不幸物語最終章1「春の花嫁修業」

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 23 C

参加人数:5人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月20日〜04月25日

リプレイ公開日:2009年04月28日

●オープニング

 パリの近郊にマルシャンスと言う街がある。
 現在その中央では大規模なからくり屋敷が粛々と建設中で、概ね順調に進行している。
 その建設には、『ノルマン1不幸な男』で現在家なき子なマックス・クロイツァーが参加しているにも拘らず。
 これは何かの前触れか――――そんな声も囁かれる中、当の本人は必死に不相応な仕事をこなしていた。
、そんな甲斐性なしの不幸貧乏石工には、婚約者であるマルレーネと言う女性がいる。
 器量も性格も良く、男の趣味以外は言う事なしの女性と言う評判で、マルシャンス街では密かにファンクラブまで作られているほど、一部の間では有名だったりする。

 そのマルレーネが、ここ数日情緒不安定になっていると言うのだ。
 
 それを受け、街内ではやれ『マックスに愛想が尽きて別れ話を切り出そうとしている』だの、やれ『もうあの不幸男の不幸に構う人生に疲れた』だのと、ウワサに尾ひれが付き、今マルシャンス街はその話題で持ちきりだ。
 そして!
 その噂を聞きつけた、マルシャンス街で煙の立つ話題を全て統括していると言うウワサ大好きの自称”美少女”フローライト・ミカヅキがついに動いた。
 真相を明らかにする為、彼女の自宅に突撃取材を試みたのだ!
「ごめんくださいましー! ごめんくださいましーっ!」
 しかし、返答がない。
 仕方なくフローライトは無断で家の中に進入した。
 無論、この時点で犯罪なのだが、フローライト・ミカヅキは一切怯まない。
 犯罪を怖がっていては、ウワサの真相は得られないのである。
「ごめんくださいましー‥‥」
 フローライトは声をかけながら、中を確認する。
 不在である可能性が高そうだと思いつつも、居間に到達したその時――――
「こ、これはーーーっ!?」
 フローライトは驚愕した! なんと、居間が荒れているではないか!
 衣服があちこちに散乱し、あらゆる家具の引き出しが開けられている。
 強盗に押し入られたのか、変質者の仕業か。フローライトが目を泳がせた、その時。
 背後に人の気配が!
「ご、強盗!?」
「はうあーーーっ!?」
 何と言う事だろう。
 無断侵入者フローライトは強盗と勘違いされてしまったのだ!
「ち、違いますー! あたしはただ事後承諾的な見解からちょっとお邪魔しただけで‥‥」
 いい加減な弁解をしつつ振り返ったフローライトの目には――――マルレーネの怯えた顔が映っていた。


