され霧散した。
音楽が止み、喝采が響き渡る。
各々の讃えるべき相手に対し、音を立てて喜び合う。
アンネマリーもまた、満面の笑みで手を叩いた。
鳴り止まぬ拍手の音が、アンネマリーを荒々しく包み込む。
これから彼女が進む路は、恐らくはそれ以上に華やかで、それ以上に忙しない。
出会いと別れの繰り返しの中で、泣いたり、笑ったり、怒ったり、落ち込んだりしながら、一歩ずつ前に進んでいく。
今日と言う日は、その中の、無数にある踏み板の一つなのかもしれない。
この半年間も。
それでも、時々は振り返る事もあるだろう。
そして、その度に思い出すのだ。
楽しかった思い出として。
そして――――
「審査員特別賞は、アンネマリー・ドールさん!」
輝かしき令嬢への、確かな一歩目として。
へなちょこ令嬢 fin.