シフール施療院×れっつ村おこし
|
■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:7人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月20日〜06月27日
リプレイ公開日:2009年06月27日
|
●オープニング
パリから25kmほど南に下った場所にある村『リヴァーレ』に、新たな2階建ての建物が誕生したのは、つい先日の事だった。
その建物とは――――施療院。
怪我や病気で弱った身体を無料で治療する為の施設だ。
ただ、この施療院は、ただの施療院ではない。
シフールを対象とした、シフール専門の施療院なのだ。
看板にはシフールの姿とハーブの束のシルエットが描かれていて、シフール専用の小さな出入り口も設けられている。
建物の周りには桜の苗木が植えられている。来年の春には美しい桃色に囲まれる事だろう。
その施療院の内装は、まだ完全ではないものの、既にベッドや医療器具、椅子などの道具は搬入済みで、患者を迎える体制は整っている。
食堂兼談話室の壁には、ジャパンの塗料を使って彩られた花咲く草原と真っ青な空の絵が描かれ、待合室の壁は職人によって幾何学的模様が装飾されている。
椅子用の止まり木も用意されており、シフールが自然な姿でいられるような工夫があちこちに施されていた。
その施療院の前に、1人の女性の姿があった。
リヴァーレは現在、提携を結び、共に発展をと協力し合う村がある。『恋花の郷』と言う村だ。
その村の村長ヨーゼフ・レイナの孫、ミリィ・レイナは、手に持つ羊皮紙に書かれた地図を何度も確認し、その入り口の扉を開けた。
「すいませーん」
「あ、はーい」
返事と共に、奥の方からシフールの男の子が現れる。
彼の名はルディ・セバスチャン。この施療院を作る事を企画した張本人だ。
「えっと、ルディさん‥‥でいらっしゃいますか?」
「はい。そうですけど」
「はじめまして。私、『恋花の郷』に住むミリィ・レイナと申します」
「あーっ! あなたがミリィさん!」
ルディは、その村の名前と女性の名前を聞き、思わず破顔する。
『はじめまして』な2人だが、実はかなり多くの接点があった。
実は、この施療院を建設する為に協力してくれた冒険者の中の数名は、『恋花の郷』の村おこしにも長らく協力しているのだ。
その為、度々彼らは冒険者の口からその存在と話を聞いていた。
また、ルディは一度『恋花の郷』を訪れた事もある。
まだその名で呼ばれる前の事だ。
「シフール施療院の話は、冒険者の皆さんからお聞きしています。お会い出来て嬉しいです」
「僕も『恋花の郷』の事は良く聞いてたんだ。前行った時よりずっと発展してるって」
そう言った背景もあって、2人とも初対面とは思えないほど、お互いの事を知っているような感覚を抱いていた。
「今日は、挨拶しに来てくれたの?」
「それもありますけど、実は‥‥」
ミリィは、ここに来た理由を朗らかに告げた。
現在、『恋花の郷』は村おこし2年目に突入し、そのお祝いとして『恋花祭』を開催する予定でいる。
かなり大きな規模の祭となる予定だ。
「その祭に、僕を招待してくれる、って事?」
ルディの言葉に、ミリィはんー、と首を傾ける。
「招待と言うよりは、お願いです。この施療院の開院記念を一緒にお祝いしたくて」
つまり、『恋花祭』でシフール施療院の開院祝いを行う、と言う事だ。
勿論、施療院の建物自体はこのリヴァーレにあるので、色々と考える余地はある。
ただ、両村の現在の関係を考えれば、決して難しい事ではない。
寧ろ、自然な事とさえ言える。
施療院側としても、大きな宣伝効果が期待できる為、メリットは計り知れないものがある。
ルディに断る理由はなかった。
「ありがと! 喜んで参加させて貰うよ。でも、僕達は何をすれば良いのかな」
「えーと、祭のイベントと日程を決めるお話し合いが、数日後にあるんです。それに出席して貰って、その時にどうするかを決めようかなと」
「わかった。それじゃ、詳しい事はその日に、だね」
「はい。お待ちしていますね」
ミリィはにっこり微笑み、改めて施療院の中を玄関口から眺める。
話によると、そのデザインの一部は、彼女の知る冒険者のアイディアによるものだと言う。
あの人達らしい発想だと、ミリィは思わず目尻を下げた。
「ところで、この施療院の名前はもう決まってるんですか?」
