月の都と呼ばれたくて
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月07日〜05月12日
リプレイ公開日:2009年05月13日
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●オープニング
ノルマンにアトラトル街と言う都市がある事をご存知だろうか。
何とか国でも有数の観光街にしようと、観光協会は様々な企画を立ち上げては実行していたのだが、当たり外れが大きく、上手く行ったら次の企画に大金を注いで失敗する、と言う何とも発展性のないサイクルを繰り返している街だ。
しかし、そんな観光協会の面々も、流石に学習はする。
これまでの傾向から、どう言った企画がウケるかと言う分析も行っている。
そして、その経験と計算の集大成が、これから行われる史上最大の企画に集約されていた。
その名も――――『月影のアイドル射撃手クッポーのドキドキワクワク射撃ショー!!!』。
6月に予定されているこのビッグイベントを成功させる為、アトラトル街観光協会は一つの計画を立案した。
それは、このアトラトル街を『月の都』とする計画だ。
現在、クッポーは『上弦の月』『下弦の月』と言う2つの特殊な弓を所持している。
その為、彼の肩書きは今『月影のアイドル射撃手』となっているのだ。
アイドル射撃手としての知名度は抜群のクッポーだが、月の部分はまだちょっと弱い。
そこで、街全体を月とし、この部分のアピールを行うと言う訳だ。
しかし、この計画には大きな障害があった。
「月の都‥‥って何だ?」
その質問に、誰一人答えられない点だ。
どうすれば月っぽくなるのか、誰もわからないのだ。
仕方ないので、何か月っぽい感じにする為、街のシンボルを黄色くて丸い物体にしてみたが、余り意味がなかった。
「月の都、奥深し! 無念‥‥」
アトラトル街観光協会は屈した。
計画は頓挫――――誰もがそう思った時、会議室の扉を勇ましく開ける音が響く。
「月。それは神秘の象徴」
「クッポーさん!」
現れたのは、何故かさん付けで呼ばれているクッポーだった。
「よく聞け愚民ども。人間と言うのは偶像を崇拝し、抽象を好む生物。連中を転がすのに実物を見せる必要などないのだ」
「お、おおっ!」
クッポーの天使のような声と天使のような容姿に、全員が頬を緩ませる。
「この弓を賞品とし、騎射大会を行う」
そんな中、クッポーは持参した2つの弓を会議室のテーブルに置いた。
「騎射? 動物に乗って弓を射る、あの?」
「他に何がある。だが、従来通りの方法では敷居が高過ぎよう。素人でも行えるように大人しい驢馬でも用意しておけ。無論、弓矢である必要はない。魔法でも何でも、的を射抜けばそれで良い」
クッポーは不敵なようで無邪気な笑顔を浮かべて、観光協会の面々に背を向ける。
「だ、だが折角手に入れた弓を賞品にだなんて‥‥」
「クックック」
そのまま、振り返る事なく歩を進めた。
「偶像、と言っただろう。偶像なのだよ、今回の賞品は。何故なら――――この俺が優勝し、再びこの手にするのだから‥‥はにゃ!?」
そして、何故か床に落ちていた酒瓶に足を取られ、後頭部からズッコケる。
「きゅ〜」
「ああっ、しっかりしてくれ!」
「誰だ! こんな大事な会議に酒瓶なんて持ち込んだ奴は!」
こうして、会議は愚駄愚駄のまま終了。
取り敢えず、騎射大会は開催される事となった。
●リプレイ本文
アトラトル街の郊外に、伝説の樹と呼ばれる1本の古木がある。
その樹の下で、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)は両の手を重ね、指を忙しなく動かしもじもじしていた。
それを視界に納め、エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)は大きく手を振りながら近付いて行く。
「シャンテヒルトさん! えっと、大事なお話って何かな?」
「エラテリス。あのね‥‥」
エラテリスの姿が樹の影と重なった刹那、レティシアは微かに頬を染めて俯いた。
その仕草と表情に、エラテリスの脳裏に初めて受けた依頼の情景がよぎる。
この木の下で結ばれた『カップル』は、永遠に幸せになれると言うが――――
「え、えええっとシャンテヒルトさん? ま、まさか‥‥えええ?!」
「そう。そのまさか」
混乱。そして焦燥。
エラテリスは顔を真っ赤にして、両手を前に突き出した。
しかし、それでも尚レティシアは言を止めない。
「貴女しかいないの」
「え?! だ、だってボクは、その、そんな‥‥どどど、どうしよう?!」
エラテリスに訪れる、かつてない危機。
果たして――――
「わ、わたしの‥‥馬になって‥‥っ」
「ボクは普通の‥‥えうっ?」
