セナールの森 〜冒険者ララの試練〜
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 72 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:02月25日〜03月04日
リプレイ公開日:2009年03月04日
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●オープニング
ララ・ティファートは、裕福な家庭で育った少女だ。
その為、庶民の暮らしとはかけ離れた、何不自由ない暮らしをしていた。
とは言え、それはそれで何かしら問題は生じるもので。
彼女は生来の思い込みが激しい性格もあって、幾度となくトラブルを起こしてきた。
幾度となく家を飛び出した。
暗殺者に憧れた時期もあった。
そんな彼女が、最終的に選んだ道は――――
冒険者だった。
−冒険者ララの試練−
「‥‥ダメじゃ! ワシは認めておらんぞ!」
「何故ですかっ」
しかし、それを決意して半年が過ぎた今も尚、ララは家に留まっている。
既に両親が諦めの境地に達している中、彼女の祖父にあたるフーゴ・ティファートだけは、彼女の旅立ちを堰き止めていた。
「良いかララよ。冒険者と言うのはそんな簡単なものじゃないのじゃ。わかるな?」
「わかります」
「時に命を賭してでも果たさなければならない依頼もある。己の信念を曲げてでも優先すべき事が増える。その辛さ、苦しさがお前にわかるか?」
「わかりません」
ララは馬鹿が付くほどに正直だった。
そしてフーゴは、それが何よりも怖かった。
「‥‥そこで嘘でも『わかる』と言えないお前に、冒険者は務まらん。諦めるのじゃ」
「お祖父様。私は‥‥」
「きしゃーーーーっ!」
「はうっ」
歯茎剥き出しの威嚇に、ララは祖父の部屋から逃げていく。
この半年間、ララとフーゴはほぼ同じような問答を週に2回ほどのペースで繰り返していたりする。
が、結末はいつも同じだった。
何故なら――――
「目的がまーったく見えんでの」
その翌日。
自身の元を訪れた若い騎士に、フーゴは嘆息交じりにそう呟いた。
ララは、冒険者になりたかった。
しかしそれ以上の目的がない。
なりたい、なりたいと言ってはいるが、実際に何を目指し、何を為すのか、と言う意思を全く見せないのだ。
「それは珍しいですね。余り無目的で目指すものではないと思いますが」
「あの娘だけは、どうにもわからん。我が孫ながら」
「だから、可愛くて仕方がない。ですか」
騎士の言葉に、フーゴは眉間に皺を寄せ、ついと目を逸らした。
「目的なきまま戦場に放り出されれば、死は必定。それほど甘い職業ではないですからね」
「せめて何がしたいかくらいわかれば、諦めさせる方法も思いつくと言うものじゃが」
フーゴの2度目の嘆息に、騎士――――エリク・フルトヴェングラーは苦笑を禁じえなかった。
一方、ララは自室の窓から空を見ていた。
そこに映し出されているのは、その場にはいない1人のシフール。
彼女の数少ない、或いは唯一と言って良い友達だ。
そんな彼は今、シフール専門の施療院を作ろうとしている。
目的をしっかりと見つけ、彼は数ヶ月前にララの元を旅立った。
ララは、ずっとそんなシフールの影を追いかけていた。
自分も直ぐに――――そう言う思いで、この半年間を過ごしてきた。
だが、見つからない。
目的を見つける為に外に出ようとしても、それを祖父が許さない。
元冒険者の祖父の助言に逆らうほど、ララは愚かではなかった。
何より――――彼女は祖父が大好きなのだ。
だからこそ、認めて貰い、すっきりした形で旅立ちたいと言う思いもあった。
冒険者になりたい。そして、胸を張って友人と再会したい。
でも、目的が見つからない。
どうすれば――――
「お邪魔してもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
ララの答えから2秒後、扉が開く。
「フーゴ様からお話をお聞きして、何か力になれればと思いまして」
扉を開けたのはエリクだった。
親しいと言うほどではないが、祖父の知人としてララも幾度か顔を合わせていた。
「冒険者になりたい、と言う事ですが‥‥何故そう思ったのですか?」
「素晴らしい職業だからです」
その回答に、エリクの眉が動く。
「しかし、貴女がそうなれるとは限らない。自己を高めたいのなら他にも方法はある筈。何故半年間も拘り続けているのです?」
ララは、躊躇も淀みもなく口を開く。