「あ、うん。て言うか、敬語は使わなくて良いよ」
「そう? それじゃ、改めて。ここの名前、もう決まってるの?」
「うん。実は、『恋花の郷』と少し似てるんだ」
ルディは、少し前に決まったこの施療院の名称を、笑顔でミリィに伝えた。
その名前には、とても広く、大きな意味があった。
シフールの、シフールによる、シフールの為の施療院。
だが、必ずしもシフールだけによって作られた訳ではない。
寧ろ、他の沢山の種族の者たちが集まり、知恵を出し合った結果、芽吹いた場所だ。
その工程は、種を咥えた鳥が大地にそれを落とし、多くの動物が肥料を提供した土から養分を貰い、育っていくその過程に似ていた。
それを表した名前だ。
また、ある者はここを『家』にしたいと願った。
シフールにとって、患者にとっての家のような所にと。
奔放に飛び回り、同じ場所に留まらないシフールにとっての家。
それは、彼らが羽を休める自然の中だ。
どうせ休むのなら、出来るだけ良い香りのする、きれいな場所が良い。
多くのシフールは、そこを家のように思っていた。
だから、この施療院には、こんな名前がついた。
――――フルール・ド・シフール
「まあ、素敵な名前」
「お洒落だよね。ちょっと施療院っぽくないかも」
でも、ルディはこの名前がいたく気に入っている。
この場所に来るシフールが、自分が病人である事をちょっとの間でも忘れる事が出来るかもしれないから。
だから、この名前を選んだのだ。
「あ、でもその名前、あの子達のダンスユニットとそっくり」
「え? ダンスユニット?」
思わず微笑むミリィと、興味深そうに尋ねるルディを優しく見守るかのように、施療院の奥に飾られた植木鉢の大きな芽が風に揺れている。
沢山の者達の与えた水は、栄養は、笑顔は、確実に糧となっていた。
さあ、祝福を。
その花の名は――――
Chapitre EX. 〜シフール施療院×れっつ村おこし〜
●リプレイ本文
パリに拠点を構える宿屋『ヴィオレ』に、1人のシフールがいる。
そのシフールの名前はルディ・セバスチャン。
長らくその宿屋の1階で薬草を売り、2階の一室で生活していたのだが、今日、そこから離れる事になっていた。
「用意は出来ましたか?」
「あ、うん。大丈夫」
エルディン・アトワイト(ec0290)が扉越しに声をかけると、ルディは陽気に扉を開け、エルディンの肩に留まった。
その隣には、エルディンの義弟であるヴァレンティ・アトワイトが少し困った顔で佇んでいる。
一向に教会に顔を出さない義兄に一言あって訪ねて来たのだが、同時に義兄の冒険業にも興味があり、複雑な心境でその様子を眺めていた。
「ごめんね、勝手に返事しちゃって」
宿の廊下を歩きながら、エルディンは小さく首を振る――――横に。
「良いのですよ。ただ、こう言った催し一つとっても、関係者各位にはそれぞれ気を配らなくてはいけません」
「うん。気をつけるよ」
お世話になった人達の面子を潰さない為にも、順番は正しく。
ルディはまた1つ、大事な事を学んだ。
その代案として、これからルディが直接リヴァーレの村長パウルを訪ね、経緯を説明し、パーティーに招く予定だ。
「礼を説くのは良いけどさ‥‥」
「ん? 何だ、ヴァレンティ」
身内に対してのみの砕けた口調で、エルディンは眉間に皺を寄せたヴァレンティに問う。
「だったら兄さんも少しは教会に顔を出してくれよ。司祭なんだから」
その言葉に対し、エルディンは――――パタリと耳を閉じて対応。
ちなみに手は使っていない。
「全く‥‥どこでそんな技を‥‥」
「うわ、これどうなってるの?」
ヴァレンティが頭を抱える中、ルディは肩の上からエルディンの耳をまじまじ眺めていた。
「あ、ルディ!」
エルディンが階段を下りると、1階でレリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)、リディエール・アンティロープ(eb5977)、ジャン・シュヴァリエ(eb8302)の3人と歓談していた宿屋の娘カタリーナが振り向き、複雑な表情で近付いて行く。
「お別れだね」
「うん。今まで本当、ありがとう」
ルディはエルディンの肩から飛び立ち、カタリーナの肩に留まる。カタリーナはそのルディに笑顔で頬を寄せていた。
「シフールならそれ程苦にならない距離です。いつでも会えますよ」
「それにカタリン、恋花祭にも来るんだよね?」
リディエールとジャンの言葉に、カタリーナは元気良く頷いた。
