子供達へ 〜れっつ村おこし〜

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:9人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月08日〜06月13日

リプレイ公開日:2009年06月15日

●オープニング

 突然降って湧いた『買収騒動』も無事解決し、恋花の郷では現在、『村おこし2年目』が開幕しようとしていた。
 単に2年目突入と言うだけではなく、様々な改善がなされている。
 まず、各施設が大きく様変わりした点が挙げられるだろう。
 団体客でもしっかり対応できるようになった宿屋。
 濃い味付けのつまみや、この土地ならではのワインをメニューに追加した酒場。
 焼きたてのパンや、リヴァーレから取り寄せた食材を使った料理が多数並ぶようになった飲食店。
 既に経営者も外部の者の招聘に成功し、村としては異例とも言える高度な施設が並び、観光客を受け入れる体制はかなり整った。
 また、村には現在リヴァーレとの間を行き来する馬車と、冒険者の家で取り扱っている貸し出し用の馬車があり、交通網も発展を見せている。
 その冒険者の家では、馬車屋の他に土産屋や記録館、代理販売店、果ては花嫁修業塾などと言った、様々な試みがなされている。
 非常に大きな波が、恋花の郷に訪れようとしていた。

 こう言った事もあって、恋花の郷ではこの度、大々的な催しを行う事となった。
 それは――――『恋花祭』。
 元々、この村には名前があった。
 しかしその名前は、村人以外殆ど知られていなかったし、村人にとっても意味のあるものではなかった。
 だが現在、この村は『恋花の郷』と言う、多くの者が知る名前を得ている。
 それをより多くの人に広めようと言う事で、村の名前を冠としたこの祭を、村おこし2年目の開幕として執り行う事にしたのだ。
 開催は6月下旬〜7月頭を予定している。
 それに向け、村の命であるパンも総力を挙げて焼きまくりの日々が続いている。
 特に、村で1番若いパン職人であるカール・ハマンは、ここ1年の実績と努力が評価され、この『恋花祭』で取り扱うパンに関して一任される事となった。
 つまり、村の代表として、『恋花祭』を盛り上げると言う重大な役を担った事になる。
 以前のカールなら、その重圧で押し潰されていただろう。
 しかし、この1年で彼は変わった。
「必ずやり遂げてみせます!」
 村長のヨーゼフ・レイナは、そう胸を張る若者を頼もしく感じたと言う。
 人は成長するのだ。
 だがそれには、それを可能とする環境が必要だ。
 そして今。
 その象徴とも言うべき施設が、完成しようとしていた。
「よし。これで大方終わったかな」
 この村の大工の中でも特に若く、そして洗練された顔立ちの青年フレイ・クーランドが見つめるその先には――――ここ数ヶ月ずっと作り続けていた学校の姿があった。
 これで、村の子供達が言葉や知識、そして絆と言った大事な事を学べる場所がようやく出来たのだ。
 本当の意味で、この村が復興したと言えるのは、この村で生まれた子供達が立派に成長し、子供を生み、育てて行くと言う輪が定着した時なのだ。
 その第一歩が今、ここに誕生したと言える。
 だが、まだ学び舎となる建物が出来ただけ。
 今後は、生徒と教員の確保が必要となってくる。
 既に2名の冒険者が教員として名乗り出てくれているが、常任の教師は必要だし、何より村の、或いは村周辺の子供達にしっかり登校して貰う環境作りが必要だ。
 現在、この村の治安は最高と言える。
 だが、観光地として大きくなるに連れ、その保証は出来なくなるだろう。
「みうー」
「‥‥?」
 自分達が作り上げた『箱』を眺めていたフレイの足元に、白い猫が身体をこすり付けて来る。
 最近、村長の家で飼っている猫だ。
 アンジュと言う名前だったかと、フレイは思い返していた。
 その身体には、なにやら羽のようなものを付けている。
 村おこしの一環『猫キューピッド』の一員らしい。
 フレイは動物は好きでも嫌いでもなかったが、何故かこのアンジュには懐かれており、偶にこうして甘えられる。
 悪い気はしないので、抱え上げてその胸に抱いた。
「治安、か。また、あの連中の知恵を借りる事になりそうだ」
「みう?」
「お前の大好きな人達が来るって事だ」
「みうみうーっ」
 通じる筈もないのだが――――アンジュは前足を交互に押し出すような仕草を見せ、喜びを表現していた。