 5分後。
「‥‥つまりー、結婚に対する不安がストレスとなっている、と言う訳ですねーっ」
 奇跡的に弁解に成功したフローライトは、疲れきった表情のマルレーネへの取材を行っていた。
 曰く――――
「このまま、甲斐性もなく不幸が個性と言うどうしようもないロクでなしと結ばれて将来大丈夫なのか、と言う悩みでやつれているのですねー。わかりますよー。と言うか、あたし的には確実に無理だと思いますよーっ」
「いや、そんな事言ってないから。不安だって言っただけでしょ?」
「ですが、街の人達は皆そう言ってますよー」
 フローライトが独自に行った調査によると、マルシャンス街の実に80%もの人間が2人の結婚に反対だと言う。
「えっ嘘! って言うか何その余計なお世話調査!」
「皆さん、お2人の関係に興味津々なのですよー。マルレーネさんが不安がっていると言う噂が流れて以降、ファンクラブの皆様は『毎日呪いの祈りを捧げた甲斐があった』って喜んでいますー」
「あのねえ‥‥兎に角、破局なんてしてません! 噂は勝手に他の人が言ってるだけ!」
「はうあ‥‥壊滅的につまりませんー」
 フローライトは幻滅をあからさまに露にした。
「では、話を変えましてーっ。この惨状は一体どう言う?」
 だが直ぐに建て直し、現在座っている居間の周りの様子を問う。
 何故フローライトが強盗でないと言う証明ができたのか、それはこの答えに起因していた。
「ああ。これは私がやったの」
「え? 大掃除か何かですかー?」
「と言うか、色々整理をと言うか‥‥まあ‥‥一人増えるかもしれないから」
 マルレーネは少し頬を染め、俯きながら呟いた。
「そ、それって‥‥」
 フローライトは目をきゅぴーんと光らせ、座った体勢のままテーブルに飛び乗り、マルレーネに詰め寄る。
「おめでとうございますー! 男の子と女の子、どっちが良いですかーっ!?」
「子供が出来たんじゃなーい!」
 テーブルがすさまじい勢いで引っくり返され、フローライトがすっ飛ぶ。
「まあ、いつまでも家なき石工じゃ辛いだろうから、だったらもうここに‥‥って思って」
「はうあ〜」
 フローライトは目を回しながらその言葉を聞いていた。
 つまりは、婚約者同士が同じ屋根の下に住まうと言う、それだけの事のようだ。
「では〜、不安と言うのは家が不幸によって破壊されないかと言う不安なのですね〜」
「‥‥」
 フローライトの言に、マルレーネは肯定を見せない。
 何かある――――ウワサ好き暦12年のフローライトは、その経験に裏打ちされた嗅覚でそれを鋭敏に嗅ぎ取った!
「実は‥‥私、家事全般が全然駄目で」
「え? でもー、マルレーネさんがお弁当を甲斐甲斐しく運んでいる姿を沢山の男共が悔しげに目撃していますがーっ?」
「ふふ‥‥ふふふ‥‥」
 マルレーネが笑う。病的に。
「あんなの‥‥おかあさんが作った物だし‥‥」
 衝撃の事実発覚!
 マルレーネは自身の母親が作った弁当を婚約者に振舞っていた!
「だってねえ。この子本当に不器用で、なーにも出来ないんだもの。ホント、嫁の貰い手がいてくれて助かったわ」
「お、お母様でいらっしゃいますかー? 突然の登場痛み入りますー」
 いつの間にかフローライトの隣に座っていたマルレーネ母が嘆息しながら白湯をすする。
「あんたも、何時までも嘘吐いて見栄張ってどうするの? 結婚したら直ぐバレる事なのよ?」
「と言うか、そんな状況で同居なんて、一体どうするるもりだったんですかーっ?」
「わ、わかってるってば! だから、どうしようかなって悩んでるのよ」
 つまり、そう言う不安だったらしい。
 ちなみに、母親は既に匙を投げており、既に教える気はないようだ。それくらい酷い不器用っぷりとの事。
「なんとー。ノルマン1不幸な男を包み込む豊潤な愛の裏に、実はそんな偽りが潜んでいたとはー」
「だ、だって、何か言い出せなくなって‥‥」
 マルレーネも、このままでは駄目だと言う事は十分承知している。
 全てを見せ合い、長所も短所も知りながら、尚尊敬と情念を抱き合う二人でなければ、結婚生活など上手く行く筈ないのだ。
「あんたぐらい不器用だと、一般人から教えて貰っても無理だわね。この際、高いお金払って専門家に習うくらいじゃないと」
「‥‥わかった。そうする。マックスだって頑張ってるんだし、私だって」
 マルレーネは促されるままに覚悟を決めた。
「それなら、丁度良いイベントがありますよー?」
 フローライトによると、これから暫く経ったとある日に『ミス婚約者コンテスト』があると言う。
 何でも、婚約者として誰がこの街で一番優れているかと言う大会を行うらしい。
「‥‥何そのピンポイント企画」
「これで優勝すれば、名実ともに立派な婚約者として花嫁になれますよー。優勝賞金も40G出るそうですー」
「あら、依頼料の補填に丁度いいわね。出たら? マルレーネ」
「う、うん‥‥優勝は‥‥無理だと思うけど」
 取り敢えず、そう言う事になった。

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ec0713 シャロン・オブライエン(23歳・♀・パラディン・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

