明日への轍 〜れっつ村おこし〜
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:9人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月11日〜03月18日
リプレイ公開日:2009年03月17日
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●オープニング
パリから50km離れた場所にある恋花の郷には、大きな森林地帯がある。
そしてそこには、1年前までは誰もその存在を知らなかった『遺跡』が佇んでいる。
翼を生やした猫が眠っていたその遺跡の周りには現在、村長ヨーゼフ・レイナの命によって、立ち入り禁止を表すロープが張られていた。
しかし、そのロープには何の強制力もない。
今、遺跡の前で難しい顔をしている二人にとっても。
だが――――
「‥‥再び結界が張られていますね。それも、我々にしか効力のない」
「厄介だな。折角前の結界が切れたと言うのに。奴の仕業か」
遺跡は現在、別の力によって深夜の侵入者を拒み続けている。
「先に村を過疎化させる予定でしたが、それも上手くは行きませんでしたし‥‥」
「まさかあのシムルが連中の手に渡るとはな。迂闊に手を出し難くなった」
その遺跡を前に、二人の内の黒いローブで身を包んだ男は、眉間に皺を寄せて不快感を露わにした。
「暫くは静観すべきかもしれませんね。シムルの状態を観察する必要もあるでしょう」
それを見透かし、黒ローブの男に笑い掛けるのは、目を白い布で覆い隠している女性。
月明かりを微かに乗せた口元には、細く長い指が寄せられている。
「普通のシムルなら然程問題ではないが‥‥厄介な物を持っているからな、あれは」
「焦る事はないでしょう。まだ夜は肌寒いですし、ね」
月夜の下、二人の男女は同時に遺跡を一瞥し――――その日の内に恋花の郷から姿を消した。
太陽の下、長らく村と共にあった雪は殆どが水と変わり、村の大地を潤している。
その水に浸された土は、長らくその中で眠っていた種や、寒気に晒されながらも長い冬を乗り越えた植物の根を優しく包み込み、静かに本格的な春の到来を待っている。
その一方、村人は少しばかり忙しない。
新芽が顔を出す前に、村を更に賑やかにしようと、幾つかの新たな試みに取り組んでいるのだ。
まず、リヴァーレとの交流を本格化させるために必要な、馬車の調達。
ある程度の荷を積め、尚且つ人も乗れる馬車となると、相当な費用が必要だ。
恋花の郷が交通費に充てられる金額は、現時点では15Gが限度。
リヴァーレは20Gまでなら出せると言う事だが、それを足しても馬車の購入は難しい。
また、恋花の郷では現在、観光客により満足して貰う為に宿屋・酒場・食堂の強化を試みている。
今の所、この村には宿屋と酒場が一つしかなく、食堂も普通の家庭料理を出すのみ。
これを改善できれば、更に村は大きくなるだろう。
とは言え、一気に宿屋や酒場を増やす事は出来ない。
治安維持の問題もあるし、何より経営者がいない。
その為、まずは今ある宿屋と酒場を村が買い取り、大きくしようと言う事で話がまとまった。
元々両方ともかなりの年配者が経営しており、そろそろ隠居したいと希望していたようだ。
そんな訳で、現在この恋花の郷は、馬車の調達と宿屋・酒場などの強化を春までに達成しようと躍起になっている。
「それじゃ、ここも大丈夫かな?」
そして、もう一つ。
恋花の郷では、これまで幾度となくお世話になった冒険者に対して、家を提供する事にした。
かつてこの村が過疎化していた時期、多くの村人が家を手放し、村を去って行った。
その際の名残とも言える空き家が村のあちこちにあるのだが、それを冒険者に無償で使って貰おうと言う事になったのだ。
「これで12、と。結構あるなあ」
羊皮紙で書かれた村の地図に、村の住人カールが印をつける。
印は使えそうな空き家の位置を意味していた。
基本的には村の中心部に集中しているので、散在してると言うよりは密集している状態で提供する事になりそうだ。
「それじゃ、早速掃除しましょっか」
村長の孫娘ミリィが腕をまくり、井戸から組んできた水の入った樽を開け、掃除にかかる。
家の内装は使用者にお任せするが、埃まみれの状態で手渡す訳には行かない。
