不幸物語最終章3「誓いの日」
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■イベントシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:4
参加人数:17人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月26日〜06月26日
リプレイ公開日:2009年07月04日
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●オープニング
パリから徒歩4時間の場所にあるマルシャンスと言う街では、この1年、実に様々な出来事があった。
割と珍しいモンスターであるブリッグルがとある女性にフラッと憑依したり、ホワイトイーグルに拠点とされたり、猛牛の集団が酒場を襲撃したり、モンスターが支配したからくり屋敷を石工が食い気味に支配したり。
まあ、とにかく色々あった。
そして、そんな数多の怪奇現象の中心には、いつもこの男がいた。
マックス・クロイツァー。1年前までは石工見習いだった青年だ。
今もまだ経験は浅いが、一応最近こなした仕事が評価され、一人前の石工として見なされるようになっている。
そんなマックスは今――――師匠の店『ボッシュ』の中で、うんうん唸っていた。
「煩いですよ。落ち着いて本が読めないじゃないですか」
「まるで自分の家のように言いやがって‥‥うーん、うーん」
優雅に『世界の終末』と言う本を読みながら紅茶をすする、鍛冶師のペーターを一瞥し、再びマックスは唸りだした。
彼の悩みは、ここ数ヶ月一貫している。
どこで結婚式を挙げるか――――と言う問題だ。
婚約者マルレーネは、どこでも良いと言ってくれているが、それを真に受けるほどマックスは愚かではない。
やはり、2人にとって人生最大の大イベント。しかるべき場所で、最高の挙式を挙げたい筈だ。
現在、マックスの手元には15Gの貯金がある。
半分以上は、とある冒険者の好意で得たお金だ。
挙式を挙げる資金としては、十分な金額とまでは言えないが、不足する事もないだろう。
だが――――
「普通にこの街の教会――――と行かないところが、まあ何というか、流石ですよね」
「うるさいな。仕方ないだろ」
マックスの不幸体質は、このマルシャンス街では余りに有名。
教会側が結婚式を断るなど、異例中の異例なのだが――――
『教会が潰れる可能性を考慮すると、余りに難しいと言わざるを得ません。大事な教会なのです。どうか御理解頂きたい。どうしてもここで式を挙げると言うのなら‥‥この私を倒してからにしろやあああっ! かかって来んかああああい!』
と、齢70の司祭から教会を守る為の死闘を申し込まれた日には、流石に辞退せざるを得ない。
「実際のところ、それ程心配は要らない筈ですが‥‥今までが今までですから。で、結局まだ決められないと」
「ああ。親や知り合いも招待するから、余り遠くと言う訳にもな‥‥」
ちなみに、マックスの両親はこの街の隅っこの方で食料品店を営んでいる。
石工となる為家を出た1人息子のマックスは、その負い目から、余り親と会えずにいた。
「マルレーネさんを紹介したのもつい先日と言うのだから、甲斐性のない事この上ない話です」
「くそう‥‥言い返せない」
それでも、両者同士の挨拶も無事終わり、後は式を挙げるだけ、と言うところまで来たのだ。
ここで立派な式を挙げて、めでたしめでたし――――と行きたい所。
その為には、無事結婚式を挙げられるような場所を探さなければならない。
「この際、何もない空き地に神父を呼ぶと言うのは」
「最悪それしかないのか‥‥」
「若しくは、貴方の不幸を中和するほど幸福なエネルギーに満ちた場所を探すか」
「それだ!」
ペーターの指摘に、マックスが咆哮する。
「実は少し前、とある村を訪れた時、滞在した期間さほど不幸な目に遭わなかったんだ。あの場所なら!」
それは――――今は恋花の郷と呼ばれる村の事だった。
以前マックスは、その村の村長の石像を造りに行った事がある。
そこでは、まあそれなりに不幸は訪れたのだが、普段と比較するとかなり軽度だったのだ。
「決めたぞペーター。俺とマルレーネはその村で結婚式を挙げる」
「はあ‥‥で、距離はどのくらいですか?」
「う、結構遠かったな。どうしたものか」
だが、そのマックスの懸念は直ぐに消えた。
シフール飛脚に手紙を託して確認したところ、その村には馬車屋があり、頼めば貸し出してくれると言うのだ。
早速マックスはマルレーネと話し合い、日程を合わせ、挙式の朝に馬車を出して貰う事にした。
どうにか、結婚式を挙げられそうだ。
「とは言え‥‥俺の独断で決めてしまった。済まないな」
「何で謝るの? 私は貴方の決めた場所なら、全然構わないのに」
「マルレーネ‥‥」
「マックス‥‥」
見詰め合う2人。
ちなみにここは、2人の愛の巣(マルレーネ宅)。
邪魔する者は、誰もいない。
「なんとーっ! 婚前交渉一歩手前のところに遭遇してしまいましたーっ!」
訳もなかった。
「ぐあ‥‥折角良い雰囲気だったのに‥‥」
どうせ結婚するんだから悔しがる必要はないのに、マックスは歯軋りをして邪魔者――――フローライト・ミカヅキをキッと睨み付けた。
