進行する霧 〜死の魔女〜
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 84 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月06日〜07月11日
リプレイ公開日:2009年07月13日
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●オープニング
あるところに、大きな大きな屋敷がありました。
その屋敷には、高級家具を売って、一代で巨万の富を築いた男の家族が住んでいました。
豊かな家には、家族だけではなく、侍女や召使がいるものです。
この屋敷にも、召使がいました。
まだ年齢は若いものの、識字者であり、言葉遣いも丁寧だった事で、採用となったのです。
召使の少女は、直ぐに屋敷の娘と打ち解け、仲良くなりました。
しかし、召使と娘が必要以上に仲良くする事を、両親は許しませんでした。
召使はあくまでも召使。主人の血を引く者と友人関係になる事は、富豪の価値観にはそぐわなかったのです。
屋敷の娘は、家から出される事も滅多になく、文字通り箱入り娘として育てられていました。
ですが、内向的な性格にはならず、召使にも分け隔てなく接していました。
召使は、その娘に対して好意的な印象を抱くと同時に、不憫に思いました。
外界と隔離された空間で、ひっそりと暮らす一日は、退屈そのもの。
まるで、鳥篭の中で過ごす鳥のようでした。
召使は考えます。何か自分に出来ないかと。
羽の生えた鳥を籠から出す事は出来なくとも、せめて籠の中で、思い切り羽を広げさせるような、何かが。
召使は、一冊の本を娘に届けました。
他愛のない、子供向けの英雄物語でした。
娘はその本を受け取ると、小さく微笑み、こう告げます。
『私、字が読めないんです』
召使は自身の配慮の無さを呪い、直ぐに字を教えました。
とは言え、長時間娘の部屋にいれば、両親が快く思いません。
こっそり、少しずつ、召使は字を教えました。
娘は、字を読めるようになりました。
本を読めるようになりました。
本を好きになりました。
物語の世界を愛しました。
いずれ、自分も好きな時に外に出かけ、高い空の下で遊べるようになりたいと、微笑みながら語りました。
召使は、そんな娘の笑顔に、心底喜びを覚えました。
そして、自身が昔住んでいたパリの街並みを、娘に話しました。
娘は、パリに行きたいと願いました。
パリで、沢山の観光地を巡って、シャンゼリゼで名物の料理を食べて。
夜は友人と恋について語ったりして。
そんな日を夢見て、窓の外の景色を眺めました。
娘の部屋は、個人の部屋としてはとても広く、天井もかなり高かったのですが、外と見比べると、やはりどうしても狭く感じました。
いつか、外に――――
そう切望した娘の願いは、生前叶う事はありませんでした。
娘は、不慮の事故で亡くなったのです。
掃除がてら、自室の天井の高さがどれくらいかと家具を積み上げて確かめている最中、その家具が倒れ、転落してしまいました。
両親は、娘の死に絶望し、その悲愴を憎悪に変える事で、精神を保ちました。
憎悪の対象は、召使に向けられました。
もし、召使が娘に字を教えなれば。
本を読めるようにしなければ。
窓の外の世界に切望を抱かせなければ。
世界の広さを知らなければ。
空の高さを知らなければ。
天井の高さなど、何と比較する事も無かったのだと、両親は召使を糾弾しました。
身の危険を感じた召使は、屋敷から逃げ出します。
両親は、召使に賞金を掛け、その行方を追いました。
そうしなければ、娘を失った事実に耐えられなかったのでしょう。
誰かに十字架を背負わせなければ。
こうして、召使は賞金首となりました。
その賞金、実に500G。両親が娘の仇につけた値段です。
娘の死の値段でした。
一方、召使は、屋敷を出たその日から、逃亡生活を始める事になりました。
どこに行っても、自分の絵と名前、そして賞金が記された張り紙がありました。
心休まる日は、ありませんでした。
ですが、それは自身の逃亡による疲労だけではありません。
『‥‥一緒に‥‥お外に‥‥いっしょに‥‥』
召使は、昏倒状態に陥った娘のその最後の言葉を、最期の願いを、叶える事が出来ませんでした。
