終末を過ごす場所 〜シフール施療院〜
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:5人
サポート参加人数:4人
冒険期間:01月11日〜01月16日
リプレイ公開日:2009年01月20日
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●オープニング
いつも通り植木鉢に水をあげていたルディ・セバスチャンの元に朗報が舞い降りてきたのは、つい先日の事だった。
「しっふしふ〜♪」
届け主は、彼の知人であり、シフール飛脚でもあるワンダ・ミドガルズオルム。
シフール特有の挨拶と共に、彼女が届けてくれたのは――――以前からルディが冒険者達と共に進めていた『シフール飛脚への提携要請』に対しての正式な承諾だった。
「ほ、本当!? わーっ、凄いよ!」
ルディにとって、それは大きな関門の突破を意味した。
施療院と言う利益の発生しない施設を存続させる為には、後援者の存在は必須。
シフール飛脚ならば、シフール治療に対しての理解も、後ろ盾としての規模も申し分ない。
また、シフール通訳も協力に対して肯定的と言う事だ。
「契約にあたって煮詰める事が結構あるから、近い内に顔を出してくれってギルド長が言ってたよ」
「ありがと。それじゃ、近い内にお伺いするって伝えといて」
ワンダが首肯して去って行くのを、ルディは嬉しそうに見送った。
更に朗報は続く。
幾つかある施療院建設への関門の中でも、とりわけ重要な『医師』の問題に進展があった。
二月ほど前に手紙を送った医師の一人から、返事が届いたのだ。
手紙をくれたのは、リュック・ソルヴェーグと言う、世界的に珍しいとされているシフールの医師。
その内容は――――自分が今いる病院を離れるのは難しいが、自分の知人を紹介すると言うものだった。
少し気難しい男だが、腕は確かで、既に話は通しているので一度連絡を入れてみては、と言う旨の言葉で締め括られている。
二枚目の羊皮紙には、リュック医師の友人と言う、やはりシフールの医師の名前と所在地が記してあった。
名はヘンゼル・アインシュタイン。
パリから南へ20kmほど進んだ先にある『セナールの森』で、ひっそりと暮らしていると言う。
何故医師がそんな所で生活しているのか――――その疑問を思い浮かべるより先に、ルディはパリの空に舞った。
「リュックから話は聞いているよ。施療院を作りたいんだってね」
ヘンゼルと言う名のシフールにそう問われたルディは、恐縮しつつ頷く。
セナールの森はモンスターのいない平和な森と言われており、ルディも名前だけは聞いた事があったので、地図を見て所在地を訪れるのは容易だった。
ヘンゼルの家は高床式の建造物で、地面からの高さは優に3mはあり、階段もない。
その家の内部には、机をはじめとした幾つかの家具があり、生活観を醸し出している。
床には割れた木の実や食べ残しの食料が散布しており、『気難しい』と言うリュックの言葉からルディが連想していたイメージとは大分かけ離れた光景が広がっていた。
「ん‥‥ああ、悪いね。幾ら言っても散らかしたまま片付けようとしないんだ」
「一緒に住んでいる方がいるとか?」
「そ。ま、簡単な推理だよね」
基本的に年齢が外見では判断し難いと言われているシフールだが、ヘンゼルは更にそれが顕著で、喋り方からも年齢がわかり辛い。
少なくとも、医師と言う職業に似つかわしい要素は皆無だ。
「こいつ、本当に医師なのか? リュックに騙されたんじゃないか? 体の良い断り文句として、適当に紹介されたんじゃないか? って顔だね」
そんなルディの思考を呼んだのか、ヘンゼルは不敵に微笑む。
「うん、少し思った」
それに対し、ルディは素直にそう返答した。
それは、彼の純朴な性格故。相手が相手なら通用しないのだが――――
「良いね。正直者は嫌いじゃないよ。尤も、僕は真逆の性格だけどね」
ヘンゼルは不敵さを消し、純粋に笑う。彼にとっては満足できる返答だったようだ。
「一応これでもちゃんとした医師だよ。証明できる物はここにはないけどね」
「わかった。信じる」
ルディの返事にヘンゼル一つ頷いてみせた。
「じゃ、話を戻そう。施療院を作るって事だけど、僕は基本的に施療院って施設には反対なんだよね」
「そうなの?」
