復讐鬼ルートヴィヒの逃亡

■ショートシナリオ&プロモート


担当:UMA

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:5人

冒険期間:05月14日〜05月19日

リプレイ公開日:2008年05月21日

●オープニング

 ――――惨劇は、既に起きてしまっていた。
 それは、パリから遠く離れた辺境の大地に根付いた、とある村での出来事。
 その村は、血の臭いと瘴気に満ち溢れていた。かつて人だったモノはいずれも地に伏し、降りしきる雨に打たれている。灰色の空を見上げる事もなく、ただ漫然と打たれている。
 そこには、夢があった。
 希望があった。
 未来があった。
 小さいながらも育まれた、貴い命が幾つもあった。
 それも、同胞による狂気の一振りで消え去った。
「精霊よ。これは貴方がたの与えたもう試練だと言うのか」
 男は天を仰ぐ。確かにこの村は、国にとって異端だった。しかしそれでも、少なくとも大地にとっては、何一つ背く事のない場所だった。
 しかし、それは許されざる事だと、その者は言った。かつて生まれ育ったその村に、何の慈悲もなく、そう告げた。
「精霊よ!」
 天は何も答えない。ただ、涙よりも重いその雫を、止め処なく恵むのみ。
 その日、失われたものは、何もなかった。
 少なくとも、この国にとっては。


「あなた方は、冒険者ですか?」
 一仕事を終え、酒場でくつろぐ冒険者たちに、怪しげな風貌の者が近づいてくる。顔は目以外布で覆われており、まとう気も一般人とは程遠く、洗礼されている。とても真っ当な人物とは思えない、そんな印象を与える存在だった。しかし、それに気圧されるようでは、冒険者など勤まる筈もない。首肯し、自分達の身分を明らかにする。
「ありがたい。では、依頼をさせて頂きます」
 その声は、直ぐに女性の者だとわかる高さのものだった。マントで覆われた身体からは、その体型は読み取れない。ただ、しなやかさを備えている雰囲気は何となく察する事ができる。
 彼女は一礼し、冒険者たちのテーブルの空いた椅子に座って、全員の顔をじっと見つめた。
「実は、この町に復讐鬼が現れました」
 復讐鬼――――その言葉に、冒険者たちは一同息を呑んだ。何故なら、既にその存在は噂となって耳に入っていたからだ。その噂によれば、彼は残忍で、目的の為には官憲をも切りつける男らしい。

 かつて、ノルマンがまだ国を成していない時代。この地に国教はなかった。現在はジーザス教[白]が当然のように信仰されているものの、稀に遥か昔の風潮をそのまま残した地も存在している。そう言った地には聖職者が赴き、教えを説くのが通例なのだが、それを行う者の中には、狂信者と呼ばれる連中もごく稀に存在している。己の理想に固執するあまり、己の信じる神を自分の想像の中のそれとすり替え、それこそが神だと信じて疑わない類の者達だ。彼らはとても残忍で、攻撃的だ。ジーザス教[白]は、「服従」「貞節」「清貧」を美徳としている為、狂信者は決して多くはないのだが、中には自分の理想郷を広める為、大儀と称して他教徒を攻撃したり、国教を犯す村や町に粛清を行う連中もいる。そのような連中は、ジーザス教[白]の教えにそぐわない背信者として破門を言い渡されるのだが、自分の中に『別のジーザス教[白]の神』を見出し、それを崇めている為、ジーザス教[白]の信者を名乗っているのだ。
「その狂信者の一人に襲われた村の生き残り――――彼こそが、復讐鬼と恐れられている人間の正体です。名は、ルートヴィヒ」
 ルートヴィヒ――――そう唱えた声に、微かに感情の揺れが混じる。
「この依頼は、復讐鬼を捕らえる事‥‥ではありません。逃がす事です」
 今度は冒険者たちの目が揺れた。予想していた依頼内容とは違っていたからだ。
「現在、ルートヴィヒはこの町のほぼ中心部にある倉庫に潜んでいます。彼がこの町にいると言う情報は既に官憲に知られていますので、彼らは血眼になって探しているでしょう」
 復讐鬼がいると一般人が知れば、町はパニックに陥る。勿論、この町で騒ぎが起きようものなら、彼らの沽券に関わる。躍起になるのは当然だった。
「できれば明日、それが無理なら明後日までに、彼をこの町から逃がして欲しいのです」
 復讐鬼の逃亡の手助け。それは、通常であれば、犯罪への加担だ。冒険者にとって、それは道義に反する行為。全員が顔を見合わせ、首を横に振ろうとしたその時――――
「彼は、救われるべき人間です。復讐鬼などと呼ばれていますが、彼は何も悪くありません。私は彼を救いたいのです」
 依頼主は、落ち着いた声でそう告げた。感情の起伏などない、温和な声。それが、どう言う訳か、どんな絶叫よりも冒険者たちの心に染みた。それは決して、魔法による精神操作ではない。
「彼は非常に気が立っています。くれぐれも、刺激しないようにお願いします」
 
