【バレンタイン】恋の話をしよう

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月09日〜02月14日

リプレイ公開日:2009年02月17日

●オープニング

 パリ冒険者ギルドのすぐ傍にある宿屋、『ヴィオレ』。
 冬季限定『究極の鍋』シリーズが好評で、一時は傾きかけていた経営も徐々に持ち直し、非常に好調な状況だ。
 更に、2月上旬〜中旬はバレンタインの季節。
 そしてバレンタインと言えば、占いやプレゼント交換を介し、沢山のカップルが生まれる時期。
 そこで、カップルのお客様限定で特別に宿代を割引し、更なる集客を――――などと考えるのが、普通の経営者ではないだろうか。
 しかし、『ヴィオレ』の看板娘カタリーナ・メルカにはそんな発想はない。
 と言うか、落ち込んでいた。
「世間は皆浮かれてると言うのに‥‥何で私には彼氏とか旦那とか、そう言う存在がカケラも見当たらないんだろう」
 この数日前に街頭で恋愛運を占って貰ったのが、そもそも良くなかったらしい。
 結果は――――
『あーた、一生恋人は出来ないザマス。未来永劫、永遠に縁がないザマス。一人寂しく雪に埋もれて死ぬザマスー! おーっほっほっほ!』
 およそ客商売とは思えない、狂乱じみた占い師の毒舌に傷つき、現在に至る。
 無論、このような占いを全面的に信じるカタリーナではない。
 しかし、実際彼女はこの世に生を受けて十数年、そう言う浮いた話には全く縁がないまま過ごして来た。
 この宿をここまで存続させたのには、彼女の器量もかなり貢献している。つまり、顔は決して悪くはないのだ。
 性格も明るく、前向きで、この界隈では人気の高い看板娘として知られている存在だ。
 しかも、仕事柄、男性と接する機会は相当多い。
「それなのに、何故‥‥」
「不憫‥‥あまりに不憫‥‥わが娘ながら」
 部屋の奥でさめざめと泣いている両親に軽くイラっとしながら、カタリーナは今日も接客業をこなした。
 そんなある日のこと。
 いつものようにお客に料理を出し、一息吐いたカタリーナに、客の話が聞こえて来た。
「何でも、バレンタインを前に、少しでも異性にモテる為の講座が開かれるらしいぞ」
 カタリーナの耳がピクリと動く。
「胡散臭い話だな」
「4泊5日の日程で、花嫁修業や紳士修行なんてのもあるらしい。ま、そんな直ぐにモテるようになれば誰も苦労は‥‥」
「その話、詳しく聞かせて――――」
「貰おうではないですかっ!」 
 突然沸いて出たカタリーナと、その隣で息巻く女の子に、客は目を丸くして驚愕を露わにしていた。

 客の話によると。
 パリの直ぐ近くにある『キルキル』と言う村で、複数の講師を招いて『バレンタインなんて関係ないなんて言うな講座』、略して恋愛講座が行われるとの事。
 そこでは、様々な異性に好かれる為の講座・修行が行われ、5日後にはモッテモテの身体となって帰ってくる、と言う企画らしい。
 企画を行うのは『キルキル』と言う村ではなく、パリの事業家だ。
 恋に詳しい者を集め、話をして貰ったり、実際に役立つスキルを教えたりして貰う、と言うシステムのようだ。
「なるなるー。興味深いお話ですよ」
「ところで貴女‥‥どちらさま?」
 最後まで客の話に相槌を打っていた女の子に、カタリーナは白い目を向ける。
 客にも近所にも心当たりのない10代前半と思しき人間の子供だった。
「申し遅れましたのです。私、フィーネ・プラティンスの妹、カティア・プラティンスと言います。姉がいつもお世話したり巻き込まれたりしております」
「ま、まあ否定は出来ないけど」
 フィーネと言うのは、カタリーナの友人で、冒険者ギルドの従業員でもある。
 何かとカタリーナに振り回されている、不憫な女性だ。
「にしても、フィーネって妹いたんだ。付き合い結構長いのに知らなかった」
「上辺だけのお付き合いをしているからだと思うのです」
 カティアはカタリーナの胸を言語で抉った!
「‥‥貴女、お姉さんには余り似てないね」
「姉はおっとりし過ぎているので、私はしっかりするようにと頑張って生きていますのですよ」
 邪気の欠片もない笑顔でカティアは告げる。
「で、今日は何をしにきたのかなー?」
「実は‥‥このお宿で出していると言うお肌に良い鍋を食そうと思いまして。でもでも、もっと有効な手段が見つかったではないですかっ!」
 カティアの話によると――――気になる男性をバレンタインの祭に誘って告白しようと思って女を磨きたがっているらしい。
「キースリングと言う、大人の男性なのです。知的で物静かで‥‥でも、ライバルが多いので困っているのですよ」
「はあ」
 恋に恋する乙女を、現実に生きるカタリーナは白い目で見つめていた。
「と言う訳で、私ティアは恋愛講座に参加表明です! あ、私の事は親しみより畏敬を込めてティアさんって呼んでくださいね♪」
「呼び捨てじゃないのね‥‥まあ良いか。じゃ、お姉さんに宜しく、ティアちゃん」
「さん付けではないのですかー!?」
 カティアは、(> <)と言う感じの顔で何故か物凄くショックを受けていた。
「人の言う事を素直に聞き入れない‥‥さてはカタりん、モテない方の人だったのですね!」
「ぬあにー!? な、何故それをっ!? と言うかその呼び名何ー!?」
 カタリーナは初対面の人に悩みを見抜かれ、悶絶した。
「であれば、カタりんも一緒に参加ですね。恋愛講座」
「いや、私はお店が‥‥」
「それでは今すぐ申込に行きますよー! 来い恋ー!」
「わーっ、引っ張らないでー!」
 斯くして、カタリーナは普段とは逆で、自分が振り回されるのだった。