諫早 似鳥(ea7900)/ アニエス・グラン・クリュ(eb2949)/ セイル・ファースト(eb8642

●リプレイ本文

 悲壮な決意で始まった花嫁修業は、まずマルレーネの各分野の能力を見る為、彼女の家に集結した。
 ラテリカ・ラートベル(ea1641)の用意した調理器具セットで、野菜炒めを作ってみる。
「‥‥行きます」
 マルレーネは手にした包丁を半眼で睨みながら、キャベツの葉を串刺しに――――
「はわっ!? えとえと、串刺しはダメです!」
「え?」
 ラテリカが慌てて止める中、キャベツの葉は哀れズタズタになってしまった。
「ご、ごめんなさい。包丁って、使った事なくて‥‥」
「その気迫は花嫁と言うより傭兵向きだな」
 ポツリとシャロン・オブライエン(ec0713)が呟く。
「お、お嫁さんに気迫はいらない思うですよー」
「フフ‥‥そんな事はなくてよ」
 半泣きのラテリカに手を差し出しながら、セレスト・グラン・クリュ(eb3537)が薄く微笑む。
「心の奥底で不屈の魂を燃やし続ける為には気迫は大事。そこから生まれる忍耐力は、花嫁にとって3番目に重要なものよ」
「中々興味深い話だな。是非1番目と2番目も聞きたいさね」
 バラのマント留めがやたら似合うライラ・マグニフィセント(eb9243)がクールに問い掛ける。
 セレストは笑みの色を濃くし、細い指で頬をなぞりながら呟いた。
「2番目は、平常心。花嫁たる者、いつ如何なる時も冷静に。でなくては、あのケモ‥‥もとい、誇りの塊とも言える相手とは到底渡り合えないの」
「いつの間にか、姑問題の話になっている気が」
 クァイ・エーフォメンス(eb7692)が冷静にツッコむが、セレストの弁は続く。
「旦那様への愛。結局はコレなのよね」
「ラテリカもそう思うです! つまり、愛が試されているのですねっ」
「そうよ。愛は決して不毛な抑圧の日々を正当化する為のものではないの」
 ガシッと抱き合う2人に、ライラは静かに何度も頷いていた。
「花嫁経験者ならではの見解さね」
「そ、そうでしょうか?」
「オレには一生わからない境地だな」
 クァイとシャロンが首を捻る中、マルレーネは他の分野に関しても不器用っぷりを如何なく発揮。
 箒の枝部分を全破壊したり、頑丈な生地をボロ布にしたり、ゴミ入れの桶をぶっ壊したりした。
「‥‥私、ここまで酷かったの‥‥」
 マルレーネが青ざめた顔で膝を折る。ラテリカが必死で慰めの言葉を掛けていたが、耳には届いてなさそうだった。


 修行は、各分野集中して行われる事となった。
 集中力を持続させる為には、ある程度目先を変えて飽きさせないようにする方が良いのだが、何しろ時間がない。
 一貫した詰め込み特訓。これしかないのだ。
「それじゃ、始めましょうか」
「宜しくお願いします、クァイ先生」
 初日は掃除の修行をする事となった。
 炊事にしても洗濯にしても、失敗すれば掃除は必要となる。
 よって、最初に覚えるスキルとしては最適なのだ。
 そして、その為にクァイが用意したのは、『家小人のはたき』と言うアイテムだ。
「では、まずこの家の埃を全部取ってください」
「全部?」
「はい、全部」
 クァイは笑顔で頷く。が、言っている事はかなりのスパルタだ。
 マルレーネは覚悟を決め、ハタキを片手に掃除を始めた。
 掃除の場合、大事なのは要領だ。
 時間に終われる中でこなしていけば、自然とそれは身に付く。
 だが、身に付くまでが問題だ。
 ――――ゴォン!
「あ、壁が!」
 ――――ズボオオッ!
「床が!」
 ――――ドオオオオオッ!
「天井がーーっ!?」
 マルレーネは粛々と力み続け、廃屋の到る所を倒壊させた。
 その度に、クァイは木工スキルを駆使して修繕を行う。
 幸い、この地域には未使用の木材がたんまりあるので、材料の消費は必要なかったが、修復箇所は延々と増え続けた。
「教える為に来たのに、ほぼ修繕だけしかしていないのは何故かしら‥‥」
 自身の行動に疑問を抱きつつも、クァイはマルレーネの尻を拭いまくった。  
 ――――15時間経過。
「うう‥‥終わりましたぁ」
 ボロボロになりつつも、マルレーネは掃除をこなした。
 煉瓦で出来た廃屋は、見事なまでに木造建築物と化している。
「はわ、凄いですクァイさん」
「一日で家一軒を完全改装とは。大したものだ」
 ラテリカとライラが心の底から感心する中、クァイはポーションを使ってマルレーネの傷を癒していた。