 依頼主個人の素性に関しては、現時点では話せないと言う事だ。そう言った理由から、ギルドを介した依頼とはいかず、こうして直接交渉を行いに来たのだろう。
 その分報酬は高めで、成功すれば追加報酬も発生すると言う。

 果たして、伸るか、反るか。


 ■町データ
 ・人口 少なめ
 ・面積 小さめ
 ・場所 パリから歩いて1日
 ・主な特徴
  大規模な町を行き来する商人の中継地点で、一日2回、朝と夕の一回ずつ荷馬車が行き来している。
  商人や冒険者が数多く点在しており、夜になると歓楽街は賑わいを見せる。
  いざこざも多く、その場合には官憲が場の収集を行いにやって来る。
  建築物は一般的な規模のものばかりだが、上記の理由から酒場と宿屋は普通の町より多い。
  現在、復讐鬼が入り込んだ事で、官憲が出動中。
  町の出入り口には彼らが24時間体制で見張りを行っており、町の中も常時監視が警ら(パトロール)をしている。
  町の中央から出入り口付近までには、大通り、路地の両方から移動可能。
  大通りは昼間は人が多く、夜になると殆ど人通りはなくなる。ただし、歓楽街は逆。
  路地は、基本的に昼夜問わず人通りは少ない。ただし、官憲は頻繁に見回りを行っている。

 ■官憲データ
 ・稼動人数 20名
 ・役割 警ら12名、詰め所で待機6名、出入り口での監視2名
 ・質 中の上(いざこざが多い町なので、ある程度の戦闘訓練は受けており、フットワークも軽い)
 ・復讐鬼の認識度 中(面識はなく、精度の低い似顔絵を見ている程度)

●今回の参加者

 ea2762 シャクリローゼ・ライラ(28歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea5652 ジノーヴィー・ブラックウッド(39歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb3668 テラー・アスモレス(37歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5486 スラッシュ・ザ・スレイヤー(38歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ec4154 元 馬祖(37歳・♀・ウィザード・パラ・華仙教大国)
 ec4801 リーマ・アベツ(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ラテリカ・ラートベル(ea1641)/ ジェレミー・エルツベルガー(ea7181)/ リアナ・レジーネス(eb1421)/ リーナ・メイアル(eb3667)/ オグマ・リゴネメティス(ec3793

●リプレイ本文

●説得の行方
 元馬祖(ec4154)の調査とシャクリローゼ・ライラ(ea2762)のエックスレイヴィジョンにより、早々に復讐鬼の居場所は確定できた。だが、本番はこれからだ。 
「ルートヴィヒ様、でいらっしゃいますか?」
 扉越しに届けられるシャクリローゼの呼びかけに、2mに及ぶ長さの剣が鞘から抜かれる。扉を開けたジノーヴィー・ブラックウッド(ea5652)はそれを予測しており、動揺なき眼で真摯に正面を見据えた。
「とある方の依頼により貴方を助けに参りました。どうか刃をお納め下さい」
 刺激せぬように、努めて穏やかに懇願する。それでも尚、眼前の男の獰猛な瞳は落ち着きを見せない。
「我に味方などいない。肉親も、友人も、精霊すらもな!」
 精霊――――その言葉に、シャクリローゼの顔が強張る。彼女には無視できない言葉だった。
「ルートヴィヒ様、おちついて‥‥」
「黙れ! 即刻ここから消えろ!」
 しかし、それについて問いを投げ掛ける隙間もない。
「そう言う訳には行きません。私達には貴方を救い出す使命があります」
 ジノーヴィーはそう告げ、諸手を挙げながらルートヴィヒに近付く。自分は丸腰である、敵意はない――――その意思表示だ。
「そんな言葉、信じると思うか?」
「信じてください」
 小柄なジノーヴィーより遥かに小さい体を折り曲げ、シャクリローゼが頭を下げる。その光景に、復讐鬼は微かに目を細めた。
「‥‥一つ問う。貴様らの依頼人は誰だ?」
「わたくしたちもその方が誰かはわかりません」
 迷いなきその回答に、ルートヴィヒの口元が緩む。その答えは、依頼に対し真摯な冒険者である事の証だったからだ。
「良いだろう。話を聞く」
 優先順位の頂上にあるもの。それを満たす為に、ルートヴィヒはその剣を下ろした。