「喜んでくれると良いよね。冒険者の人達」
「あんたの場合、『達』は要らないんじゃないの〜?」
「え? ななななな、何言ってるんだよ!」
ミリィの隣で埃を掃き出していたハンナから冷やかし混じりに半眼を向けられ、カールは赤面しながら首を左右に振っていた。
「‥‥みう」
「ほら、あんまり騒ぐからこの子も怯えてるじゃない」
呆れ気味に呟くミリィの足元には、やや小さめの身体を丸めた猫の姿がある。
猫、とは言うものの、実際には猫ではない。
その身体には、翼が生えているのだ。
「あー‥‥ごめんねー、アンジュ」
「みうー」
アンジュと名付けられたその猫は、白い身体を丸めたまま、大人しくハンナに撫でられていた。
「そう言えば、牧場を作るって計画もあったよね」
「そうそう。忙しくなったもんよね、この村も」
「喜ばしい事じゃない」
カールとハンナが苦笑する中、ミリィは心底嬉しそうに微笑んだ。
やる事は山ほどある。
それは、一年前までは考えられなかった事だ。
「大変だー!」
感慨に耽りつつ掃除していた3人の耳に、子供の大声が響く。
それは、カールの弟アルノーの声だった。
「大変だお兄ちゃん!」
言葉とは裏腹に切羽詰っている感はなく、寧ろ躍動感すら溢れていた。
「馬車が安く手に入るかも知れないって! 何か馬車のきょーばいをやる村があるって! きょーばいって何?」
「え‥‥?」
冬来たりなば、春遠からじ。
恋花の郷にも、少しずつ暖かな光が差し込んでいた。
◆現在の村のデータ
●村力
680
(現在の村の総合判定値。隣の村の『リヴァーレ』を1000とする。
※リヴァーレの村力が上がった為、相対的にダウン)
●村おこし進行状況(上記のものほど重要)
・リヴァーレとの交通を整備予定。遠くの村で馬車の競売が行われるとの事
・宿屋・酒場・食堂などの施設を改装中。経営者、従業員募集中。
・冒険者の方に家を進呈中(『恋花の郷名誉勲章』所持者のみ)
・牧場経営を計画中。
・遺跡から『翼の生えた猫』を発見。村人はシムルである事はまだ知らない。
・山林地帯に『再び魔力を帯びた』遺跡あり。
・子供達の為の学校、パン職人学校を建設中(40%)。
・第二回公式昆虫レース『パルトン!2』来月開催予定。
・月に3度パリまでの移動販売を慣行中。
・村娘がダンスユニット『フルール・ド・アムール』結成。定期的に公演中。
・デートコース『恋の花咲く小径』で行う春のデートイベントのアイディアを募集中。
・冒険者酒場のメニューに村発のパン『シトロン蒸しパン』『炭焼きチーズパン』が採用。
●人口
男154人、女118人、計272人。世帯数88。
●位置
パリから50km
●面積
15平方km
●地目別面積
山林75%、原野20%、宅地3%、畑2% 海には面していない
●リプレイ本文
2日目、早朝。
パリでの調査を終えたラテリカ・ラートベル(ea1641)、ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)、ジャン・シュヴァリエ(eb8302)は、結果の報告の為、村長宅を訪れていた。
彼らが1日がかりで行っていたのは、宿屋や酒場の経営者および従業員探し。
経験者が望ましいと考え、引退を考えている者や移住を考えている冒険者、或いは仕事を探している者に声を掛け、その中で村おこし精神に理解を示してくれた者にお願いしてみたのだ。
その結果、即受理と言う訳には行かなかったが、経営者候補4名、従業員候補5名の者から保留の返事を得た。
既に村の住所は教えており、その気になったら連絡をすると言う話でまとまった。
だが、そんな報告会もそこそこに、冒険者達は先日遺跡の中から発見された『翼の生えた猫』アンジュの周りに集まっている。
「か‥‥かわいいです。はじめまして、宜しくね」
村校などの件について村長と話し合いにやって来たミカエル・テルセーロ(ea1674)、そしてエレイン・アンフィニー(ec4252)も、そこに加わっている。
彼らは近い将来、この村に新しく出来る学校の教師となる予定だ。
その為、運営の際の必要品や教員の確保、授業時間、建設中の学校の設計に関してなど、様々な課題を持ってやって来たのだが――――その話題が出るのは暫く後になりそうだ。
実は昨日、彼らは盟友であるシャクリローゼ・ライラからこの猫の正体と思しき存在の名を聞いていた。
曰く、シムル。