「この不法侵入ゴシップ娘がっ! 何の用だ!」
「はうーっ‥‥あんまりな言い草です。折角耳寄りな情報を持ってきましたのにーっ」
「マックス、大人気ないってば」
マルレーネに耳を引っ張られ、マックスは頭に上った血を落とす。
「で、耳寄りって言うのは?」
「はいーっ。実は‥‥」
フローライトは涙ぐむその目を拭い、おずおず告げる。
「恋花の郷と言う村には、教会がないそうですーっ」
「‥‥え?」
つまり、根本的な問題がまだ残っていた。
同時刻――――噂の恋花の郷。
『ほう‥‥実に興味深い村だ。確かに天幸に溢れている』
その遥か上空を、巨大な白鷲が舞っている。
その背には、ペーターが神妙な面持ちで二足直立していた。
『恐らく、この地場ならば、マルレーネさんの力もより増幅され、不幸は調和されるでしょう。ただ‥‥』
『何か懸念でもあるのかな?』
『ええ』
右手の指に嵌められた翻訳用の指輪をコツ、と額に当て、ペーターは苦々しく告げる。
「このままでは、何事も起こらず、ただ幸せなだけの普通な結婚式になってしまいます。実に面白くない」
『‥‥前々から思慮していたが、其方、本当に我が友の親友なのか?』
『今日の気分は、他人ですね』
ケロッと言ってのけたペーターは、その尋常ならざる視力で、村の全景を確認する。
『う‥‥修道院が見えます。これはますます、普通に結婚しそうな気配』
『例え他人でも、他者の幸福を憂うその姿勢はどうかと思うぞ』
『僕は自分の幸運は大好きですが、他人の幸運は大嫌いなんですよ』
『‥‥』
ペーターの言に、『ブラン・エクレール』の異名を持つホワイトイーグルは思わず瞑目した。
『まあ、あの裏切り者はともかく、マルレーネさんには幸せになって欲しいですね。可愛い人ですから』
『裏切り者?』
『ふふ。人間、色々あるのですよ』
ペーターは苦笑し、白鷲の背にそっと寝転んだ。
長きに渡ってお届けした、この物語。
果たしてどのような結末が待っているのか――――
●リプレイ本文
結婚。
それが祝福すべき催しである事は、誰しも理解している。
だが、現実とはそうそう定義通りには行かないもので。
「俺は認めねぇ‥‥マルレーネちゃんは俺と結婚するって前世の時から決まってるんだぁ」
などと言う危険思想を顔面全体に滲ませている輩が、マルシャンスをフラフラと出歩く姿が確認されたのは、ある意味必然だった。
また、それだけには留まらない。
『む‥‥』
パリ南部の上空を舞うホワイトイーグル『ブラン・エクレール』の視界に、異様な光景が映ったのも、また必然。
セーヌ川を泳ぐ魚が、何か災害の予兆でも示すように、上流の方向に集団で上っていた。
そして、マルシャンスの遥か遠方でも、そう言った動きは確認されている。
「うぉのれ、あのウスラボケ弟子めが‥‥お前だけに良い思いはさせんぞぉ‥‥」
「アンタ、用意はもう出来たのか?」
「はい出来ましたー。では愛弟子の門出を祝いに行きましょー」
そう言った、様々な毒々しい複線が水面下で徘徊する中、着々とその日は近付いていた。
そして――――当日。
結婚式会場となる修道院のある『恋花の郷』と言う村の入り口に、一台の馬車が止まる。
「ふう、着いたか」
「わあ‥‥良い所ね」
その中に乗っていたマックスとマルレーネが降りると――――
「とってもとってもおめでとございます!」
ラテリカ・ラートベルが太鼓一番、マルレーネに飛び付く勢いで近付き、手を取り祝福する。
「これからは不幸でなく幸せカップルなお二人として、お噂になるですね」
「ありがと。ラテリカちゃんが料理教えてくれたお陰」
「んふー。少しはお力なれたでしょか」
ラテリカとマルレーネが和気藹々と話をする中、馬車の周りには新郎新婦の見知った顔が次々と現れる。
いずれも、過去にマックスの依頼を受けた冒険者達だ。
「お久しぶりなのです。おめでとうございます」
最初にマックスに声をかけたのは、エフェリア・シドリだった。
「ああ、壁堀りの時の女の子! ありがとう、良く来てくれたな。お兄さんは元気か?」
「はい。元気、なのです」
エフェリアは丁寧にペコリ、とお辞儀し、マルレーネの方にトコトコ歩いていく。
次に、セレスト・グラン・クリュと桃代龍牙がマックスへと近付いて来た。
「おめでと。娘も連れて来ているから、適当に扱き使ってあげて」
「いよいよマックスさんも結婚か。う〜ん、結婚ね‥‥ま、おめでとう」
龍牙がマックスの肩をポンポン、と言うかガシガシと叩きながら祝福する傍ら、セレストは苦笑しながらマルレーネの方に足を運ぶ。
そこに、今度はクァイ・エーフォメンスとマロース・フィリオネルが近付いて来た。
「この度はご結婚おめでとうございます。無事門出を迎えられたようで、驚愕を禁じ得ません」
「本当に、報せを聞いて驚きました。今も信じられませんね」
マックスの不幸に対し、特に多くの労力を裂いて来た2人。
それだけに、今回の件に対して大きな充実感を抱いていた。
「ささやかながら、結婚祝いを用意しておきました。どうぞお受け取り下さい」
「悪いな‥‥ん? んんんんん!?」
マロースから差し出された大きめの袋を受け取り、中身を確認すると――――同時に、マックスの目が飛び出た。
中には、100G相当の通貨が!