「ええ。普通の馬で大丈夫。受けてくれるのね。ありがとう」
レティシアは余り見せない満面の笑みで、エラテリスの手をギュッと握った。
よく晴れた、とある日の朝の事。
‥‥その翌日。
アトラトル街の観光協会は、緊急の集会を開いた。
参加者は役員の他、助言をしに駆けつけた数名の冒険者。
クッポーは修行中の為、お休みだ。
「あのクッポーと言う男、俺が人遁で月影の美女に変身したにも拘らず、一向に鼻の下を伸ばす気配がない。あそこまでストイックな男は珍しいな」
集会の席でまず行われたのは、そのクッポーの近況紹介だ。
共に山奥で修行しており、現在一時下山中の尾上彬(eb8664)は感心した様子で事細かに説明した。
「となると、先生の優勝もなくはない、と‥‥」
彼の生徒であるエルディン・アトワイト(ec0290)は複雑な表情で呟く。生徒として、先生が威厳を示すのは賞賛すべきなのだが、何処か変わらない先生でいて欲しいと言う願望もあるようだ。
「では、クッポー殿の近況がわかったところで、本題に入りましょう」
進行役のアハメス・パミ(ea3641)が次の議題を提示する。
それは『月の都計画 第2案』。
観光協会が投げ出したこの計画を、ここにいる面々で再び検討しようと言うものだ。
「では、まず烈閃殿から意見陳述を」
「了解」
アハメスの向かいに座っていた天城烈閃(ea0629)が、静かに席を立つ。
そして、自らの意見を赤裸々に述べた。
それは要約すると『ウサギの格好をした者だらけの街』にしようと言う提案だった。
「俺としては女性のみ‥‥こほん。兎に角、ウサギと月は密接な関係を持っていると言う事だ。引いてはこの街のアイドル射撃主にも協力願いたい」
周りで見てるだけの観光協会の面々から感嘆の声が挙がった。
「次は、レティシア殿」
「はい」
お肌つるつるのレティシアは調子良さそうに持論を展開した。
月光の歌姫と言う、この企画にふさわしい彼女の提案は、音楽を前面に押し出すというものだ。
月と音楽の関係を熱心に1時間ほど説き、詩人ギルドとの提携を薦める。
「‥‥と、このように、最終的には歴代優勝者の月乙女が全員集合して演奏大会を開く『月乙女オールスターコンサート』を」
話が壮大に広がりまくったところで、次のエラテリスに交代。
「えっと、ボク月の精霊さんに会った事あるんだ☆」
そう言いながら、エラテリスはムーンストーンを見せる。
その精霊からの頂き物らしい。エラテリスはこれをアトラトル街に進呈する旨を表明した。
「ララディさんって言う精霊さんなんだけど、お話好きのとっても良い精錬さんだったよ☆」
「月の精霊とは、何とも神秘的な。さぞかし美しい姿だったのでしょう」
「えっと、蛇さんが6枚の翼で飛んでるんだ☆」
「‥‥」
観光協会の面々が恐怖で凍りついた所で、エルディンに交代。
「既に彼らには会わせましたが、私のいとこを盛り上げ役として呼んでいます」
そのいとことは――――最近幾つかの街や村を賑わせている、神出鬼没の魔法淑女エルディーナの事だった。
「私も目撃した事がありますが‥‥エルディン殿の身内でしたか」
「ボクもあるよ☆ とっても綺麗な人だったな☆」
「ありがとうございます。彼女にも伝えておきましょう」
エルディンは涼しく微笑んだ。
既に大会の開会式での登場が決定しているとの事だ。
月の精霊と共に現れ、試技を行う予定だ。
次は彬。
「月といえば神秘。神秘と言えば、女だ。異論は認める」
「異論なし」
烈閃の率先した返答に彬は大きく頷き、話を続けた。
彼の月の都計画は、ズバリ美女を揃えると言う一点に特化していた。
というか、他は特に考えていないとまで言い切った。
「異論はない」
自発的な肯定を掲げた烈閃に、彬は握手を求めた。
「では、まとめましょうか」
持論も踏まえ、アハメスが各々の意見をまとめる。
結果――――
「では、これで」
冒険者満場一致で採決された。
観光協会の面目がこれで良いのかとダラダラ脂汗を流す中、集会は解散。
後は、大会本番を待つのみとなった。
そして――――大会本番。
山篭りから無事帰還したクッポーと彬、秘密の特訓をしていたと言うレティシアとエラテリス、所持している武器全てを整理していたアハメスが次々と会場となる広場に集まる中、烈閃は入り口の係員に止められていた。
「だから、参加者だって言ってるだろう」
「嘘付け! そんな怪しい参加者がいるか!」
まるごとウサギさんを着込んだ上に覆面までしており、更に『ファンタスティック・ラビット』とまで名乗った相乗効果もあって、係員は過敏に反応を示したようだ。
烈閃は嘆息しつつ、自身がこのような格好をしている理由を切々と語った。
そんな中、開会式が始まる。
町長の長い長い挨拶が参加者を辟易させる中、その上空から一人の淑女が舞い降りて来た。
魔法淑女エルディーナの登場だ!
