冒険者ララの卒業式

■イベントシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月18日〜05月18日

リプレイ公開日:2009年05月27日

●オープニング

 その日の早朝。
 シフールのルディ・セバスチャンはシフール施療院の今後について話し合う為、医師のヘンゼルを尋ねにセナールの森へと向かっていた。
 全ては順調。
 季節そのままに、ルディの心は希望の光に満ちている。
「‥‥あれ?」
 そんなルディの視界に、一人の少女の姿が映った。
 種族は違えど、彼にとって特別な存在の女の子。
 袂を分かち、それぞれ別の道で頑張ろうと誓い合った、その少女は――――
「まさか‥‥ララ?」
 ルディは驚きをそのままに、セナールの森の入り口で佇んでいたララ・ティファートに声を掛ける。
 ララは彼の記憶の中にあるそのままの、到って表情のないほんわかした顔でルディに視線を向けた。
「ルディ。久し振りです」
「う、うん。吃驚した。何でこんな所に?」
 変わらないそのマイペースさに、ルディは安堵感を覚えつつ、話を聞く。
 ララは以前、この森に調査に訪れた事があったらしく、その時の事を思い出し、この場所を訪れたとの事だった。
「暫く、ノルマンで冒険は出来なくなってしまうので」
「え?」
 ララは、事もなげにそう告げた。
 何でも――――近い内に、遠くの地に引っ越す事になったのだと言う。
 ララは現在、フィールドワーカーとして活動している。
 そのスキルアップの為、ノルマンから遠く離れた所に住む祖父の知り合いの元で修行する事になったのだ。
「そっか‥‥」
 ルディはララの肩に留まり、小さく息を落とした。
 袂を分ったとは言え、同じノルマンの地に住む以上、いつか顔を合わせる事があると思っていた。
 そして、そこを目標の一つとして頑張って来た。
 今日、それは果たされた。
 決して望む形ではなかったが――――
「でも、夢を見つけて、その為に修行するんだよね。良い事だよね」
 ルディは、寂寞感を抑え、祝福の言葉を口にした。
 ララは静かに頷き――――肩のルディに目を向ける。
「ルディは‥‥叶えられましたか? 夢」

 冒険者になる――――そう言って、ノルマンのとある村まで二人で歩いたあの日。
 パリの街を、数人の冒険者と共に巡ったあの日。
 そして、冒険者酒場で夢を語り合ったあの日。
 ルディは誓いの言葉を口にした。
『妹を、治したいんだ』
『施療院を作りたいんだ。シフール専用の』
 その夢はまだ実現してない。
 それでも、手を伸ばせば届きそうな距離まで辿り着いた。
 多くの仲間と、協力者を得て。

「もう一踏ん張り、かな?」
 夢の為の今日。
 夢の為の明日。
 そうやって辿り着いた今に誇りを持って、ルディは飄々と、そして堂々と答えた。
「そうですか。凄いです」
 ララは笑った。
 それは――――ルディにとって、初めて見る彼女の笑顔だった。
 本来、笑顔は笑顔を作る最高の原材料。
 なのに、ルディはその笑顔を連鎖できなかった。
 それでも、彼は男の子。
 こみ上げて来る感情はほっぺまでで抑えて、どうにか飲み込んだ。
 そして、代わりにこんな言葉を紡ぐ。
「ね、だったらさ、卒業式しない?」
「卒業式‥‥?」
 ララの問いかけに、ルディは一つ頷く。
「そう。ノルマンでの冒険の卒業式」
 ノルマンと言う国で、ララは色んな事を学んだ。
 この国は、ララにとって学び舎だった。
 その学び舎からの卒業。
 ルディは、敢えて『お別れ会』とは言わなかった。
「時間はある?」
「はい。発つのは1週間後です」
「じゃ、5日後にしよっか。ララの家に僕が呼びに行くから、待ってて」
「‥‥わかりました。待っています」
 ララは静かに頷いた。
 そして、お互いに手を振り合い、2人は再び別れる。
 最後の再会を約束して。


 La derniere fois  〜冒険者ララの卒業式〜

●今回の参加者

ラテリカ・ラートベル(ea1641)/ 李 雷龍(ea2756)/ クレア・エルスハイマー(ea2884)/ 七神 斗織(ea3225)/ ユリゼ・ファルアート(ea3502)/ アレーナ・オレアリス(eb3532)/ 鳳 令明(eb3759)/ ジャン・シュヴァリエ(eb8302)/ エルディン・アトワイト(ec0290)/ エフェリア・シドリ(ec1862)/ ミシェル・サラン(ec2332)/ ルースアン・テイルストン(ec4179)/ エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)/ アレクサンドル・ルイシコフ(ec6464)/ タチアナ・ルイシコフ(ec6513