◆現在の村のデータ
 
 ●村力
  809
 (現在の村の総合判定値。隣の村の『リヴァーレ』を1000とする)
 ●村おこし進行状況(上記のものほど重要)
 ・学校完成。現在開校の準備中
 ・6〜7月に開催予定の恋花祭を準備中
 ・宿屋、酒場、飲食店のリニューアルが完了。実働へ
 ・ダンスユニット『フルール・ド・アムール』が恋花祭に向けて準備中
 ・村の音楽好きが鼓笛隊を結成中
 ・牧場を開拓中(70%)
 ・パン職人学校を建設中(90%)
 ・この村の修道院で結婚式を挙げたいと言うカップルがいるようだが‥‥?
 ・リヴァーレとの間に1日2度馬車が往復中
 ・冒険者の家を提供中
 ・山林地帯に『魔力を帯びた』遺跡あり。


 
 ●人口
  男188人、女139人、計327人。世帯数126。
 ●位置
  パリから50km南
 ●面積
  15平方km
 ●地目別面積
  山林75%、原野12%、牧場8%、宅地3%、畑2%。海には面していない

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb8302 ジャン・シュヴァリエ(19歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec4252 エレイン・アンフィニー(25歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ec4441 エラテリス・エトリゾーレ(24歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ジェイミー・アリエスタ(ea2839

●リプレイ本文

「え? それでは、ジャンさんも教師に?」
 恋花の郷に続く、馬車の轍が残る坦道を、一頭の馬がゆっくりと進んでいる。
 ジャン・シュヴァリエ(eb8302)の愛馬、ロルカだ。
 エレイン・アンフィニー(ec4252)は、手綱を引くジャンの後ろで、少し驚いた様子で声を上げた。
「フローラ様と同じ臨時教師です。物語る喜びを伝えられたら良いな‥‥と思って」
「美術の教師ですか。子供達も喜びますわ」
「もしそうなら、嬉しいです。それに‥‥一緒にいられる時間が多くなるのも」
 エレインの視界からは見えない、ジャンの表情。
 だから、ジャンは遠慮なく自分の感情を表現していた。
「私も、出来るだけ子供達と長く居られるようにしたいですわ」
「あ‥‥そう取られましたか」
「?」
「いえ、きっと喜びますよ。皆」
 馬の歩より早く刻む自身の鼓動を感じつつ、ジャンはその視界に見えてきた華やかな看板に目を細めた。


 恋花の郷に新しく建築された学校は、村に入って直ぐの場所に建てられていた。
 それほど大きな建物ではないが、机、椅子、教壇など、必要な物は一通り揃ってあるようだ。
「これで教壇に立つ事ができます。ありがとうございました」
 その学校の前で、ミカエル・テルセーロ(ea1674)は大工の面々に深々とお辞儀し、持参したお茶の葉を差し出した。
 その後、村長ヨーゼフも交え、今後必要となる事項を話し合う事に。
 まず、教材や道具の確保。
 石板、羊皮紙、羽ペンは当然人数分必要となってくる。
 また、教育方針に関しても、早めに教師同士で話し合うべきと主張した。
「年長者が年少者に教えるようにすれば、交流も深まりますし、集団生活の在り方、教え方も学べます」
 それは、理想的な教育体系。
 ヨーゼフも同意し、リヴァーレ村長と連携して子供のいる家庭に呼びかけを行う事を約束した。
「では、これから僕はリヴァーレに向かいます」
 ミカエルはヨーゼフやフレイらに一礼し、村を出て行く。
 それと入れ替わりに、アーシャ・イクティノス(eb6702)、エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)、陰守森写歩朗(eb7208)の3人が現れた。
 この3人は、主に治安に関する活動を予定している。
 まず前提として、村に常駐できない冒険者が幾ら臨時で警護しても、根本的な問題解決にはならないと言う事。
 その解決策は、村人の自衛力を高める必要がある、という事になる。
「その為には、治安隊、自治警みたいな存在が必要なのです」
 と言う訳で、アーシャは村を守る部隊の結成を促した。
 村人が受け持てば、いたずらに不安感を煽る事もない。
 後は、誰に任せるかなのだが――――
「それなら、俺達大工が担当しよう。一応、腕っ節には自信がある」
 幸い、フレイが率先してそう名乗り出てくれたので、彼らにアーシャとエラテリスが武術指南を行うと言う事で、話はまとまった。
 体重移動、拳の握り方、有効な打撃、人体の弱点などを伝授する予定だ。
 その一方、森写歩朗は学校を眺めつつ、ヨーゼフに子供の教育について話を向ける。
「子供達も、早い内から色々学ばせておいた方がいいでしょう。勉強も大事ですが、家事や武術もそうです」
「ふむ。だが、方法は‥‥」
「家事は両親の手伝いを、武術は追いかけっこなどで身体作りを。これだけで十分、修行になります」
 腕組みをしつつ、森写歩朗は未来を見据え、語った。