「では、そろそろ行きましょうか。ジャンさんとレリアンナさんはパストラルに?」
「そうですわ」
リディエールの言葉に、レリアンナが頷く。
目的は、チーズや馬の餌、羊乳などの仕入れだ。
レリアンナがチーズを作れると言う事で、ジャンはその教えを請い、恋花祭でチーズフェアを開く予定となっている。
「それじゃ、カタリーナ」
「どうせ直ぐ会えるけど、またねーっ!」
別れも明るく。
ルディはこうして、宿屋『ヴィオレ』から飛び立った。
柔らかな日差しが注ぐ、恋花の郷。
美しい自然に囲まれたその村に、高らかな歌声が響き渡っている。
「では、今日はここまでにしましょか。みなさんお疲れ様ですよー」
恋花の音楽顧問、ラテリカ・ラートベル(ea1641)がそう唱えると、村の音楽隊とダンスユニット『フルール・ド・アムール』の面々はふーっと息を吐き、礼を唱える。
「はわ‥‥」
ラテリカはそのお礼に、毎回恐縮していた。
「おつかれっ」
そんなラテリカに、ハンナが気さくに声を掛ける。
「この前、ミリィを元気付けてくれたんだってねー。お陰で大分元気になってたよ」
その言葉に、ラテリカは安堵を浮かべ、そして徐々に満面の笑顔に移行して行った。
「ふーっ、疲れたけど楽しかったよ☆」
そこに、エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)も加わる。つい先程まで『フルール・ド・アムール』と一緒になって踊っていたのだ。
「エラテリスさんもおつかれ! ね、本番も一緒に踊ってくれるって本当?」
「え、う、うん☆ 恥ずかしいけど、頑張るよ〜」
本来は余り目立つ事が得意でないエラテリスだが、今回の恋花祭では『猫役』として踊りに加わる予定だ。
「ミカエルせんせーっ! これなーに?」
歓談する3人の元に、子供を引き連れてミカエル・テルセーロ(ea1674)が近付いてくる。
ミカエルは現在、この恋花の郷に新たに建てられた学校で教師を勤める立場にあり、子供達はその教え子だった。
パン職人カールの弟、アルノー。
先日引っ越してきたばかりの女の子、ティアナ・プレヴィン。
アルノーの友達の男の子、ハリー・オスボン。
そして、ここにはいないリヴァーレの村長パウルの大姪ルイーゼを含めた4名が、現在の生徒だ。
ミカエルは早くも、子供達に慕われているようだ。
その子供達と一緒に、ラテリカもミカエルが持ってきた布に触れる。
恋花の郷では仕立て屋が布地も仕入れており、その布はそこから購入した物だ。
そして、この布には大きな役割があった。
「あ☆ これが贈り物の材料なんだね☆」
エラテリスも興味深げに近付いて来る。
そう。この布は、贈り物を作る材料だ。
恋花祭の際に行うシフール施療院のお祝いに、この布を染めて作った敷布を贈呈する予定となっている。
敷布は、施療院において最も患者が接する機会の多い重要な代物。
施療院建設にも当初からずっと関わっているラテリカの発案だった。
作るのは、ここにいる冒険者と――――
「わたしたちも、つくっていいの?」
「勿論。皆で一緒に、心を込めて作ろう」
ミカエルの言葉に、子供達は満足げに笑った。
翌日。
「ここが恋花の郷‥‥噂通り、のどかな所ですね」
初めてこの村を訪れたリディエールの顔には、自然と微笑が浮かんでいた。
つい先日は、イギリスでリヴァイアサン討伐に参戦していた身。
それが今、ノルマンの小さな村で穏やかな風景にその身を溶かしている。凄まじい振り幅だ。
「何処から回ります?」
そんなリディエールに、ジャンが楽しげに語り掛ける。
この恋花の郷の名付け親であり、ずっと村の発展に関わってきたジャンにとって、この村を案内するのは誇らしい事だった。
「ジャンさんにお任せします」
「それじゃ、まずミカさんと合流しましょっか」
と言う事で、2人は牧場予定地に向かった。
まだ完成はしていないものの、村の動物やリヴァーレから山羊などを買い入れて牧畜を始めており、様相は整いつつある。
そんな牧場の小屋の前に、ミカエルはいた。
エラテリスとレリアンナも一緒だ。
「あ、リディエールさん、ジャンさん。おはようございます」
「今日も良い天気だね☆」
「おはようございますわ」
それぞれに挨拶を終え、暫し牧場で風を受けながら歓談する。
ミカエルは牧場の従業員も交え、今後の展望を確認。
そして、レリアンナとエラテリスは、この場を恋花祭のイベントに利用出来ないか、意見を出し合っていた。
