看板娘と香水をプロデュース!その後
|
■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月13日〜07月18日
リプレイ公開日:2009年07月21日
|
●オープニング
宿屋『ヴィオレ』の倉庫に、小さな容器が幾つも並んでいる事を知っているのは、この宿の看板娘であるカタリーナ・メルカを除くと、僅か数名しかいないだろう。
その容器の中身は、香水だった。
ただし、本当に香水となっているかどうかは、まだわからない。
調合を終えたハーブや植物、油、アルコールを容器に入れたのは、今から約1ヶ月前の事。
十分な熟成期間を経た今、もしその調合が正しかったならば、立派な香水として芳しい香りを醸し出している事だろう。
しかし、もし誤っていたとすれば――――全ては水泡と帰す。
この香水が、自身の嗜好品として利用するのであれば、それでもまあ仕方ないと割り切れるだろう。
だが、カタリーナがこの香水を作成して貰ったのは、自分が楽しむ為ではない。
友人であり、今月で冒険者ギルドを退職し、故郷に帰る事になっているフィーネ・プラティンスに贈る為だ。
折角の贈り物が、付けると禿鷲の臭いがする液体だったとしたら、流石に培った友情にもヒビとか入りそうなので、カタリーナは天に祈る。
「上手く出来ていますように上手く出来てゅまつように上手く出来たぱつにょにっ」
とても大事な事なので3度祈ったのだが、2度目の時点で噛み倒しつつ、一番手前の容器の蓋を開ける。
すると――――その木製の栓を抜くと同時に、カタリーナは己の鼻腔がきゅんきゅん刺激されている事を自覚した。
「や、やったーっ!」
香水の製造は大成功。
後は、その中からベストな物を選び、それをプレゼントするだけだ。
「‥‥ん?」
他のも確認しようと、中央に置かれている容器を手に取ったカタリーナは、その下に折り畳まれた状態で敷かれていた紙に気がつき、広げてみる。
そこには、こう記されていた。
『これより奥のは、カタリーナさんの為に作った香水です。受け取って下さい』
この香水作成に協力してくれた冒険者達からの、粋な計らいだった。
「くう‥‥泣ける、泣けるぜっ!」
カタリーナはその気遣いに感涙し、贈り物用の香水の選別に取り掛かる。
しかし、同時に気付いた。
香水をつけても、それに気付いてくれて、『爽やかな香りだな、こいつぅ』とおでこを指で突付いてくれる恋人がいない空しさに。
一方その頃、冒険者ギルドでは。
「‥‥良いのか? 嘘を吐いたまま別れる事になっても」
ギルド従業員ゲロルド・シュトックハウゼンが、元々強面の顔を更にしかめ、地獄の番人のような顔でフィーネを諭している。
傍から見ると可憐な女性が拷問でもされているような絵面だが、実際には思いやりあっての物言いだった。
「でもぉ‥‥」
「まあ、気持ちはわからねぇでもねぇ。けどよ、大事な友達なんだろ? 隠し事だけならまだしも、嘘はいけねぇ」
「ううぅ。そうなんですけどぉ」
フィーネは頭を抱え、縮こまる。
実際、ここ2ヶ月ばかり、彼女は葛藤の中で過ごしていた。
それは、自分がカタリーナに対して吐いている嘘に起因する。
その嘘とは――――ギルドを辞める事に関連するものだ。
辞める事自体は嘘ではない。
だが、その辞める理由が嘘だった。
実は、フィーネはクビになった訳ではなかった。
寧ろ、祝福されて辞める事になったのだ。
今、彼女の指には、美しい誓いの指輪が嵌められている。
つまりは――――『寿辞職』と言うわけだ。
同郷の冒険者と運命的な出会いを果たしたのは、今から半年ほど前のこと。
はじめは故郷の事を話す程度だったが、徐々に良い感じになり、こう言う事になった。
では、何故フィーネがこの事をカタリーナに隠しているのかと言うと――――
「言ったら、今までの関係が崩れそうなのですぅ‥‥」
バレンタインの時期に、カタリーナが恋愛講座なるものにまで参加していたと言う事は、同席した妹カティア・プラティンスから聞き及んでいた。
同時に、それ以降も全く浮いた話がない、と言う事も。
そして、決定的だったのは、3ヶ月ほど前のやり取り。