「色々大変なんだよ、無償の奉仕ってのはさ。君がそれをどの程度理解しているかは知らないけど」
二月前、ルディはその片鱗を情報として手に入れている。
だが、ヘンゼルは恐らくそれより遥かに深い現実を知っているだろう。
ルディはそれを直感的に察し、敢えて言葉を挟まなかった。
「でも、シフール専門、って所には魅力を感じるね。シフールに対する治療はホント軽視されてるからさ」
「協力してくれると助かるんだけど‥‥」
そんなルディの言葉を遮るように、窓から一人のシフールが入ってくる。
「ただいま〜‥‥!」
そのシフールは、ルディ達よりも小さく、身長は30cm程度。まだ子供のようだ。
ルディの姿を見た瞬間、すーっとヘンゼルの後ろに移動して行く。
「あ、コイツが同居人ね。さ、お客さんに御挨拶して」
「‥‥やー」
子供シフールは首を振り、奥の部屋に飛んで行った。
「あう、嫌われた‥‥」
「人見知りが激しいだけだよ」
ヘンゼルは何故か嬉しそうに微笑んだ。
「名前はリタ。ちなみに女の子ね。不治の病に冒されていて、もう長くない」
「!」
突然。
まるで趣味や特技でも紹介するかのように、簡単に放られたその言葉に、ルディは絶句する。
「医師なんて無力なもんだよ。こんなちっこい僕らより更にちっこい子供の命すら救えない」
「本当に治らないの?」
「今の医学で治せない病気はごまんとある。珍しい事じゃない」
諦観とも自棄とも違うその言葉は、ルディの胸を優しく抉った。
「と言う訳で、僕はあの子を見守りながら、ここでひっそり暮らしてるって訳」
「‥‥」
それは、ルディには拒絶の言葉に聞こえた。
そして同時に、ヘンゼルと言うシフールの人格の全てに思えた。
医師である彼がこのような辺境の地で暮らしている意味。
飛べない妹を持つルディにそれを察知できない理由はない。
だが――――
「君はさ、どうすればあの子が幸せに余生を過ごせると思う?」
「え?」
「施療院にはね、もう治らないって言う患者が数多く訪れる場所なんだ。もうお金もなくなって、最後にすがる場所として施療院に救いを求めようって患者がね。施療院を作ると言うのなら、そう言う患者と常に向き合わなくちゃならない」
ヘンゼルは、淡々と言葉を繋げる。
断るような素振りはない。寧ろ、その逆とも思えるような、引き付けようとする力をルディは彼の言葉に感じ取った。
そして、ヘンゼルは告げる。
「もし、君が僕の持つ考え以上の答えを提示してくれたなら、君の作る施療院の医師になっても良い」
それは明確な条件提示だった。
雇用条件も、現在の施療院の状況も問わない。
何故なら――――あらゆる条件がその一つの問いに対しての回答に詰まっているからだ。
ルディは決してそれを理解した訳ではない。
だが、眼前のシフールの気持ちは、何となく理解できた。
「ちょっと、時間を貰えるかな。そんなには掛からないと思う」
「構わないよ。ただ、これは試験のようなものだ。無限に時間があるわけじゃない。それを忘れないでくれよ」
ヘンゼルは、救いを求めている。
リタに残された少ない時間を、どう過ごすべきか。
ルディに、そして施療院と言う施設に投げ掛けられたその問いは、まさに難題と言えるものだった――――
Chapitre 3. 〜終末を過ごす場所〜
●リプレイ本文
テーブルに、ヴィオレ名物『究極の鍋コース』が景気良く並んでいる。
その湯気に覆われた冒険者達は、皆一様に歓声を上げていた。
「はわ‥‥年末の時より美味しですよー」
「薬膳鍋と言うのも良いかも知れないですね」
ラテリカ・ラートベル(ea1641)とリディエール・アンティロープ(eb5977)が満足げに食す中、レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)とアマーリア・フォン・ヴルツ(ec4275)はルディの分の具を小さく切り分けていた。
夕食を囲みながら、今後の話し合いを行う為、一同はパリの宿屋『ヴィオレ』の一階に集まっていた。
「では取り敢えず、シフール飛脚ギルドとの交渉からまとめましょうか」
エルディン・アトワイト(ec0290)の言葉に、他の全員が頷く。
施療院を建設し、維持して行く為には、それなりの融資額が必要だ。
施療院を作るのにどの程度の金額が必要なのかは、これまでの調査である程度把握している。