「そう決めたからです」
初志貫徹――――それがララの答えだった。
「‥‥」
エリクは思案顔で頬を掻く。
彼がここを訪れたのは、冒険者になると言うララの希望を諦めさせる為だった。
実際、数秒前まではその思考に疑いはなかった。
だが――――およそ冒険者には向いていないと思われた女の子は、困った事に冒険者として最高の資質も持っていた。
『諦めない事。それは何よりも大事なのじゃ』
エリクは昔フーゴに教えられた言葉を心中で反芻した。
そして、苦笑する。
エリクは少しだけ、自分の慧眼を試したくなった。
「ララさん。貴女が好きな事を一つ、思い浮かべてください」
「わかりました」
質問の意図を問う事なく、ララは答える。
「本です。物語が書かれた」
彼女はいつも、この部屋で本を読んでいた。
自由に外へ出て遊ぶ事を禁じられていた幼少期から、ずっと。
「そうですか。では、フィールドワーカーを目指してみては如何でしょうか?」
「フィールドワーカー?」
「未踏の地、或いはまだ調査が行き届いていない場所を調べて、それを記録していく人の事です」
それは、ある意味冒険者の性質に最も近いものだった。
「自分が調べたものを著書にも出来ますし、物語として書く事もできる。レンジャーとバードの中間、とでも言ったところでしょうか」
「‥‥」
ララは数秒沈黙し、突如目を輝かせた。
「私の目標がたった今決まりました」
「そ、そうですか。よかったですね」
その光景に、エリクは少し助勢を後悔した。
そして翌日――――フーゴの部屋。
「私はフィールドワーカーを目指します」
「‥‥」
フーゴは、自身の隣に立っているエリクを半眼で睨みつつ、一つ息を吐く。
正面にいるララの顔は、これまでになく活気に満ちていた。
とは言え、表面上は殆ど変化はないのだが。
「と言う訳でお祖父様、冒険の許可を下さい」
「ダメじゃ」
「何故ですかっ」
「目的ができたからもう大丈夫、と言う訳に良くかいっ! 余計具体的なお前の死に場所が目に浮かんできたわっ!」
いきり立つフーゴの背中を、エリクは苦笑交じりにさする。
「まあまあ。フーゴ様、そう頭ごなしに否定しなくとも」
「エリク‥‥恨むぞ」
「そ、そうです! ここは一つ試験などやってみてはどうでしょうか」
フーゴの鬼のような形相に怯みつつ、エリクは指を一本立てて提案を口にした。
それは、パリからは南に20km、この地からは北に20kmほど歩いた先にある『セナールの森』の調査を行ってくると言う試験だ。
「セナールの森であれば、モンスターもいないと言われていますし、安全面では問題ないでしょう。ここをしっかり調査できたら合格、という事で。調査の性質上1人では難しいので、冒険者を8人まで雇って良い事にしましょう」
「わかりました。では行って来ます」
「む、お、ちょっ」
フーゴが何か言う前に、ララはたーっと行ってしまった。
「‥‥」
残された若い騎士に、幽鬼のような視線が向けられる。
「大丈夫ですよ。彼女ならきっと立派な冒険者になれます」
「何が‥‥大丈夫じゃこの恩知らずがああああっ!」
広い屋敷の中に、しわがれた声が響き渡る。
ララはそれを背中で受け止めた。
冒険の始まりを告げる鐘の音とはいかないが――――
それもまた、彼女らしかった。
Region 1. 〜セナールの森〜
●リプレイ本文
エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)は悩んでいた。
今回の依頼主であるララ・ティファートとは一度依頼内で会っているのだが、その際にちょっとした事情で彼女はその際に『悪い魔女』を演じたままララと接する事になったのだ。
よって、ララにとってはエラテリス=悪の魔女と言う事になる。
これはまずい。
「ララさん、お久し振りです。お元気でしたか?」
「またお会い出来て嬉しですよー♪」
ルースアン・テイルストン(ec4179)とラテリカ・ラートベル(ea1641)がララとの再会を喜び合っている中、エラテリスは当時以上の演技力で、にっこりと微笑んでみせた。
「えええっと、ティファートさんボクを覚えてるかな?」
多少、どもったり額に汗をかいていたりするのはご愛嬌。
もしララが覚えていた場合は、あれから改心して冒険者となった、と伝える予定だ。既に他の冒険者と口裏を合わせているので問題はないだろう。
もし忘れていたら‥‥もっと問題はないのだが、若干の空しさが彼女を襲うだろう。
果たして――――
「はい。邪教集団の幹部で、黎明の魔女と仰る方です」
細部まで覚えていた!