 治安の心配が浮上した理由の1つに、もう直ぐ行われる恋花祭の開催が挙げられる。
 その恋花祭に向けて、村のダンスユニット『フルール・ド・アムール』と、村人で結成した鼓笛隊は、毎日猛練習の日々を送っていた。
 そして、彼らを指導するのは、これまで通りラテリカ・ラートベル(ea1641)だ。
 鼓笛隊への楽器の寄与に始まり、恋花祭で行う演舞の決定、歌の作成など、凄まじい勢いで貢献しまくっている。
「うはー‥‥この歌、1日で作ったの? すごっ」
「歌は主題があれば、後は感じるままに、なのですよー」
 ラテリカはハンナに謙遜をしつつ、歌詞を書いた羊皮紙を皆に配った。
 今回は、ダンス隊が歌も歌うのだ。

 ♪ここは雲の上 光の咲く場所
 ♪翼を持つ者が棲む世界

 ♪ここはそらのなか あたかかいところ
 ♪やさしいてんしさまのおひざもと

 ♪我らの見守りし 母なる大地に
 ♪愛の種を撒く季節ですね

 ♪はい、てんしさま こいのはながさく
 ♪とてもとてもきれいなときです

 ♪さあ今こそ旅立ちの時 母なる大地へ降りましょう

 ♪往きなさい 猫達よ
 ♪その小さな 翼はためかせ

 ♪いってきます てんしさま
 ♪あいにみちた えがおをつくりに

 テーマは、今巷で話題となっている天使降臨の話と、村でプッシュしている猫キューピッドを掛け合わせたもの。
 天使と猫の掛け合いを歌にしたもので、天使役をハンナが、猫役を他のダンサーが担う。
「ラテリカの家は防音の壁で作って貰ったです。夜に練習したいの方は、遠慮なく来て下さいです」
「あいあいさー!」
 そんなこんなで――――恋花祭に向けて、音楽隊の練習は昼夜に渡って続けられた。


 一方、村内の各施設でも、恋花祭の為の準備が粛々と行われている。
 その中心となる宿屋、酒場、飲食店は、パール・エスタナトレーヒ(eb5314)を交え、新規経営者の挨拶と方針の説明、祭に向けての対策などが話し合いを持たれていた。
「そうでしたか。確かに、仕切りを撤去してベッドを並べれば、大人数も身体の大きさも対応できますね。申し訳ありませんでした」
 宿屋の新経営者ラグナルは、感心した様子で頷いていた。
 既に一度この案はパールによって提唱されていたのだが、前経営者の解釈が誤っていたらしい。
 ラグナルは、まずその事を謝罪した。
 彼に加え、酒場の経営兼マスターとしてこの村に来たミルトン、食事処の総合経営を行うマイロンの3名は、いずれもパリからの移住者だ。
 3名とも、利益主義ではなく、村の趣旨に賛同した者ばかりと言う事で、経営者特有の高圧的な雰囲気はない。
 パールはその3人の言動、挙動を注意深く観察していた。
 そして、同時に提案も忘れない。
 昼時に安価で出せる皿盛と飲み物のセットメニューの開発を促した。
「後は‥‥酒場と飲食店は特にそうですが、種族別の椅子を用意しておいた方が良いですね」
「それは大事だのう。この村は人間ばかりだから忘れとったわ。嬢ちゃん、ありがとう」
 マイロンが何度も頷きながら感心する傍ら、無口なミルトンは早速パールのサイズを参考に、シフールサイズの椅子の検討を羊皮紙上で行っていた。
「ところで、今日あたり、皆で各施設を利用しようと思ってるんですが‥‥」
「はい、大丈夫です。お待ちしております」
「‥‥」
 ラグナルは声で、ミルトンは首肯で、歓迎の意を示した。