珍しく酒場で一緒に飲んだ時の事だった。
『私‥‥もしかしたらずっと独り身なのかも』
『そ、そんな事ないですよぅ。きっと良い人見つかりますよぉ』
『でも、それでも良いの。私にはフィーネがいるから。独り身同士、ずっと仲良くしましょうね』
『そ、それはぁ』
『もし、万が一、フィーネが先に誰かに貰われたら‥‥私、もう生きていけないよーーーーっ! わーーーーーん!』
カタリーナは、泣き上戸だった。
そして、その時の彼女の台詞が、フィーネに虚実を語らせた理由でもある。
もし、結婚するから仕事辞めてパリを出て行く、なんて事が知れたら――――
「殺されるかもしれませぇん」
「流石にそれはないと思うが‥‥」
「冗談ですよぉ。でも、傷付けてしまうかもしれませんからぁ。でも、嘘は良くないですしぃ‥‥うーっ」
実際のところ、フィーネもこれが正しい判断かどうかはわかりかねていた。
「だったらなあ」
悩み悶えるフィーネに、ゲロルドが告げる。
「カタリーナが、恋人を作りゃ万事解決じゃねぇか?」
「そ、それですぅ!」
フィーネは水を得た魚のように、飛び上がってゲロルドの手を取る。
「早速、お見合いパーティーを開きましょうぅ!」
と言うわけで、そう言う事になった。
●リプレイ本文
「‥‥お見合いパーティー?」
依頼1日目、午後。
冒険者一同は揃って宿屋『ヴィオレ』を訪れ、出来上がった香水を見せて貰う事にした。
「うん。フィーネさんたっての希望で、カタリンも是非、って事なんだけど。どうかな?」
「そうね。あの子の頼みなら仕方ない。顔を立てて上げましょ」
と言いつつ、カタリーナはグッと拳を握り、気合を入れていた。
そんな姿にジャン・シュヴァリエ(eb8302)が苦笑する中――――倉庫に到着。
中はしっかり掃除が行き届いており、埃に臭いも全くしない。
「きちっと掃除出来る女性って良いよね。家庭的で」
ジャンの言葉にカタリーナはまんざらでもない様子で口元を緩めつつ、香水の完成品を取り出してみせた。
「これがフィーネに贈る予定のヤツね」
最初に紹介されたのは『忘れじの花』と言う名前の香水だった。
柑橘系の爽やかな香りは、カタリーナとの酸っぱくも甘い思い出を想起させる、ちょっぴり刺激的な匂い。
原料の1つ、ワイン『プランタン』には、提供したレティシアの特別な想いも秘められている。
また、カタリーナをイメージしたアイリスの花びらも使用されていた。
「は〜、素敵な香りです。皆で頑張った結果が実りましたね〜」
アーシャ・イクティノス(eb6702)がその香水にうっとりする中、ローガン・カーティス(eb3087)が別の瓶を手に取る。
「これは?」
「あ、それは‥‥私が貰う事にしたヤツ」
カタリーナ用に作られたその香水は『太陽の恋』。
レモン、カモミール、ローズ、詩酒「オーズレーリル」を原料としたその香水は、最初はとても華やかで、徐々に柔らかい香りに変化していく匂いに仕上がった。
ローガンは、カタリーナをイメージする中で、踏まれても踏まれても枯れないカモミールを思いついたのだ。
「上手く出来たようで何よりだ。上手く活用して欲しい」
「えへ、ありがと♪」
カタリーナが照れ臭そうに微笑む中、ジャンとレリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)はそれぞれ別の瓶の香りを確かめている。
ジャンの持つ香水は『初恋わずらい』。
レリアンナのは『月の追憶』。
いずれの香水も大量に作られており、その内の2つは土産として冒険者に提供される事となった。
「あの、少し余分に頂いても良いですか? お世話になった人に差し上げたいので」
「了解〜」
アーシャを始め、冒険者それぞれの手に、2つの香水が贈られる。
そんな中――――1人その場にいない女性が。
「レティお姉さんは?」
「あら? そう言えば、見かけませんわね」
ジャンとレリアンナがその姿を探そうと首を回した刹那。
倉庫の扉が豪快に開かれた。
そこには――――常世の衣褌の上にふりふりエプロンを装着したレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が!