「あ、あはは。でも今は冒険者なんだ☆」
「そうでしたか。それはとても良い事です。宜しくお願い致します」
ララはあっさりと信じた。
「ま、素直なのは良い事だよね」
「ララ様、お荷物はわたくしの馬の背にどうぞ」
そんなララを、ジャン・シュヴァリエ(eb8302)とミシェル・サラン(ec2332)は何処か楽しげに見つめていた。
フィールドワーク。
それは、冒険者にとっては縁遠く、同時にとても近しい存在でもある。
未知の区域に足を運び、その場所を調査すると言う行為自体は珍しくもない。
だが、フィールドワークそのものを目的としている冒険者は極めて少ない。
「思った以上に広い森ね。羊皮紙が足りないかもしれないわ」
セナールの森上空を飛ぶシフールのミシェルは、その珍しい経験に胸を躍らせながら、地理の把握に努めていた。
7日と言う期間を最大限活用する為、森に着いたその日から調査を始める事にしたのだ。
ただし、まだ長距離移動に慣れていないララは休憩。
その間に、ミシェルが上空から、ラテリカとルースアンが地上から地図を作成していた。
『ミシェルさん、ここおっきな切り株あるですよー』
上から見下ろす形での地図をミシェルが作り、そのミシェルに見えない部分をラテリカがテレパシーで伝え、特徴的な部分はルースアンが書き記すと言う連携方式で記録していく。
目印になるポイントをまず幾つか記し、そこを拠点に山や川などの位置関係を記載。
取り敢えず明日以降の調査に必要となる簡略図を作成し、今後の調査によって記載物を増やしていく予定だ。
地上の2人は森林に土地感を持つ事もあり、かなり円滑に記録は進んだ。
「アイリーン、ここの木にお話を聞いて」
「きいてー♪」
所々の木にルースアンの妖精アイリーンがグリーンワードを用い、目印となりそうな場所を聞いていた。
中々に広大な森ではあるが、陸空両方からの地理調査はかなり円滑に進んでいた。
一方、ジャンとエラテリスは川を見つけ、そこで魚を獲っていた。
水質調査の為にまず川の水を上流、中流、下流とそれぞれお鍋に入れ、臭いや色を比較する。
次に、それらの箇所で生息している生物を見つけ、それをチェックすると言う流れだ。
つまり、魚を獲るのも立派な水質調査の一環なのだ。
「一杯網に掛かったよ☆ 餌が良かったみたいだね☆」
「これは‥‥ハヤかな? 冬は川魚が美味しい季節だから、皆喜ぶよきっと♪」
「とっても楽しみだよ‥‥はっ! えっと、これはあくまでも水質調査だから獲り過ぎは禁物かな?!」
「大丈夫じゃないかな。生態系を壊さない程度なら」
「そうだよね。それじゃ確保☆」
斯くして、初日の食材はかなり潤沢となった。
そして、その日の夜。
「凄く美味しいよ☆」
獲れた魚は素揚げ煮としてラテリカの手で料理され、皆に振舞われていた。
エラテリスをはじめ、全員がそれをホクホク顔で頬張っている。
料理の時間はあっと言う間に終わり、言いようのない満足感が薪の周りに漂った。
「凄く美味しかったです。どうやって作ったらこのように美味しくなるのでしょうか」
「えとですね、タイムで生臭いのを消して‥‥」
ラテリカが森にあった草を利用して作った素揚げ煮をララに解説している最中、ルースアンが薪用に購入していた木材をジャンとエラテリスが適当な大きさに切り分けている。
野宿において、火は決して絶やしてはならない大事なもの。ララもラテリカの話を聞きつつ、薪を取り分けを手伝った。
「ララさんは、お料理なさらないのでしょか?」
「した事がありません。でも、出来れば覚えたいと思っています。宜しければ少し教えを請いたいのですが」
「ラテリカで宜しければ。何でも仰ってくださいですよー」
「それはご丁寧に、ありがとうございます」
ラテリカはニコニコしながらララと手を握り合っていた。
「ララ様は、どのような冒険者を目指すのかしら?」
そんな二人の手の上を、ミシェルが舞う。
「それは興味深いですね。あれから、具体的な目標はお決まりになったでしょうか?」
ルースアンもそこに加わった所で、ララは視線を夜空に向ける。考え事をしているようだ。
「物語を紡ぐフィールドワーカーを目指そうかと思っています」
「となると、地位や名誉、或いは財宝と言うより、知識を得る事が目的となるわね」
「そうかもしれません」
ミシェルは何処か満足げに頷き、ララの肩に留まった。
「その為にも、まずはこの調査をしっかりと成功させないと、だね」