 開校に当たり、冒険者達はそれぞれの方法で生徒集めに奔走している。
 パールは打ち合わせの後、梟のデルホイホイに乗っかり、周辺地域への告知をしに向かった。
 また、エレインはこの村を訪れる前に、ジェイミーと共に生徒と教師の募集を行っていた。
 生徒は、募集の張り紙や教育方針の告知を村周辺で行い、教師の方は引退した冒険者を中心に『物を教える事が好きな優しい人』と言うコンセプトでギルドにて聞き込みを行い、数人に話を持ちかけていた。
 エレインとジェイミーによる『アメとムチ』勧誘は功を奏し、効率はかなり良かった。
 ジャンもまた、依頼の際に出会った少女を誘う為に、パリの郊外にある酒場にまで足を運んでいた。
 だが、残念ながらその少女と出会う事は叶わず、酒場のマスターに手紙を託すのみに留まった。
 そして――――
「‥‥学校?」
「ええ」
 レティシア・シャンテヒルト(ea6215)もまた、1人の少女に声をかけるべく、遠出していた。
 その少女の名は、アンネマリー・ドール。
 新興貴族ドール家の長女、すなわちお嬢様である。
 レティシアは、面識ある彼女を恋花の郷の学校に誘おうと、ドール家の屋敷を訪れていたのだ。
 まず初日は酒場でかつて自身が通っていた学校の元教師を探し、魂のこもった説得を行う予定だった。
 が、見つからず。
 失意に暮れながらパリを歩いてた所で、かつてその街並みを案内した事のあるお嬢様の事を思い出したのだ。
 急いで羊皮紙で手紙をしたため、シフール便で送り、面会の時間を確保。今に至る。
「興味、湧かない?」
 家具の上に乗った『ワケ有りの人形』に手を合わせた後、レティシアは対子供用の笑顔を向け、そう尋ねる。
 土産に貰った迷刀「正飴」をペロペロ舐めながら、アンネマリーはうんうん唸っていた。
 迷ってはいるらしい。
「いい機会ですよ、アンネマリー。通ってみては?」
「お母様‥‥」
 事前にレティシアから村校の教育理念を聞いていた母ローゼマリーは、賛成の立場を表明した。
 登校の為の足は、ドール家でも準備できるし、村の馬車屋を利用してもいい。
 後は、本人の決断次第だ。
「学校生活は楽しいものよ。貴女が知らない、沢山の世界を見たくない?」
「むー。確かに、知的好奇心を充足させたいお年頃ではあるのだが」
「迷ってるそんな貴女に、幻影のプレゼントを。しばし御観覧あれ」
 そう伝え、レティシアはファンタズムにより、自身の学園生活や、村の風景など、様々な幻影をアンネマリーに見せた。


 そして――――依頼期間、最終日。
「アンジュちゃん、もふもふ〜」
 ジャンの冒険者の家に遊びに来ていたアーシャは、村長から預かったアンジュを抱きながら、食事が出てくるのを待っていた。
「はいお待ち♪」
 暫くして、羊乳のスープとハーブを使った肉料理を持ったジャンが家の奥から出てくる。
 恋花祭に向けて、ラテリカから伝授して貰った料理だ。
「ジル〜、ほら、美味しそうですよ〜」
 今度は自身のペット、ジルをぎゅーっと抱き寄せ、アーシャはテーブルに着く。
 少し疲れた様子のジルに、ジャンの相棒であるアリス・リデルが近付き、労わっていた。
 同じケット・シー同士、早くも友情が芽生えたようだ。
「ところで、今日ですよね。開校式」
「うん。僕も出席するから、アーシャんも見に来てね」
「わかりました。もう直ぐ祭用のアンジュちゃん人形が出来るので、それを仕上げてから行きます」
「例の猫キューピッド計画ですか。羽多ければ天使隠れる‥‥ですね」
 料理を平らげ、アーシャは満足げに頷いていた。
「おはよう、だよ☆」
「パンの差し入れです」
 そこに、エラテリスと森写歩朗が沢山のパンを持って入店する。
 ここ数日、森写歩朗は様々な形のパンを焼いていた。
 恋花祭用の、生地を幾重にも重ねて焼いた、見栄えの良い三日月形のパンだ。
「焼き時間に少々手間取りましたが、カールさんも満足の出来に仕上がりました」
「はう〜、美味しそうなのです〜」
「食べ終わったら、警備隊さん達の所に行こうよ☆」
 エラテリスの言葉に、アーシャはパンをはむはむ咥えながら頷いた。
「それでは、開会式を見守った後に行きましょう」


