仄かな集日 〜シフール施療院〜
|
■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:02月14日〜02月19日
リプレイ公開日:2009年02月22日
|
●オープニング
パリから80kmほど離れた森に、『ルシエル』と言うエルフの集落がある。
その場所でひっそりと暮らしているリーナ・セバスチャンの元には、およそ一月に一度、兄ルディ・セバスチャンから手紙が届いていた。
シフールであるリーナではあるが、この集落での生活は決して辛くはない。
と言うのも、彼女は生来からの体の弱さもあり、シフールでありながら空を飛ぶ事が出来ないのだ。
差別に晒された事もある。
辛い日々を過ごし、その中で幾度となく絶望した。
しかし、そんな彼女をいつも勇気付けてきたのが、ルディだ。
そして今、彼はリーナの為、シフール専門の施療院を作ろうとしている。
『リーナ、元気にしてる?
僕は元気だから、心配しないで。
実は先日、施療院の医者をしてくれるシフールの方を紹介して貰えたんだ。
後は、場所を探して、建物を建てて、設備を整えるだけ。
春頃には、もっと進展してると思う。
施療院が出来たら、合わせたい子もいるんだ。
だから、その時には迎えに行くね。
寒い日が続くけど、今年の冬を乗り切れば、必ずいい事があるから、今はお互い頑張ろう
兄より』
「‥‥」
手紙を読み終えたリーナは、その字面からルディの現状を理解した。
兄は今、頑張っている。
その頑張りが一つ報われた事に、強い充実感を覚えている。
自分への想いと、彼自身の成長。
その両方を、リーナはとても嬉しく思った。
「春になれば‥‥」
そう呟き、窓から見える空を眺める。
今はまだ何処までも遠いその場所に近付ける日を夢見て。
雪の舞う灰色の空を、何時までも――――
「‥‥くしゅん!」
パリの宿『ヴィオレ』の二階に、小さなくしゃみの声が響く。
鼻をすすりながら、ルディは間借りしている部屋で一人黙々と薬草の整理をしていた。
現在、彼が計画しているシフール施療院の建設は、シフール飛脚及び通訳との提携、そして医師の決定まで進んでいる。
この上なく順調と言えるだろう。
――――シフール飛脚との協定は、思いの外好条件で締約された。
施療院建設の為の費用として、まず飛脚ギルド単独で建設費用の三割を負担して貰える事となった。
それ以降も、維持費として一定の額を支給してくれると言う。
また、入院患者と家族の手紙のやり取りに関しては、基本無料で届けてくれるとの事だ。
ただし、他の郵便物がある場合のみで、それがない場合は翌日に回すと言う条件がついている。
一方、こちらが行う見返りとしては、まず飛脚の公告と宣伝。
その内容に関しては、こちらに一任してくれるようだ。
次に、飛脚に対してのサービス。
医療費は元々無料なので、薬草を三割引で販売する、定期的にギルド員の健康診断を行う、と言った条約が組み込まれた。
その為、薬草はかなり必要だ。
もし足りなければ、これまで協力してくれている薬草師の実家から取り寄せる事も検討中だ。
また、飛脚の副業や教育実習の場としても活用して貰い、飛脚の人員が不足している場合は募集の広告も協力して展示する事になっている。
そして、今回の協定にはこの宿屋『ヴィオレ』も全面協力している。
シフールの団体客用の部屋を一室設け、そこであれば格安で泊まれるようにしたのだ。
これによって、飛脚ギルドはパリに団体旅行に出かけるなどの際、出費を抑えられる。
以上が主な契約の内容だ。
尚、シフール通訳についても、飛脚ほどの出資額はないが、ほぼ同様の内容で協定が結ばれた。
総合すると、建築費用の四割は捻出可能な状態になっている。
更に、現在ルディの手元には、68Gの金銭がある。
冒険者の寄付と、自身が稼いだお金の合計だ。
勿論、この額ではまだ施療院は作れないだろう。
土地を借りるか買うかして、そこに施療院を建て、更に現在シフール専用の医療道具を依頼している鍛冶屋から道具を買い、医師や看護士に対して人件費を支払う必要がある。
最初に融資されるのは、初期費用の四割と言う事なので、人件費は含まれないが、医療施設に関しては含めても良いそうだ。