 一通り説明が終わったところで、倉庫の前で待機しつつ官憲の様子を探っていたテラー・アスモレス(eb3668)とスラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)が合流する。入る前に確認した石の中の蝶には依然として反応はなかった。
「さて、それじゃ早速おっぱじめるか」
 それを目視し、スラッシュは自身の持つ油を少し手につけ、ルートヴィヒの顔に手を伸ばした。
「‥‥何の真似だ」
「ここから逃げてぇんだろ? つべこべ言うなや」
 彼の顔は官憲に知られている。脱出の為には、変装が最も安全な手段だ。既にシャクリローゼとジノーヴィーが話は通してあるとは言え、ルートヴィヒは釈然としない面持ちで目の前の手を睨みつけていた。
「ルートヴィヒ殿」
 そんな復讐鬼に、テラーが一礼する。
「拙者、テラー・アスモレスと申す。何故貴殿が復讐鬼などと呼ばれるようになったか是非お聞かせ願いたい」
「何故他人の貴様らに話す必要がある?」
「これから一緒に死線を彷徨う仲になるからだよ」
 立っている髪を寝かせながら、スラッシュが答える。
「随分と官憲が殺気立ってるでござる。捕まれば、唯では済まないでござるよ」
「そもそも、正規の依頼って訳じゃねぇから、失敗すれば俺らもヤベぇんだわ。一蓮托生ってヤツだ」
 一通り変装を終えたところで、スラッシュは手を止め、ルートヴィヒの顔を一瞥した。変装の具合を確認する意図もあったが、それだけではない。同じように、テラーも強い視線を投げ掛けていた。
「我の知った事ではない、と言いたいところだが‥‥我とてここで捕まる訳にはいかん」
「なら、せめて苗字くらい聞かせてくれや」
 それは譲歩だった。それに対し、ルートヴィヒは――――
「‥‥名は捨てた。遥か昔にな」
 そう語るのみ。
 それでも、最低限の意思の疎通は可能な状態となった。
「仲間は後二人いるでござる。夜に合流する予定だが、よろしいでござるか?」
「勝手にしろ」
 吐き捨てるようなその言葉を最後に、ルートヴィヒは再び押し黙った。

 一方、その『仲間』である元とリーマ・アベツ(ec4801)は――――
「私達は旅芸人です。恐れ入りますが、この町で一番人目につき易い場所を教えて頂けませんでしょうか?」
 町の至る所で、警ら中の官憲にそう聞いて回っていた。先立ってリーナ・メイアルも同様の行為を行ってくれているので、特別二人が浮く事は無かった。
「悪いが他を当たってくれ」
 ほぼ全ての官憲が同じ内容の言葉を告げ、足早に去って行く。
「随分と殺気立っていますね」
「それだけ、復讐鬼を野放しにはできないと言う事なのでしょう」
「だとしたら、私達は‥‥本当にこの依頼を成功に導いても良いのでしょうか」
 まるごとうさぎさんを着込んだリーマの不安に対し、元はラビットバンドの位置を正しながら答える。
「実は、知り合いに頼んで、ルートヴィヒと言う人の未来を見て貰いました」
 結果は、未来の彼の手が血で染まってはいない、との事だった。つまり、復讐は果たされない。或いは、依頼人の言葉通り、彼は救われるべき人間と言う事だ。
 それが、必ずしも依頼人の言葉を肯定するものではないのだが。
「さて、いつまでも旅芸人が真面目なお話をしていてはいけませんね」
「では、お仕事に邁進致しましょう」
 自分達が旅芸人である事。
 今はその刷り込みに徹するのみだ。