「いやいやいや! いや、いやいやいやいや!」
「お二人にふさわしい指輪も入っていますので。それでは、マルレーネさんにも御挨拶を」
動揺と狼狽を隠せない中、今度はクァイが自身の贈り物を紹介した。
ただし、それはこの場所にはない。
マルレーネと一旦別れ、広場から『恋の花咲く小路』を通り、向かったその先にある修道院へと案内されたマックスは――――最初その贈り物の意味がわからなかった。
この修道院は、マックスとマルレーネが結婚式を行おうと考えている場所だ。
その許可を得る為、マックスは事前に一度この場所を訪れている。
その時の記憶を思い出し――――そして、じわじわと汗が浮かぶ。
増えているのだ。部屋が。
「待合室と準備室を作りました。急増なので粗があるかもしれませんが‥‥式を終えたら、取り壊す予定です」
「つく‥‥?」
マックスは混乱した。
そして、思う。
自分はこれまで、とんでもない人達にお世話になっていたのでは――――と。
マックスが狼狽を覚えている最中。
「はーい、こちらマルレーネさんの待機していると思われる宿ですーっ」
結婚式の司会を(勝手に)務める事になったフローライトは、フェザー・ブリッド、鳳令明の2人と共に村の宿を訪れていた。
「お二人とも、この度はお手伝い頂きありがとうございますーっ」
「そんな予定はなかったけど、ま、良いわ。インタビュウはしたいって思ってたしね」
ジプシーのフェザーが悩ましい笑顔を見せる中、その隣で空中浮遊していた令明が鼻歌交じりにフローライトの肩に留まる。
「わんこを紹介してくれるにょなら、おりは何でもやるにょじゃ〜♪」
「お任せくださいーっ。釣りの出来る川もちゃんと教えますよーっ」
と言う訳で、突撃取材開始。
宿屋の一室を借りて着付けや化粧をしているであろうマルレーネに面会を試みるのだ。
一応名目としては、結婚式の際に話す事の確認。
だが、実際には他の目的もフローライトにはあった。
マルシャンスで今回の独占取材(不許可)を多少誇張し、それを言いふらせば、噂好きとしての己のアイデンティティーを確固たるものと出来る。
ゆくゆくは、情報屋としてマルシャンス街を裏から牛耳るつもりでいる彼女にとって、栄光の第一歩となる試みなのだ!