『リーゼロッテが死んだのは、貴様の所為だ! 貴様が殺したんだ! 大方、積んだ家具を崩したのも―――ー』
そんな両親の叱責も重なり、召使の心には、まるで呪縛のような後悔の念がこびりつきました。
召使は、十字架を背負いました。
そして、それを自覚した時、召使は一つの決意を胸に仕舞いました。
死を控えた者の望みを叶えよう。
一人でも多くの願いを叶えよう。
それが、残り少ない自分の人生の、せめてもの贖罪――――そう考えました。
それから、幾ばくかの時が流れました。
召使では無くなった少女は、常に死を間近に控えた者のいる場所へ赴いていました。
そして、彼女と深く接した『死の間際』の者の多くが、彼女が去って間もなく、息を引き取りました。
この世への未練、遣り残し、心残りを彼女に叶えて貰ったからでしょう。
ですが、その推測を立てる者はおらず、少女には新たな呼称が付きます。
――――死の魔女。
そう呼ばれる事を、少女は――――ルファーは、抵抗無く受け入れました。
−進行する霧−
「本当に‥‥ありがとうございました」
ルファーを見送る老婆の声は掠れていたが、確かにその声には力があった。
それは、心からの感謝の言霊だったからだ。
もう長くないと医者に宣告されたその老婆の名は、シンシア。
彼女が願った最期の希望は、娘夫婦との和解だった。
駆け落ち同然で出ていった二人を、ずっと許せずに過ごして来た。
声がしゃがれ、皺が増え、空より地面を見る日がずっと長くなり、そして今度は天井を眺める日々が続く中、彼女が人生の最期で願ったのは、もう大きな子供のいる娘の笑顔を見る事だった。
そして今――――ルファーの仲立ちによって、シンシアの隣には、娘の姿がある。
彼女の願いは果たされた。
そんな多幸感に包まれたシンシアが、ルファーを見送ってから、僅か数時間後。
「お邪魔するよ。聞きたい事がある」
彼女の家に、粗暴な来客があった。
一目で傭兵、或いはならず者だとわかるその男の姿に、シンシアと娘は怯えた。
「この絵の女、見なかったか?」
シンシアは、その男――――ギーゼルベルトの掲げた似顔絵に、思わずその身を硬直させる。
何故なら、それはつい先程旅立った、恩人の顔だったからだ。
それでも、どうにか平静を装い、首を横に振る。娘も同じ動作で対応した。
「チッ。ここもダメか」
男は例も言わず出て行く。その瞬間、シンシアと娘は膝を折って脱力した。
だが、安堵は束の間。
「わかったぞ! つい何時間か前に、この先に向かっただと!」
「この先だと!? ブルヤールの沼地か! よし、行くぞテメェラ!」
外からそんな大声が聞こえてくる。
誰かが口を割ったらしい。
「お母さん‥‥」
娘はシンシアに不安げな眼差しを向ける。
その娘の笑顔が、シンシアの最期の願いだった。
だが、もう一つ、死の際の願いが増えた。
「冒険者ギルドへ。お金を忘れずにね」
「う、うん!」
無論、それは――――
●リプレイ本文
集落から続く堅い道を、十二の足が軽快に駆けて行く。
マート・セレスティア(ea3852)の柴犬、フィーネ・オレアリス(eb3529)のダッケル、そしてアーシャ・イクティノス(eb6702)の愛犬トエトは、地に鼻をこすり付けるようにしながら南下していた。
犬が立ち止まる度、マートとアーシャは布を愛犬の鼻に近付け、捜索を促している。
そしてその上空では、フィーネがグリフォンに乗り、犬達を見失わないよう監視していた。
その様子を、オラース・カノーヴァ(ea3486)、エイジ・シドリ(eb1875)、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)の三人は後方から静かに眺めていた。。
依頼を受けた冒険者達がまず最初に行った事。
それは、依頼主からルファーの触れた物を提供して貰うと言う事だった。
今回依頼を受けた冒険者の内、三名が犬を飼っていた為、その犬に匂いを嗅がせ、居場所を突き止める為だ。
ある程度の距離まで正しい方向で向かう事が出来れば、後はレティシア・シャンテヒルト(ea6215)の出番。
高レベルのテレパシーで意思疎通を図り、居場所の詳細を聞き、合流する。
ここまでは、理論的にも満点の捜査と言える。
ただ――――問題もある。
ルファーが先に傭兵達に見つかっていたらと言う懸念もあるが、これは現時点ではどうしようもない。