「恋に纏わる伝承は何処にでもあるものね」
その伝承とは、前掛けをした商人が3日3晩後をつけ‥‥もとい、祈り続けて想い人を射止めた話だったらしい。
「ではこれより、縁結びの神降ろしを執り行います。カタリーナ、恋人が現れるよう祈ってて」
「レティお姉さん、そんな事が出来るようになったんだ。凄いですね♪」
「私にはもう必要ない神様ですね。うふふ‥‥」
ジャンとアーシャがそれぞれの感想を述べる中、儀式が始まった。
「おいでませうおいでませー。この者の願いを聞き届け給へー!」
すると――――
「はうっ!?」
カタリーナの身体に突如異変が現れた。
「‥‥」
急にトロンとした目になり、黙ってボーっと立っている。
「何かが憑依しているように見えるが」
ローガンの指摘に、陰陽師レティシアはうーんと唸りつつ、テレパシーを唱える。
『縁結びの神よ、この者の願』
『プップクプー』
会話は成立しなかった!
「これは‥‥恋好きの月精霊。また下らぬものを召喚してしまったのね‥‥」
レティシアはガックリ項垂れ、カタリーナの頭にチョップをかまし、ブリッグルを追い出した。
「やはり、正攻法で行くしかないですね」
「それが一番の近道だろう」
と言う訳で、アーシャとローガンの2人の手によって特訓開始。
ヴィオレの1階に戻って会話術と装飾術を学ばせる事となった。
事務的にならないよう、恋愛初心者向けグッズ『ヤリーロの囁き』をローガンが使用する。
「大事なのは、共通点を見つける事だ。例えば――――」
「ここザマスか? 新しい香水を作っている宿は。あら、あーた‥‥」
そこに『麗しの婦人会』会長が現れた!
説明しよう。『麗しの婦人会』とは、パリの妙齢のマダム達が結成した井戸端会議集団なのだ!
そしてその会長にローガンはやたら気に入られているのだ!
「お久しぶりザマスねえ。あら、また一段と‥‥そうそう、ワタクシ、つい先日独身に戻りましたザマスのよ」
「独身に‥‥?」
「と言う訳で、晴れて自由恋愛の身ザマス。早速お出かけするザマスーーーっ!」
中年女性の辣腕に、ローガンは蛇に睨まれたかのように動けず、そのまま連れ出されて行った。
取り残されるアーシャとカタリーナ。
「ええと。今のは悪い例です。もう何もかも全部、反面教師として下さい」
「何だかとっても参考になった気がする‥‥ローガンさんには悪いけど」
と言う訳で、カタリーナは飛躍的にスキルアップした。
「ではでは、ローガンさんもいなくなってしまいましたし、早速着付けの準備をしましょう」
「あ、あれ? 何かアーシャさん、目が‥‥」
「うふふ‥‥怖がらなくても良いですよ。誰でも最初は怖いものです。痛くはしませんから」
手をワキワキさせ、アーシャはにじり寄る。
「ちょっ、待、ひやーーーーっ!?」
そんなこんなで、準備は着々と進んだ。
同時刻――――冒険者ギルドのとある卓。
「カタリンに恋人‥‥ね。まだ皆の素敵なお姉さんでいて欲しい気もするけど」
少し寂しげにジャンが息を漏らす中、その横ではレリアンナはお見合いパーティーの説明をフィーネから熱心に聞いていた。
テーブル上には雛あられとシトロン蒸しパンが置かれていたが、既に殆ど残っていない。
そして、同席しているレティシアが雛あられを頬張りつつ、その視線をフィーネに向けた。
「ところで。貴女はどうして参加しないの?」
そのアットホームな笑顔による口撃に、フィーネの説明が止まる。
「ふえぇ? ええとぉ、あのですねぇ、私は丁度その日に外せないお仕事がぁ」
「あら残念ね。何なら良い人を紹介してあげましょうか?」
「ひやぁ!? けけ結構ですぅ。ええとぉ、私は白馬の王子様と曲がり角でぶつかるような出会いを求めててぇ」
明らかに狼狽するフィーネの姿に、レティシアは心底ほっこりしていた。
「と、兎に角、宜しくお願いしますぅ。方法はお任せしますのでぇ」
泣きそうな顔で話題転換を試みるフィーネに満足したのか、レティシアはそれ以上の言及を控えた。