●リプレイ本文

『1004年、5月18日。快晴。
 屋敷の外に出ると、一面の青空が広がっていました。
 今日、私はこの国での冒険を卒業します。
 きちんと卒業できるのでしょうか。 
 期待より、そう言う不安が大きかったように思います。
 私は救いを求めるように、空に手を伸ばしました。
 太陽の光も、雲も、そして空も、その手を掴んではくれません。
 それでも、私は暫くそうしていました。
 すると、その手に感触がありました。
 とっても小さな感触でした。
 こそばゆくて、暖かい感覚。
 思わず私は、手を逸らします。
 すると、そこには見知った姿がありました。
 それは――――私に卒業式をしようと言ってくれた、私の一番の友達。
 悪戯っぽく笑うルディの小さな手でした』

(ララ・ティファート著『冒険記「卒業式の日」』序章より抜粋)



 −冒険者ララの卒業式−



 ルディに導かれるまま屋敷から少し離れた広場に向かうララの心境は、ほぼ『困惑』で満たされていた。
 今日何をするか、一切聞かされていないからだ。
 それでも、ララはルディの誘うままに歩を進めた。
 そして、辿り着いたのは――――町外れの広場だった。
「みんなー、連れて来たよー!」
 ルディが大声で叫び、手を振るその先には――――実に15名もの冒険者が待っていた。
 壮観。そんな言葉が相応しい光景だ。
「今日、卒業式に参加してくれる人達。こんなに来てくれたんだ」
 ルディはどこか誇らしげにそう告げ、ララの頭上に留まる。
「ララさん‥‥遠くに行ってしまわれるですか」
 そんなララに、まず語り掛けたのは――――ラテリカ・ラートベルだった。
 ラテリカは、これまでにララと2度の依頼で関わっている。
 ララが初めて冒険をした際、影で尽力してくれた冒険者だ。
「ラテリカさん。来てくれてありがとうございます。嬉しいです」
「はわ‥‥」
 涙脆いラテリカは、そのララの一言だけで、思わず目頭を熱くする。
「あ、ダメだよラッテさん。楽しい卒業式にするんだから」
 そのラテリカの背中を、ジャン・シュヴァリエが軽く叩く。
 ジャンは、一度ララと共にフィールドワークを行った事があった。
 率先してこの卒業式への参加を表明した冒険者の一人だ。
「‥‥そですね。ララさん、今日はめいっぱい、楽しく過ごすですよ」
「はい、そうしましょう」
 ララはぽーっとした顔で、ラテリカと握手した。
「それじゃ、初めての人も多いし、自己紹介でもしとこっか」
 そんな中、ララと面識のない一人の冒険者――――ユリゼ・ファルアートがそう告げる。
 全員それに同意し、まずは簡単な自己紹介を移動しながら行う事になった。
 今回、卒業式の会場として選ばれた場所は――――セナールの森と呼ばれる、ララが初めてフィールドワークを行った場所だ。
 結構な距離がある為、移動には馬やセブンリーグブーツなどの道具を使用する事になっている。
 各々が足となる物を用意する中、ぽーっとしているララに近付くエルフが1人。
「お久しぶりです。私の事、覚えていますか?」
「はい。神父のエルディンさんです」
 その答えにエルディンはとても満足げに頷く。
「ふむ‥‥少し大人っぽくなられましたか。ではララ殿、このマールに乗って下さい」
 エルディンが爽やかに笑う中、ララは言われた通り、エルディンの愛馬マールに騎乗する事にした。
 が――――背に乗ったまま微動だにしない。
「‥‥もしかして、馬に乗れませんでしたか」
「人様のお馬に乗る事が余りないもので」
 ララの返答に苦笑するエルディンの後ろから、愛馬エスポワールに騎乗したアレーナ・オレアリスが現れる。
「それならば、お姉さんが教えてあげよう」
「どなたか存じ上げませんが、宜しくお願いします」
「うむ、礼儀正しい子は好きだぞ。手取り足取り教えよう」
 ララの対応に満足したアレーナは、自己紹介がてら騎乗の基礎知識を伝授した。
 マールの癖を把握したララは、ものの10分で乗りこなせるようになった。
「筋が良いですね」
 そんなララに、今度はジャパンの男性が近付く。愛馬の大雷皇に騎乗しているその男性は、やはりララとは初対面だった。
「ありがとうございます。ええと」
「失礼しました。李雷龍と申します。何でもフィールドワーカーとの事ですが、具体的にはどのような事をするのか是非教えて欲しいと思いまして」
 ララが肯定の意を唱えると、雷龍は満足げに微笑んだ。
「私もお話を聞かせて頂きたいですわ」
 それと同時に、2人の身体に別の影が重なる。
 ペガサスのフォルセティに騎乗したエルフの女性だった。
「初めまして、クレアと申します。お話中に失礼かと思いましたが、私も興味があったもので」
「おりも話を聞きたいわん!」
 ララの首肯に食い気味で、今度は犬の格好をしたシフール――――鳳令明が上空から舞い降りてくる。
「おりは令明。わんこの楽園を探すよ〜せ〜なのじゃ〜。ララちゃんどにょがどんなわんこを好きか、ききたいにょじゃ」
「わんこですか。私は‥‥」
「ララ君、だったかな?」
 更に食い気味に、今度は空飛ぶ絨毯に乗ったエルフの男女がララに近付いてくる。
 絨毯はエルディンが貸し出したものだ。
「失礼。僕は火のウィザード、アレクサンドル・ルイシコフだ。アレクと呼んで貰って構わない」
「妹のタチアナ・ルイシコフ、地のウィザードよ」
「初めまして、ララです」
 ララが頭を下げると、ウィザードの2人もそれに倣った。
「他の冒険者から聞いた話だと、君は月精龍ララディと友情を育んでいるそうだが」
「もし良かったら紹介して欲しいな〜‥‥なんてね」
 2人はウィザード故に精霊との交流を常日頃望んでいるのだ。
「それでしたら、これから向かう‥‥」
「すいません、フィールドワークの件を」
「好きなわんこききたいにょじゃ〜!」
 ララの周りには、気が付けば冒険者の輪が出来ていた。
 その様子を、遠巻きにルディが微笑ましく眺めている。
 ララと言う女の子を良く知る彼にとっては、感慨深い風景だった――――