特定のデビルを倒す為に人間界を訪れている天使なのだと。
「みうー?」
が、目の前に見えるは翼の生えたあどけない猫。
首を傾げるような仕草をしながら、羽根をぱたぱたと動かしている。
「はわー‥‥えと、許可とってないけどごめんなさいです!」
ラテリカは我慢出来ずアンジュをひしっと抱きしめていた。
「全く、けしからん鳴き声だな。けしからんぞっ」
それを見ていたジラルティーデも負けじと頭を撫でる。
「待てよ。みう‥‥みゅー‥‥」
そして何かに閃いていた。
「そうか! この子の名はきっと、あの幻の珍獣ミュウだったん」
「おはよう。相変わらずアンジュは人気者だな」
そんなジラルティーデの自説は村長のヨーゼフの登場と諸々の都合で華麗に流された。
「あ、村長さん。お家の件ありがとうございます」
ジャンを筆頭に、その場にいた全員が頭を下げた。
恋花の郷は冒険者によって作られた、村の新たな形。
そんな彼らに少しでも恩返しをしようと、冒険者一人一人に家を提供する事になったのだ。
「有り余るその村おこし精神、痺れましたね。貴方達の笑顔作りの、是非力にならせて欲しい」
「う、うむ」
歩み寄るジラルティーデにヨーゼフがたじろぐ様子を、全員でアンジュをもふもふしながら眺めていた。
一方――――村の酒場。
寂れたその場所は、5日後にリシャスと言う村で行われる馬車の競売に関しての話し合いに使用されていた。
冒険者側からは、ジェイミー・アリエスタ(ea2839)、エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)、パール・エスタナトレーヒ(eb5314)、陰守森写歩朗(eb7208)の4人が出席している。
まずは、昨日そのリシャスを視察していたジェイミーが、出品される予定の出品される商品及びその状態、更には過去の競売における記録全般を皆に報告した。
その情報によると――――出品予定の馬車は3種6台。
大型の荷馬車、通常の荷馬車、通常の馬車が各2台ずつとなっている。
新品相場はそれぞれ100G以上、50G、75Gとなっている。
中古だと、競売では大体半額くらいの値段で競り落とされるようだ。
この値段を参考に、どの馬車を狙うかを決める事になる。
「はーい。ボクは大型荷馬車を最優先すべきだと思いまーす」
まずはパールが挙手し、その理由を述べる。
それは、大型でなければ、人と荷物を同時に運べない可能性が高いと言う判断だった。
そうなると、一日2往復はしないと物品流通と人の行き来を併用するのは難しいと言う事になる。
だが、距離的にそれは少し厳しい。荷物を運ぶ以上、速度も然程は出せないのだ。
「とは言え、大型荷馬車はかなり値が張るのでは」
中には渋る村民もいた。実際問題、今の費用だけでは中々厳しいものがある。
「中型だと不都合も多いですよ。ボクが一部先行出資と言う形で負担しても良いですし」
話し合いが進む中、それまで沈黙を守っていた森写歩朗が挙手する。
「僭越ながら、自分に1つ提案があります」
その内容に、村人達は驚きの声をあげた。
競売までの日々は、忙しなく、同時に穏やかに過ぎていく。
「それではエラテリスさんが売り子を?」
「うん☆ ラートベルさんや陰守さんも一緒なんだ」
エレイン、エラテリス、そしてラテリカとミカエルの4人は、原野となっている空き地を前に、競売に行う簡易蚤の市の話で盛り上がっていた。
競売の費用の足しに、或いはそれぞれの家の運用資金にする為だ。
また、同時に今後この地に作る予定の牧場の資金などにも充てる予定でいる。
幸い、エラテリスの親戚で羊飼いのレリアンナ・エトリゾーレが、牧畜に関する専門知識を有していたので、エラテリスは丸一日掛けて彼女から知識を教えて貰っていた。
現在は、レリアンナの発する圧力に耐えつつ仕込んできたその知識を、皆で共有している最中だ。
「成程。となると、牧草の根を均等に張らせる様な植え方が必要ですね」
「もう雑草が生えてるところでも、牧草を植えると土が軟らかくなるんだって」
特に、ミカエルは念入りに牧畜の基礎知識を頭に叩き込んでいた。
一方、エレインとラテリカは植える花の種類を話し合っている。
花畑に花を植えたり、村の入り口に花のアーチを作ったりして、名が体を現す村にしていく予定なのだ。
「では、お花畑を見に行きましょうか」
「種とか球根も選ばないとですねー♪」
