冒険者のおうち 〜れっつ村おこし・外〜
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■イベントシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:4
参加人数:17人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月14日〜04月14日
リプレイ公開日:2009年04月22日
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●オープニング
パリから50km、南に下った地点にある恋花の郷。
一年前までは過疎化していたこの村は現在、定期的に観光客も訪れるような活気ある村になりつつある。
現在も、春の祭りの準備に向けて大忙しな日々が、村人達に労働の喜びを提供している。
そんな恋花の郷に、先日から新たな試みが成されるようになった。
それは――――
「冒険者の家?」
恋花の郷を訪れた騎士エリク・フルトヴェングラーに、村の案内を買って出た村長の孫娘ミリィはコクリと頷いた。
「はい。この村が一年でこれだけ発展したのは、多くの冒険者の方が度々お手伝いをしてくれたからなんです」
そのお礼として、村の発展に貢献してくれた冒険者に対して空き家を提供し、色々と活用して貰おうと言うのが『冒険者の家』だ。
「それは素晴らしい試みですね。自分は冒険者ではないので残念ながら縁がないようですが」
エリクは微かに目に掛かる髪を風になびかせ、爽やかに微笑む。
ミリィは慌てて視線を逸らしながら、『冒険者の家』の一角を指差した。
「こ、この辺りが全部がそうなんですよ」
その指先には、既に綺麗に清掃された空き家が整然と並んでいる。
直ぐ近くには井戸もあるので、生活したり作業したりする上でも便利な空間と言えるだろう。
「今の所、お店を開くと言う方が多いみたいです」
「規律のようなものは?」
「一応、数日後に説明会のようなものを開いて、その時にお約束事とか方針とかを決める予定です」
既に数人の冒険者は詳細な利用方法について取り決め、話が通っている。
ただ、全体として共通のルールなどもあり、それなら一度改めて希望者に来て貰ってから説明するなり話し合うなりするほうが良いと言う事で、説明会の開催が決定したのだ。
「楽しそうで良いですね」
エリクは並び立つ家を眺めながら、静かにそう告げる。
騎士と言う肩書きではあるものの、その身なりは軽装の極みで、鎧や兜と言った仰々しい武装は一切ない。
背中に吊るした剣も、何処にでも売っていそうな安物だ。
そんな身なりだからこそ、ミリィも単身での案内を買って出たのだ。
「実は、自分もつい最近冒険者になりたての方と接する機会がありまして。もし宜しければこの村を紹介しても良いでしょうか?」
「ええ、それはもう。歓迎します」
ミリィの返答にエリクはたおやかな笑みを返した。
「ところで、一つお聞きしたいのですが‥‥このような者を見た事はないでしょうか?」
その笑みを消し、エリクは懐から畳んだ羊皮紙を取り出す。
広げると、そこには一人の男性の顔が描かれていた。
エリクと良く似た、整った顔立ちの男だ。
「‥‥いえ。ありません」
ミリィは数拍の間記憶の海を泳いでみたが、該当する者は見当たらず、素直にそう告げる。
それを聞いたエリクは、小さく一礼し、その羊皮紙を再び畳んだ。
「弟なんです。数ヶ月前までとある貴族の屋敷に従属していたのですが、連絡が取れなくなってしまいまして」
「そうなんですか‥‥ご無事だと良いですね」
胸に手を当て、祈るようにそう呟くミリィに、エリクは一瞬意外そうな顔を見せた。
そして次に、真剣な顔で頭を下げる。
「ありがとうございます。それでは、案内はここまでで大丈夫ですので。宿に戻ります」
ミリィが何かを言う前に、エリクは踵を返し、宿の方に歩を進めた。
その背中が視界から消えるまで、ミリィはそのままの方向を見続けていた。
「みうー」
その足元に、羽の生えた白い猫がとてとてと寄ってくる。
アンジュと名付けられた生物――――シムルだ。
尚、このアンジュがシムルであると言う事は、村人達はまだ知らない。
「あらアンジュ。付いて来てたの?」
アンジュは肯定の返事のつもりなのか、ミリィの足に身体を寄せ、羽根をぱたぱたと動かしている。