月妖精のルーニーを携え、魔法の杖に乗りながら笑顔を振りまくその姿に、彬を初めとした男性参加者は喝采と口笛で歓迎の意を表した。
町長が呆然とする中、エルディーナは小型弓を係員から受け取り、祈りのポーズを取る。
その際に魔力が発動したのを数人が確認したが、空気を読んで誰も何も言わなかった。
そして、弓を射る!
矢は見事、近くの的の中心を貫いた。
「きゃーっ♪ 皆さんの声援のおかげです♪」
万雷の拍手が会場を包む中、エルディーナは耳をピクピクさせて喜びを表現。
参加者達に投げキッスのサービスをし、ローブをヒラヒラはためかせながら空を舞い退場した。
「見えそうで見えない退場劇‥‥見事だ」
彬が惜しみない賛美を与える中、その傍らにエルディンが息を切らして駆け付ける。
「はぁはぁ‥‥遅れてしまいました‥‥私のいとこはどうでした?」
「ああ。完璧だった。全てがな」
彬の意味深な笑みに、エルディンは苦笑を返すのだった。
盛り上がった所で、大会が開始。
今回は騎射と言う事で、参加者はそれぞれの愛馬などを連れていて、その鳴き声が結構うるさい。
そんな中、籤引きの結果、第1走者となったのは――――エルディンだった。
「はぁ‥‥では、行って来ます」
まだ息が整わない中で、愛馬ルシウスに跨りスタート。
ノルマン出身の神父エルフがジャパンの出で立ちで滑走する様は、ある種の迫力があった。
そんなエルディンの武器は、ムーンアロー。
単語指定すれば必ず当たると言うある種反則技だが、この大会は的を射抜くだけが点数ではない。
騎乗の腕も物を言うのだ。
そんな中――――
「エルディンさーん! 頑張ってー!」
昨日、酒場で会って共に乾杯した女性が、約束通り応援に駆け付けたようだ。
ここ数日、エルディンはかねてよりの念願だった和装を着こなしての華麗なる日々を優雅に堪能していた。
幸い、知人の彬が着付け可能との事だったので、伝授して貰い、浴衣姿に変身。
その格好で街を歩き、酒を飲み、英気を養っていたのだ。
そんな中、知り合ったのが彼女だ。
礼節を重んじるエルディンは、その声援に手を掲げて応える。
それが、馬の制御を微かに緩め、若干のタイムロスを生む。
結果――――的は全て破壊、2分12秒での到着となった。
その後、数人の参加者が疾走するも、全員4分以上を要していた。
そして6人目の挑戦者にアハメスが登場。
『月』を名に宿す者として紹介されると、観光協会の面々から喝采が起こった。
『月が生まれる』と言う意味の名を持つ彼女が上位に入れば、この街も月の都っぽくなるだろう。
そんな中、アハメスは愛馬アハネフェルに跨り、騎射コースを疾走した。
アハネフェルは『美しい月』と言う意味を持つその名に相応しい、神々しささえ感じさせる肉体を躍動させ、一気に駆け抜ける。
その速度に遅れる事無く、アハメスは次々と投射を試みた。
彼女は複数の得物を使用出来る為、どれを使うか迷っていた。
そこで、主催者側に相談した所――――
『全部使って下さい!』
と言う何とも無理難題を吹っかけられたのだが、アハメスは顔色一つ変えず頷き、実際それを実行している。
まず最初にナイフで的の中心と射抜くと、次に短槍。更に短弓に持ち変える。
尚、矢は大会側から支給されている物だ。
「器用な事だ‥‥」
次の出発となっている彬が感心を露にする中、アハメスは順調に最終コースに回った。
そこでも漏らす事無く的を射抜く――――
「‥‥?」
が、その途中でアハメスは違和感を覚えた。
射抜いた筈の的が、手応えなく消えてしまったのだ。
幸い、その向こうに観客はいなかった。
結局、その1ミスのみで、後は全て一撃での的中となった。
芸術点は最高点が出たが、時間は2分54秒。総合点ではエルディンを僅かに下回った。
(済まないな‥‥これも勝負なんでな)
まだ消えた的に首を傾げるアハメスを背に、彬がスタートラインに立つ。
実はその的、彬が事前に仕掛けていた罠だった。
的交換の際にちょちょいと忍ばせていたのだ。
これも、勝利の為。
そしてその勝利は、自分の為でない。
「あの、乗る動物は?」
そんな彬に係員から声がかかる。
彬の傍らには、馬も驢馬もその代わりになる存在もない。
何故なら。
「ここにいる。俺が馬だ!」
「え? じゃあ、誰が上に‥‥」
「クックック」
その愛らしい笑い声に、観客から悲鳴にも似た声援があがる。
彬の背中には、クッポーがぶら下がっていた!