 そして――――
「では、開校式を始めます」
 ミカエルの号令と共に、開校式が始まる。
 そこには、冒険者や村長ら以外の姿も多数あった。
 まず、常任教師として招かれる事になった、マリー・ナッケ。
 かつてモンスターパークと言う所で勤めていたが、職を失い、教師募集の張り紙を見て面接に訪れた女性だった。
 知識、教示意欲、そして人柄のいずれも、この村にふさわしい人材だ。
 後は、そのマリーが教える生徒だが――――
「ハンナ姉ちゃん、いいぞー!」
 パン職人カールの弟、村の子供アルノーをはじめ、村の子供3名。
「‥‥」
 リヴァーレ村長の妹の孫娘ルイーゼ。
 今のところ、この4名が村校の生徒として通う事が決まった。
 アンネマリーをはじめ、村外で声をかけた子供の多くは、恋花祭に一度この村を訪れ、それから決めたいと言う意思表示をしている。
「それじゃ、学校に入りましょう」
 開校式を終え、一同は学校の中に入る。
 まだ出来たての校舎の中には、落書き一つない、美しい机と椅子が並んでいた。
 その机に、名前の入った手書きの教科書が置かれている。
 子供達が歓声を上げそれを眺める中、マリーは緊張した面持ちで初心表明の挨拶を行った。
 次に、エレインが挨拶を始める。
「お勉強だけでなく、もっと大事なことも沢山学んで欲しいですわ」
 エレインの教育方針が、その言葉には詰まっていた。
 この村に、子供達にその大事なことを伝えたい気持ちは、誰よりも強い。
 次にジャンが、何冊かの本を持って挨拶に立つ。
 ジャンは開校に辺り、学級図書の設立を提案していた。
 レティシアやエレインも本を寄与し、かなりの数が書棚に並んでいる。
「こう言う本を1日でも早く読めるように、皆で一緒にがんばろうね!」
 ジャンの、子供と同じ目線で語り掛けるその姿勢は、直ぐに生徒達に受け入れられた。
 そして、最後にミカエルが教壇に上がる。
「机の上の本、もう見ましたよね。そこに書かれてるのは、皆の名前です」
 ゆっくりと、ミカエルは子供達へ言葉を預ける。
「名前は、響きだけじゃなく、そんな綺麗な文字になるんだよ。知ってたかな?」
 子供達は首を横に振る。まだ字と言うものも、良くわかっていない年代ばかりだった。 
「勉強をするって言うのは、知らなかった世界が目の前に広がるって事なんだ」
 楽しい事。嬉しい事。
 或いは、辛い事。苦しい事。
 少しずつ知って行こう。
 皆で一緒に。
 ミカエルも、そして他の教師も、想いは1つだった。
 
 
「大分育ってきましたねー」
 その日の夕方。
 パールは村を出る前に、牧場の様子を確認しに来ていた。
 村の馬車に、以前購入した仔馬を起用できないかを検討する為だ。
「しかし、荷台を引いて長距離を歩くには、まだ筋力が足りないなあ。もう少し掛かると思うよ」
「そうですか。余り1頭に負担は掛けられないので、早く育って欲しいんですけどねー」
 そんなやり取りが交わされている牧草地を、柵の外から2つの人影が眺めている。
 ラテリカとミリィだった。
 買収騒動の際、父と殆ど会話を交わせなかったミリィの心情を、ラテリカは気にしていたのだ。
 視察だけなら、家に寄らずとも良かった筈。
 ラテリカはその行動を、好意的に解釈していた。
「きっと、お優しいお心の表れだと思うです」
 それが真実なのかどうかは、ミリィの父ロタンにしかわからない。
 世界中の全ての親達が、例外なく子供達を想うと言うのは、或いは甘い幻想なのかもしれない。
 しかし、これだけは言える。
 ミリィは、そうであって欲しいと願っていた。
「‥‥うん」
 ラテリカのその言葉は、ミリィにとってどれほど大きな力となった事か。 
「うん。うん」
 ミリィは、ラテリカの見えない角度に顔を傾け、何度も頷いていた。
 
 子供達へ向けられる想い――――それを、信じて。