「う、うんとえっと‥‥じゃ、ここの馬さんとみんなで競争してみる、とか?」
「お姉さま?」
「はっ! じょ、冗談だよ?!」
またそんな妙な事を、と諭されるのだと思い、エラテリスは思わずレリアンナに向けてブンブン首を横に振る。
「中々面白い企画だと思いますわ。お姉さまの思いつきにしては」
「え?!」
が、意外な反応に更なる動揺が生まれた。
取り敢えず、イベントは決定。
「それじゃ、次は‥‥料理店に行きませんか? 最近新しくなったんですよね」
エラテリスとレリアンナが牧場から手を振る中、ジャン、ミカエル、リディエールの3人は料理店に赴いた。
そこでは、エルディンとラテリカが恋花祭のパーティーで出す料理の準備を行っている。
丁度この時間はシェフが材料の買出しで店を開けるので、留守番がてら間借りしているのだ。
ちなみに、これらの料理は施療院側の贈り物として出す予定だ。
リヴァーレの飲食店は朝も開店しているので、この時間は恋花の郷で場所を借りている。
「ああ、丁度良い所に。リディ殿、氷を貰えますか?」
「はい、良いですよ」
エルディンが差し出した器に、リディエールがアイスコフィンを唱える。
器の内部は瞬く間に氷層を帯び、冷却されたその中には羊乳とドライフルーツが投入された。
羊乳はクリエイトハンドで生成された甘い何かによって甘味を強くしている。
夏のデザートには最適の一品だ。
「助かります。さて、後は‥‥頑張って野菜煮込みでも作ってみますか」
エルディンが腕をまくる一方で、ラテリカはバジルソースやポリジのスープを作り、村人にそれを教えていた。
そしてこの後、レリアンナも合流。
羊乳チーズやチーズタルトを作るべく、ジャンとラテリカ2人はチーズの作り方を学ぶ事となった。
まずは、第一工程。
「羊乳の温度は、大体これくらいですわね。ゆっくりかき混ぜながら、暫く加熱しますわ」
レリアンナが鍋の中の羊乳を混ぜ、そこに食塩と子羊の胃袋から抽出した液体が加える。
「んしょ、んしょ」
途中からはラテリカが混ぜ混ぜ。
そして暫く冷却すると、ゆっくりと固まって来た。
「後は、清潔な布で包み、水分を取り除いて行きますわ。それを何度も」
「地道な作業だね」
「ですけど、ここで手を抜くと、台無しになりますわ」
布で包んだチーズは、徐々に水分を失っていく。
暫くすると、弾力のあるチーズが完成した。
「とは言え、一癖あるお味ですので‥‥」
レリアンナの注釈を待たず、ジャンが一口。
「あ、でも大丈夫。美味しい」
「あら? 羊乳の質のお陰かもしれませんわ」
と言う訳で、チーズ作りは大成功。
料理の方は目処が立った。
その後も、恋花祭およびシフール施療院開院前夜祭の為の準備は滞りなく進む。
施療院側からの贈り物として、料理の他にポプリも作られる事になった。
これはリディエールが中心となり、施療院チームで製作。
乾燥させたハーブを、刺繍を施した白い小さな布袋に入れていく。
そして最後に、色とりどりのリボンで口を結び、完成だ。
「ラベンダーには水色が似合うとみた!」
ルディも楽しげに協力していた。
一方、村おこしチームの敷布染めも一通り完成。
そんな中、ラテリカは白いハンカチを取り出し、子供達1人1人にそれを配った
ハンカチには、それぞれの生徒の名前が刺繍されている。
「もらっていいの?」
「はい! 好きな色に染めてくださいです」
ラテリカのプレゼントに、子供達は大喜びだ。
ここにいないルイーゼの物のみ、代わってジャンが染める事になった。
「この色、似合いそうだな‥‥」
「誰にですー?」
「え、いや! あはは」
ラテリカの問いを、ジャンは笑って誤魔化していた。
また、祭を直前に控え、恋花の郷では新たな地図や案内看板の作成・設置も行われていた。
「大分新しい施設も増えたし、作り直した方が良いと思うんだ☆」
と言うエラテリスの案により、村内の地図は一新。
冒険者の家や学校、牧場、生まれ変わった各店舗など、いずれも新たに村の地図の中に加わった。
もし、このエラテリスの発案がなければ、祭の際に混乱は免れなかっただろう。
今回の最大の功績と言っても過言ではなかった。
エラテリスは村中を走り回り、看板を立て替えて行く。
案内板を持ちながら走るのは、結構重労働。
が、走る事が大好きなエラテリスにとって、この作業は全く苦とはならない。
何より、この村を走る事は、エラテリスにとって一種のライフワークだった。