「こほん‥‥では、早く続きをお願い致しますわ」
レリアンナのそんな能動的発言に、全員が目を丸くしつつ――――
「本日は、お日柄も良く‥‥」
お見合いパーティー当日。
快晴に恵まれたこの日、宿屋『ユニック』の1階には多数のお見合い参加者が集っていた。
男性陣は5名。
靴職人のエルフ、クラウス。
まるごとはくちょうさんに身を包んだ青年(匿名希望)。
ローガンに招待された、パリの武器屋『トート』の主人、トート。
ジャンに招待された、恋花の郷の大工フレイ。
そして、呼ばれもしないのにやって来た、ラングドシャと言う街のマルク・アンドレだ。
尚、参加予定だった51歳の鍛冶師は、どこぞの温泉に行く事になったらしく、今回は不参加となった。
女性陣は、カタリーナ、カティア、ハンナ、エルナ、そしてレリアンナの5名だ。
カタリーナは、アーシャの見立てたユノードレスに身を包み、際立った優雅さを見せている。
「やっぱり、カタリーナさんには色栄えするドレスが似合います。シルクのドレスと悩みましたが、正解でした」
そのパーティーの席から対角線上に位置する席に、レリアンナ以外の冒険者達とフィーネは陣取っていた。
無論、野次馬などと言う精神ではなく、見守る為だ。
アーシャは目をキラキラさせながら、様子を伺っていた。
尚、レティシアは演奏係を買って出ており、部屋の片隅で竪琴を奏で、雰囲気を醸し出している。
一方、ジャンの目は隣の席に向いていた。
「‥‥ローガンさん、大丈夫ですか?」
「心配不要だ。あれしきの事、どうと言う事はない」
ハーブティーを飲むローガンの手は微かに震えていたが――――誰もあの日何があったのかは聞かなかった。
「それにしても、レリさんがこんなに乗り気で参加するとは‥‥意外でした」
「聖職者って、出会いの場が少なそうですもんね。そう言うジャン君は参加しなくて良かったんですか?」
「僕は‥‥」
アーシャの問いかけに、ジャンは苦笑しつつ、テーブルの上に飾られた花瓶を見つめる。
そこに咲いてある淡い暖色の花に1人の女性を連想し、思いを馳せるように息を漏らしていた。
「カタリーナさん、大丈夫でしょうかぁ」
その傍らで、1人悲壮感すら漂わせてお見合いを見守るフィーネ。
彼女の狙いは、冒険者全員が何となく察していた。
それは2人の友情には余り善くない、と言う事も。
ただ、直接それを問い掛けると、フィーネを追い詰める事にもなりかねない。
そこで。
「そう言えば私、カタリーナさんに『婚約者が出来ました』って報告したんですよ」
「へえ。何て言われました? 『裏切り者!』とか?」
ジャンの軽快な問い掛けに、アーシャはコクリと頷く。
「でも、全然目は怒ってなくて、寧ろ喜んでくれているのがわかりました。あれは、『おめでとう、お幸せに』と言う意味だったんですね」
「カタリーナさんは、他人の幸せを心から妬むような人ではない」
復活したローガンが瞑目しつつ断言する。
その会話を、フィーネは複雑な表情で聞いていた。
翌日――――
お見合いパーティーの席である程度打ち解けた面々は、フィーネや冒険者も加え、皆でピクニックに赴いていた。
パリの近郊にある『ラフェクレールの森』と言う所だ。
奥に入らない限りは凶暴なモンスターもいない。とてものどかな場所だ。
「それじゃ、お弁当ご開帳ー!」
カタリーナが籠の蓋を開けると、そこには沢山の料理が並んでいた。
レリアンナが作ったチーズ。
カタリーナが作ったワイン漬けのカブ。
ハンナが見よう見まねで作ったパン。
カティアが生み出した謎の物体。
エルナが生成した猟奇的一品。
「すまない‥‥料理は苦手なんだ」
そんなエルナに対し、意外と男性陣は高評価を下していた。
「ギャップ、か。あのエルフ中々出来るようね」
レティシアが感心する傍ら、レリアンナはフレイに信仰する神について尋ねていた。
「俺は‥‥特に信仰はない。神頼みする機会もないしな」