厄介なのは、これから冒険者達が足を踏み入れる『ブルヤールの沼地』。
エイジが率先して依頼者から聞き出した情報によると、その沼地は単なる沼地ではないらしい。
常時、深い霧が立ち込めているのだ。
足場は沼によって、周囲は霧によって、それぞれ大きな行動制限が課せられる。
尤も、これはルファーの安全確保には追い風ともなる。
追う者と負われる者。霧がどちらに不利に働くかは、言うまでもないだろう。
「ん〜? 何か、周りがモヤっとしてきたね」
そのマートの言葉通り、歩行する冒険者達の周囲に、徐々に白い霞が現れて来る。
「霧ですね。やはり、こっちで正解だったようです」
グリフォンに乗っていたフィーネが地上へと降りる。この霧の中では、空からの移動はリスクが大きい。
「トエト、良くやったのです。後で御褒美あげますからね」
アーシャが自身の愛犬を撫でる中、後方から後を追っていた三人も合流。
そして、全員固まって移動していくと、直ぐに沼地へと差し掛かった。
徐々に緩くなっていく足場だったが、セブンリーグブーツの効果に影響はないようだ。
機は熟した。
後は、ルファーが範囲内にいる事を祈るのみ。
『私の名はレティシア・シャンテヒルト。ルファー、聞こえる?』
祈るような思いで、レティシアはテレパシーで訴えかける。
返信は――――
「サンワード‥‥は無理か」
自身の妖精に魔法詠唱を命令したオラースは、嘆息交じりに空を眺める。
濃い霧に覆われたこの空間では、晴れているかどうかすらわからない。太陽への質問は無理のようだ。
とは言え、現状はそれ程悪い状況ではなかった。
ルファーの保護に成功したからだ。
テレパシーによる意思疎通は成功。
どれくらいの時間歩いたか、どんな地形を通ったかなど、情報を交換して位置を把握し、場所の特定に成功したのだ。
合流したのは夜。
ルファーは、沼地奥の岩場の影で休んでいた。
傭兵に見つかる事もなく、特に衰弱した様子もなかったものの、視界の制限と不安から、疲労の色は濃い。
「これを飲んで。栄養満点だから」
「ありがとうございます‥‥」
レティシアが与えた羊乳でコクコクと喉を動かし、ルファーは小さく息を落とす。
その様子に、全員が安堵を覚えていた。
一行は、岩場の大きな隙間の中で焚き木を囲み、意見を酌み交わしていた。
既に複数回ルファーと行動を共にしていた者もいる中、ルファーは自身が『死の魔女』となった経緯を語った。
それは、危機的状況に駆けつけてくれた冒険者への礼儀。
或いは、誰かに聞いて貰いたかったのかもしれない。
オラース、アーシャ、フィーネは神妙な顔で。
マートは何度も相槌を打ちながら。
エイジは時折眉をひそめ。
そしてレティシアはコクコク飲んでいた羊乳を噴出しそうになりながら、目を丸くしてその話を聞いていた。
「世の中って、広いようで狭いのね‥‥」
「全くだ」
口元をスカーフで拭いつつ、レティシアはしみじみ語った。エイジもそれに同意する。
と言うのも、二人はルファーが仕えていた屋敷の娘――――リーゼロッテと面識があったのだ。
とは言え、生前に会った事はない。
二人が接したのは、人形に憑依して未練を晴らし、成仏した、賑やかな女の子の思念体だった。
数奇な運命。
その時の事を話すと、ルファーは絶句していた。
感情を余り出さない死の魔女にとっては、最大限の表現だ。
「一応、声とか再現できるけど‥‥どうする?」
レティシアの問いかけに、ルファーは首を横に振る。
ただ、それは思い出への拒絶ではなく、その必要がないと言う意思表示だった。
「まさか、自分の関わった件と今回の件が繋がるとはな。ところで、生前の彼女はどんな顔だったか聞いておきたい。具体的にだ」
「え、ええと‥‥?」
女性の顔は確実に確認しておく性質のエイジの質問に、ルファーは思わず狼狽えた。
その様子に、他の冒険者からは笑い声が漏れる。
小さな、小さな憩いの一時だった。
翌日――――
「うわあっ!」
捜索にあたっていた傭兵の一部から、短い悲鳴が聞こえる。
当初は、誤って転倒したと認識され、笑い声があがっていたのだが――――それが二度、三度と続くにつれ、その認識は変化していった。
「フン。誰かいやがるな」
ギーゼルベルトはしきりに首を動かし、視覚で情報の収集に当たる。
だが、この場所で、その習性にも似た行動は無意味だ。