そして――――その看板の最後のひとつ、『カールのパン屋』と書かれたそれを立て掛けた時。
「カールさん! しっかり!」
そんなミカエルの声が、エラテリスの耳に届いた。
「‥‥ただの疲労。1日寝ていれば治る」
ハマン宅で寝込んでいるカールの体から、1人のシフールが離れていく。
ヘンゼル・アインシュタイン。シフール施療院の医者を務める男だ。
今後はシフールの診察のみを行う身だが、一応他種族に対しての医療知識、技術も持ち合わせている。
施療院のお祝いを前に、彼が恋花の郷を訪れていたのは必然だった為、冒険者達は直ぐに彼を呼び寄せた。
大分日差しが強くなっている事から、村内では祭の準備中に体調を崩すものが多く、今も村の診療所は余裕が全くない状態だったのだ。
「とは言え、報せが早かったのは幸いだったよ。そこのパラの青年に感謝しておいた方が良い」
「うう。ありがとうございます」
「そんな‥‥でも、無理をしては駄目ですよ」
カールを諭し、ミカエルは優しく微笑みかける。
その隣には、駆け足で長老宅までヘンゼルを呼びにいったエラテリスの姿もあった。
ヘンゼルが今日そこに行くと言うのは、施療院チームからも既に聞かされていたのだ。
「パン作りはボク達もお手伝いするから、心配しないで寝てて良いよ☆」
「すいません‥‥どうも」
カールは床の上で恐縮しっぱなしだった。
以前の収穫祭の時も無理をして迷惑を掛けていただけに、自身の無策振りを露呈した格好。
恥じるのは当然だ。
だが、そこで終わらないのが今のカール。
「身体、鍛えないとダメですね。しっかり休んでまた頑張ります」
めげない。自分を卑下しない。そして、今出来る事に集中する。
その成長は、冒険者の数ある助言と手助けが育んだものだった。
その日の夜。
アンジュを胸に抱いたミリィは、村長宅を訪れた冒険者全員に対し、細い声でとある事を打ち明け始めた。
それは、彼女がシフール施療院のお祝いを依頼した理由。
彼女の、母親の事だった。
「‥‥治療の難しくない、ありふれた病気でした」
ミリィの母親は、2年前にこの世を去った。
珍しくはない病気。だが、高熱を発するその病は、適切な治療が施されなければ、命に関わる。
そして、それが現実のものとなった。
理由は極めて明確。当時のこの村に、十分な知識を持った医者がいなかったのだ。
一応診療所はあったが、文字通り形だけのもの。教会もない。
熱を下げる薬草も、栄養を摂る食物も、当時の過疎化した村にはなかった。
ミリィの父ロタンは、自分の伴侶を背負い、周囲の地域にある教会や診療所を探して回った。
しかし、時間的な問題や、人手の問題など、幾つかの悪い偶然が重なった結果――――
「‥‥そんな事があったんだ」
ミリィの話を聞いたジャンは、俯きながらポツリと呟いた。
他の者も皆、同じような体勢で聞いている。
かつて、シフール施療院の立地場所の候補として、この恋花の郷も挙がっていた。
ミリィはそれに賛成していたと言う。
だが、村の治安の悪化や、施療院特有の問題が、村おこし中のこの場所にはどうしても適さなかった。
「だから、リヴァーレに施療院が出来ると聞いた時は、嬉しかったです」
自分の家族と同じ思いをしなくて済む者が1人でも現れるのなら、それはとても喜ばしい事。
ミリィはその想いを、シフールの施療院に託したかったのだ。
「ぐす‥‥ミリィさん‥‥辛かったですね‥‥」
涙脆いラテリカが思わず泣いてしまう。ミリィはラテリカの頭を優しく撫で、務めて明るく笑顔を振りまいていた。
恋花祭、初日。
多くの観光客が、告知を見て村の広場を訪れる中、シフール施療院に関わった面々や、招待状を受け取った者達が次々と空から、或いは馬車に乗って村に入る。
シフール鍛冶師のミケや、シフール飛脚のワンダ。更には飛脚・翻訳の代表者、相談役の元医師、ヘンゼルを紹介してくれたシフール医師のリュック、そして、宿屋『ヴィオレ』の娘カタリーナ。
その1人1人にルディは頭を下げ、感謝の意を告げた。
それは、例えカタリーナに対してでも同じ。
「今回は開院セレモニーではなく、あくまで完成のお祝いです。気軽にご参加下さい」
これまでに冒険者の面々から教わった言葉遣いで、丁寧に、そして慎重に謝辞を述べる。
その姿は、何も知らないまま大きな夢を語った小さなシフールの、確かな成長を表していた。
そして――――施療院完成パーティーは華やかに始まる。