 2日目――――洗濯・裁縫。
「裁縫の極意は直線縫いにあり。徹底的に反復あるのみさね」
「はい! ライラ先生!」
 まずは裁縫を半日かけて徹底的に扱く。
 担当のライラは、敢えて難しい技術は捨て、基本一本に絞った。
「あうっ! うう‥‥あうっ!」
 しかし、そんな基本すら中々覚束ないマルレーネは、幾度となく指を怪我してしまう。
「はいはい、いちいち痛がってないで。続けて」
「はい〜‥‥」
 敢えてライラはスパルタに徹した。
 とは言え、それだけでは潰れてしまう。
 世の中には飴と鞭と言う効率的な方式があり、ライラはそれを採用する事にしていた。

 ――――5時間後。

「よし、まあまあ出来てきたね。それじゃ休憩。皆も呼ぼうか」
 と言う訳で、飴となる休憩タイムには、ライラが自身の店から持ってきた食品や、ここで作ったお菓子などを用意し、和みの場を提供した。
「お、美味しい‥‥私もこれくらい作れるようになりたい‥‥」
 飴効果は抜群。マルレーネは英気を養った。
 続いて洗濯だ。
 こちらは裁縫と違い、元々専門的な部分は見え難い分野。
 それを利用し、ライラは裏のテクニックを身に付けさせる事にした。
 例えば、汚れを完全に落とすと言うより、見た目を兎に角綺麗にする方法。
 臭いはハーブなどを使って誤魔化すなど、ある意味『手抜き』とも取れる極意をマルレーネに伝授した。
「ごしごし‥‥ふう‥‥ごしごし」
 街を流れる川で、マルレーネは延々と布を洗う。
 そして、乾かした布で更に裁縫の練習を行う。
 ライラは手本を示しつつ、徐々に洗う速さ、縫う速さを上げさせるよう尽力した。
 そして――――夜。
「ま、これくらい出来れば良いか」
「ありがとうございましたー‥‥きゅう」
 ライラがお墨付きを与える頃には、マルレーネは限界に達しており、直ぐに潰れた。
 ちなみに、ライラが手本と称して縫った布は、気が付けばまるで豪華なマントのように美しい仕上がりになっている。
「これは見事だ。売り物に出来るくらいだな」
「素晴らしいですね」
 シャロンとクァイが感心する中、ライラは眠りに付いたマルレーネにそっとその布を被せた。


 3日目。
 この日はセレストとシャロンが同時に指導を行う事となった。
 セレストは、vs姑対策。
 この道の専門家(?)である彼女の指導は実に具体的、且つ効率的だった。
「能書き垂れる前後には必ず『はい、お義母様』とお言いザマス」
「は、はい、セレスト先生、じゃなくてお義母様」
 ちなみに何故こんな語尾なのかは、彼女の個人情報に抵触する為、ここでは割愛する。
「『でも』? 『だって』? なーんザマスかその反抗的な態度は! お里が知れるザマスね全く!」
「うう‥‥はい」
 と言う訳で、まずセレストは兎に角姑の毒素から身を守る術を徹底的に叩き込む事にした。
 口答えしない。反抗的な目や態度は禁止。
 これこそが、姑と言う名の上級デビルから自身を守る為の最大の防衛手段なのだ。
「‥‥マックスさんのお母様って、ああ言う方なのでしょうか?」
「ラテリカは会った事ないので‥‥」
 クァイとラテリカが冷や汗混じりに眺める中、特訓は続く。
 セレストが重要視しているのは、姑への牙を研ぐのではなく、如何に流し、如何に持ち上げ、如何に利用するか。
 完璧でもダメ。へなちょこでもダメ。
 そのバランスを保つ事で、傷付けず、傷付かずの距離を保てるのだと言う。
「大事なのは、『この家に早く馴染む様努力してる嫁』を演じる事ザマス。『自分には及ばないけど、まあ頑張ってるんじゃない?』と思わせれば良いザマス」
「わ、わかりました」
 この後、マルレーネはセレストの実体験に基いた指導を骨の髄まで染み込ませる事となった。