それらの総額を全て計算し、その記録をギルドに提出する事が、今のルディのやるべき事だ。
また、それに並行して建設場所も考えなくてはならない。
ギルドからの要望は、『パリから半径100km以内』『出来るだけ患者が多く訪れる場所』と言う事で、然程縛りは多くない。
とは言え、施療院と言う建築物は、その性質上必ずしも周りから歓迎されるとは限らないので、出来れば摩擦の起こらない場所が望ましい。
「人が沢山集まって、でもトラブルが起きにくい場所‥‥」
ルディの頭から煙が立ち上っていた。
「しっふしふ〜♪」
そこに、ワンダ・ミドガルズオルムが現れる。
シフール飛脚でルディの知人である彼女は、この度飛脚ギルドとルディが交渉を行う際の窓口としての役目も担う事になった。
今後は、ワンダが飛脚ギルドの施療院担当と言う事になる。
「はい、お手紙届いてるよ。二通」
ワンダから二通の手紙を受け取ったルディは、差出人を確認する。
一つは、シフール施療院の医師を引き受けてくれたヘンゼル・アインシュタインから。
もう一つは、医療道具を依頼している鍛治師のミケ・ウェンデルからだ。
内容は――――
「わっ、どうしよう!」
「どうしたの?」
「ヘンゼルさんとミケがここに来るんだって。しかも同じ日に」
偶然にも、ヘンゼルとミケがほぼ同じ期間にパリを訪れるらしい。
ヘンゼルは顔見せとパリの様子を見に、ミケは医療道具がある程度完成したので、それを見せに来るとの事だ。
ヘンゼルの下で暮らしている、不治の病を患っているシフールのリタも同行するようだ。
「それなら、今後お世話になる人を皆集めて懇談会でも開こうよ。私も改めて挨拶したいしさ」
「そだね。そうしよっか。色々お話も聞きたいし」
と言う訳で、ルディは冒険者ギルドに集合の呼びかけと懇談会準備の依頼を出す事にした。
懇談会について話し合う二人のシフールの後ろには、植木鉢と小さな輝石が置かれている。
今はただ静かに。
来るべきその時を待っている――――
Chapitre 4. 〜仄かな集日〜
●リプレイ本文
二月十六日。
調査によって忙殺されたバレンタインデーから二日後、パリの入り口付近に二人の人影が見えた。
「お待ちしておりました」
それを、ラテリカ・ラートベル(ea1641)、ジャン・シュヴァリエ(eb8302)、エルディン・アトワイト(ec0290)、アマーリア・フォン・ヴルツ(ec4275)、そしてルディの五人が出迎える。
来訪者の一人は、シフール施療院の医師ヘンゼル・アインシュタイン。
もう一人は、そのヘンゼルと共に暮らしている子供のシフール、リタ。恥ずかしそうにヘンゼルの後ろに隠れていた。
「ようこそ、パリへ。承諾誠に有り難く」
「こちらこそ、この出会いに感謝を。大変なのはこれからだけどね」
エルディンの礼儀正しい一礼に、ヘンゼルは少し照れ臭そうにしていた。
それを穏やかに眺めていたエルディンは、その足元にしがみ付いているシフールと、顔が並ぶまで膝を折る。
「はじめまして」
「‥‥」
リタが戸惑いの表情を浮かべる中、エルディンは自身の耳をぴくぴくっ、と動かして見せた。
「!」
一瞬身を竦ませたリタが、更に距離を置く。
「あれ、失敗でしたか‥‥」
「いや。成功だよ」
ヘンゼルのその言葉を肯定するように――――リタは距離を置きつつも、エルディンの耳を凝視していた。
興味を持たせる事はできたようだ。
その傍ら、ラテリカがヘンゼルと視線を合わせる。
「あの、リタちゃんは妖精はだいじょぶでしょか?」
「多分問題ないと思うけど‥‥つれて来てる?」
ラテリカはコクリ、と頷く。
「それなら合わせてみてくれないかな? 寧ろ僕が反応を見たい」
ヘンゼルもその出会いに興味があるのか、どこか楽しげに呟く。
ラテリカはやや困惑しつつも、懐に隠れさせていた妖精のクロシュを外に解き放った。
クロシュは空に弧を描き、きょろきょろ辺りを見回す。
そして、自分と同じくらいの大きさのリタに興味を抱いたらしく、パタパタと近付いて行った。
「‥‥」
リタは一歩後退りつつも、逃げる事なく、周りを飛び回るクロシュをじっと眺めている。