「あら? それはとても力強いですわね」
フレイの言葉に波風が立たないよう対応しつつ、心の中でその顔に×を付ける。
残念ながら、男性陣の中にジーザス教[黒]の信仰者はいなかった。
仕方なく、目的を本筋に戻し、レリアンナはカタリーナの様子を注意深く観察する。
「へー。フレイさんって警備のお仕事もしてるの? 大変なんだ」
「あ、ああ。だが、遣り甲斐はある」
自分から積極的に話しかけるかと思いきや、意外と聞き手に回る事も多い。
『麗しの婦人会』会長を、上手く反面教師として活用しているようだ。
ローガンが敢えて抵抗しなかったのは、それを見せる為だった――――とレリアンナはこっそり感心しつつも、小さく息を漏らした。
そして、夕刻。
それぞれが家路につく中、カタリーナに近付く男性が1人。
フレイだった。
「俺がこう言う席が苦手と察してくれたみたいで‥‥気を使わせて申し訳ない」
「そ、そんな事ないけど」
「パリに来た時は、君の宿を利用させて貰う。その‥‥君は太陽のような香りがするんだな。いや、俺は何を言ってるんだ。では、また」
恋花の郷の大工青年は、夕日に染まるその顔を慌てて背け、走り去って行った。
「は〜、青春ですね〜」
「上手く行くと良いが」
その様子を遠巻きに見ていたアーシャとローガンの傍で、ジャンはハンナの肩をポンポン、と叩き、進展のなかった友人を慰めていた。
そして、その背後では、夕日をじっと眺めるレリアンナの姿が。
「レリアンナ、良さげな男はいた?」
レティシアの問いに、レリアンナは首を横に振る。
「わたくしは、今しばらく羊に囲まれて生活致しますわ」
「そ、そう」
とても哀愁の漂う背中だった。
振り掛けていた香水「初恋わずらい」の爽やかな香りも、途中甘い香りへ移行し、今はどこか切なさを想起させる香りになっている。
その姿と香りは、通りすがりの有名画家ポニョポニョ・ベロベーロの感性に留まり、その印象をモチーフに描かれた『聖女の背中』と言う絵画はノルマン中の喝采を浴びる事になるのだが、それはまた別の話。
そんな混沌とした雰囲気の中。
「カタリーナさん、宜しいですかぁ」
フィーネが何か吹っ切れたような顔でカタリーナに近付く。
「あ、フィーネ! 今日はありがとね。何となく私、地平線の彼方に行けそうな気がしてきた」
「ええと、それは何よりなんですがぁ、お話したい事がぁ」
「ああ、婚約の事?」
「ふやぁ!?」
なんと。カタリーナはとっくに気付いていた!
これには流石の冒険者一同も驚きを隠せない。
「まあ、何となく雰囲気とゆーか、女の勘?」
「そ、そうだったんですかぁ‥‥すいませぇん」
嘘を吐いていた事。
自分だけ先に幸せになる事。
そして、お別れする事。
その全てを込めたフィーネの謝罪に対し、カタリーナは屈託なく笑っていた。
「ばっかねえ。1人で勝手に気に病んで。私がそんな事――――」
「カタリーナさぁん‥‥」
「――――笑って許す筈ないじゃない? このう・ら・ぎ・り・も・の♪」
「はうぅ!?」
「よ〜く〜も〜私より先に! フィーネ、覚悟は出来てるんでしょうね!?」
「すす、すいませぇ〜ん!」
夕日を背に、追いかけっこを始める2人。
その様子を、冒険者達は苦笑交じりに眺めていた。
後日。
宿屋『ヴィオレ』を訪れる客足は以前よりちょっとだけ増えていた。
レリアンナが提唱した『夢を適える宿』と言うイメージ戦略が成功したらしい。
そして、変わった点がもう一つ。
カウンターに、非売品の香水が2つ、並べて置かれるようになった。
人気香水調合師ドーラ・ティエルも思わず感心したと言うそれらの香水には、紹介文が添えられている。
そこに記されていたのは、別れの日に皆で歌った歌だった。
『例え離れていても、同じ太陽の下で繋がっている心。それは恋のように甘くはないけれど、いつの日も忘れる事なく寄り添っている事でしょう』
散る事のない、心の花となって。