ミリィは微笑みながらその身体を抱き上げ、胸に収めた。
「さ、帰りましょうか」
「みうっ」
アンジュの鳴き声と共に、ミリィは村道の端を歩き出す。
その背中には、これから大きく様変わりするであろう多くの家が、静かにその時を待っていた。
◆冒険者の家の詳細説明
●共通ルール
・冒険者の家は、アイテム『恋花の郷名誉勲章』を所持している者にのみ貸し出すものとする
・冒険者の家は、冒険者がそれぞれ自由に目的を設定してもよいものとする
・冒険者不在時のアイテム、ペットの一時預託は禁止である
・管理費用は無料である
・村人に何かを頼む場合は、村人の意思を優先するものとする
・改装する際は有料である(既に支払った者は必要なし)
・自身の所持品で装飾する場合は、消費アイテムとして扱われる。再配布は不可。
・公序良俗に反する目的での使用、及びそうした物品の取扱いは禁止する
●店として利用する場合
・商品(展示品)は、冒険者かその代理人がアイテムとして持ち込んだ物、若しくは恋花の郷・リヴァーレの生産品のみとする
・商品(展示品)として一度店に預けられたアイテムは消費され、再配布は出来ないものとする
・店舗の売上げは必要経費(人件費、維持費)を差し引き、残りを村と冒険者で分けるものとする。
・売上げの冒険者の取り分は、50%(村への寄付コース)と90%(通常経営コース)のどちらか、とする。
・冒険者の取り分の金銭は、〜れっつ村おこし〜の依頼の際に支払われるものとする
・店舗として使用する場合は、所有者が種別(飲食店、販売店、展示場など)を決定し、村から必要な人員を雇用できるものとする
・所有者はオーナーとして経営内容の大枠を決定できるものとする
●作業場として利用する場合
・作業に必要な道具は冒険者かその代理人が持ち込んだ物のみとする
・作業は基本的に自身が村を訪れた際に行う為のものとする
・村人に作業を教えると言う場合のみ、作業場の開放を許可する
・作業場で作成可能な物は、基本アイテム配布はされず、村おこしシナリオでのみ描写可能とする。
・作業場で作成した物を売る事は不可とする
●家として利用する場合
・村おこしシナリオ内で自由に寝泊りしてよい
・冒険者不在時に村人に貸し出してよい
その他、細かいルールは個別に対応するものとする
●リプレイ本文
この日、恋花の郷にはかなり珍しい空気が漂っていた。
普段よりも多くの冒険者が村を訪れているのだ。
「うわー、何か沢山来てるね」
そんな状況を、村人の1人ハンナは好奇心旺盛な様子で眺めている。
村内を歩く彼等は、やはり普通の村人とは明らかに一線を画している。
特に、圧倒的に体の大きいジャイアントの面々には興味心身だ。
そんなハンナの様子を視界に納めたエセ・アンリィが、その巨体を揺らし、突如走り出した!
「そこの女子! 質問があーる!」
そして、ハンナの前でピタリと止まる。
「は、はい! なんですか?」
「この村の美味い物と観光地とトレーニング出来る場所、まとめて教えて欲しいのである!」
歯と頭をキラリと光らせ、エセは爽やかにくどく問い掛けた。
「ああ、それならえっと‥‥あっちの人、あの帽子被った男の人が、良く知ってますよ」
「うむ、かたじけない! ではマルクボーイ、彼のいる所までダッシュだ!」
「ひーはー‥‥なんで俺、こんな目に‥‥ひーはー」
そのエセの後ろを、マルクと呼ばれた男性が息も切れ切れに付いて行く。
そんなマルクの様子をアーシャ・イクティノスとジャン・シュヴァリエは訝しげな目で眺めていた。
「あの人、猫の街の方ですよねー。何しに来たのでしょう?」
「修行らしいけど‥‥後で挨拶しとこうか」
ジャンは苦笑しつつ、もう随分通いなれた村の風景を眺める。
そして、これからは『通う』と言う表現も不要。
何故なら、今日から彼らは正式にこの村の住人となるからだ。
「随分発展したみたいね‥‥ほのぼの」
そこに、久々にこの村を訪れたレティシア・シャンテヒルトが加わる。
木霊のサパンと手を繋ぎ、ご機嫌な面持ちでほのぼのとしていた。
「あ、レティシアさん。先日はどうもでしたー」
「んー、こっちこそ。デビル追い返すのも冒険者の本分だけれど、偶にはのんびりしたいものよね」
「女の子ですもんね〜。レティシアさんも説明会に?」
「ええ。でもその前に、この子の紹介とお近付のしるしを配ろうかな、と」
「御近所使いは大切ですよね」