霧は何も語らない。何も教えてはくれない。
その間にも、自身の良く知る仲間の声が、恐怖を帯びた色で響き渡っている。
何かがいる。
この霧の中、罠を張り、それなりの戦闘力を有した傭兵を圧倒する、何かが――――
「‥‥っ!?」
ギーゼルベルトの足の甲に、何かが引っかかる。
どうにか体勢を立て直そうとするも叶わず、そのまま沼の中に顔から倒れこむ。
「ぶはっ! クソが! ロープだと?」
沼の中に手を突っ込み、足元の『何か』を取り出すと、そこには何本もの木の枝に結ばれたロープがあった。
ただでさえ視界が悪い中、沼の中に仕込んである罠など、回避しようがない。
このロープは決して殺傷力のあるものではないが、全ての罠がそうとは限らない。
「足止めか‥‥上等だぜ」
或いは、沼で汚れた事で、頭の中は冷えたのか。
ギーゼルベルトは握ったロープを沼の中に放り、不敵に口の端を吊り上げた。
同時刻。
「ふん、ふふ〜ん♪」
何処か楽しげに、マートは沼地に罠を次々と仕掛けていた。
材料は現地調達なので、複雑な物は作れない。
その為、頑丈な蔦と木の枝を使い、足を絡める簡単な物を作成して行く。
そもそも、今回のケースでは複雑な罠は必要ない。
目的はあくまでも足止め。それならば、簡易な物を多数作り、足元を警戒させる事で移動速度を抑える事を目的とすべき――――
そう思わせる事が、この罠の最大の目的だった。
「楽しそうだな」
少し離れた場所で、エイジも同じように罠を作っている。
こちらは、ロープや鳴子を使い、引っかかると音の出る物を作っていた。
かなり長いロープに蔦も結び、まず間違いなく足が掛かるようにしてある。
音を出す罠は、霧で見えない中、傭兵の侵入状況の把握には最適だった。
現在は、まだ大分遠くに音が聞こえる。目論見通り、かなり慎重になっているようだ。
「おいら、罠を仕掛ける時はどんなふうに引っ掛かるか想像しながら作るんだ」
「成程。それは確かに楽しいだろう」
これだけ緊張感の伴う中、陽気な姿勢を崩さないマートに、エイジは内心感心していた。
そして、腰をかがめ、沼に手を入れて罠を仕掛け続ける。
「頑張ってルファーねえちゃんを逃がさないとな」
「ああ。将来の美少女を傷物にさせる趣味はない」
動機はかなりかけ離れているようだが――――共通の目的の為、二人は相当な数の罠を作り上げた。
その後。
「近いな。やっぱりこっちで正解だ。チョロイもんだな」
エイジとマートの仕掛けた罠に対し、大きく足を上げて滑走する数名の傭兵がいた。
表情には、この先にある賞金に馳せる想いが溢れている。
「500Gはどうする? 山分けか、最初に捕まえた奴の物か」
「そりゃオメェ、捕まえた奴の総取りだろ。それが傭兵ってもんだ」
罠の多い場所に宝物がある。
それは、盗賊や傭兵にとっては常識だった。
それに従い、敢えて罠に飛び込む。
すると、小さな足跡が見つかった。
それが少女の物である事は想像に難くない。傭兵達は確信していた。この先賞金首がいると。
その『死の魔女』に攻撃性がない事は既に承知済み。
後は、霧の中で気配と耳を頼りに追い詰めるだけ。
簡単な作業だと、誰もが確信していた。
が――――
「うおっ!?」
突如、霧を切り裂くように飛んできたムーンアローに、傭兵の一人が悲鳴を上げる。
「チッ、攻撃魔法を覚えやがったのか」
「覚えたてなら射程も短けぇ筈だ! 近いぞ、突っ込め!」
しかし、傭兵達はその攻撃を最後の悪足掻きと判断。負傷を手持ちのポーションで回復しつつ、距離を詰める。
進むにつれ、徐々に沼は浅くなり、霧が晴れてきた。
「よっしゃ! 貰った!」
視界が明るくなる中――――傭兵達は、確かに目にした。
手配書と同じ、ローブを身にまとった少女の姿を。
しかし、それは一瞬だった。
霧がほぼ完全に晴れた刹那、今度は暗闇が辺りを覆う。
明らかな、自然現象とは異なる闇。
「シャドゥフィールドか!」
直径100mの深遠の闇は、霧以上の濃度で傭兵達の視界を奪う。
ようやく視界が確保できた瞬間の暗転に、傭兵達は混乱した。
「くそったれ! もう直ぐ近くの筈だ!」
だが、それでも傭兵達は前へ走り、剣を振るう。
この辺りは、ある程度経験と自力を持つ傭兵ならではの行動力だ。
やがて、その闇も晴れる。
「‥‥やったか?」
そして――――彼らの視界が再び晴れた時。