『セナールの森に行く途中、沢山の方とお話できました。
 フィールドワークの御説明、昔家で飼っていた犬さんの事、ララディさんとお会いした日の事。
 私の拙い話に、皆さんが何度も頷いてくれたのがとても嬉しかったです。
 そして、代わりに沢山の事をお話頂けました。
 道中、護身術と言うものを教わりました。
 自分の身を守る、冒険者にとっては必須の技術と言う事でした。
 私は運動が苦手なのですが、それでも身に付ける事が出来るそうです。
 頑張ってみます。
 また、犬さんの楽園とはどう言うものか、精霊さんとはどんな方々なのかなど、色んな事をお聞きしました。
 途中、お馬さんから落っこちそうになった時、皆さんが支えてくれました。
 その時、ふと感じたのです。
 私はずっと、こうやって生きてきたのだと』

(ララ・ティファート著『冒険記「卒業式の日」』第1章より抜粋)



 セナールの森は、ララにとっても、ルディにとっても特別な場所だった。
 その場所を卒業式の場所にと選んだのは、ルディではなく冒険者達だ。
「初夏ともなると、随分雰囲気が変わっているみたいね」
 その森でララと共にフィールドワークを行ったミシェル・サランが、感慨深げに呟く。
 同時に、この場所で会った月の精霊を思い浮かべていた。
「会いたがっている方もおられるみたいだし‥‥」
 案内役を買って出よう――――ミシェルはそう考え、再び森の中へと身体を運ぶ。
 その降下の中、ミシェルの視界の隅に一つの家が見えた。
 前回の調査時には既に存在を知る冒険者がいた為、取り上げる事はなかったのだが――――この森にはシフールの医師が家を構えている。
 ミシェルはその家に興味を抱き、近付いてみた。
「あいたたたた!」
 すると、突然悲鳴があがる。
 ミシェルは身を竦めつつ、その家の窓にすーっと近付いて行った。