レティシアとアーシャが立ち話する中、ジャンの視界にやたら煌びやかな女性が入る。
「ご機嫌よう」
『聖母の白薔薇』アレーナ・オレアリスだ。彼女もまた、癒しを求めてこの地を訪れていた
「あ、先日はどうもー」
「御疲れ様。この村は初めて?」
それに気付いたアーシャとレティシアが挨拶を交わす。
「ええ。春の陽気に誘われてやって来たは良いけど、どうにも勝手が」
「それなら、僕が案内しましょうか? 説明会はもう暫くしてからみたいだし」
「では、お願いするとしよう。宜しく頼む」
ジャンはごく自然にアレーナのエスコートを行い、村の名所へと案内を始めた。
一方――――その説明会がある広場には、既に何名かの冒険者が集まっている。
「説明会はあと1時間くらいしてから、みたいです」
その集団に、ミカエル・テルセーロがそう伝えると、待っていた面々はそれぞれ顔を見合わせた。
「1時間ですか。結構ありますね。どうしましょうか」
陰守森写歩朗が衣褌の袖の中で手を組み、呟く。
「それなら、わたくしは買い上げた馬の様子を見に行きましょうかしら」
その横で、ジェイミー・アリエスタは長い髪を風に泳がせている。
一月ほど前、彼女の尽力により、この恋花の郷には2頭の馬がやって来た。
馬車馬として働いて貰う予定で、現在は村人の手によって管理されている。
「それは丁度良いですね。実は、自分も馬の管理人に用がありまして」
森写歩朗は、自身の所持している馬を1頭、この村に進呈する予定でいる。
「あら勿体無い。寄付なんて、わたくしには考えられない発想よね」
「まあ‥‥そうですわよね」
そのジェイミーの傍で、シャクリローゼ・ライラが半ば呆れ気味に息を落とす。
それをミカエルは苦笑しながら眺めていた。
「ところで皆さんは、家をどのように使用なされるのですか?」
そんな中、エレイン・アンフィニーはその場の全員に対し、たおやかに微笑みながら問い掛けた。
冒険者の家――――そう銘打たれたこの家は、これまで村の発展に貢献した冒険者が、この村に『棲家』を持つようにと設けられたものだ。
とは言え、ただ住まうだけではなく、どう利用しても良いと言う事になっている。
ただし、ある程度の規律は必要なので、今回の説明会開催に至ったのだ。
「僕は牧場に勤務する人達の別荘にして貰って、後はその牧場で取れた物を販売しようかなと思ってます」
ミカエルは村校の教師として今後も村を支える予定だが、それに加えて牧場に関しても力を注ぐつもりでいた。
その為、自身の家も、自分の部屋以外は牧場施設の一つとして扱って貰おうと考えている。
「あら、素晴らしいですわ。牧場直営店と言う事になるのですね」
「そうですね。村で生産した物を新鮮なままお届け出来ればな、と」
エレインの微笑みに、ミカエルも微笑みを返す。
商店経営の知識を持つミカエルにとって、店の経営と言うのはやってみたい事の一つだった。
「わたくし達は、軽食の出る公開図書室を予定していますわ」
パタパタと羽を動かしつつ、シャクリローゼが語ったのは――――自身の経験談を絵本風にアレンジし、その本を展示すると言うものだ。
何かと刺激が少ないこういった村では、冒険者の経験談はかなり需要がある。
識字率の向上次第では、かなり親しまれる家となりそうだ。
そして、創作意欲に燃えるシャクリローゼとは対照的に、ジェイミーは飲食店経営の方に重きを置いていた。
「と言う訳で、わたくしたちの家が成功するかどうかは、教師のお二人の指導力に掛かってますわね」
「宜しくお願い致しますわっ」
ずいっと身を乗り出した2人は、ミカエルとエレインに握手を求めた。
「が、頑張ります」
「きっと大丈夫ですわ」
2人とも冷や汗混じりにその手を握り返した。
そして、森写歩朗は――――
「自分は、前に来た時にもお話している通り、代理販売店を」
物品を借り入れ、それを販売し、手数料を取ると言う方式のお店を開く予定だ。
買い取って売ると言う従来の方式と違い、儲けは少ないがリスクも少ない。
上手く流通に乗せる事が出来るかは、品揃えに掛かっているだろう。
「と言う訳で、目ぼしい荷物を全部持ってきたんですが」
「あれ‥‥全部がそうなんですか?」
ミカエルが頬の冷や汗をそのままに、村に進呈する予定の馬に載せられた巨大な袋に視線を向ける。
凄まじい数である事は、想像に難くない。
「さて、それでは馬を見に行きましょうか」
爽やかにそう告げ、森写歩朗が歩き出す。