 午後からはシャロンが指導を担当。
「オレから伝授するのは、最強の武器だ」
「ぶ、武器ですか?」
「そう。それは‥‥涙!」
 くわっ、と目を見開き、シャロンは吼えた。
「空しい話だが、武術や学問が得意な女が尊敬されるとは限らない。オレのようにな」
「シャロン先生‥‥」
 自慢か自嘲か微妙なラインだったが、マルレーネは続きを黙って聞く。
「男が求める理想の女は、保護欲を煽られるような、か弱い女性。その象徴が涙と言う訳だ。これを自在に操る事が出来れば、男なんて意のままさ。このオレが保証しよう」
「でも先生、それは卑‥‥」
「愚かな! 卑怯だと!?」
 シャロンは自覚があるのか、全て聞く前に反論を唱える。
「いいか? 勝利の女神とは出来うる限りの努力を尽くした者にのみ微笑むのだよ。それを怠るのは悪の権化、アスタロトの手先と見做されても文句は言えまい!」
「え、ええっ!?」
 と言う訳で、午後からは何時でも泣けるようになる、と言う特訓が行われた。
 とは言え、無論そう簡単に上手くは行かない。
「あの、見本をお願いします」
「‥‥見本か」
 シャロンは遠い目で空を見つめる。
 この世に生を受け早幾年。果たしてどれだけの涙を流して来ただろうか――――
「先生凄い! もう涙が!」
「‥‥フッ。最後に泣いたのが何時だったかと思うと、つい、な」
 己の人生に同情すると言う、何とも複雑な涙となった。
 

 4日目。
 修行最終日となるこの日は、炊事の修行だ。
 ラテリカは基本をまず丁寧に教える事を心がけ、じっくりと上達をさせるよう尽力した。
 問題は――――その基本がどうしようもないと言う事。
 彼女の作った野菜炒めは、大体において毒草炒めだった。
 困ったラテリカは対策を練る事に。
 それは『罰ゲーム』だ。
 危機感を持って貰う事で、潜在能力を引き出そうと言う作戦だ。
 内容は『マックスが料理の得意な人の方が良いから別れよう』と切り出すシチュエーションの幻術を見せて、危機感を煽ると言うものだ。
 が――――
「待って、マックス! 私を捨てないで‥‥なんて言うと思ったかこの浮気ものーっ!」
 熊を狩る勢いで、マルレーネは幻術を引き裂いた!
「あれ? 今のは‥‥夢?」
「‥‥そ、そです。きっと(ぷるぷる)」
 奮起を促す作戦は失敗。
 と言う訳で。
「‥‥ここが会場なのか?」
 ラテリカはフライングブルームに乗って、本物のマックスを連れて来た。
 彼には『婚約者同士の愛を試しますコンテスト』開催中だと吹き込んである。
「え? 何でマックスがここに‥‥」
 驚くマルレーネを他所に、ラテリカはマックスに企画趣旨(嘘)を告げた。
 お題は『婚約者の出した失敗料理を涼しい顔で食べられるか?』と言うもの。
 それが出来れば、愛は永遠なり。
「最高の笑顔をお願いしますです」
「成程、任せとけ。俺のマルレーネへの愛がこんな物に負‥‥!」
 斯くして、マックスはマルレーネの作った野菜炒めを食べて死んだ。
「え、えええええ!?」
 哀れマックス。
 婚約者の手料理に討たれ、暁に死す。
「い、今のは幻ですけれど、こんな悲しい事にならないよに」
「あ、ああ、幻‥‥良かった」
 どうにか誤魔化したラテリカは、マルレーネが別の料理に向かう間、慌てて応急手当を実行。
 手当てが早かったので、どうにか助かった。