 同時刻。
 冒険者ギルドに、恋愛講座の講師を募集する依頼が出された。

●今回の参加者

 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec4491 ラムセス・ミンス(18歳・♂・ジプシー・ジャイアント・エジプト)

●リプレイ本文

 バレンタインデーを前に恋愛講座が行われる事となったキルキル村では、受講者が数名、ポツポツと村を訪れている。
 その数は、当初の予定の半分以下だそうだ。
「企画‥‥ちゃんと成立するでしょうか」
 そんな様子を、講座の会場となる酒場の入り口の前でリン・シュトラウス(eb7760)が不安げに見つめていた。
「多分大丈夫よ。それより、リンさんはどの講座を担当するの? 恋歌講座?」
 落ち着かないリンに、酒場のカウンターに肘を突き、手の甲に顎を当てた格好で腰掛けているセレスト・グラン・クリュ(eb3537)が諭すように語り掛ける。
 その隣では、ジャイアントのラムセス・ミンス(ec4491)が妖精のじんと戯れていた。
 今回講師を担うのは、この3名だ。
「ええ、それ以外にも2つ程予定しています」
「3つデスか。凄いデス。リンさんは恋愛の達人デス」
「‥‥そうだと、良かったんだけど」 
 リンは遠い目をしてラムセスの笑顔から目を背けた。
 斯くして、恋愛講座の幕が上がる――――