「‥‥商品の重さで床が抜けないと良いですけど」
シャクリローゼの言葉に苦笑が漏れる中、全員後に続いた。
同時刻――――恋花の郷、原野区域。
村の5分の1を占めるこの区域の一部では現在、牧場を作る為の作業が粛々と行われている。
元々少数ながら家畜の飼養は行われており、去年の秋の収穫祭の時に大きな利益が出た事もあって、牧草の種を多めに撒く事が出来たのだが、その牧草地をそのまま牧場として利用する事になったのだ。
現在、その平面地帯は一面の緑で茂っており、所々に手作りの木製柵や看板が立てられ、大きな小屋も建設中だ。
「どうやら、わたくしのお教えした事は伝えられていたようですね、お姉さま」
「も、勿論だよ〜」
その様子を、柵の外からレリアンナ・エトリゾーレとエラテリス・エトリゾーレは笑顔で見つめている。
尤も、同じ笑顔と言う範疇に入る表情ながら、両者の感情はまるで別物だ。
エラテリスの顔には所々油汗が浮いている。
「その割には、顔色が優れないですわよ?」
「そそ、そんな事ないよ‥‥気のせいだよ」
普段は元気いっぱいのエラテリスだが、明らかに覇気がない。
まるで、何かを恐れているような――――
「にょにょ〜! こりまたラヴリィなわんこさんなのじゃ♪」
そんなエラテリスとは対照的な、陽気な声が2人の隙間を突き抜ける。
声と共に、その主であるシフールの鳳令明は8の字を描くように飛び回り、レリアンナの足元で大人しくしゃがんでいる牧羊犬のレイモンドの目の前に着陸した。
「おりは令明。2人はこの村には詳しいにょかワン?」
レイモンドの首に抱きつくようにしながら、令明が問い掛ける。
「わたくしは、詳しいとまでは言えませんわ。こちらのお姉さまなら何でも知っていると思います」
「え、ええ?!」
「もう半年以上通い詰めているのですから、当然ですわよね?」
「そそ、そうなのかな‥‥えっと、令明さん、聞きたい事とかあるのかな?」
不安げにエラテリスが問い返す中、柵の向こうの小屋が何か騒がしくなって来ている。
「この村にいるのらわんこを紹介して欲しいにょワン」
「野良犬か〜。偶に見かけるけど、居場所までは‥‥」
エラテリスが困惑したその時。
「おい! この袋の中の肥料どうなってんだ!? 幾らなんでも臭過ぎるだろ!」
「い、いや。俺はただ冒険者の人に言われた通りに用意しただけで‥‥」
小屋から怒号と、突然の悪臭が漂ってくる。
「‥‥お姉さま?」
「え、えええ? ボクちゃんと言われた通り‥‥うぅ」
レリアンナの凍て付くような微笑みに、エラテリスが凍り付く。
そんな季節とは剥離した空間から逃れるように、令明はレイモンドの体毛に身体を埋めた。
「にょほ〜。極楽なのじゃ〜」
レイモンドは特に嫌がる素振りも見せず、小春日和を全身で感じている。
半径数メートルの中で平和と不穏とが入り混じる、奇妙な光景だった。
そこに――――1人の騎士が通り掛る。
「フルトヴェングラー様‥‥?」
レリアンナはその姿に思わず知り合いの名を口にした。
しかし、直ぐに『別人』だと悟り、口を噤む。
結局――――騎士エリクは弟を見つける事はなく、この村を後にするのだった。
1人の女性の顔を、頭の片隅に刻んで。
一方、牧場周辺の森林地帯の一角では。
「‥‥」
全身にオーラをまとい、集中力を高め、自然の中に身を置くアンリ・フィルスの姿があった。
緑に囲まれた中で座禅を組み、自然と一体化する。
それは、無の境地へ近付く為の試練でもある。
一個の生命の気の巡りが自然の一部となれば、龍脈をも自らの中に取り込むことが出来る。
まさに、一は全、全は一の精神だ。
そんな境地を目指すアンリの周りには、森の中の動物がいつの間にか集まってきていた。
小鳥はまるで枝に留まるかのように、アンリの肩に無防備にその足をつける。
これこそが、自然との調和。
そして無我の領域――――
「‥‥?」
だが、その鳥達に混じり、変わった生物が現れた事で、アンリの精神は現世に還った。
翼の生えた猫――――アンジュがその姿が視界に入ったのだ。
「みうー」
アンジュはぱたぱたと翼をはためかせ、アンリの組まれた足元に着地した。
「貴殿‥‥森の住民とは毛色が異なるようだが」
「みう?」
足を解き、アンリは眼前で首を傾けるアンジュにその鋭い眼光を向ける。
とは言え、殺気立っている訳ではない。そう言う目付きと言うだけだ。
オーラも既に消している。