無論、この野望は協力者2名には一切話していない。
「ごめんくださいましーっ!」
フローライトが宿屋に入ると――――その入り口付近に置かれているテーブルに、3人の冒険者が待機していた。
神聖騎士、アレーナ・オレアリス。
同じく神聖騎士、エルディン・アトワイト。
クレリックのセフィナ・プランティエ。
いずれもマックスの噂を聞き、協力を申し出た面々だ。
セフィナは一度マックスと接した機会があったが、ほんの一瞬だった為、認識としては残存していない。
それでも――――彼女は祝いの席に駆けつけたのだから、意味はあったのだろうが。
「はうーっ‥‥聖職者の方は苦手ですーっ。全て見透かされているような気が‥‥」
悪質な野望を秘めたインタビュアーが怯えていると、それに気付いたエルディンが近寄ってくる。
「どうかしましたか?」
「な、なんでもありませんーっ」
エルディンはその答えに、にっこり微笑む。
「失礼しました。私は、この度の結婚式で神父を勤めさせて頂く事になりました、エルディン・アトワイトです」
それに続き、セフィナとアレーナも立ち上がった。
「新婦にお会いになるのでしたら、わたくし共の立会いの下で、とお願いしてあります。御了承下さいませ」
セフィナは優しげな顔で抱いている愛猫のレーヌを撫でているが、目は余り笑っていない。
「うむ。一応、こんなご時世なのでな。可愛らしい女の子であっても、例外には出来ないのだよ」
「申し訳ありません。決まりですので」
良く見ると、アレーナとエルディンも同じ目をしていた。
「は、はうーっ‥‥」
その目に、フローライトはガクガクと震え出す。
「にょにょ? どうしたのじゃ?」
「まるで盗みに入った家で家主に見つかった泥棒のような顔色になってるわよ、フローライトさん」
「ちゅ、中止ですーっ!」
結局、耐えられなくなったフローライトは取材を放棄し、逃げた。
「‥‥やれやれ。困った知り合いをお持ちですね、此度の新婦は」
「まあ、その新婦もここにはいないのだから、威嚇する意味はないのだが」
エルディンとアレーナが苦笑する中、セフィナはレーヌを愛しげに撫で続けていた。
一方その頃、新婦のマルレーネはと言うと――――
「本日、ここ恋花の郷で結婚式を挙げさせて頂く事になりました、マルレーネと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
着付けの前に一作業と言う事で、ラテリカの案内の元、村の代表者の所に挨拶回りに行っていた。
マルレーネは家事全般こそ苦手だが、気配りはそれなりに出来る女性。これくらいの事は率先して出来るのだ。
「影で主人を支える‥‥素敵な事思うです」
「そっかなー」
談笑しながら2人が歩いていると、料理店の前でアシュレー・ウォルサム、鳳双樹、レア・クラウスの3人と出くわした。
双樹はラテリカの姿を確認すると、にっこり微笑んで近付く。
「ラテリカさん、こんにちは。あの、こちらが‥‥」
「こんにちはですよー。はい、この方が花嫁さんなのです」
ラテリカとの挨拶の後、双樹は改めてマルレーネの方に体を向ける。
「はじめまして。鳳美夕の妹、鳳双樹です。この度は御成婚おめでとうございます」
「ああ、あの不幸‥‥こほん。えっと、こちらこそお姉さんにはお世話に‥‥主にご迷惑をお掛けしまして」
双樹の姉、美夕はこれまでに2度マックスの護衛を受けてくれており、マルレーネにとっては夫の恩人に当たる女性だ。
マックスの不幸を軽減しようと、自らの身体に呪いのお札74枚を貼り付け、護衛をすると言う暴‥‥もとい大胆な試みを行った冒険者でもある。
その時の後遺症か、はたまた素質があったのか、それ以降微妙に不幸体質になってしまったらしく、今回はその不幸の伝染を恐れ、参加を遠慮したとの事だ。
「そうでしたか‥‥直にお礼を言いたかったんですが」
「その内、改めて挨拶に来ると思いますので。後、マックスさんへの伝言を預かっています。『お幸せに。もう不幸じゃないわよね?』だそうです」
笑顔で語る双樹の言葉を、マルレーネは苦笑しながら受け取った。
同時に、双樹の傍らで佇んでいた2人も同じ顔をする。
「挨拶が遅れてしまったな。双樹と共に手伝いをする予定のアシュレー・ウォルサムだ。この度は御成婚おめでとう」
「レア・クラウスよ。このご時世、こんな明るい催しに参列出来て嬉しい限りよ」
「ありがとうございます」
それぞれに挨拶を交わし、マルレーネは3人と別れ、ラテリカと共に歩行再開。
修道院の前に到着する。
ここで、ある作業を行う為だ。
「私、作った事ないんだけど‥‥ちゃんと作れるかな」
「だいじょぶですよー。心込めて、大事に作れば、それで良い思うです」
こうして、花嫁は結婚式の準備を着々と進めて行った。
そして――――日差しが一段と強くなった正午。
「遠方よりお越し頂き、ありがとうございまーす」
セレストの娘として参加したアニエス・グラン・クリュは、自身の意向で受付を担当していた。