その目の前には、『死の魔女』の力なく横たわる姿があった。
同刻――――
「克服か、死か。私はどちらでも良いのですが」
「くそっ‥‥何なんだ、テメェら」
沼に埋もれるように倒れこんだ傭兵は、喉下に剣を突き付けられた状態で、両手を挙げて降参の意を示す。
それを確認したアーシャは、ぬかるむ足元に落ちた敵の剣を拾い、遠くに放り投げた。
他の傭兵も、戦意を保っている者はもう殆どいない。
「な、何でそんな機敏に動けやがる‥‥沼だぞここは」
「生憎、俺に足場の不利はないんだよ」
オラースの戟による一撃で、敵意を保持していた数少ない傭兵の剣が根元から折れ、宙を舞う。
既に鎧も盾もボロボロになっている傭兵に、成す術はない。
「潮時だぜ?」
「‥‥クソがっ」
敗北を悟った傭兵は、仰向けに沼地へ倒れこんだ。
「では、固めさせて貰いますね」
主に支援を担当したフィーネが、小さく息を吐いてコアギュレイトを唱える。
これで、逃亡ルートを塞いでいた敵は大方片付けた。
だが――――
「一人残ってやがるな。本命が」
オラースが呟きつつ、睨みつけた先――――巨大な剣を担いだ傭兵ギーゼルベルトが不敵に胸を張り、こちらを値踏みするように眺めている。
その視界に移るのは、オーラス、フィーネ、アーシャ‥‥そして、男の子。
傭兵の標的と思しき少女はいない。
「死の魔女を何処に隠した?」
「さあ、何処でしょう」
アーシャが剣を構え、厳かに告げる。
オラース、フィーネも続いて戦闘態勢をとった。
三対一。数的優位は明らかだ。
「‥‥チッ」
それを理解し、ギーゼルベルトは柄から手を離す。
彼にとっては、旨みなしの戦闘だと判断したのだ。
「まあ良い。お前ら冒険者だろ? 手助けが出来るのも一時だけだからな」
最後にそう言い残し、ギーゼルベルトは冒険者達を素通りして、北の方へ戻って行った。
脱出ルートを選定し、そのルートではないエリアに罠を多数設置。
更に、レティシアが囮となり誘導。
粗忽人形での欺騙。
更には、着替えと禁断の指輪によるルファーの男装。
念入りなミスリードによって、ルファーの脱出は非常に安全なものとなった。
フィーネ、アーシャ、オーラス、の三人が相手にした傭兵の数は、僅か七。
多くは、罠を警戒する余りまだ遥か後方にいるか、全く異なる方角へ流れている。
作戦は、大成功と言っていいだろう。
しかし、気になる事もあった。
『手助けが出来るのも一時だけだからな』
ギーゼルベルトが最後に残した言葉。
それは、今後のルファーが難しい立場に追い込まれる事を示唆している。
常に狙われる立場である以上、いつ孤立した状態で襲撃されるかわからないのだ。
「かけられた賞金、撤回する方法ないでしょうか」
アーシャのその言葉に、他の冒険者達も同調した。
結局、それしかないのだ。
しかしルファーは俯いたまま、何も語らない。
「追われるままで良いのか?」
痺れを切らしたオーラスの言葉に、ルファーは沈黙する。
明確な返答がないのは、逡巡があるからだ。
「ルファーねえちゃんが切られたりするの、嫌だぞ」
「ありがとうございます」
マートの悲しそうな顔に、ルファーは小さい笑顔を見せた。
彼女にとって『死の魔女』とは贖罪の象徴。
それが運命だと受け入れる心積りのようだった。
「‥‥時間が来たみたいだな」
エイジが瞑目しながら呟く。
ブルヤールの沼地を抜けた一行は、ルファーをつれて無事ピエス村に辿り着いたのだ。
依頼は果たされた。
「せめてもの選別だ。持って行きな」
オラースは嘆息しつつ、荷物の中からシャドウクロークとセブンリーグブーツ、乾餅を取り出し、ルファーに差し出す。
「私からも」
レティシアはパンのセットを提供した。
「すいません‥‥私なんかの為に。お返し出来る物はこんな物しかありませんが」
それらを受け取ったルファーは、二人にペンダントを手渡した。
「受け取っておくぜ」
「気にしなくて良いのよ?」
「いえ。お心遣いを嬉しく思います。皆さん、この度はありがとうございました」
ルファーは頭を下げ、村に足を踏み入れる。
その背中には、まだ大きな見えない十字架が背負われていた。
「ルファー!」
その背中に、レティシアが思わず声をかける。
「リーゼロッテは最期、幸せだったの。だって、わたしにはあの子の笑顔しか思い出せないもの!」
その言葉に――――ルファーの小さな身体は、揺れた。