「やっぱり、サイズや身形が近い方が馴染み易いのかな」
「私の耳も、耳と言うより羽を眺めるような感覚だったのかもしれませんね」
エルディンの言葉に、ルディとジャンが思わず噴出す。エルディンの顔に羽が生えている姿を想像したらしい。
「え、えっと‥‥それじゃ、そろそろ行きましょっか。冒険者酒場とか、色々と見て回って貰いたいですし」
「そうだな。リタ、行くよ」
ヘンゼルの言葉の後も、リタはクロシュとエルディンを交互にじっと見つめていた。
二月十七日。
この日は、シフール鍛冶師のミケがパリに到着する予定だ。
そして、同時に歓迎パーティーの日でもある。
ラテリカとアマーリアはお菓子作りを、ジャンはその手伝いを、エルディンとレリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)はヘンゼル達の話し相手を、それぞれ担当。
そんな中、リディエール・アンティロープ(eb5977)とその妖精メロウ、そしてルディがミケをつれてヴィオレの扉を開いた。
「はじめましてとこんにちはだおー」
「はじめましてウェンデル様。わたくし、レリアンナ・エトリゾーレと申しますわ」
まず、レリアンナが昨日リタが宿を訪問した時と同じように、シフール共通語で挨拶する。
「これは、ご丁寧にだお。よろしくおー」
リタは人見知りしていたが、ミケは嬉しそうに笑顔で応えていた。
「リディエールさんも、荷物持ってくれてありがとうだお」
「いえ、このくらいは。部屋までお運びしますよ」
「ますよ♪」
「助かるおー」
シフールの荷物としては大き目の鞄を持ったリディエールは、メロウ、ミケと共にカタリーナの案内で二階へと向かった。
「さて、これで準備は整ったかな」
その様子を眺めながら、ルディが宿の一角で羽を休める。
「クロシュ! つまみ食いしたらめっ、ですよー!」
「ですよ〜?」
お菓子作りの方も順調(?)のようだ。
そしてルディの傍では、ジャンが厨房の様子を楽しげに眺めている。
「楽しみだよね。バレンタインパーティー」
「僕どう言う事やるのか聞かされてないから、微妙に不安もあるんだけど」
「ん、ふっふっ〜」
企画担当のジャンは含み笑いでルディに応えていた。
その夜。
「では、ここにお集まり頂いた皆様に感謝と敬意の念を込めまして、ささやかながら歓迎パーティーを開かせて頂きます」
最年長者エルディンの音頭で、パーティーの舞台となる宿屋ヴィオレの食堂が歓声に包まれる。
冒険者六名とルディ、ワンダ、この日合流した宿屋の看板娘改めただの丁稚カタリーナ、そして客人の三名の計十二名が、それぞれの席で隣の席の者と乾杯を交わした。
テーブルには、ラテリカが家で作ったフルーツとナッツ入りのケーキ、メレンゲケーキ、アマーリアが作ったアップルパイ、レモンタルトなどが風味豊かに並べられている。
二人はまだヴィオレの厨房で作業中だ。
この他、冒険者達が各自で持ち寄ったお菓子でテーブルは賑わっており、煌びやかな景色にミケとワンダが目を爛々とさせながら飛び回っていた。
「‥‥」
その様子を、リタが恥ずかしそうにヘンゼルの傍でじっと眺めている。
それを察したリディエールとラテリカは、それぞれの妖精に彼女の元に向かうよう命じた。
リタは口元に手を当てつつ、ヘンゼルと妖精達を交互に見やった。
「ご馳走になっておいで」
その言葉にリタは二度頷き、羽根を開く。
シフール達は小さく切り分けられたケーキやお菓子を囲み、仲良く懇談を始めた。
その様子を、ヘンゼルは感慨深げに眺めている。
「先生は、こちらはいける口ですか?」
その身体が、エルディンと酒瓶の影で染まった。
「当然。医師はアルコールが苦手だと勤まらないんだよね」
「それはよかった。では、大人はこっちで」
ヘンゼルが機嫌よさ気にエルディンの後を追うその真横では、ジャンがレリアンナの用意したチーズを頬張りながらくじを作っていた。
「シュヴァリエ様、それは一体‥‥?」
そこにボーダーコリーのレイモンドを連れたレリアンナが顔を出す。
「折角のバレンタインパーティーですからねー。こう言う催しもあった方がいいかなと」