 セナールの森には、ヘンゼルと言うシフールの医師の家がある。
 シフールの住処と言う事で決して大きくない高床式のその家は、かつて無いほどの千客万来状態となっていた。
「大分腫れてしまいましたね」
「ははは‥‥大丈夫ですか?」
 やけに大きくなった耳を押さえるエルディンを、ジャンが笑いながら慰めている。
 更にその様子を、ラテリカとルディ、そしてヘンゼルが苦笑しながら遠巻きに眺めていた。
 チーム施療院の面々だ。
 彼らは、ここにヘンゼルと共に住んでいるリタと言うシフールを尋ねにやって来ていた。
 リタは子供シフールで、不治の病を抱えている。
 先日発作で寝込んでいたのだが、今は元気になっているようだ。
 そんなリタに、エルディンは得意の『耳ぴくぴく』攻撃を敢行したのだが、興味を持ったリタが不意に思いっきりつねってしまったのだ。
「悪いね。後で腫れに利く薬草を持ってくるよ」
「お願いします」
 務めて冷静にエルディンは告げるが、耳は相変わらず大きいままだった。
 その傍らで、淑やかに正座する施療院チーム以外の女性が一人。
 ジャパンの女医、七神斗織だ。
 ララやルディとは面識が無いものの、ルディ達の施療院建設の噂を聞き、話を聞くべく今回の卒業式に参加している。
 当然シフール医師のヘンゼルにも関心を示し、同行する事となったのだ。
「成程‥‥ジャパンの治療は独特だね。参考になるよ」
「わたくしも、医師の本分に立ち返る事ができました。治療は思いやりの心が重要ですものね」
 シフール施療院の立ち上げから現在に至るまでの話を聞き、斗織は満足げに頷いていた。
 シフール専門の治療機関となると、世界的に見ても殆ど類が無い。
 それだけにどう言った治療をするのか、道具はどのような物を使うのかなど、斗織の興味は尽きなかった。
 その傍らで、ジャンとラテリカは今日の夕食に付いて話し合っている。
「鳥が獲れるですと、メニューの幅広がるですよ」
「一応少しだけ食材は用意してるけど、できれば森で取れる物が良いよね」
 その頭上では、ラテリカの連れてきた妖精クロシュがリタと飛び回って遊んでいた。
 人見知りの激しいリタだが、チーム施療院の面々には大分慣れて来たようだ。
「では、午後からはララさんを呼んで食材探しに出かけましょう。これも立派なフィールドワークですしね」
 エルディンの意見に、全員が同意した。


 と言う訳で、午後からは皆でフィールドワーク。
 主目的は食材探しだ。
 エルディンの言葉通り、これも立派なフィールドワークである。
 自然の中で目的物を効率よく探し、保管する。
 以前調べた場所を、時期を変えて再び探索する。
 これらは、フィールドワークにおける基本なのだ。
「ララさん、まずは上空から森を眺めてみませんか?」
 ララはまずクレアの進言により、フォルセティに同乗して空へと向かう事となった。
 ララにとって、ペガサスに乗ると言うのは初めての経験だ。
「凄いです。凄いです」
 興奮を隠せない声色で、何度も身を震わせていた。
 そのララに、霊鳥の雷鳳に乗った雷龍、ペガサスのプロムナードに登搭乗したアレーナ、シフールの令明、ミシェル、そしてルディが追随する。
 風を遮るものの無い空間に、巨大な鳥や翼の生えた馬、そして妖精と呼ばれる者達が浮遊する様は、さながら聖書の中の一節に出てくるような光景だった。
 そんな中、令明がピクリと身を動かし、視点を森の一箇所に定める。
「にょにょにょ、のらわんこ発見なのじゃ」
「え? この距離でわかるものなの?」
「視覚的には厳しくないかしら」
 ルディとミシェルが訝しげに呟く中、令明は移動の為の体勢を整えていた。
 実際、令明の視力は優れているものの、ミシェルと同程度。
 だが――――
「感じるのじゃ。今行くのじゃ〜!」
 一片の迷い無く、令明は森に降下して行った。
 数刻の後、犬の遠吠えのような声が聞こえてくる。
「‥‥凄いですね。どう言うスキルなのかはわからないですが」
 雷龍が感心した様子で下を眺める中、クレアと同乗中のララは、フォルセティの背を何度も撫でていた。



『セナールの森の中は、冬に来た時とは全然違いました。
 沢山の植物が生えていて、その中にはお料理に使える薬草、怪我に良い薬草など、本当に色々な草花を見る事ができました。
 ルディは施療院を作っているからなのか、薬草にとても詳しくなっていて、びっくりしました。
 私はまだ、フィールドワークの事を詳しくは知りません。
 頑張らないと、置いていかれそうです。
 それから、動物の皆さんも元気に動き回っていました。
 つがいのイタチさんがくるくる回って走り回っていたのを、エレメンタラーさん達が喜んで追いかけていました。
 みんなくるくる回っていたので、ずっと眺めていると目を回して倒れてしまいました。
 御心配をおかけしてしまい、申し訳なかったのです。
 後、この森には食虫植物がいました。
 飛んで来た虫さんを捕まえて溶かしてしまうのです。
 とっても大きい植物だったので、シフールやエレメンタラーの皆さんが食べられないか心配です。
 留まる葉っぱには十分注意して欲しいです』
 