2人仲良く並んで花畑のある修道院に向かおうとしたところに、ジャンとジラルティーデが現れた。
「フローラ様ー、一緒にアンジュが遊べるおもちゃ作りません?」
ジャンはエレインの事をこう呼んでいる。
「あら。どうしましょう」
更に、そこにカールも走ってくる。
「あ、あの、エレインさんの考えてくれた春の新作パン、試作品が出来たんで‥‥」
「あらあら。どうしましょう」
引張り凧となったエレインが困惑する中、カール以外は皆朗らかに微笑んでいた。
そんなジャンも、実は大忙し。
実は、今回の競売では、村だけでなく冒険者達も別個に競売に参加し、馬車を購入する予定だ。
と言うのも、ジャンが預かった家で馬車屋を営む予定なのだ。
初日にパリで馬車のギルドを探し、提携を結ぼうと試みたが、乗合馬車のギルドは今のところ個人と契約する事はしていないとの答えが返ってきた。
その為、今はまず店の構造について村の大工と話し合っている。
「あ、陰守さん。代行販売店の方はどうですか?」
そこに、森写歩朗が馬を連れて歩いてくる。
実は――――この馬、村に提供する予定で森写歩朗は連れて来ていた。
そして、その馬に載せていた多数の持ち物を、提供される家を店にして管理・販売して欲しいと話し合いの場で申し出ていたのだ。
またそのお店も、依頼者から物を預かりそれを売ると言う『代行販売店』と言う形態を希望していた。
『預かった』品を売るので、正確には売買権利を買い取り、販売を行うと言う形式だ。
この方法だと、単位ごとの利益は少ないものの、商品を仕入れるのに必要な資本も少なくて済む。
だが、今の恋花の郷には森写歩朗の持ってきた品々を管理出来るだけの能力も、このような高度な商売を理解できる者もいない。
その為、今回は蚤の市での販売のみにして、そこで出た利益と彼の小遣銭を元に家を改装し、その間に売買方法も少しずつ理解して貰うようにしていた。
「仕組みは理解して貰えると思います。後は、売り子となる方を探しておきたい所ですね」
「僕は村の知り合いの方にお願いする予定です」
その後、2人はジャンが予定している店の名前で盛り上がった。
予断だが、その名前はエラテリスの占いによると『凄く艶やかなお店になる』と言う結果が出たとか。
一方、パールは宿と酒場を視察し、改善策を的確に伝えていた。
まず、宿屋に関しては2階に団体用の大部屋を設けるよう提案。
大人数の観光客を効率よく泊まらせる為だ。
「等間隔にベットを並べて、荷物台を括る感じに。後、階段は幅を広めにできますかー?」
次に、酒場に関しては、酒以外のメニューの充実を促した。
集いの場として機能する為には、名物料理などがある方が好ましい。
酒のつまみになるような濃い味付けの料理や、ヤギ乳のスープなどを候補に挙げていく。
「後は、やっぱりパンをアピールするのがいいと思いまーす」
その他、調理を担当する者には近隣の地方を回り、市場調査を行う事の有効性を説いた。
「ふむ‥‥こう言う先進的な事をこの村で出来るものか」
「知恵を使えば何でも出来ますよ。色々考えてみてください」
パールはぱたぱたと羽根を羽ばたかせ、酒場を出た。
それと入れ違いで、森写歩朗が入ってくる。
「暫く時間もあるので、何か手伝える事はありませんか?」
それぞれの持つ能力と経験、そして知恵により、村の至る所に風が吹く。
柔らかく、そして暖かく。
まるで春の息吹のように。
「わー、木彫りのパンだー!」
「おばーちゃーん、このお兄ちゃん杖なおしてくれるってー!」
ジラルティーデもまた、自身の木工技術を駆使し、村に風を起こしていた。
この他にも、民家の痛んだ箇所を見つけては、その修繕を行っている。一刻も早くこの村に溶け込む為に。
「ん‥‥?」
そんな中、彼の目に頭を抑え項垂れているミカエルの姿が映った。
その顔色は悪く、明らかに疲労し切っている。
ミカエルは今回、牧場経営の計画案作成、学校備品の買出し、移住希望者の募集案内作成、冒険者の店の運営案作成と、兎に角動き回っていた。
季節の変わり目と無理が祟り、体調を崩したのだ。
「おい――――」
今にも倒れそうなミカエルに、ジラルティーデが声を掛けようとしたその時。
「おにいちゃん! きついの?」
「おいしゃさん、よんでこよっか?」
ミカエルの傍に、数人の子供が寄って行った。
「大丈夫ですよ。皆、ありがとう」