 そんなこんなあって、午後からは飛躍的に腕が伸び、最終的には『野菜』炒めを作れるまでに至った。
「良く頑張りましたですよー。今日はラテリカの作った料理を召し上がって下さいです」
 鶏肉のバターソテーや5種キノコのスープなど、贅沢な品々が並ぶ。
「あら、こちらは美味しいザマス。それに引き換えウチの嫁は‥‥」
「す、すいませんお義母様。精進します」
 姑継続中のセレストの嘲笑に、マルレーネは引きつった笑みで応える。
 ラテリカはあわあわしながら、その特訓の続きを見守っていた。


 決戦の日。
「さー、始まりましたミス花嫁コンテストっ! 司会は私ローライト・ミカヅキでお送りしますよーっ!」
 会場となるマルシャンスの酒場には、数人の婚約状態の女性が集っていた。
「それじゃ、時間の都合でちゃっちゃと行きますねーっ」
 と言う訳で、炊事、洗濯、掃除、裁縫は恙無く終了。
 マルレーネは各分野において、決して1番ではなかったが、冒険者達から借りたアイテムの効果もあり、無難に纏める事が出来た。
 何処の高給料理店だと言うような豪勢な料理や、不死鳥を刺繍で施した服などが次々に審査員を唸らせる中、マルレーネは粛々と、教えて貰った通りに作業を進めていく。
「だいじょぶでしょか‥‥」
「心配ない。ここまでは予定通りだ」
 不安げなラテリカの頭に、ライラが優しく手を乗せる。
 次はいよいよ最終項目。
 vs姑だ。
「なんと、最後の姑決戦は、実際の姑の方々に来て頂きましたーっ!」
『な‥‥何ーっ!?』
 参加者全員がドン引きする中、それぞれの姑に当たる妙齢の女性達が続々酒場に入ってくる。
 多くの参加者は、まだ姑との良好な関係を築けていないのか、明らかに狼狽えていた。
 そして――――マルレーネは。
「あ、あの‥‥」
 未だに一度しか会った事がなかったマックスの母を前に、今にも泣き出しそうな顔で対峙している。
「マズいな。男への涙は至高の武器なのだが」
「姑への涙は逆効果なのよね」
 シャロンとセレストが懸念する中、マルレーネは意を決したように口を開いた。
「お義母様。私は、私は見栄を張って――――」
 しかし、その言葉を聞く前に、マックス母は突如酒場を襲った猛牛の集団の波に飲まれて何処ぞへと流されていった。
「えええええ!?」
「‥‥遺伝、か」
 クァイが頭を抱えつつ、その後を追う。
 無論、酒場は大破。他の参加者も軒並み猛牛に轢かれて負傷する中、マルレーネだけが無事だった。
「おーっと、生き残ったのはマルレーネさんのみーっ! と言う事で、優勝はマルレーネさんですーっ!」
 そして、マルレーネは栄誉ある『ミス花嫁』となった。
「‥‥良いのか? こんな結末で」
「良いんじゃない? お似合いと言う意味では、文句なしだもの」
 シャロンが半眼で嘆息する中、セレストは別の種類の息を落とす。
 幸運の女神。
 マックスと対を成すそれが、今回マルレーネに宿ったのだろう。
「それに」
 そこに、ライラが数枚の紙を持ってきた。
「決して評価は悪くなかったし、な」
 それは、審査員の記した採点票。
 いずれの分野も、マルレーネは上位の評価だった。
「花嫁に特別な技術は必要ない、と言う事だ」
 下手に技術の誇示を狙った者は、実は低得点だったようだ。
 斯くして――――マルレーネは最大の障害を乗り越える事が出来た。

 尚、マックス母は無事クァイによって救い出されたとか。