(ララ・ティファート著『冒険記「卒業式の日」』第2章より抜粋)


 ララは錚々たる冒険者の顔ぶれを引き連れ、先頭に立ってフィールドワークを行った。
 季節的に恵まれていた事もあり、セナールの森には沢山の食料がある。
 動植物に詳しい冒険者も沢山いたが、敢えて彼らはでしゃばる事無く、ララに指示を仰ぎ、決して効率の良くない食料集めを施行していた。

 そして、一頻り歩いたところで、休憩をかねて川釣りを行う事に。
 釣りは食料採取の中でも特に重要な工程だ。
 魚は栄養価が高く、獣肉程ではないがエネルギーにもなる。
 骨を強くする、頭を良くするとも言われており、肉体派、頭脳派の双方に人気の高い食材だ。
 ララはエルディン、令明、エフェリア・シドリ、エラテリス・エトリゾーレと並び、釣糸を川に垂らした。
「さて、今日は釣れるでしょうか」
 釣りが趣味のエルディンは、耳をぴこぴこさせて当たりを待っている。
 その隣ではわんこ姿の令明が森にいた野良犬に乗りながら、糸を垂らしていた。
 そんな中、ララはエフェリアとエラテリスの間で、ぽーっと竿を握っている。
「‥‥」
 エラテリスが、そのララのいる方向に視線を送っていた。
 とは言え、視点はララに定まっている訳ではない。
「?」
「あ、何でもないよ☆」
 ララが顔を向けると、エラテリスは少し困ったように笑い、投げ網の準備を再開した。
「!」
 すると、そのタイミングでエフェリアが何かを思い付いたように目を見開き、ララのいる方向に目を向ける。
 その視点は――――ララに定まっていた。
「そう言えば、まだ挨拶をしていなかったのです」
「そうでしたか。お久しぶりです、エフェリアさん」
「はい、ティファートさん。こちらこそ、お久しぶりなのです」
 牧歌的な空気が色濃く流れる中、エフェリアの釣竿に当たりが!
「!」
 エフェリアが驚きながら釣竿を引っ張る。
 川魚としてはかなり大きいようで、かなりぐいぐい引いている。
「ええと、私にできる事はあるでしょうか」
 珍しく若干表情を変えたララがおろおろする中、エラテリスは急いで網をエフェリアの糸の近くまで運んだ。
「これで大丈夫だよ☆」
 魚の周りを網で囲んだので、逃げられる心配はなくなる。
 エフェリアは小さく頷き、釣竿を引っ張った。
「お手伝いします」
「お願いするのです」
 ララも、その竿を握って引っ張る。
「がんばるのじゃ〜」
「相当な大物ですね。引く力が弱まった時に一気に引っ張ってみて下さい」
 令明とエルディンも応援する中――――
「おお! 凄いよ〜☆」
 エラテリスの大きな歓声が空の下に響き渡った。

 
 釣りで休憩するどころか疲れてしまったララは、近くの草原で寝転ぶ事にした。
 土や草の香りを確かめるという意味では、この行動にもそれなりに意味はある。
「お邪魔して良い?」
「私も宜しいでしょうか」
 そんなララの両隣に、ユリゼとルースアン・テイルストンが腰掛ける。
 食料の探索をしていた2人は、それぞれの成果を持ち寄っていた。
 薬草の知識では専門家以上のユリゼは、夕食に使う香草と薬草を。
 ルースアンは木霊のアイリーンと協力し、デザートとなる果物を、主に採取していた。
「ここなら、夜になると綺麗な星空が見えそうね」
「はい。とても綺麗だと思います」
 ユリゼがんー、と背伸びして寝転がり、ララと並ぶ。
 これまで面識の無かった2人だが、その光景には違和感が無い。
 その様子を、ルースアンは微笑みながら見つめていた。
「風が気持ち良いですね。ずっとこう言う季節なら、フィールドワークも楽でしょうけど‥‥」
「そうですね。暖かくて、涼しいのが一番良いです」
 ララの何ら工夫の無い真っ直ぐな言葉に、ルースアンは満足げに頷く。
 その目には、様々な想いが詰まっていた。
「マルゼルブ街の調査は、もう少しやりたかったですね。地下街の件もわかりませんでしたし」
「私も心残りです」
「それなら、またいつか一緒に行きましょうか」
「はい。是非」
 これから遠くの国に行くララだが、その可能性が消える訳ではない。
 未来への想いを胸に、2人は穏やかに約束を交わした。
「実現すると良いね」
 静かな時間の中を過ごしながら、ユリゼもそう呟いた。