そのくじは、バレンタインデーでよく行われる相性診断のくじだった。
予め購入しておいたキャンディーを半々に割って、その欠片をカップの中に入れ、混ぜる。
そしてそれを一人一個取り、ピッタリと欠片同士が嵌る相手がこの一年最良のパートナーとなる、というものだ。
「面白そうですね。私も手伝いましょうか?」
リディエールもその中に加わる。
その背後では、ふりふりエプロン着用のアマーリアと、うさぎのミトンで手を覆ったラテリカが最後のお菓子を持って来て、シフール達の歓声があがっていた。
「尤も、パートナーが女性だと少々困ってしまいますが」
「と言う事は、もうお相手がいると言う事ですね?」
「あら、興味深いお話‥‥こほん、いえ、何でもございませんわ」
苦笑するリディエールに、ジャンとレリアンナは含み笑いを浮かべながら、作業は続く。
そして、バレンタインならではの催しとなるキャンディーくじが行われる事となった。
くじを引くのは十二名。
果たして結果は――――
「あ、あら。わたくし、アトワイト様となのですわね」
「どうかなされましたか? レリアンナ殿」
と言う組み合わせをはじめ、ラテリカとアマーリア、リディエールとワンダ、ジャンとカタリーナ、ルディとリタ、ヘンゼルとミケと言う結果になった。
「あ、僕はカタリーナさんですか」
「ふふっ」
「‥‥?」
カタリーナは微妙にわざとらしい笑顔を見せていた。
「今年も一年、宜しくお願い致します」
「こちらこそ、またよろしくですよー」
菓子作り担当二人が丁寧にお辞儀しあうその上で、ルディがリタに微笑みかけている。
「今年はシフール飛脚と縁が深くなるのかもしれませんね」
「手紙どんどん送ってねー」
更に、リディエールとワンダが談笑するその傍らで、酒の入ったヘンゼルがミケに絡んでいた。
「大体な、シフールは迫害され過ぎなんだ。保存食一つとっても、量と値段が‥‥」
「先生、酒くさいおー」
こうして、甘く、賑やかな時は過ぎ――――
二月十八日。
男性陣がヴィオレのバレンタインデー限定サービス品のカタリーナお手製マフラーを手にしている中、懇談会と称された今後の為の話し合いが行われた。
主な目的は、今後の具体的な方向性と目標の制定だ。
この為に、冒険者達は最初の三日間を使い、調査に勤しんでいたのだ。
とは言え、十四日はバレンタイン祭で調査するのが難しかったので、この日は買い物に当て、実質二日の調査となった。
まず話題に上ったのは、施療院の建設候補地。
どの場所に施療院を立てるかと言うのは、短期、長期双方の視点からも非常に重要だ。
シフールと言う種族の性質上、その区域に密着した施設と言う事にはなり難い。
それを踏まえた上で、冒険者達はそれぞれの思惑に従い、候補地を訪れ、実際に立てられるかどうかの周辺調査を行ったのだ。
その結果――――
「パリ市内の建設だと、手続には時間が掛かりそうですね」
アマーリア、エルディンの調査によると、通常の施療院を建設する場合と、シフール専門の施療院を建設する場合とでは、やや手続に違いが出てくるらしい。
同じ施療院であっても、前例のないシフール専門と言う形態から、確認項目や作業が増えると言うのだ。
シフールが独立して何か組織めいたものを作るのではないか、と言う疑いの目も掛けられる恐れがある。
時勢的にも、市内での建設はかなりの手間隙を擁する事が予想される。
その一方で、環境や治安の安定、教会の数など、メリットとなる部分も大きい。
「教会に関しては、肯定的な見方をしてくれるところが殆どでしたよ。寄付を募るまで行けるかどうかはわかりませんが」
医師探しの際には消極的だった教会も、実際に医師が見つかった事で、懐疑的な見方を止めたようだ。
エルディンが足を運んだ地域の教会は、全て協力を約束してくれた。
医療と教会は非常に密接な関係があり、教会の関与しない医療施設自体、そうは存在しないだろう。
その為、これは大きな前進といえる。
「あと、自警団とか騎士団の皆さんとも仲良くしたほが良い思ったですよ」
と言う訳で、ラテリカは各団体と医療機関及び教会との距離に関して調べていた。
候補地として挙がっているパリ市内には、基本的には自警団の影響、足が届く範囲内のようだ。