無論、幾らこちらがその額を希望しても、向こうが拒否すればそこで話は終わり。
融資して貰える最大の金額を引き出す為、出来る限りギルドにとっても有利となる条件を提示する必要がある。
そこで、冒険者達はそれぞれにその条件を考えて来ていた。
まずはエルディンの意見。
融資を受ける見返りの一つとして、シフール飛脚および通訳が無料で定期的な健康診断を受けられるようにする、と言う案だ。
「無論、ある程度の人材が確保できてから出ないと実現は出来ませんが」
つまり、将来施療院が建設され、ある程度の規模になったら、と言う条件が付くと言う事だ。
これはかなり有効で、ギルドに対して『規模を大きくしなければ旨みとはならない』と言う育成観念のようなものを抱かせる事が出来る。
融資額を増やす材料となるだろう。
当然、これだけではなく他の様々な条件との複合が必須ではあるが。
「と言う訳で、宿泊施設の優待もお願いしたいのですが‥‥」
「それって、この宿を、って事?」
ルディの言葉に、エルディンは頷く。
元々、シフールは食事付きの宿にとってはありがたいお客様。
食事の量は少なくて済むし、部屋を工夫すれば狭いスペースでも団体で寝泊りが出来る。
それに、宿にとっても旨みがある。行動範囲が広く、お喋りが多いシフールは、宣伝してくれる範囲も広い。
更なる集客効果も期待できるのだ。
「わかった。後でカタリーナと相談してみるよ」
「お願いします」
更に、エルディンはルディが集めている薬草を格安で提供する事を提案した。
「その件に関しては、私も一言あります」
リディエールが鍋用の陶製スプーンを置きながら呟く。
彼もやはり同じ案を持っていた。
更に、薬草師の観点からどの程度の割引を行えば良いかを説く。
一般購入者と差が付き過ぎるのも余り良くないのだ。
「そうですね‥‥三割ほどの割引が妥当でしょうか」
シフール飛脚は仕事柄、怪我が多い。
その為、格安で薬草を入手できるなら、それはかなりの利益と言える。
「問題は量ですね。ルディさんの採集分だけで賄えない場合は、私の実家から卸しましょう」
「良いの?」
リディエールは優しく頷く。これで薬草の件はある程度目星が付いた格好だ。
「そう言えば、施療院の建設場所はどうしましょうか」
「私としては、薬草園を併設出来る土地が望ましいですが‥‥」
「飛脚ギルドの話を聞く必要があるでしょうね。融資を頂く以上、彼らの指定があれば従うのが筋でしょう」
アマーリアの言葉に、リディエールとエルディンが見解を述べる。
鍋の湯気が徐々に薄まる中、議論は延々と続いた。
そして――――翌日。
「髪型良し、服装良し、と。エルディンさん、鏡ありがと」
「どういたしまして」
ルディと冒険者全員が身だしなみを整え、宿屋『ヴィオレ』を出る。
行き先は無論、シフール飛脚ギルドだ。
案内係に促され交渉の席について二分。
一向が待つ応接室に、どこか威厳を醸し出した男性のシフールが現れた。
「アマーリア・フォン・ヴルツと申します。この度は交渉に応じて頂き、ありがとうございます」
そんな彼にアマーリアをはじめ全員が一人ずつ挨拶を行う。
ルディも既に礼儀作法をアマーリアやエルディンから教わっているので、無難にこなす事が出来た。
そして、早速契約についての話し合いが持たれる。
まず、双方が今回の契約に関しての希望を提示した。
ルディ側は昨日話し合った案を数枚の羊皮紙にノルマン語で記し、ギルドの代表者にそれを手渡した。
「ふむ‥‥なるほど。幾つか質問しても良いですか?」
「勿論。その為に我々も同席していますので」
エルディンの言葉に、代表者は一つ頷き、再び咳払いをする。
「では。まずこの『迷惑行為を行った者は使用禁止』と言うのは‥‥」
「えとですね」
その項目を立案したラテリカが解説を始める。
彼女は、この交渉に当たって、数多くの案を出していた。
まず、施療院を飛脚ギルドのスカウト、教育実習の場、そして副業の場にすると言う案。
シフールは中々一所に留まる事がなく、人材の補充が難しいと言われている。
その為、人が集まる施療院で募集すれば効率は良くなるだろう。
同時に、施療院には沢山の手紙が届く事が推測されるので、そこにまだ経験の浅い者を配置してみては、と言う意見だ。