 夕方になる少し前。
 ララには、どうしても会っておきたい者がいた。
 同時に、冒険者の多くが興味を抱いていた存在でもある。
「確かこの辺り‥‥あ、あったわ」
 率先して道案内を買って出たミシェルが発見したそれは――――ララディの棲む洞窟の入り口だった。
 川の上流部にあるこの洞窟には、月精龍ララディが居を構えている。
 以前フィールドワークに来た際の、最大の発見だった。
 精霊の中では非常に友好的な事で知られているララディに一目会おうと、ルイシコフ兄妹も同行している。
「ララディは冒険者の話を聞く事を好むと言う。僕達には冒険譚や武勇伝がないから、相手にされないかもしれないな‥‥」
「そんなの、わからないじゃない。あーっ、何とか仲良くなれないかな〜」
 アレクサンドルとタチアナが洞窟の前でまだ見ぬ精霊に想いを馳せていると――――その洞窟の入り口から、すーっと羽の生えた生き物が現れた!
「え? 嘘っ!?」
 6枚の羽に、蛇の頭。
 まごう事なきララディだ。
「あら、折角ライト・リングまで用意して入る気満々だったのに」
『ララ様の気配が致しましたので』
 ルイシコフ兄妹が興奮を隠せずにいる中、ミシェルはインタプリティングリングを嵌め、再会の挨拶を交わした。
「わたくし、今はキエフに住んでいるんだけど、そこでも貴方の同属の方に会ったわ。皆貴方みたいに話を聞きたがるのね」
『種族共通の習性のようですね。余り意識している訳ではないのですが』
 この地のララディは相変わらず物腰が低く、穏やかだった。
「ララ様」
「はい、何でしょう」
「あげるわ。お話したら?」
 一通り挨拶を済ませたミシェルはリングをララに譲り、すっと洞窟の方に向かう。
「良いのですか?」
「餞別よ。わたくしは折角来たから、洞窟の方を見させて貰うわ。良いかしら?」
『はい、どうぞ』
 身振り手振りでその旨を伝えたミシェルは、了承の意をララから又聞きし、ライト・リングを嵌めて洞窟に向かった。
「お久しぶりです。今日はお別れを言いに、そしてお誘いに来ました」
 ララの言葉を、ララディはその姿を傾けて聞いていた。



『ララディさんはお変わりなく、とても物静かに大きな羽を広げておりました。
 私はララディさんに、一緒に食事をしないかとお誘いしました。
 お食べになる物は違うかもしれませんが、一緒に楽しい時間を過ごしたかったのです。
 ララディさんは快くお受けしてくれました。
 沢山の冒険者の方々がいらっしゃるので、沢山のお話が聞けるかもと喜んでいました。
 こんな私ですが、お役に立てたようです。
 その後、他の皆さんと合流して、お料理の配膳を行いました。
 皆さんの分は勿論、馬さんや犬さん、猫さんも一緒になって御飯を頂く事になりました。
 お空が少しずつ夕焼けになって行く頃、ちょうどお料理が全部並べられました。
 そして、ルディがこう言いました。
「それじゃ、卒業式を始めようか」と』
 
(ララ・ティファート著『冒険記「卒業式の日」』第3章より抜粋)