●1時限目「基礎講座」担当:セレスト・グラン・クリュ

 セレストがカウンターの内側に入り、一つ咳払いをする。
 期間中は貸切となっている酒場の32ある椅子の内、埋まっているのは僅かに9。
 村人と思しき10代女性が2人、外部から来たと思しき20〜30代の女性が5人参加している。
 後は、講師ではない時間は受講者としての参加を希望していたリンとラムセス。
 男性はいないようだ。
「す、すいませーん! もう始まってますかー!?」
「だから朝からお肉の買い食いなんてしちゃダメですって言ったのですよー!」
 そこにカタリーナとカティアが駆け込み、11の席が埋まった。
 それを確認し、セレストが恭しく一礼する。
「はじめまして。神聖騎士のセレスト・グラン・クリュよ。宜しく」
 その自己紹介に歓声が沸く。
 気品溢れる女性の職業は、こう言った場の空気を引き締めるには十分だった。
「こう言う講座を聞きに来る訳だから、皆出会いがないとか、中々恋愛に発展しないとか、そう言う事で悩んでいると思うのだけれど、どうかしら?」
「その通りなのですよ! 意中の人が私を恋愛対象と見てくれないのです」
 セレストの言葉に、カティアが挙手して叫ぶ。
「それには、理由がある筈よ。まずはそれを調査し、特定する事が大事。ちなみにお相手の年齢は?」
「えっと、私より10歳以上年上の方なのです」
 その発言に、会場がいい感じで盛り上がる。
「ああ‥‥それだと、中々恋愛対象とは見て貰えないかもしれないわ」
「ダメなのでしょうか?」
 カティアが不安げな目を見せる。セレストは直ぐに首を横に振った。
「相手に自分を特別な存在と思わせる事が出来れば、十分可能よ。それが出来ないと、幾ら多くの異性との出会いがあってもダメね」
「う‥‥仰る通り」
 セレストの言葉にカタリーナが脱力する。
「大事なのは第一印象。そして表情。外見で人を選ぶなんて‥‥って思わないでね。外見は、内面を映し出す大事な情報源よ」
 言葉を紡ぎながら、セレストは銅鏡を受講者全員に配っていく。
「恋愛に発展するきっかけの多くは表情よ。自分に対してその人がどのような感情を抱いているのか。それは全部表情に現れるの」
「あの、童顔って表情でカバーできますか? 私いつも実年齢より幼く見られてしまって」
 鏡とセレストを交互に見ているリンに、セレストは艶やかな笑みを向けた。
「勿論。それに、普段幼く見える近しい存在の女性が、不意に見せる普段とは違う憂いや切なげな顔はとても有効よ」
「なるなるーっ。それは有効ですよね!」
 リンは勿論、カティアもコクコク頷きながらメモを取っている。
「まずは鏡を見て、自分の顔で一番いい表情を見つけてみて。それは恋愛において立派な武器になるわ。一つだけでなく、喜怒哀楽色々表情を作って、見つけてみて」
 セレストの言葉に従い、受講者はそれぞれの鏡に向けて百面相を見せていた。
 その後、セレストは挨拶によるイニシアチブの取り方、姿勢、視線の向け方などについて熱心に語った。
 そんな中、カティアが突然挙手する。
「先生! 先生はご成婚なされておられるのですか?」
「‥‥ええ。跡継を生むための政略結婚だったけど」
 ――――途端、それまでの会場の雰囲気が一変する。
 リンやラムセスが心中で慌てふためく一方、カティアは目を輝かせていた。
「政略結婚ですかー。では先生は道具のように扱われ、不幸な結婚生活をお送りになられたのですね」
「もう少し歯に衣を着せた物言いをして欲しいデス‥‥」
 社会性皆無なその発言に、ラムセスが頭を抱える。
 しかし当のセレストは意に介す様子もなく、指に顎を乗せて口元を緩めた。
「そんな事はないわよ? 夫に気に入られるよう努力する事で女を磨けたし、可愛い娘を産めたから」
「では、幸せだったのですか?」
「ええ。それなりに幸せだった‥‥けど」
 セレストの顔は、穏和なまま変わらない。
「聞きたい? 【実録嫁姑! 修羅の家 義母と私の千日戦争】」
 だが、会場全体がその背中に『何か』を見た。
 神聖騎士とは対になる存在の『何か』を。
「それは是非聞きたいです!」
 しかし約一名見えてない者がいた!
「そう。仕方ないわね‥‥それじゃまずは、私の、出した食事に、義母が、放った、一言から‥‥」
「‥‥えっと、やっぱり聞かないでおくのです‥‥」
 だが、ポツポツと表情を変えないまま語るセレストの目の奥に何かを発見したのか、流石のカティアも自重を選択した。
「うん、賢明だわね」
 女性には、色々な戦いがある。血が流れ、骨の軋む音のする戦場よりも恐ろしい世界で生きている者もいる。
 カティアがそれを知るには、まだ早かったようだ。
「す、凄い‥‥これが酸いも甘いも酸いも甘いも噛み分けた大人の女性の講座」
 リンはセレストの講座に感銘を受けていた。