ただし、入院患者と家族の手紙に関しては無料、或いは格安にして欲しいと言う条件を加えている。
もしそれが無理なら、ついでがある場合のみ無料での郵送をお願いするように記してある。
また、働き口として施療院の記録係などを行うシフールを飛脚ギルドから優先的に募集する事も提案されている。
これは双方にとってもメリットがある。
そして――――代表者から問われたのは、ギルド員が施療院内で迷惑行為に及んだ場合、施療院から締め出す、と言う項目だ。
「施療院は、とても辛い思いをしてるシフールの方が来る思うです。皆さんが気持ちよく利用できる場所にする為、です」
「決して、ギルド員の方々を信用していない訳ではありません」
アマーリアがそっと補足する。
「わかりました。いえ、当然の処置だと思います。少し詳しく聞きたかっただけですのでお気になさらずに」
代表者の言葉に、ラテリカはほっと胸を撫で下ろした。
更に、代表者の質問は続く。
「それに関しては、わたくしがお答えしますわ」
それに対し、今度はレリアンナが答える。
彼女は、自然災害などの緊急時に関する提案を行っていた。
ここ最近、世間では物騒な状況が続いている。
その為、緊急時に施療院の一部を開放し、避難場所とする処置を立案していた。
その代わり、少しでもそういった災害に備えられるよう、流行り病や災害の情報を定期的に届けて欲しい、と言う要求を記していたのだ。
これに関し、代表者は『具体的にはどのような情報を届ければいいのか』と言う問いを投げ掛けてきた。
「そこまで詳細なものでなくても構いませんわ。ただ、噂程度であってもいいので、出来るだけ広く、そして多く、が望ましいですわね」
「ふむ、わかりました。では施療院を建てる場所の区域を任せる者にそう命じておきましょう」
「ありがとうございますわ」
レリアンナが恭しく一礼する。その直後にアマーリアが重要事項の確認を唱えた。
「その建設場所に関してですが‥‥ギルド側の見解をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「ふむ‥‥出来ればパリから半径100km以内が望ましいですね。我々が利用するとなると」
「それ以外に御要望はありますか?」
エルディンの問いに、代表者は思案顔を作る。
「ある程度患者さんが集まる事を期待できる場所が望ましいです。こちらとしても、何か新しいサービスを始める際の告知の場としても期待しているので」
「‥‥わかりました」
今度はエルディンが思案顔を作った。
これまでの話では、ルディの妹リーナが静養できるよう、静かな場所が好ましいと言う流れになっていた。
ただ、そうなると、患者の数はあまり増えないかもしれない。
普通の施療院なら、例えば寝たきりの老人が多いであろう田舎の村でも十分役割は果たせる。
ただ、シフール専門となると、そうはいかない。
彼らは奔放で、一所に留まる事を知らない。
シフールの集う場所と言うのは、中々想像し難いのだ。
今後の課題となりそうだ。
「では、今度はこちらの条件を吟味下さい」
代表者の言葉と同時に、ギルドのスタッフが資料を配る。
結局、交渉はこの日の午後まで続いた。
果たして、結果は――――
時は、数日後に移る。
「早かったね」
ルディは一人でヘンゼルの家を訪れていた。
セナールの森の前まで共に訪れた冒険者達は、この場にはいない。
シフールの施療院の医師として、彼を迎えたいと言う希望は一致した。
後は、この壮大な夢の発案者であるルディに全てを託す。
それが、ここまで力を貸してきた冒険者達の下した決断だ。
「それじゃ、聞かせてくれ。君の答えを。リタの‥‥残り少ない命の過ごし方を」
ヘンゼルはその小さい手を組み、口元に寄せる。
ルディは、緊張の面持ちで頷いた。
「上手く行ってるでしょか‥‥」
森の入り口に吹き荒ぶ寒風が、ラテリカの髪を撫でる。
その隣で、レリアンナは穏やかな表情を見せていた。
「この世界は様々な種族がいて、それぞれに寿命が異なりますわ。けれど、どなたも天に召される事に変わりはありません」
レリアンナは、ルディに自身の死生観を託した。
それは――――天に召される事を悲観的に捉えないと言う、一つの極論。
誰にだって寿命はある。いつかはこの世を去る。
それが果たして悲劇なのか?
ならば皆、死に向かって日々怯えながら暮らしているのか?