「ひとまず、水質調査はバッチリかな?」
木材を切り終えたジャンとエラテリスもそこに加わる。
「それでは、成功の為にまずテーマをはっきりさせておきましょう。ララさん、何か決めている事はありますか?」
フィールドワークと言うのは、まずその場所のありのままを記録し、形にする必要がある。
だが、それだけだと不完全。
調査テーマを設け、そのテーマについて更に深く調べる事で、フィールドワーカーの特色が生まれる。
特に、ララは調査を物語にする予定でいる。
物語には、テーマは不可欠だ。
「‥‥」
ララは空を見上げながら固まった。思考停止に陥った模様。
「えとえと、ララさんは物語書きたいですよね?」
「はい」
「では、お読みになった方が、この場所のこと、もっと知りたいて気持ちになるお話に出来るよな調査をしてみては」
ラテリカの助言に、ララは再び固まった。
「うん、それはとても大事だよ」
かつて本の虫だったジャンは、過去の経験から読み手が引き込まれる物語について語った。
ありのままを描くだけでなく、登場人物の成長やちょっとした謎掛けも交え、楽しく読めるような物語が読者を引き込むお話なのだと熱弁を振るう。
生業が教師と言う事もあり、ジャンは人に物を教える行為に長けていた。
「わかりました。自己満足だけでなく、読んでくれる方の気持ちも考えないといけないのですね」
「そうそう。飲み込みが早いね、ララ君」
ジャンが満足げに頷く中、一同は朗らかな笑い声を夜空に響かせていた。
2日以降はララも参戦し、本格的な調査が行われた。
まず、ミシェル、ルースアン、ラテリカが協力して作った地図を人数分複写し、それを全員が所持。
そして、それぞれが調査する区域に赴き、そこで見た特徴のある物を更に書き足していく事となった。
調査に関しては、それぞれの得意分野に照らし合わせ、班分けを行った。
植物はラテリカとルースアン。
動物はミシェルとエラテリス。
地質はエラテリス。
天候はエラテリスとラテリカ。
そして、鉱物・自然物はルースアンとミシェルが担当だ。
ララは、その全ての調査に一通り顔を出す事になっている。
現在は天候調査をエラテリス、ラテリカと共に行っていた。
セナールの森は、割かし広い森で、雪がかなり積もっている。
積雪量はパリよりも多いかもしれない。
「どうしてか、わかるかな?」
「‥‥わかりません。この森の位置はパリより南です。どうしてでしょう」
エラテリスの質問に、ララは俯きつつ答える。
「冷たい風を跳ね返す山がないからだよ☆」
北風がそのまま吹きつける平地は、雪が溶けにくいのだ。
「はじめは出来ないが当たり前ですよ。一つずつ、ゆっくり覚えて行くです」
「頑張ります」
ラテリカに頭を撫でられたララは瞳を燃やし、やる気をみなぎらせていた。
「発見よ!」
そんなララの元に、興奮気味のミシェルが急スピードで降下してくる。
「洞窟を発見したわ。川の上流部よ」
「洞窟‥‥」
その響きに、ララはロマンを感じたのか、目を輝かせていた。
「それでは、案内するわね」
「了解だよ☆」
「洞窟ですか‥‥どきどきとわくわくで胸がきゅんとなるですね」
ミシェルの案内で、一向は洞窟へ向かう事にした。
川の上流部を岩山が挟むような格好で、洞窟は存在していた。
入り口付近の岩壁は、冬場にはあまり見られない緑色をまとっている。苔が生えているようだ。
天井はかなり高く、優に10mは超えている。
「これで皆さん揃いましたね」
そこでは、ジャンとルースアンが既に待っていた。ジャンは微笑みつつランタンを掲げ、洞窟内を照らし出している。
無論、この洞窟も調査対象となる。
まずは何人かで先行して安全を確認して、その後続の人達が地図を作る、と言う形でフィールドワークを行う事となった。
「じゃ、先頭は僕が。これでも男だからね」
先行隊をジャンとミシェルが担当。
後続隊にルースアン、ラテリカ、エラテリス、ララが続き、丁寧に羊皮紙に地図を書いて行く。
洞窟は、中央を流れる川によって東側と西側に分断されており、冒険者達は西側のルートから先に調べて行く事にした。
ジャンとミシェルがスクロールを駆使して壁の透視、敵や物音の察知を行いながら、前へ徒歩を進めると――――
「‥‥行き止まりだ」
200mほど歩いた地点で、西側のルートは壁で遮られた。
東側の方もミシェルが調べるが、同じ地点に壁がある事が判明。