母からマックスの体質、及びマルレーネの人気については聞き及んでおり、もし参列者の中に不幸や殺傷力のある嫉妬を持ち込もうとする輩がいては‥‥と憂慮し、その可能性を受付の段階で摘み取る為だ。
「海戦騎士のネフィリム・フィルスさね。久々に景気のいいハナシ聞いたんで、ちょっとした贈り物を用意したさ〜」
「はい、承りました」
ネフィリムが機嫌良く修道院に向かうその後ろで、アニエスは出席名簿にその名を綴る。
参加者の数は、村人と冒険者だけで20人を越えていた。
そんな中――――
「はぁはぁ‥‥ここがマルレーネちゃんの‥‥おのれ、させんぞお!」
早速、変質者の模範例が現れた。
「えっと、マルレーネさんを祝福しにいらしたのですよ、ね?」
「ふふ、そうさぁ」
一応語尾の辺りで軽い殺気を放ち威嚇するも、鈍感な変質者には効果なし。
アニエスは仕方なく、ボディチェックを行う事にした。
「‥‥この禍々しい形の短剣は何ですか?」
異常は直ぐに見つかった。
「儀式に使うのさぁ」
「どのような儀式を?」
「マルレーネちゃんが‥‥幸せになる儀式さぁ」
「新婦の幸せとは?」
「それは‥‥あのクソ野郎が鮮血に塗れる事さあぁがぶっ!」
本性を剥き出しにした変質者だったが、何か行動を起こす前にくるんと一回転し、地面に顔面ダイブ。
アニエスによって、惨劇の芽は詰まれた。
「お、おのれぇ。だが、俺が倒れても、第二、第三のマルレーネFC会員が刺客として‥‥」
「警備隊の皆さん、引継ぎお願いします」
「了解だ」
恋花の郷の警備を行う若者フレイが、何か呟いていた変質者をずりずりと引きずっていく。
「結婚か‥‥はぁ」
その様子から目を離し、アニエスは思わず頬杖を付いた。
こうして、水面下で数々の不穏要素が取り除かれる中――――いよいよ、2人の結婚式が始まる。
急造と言う割にはしっかりした建物となっている待合室では、マックスが緊張した面持ちでその時を待ち侘びていた。
尚、新婦のマルレーネは、別室で化粧をしている最中だ。
そんなマックスの様子をどこか達観した様子で眺めているペーターに、ローガン・カーティスが近付く。
「ペーター殿。杞憂とは思うが、新郎の意向にそぐわない行動を‥‥」
「結婚と言うのは、不思議な儀式ですよね」
「?」
突然、突拍子もない事を言い出すペーターに、ローガンは一瞬眉をひそめる。
「高が誓い。ですが、それによって確かに、2人は大きく変わります。或いは、性質ごと」
ペーターの雰囲気は、ローガンが以前接していた時と比べ、大きく変わっていた。
ローガンはそれに少し疑念を覚えると同時に、当初の懸念を大幅に薄める。
取り敢えず、祝福する気はあるようだった。
「ところで、以前手に入れた鉱石で作ったと言う石工道具、所持しているなら見せて貰えないだろうか」
「良いですよ」
あっさり了承し、ペーターは懐から鑿を取り出す。
若干黄色がかった銀色のそれは、特別何かの力を宿している様子はない。
「ちょっとしたイベントで、力を使い果たしてしまいまして。今はただの鑿です」
「ふむ‥‥ところで、何故鍛治道具でなく石工道具を?」
「そう言う依頼だったからですよ。元々は、彼にと作った物です」
ペーターの視線の先には、カチコチの顔でセレストやラテリカの言葉にカクカク頷いているマックスの姿がある。
経験者から何か重大な助言を受けているようだが、この様子では耳には入っていないだろう。
「2人の関係、詳しく聞いても良いだろうか」
「それは野暮と言うものですよ」
何故かそんな物言いで、ペーターは口に指を当てた。
石工見習いと駆け出しの鍛冶師。
親友と言う間柄なのか、他に何か別の――――
「ま、敢えて言えば。僕は彼の抑止力、と言ったところでしょうか」
その言と同時に、結婚式会場となる修道院から入場を促す声が上がったので――――ペーターの言葉はローガンには聞き取れなかった。
神父の入堂で、その神聖な儀式は厳かに始まる。
祭壇までゆっくり歩を進めたエルディンは、参列者となる冒険者達や村人、そして2人の親類で埋まった座席を眺め、たおやかに起立を促した。
同時に、最前列で控えていたセフィナとアレーナが祭壇の両端に向かう。
それを確認した後、まずマックスが自身の母親と共に定位置へと身を進めた。
次に、マルレーネが父親と共に入り口から歩き出す。
そして、マックス達がそれを迎えに行く形で、中央で落ち合う。
「‥‥綺麗だ。俺はなんて幸せ者なんだ」
思わずマックスがそう呟くほど、ドレス姿のマルレーネは美しかった。
マロースの手によって施された化粧も、上手い具合に彼女の良い所を引き立てている。
マックスが感動を覚えるのも無理はない。
「ば、馬鹿っ。こんな席でなんて事言うのよ」
「‥‥コホン」
エルディンの咳払いに、マルレーネは顔を赤らめて直立不動になる。
若干の苦笑が漏れる中、新郎新婦は腕を組み、共に桜華の蝋燭が立てられた祭壇へ。
「只今より、ご両人の結婚式を挙行致します。では、聖歌斉唱を」
エルディンの挨拶に続いて、冒険者達による聖歌の斉唱が執り行われる。
ラテリカと令明が中心となり、事前に練習していた歌詞を、合唱でなぞった。