まず、音楽隊と『フルール・ド・アムール』、ラテリカとエラテリス、そしてアンジュとラテリカの白猫ポエムによる歌舞音曲。
翼の生えた猫が降臨し、恋の種を撒くと言う本来の歌詞を、このパーティー用に『希望』や『笑顔』の種と変更し、練習を行って来た。
その成果が、衆目を集める。
ラテリカの合図で始まった歌と踊りは、施療院関係者だけでなく、祭を見物しに来た観光客をも足止めした。
「みうーっ」
「なうーっ」
猫達は背中に付けた羽を風にたなびかせ、ゴロゴロ寝転がっている。
エラテリスはその傍らで、誰よりも躍動していた。
ラテリカはコーラスとして、決して目立たず、『フルール・ド・アムール』の歌を優しく支える。
時に雄大に、時に軽快に。
希望に満ちた物語は、練習以上の表現力で、野に放たれた。
そして――――演奏が終わる。
「‥‥トレビアン!」
誰よりも早く喝采を送ったのは、招待客として招かれたリヴァーレの村長パウルだった。
それを聞いた瞬間、エルディンは誰より早くその意味を理解し、パウルに向けて一礼する。
そして、それと同時に周囲から膨大な拍手が巻き起こった。
続いて、施療院と恋花の郷、双方によるプレゼント交換が行われる。
施療院側からは、リディエールが中心となって作ったポプリ。
受け取るのは、『フルール・ド・アムール』の面々だ。
「私達の施療院とよく似た名前だと知り、ご縁を感じていました。皆さんとお会い出来て光栄です」
「え、そ、そう? にゃはは‥‥ありがとうございます。私達も嬉しいです」
余りこう言う式に慣れていないハンナは、照れつつもピンク色のリボンのポプリをリディエールから受け取っていた。
そして、郷側の贈り物は――――
「‥‥どうぞー!」
アルノー、ティアナ、ハリーの子供3人が、綺麗に彩られた敷布をエルディンとルディに渡す。
「これは綺麗だ。ありがとうございます」
エルディンがそう呟くと、子供達は3人とも満面の笑顔で喜んでいた。
その後も、パーティーは恙無く進行。
ルディとヘンゼルから、施療院に対する思いと今後の方針が語られ、空気が引き締まる。
緊張の次は緩和。冒険者達とパン職人が中心となって作った数々の料理が、広場のテーブルに並べられた。
「おいしー♪」
ワンダをはじめ、シフールが摘み易いよう、小さめに作ったチーズも好評を博した。
そんな中、リディエールはこの席を利用し、薬草と施療院の解説に従事。
エルディンはリヴァーレにある施療院の見学希望を募っていた。
「とっても満足だよ〜☆」
そして、エラテリスは延々と料理を頬張っている。
そこに、アンジュを抱いたレリアンナが近付いて来た。
「お姉さま、今後の天気はどうなっておりますか?」
「えええっと、ちょっと待って〜」
若干狼狽えつつ、エラテリスはウェザーフォーノリッヂを使った――――
「止みませんね‥‥」
2日目。
学校の校舎内で、ミカエルは窓の外の景色を眺めながら、静かに呟いた。
昨日午後より降り出した雨は、この日も一向に衰える気配がない。
幸いだったのは、エラテリスの魔法で事前に察知できた事と、パーティーの後だった事。
それでも、祭の集客には多大な影響を与えていた。
それは、この学校で行われるイベント――――公開授業も例外ではない。
実際の授業風景を生徒希望者や親に見せる筈だったが、この雨では足を運ぶ事も難しい。
ミカエルの顔に落胆が浮かぶ。
「自然の仕業だし、仕方ないですけど‥‥僕のチーズフェアも大打撃」
教師の1人として校内に足を運んだジャンもまた、失望感を拭えずにいた。
「はあ‥‥」
常勤講師のマリーも、溜息を落とす。
そんな中、見物にエルディン、リディエール、レリアンナの3人が訪れた。
「生憎の雨ですね。私とメロウが雨男だから‥‥だとしたら、お詫びの言葉もありません」
水のウィザード、リディエールの言葉に教師3人は思わず笑みを零し、少し落胆の色が薄まった。
「せんせー、じゅぎょうはー?」
ちなみに、生徒も4人、しっかり出席している。
ルイーゼは昨日村を訪れ、アルノーの家にお泊りしていた。
「もうちょっと待ってみようか。もしかしたら――――」
ミカエルの言葉を遮るように、雨音が強まる。
それは、外の雨足が強まったからではなく、扉が開いた事に起因した。
「あう‥‥ずぶずぶ」
そこには、金髪の少女がいた。
アンネマリー・ドール。生徒として勧誘された貴族の令嬢だ。
「ドール様? ドール様では?」
「そのようです。アンネマリーさん、お久し振りですね」