つまり、クッポーが彬に乗って試技に挑むと言うのだ!
「被った‥‥無念っ」
参加者の中からそんな女声が聞こえる中、彬はクッポーを抱えて滑走開始。
この数日間で鍛え上げたコンビネーションは抜群だ。
クッポーにとって、この大会は今までで一番重要な大会だった。
何しろ、宝と言うべき2つの弓が掛かっている。
アイドル射撃手としての沽券に関わる大会だ。
その意気込みは、修行にも現れていた。
毎日何百本、何千本と射的を繰り返していた。
その中で、クッポーの腕は――――
「ゴール! 的中3! タイム1分54秒!」
ちょっと上昇していたが、的中率は最下位、タイムは最高と言う結果に終わった。
総合――――6位。
「ひぐっ‥‥うわ〜〜〜ん」
「す、済まん。張り切って早く走り過ぎたか?」
「今日は日が悪かったようですね、先生。奢りますから、後で飲みにでも行きましょう」
大の大人2人に慰められながら、クッポーは退場した。
その様子を尻目に、次々と参加者が騎射に挑む。
しかし、残り2組となった時点でも、上位に変動はなかった。
そして――――
「さて、ようやく出番か」
烈閃がウサギさんの格好のままでスタートラインに立った。
「ファンタスティック・ラビーット! 優勝だぞーっ!」
そんな烈閃に、門前で揉めた係員から声援が飛ぶ。
あの後、人生とかウサギ観について色々語り合った挙句、なんかわかり合ったらしい。
と言う訳で、モチベーション豊かにスタート。
愛馬轟雷に乗ったウサギさんが放つ矢は、美しい光の尾を引き、次々と的を射抜いた。
まるで流星群のように放たれる矢は、時に複数の的を同時に、時に一つの的を一度に数本射抜き、観客の度肝を抜く。
結果――――全的中、タイム2分45秒。
観客を楽しませる事に時間を割いた為、タイムはやや遅れをとったものの、観客は総立ちで惜しみない拍手を送っていた。
そんな盛り上がりが最高潮に達する中、最後の疾走馬が入場する。
ウサギさんとなったレティシアが、エラテリスに肩車されていた。
その姿はさながら、月光の女神とその聖獣。
「馬で被り、格好でも被り‥‥もう私達に残された道は優勝しかないのね」
「が、頑張るよ〜!」
悲壮な決意を胸に、2人は――――光となった。
この大会で、アトラトル街が得たもの。
それは決して少なくなかった。
上位入賞者が全員月の要素を持った者達だったと言う事で、観光協会は早速その事実を流布する予定だ。
月の都アトラトルは実現するかもしれない
加えて、うさぎブーム到来の予感!
観客の多くが、街の店にまるごとウサギさんやウサ耳バンドに対しての問い合わせを始めたのだ。
それには大きなきっかけがある。
大会が終わった後、落ち込むクッポーに歩み寄った烈閃が健闘を称え、ユニホームの交換を申し出たのだ。
それが大きく取り上げられ、クッポーは『月影のアイドル射撃手』から『アイドル射撃手inらぶりーうさぎさん』となった。
「ふっ。また一つ、つまらぬ伝説を作ってしまった‥‥」
烈閃は最後にそう言い残し、街を去ったとか。
クッポーもまんざらではない様で、月よりうさぎ重視で今後は行くようだ。
そして、そのクッポーには必要なくなった2つの弓は――――
「別に‥‥貴女の為に頑張ったわけじゃないのよ? ただ、結果そうなっただけなんだから」
伝説の樹の下で、レティシアからエラテリスに手渡された。
斜め下45度に視線を逸らしながら手渡されたその2つの弓に、エラテリスは戸惑いを隠せない。
「えええっと、ボク弓は使わないんだけど‥‥」
「勘違いしないで! 別に貴女の為に頑張ったわけじゃないんだから!」
大事な事なので、レティシアは2回言った。
と言う訳で――――魔弓「上弦の弓」「下弦の弓」の新たな所持者はエラテリスとなった。
欲しい物が必ずしもその手に収まるとは限らない。
逆に、必要ない物がその手の中に届く事もある。
大切なのは、それをどう感じ、どう活かすかである。
今回の大会は、その事を教えてくれた。
大切なのは――――それをどう感じ、どう活かすかである。