それに対し、ミカエルは気丈に笑顔で答える。
「‥‥」
ジラルティーデはその様子を、静かに眺めていた。
そして――――競売当日。
「さ。ようやく出番みたいね」
これまでは裏方に終始していたジェイミーが、意気揚々とリシャスの地に足を着けた。
お供はジラルティーデとジャン。
『お、お供?』
男2人の声がハモった所で、早速会場となる広場に足を運ぶ。
まずは彼らより前に、パン販売や蚤の市の売り子として訪れていた森写歩朗、ラテリカ、エラテリスの元へ赴く。
「いらっしゃいませー♪ ちりちり♪」
「とっても美味しいよ☆」
うさぎの格好をしたラテリカがフェアリーベルで、エラテリスがライトと実食で客寄せを行っていた。
尚、エラテリスが村の空き家で発見した羽を飾りに使用している。
その様子を確認しつつ、ジャンは森写歩朗に話しかけた。
「どうもー。売上はどうですか?」
「パンとお酒以外は今一つ‥‥ですね。それでもまずまず貯まりました」
と言う事で、その売上の一部を受け取り、競売組は競売と言う名の戦場へと赴く。
既に商品となる馬車はチェック済み。
ジラルティーデの目利きによると、かなり傷があるが修繕出来そうな大型馬車が一台あると言う。
出展順はその馬車が最初のようだ。
「狙い目ね」
ジェイミーの目が怪しく光り、お供の2人は思わずたじろいだ。
「間違ってたら酷い目にあうなんて事は‥‥ないよな?」
「その時はもう責任取って引退するしかないですね。ここで一緒に隠居生活送ります?」
「それも良いかもな」
ジラルティーデが真顔で唱える中、ジェイミーは開始直前の会場中央にズカズカと入り込み、お目当ての馬車をじっと眺める。
「あら、随分とボロボロな馬車みたいね。ここにも傷、ここにも傷‥‥これが本当に売り物?」
そして、凄まじい速度でクレームの嵐を!
「ちょっとお客さん、いきなり何を‥‥」
「これは相当酷いわね。修繕費の方が高く付くんじゃなくて? そもそも動くの? 少し走ったら壊れるなんて事は? 万が一の時の保証は? 配送は?」
「ひぃぃ!? こんな直前に重度のクレーマーがっ!?」
実際、状態は決して良くはない。
無論、かなり過剰な指摘も多々あるが。
「そうね。これなら開始値はせいぜい5Gって所‥‥あら、泣くほど嬉しい?」
20Gから始める予定でいた出品者がさめざめと泣く中、競売はスタート。
「8G!」
「10G!」
ジェイミーによって開始値が下げられた事で、初動はかなり鈍い。
とはいえ、腐っても大型荷馬車。徐々にその値が上がっていく。
「32G!」
ついには30Gを突破。
「あら。全部35G内で収める予定だったのに」
「それは流石に‥‥」
ジャンが苦笑する中、値は34Gまで上がった。
その時点で、買い手は現れない。
「では、34Gで‥‥」
「34G1C」
〆ようとした司会者に、ジェイミーが凛然と言い放つ。
次に値を付けたら唯では済まさないと言う邪気も同時に放ちながら。
「え、えっと、もう34Gで決定‥‥」
「34Gより、34G1Cの方が高いわよね。違うかしら?」
「は‥‥はあい‥‥34G1Cでこの方が落札〜」
と言う訳で、恋花の郷、34G1Cで大型荷馬車を獲得。
最もクレームをつけていた者が購入した事に対してのブーイングは――――出なかった。一切。
「これ、普通に買ったら多分70Gくらいするんじゃないかな」
改めて現品を調べつつ、ジラルティーデが呟く。
実際、傷はすべて表面的なもので、内部は殆ど破損がなかった。
修繕は彼が既に村人に方法を伝授済みなので、問題なく行われるだろう。
その後も、ジェイミーの活躍で予定していた物を次々落札していく。
冒険者用の馬車は22Gで獲得。
馬は大人を15Gと18Gで1頭ずつ、仔馬は1.5G〜3Gで村用に3頭、冒険者用に2頭確保できた。
村の方の合計出費は約57G。
村の費用とパールの出資、蚤の市の売上を足せば、十分お釣りが来る値段だ。
残りのお金は運営費に回す事となった。
更に、冒険者用の出費は約40G。
この冒険者用の馬車には冒険者達が多数出資しているのだが、その合計額の約半分ほどで済んだ。
その為、運営費に回した一部以外は出資者に同割合での返還を行い、競売は無事終了となった。
今回の教訓。
「女性の買い物は凄いな。付き合えないな」
「少し賛成‥‥」
この成果にも不満そうなジェイミーの背中を眺めつつ、お供2人は沈む夕日に照らされていた。