「アンジュー!」
「アンジュちゃーん! 何処行ったですかー?」
そんなアンリの耳に、2人の女性の声が届く。
暫くすると、その2人――――ミリィとラテリカ・ラートベルはアンリとアンジュのいる場所まで辿り着き、安堵の表情を浮かべていた。
「良かった‥‥あの、ありがとうございます」
ミリィはアンジュを抱きかかえ、その傍にいたアンリに一礼する。
「拙者は特に何も。ところで貴女等は何処より?」
「えと、恋花の郷言う村です」
アンリの問いに対し、ラテリカが恋花の郷についての大まかな説明を行う。
既に一年近く通っていると言う事もあり、その説明は的確で、無駄のないものだった。
「成程。誠に興味深き村なれば、是非見学させて頂きたく候」
「だいじょぶですよー。でも、ラテリカ達はこれから用事あるので、他の方をごしょかいするです」
「忝い」
アンリの研ぎ澄まされた所作に感心しつつ、ラテリカとミリィはアンリを連れて村に戻った。
そして――――
「それでは、『冒険者の家』の説明会を開催致します!」
説明担当のミリィが大空の元、大きな声で呼びかける。
既に広場には、説明を聞きに多くの冒険者が集まっていた。
まず、家の申請を行う予定のラテリカ、ミカエル、シャクリローゼ、ジェイミー、レティシア、アーシャ、森写歩朗、ジャン、エレイン、エラテリス。
他にも、エラテリスの親戚レリアンナや、説明を聞きたいと言う宿奈芳純、令明と言った面々が参加していた。
そして、それぞれの手にはラテリカが用意したタイムティーが配られている。
とても安らぐ匂いに包まれ、説明会は始まった。
まず、どのような用途の場合でも適用される規律の説明が、ミリィの口から語られる。
取り立てて難しい点もなく、冒険者達はお茶を片手に朗らかに聞いていた。
「陰陽師の宿奈芳純と申します。部外者ではございますが、一つ提案させて頂いても宜しいでしょうか?」
「あ、はい。何でしょうか?」
若干戸惑いつつ、ミリィは頷いた。
芳純が行った提案は――――『ペット静養区域』の設置だった。
近年、冒険者が連れているペットに関して、パリを中心とした大きな都市では進入を禁止する区域を設けていることがある。
住民に迷惑をかけないようにと言う処置なのだが、その結果、ペットを連れて歩く事が何かと難しい世の中になってきている。
特に冒険者はかなり特殊なペットを連れている者も多く、大きさによっては散歩させる事もままならないらしい。
「住民に迷惑が掛からない場所で、冒険者とペットがのびのびと遊べるような区域を設ける事は可能でしょうか?」
芳純はラードゥガ、アルカンシェルと言う2体の妖精の手を引きながら、訴える。
特に近年は、妖精に対して世間の目は冷たく、中々外で思いっきり遊ばせる機会がないとの事だ。
「そうですね‥‥村の皆と話し合う必要はあると思いますが、飼い主の方が責任を持って管理して頂けるのなら、可能じゃないかと思います」
「御一考頂けましたらありがたく存じます」
実際、冒険者のみならず、ペットを飼っている者は結構交流の場を探している。
その交流の場を作る事で、新たな観光客を呼び込める可能性はあり、村にとっても十分検討の余地はあるだろう。
「それでは、これからは用途別に分かれて説明を受けて下さい。以上で共同説明会を終わります」
ミリィの挨拶に続き、数人の村人が声を掛ける。
「えっと、別荘として使いたい人はこっちにどうぞ」
「お店を持ちたい人はこちらよ」
「非営利目的の展示や作業場、その他諸々はこっちねー」
それぞれ、村のパン職人カール、そのカールの師匠リンダ、そしてハンナの呼びかけに応じ、目的別に分かれていく。
純粋に店のみを開く予定の者が3組。
他の施設で一部飲食物を扱う者が2組。
別荘として扱う者が3組。
そして――――
「花嫁修業塾‥‥?」
唯一毛色の違う利用を考えていたレティシアの提案に、ハンナは思わず息を呑んだ。
「そ、それはどう言う? 具体的にどんな内容にするつもりなのかな?」
「取り敢えず、落ち着いて」
目の色が明らかに変わった説明係に、レティシアは務めて冷静に説明を始めた。
花嫁修業塾。それは、花嫁に必要な知識・技術を徹底的に叩き込み、来る結婚に備え、己を磨く為の施設だ。
「ふんふん、ふんふん。で、その講師の方は誰にお願いを‥‥?」
鼻息荒く聞いてくるハンナに、レティシアは微笑を浮かべ、自身を指差した。
「‥‥経験は?」