アシュレーが竪琴でその旋律を補佐する。
ラテリカとセフィナの足元では、アンジュら猫達がにゃーにゃーと鳴きながらゴロゴロしていた。
時間の都合上、合わせたのは一度だけなので、決して綺麗には揃っていない。
だが、そんな事は問題ではなかった。
その荘厳で優しい調べは、2人の心に何時までも流れている事だろう。
続いて、神父による聖書朗読。
「愛は寛容にして慈悲あり、愛はねたまず、愛は誇らず、驕らず‥‥」
厳かに唱えるエルディンの顔は、普段の柔らかい部分を排除した、指導者の顔だった。
マックスとマルレーネは、その言葉を清聴し続ける。
そして、誓いの言葉へ。
「汝、その健やかなる時も病める時も、不幸にみまわれし時も、これを愛し、固く節操を守らんことを誓いますか」
「はい、誓います」
エルディンのちょっとしたアレンジに、マルレーネは思わず苦笑しながら答える。
2人だけの儀式を思いやる演出だった。
マックスも誓いを言葉にし、いよいよ誓いの口付け、そして指輪の交換。
マルレーネのヴェールを愛おしそうに上げたマックスが静かに微笑み、2人は口付けを交わす。
次は指輪交換だ。
マックスの手には、宝石ではない岩を削って乗せた、風変わりな指輪がある。
それを見たマルレーネは、満面の笑みでそれを指に嵌めた。
参列者の中では唯一、エフェリアだけがその意味を理解し、コクコクと頷いていた。
「‥‥それ神の合わせ賜いし者は人これを離すべからず。アーメン」
エルディンが閉祭の言葉を唱え、式は滞りなく終了した。
「おめでとーっ!」
太陽が照りつける白昼の花畑を前に、新郎新婦に盛大な祝福の声と拍手、そして歌声と演奏が贈られた。
2人と面識のある冒険者。まったくない冒険者。村人。
中には犬や猫などの姿もあった。
いずれも分け隔てなく、このノルマンの片隅で行われた小さな儀式へ祝福を唱えている。
その様相は、とても素朴で、そして感動的だった。
「ありがとう! それじゃ、受け取ってね!」
そんな参列者達に涙ぐみながら、マルレーネは手にしていた物を放る為、大きく振りかぶる。
それは――――ラテリカと共に自ら作ったブーケだった。
受け取った者は、幸せな結婚が出来ると言う。
「神父補佐の身で相手もいないが、たまには良いだろう」
「色々不利な立場ですが、狙いますっ」
「あの人と結ばれる為にも‥‥」
それを狙うは、アレーナ、アニエス、双樹の3人。
身長ではアレーナが断然有利だったが、それは決定打にはならない。
こう言ったブーケは何時だって、想いが引き寄せるものなのだ。
「えいっ!」
そして、放られたブーケを手にしたのは――――
「‥‥あ」
「やったな! 双樹!」
一番近くに大切な人がいた女性だった。
想い人に抱きしめられながら、真っ赤になって俯く双樹。
その時、確かに幸せの環は繋がった。
それを祝福するように、空から大量の白い花びらが舞い降りる。
エフェリアはその光景を見ながら、ホーリー・ハンドベルを空に向けて鳴らしていた。
沢山の幸せに囲まれ、マックスとマルレーネの結婚式は幕を降ろした――――
とは言え、集った冒険者達にとっては寧ろここからが本番だ。
マロースの進呈した資金を元に、マックスは料理店を午後から貸切り、大々的な2次会を開く事にしたのだ。
料理は、村人と複数の冒険者が作る事に。
その為、厨房は大忙しだ。
「前菜のサラダ、完成したよ。双樹、持って行って」
そんな中でも、アシュレーが綺麗に盛った大皿のサラダを双樹は嬉しそうに受け取り、テーブルへと運んで行く。
その傍らでは、セレストが赤ワインで肉を煮込んでいた。
「アニエス、味見てくれる?」
直ぐ傍でフリルメイドドレスを着用し立っていたアニエスが、銀のスプーンで味を確認。
「ばっちり」
文句の無い出来に、アニエスは指で丸を作った。
親子仲良く準備を続ける2人の向かい側では、クァイがスープを作っている。
この村に売っている羊乳を使った、健康に良い一品。ハーブを入れ、すっきりした香りが立ったところで完成だ。
「‥‥ん」
出来に満足したクァイは、その皿を村人に預け、次の料理に取り掛かった。
そして、厨房の奥では龍牙がガレット・デ・ロワというパイ菓子を焼いている。
修道院で分けてもらった蜂蜜をふんだんに使用しており、とても甘く仕上がった。
「余興、余興‥‥と」
その中に、龍牙はシルバーリングを1つ仕込む。お祝いの席ならではの仕掛けだった。
そして、その厨房の中心で、マルレーネはケーキ作りに挑戦している。
「しっかりかき混ぜないと、スポンジがパサパサになるから、気をつけて」
「は、はい!」
自身の料理が一段落した後、セレストが中心になって教えていた。
そんな中、厨房に令明が飛び込んでくる。
「うにょ〜、お魚釣ってきたのじゃ〜。外に置いているから、取りに来るのじゃ〜」
その釣果は中々のもので、犬達が引いて来た荷台には、何匹もの川魚がバケツの中で踊っていた。
厨房がフル稼働する中、他の冒険者達は、それぞれ時間を過ごしている。