 肉や野菜、キノコを蒸して鳥肉の腹に詰めた『蒸し鳥の色とりどり』。
 鮭を焼いて身を解し、野草で香りをつけた『鮭のさらさらスープ』。
 ハーブ茶に蜂蜜を加えた『ゴールデンハーブティー』。
 獲れたての魚を枝に刺して、焼いた『魚の天然焼き』。
 更には冒険者が持ち寄った手作りケーキやクッキーなどが並べられ、華やかな夕食が始まった。
「このお茶は美味しいですね。風味が優しい」
「後味がさわやかですわね。ほんのりとした甘味が素敵ですわ」
 好きなお茶を堪能しながら、満足げに語り合う雷龍とクレア。
「この薬草はヒソップって言うの」
「口の中のあらゆる病気を治すって言われていますが、実際にはそこまで凄い効果はないですね」
「ノルマンの薬草は種類が豊富ですね。勉強になります」
 鶏肉に詰め込まれた薬草について語り合うユリゼ、エルディン、斗織。
「にょにょ〜。お前達も一緒に食べるのじゃ〜」
 冒険者の連れてきたペットや野良犬達と一緒に魚を頬張る令明。
「お会い出来てとても光栄だ。この経験を是非今後伝えて行っても良いだろうか?」
「はー‥‥凄く綺麗な羽。あの、触っても良いかな?」
『はい、勿論です。その代わり、これからの冒険で経験した事をいつかお聞かせ下さいませ』
 翻訳リングを借りて、普通に冒険者の中に溶け込んでいるララディとの会話を楽しむアレクサンドルとタチアナ。
 それぞれに、この集いに意義を見出し、楽しんでいるようだ。
 そんな中、ララはアレーナに自身の夢を聞かれ、それを話していた。
 フィールドワークで沢山の事を学び、その経験を物語としてしたため、本を出す。
 それを聞いたアレーナは、うんうんと何度も頷いていた。
「では、この森が夢の始まりなのだな」
「はい、そうです」
「それならば、これを贈ろう」
 アレーナは、自身の持ち物の中から苗木を2つ取り出し、1つをララに手渡した。
 そして、もう1つを森の大地に植える。
「これで、この森とララちゃんは繋がった。その木を向こうで育てて、辛くなったらその木を見てここと今日と言う日を思い出すと良い。そして、この木が大きくなった時、皆でまた会おう」
「ありがとうございます。大事にします」
 お辞儀するララにアレーナは満足げに手を上げ、その場から離れた。
 そして、その贈り物をじっと眺めつつ、はっと思い出す。
 自分も用意していた物があったのだ。
 ララは急いでそれを荷物から取り出し、それを贈るべき者達に声をかけた。

 ララ・ティファート著『冒険記「セナールの森」』。

 初めてフィールドワークをした時の事を物語にして書き綴った物だ。
 ララはその時に協力して貰った5人、1人ずつにそれを手渡した。

 まずは、ジャン・シュヴァリエ。
 明るくララに接してくれた彼は、ララにとっては良いお兄さんだった。
「へえ、あの時の‥‥そっか、じゃあ夢を1つ叶えたんだね、ララさん」
「はい。まだ始まったばかりですが」
 ジャンは心底嬉しそうに、ララの頭を撫でる。
 ララはこそばゆい心持ちで、その感触に身を委ねた。

 次に、ミシェル・サラン。
 シフールの特性を活かし、上空から森の全景を確認したり、ララディの棲む洞窟を見つけたり、大きな貢献をもたらしてくれた。
 ミシェルは羊皮紙を小さく切り取ってまとめられた冒険記を受け取ると、驚いたようにそれを眺め、受け取った。
 そして、しみじみと語る。
「わたくしは旅するシフール。いつかララ様の新しい居場所にもお邪魔するかもね。その時は‥‥」
「はい。またお話をしましょう」
 そして、お互いに微笑み合った。

 エラテリス・エトリゾーレ。
 洞窟でララディが出現した時、ララを担いで一生懸命安全な場所に運んだ、とても純粋で真面目な女の子だ。
 ララはその時の事がとても印象的で、冒険記では特に多めに描写していた。
「は、恥ずかしいよ〜。でも、ありがと☆」
「こちらこそ、あの時はありがとうございました」
 エラテリスは顔を赤くしながらも、楽しそうに冒険記を読んでいた。

 ラテリカ・ラートベル。
 ララにとっては、気楽に接する事が出来る優しいお友達。
 ルディと共にとある村へ冒険に出かけた時も、この森の調査の時も、ララと同じ目線で優しく接してくれた。
「はわ、ララさんのご本‥‥出来上がったのですね」
「はい。ラテリカさんにも読んで欲しいです」
「勿論読むですよ。読んでいっぱい感想言いたいですよー」
 ラテリカはその叶わない願いに思いを馳せ、少し躊躇しつつも、目頭を抑えるようにララにぎゅっと抱き付いた。
 決して多くはない接点。
 しかし、思いは頻度や時間に比例しない。
 ララもまた、胸に込み上げてくるものを感じていた。
 