「皆無」
恋花の郷『花嫁修業塾』。
それは、耳年増な一人の未婚の女性による人伝の知識によって成り立つ予定だ。
「塾って、未経験でも開けるものなの‥‥?」
「見くびらないで貰いたいものね。こう見えて幾多の戦場を切り抜けてきた冒険者。つまり――――やれば出来る子!」
くわっと目を見開いたレティシアの眼力に、ハンナは思わず後退する。
「心配しなくても、夫婦関連の雑記とか伝承を多数所持してるから。そこから引用して講義用の教科書を纏める予定」
「そ、それなら大丈夫‥‥かな?」
何となく納得した所で、2人は家の見学に向かった。
その傍らでは、別荘チームがカールの説明を受けている。
「‥‥と言う訳で、家として使う分は特に専用の規律はないんで、自由に使って貰えれば。質問はありますか?」
その呼びかけに、エラテリスがまず挙手する。
「えっと、ボク以外の知り合いの方も泊まれるのかな?」
「はい、大丈夫です。家によって部屋の数とか多少違うんで、家を選ぶ時に注意して頂ければ」
その説明が終わると同時に、今度はレリアンナが質問をする。
「ペットの持込は大丈夫なのかしら?」
「あ、それに関しては、飼い主が一緒にいる事が条件です。ペットだけ置いていく、と言う事がなければ」
「ありがとうございますわ」
その例言の後、今度はラテリカが挙手した。
「えと、この子もだいじょぶでしょか。ラテリカの家族なのです」
そんなラテリカの肩の上には、小さな妖精が留まっている。
月のエレメンタリーフェアリーだ。
「はい、大丈夫です」
「良かったですね、クロシュ。村の人驚かさないよにしましょね」
「しょね〜♪」
クロシュはラテリカの頭の周りをくるくる回って、喜びを表現していた。
「あの」
そんな中、次はエレインが挙手する。
「は、はい! 何でしょうか!」
「お家の場所はもう決まっているのですか?」
「家自体は。その中から、好きな所を選んで貰う予定です。希望が重なればお話し合いを」
「わかりましたわ。ありがとうございます」
エレインの微笑みに、カールは何度も恐縮しながら頬を掻いていた。
そして、最も希望者の多いお店及び飲食を取り扱う冒険者達は、リンダから一頻りの説明を受けた後、規律に対しての見直しなどを話し合っていた。
「成程ね。確かに価格競争は起こさない為にも、価格の上限と下限は決めといた方が良いかね」
「村のお店の人達とも話をしたいですね。後、一定期間ごとに規律を見直せれば良いな、と」
まずは、冒険者の家の発足人であり代表でもあるジャンが更なる規律の整備を提案。
森写歩朗とミカエルもそこに加わる。
「価格の設定はエチゴヤを基準にすると、明確になるかと思います。多少安いくらいが良いのでは」
「村で扱っている商品と競合する場合は、結構難しいですよね。僕達が村の商売に悪影響を与える訳には行きませんし」
森写歩朗はあらゆる商品を取り扱うお店を予定しているし、ミカエルは牧場で取れる獣肉、乳、卵などを売る予定だ。
村のお店と被る可能性は高い。
「その点、私は問題なしですね〜。オリジナルのお土産品ですから」
アーシャはミリィから預かったアンジュを抱きながら、ニコニコと微笑んでいる。
彼女の扱うお店は、この村ならではの『恋のおまじないグッズ』やアンジュをモデルとした『木像の置物』など、自作の土産品を取り扱う予定だ。
ただ、テレパシーリングで専属モデル要請を試みたものの、会話は成立せず、交渉は継続中だ。
「それじゃ、後は個々で見ていきましょうか。まずは家の見学から」
『はーい』
リンダの言葉に全員が了承の意を示し、冒険者は全員広場から離れ、それぞれの持ち家を決める事となった。
夕刻――――
「うむ、実に良い合宿であった! マルクボーイ、村娘と恋に落ちたりはしなかったのか?」
「い、いひゃ‥‥」
「はっはっは、初心な奴め! では仕上げに『ラングドシャ』までランニングと行くか!」
結局、何故呼ばれたのかわからないままのマルクを連れ、エセは村を後にした。
その後ろでは、村長のヨーゼフがアンリと立ち話をしている。
ヨーゼフ自ら、アンリの案内を買って出ていたのだ。
「素晴らしい土地にて養生出来た事、誠痛み入る」
「いえ。是非またいらして下さい」
2人はがっちりと握手を交わす。
その傍らでは芳純が2体の妖精を連れ、村に別れを告げていた。
次々と来訪者が村を後にする中、アレーナもまたペガサスのプロムナード、馬のエスポワールを連れて恋花の郷に別れを告げる。