一応本日の主役の1人であるマックスは、自身とマルレーネ側の両親を休ませる為に宿屋へ向かっていた。
セフィナ、エフェリア、マロースの3人は、それぞれ絵を作成。
2人が祭壇の前で並び立つ様子や、マルレーネがブーケを放つ瞬間など、何枚もの絵を描き、思い出を形にしていた。
その他にも、2次会を盛り上げる為の演出の下準備が次々行われている。
ローガンはテーブルの一つ一つに、村の販売代理店で購入したホーリーキャンドルを設置。
ネフィリムは参列者全員に祈紐の作成を呼びかけていた。
レアとフェザーのジプシー2人は、2次会で披露する踊りを合わせている。
華やかな舞台の裏には、いつだってこう言った努力や準備、工夫と言ったものが施されているのだ。
「‥‥」
そんな様子を村のあちこちで確認し回り、広場の木陰で寝転ぶペーターに、アレーナが微笑みながら近付く。
「ペーター君とやら。浮かない顔だが、2人を祝福できない理由でも?」
「そう見えますか?」
「うむ。他人の幸せを素直に祝える人間になれたら、きっと君も幸せが近づくと思うぞ」
ぐいっと顔を近づけ、アレーナはそう言い放ち、高笑いしながら離れていった。
「‥‥祝福、ですか。それは少し難しいかもしれませんね」
苦笑しながらその背中を目で追うペーターは、暫し腰を上げたまま空を見上げ――――そして再び寝転んだ。
さて。
ここまで一度でもマックスと関わった事がある方ならば、不可解に感じている点が一つあるだろう。
それは、二次会が始まり、暫く経ってから、一人の冒険者の口からボソッと放たれた。
「不幸‥‥起きないですね」
マロースのその言葉に、同席しているラテリカ、クァイ、セレスト、龍牙の4人がピクッと眉を動かす。
確かに、そうなのだ。
今回、まだ一度もマックスを不幸が襲っていない。
これまでの依頼で、多くの冒険者がその絶大な負の力を確認している。
ラテリカなど、大事にしていた四葉のクローバーを瘴気か何かで萎れさせてしまい、かなり落ち込んだものだ。
それなのに――――
「皆で作った祈紐と、紹介状さね。これ持って行けば、ドレスタットのこの宿で1週間くらいは泊り放題さね。新婚旅行にでも使ってさ〜」
他の卓では、マックスがネフィリムからの贈り物に驚きつつ、頭を下げて受け取っている。
不幸どころか、幸福が重なるばかりだ。
「あの白い花びらが舞って来た時、ハトの餌が一緒になって降って来るものとばかり思っていたのですが」
そしてその後、大勢のハトに群がられ、何処かへと運ばれて行く――――それがいつものマックスだと、マロースは確信していた。
だが、実際にはそうはなっていない。
「実は私も神父をしていながら、常にホーリーフィールドの準備をしていたのですが」
隣の卓のエルディンも、背中越しに聞こえてきたその話題に乗る。
「決め言葉も考えていたのです。『祝福を望むカップルを祝福するのが神父の務め。マックス殿、神は貴方を決して見放したりしません』と」
だが、実際にはその言葉の使いどころも無かった。
「えと、不幸がないのはとても良い事思うです。きっと神様が御褒美くれたですよ」
ラテリカが一生懸命肯定論を唱えるものの――――やはり不気味さは拭えなかった。
何かある。
最後の最後に、これまで溜めに溜めた何かがあると、そう思わずにはいられない。
「何? だったら私が占ってみようか?」
踊りを終えたレアが、自身の道具を取り出し、占いを行う。
果たして、新郎新婦に待ち受ける結末は――――
「あら意外。最高じゃない」
その言葉に、ラテリカも含めた全員が目を丸くした。
そして、同時にマックスのいる方向を見る。
「そうだなー。子供は3人くらい、かな? ははは」
とても幸せそうにフェザーの質問に答えるその顔は、これまでと特に変わりなく。
「え、プロポーズの言葉? それはダメだ。あれは2人だけの‥‥おっと!」
それどころか、誤って卓上の花瓶を落としそうになったものの、偶々飛び回っていた令明が鮮やかにキャッチしていた。
明らかに、これまでのマックスではない。
何故、全く不幸が起きないのか。
それどころか、寧ろ幸運ばかりが重なっているのか。
「みうーっ」
不思議に思うマックス不幸経験卓の面々の足元に、1匹の猫が迷い込んで来た。
この村の名物猫、アンジュだ。
猫キューピッドと言うコンセプトの元、翼を背中に付けている、ちょっと変わった猫だった。
そのアンジュは、ラテリカが置いていた荷物をしきりに気にしており、前足でグイグイ押している。
「アンジュちゃん、どうしたですか?」
「みうみうーっ」
中に好物でも入っているのか、或いは何かを伝えたいのか。
ラテリカは不思議に思いつつ、荷物の中を確認してみた。
ひよこのハンカチーフ、キューピッド・タリスマン、螺鈿の櫛‥‥特に餌になりそうな物は無い。
敢えて言えば、アンジュをモチーフとした人形があるくらいだが――――
「‥‥!」
その中の所持品の一つを見たラテリカは、思わず我が目を疑った。
しおしおになった筈の四葉のクローバーが、元通りになっているではないか!