ここに至るまでに脇道もなく、宝箱なども置かれていない。
「拍子抜けね」
「うーん、期待したんだけどな」
「けれど、何事もなくてよかったです」
ミシェルとジャンが項垂れ、ルースアンが安堵の表情を浮かべる中、ララはぼんやりと上を見ている
考え事をしている時の彼女の癖なのだが――――そのララの瞳に、巨大な羽根が薄く映った。
「あの、あれは何なのでしょう」
ララの指差す方向を、冒険者達は一斉に見上げ――――瞬時に戦闘体勢を敷いた。
「ララさんを安全な場所に!」
「わかったよ!」
ルースアンの声に一早くエラテリスが反応し、ララを抱えて引き返す。
同時に、ジャンとラテリカが詠唱を始め、ミシェルがスクロールを構えた。
ランタンの光が届かない程の上空に見える羽は、蝙蝠のそれには見えない。
もし高レベルの凶悪なモンスターであれば、逃げ切れるかどうかも危ういが――――
「リヴィールエネミー、反応‥‥なしよ」
ミシェルの言葉に、冒険者一同安堵の溜息を吐いた。
それと同時に、羽が徐々に近付いて来て、その姿がランタンの光の範囲に収まってくる。
それを見たルースアンとジャンは、その正体に一早く気付いた。
「あれは‥‥」
「ララディだ」
6枚の羽根を持つ、巨大な蛇。
赤紫色の不気味な鱗に身を包むその凶悪な外見の一方、余り敵意を見せる事のない月の精霊として知られている。
「ラテリカがお話してみましょか?」
「そうだね。多分穏便な精霊だから、大丈夫かな」
恐る恐るラテリカが前に出て、もう大分地面に近い所まで降りて来たララディに語りかけた。
『お騒がせしてごめんなさいです。ラテリカ達は、貴方に危害を加えるつもりはありませんですよ』
『そうでございましたか。こちらこそ、無闇に警戒させてしまい、誠に申し訳ありませんでした』
ララディは凄く謙虚だった!
「とっても良い方のよです」
「外見で何でも判断しては良くない、と言う事ですね」
ルースアンのその言葉に、全員が安堵とも脱力とも取れない奇妙な感覚を抱いているその頃。
「あの‥‥私は何処まで運ばれるのでしょう」
すっかり日が落ち月の見える夜空の下で、エラテリスはララを抱えて全力で何処までも逃げていた――――
・調査報告書
調査対象:セナールの森
期日:神聖暦1004年02月25日〜03月03日
調査項目:生態、地理、植物、土質、川、天候、鉱物、洞窟
報告:動物と植物の分布は、ルースアンさんとミシェルさんがまとめてくれました。
まだ熊は起きていなかったようです。
キツネを見かけ、皆で追いかけました。
ルースアンさんが鳥の巣を発見してくれました。
また、ラテリカさんが魔法で色んな植物を見せてくれました。
森の地図は皆さんがとても丁寧に作ってくれました。
土は腐葉土が多く、虫さんが沢山育ちそうです。
川ではハヤというお魚が泳いでいました。
この森は、冷たい風がそのまま吹き付けるので、雪が解けにくいそうです。
ジャンさんが一生懸命雪かきをしてくれました。
ジャンさんはこの他にも、ゆきうさぎさんになって一晩中丸まって頑張っていました。
意味はわかりません。
また、この森には洞窟がありました。
その洞窟には私と似た名前の精霊さんがいました。
顔は怖いけど、優しい精霊さんでした。
ラテリカさんや私がお話をすると、喜んで聞いてくれていました。
そのお礼にと、洞窟の隠し部屋に案内してくれて、そこで宝石を頂きました。
その場所も記して良いと仰って頂けたので、洞窟の地図に記しています。
以上。
「うん、上出来じゃないかな」
「ええ。最初でこれだけ書ければ十分です」
ジャンとルースアンからお墨付きを貰い、ララは少し照れた様子で、でもポーっとした表情で息を一つ漏らした。
後は、この結果を物語として書き記して行くだけだ。
「視点を変えて書く、と言うのも良いかもしれませんね」
「森の木を擬人化して、主人公にしてみるも楽しですよー」
「事件簿みたいにしても面白いかも」
ルースアン、ラテリカ、ジャンがララの傍で助言を送る中、エラテリスとミシェルは夜空を眺めていた。
月が浮かぶ星空に、6枚の羽が浮かぶ。
どうやらララディは彼らが気に入ったらしく、毎日のように現れては話を聞きたがる。
「来たわよ。ララ様の読者第一号が」
「もうファンが出来たのかな? 凄いよ☆」
冒険者一同が朗らかに笑う中、月の精霊は静かに舞い降りる。
これから始まる少女の物語を、楽しみに――――