「またいらして下さいね」
「ああ。次来る頃には、温泉があると良いな」
「あ、あはは‥‥善処します」
ミリィが見送る中、1人、また1人と冒険者は村に背を向けていった。
そんな中、逆に村に入ってくる者が1人。令明だ。
1匹の仔犬の背に乗り、ミリィの傍に近付いて行く。
「あら? フリールさんの所のコリュー‥‥?」
「こにょわんこ、迷子になってたワン!」
「まあ、助かります」
ミリィと令明は、オレンジ色の道を歩き、村人の1人であるフリールの家を目指した。
去る者がいれば、戻って来る者もいる。
一日の間でも、これだけ多くの冒険者が出入りするまでになったその村は、一年前の風景とは全く違ったものになっていた。
特にこの日それを顕著に体験したのは、村の大工だ。
「防音壁は、こう言う小さい板を既存の壁に沢山取り付けて作る。それと、青い鳥の看板と花壇だと‥‥これくらいの額になる」
「わかったです。では、これでお願いしますですよー」
「ですよー♪」
「みうー♪」
ラテリカは、民家の多い地帯とは離れた場所に、自分の家を持つ事となった。
村を訪れた際に泊まるだけでなく、音楽に触れたい者を集めて演奏を楽しんだり、ちょっとしたレッスンを行ったりする予定だ。
「音楽関係ならば、『フルール・ド・アムール』や収穫祭の時に演奏を行った連中に声を掛けると良い」
「ありがとございますです。お声を掛けてみるですね」
「ですねー♪」
「みうっ♪」
お礼を言うラテリカの頭には、アンジュとクロシュが乗っかっていた。
ミリィが見送りを行う間、アンジュをここで預かっているのだ。
「ん〜‥‥気を抜くとほんわかして手が止まりそうなのです〜」
そのアンジュを、アーシャが目を細めつつ手元の羊皮紙に描写している。
アーシャの家は既に見積もりは終わっており、近日中には薄いピンクを基調とした、可愛いデザインの内装の土産屋が誕生する予定だ。
そこに並べる商品は、一先ずはアーシャが作り、村に送る事になるが、最終的には村人に委託する事になるだろう。
「みう?」
「はう〜、小首を傾げるその姿は反則なのです〜」
しかし、中々スケッチは進みそうにない。
「‥‥では」
そんな光景を背に、大工の青年は次の家へと向かった。
その先では、ジャンとミカエルが談笑している。
『アリス亭』と名付けられたその家は、馬車屋兼軽食店として改装を行う予定だ。
尚、この馬車屋はジャンとミカエルが共同で経営する予定だ。
そう言った性質上、ジャンとミカエルには牧場の直ぐ近くに並んだ家をそれぞれ進呈と言う事となった。
ジャンの経営する『アリス亭』は2階建ての家で、1階は建物の外にテーブルを構えた軽食店となっており、奥ではハーブや土産物などを売るお店となっている。
カウンターは2つに仕切り、もう一方は馬車屋の受付にする予定だ。
2階は自身の部屋などに充てる事になっている。
建物の周りには桜の木を植える予定もある。
更に、看板として、この家の『本当の主』とも言えるケット・シーのアリス=リデルを中心とした横長の物を発注していた。
「了解だ。見積もりは少々時間が掛かるが、既に費用は貰っているし、出来る所から早めに着工しておこう」
「助かります。詳細はミリィさんやハンナさんと話し合って決める事になるんで」
ジャンは、この2人に店員を依頼していた。
既に概要を聞いている事、信頼関係が確立している事もあり、話は円滑に進み、既に了承は得ている。
この後話し合う予定だ。
一方のミカエルは、自分の家を『新しく出来る牧場の経営者の家』と出来るように調整を進めている。
つまりは、牧場のオーナーとなる、と言う事だ。
今のところ村から立候補者は出ておらず、立案者であるミカエルが代表となる事に異を唱える者はいない。
それ程時間は掛からないだろう。
尚、従業員の家としても解放する予定でいる。
改装もそれ程時間は掛からないので、割と直ぐ経営に着手できそうだ。
「牧場主、先生‥‥大変だな。大丈夫か?」
「ええ、頑張ります」
ミカエルは大工の青年に、決意を漲らせた笑顔を返した。
次に大工の青年が訪れたのは、シャクリローゼとジェイミーの共同となる家。
図書館として扱う為、棚や受付のカウンターが必要となる。
また、軽食を出すのであれば、図書室とは別室にテーブルを構える必要もあるだろう。
「見積もりはこれくらいだ」