「おお!? 何で知った顔が2つもっ」
レリアンナとリディエールが、ずぶ濡れの令嬢に駆け寄る。
2人は以前アンネマリーの依頼を受けた事もあり、既知の中だったのだ。
「良かった。1人でも見てくれる人がいるのなら、意味はありますから」
「ですね」
3人が歓談する中、ミカエルとジャンは安堵しながら準備を整えた。
その後、アンネマリーの母ローゼマリーも同じくずぶ濡れで登場。
別室で着替えを行った後、見学者を交え、公開授業は行われた。
当初予定していた構成を変更し、30分×3コマで、まずマリーが読み書きを、次にジャンが美術を、そして最後にミカエルが植物の授業を行っていく。
「アンネマリーさんは、読み書きはしっかり出来るのですね」
「まあ、一応は」
「では、私と一緒に彼らに教えてみましょう」
「へ? 私がか?」
不安な表情で、アンネマリーは読み書きを年下の子供達に教える。
マリーは、生徒の性格を見抜き、どう言う事をさせるべきかと言う能力に長けていた。
これは、その一環だった。
「みんな、おはよう。今日はお絵かきをしよっか」
次のジャンは、家族の似顔絵を描かせる事にした。
アルノーは兄のカールを、他は皆母親の顔を書いているようだ。
アンネマリーは、何度も見学中の母親を見ようとしたが、ジャンはそれを穏やかに諭した。
公平性を欠く行為を避ける為だ。
結果――――全員それぞれの心の中にいる兄、母の顔を描いていた。
「うん、みんなちゃんと描けてる。アルノーはお兄さんを頑張り屋って思ってるんだね。ルイーゼは‥‥」
ジャンは1人1人に自分が感じた感想を寄せた。
共通していたのは――――絵の中に愛情が詰まっていた事。
満面の笑みで、ジャンは何度も頷いた。
「みなさん、おはようございます。あと一息、がんばりましょう」
最後に教鞭を振るうのは、ミカエルだ。
村に咲く季節の花々の特徴、薬になる植物の解説など、ゆっくり、簡単な言葉で教えていく。
子供にとって、植物は身近な存在。特に女の子にとって、花は自分を飾るものにもなる。
「‥‥このお花は?」
「うん。それはね、リス・マルタゴンって言う珍しい‥‥」
普段余り積極的に話さないルイーゼに質問攻めにあい、ミカエルは驚きつつも丁寧に教える。
アンネマリーも、年長者ながら時に弄られ、時に弄られ、またある時には弄られ、他の子供と打ち解けて行った。
「これなら安心です。アンネマリー、ここで沢山の事を学んで、大きくなるのですよ」
ローゼマリーのそんな言葉が、この公開授業の成功を物語った。
最終日。
幸い、天気は回復。
まだ無数の水溜りが残る中、リディエールは妖精のメロウとシャルトリューを連れ、祭を楽しんでいた。
「メロウ、勝手に先に行ってはダメですよ」
「ですよー♪」
メロウがパタパタと羽ばたき進んだ先には、牧場があった。
敷地内には、大勢の子供達と動物が並んでいる。
その中には、エラテリスやアンネマリーの姿もあった。
そして、枠の外からその様子をレリアンナが眺めている。
「イベントですか?」
リディエールの問いかけに、レリアンナはコクリと頷いてみせた。
「当初は『お馬さんと競争☆』と言う題目でしたが、『動物さん達と競争☆』になりましたわ」
「ほのぼのとしていて良いですね。アンネマリーさんも参加するのですか?」
「ええ。若干、不安ではありますが」
保護者のような心持ちで2人が見守る中――――
「そーれっ」
合図の太鼓が叩かれる。
「うあっ!?」
ドーン! と言うその音にビビり、アンネマリーは誰より早く飛び出し、コケた。
「うー、いたい〜」
「わうっ」
すると――――涙ぐむアンネマリーの頬に付いた土を、レリアンナの愛犬、レイモンドが舐め取っているではないか。
「あら‥‥」
その様子に、レリアンナは思わず驚きの声を上げた。
レイモンドは覚えていたのだろう。ドール家の中庭で令嬢とじゃれ合った日の事を。
「‥‥」
「レリアンナさん?」
「い、いえ。何でもありませんわ」
レリアンナは誰にも見られないよう顔を傾け、在りし日の光景を懐かしんでいた。
一方、ミカエルはカールのお見舞いや各施設を慰労し回っていた。
広場では、ジャンが『アリス亭出張店』と描かれた看板を立てかけ、チーズフェアを営んでいる。
店の前ではケット・シーのリデルが華麗且つ俊敏な踊りを披露し、それにアルノー等が見入っている。
「タルト1つ下さい」
「あ、ミカさん! わっかりましたー!」