●逃亡巡礼
 翌日、昼前。
 予めオグマ・リゴネメティスから仕入れていた町の情報を確認した一行は、脱出の計画を練り、実行に移していた。
 その計画とは――――ジーザス[黒]の巡礼の一団に扮し、正面から堂々と町を出ると言う大胆な策だった。
 服装は、ジノーヴィーの予備の法衣とジェレミー・エルツベルガーや元が購入した古着でそれっぽく仕立てている。当の本人たるルートヴィヒは、スラッシュの理美容技術によって、復讐鬼の面影をほぼ完璧に消していた。元とリーマは別行動で、旅芸人に扮し官憲を引き付けると言う役目を担っている。疑いの目は少なければ少ない程良い。そして、いざと言う時の機動力として、テラーが愛馬の魁に荷馬車を引かせ、御者を勤めていた。
「その時は、私がインビジブルで姿を消して、陽動を行います」
 小さな体で、それでも強い決意でシャクリローゼが宣言する。そんなエレメンタラーフェアリーに良く似た容貌の冒険者を眺めつつ、ルートヴィヒはこれまでにない語調で口を開いた。
「‥‥何故お前らはそこまでして我を逃がそうとする?」
 それに対し――――
「あなたさまを助けたいからです」
「大いなる黒き父に賜りし試練を手助けしたいからです」
「ご婦人の真摯なお頼みとあれば」
「ま、仕事だからな」
 皆が皆、それぞれの理由を述べる。ルートヴィヒは思わず苦笑しそうになるのを必死で堪えていた。
「人それぞれ、か。それで良い筈なんだがな。宗教も、自身の在り方も」
 そして、そう呟く。果たしてそれは誰に向けられた言葉なのか――――
「話はここまでだ」
 答え無きまま、一行は町の出口をその目に捉えた。同時に、シャクリローゼが上空に舞う。
 そこには、やはり二人の監視が立っていた。明らかに不審そうな目で停止を呼びかける関係に対し、ジノーヴィーが愛想良く対応する。
「私達は黒の教団に属する者です。巡礼に赴く為の通行をお許し下さい」
 だが、警戒中の彼らがその言葉だけで通行の許可を下す筈も無い。嘗め回すように全員を目に留める。その目が、ルートヴィヒにも向けられた。一言も発しないと言う事前に照らし合わせた通り、彼は口を閉ざしている。しかし、その目は巡礼の旅をしている者とは程遠い、神を睨む者の眼だった。
「神に仕えし我らを疑うと言うのですか?」
 それを察したジノーヴィーが、語調を強める。こうする事で、ルートヴィヒの眼光は『猜疑への抗議』に摩り替わる。
 果たして、官憲の判断は――――
「人数も一致、か。良いだろう。荷馬車の確認だけはさせて貰う」
 実は、事前にテラーの知り合いであるラテリカ・ラートベルが巡礼者に扮して同じ時刻に町を発ち、彼らと接していた。
『後で発つ五人も、復讐鬼に会わずにこの町を出られると良いですが』
 その際に発したこの言葉を、官憲は覚えていたのだ。それを考慮し、荷馬車に不振な物が無い事を確認した官憲は、一行に通るよう促した。
 成功だ。
「……」
 それに溺れず、スラッシュは警戒を強める。傍に他の官憲の姿は無い。どうやら、旅芸人チームが上手くやっているようだ。
「高尚な職務を全うする貴方がたに、どうか神の祝福があらん事を」
 全員が一礼し、急ぐ事無く町を離れて行った。

 一方、商店街のある一角。
 宙に浮いて愛想を振りまくリーマと、隠身の勾玉と赤き愛の石でお手玉を披露していた元に、数多の冒険者や一般市民が惜しみない拍手を送っていた。
「上手く行ったようですね」
「どちらが?」
「無論、両方です」
 鳴り止まない喝采の中、二人はいつ町を離れるかについてこっそり打ち合わせていた。

「もう大丈夫です、ルートヴィヒ様」
 追っ手がいない事を確認し、シャクリローゼが合流する。
「これを」
 そして、逃亡の餞に、保存食を手渡した。
「‥‥世話になった」
 受け取り様にそう呟き、ルートヴィヒは冒険者達に背を向け、一度も振り返る事無く去って行った。
「ありがとうございました。これは追加分です」
 暫くその様子を眺めていた一行に声が掛かる。全員が振り向くと、そこには依頼主の女性が皮袋を手にし、立っていた。
「貴女様の素性、お聞かせ願えませぬでしょうか?」
 報酬を受け取る前に、シャクリローゼが問う。依頼主は思案顔で瞑目した。
「‥‥私は、とある方の命を受け、彼を監視している者です。今はそれ以上は言えません」
 監視――――それが果たして何を意味するのか。それは、現時点では到底わかりえない事だ。
「今回、貴方がたからお力添えを頂いた事、私は忘れません。機会があれば‥‥私の事も、彼の事もお話しましょう」
 そこまで告げ、女性は一礼した。
「では」
 復讐鬼ルートヴィヒと、彼を監視する者。
 彼らの旅は、まだ続く――――