「棚の方が少々お高いですわね。そもそも新しく作り直す必要があるのかしら? 内装にもかなり疑問点が‥‥」
「だが、利益を出すのであれば外見は重要だ。新品で揃えておいた方が‥‥」
大工とジェイミーが交渉を続ける中、シャクリローゼは夕日の漂う空を舞い、他の冒険者の家に遊びに向かった。
シャクリローゼとジェイミーの家は、軽食として出すメニューにカールの家のパンを加える予定だ。
その便宜上、カールの住む家とは近所同士となった。
尚、直ぐ近くにはエレインの家もある。
彼女の家は、素朴な家具と淡いグリーンのカーテンを設置するなど、質素な感じの家になる予定だ。
村の子供達が寝泊り出来るよう、広い居間の家を選択していた。
「お留守かしら?」
シャクリローゼはエレインの家を訪ねたものの、そこには誰もいなかった。
仕方ないので、カールの家に向かう。
家と言ってもほぼパン工房と言った作りになっており、日中はずっと良い匂いが立ち込めていた。
そんな工房の扉の隙間からシャクリローゼが見た光景は――――、
「こ、これは‥‥」
カールの顔に、メイドドレスを来たエレインがその顔をゆっくり近付けている瞬間だった。
まさかの決定的場面に遭遇したシャクリローゼは思わず身を乗り出すも、まじまじと見るのは失礼と言う葛藤もあり、落ち着かない。
だが――――
「はい、取れましたわ」
「ありがとうございます。目のゴミって自分だと中々取れなくて」
実際は、お約束のアレだった。
ちなみにシャクリローゼは倫理観を優先させ、既に飛び立っている。
この誤解が後々、2人の関係に大きな影響を及ぼすのだが――――それはまた別の話。
夕日が徐々に山に隠れる中、大工は森写歩朗の家を訪れていた。
「‥‥では、見積もりはこんなもので。既に前金は頂いているから御代は必要ない」
「わかりました。それでは、宜しくお願い致します」
代理販売店となるこの家には現在、かなりの商品が在庫として置かれている。
その様子に、流石に大工の青年も目を丸くしていた。
店の形態は、割かし質素だ。
展示しているのは小物のみで、後の物は品物リストを見て購入して貰う予定でいる。
先日森写歩朗が手伝いをした宿や酒場にもリストの張り出しを依頼しており、許可を取っていた。
ただ、字を読めなければリストは読めない為、ここでもミカエルとエレインの責任は大きい。
「ふう‥‥」
そんな中、大工の青年が溜息を落とす。
「かなりの家を回ったようで。お疲れでしょう」
「いや、ただの交渉疲れだ。前の家でかなり値切られてな」
「ああ、ジェイミーさんの所ですね」
直ぐに思い当たり、森写歩朗が苦笑する。
「とは言え、その交渉術で村に馬がやって来た以上、文句も言えん」
「それもそうですね」
森写歩朗と暫し雑談した大工の青年は、その後エラテリスの家に向かった。
取り立てて特別な改装は必要ないとの事なので、話は円滑に進む。
「ここは2人で使うとの事だが、もう1人は?」
「えっと、ラートベルさんのお家、かな?」
アンジュは冒険者の間でも人気らしい。
大工の青年はエラテリスに別れを告げ、最後の家に向かった。
花嫁修業塾と言う、一風変わった施設にすると言うレティシアの家だ。
青年は育ちの良さそうな顔立ちの女性の顔を思い返し、その意外な組み合わせに心中で首を傾げる。
余り花嫁を育成すると言うタイプには見えなかったからだ。
人は見かけによらないものだ――――そう独白し、家の扉を開けようと手を伸ばす。
だが既に扉は開いており、中の様子が筒抜けとなっていた。
すると――――
「お帰りなさい。お仕事大変だったでしょう?」
いきなりそんな言葉が飛んで来た。
狼狽する青年を他所に、メイドドレスとエプロンに身を包んだ少女の声は留まるところを知らない。
「先ずは夕食? お風呂? それとも、わ、わた‥‥」
はにかみながら、上目遣いで呟く。
そこで、目が合った。
「‥‥」
約1分、両者共に固まる。
そして、
「‥‥死」
その日、恋花の郷で1人の冒険者が亡くなったとか。
ちなみに、レティシア・シャンテヒルトが何故このような行動に興じていたのかは――――誰も知る由がなかったとか。
沢山の来訪者は、同時に多くの別れを生んだ。
けれど、それは当たり前の事。
陽が上り、そして沈み、また上るように、出会いがあれば別れが生まれ、そしてまた出会いが生まれる。
そんな輪廻の片隅に、この恋花の郷は存在し続けるのだろう。
この世界がある限り――――