答えは否。
あらゆる動植物が内含した美しさ、良さに触れ、日常を過ごし、心からの笑顔を見つけられる。
幸せはそこにあるのだ。
それは例え、死を目前にした者であろうと同じ事ではないか。
「死を身近で見つめるクレリックならでは、ですね。私も思う所はあります」
二人の直ぐ後ろで、顎に手を添えながらエルディンが呟く。
彼もまた、死を想う一人。
そしてもう一名――――
「施療院とは、死を覚悟し、身近なものとして捉える場所‥‥なのかも知れませんね」
薬草師として、数多くの者を癒し、数多くの癒せない者を見て来たリディエール。
その肩では、妖精のメロウが羽根を休ませている。
「そのような一面があるからこそ、生きていて良かった、と思える場所にしたいですね」
「暖かい毛布と食べ物がある。同じ立場の者がいる。だからこそ笑顔でいられる。そう言う場所である事もまた、医療‥‥ですか」
リディエールとエルディンは、森の入り口を眺めながら言葉を交わす。
彼らの心は、果たしてその視界の先に届いているのか――――
「病と共に生きる‥‥」
アマーリアは祈るように両手を胸元に当て、木々のざわめきを聞いていた。
病と寄り添い、残り僅かの命が望むもの。それは‥‥
「それはきっと、皆と同じように夢を持ち、生きて行く事なのでしょう」
誰しもが持つ、死への道のり。
だが、その道は普通、光か闇に遮られて目視は出来ない。
それが見えてしまった時、少なからず絶望を覚える事だろう。
だが、その代わりに見えるものも増える。
例えば、友達の存在。
例えば、全力の交遊。
そして――――
「そして、ささやかな日常の幸せを、誰かと共有する事と思うです」
ラテリカの言葉に、アマーリアが頷く。
「自分の生を喜んでくれる誰か、ならば更に、ですね」
「ただ平凡な日常がそこにある。それこそが、不治の病を抱える者の願いだと、私も思います」
薬草師として幾度となくそう言った者を見、自身の無力感と闘ってきたリディエールの賛同は、大いなる説得力を持っていた。
クレリックの二人も首肯する。ラテリカは心強く思い、心の在り処に手を添える。
「誰かに何かして貰う、それはとても嬉しです。でもきっと、自分で幸せを探す事が一番思うです」
そして、それを同じ目線で見つめ、喜んでくれる者が身近にいる事。
それはきっと、健康な者であろうと病人であろうと、変わらない幸せ。
だが、より死に近い者は、その幸せをよりはっきり見る事が出来る。
日常の些細な温かさも。
「まるでわたくし達が説得をしているような‥‥こほん、いえ何でもありませんわ」
「いや、その心積りですよ。届けば良いですね」
レリアンナの言葉とエルディンの微笑、そして皆の視線は、全て森の方に向けられている。
不意に、風が止んだ。
それを図ったかのように、セナールの森から一人のシフールが飛び出してきた。
「家のような施療院‥‥か」
ルディのその言葉を、ヘンゼルは繰り返し呟く。
そして、窓の外にいるリタを遠巻きに眺めつつ、白い息を吐いた。
誰もが笑顔でいられる施療院。
それがいかに難しい事かを、ヘンゼルは知っている。
それでも、彼は心を動かされた。
シフール施療院の医師として働く事を選んだ。
その理由は三つ。
一つ目はその説得内容と、協力者の持つ説得力。
次に、ここに来る前にシフール飛脚との協定を成立させていた事。
そう。交渉は上手く行っていた。
その為、施療院建設は大きく具体性を帯びる事となった。
ヘンゼルは、自分への説得の前にしっかりと環境を整えて来たその誠意を汲んだ。
そして――――
『これからお茶会開くんだ。リタと一緒に参加してよ』
お菓子やお茶を提供し合い、懇談をすると言う。
リタの為に、ハーブで作ったリースを用意してくれたユリゼ・ファルアートと言う者もいた。
一つ間違えば、単なる接待と思われかねない行為。
だが、その内容はと言うと、それに該当するような、いやらしい高級さは微塵もない。
偽善と言われる事を一切恐れない、自然な奉仕。そして思いやり。
月並みだが、その精神こそが施療院には必要なのだ。
ヘンゼルは、目を細める。
『どうすればあの子が幸せに余生を過ごせると思う?』
彼はそう問うた。
それは根本から間違っていた。
まだ出来る。
ヘンゼルが提供しようと苦慮していた幸せを、そのシフールは自分で見つける事が出来るのだ。
「‥‥」
ヘンゼルは唇を噛み締め、窓に近付いた。
君を生かす場所ではなく、君の生きる場所が見つかったと言ってあげる為に。
リタは羽根を休め、拾って来た木の実をじっと見つめていた。
遠くない未来、彼女はこの世を去る。
それでも、その小さな命は、まだ輝きたいと躍動している。
夢を追い、日常を描こうと。
「リター!」
ルディと冒険者達が、笑顔で彼女に手を振る。
人見知りの激しい小さなシフールは、慌ててその場を飛び立った。
懸命に。
小さくとも懸命に。
彼女は確かに、今日も生きている。
――――今日を、生きている。