「はわ‥‥もしかして、これを教えてくれたですか?」
「みうっ」
心なしか満足げに鳴くアンジュを、ラテリカは思わず抱き締めていた。
同時刻――――
すっかり日が落ち、空が闇に染まる中、巨大な白い鷲が雲の上で静かに滑空していた。
月に照らされて影を作るその鷲の背には、1人の男性が座っている。
その手を残り香のような、淡い光が包んでいた。
『良いのか? 挨拶もなしに』
『ええ。それに、役割を終えたなどと言っても、彼らには伝わらないでしょう』
苦笑しつつ呟くその男は、少しばかり普通の人とは違う自分の存在を、少しだけ寂しく思いつつ、月をじっと眺めている。
『さて、次は何処に行きましょうかね。彼の師匠の所など、ある意味丁度良いかもしれませんが』
結局、マックスの師匠クラウディウスは、結婚式に訪れる事は無かった。
何でも、出発直前に局地的な大地震が起き、家が倒壊したらしい。
ある意味、因果応報だった。
『いずれにしても、行き先は早々に決めて貰いたいものだ。我は其方の使命とは何ら無関係ゆえ』
『つれないですねえ。ま、良いでしょう』
何処か愉快そうに、そして何処か名残惜しげに――――ペーターは、恋花の郷を後にした。
二度と訪れないであろう、その地に背を向けて。
二次会が終わり、冒険者達はそれぞれに疲労感と満足感を抱え、料理店を出て行く。
この村の宿に泊まる者、直ぐに棲家に戻る者、それぞれの都合に合わせ、歩を進めていた。
その中で、マックスはマルレーネと共に、2人静かに村道を歩いている。
頭上には満点の星空。
蒸し暑い中にも、爽やかな風がそっと肩を撫でて行く。
「ね、マックス」
マルレーネはマックスの手を絡め取るように握り、その横顔に顔を近づけた。
「あの時の言葉、もう一回言って」
「え? あの時って‥‥あの時のか?」
「そ。あの時」
それが何時の事を指しているのかは、暗黙でも伝わる。
マックス・クロイツァーが自身の生涯の中で、たった1人だけに贈った言葉。
今後も、マルレーネ・クロイツァーだけに贈り続ける、専用の言葉。
マックスは小さく咳払いし、立ち止まり――――隣の伴侶に視線を向ける。
「一緒に幸せになろう、なんて、口が裂けても言えない身だが‥‥」
そこには、気立てが良く、器量も良く、でもちょっぴり不器用で、やきもち焼きの女性がいた。
「自分なりに、削って、研磨して、作り上げて来たものがある」
「うん」
そして、その女性の目の前には、ずっと辛い事や面倒な事に巻き込まれ続けてきた不幸な男がいる。
実際、苦労の連続だった。
本気で、自分は神様に捨てられた人間だと思った。
実は、誰にも言っていないが――――迷惑をかけないよう、親類や両親からも距離を置いていた。
ノルマン1不幸な男は、それでも他人の不幸を拒み、気を使った。
接するのは、少し普通とは違う、飄々と不幸をかわし続ける者に限定した。
そんな男でも――――どうしても離れたくない女性がいた。
そして、女性もまた、それを願った。
何故か?
決まっている。
「そんな俺の‥‥俺だけの作品で、君を幸せにしたい」
そこに、2人だけの幸せがあったからだ。
「‥‥うん。私、幸せ」
2人の影が月夜に重なる。
不幸と呼ばれるものは微塵も無い。
ただ、希望に溢れる暖かな愛だけが、2人をいつまでも包んでいた。
揺ぎ無い、絆に結ばれて。
おわり♪