●2時限目「恋歌講座」担当:リン・シュトラウス

 セレストと入れ替わり、今度はリンが講師を務める。
 彼女は3つの講座を予定しているが、まずは本業である吟遊詩人の経験を活かし、恋の歌を伝授する講座を開いた。
「リンさーん、がんばってー」
 受講席――――酒場のテーブルから、カタリーナの声援が飛ぶ。
 リンは事前にパリの宿に赴いた際、カタリーナと顔を合わせていたのだ。
 そのカタリーナに軽く笑顔を向け、リンは吟遊詩人の顔に表情を変えた。
 セレストの言が早くも証明され、空気が引き締まる。
「君想うゆえに吾あり」
 そんな空気をなぞる様に、リンはとある詩人の言葉を紡ぐ。
「これは、『あなたと出逢って、私は私になれた』と言う意味の詩です。まだ恋を知らなかった頃は意味も理解できなかったけど‥‥初めて人を好きになって、ようやくその事を先生は理解しました」
 そして、妖精の竪琴を手に、軽く弦を揺らす。
「と言う訳で、皆さんには初恋の詩を作って貰います」 
 恋歌には、その個人の恋愛経験や哲学が出やすい。主題が初恋なら尚更だ。
 この講座には、その人の恋愛の原点の確認し、その良い所、改善すべき所を見つけ、恋愛力の向上を図る狙いがある。
「では、始めて下さい」
 リンの言葉を合図に、受講生は全員恋の詩を必死で考え始めた。
 字を書ける者は羊皮紙に、書けない者はそのまま口にして、それぞれ自身の恋愛感を表現しようとする。
 しかし、中々上手くは行かないようだ。
「できました!」
 そんな中、カティアが元気良く挙手し、リンにそれを見せる。


 愛しいあなた 年上のあなた
 私はいつも見ています
 あなたの笑顔も 思慮に耽るお顔にできる 眉間の皺も その数もわかるくらい
 
 初めての恋 憧れの思い
 私はいつも揺れてます
 あなたの言葉に 夢を語る眼差しに咲く 花の色に 心奪われるのです 


「意外とまとも!?」
 それを覗き見したカタリーナが絶叫を上げる。
 その際に彼女の手から離れた羊皮紙にはこんな詩が認められていた。


 いっしょにお鍋をつつきましょう
 いっしょにお鍋をつつきましょう
 いっしょにお鍋をつつきましょう
 いっしょにお鍋をつつきましょう


「食欲を満たそうとする執念しか伝わってこないのです」
 カティアの言にカタリーナが顔を覆う中、恋の詩作成は続く。
 実際、同フレーズの繰り返しは場合によっては有効なのだが、これでは主題がまるで伝わらない。リンは苦笑するしかなかった。
 その後、ある程度全員が頭を捻った所で、リンはお手本を見せる事にした。


 一片の雪 掌に降る
 静かに溶けて形を無くす
 美しい白 清冽の白
 穢れなきまま儚く消える 

 思い出の日々 胸を掠める
 微かに揺れて鼓動を鳴らす
 甘過ぎる時 ほろ苦い時 
 背中を向けて泣いたあの頃

 零れた雫が足元に落ちて行く
 そのひとしずくが大地を潤して
 綺麗な花を咲かせるその日が来るのを
 私は待ち続ける 雪のように白く 淡い思いで
 儚い思い出
 胸に抱いて
  
 
 切ない旋律が止み、弦の震えが止まると同時に、酒場は大きな拍手に包まれる。
「これは、初恋を雪に見立てた歌です。無垢で、淡くて‥‥そして、儚い」
 リンの奏でる歌に感激したのか、村娘の一人は涙すら流していた。
 彼女なりに、思うところがあったのだろう。
「とは言え、これは一例です。皆さんは皆さんの初恋を表現してみてください」
 その日、会場となる酒場では、受講者たちが初恋の話に花を咲かせた。 
   
 
●3時限目「恋占い講座」担当:ラムセス・ミンス

「初めまして、ラムセスデス」
 翌日の午前中、酒場のカウンターの奥にはラムセスが立っていた。
 まだ12歳と言う年齢の少年ではあるが、ジャイアントの性質上、外見にその幼さは余り出ていない。
「僕の担当は占いデス。まずは実践してみせマス。恋占いで皆さんの恋愛運を見るデス」
「はいはーい! 私を一番に見てくださいなのでーす!」
 元気良くカティアが挙手。特に異論もなく、カウンター越しにラムセスと対峙する。
「それでは、暫くじっとしていて欲しいデス」
「はーい」
 カウンターには神秘の水晶球が置かれており、ラムセスはその水晶球に手をかざして凝視し始めた。
 そして、1分後――――
「出ましたデス〜」
「わくわく」
「カティアさんは、恋愛のボォルケイドドラゴンなのデス」
「‥‥ドラ‥‥?」
 つまり、余りにも攻撃的過ぎると言う事のようだ。
「押してばかりではダメデス〜。時に引く事も重要と出ていマス」
「なるなる〜。恋は甘い駆け引きと言う先人の言葉に偽りなし、なのですね」
 カティアは満足げに席に戻った。
 次はカタリーナが占って貰う事に。
「実は私、前に占いで酷い事を言われて傷付いた事が‥‥」
「大丈夫デス。救いようがない結果の時は沈黙するデス」
 余り意味のない救済を約束した所で、ラムセスが水晶球に手をかざす。
 そして――――
「わかったデス」
「どきどき」
「カタリーナさんは、過去の罪が暗く影を落としているデス」
 突然の宣告に、カタリーナの目から黒目が消えた!
「男性との出会いはあるデスが、その影がいまだ恐怖となっているデス‥‥このまま精進を続けて汚名を雪ぐとよいと出ているデス」
「え、えっと‥‥罪って、一体」
「‥‥」
 ラムセスは沈黙を守った。
 その後、受講者は実際にラムセスから簡単な恋占いを教えて貰っていた。
 タロットを使った占いや、花占いなど、その種類は多岐に渡る。
「占いには、お国柄が出るデス。母国では星占いや動物占いが流行してマス」
「ロシアでも星占いは人気ですねー」
「占いって一言でいっても、沢山あるのね」
 リンやセレストも積極的に習っている中、カタリーナはずっと遠くを見ていた。