つまり、パリ市内や近郊であれば、一定以上の治安は確保される。
それに加えて、ラテリカは引退した医師達に対してもお礼がてら声を掛けていた。
皆医師が見つかった事を祝福し、人事の問題の際には顔利きが出来る範囲での協力は惜しまないと言ってくれた。
「私からは薬草園について。併設ではない方が良いかもしれません」
リディエールは治安などの調査をしていく中で、薬草荒らしの存在を知った。
軽量で、尚且つ盗みやすい薬草は、パリ市内や近郊に園があると狙われやすいようだ。
「シフール飛脚の方も、薬草園は別途構えた方が良い、と仰られておりましたわ」
レリアンナの言に、リディエールも頷いていた。
「では、候補地をまとめますね」
ジャンは、自身が訪れたリヴァーレを含め、取り敢えず拒否はされなかった候補地を書き連ねていく。
パリに関しては、市内、近郊共に、国有など一部以外の地域で完全拒否される事はなかった。
「セバスチャン様も知った街がありますかしら?」
「ああ、前に僕が住んでいた場所は‥‥」
「私が行って来ました。ただ、あの街は富豪が多いので施療院には向いてないようです」
私有地の境界が曖昧なケースがあるし、無料の医療施設は白い目で見られかねないのだ。
「ルディの故郷には僕が言ってきたけど、無理みたいだった。基本、エルフの集落だから仕方ないよね」
「うん‥‥妹は元気にしてた?」
ルディの言葉に、ジャンは力強く頷く。
「そっか。ありがと」
ルディは小さく笑った。
強い決意は、会えない人を二人作った。
それもまた、目標への力に変わると信じて。
「と、大体我々の調査ではこのような結果でしたが‥‥」
エルディンが視線をヘンゼルに向ける。
沈黙を守っていたヘンゼルは、難しい顔で小さい身体を浮かせた。
「場所に関しては、理想の追求は難しいね。治安は流動的だし‥‥」
そして、テーブルに並べられた羊皮紙に目を向ける。
レリアンナが情報をまとめていたものだ。
「医師の分布はパリに集中‥‥相互扶助を考えるならパリに近い方がいい、かな。でもデメリットも多い」
「パリから離れると、広告効果が薄れると言う点が問題になってきますね」
アマーリアの言葉に、ヘンゼルは肯定の溜息を漏らした。
「わかった。場所に関しては一旦僕がこの情報を元に全部見回ってから決めよう。僕も実際に見てみないとね」
ヘンゼルの言葉に、冒険者達は一様に頷いた。
「あと、予算に関しては、土地や建物の形態、施設や道具にも拠るから保留。道具は‥‥」
「一応完成した物を持ってきたお」
待ってましたと、ミケは持参した試作品を取り出す。
非常に細かな小刀や細い管などが何本も並べられた。
「こんな感じで大丈夫お?」
「ああ。この出来なら、救える命も増えるだろう」
「よかったおー。皆も、シフールの知り合いの人がいたら分けてあげてお」
各自道具を仕舞う中、アマーリアがルディに声を掛ける。
「ルディ様、宜しければ会計の技術をカタリーナ様から御教授頂いては如何でしょう。費用の計算の際に役立つと思います」
「あ、そうだね。習ってみるよ」
アマーリアが微笑む中、全員が席に戻り、その中心にヘンゼルが着地した。
リタ、ミケ、そして妖精達は、お昼にラテリカのファンタズムや歌で遊び倒した為、疲れて部屋で眠っている。
ワンダは仕事。
その為、ここにいるのは、施療院に関わる中心人物のみだ。
「皆に聞いて欲しい。僕なりの決意表明だ」
それを改めて確認し、ヘンゼルは口を開いた。
「医師の役目は、少しでも多くの命を救う事。そして、施療院の役目は、少しでも多くの悲しみを背負う事だ」
全員の目を確認し、ヘンゼルは続ける。
「全ての命は救えない。ならば、消える命を少しでも意味のあるものに、惜しまれるものにしたい。悲しみを増やしたい」
そして、その双眸に意思を据え、自身の胸を叩いた。
「負担は大きい。でも、医師としての本分を得た。そして、リタの『生きる』場所を貰った。その恩に全力を持って報いよう。宜しく頼む」
ヘンゼルの言葉は、施療院建設への大きな前進を意味した。
来るべきその時。
それは、確実に近付いている。
――――二つの足音と共に。