 そして――――
「そうですか‥‥あの時の」
 ルースアン・テイルストン。
 最も多くの時をララと過ごした冒険者。
 ララを一番気に掛けていたのは、間違いなく彼女だった。
「ルースアンさんには本当にお世話になりました。なのに、こんな物でしかお返しできません」
 ララの言葉を聞きながら、ルースアンはざっと冒険記に目を通す。
 まだまだ拙いその文章には、ララの人となりが良く現れていた。
「実は私も、贈り物が」
 ルースアンは受け取った冒険記を大切にしまい、代わりに一冊の書物と天使の羽飾りをララに手渡した。
 調査の参考に、そして天使のようにいつでも人に好かれるように、と。
「また、お返しをしないといけません」
「そうですね‥‥それなら、いつか私の国の子供達に、ララさんの本を読み聞かせる事が出来るよう、沢山物語を描いて下さい」
「はい。頑張ります」
 ルースアンの眼差しは、1人立ちする子供を見送る母親のように、母性に溢れていた。


 卒業式は佳境を迎えていた。
 ジャンとラテリカが共同で作詩した歌を、皆で歌っている。

 
♪花よ花よまだ見ぬ君

♪うつろうこの世界で
♪求める道を
♪見つけたなら

♪つまずきながら
♪戸惑いながら

♪つつましやかに
♪けれど伸びやかに
♪咲き誇る花になれ


♪月よ月よ旅立つ君

♪光の帳の向こう
♪夢の扉を
♪開けたなら

♪この空の下
♪いつでもそこに

♪皆の笑顔に
♪会える国がある
♪そこでまた奏でよう


 炎を囲み、輪になって歌う。
 ララもまた、一緒になって歌った。
 それは、卒業の歌。
 別れを惜しむのではなく、再会を約束する歌。
 だから、皆笑顔で歌った。


 その輪の外で、ルディは切り株の上に置かれた紙と睨めっこしていた。
 それに気付いたエフェリアが、ルディに近付く。
「あ、エフェリアさん。もう絵は出来た?」
「はい、出来たのです。セバスチャンさんは何をしておられるのですか?」
 以前、ララとルディが袂を別った時、その際の情景をエフェリアは絵にしてくれた。
 その絵は、ララの家にも、ルディの部屋にもまだ飾っている。
 その隣に飾る絵が増えそうだ。
「ラテリカさんに頼まれたんだ」
 ルディの目の前にあるのは、ララへの贈り物としてラテリカが用意していた羊皮紙の束だった。
 紐で括っているそれは、冒険の際の記録帳、若しくは物語を描く為の本として利用する為のもの。
 その最初の1頁に、一言何か書いて欲しい――――そう言われ、ルディはその内容を考えていたのだ。
「ルディさんの伝えたい事を書けば良いと思うのです」
「‥‥そっか。そうだね」
 ルディはエフェリアの助言を受け、ペンを走らせた。
 ルディの伝えたい事。
 それは、たった一つ。


 宴は終わり――――
「ララ」
 冒険者達が後片付けをし終えて帰る準備をする中、ルディはララの元へ飛んでいった。
「ルディ。お別れですね」
「うん。その前に‥‥これ、ラテリカさんから」
 ルディは預かっていた羊皮紙の束と羽ペンをララに手渡す。
 ララはそれを受け取り、羊皮紙の最初の1枚に目を向けた。
 そこに書かれていた言葉は、たった一言。
 そして、たった一人、ルディだけが贈る事の出来る言葉だった。

 気が付けば、ララの周りに冒険者が集っている。
 そして、全員で手を繋ぎ、アーチを作っていた。
 限りない未来へと繋がる橋だ。
「あ‥‥」
 ララは、殆ど感情を表に出さない。
 それには理由があった。
 箱入り故に、他人と接する機会が少なかったのだ。
 感情表現は、他者に自分を知って欲しいと言う所から身に付くもの。
 ララはそれが希薄だったのだ。
 そして今、ララの顔は。
「ありがとう‥‥ございます」
 沢山のお別れが悲しくて。
 沢山の気遣いが嬉しくて。

 泣いて、笑っていた。




『こうして、私はノルマンを旅立つ事になりました。
 寂しかったですし、悲しかったです。
 でも、もう大丈夫です。
 私には、私の事を覚えてくれている方達が付いてくれています。
 皆さんから頂いた物、お気遣い、お話、教えは、ずっと忘れる事は無いでしょう。
 そして。
 私の一番のお友達、ルディから貰った言葉をもって、この物語を閉じさせて頂きます』
 
(ララ・ティファート著『冒険記「卒業式の日」』最終章より抜粋)




 それは、小さな小さな物語。
 世界の片隅で、誰にともなく生まれ、そして消え行く泡沫の夢。
 それでも、記録には残る。
 この先、何年、何十年経ったとしても。
 そう。
 夢は夢のままに。
 そして――――

 

 ララへ
『みんな、好きだよ』
 ルディ・セバスチャン



 ――――想いは、想いのままに。



Lara & Ludi

fin.