●4時限目「もて体質改善講座」担当:リン・シュトラウス

 予定の中にはない講座に、受講者の注目が一層集まる中、リンは小悪魔的な顔で占いの結果を引きずるカタリーナを見やった。
「この講座は、いわば実践篇です。実際に私が女性を口説いてみるので、参考にしてみてください」
 その言葉に受講者から甲高い声が上がる。
 同性を口説く――――その倒錯した世界観に、世の人々は踊る。
「あ、私は男役をやるので、誤解のないように。それではカタリーナさん、相手をお願いしますね」
「‥‥え? え?」
 話が耳に届いていなかったのか、カタリーナは事態を把握しておらず、名前を呼ばれ狼狽えていた。
 しかしリンは構わず、彼女をカウンターに引っ張っていく。
「では、用意します」
 そう呟き、リンは指輪を手に一度奥に引っ込んだ。
 そして、数分後に再び現れる。男になって。
「‥‥‥‥え?」
 場が混乱する中、リンは構わずにカタリーナに近寄り、その顔を近づける。
「綺麗な顔をしているね」
「は、はい?」
「でも、ここだとちょっと暗いな。木漏れ日の中ならもっとはっきり見えるのに。どう、これから緑道を少し歩かない?」
「えっと、それならランタンでも持って来ましょうか?」
 カタリーナは口説かれている事を理解していなかった!
「成程。これは苦労しそうだ」
 頭を抱えつつ、リンはカタリーナを口説き続ける。
 そして、1時間後――――
「大体ね、大手は皆ヒキョーなの! ふかふかのベッドを大量発注して独占して、私達には全然回ってこなくて‥‥」
「そ、そうだね。その通りだ」
 いつの間にかカウンターに座ってカタリーナの愚痴を延々と聞く講座になっていた。
「マダム! もう一杯!」
「もうおよしになったら?」
 そして何故かカウンターの奥でセレストがワインを出している。
「こんなの飲まずに話せないの! そもそも、パリには宿多すぎ! 私が思うに‥‥」
 と、そこでリンの身体をピンク色の煙が包んだ。
 そして、男装をした女性のリンがその場に現れる。
「‥‥」
 全員の視線がリンに注がれる。
「‥‥今のは、悪い例です」
「悪い例が長過ぎなのです!?」
 カティアが叫ぶ中、リンは何事もなかったかのように次の標的を選んでいた。
 結局その後、次の相手は見事口説くことに成功。威厳を回復させていた。


●放課後

 一通り講義を終え、冒険者達はこっそりキルキル村を去る為の準備を始めていた。
 ちなみに、リンはもう一つ『お料理講座』の用意をしていたが、食材に用意していたフグが規定に引っかかり、カットの方向で話が進んだ。
 だが、残念がっている余裕はない。
「リン様〜! どこにいるのですか〜!」
 村娘の一人が大声でリンを呼んでいる。
『もて体質改善講座』で口説いた女性が本気になったらしい。
 リンは必死で自分は女性だから無理、と訴えたが――――
「この際性別など問題ではないです〜! この初恋の責任を取ってください〜!」
「だそうデス」
「責任、とってあげたら?」
 ラムセスとセレストの苦笑に、リンは頭を振る。
「こんな筈じゃなかったのに‥‥」
 結局、恋愛講座はリンが不毛なもて体質になると言う結果で幕を閉じた。