ジャンは教わった通りに作ったタルトを取り出し、差し出す。
見事に裏面が焦げていた。
「たはー‥‥えっと、タダで良いです」
肩を落とすジャンにお礼を言い、ミカエルは1人彷徨う。
その目に映るのは、笑顔で広場を訪れ、笑顔で広場を出て行く家族や恋人の環。
この村がそんな環を作る場所となっているこの現実を、ミカエルは至福を感じていた。
「その幸せが続きますよに♪」
そんな声が、ミカエルの耳に届く。
一瞬驚いて振り向いたその先には――――小さい魔法少女がいた。
カラフルに彩られたローブに身を包んだその少女は、ロッドを振り振りしつつ、道行くカップルに星屑の幻影を振り撒いている。
自分に対しての言葉ではなかった事を理解し、ミカエルは思わず苦笑した。
「二人の将来に幸あれ〜!」
そしてまた、別の声が聞こえてくる。
今度は上空からだ。
「‥‥あ」
ミカエルが上を向くと、バッチリ目が合った。
伝説の魔法淑女、聖☆エルディーナ。
エルディン・アトワイトのいとこと言うその女性は、天使の羽飾りを付けた色鮮やかローブに身を包み、空飛ぶ箒に跨って『グットラック』の魔法を唱えていた。
「ふう。ミカエルさんも恋のおまじない、どうです? 素敵な恋人が現れますよ♪」
「え、いや‥‥あはは、良いです」
余り恋愛には縁のないミカエルだったが、やんわりと断りを入れた。
「そうですか。まあ、斯く言う私も、こう言う事やっておきながら‥‥ふふ‥‥ふふふ‥‥」
エルディーナが壊れかけた!
「みうー」
そんな彼、もとい彼女の左肩に、アンジュがしがみ付いている。
「あ、アンジュ。ここにいたんだ」
ミカエルは、空から降りてくるエルディーナの肩に乗ったアンジュの頭を優しく撫でた。
「猫キューピットですからね。アーシャの土産物屋でも大人気ですよ」
今回アーシャ・イクティノスはお祭りに未参加だったが、彼女の店で作られていた人形はこの度完成し、既に販売が開始されていた。
「アンジュ、私にも良い人を連れて来てください。人を祝福する神父だって恋するのです」
「みう?」
「エルディーナさん、エルディンさんに戻ってます」
苦笑交じりのミカエルの頭上を、小さなシフールがぱたぱた飛び交う。
そのシフールは、エルディンの右肩に留まり、心配そうにその顔を見つめた。
「リタ。私を慰めてくれるのですか?」
病気を患っており、今後シフール施療院で治療する予定のリタ。
人見知りの彼女だったが、既に冒険者達とは大分打ち解けて来ている。
「‥‥(コクリ)」
「ありがとうございます。では、もう少し頑張りましょう」
エルディンは再びエルディーナとなり、猫キューピッドとシフールを肩に乗せ、再び空の人となった。
そんな魔法少女&淑女の活動を、ミリィは遠巻きに眺めていた。
「‥‥ミリィもかけて欲しいの? 恋の魔法」
突如掛けられた声に、ミリィの肩がビクッと動く。
振り向くと、そこにはジャンが立っていた。
「そ、そう言う訳じゃないんですけど」
「これまで、辛かったよね。お母さんの事も、お父さんの事も」
ジャンの言葉に、ミリィは少しだけ俯く。
「そう言う辛い思いをさ、少しだけでも預けられるような相手、見つけてみても良いんじゃないかな」
「‥‥」
ミリィは、風でたなびく髪を押さえながら、俯いていた顔を少しずつ、空に向けて上げた。
「気になる人、いないの?」
「‥‥わかりません」
ミリィは少し困った顔で、そう呟いた。
その背後では、ラテリカとエルディーナが何人ものカップルや恋人募集中の男女に祝福を授けている。
「そっか。でも、いないって言わないって事は、きっといるんだよ。心の中に」
「そうでしょうか」
「そうだよ。きっと」
ジャンは優しく、そう語りかけた。
ミリィの背中が押される。
「‥‥」
その足は――――
そして。
夕日が差し込む中、広場では既に人気もまばらとなっていた。
それは、魔法少女とその師匠の別離の刻を意味する。
「いつの時も、お別れは寂しいのです‥‥」
魔法少女ラテリカは、寂寞の思いを隠さず、ぎゅっとエルディーナの袖を掴んでいた。
「私は魔法の世界に帰らなければ。ラテリカ、貴女はこの世界を愛で満たすのですよ」
「はい。ラテリカに出来る事、少しずつ」
約束は交わされた。
そして、2つの影は静かに離れ――――
「でも、その前に一つだけ、今やれる事があるです」
「そのようですね」
小さな距離を残したまま、その場で待っていた。
もう一つの、少し臆病で、物静かな影の到来を。
「あの、私‥‥」