夢の位相 〜シフール施療院〜
|
■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月21日〜07月28日
リプレイ公開日:2009年07月26日
|
●オープニング
夢。
それは、多くの、或いは全ての生命が宿す光。
その輝きは決して対等ではないものの、誰もがその光で暗闇を照らし、道のりを照らしていく。
しかし――――全ての光が、最後まで輝きを保つとは限らない。
全ての夢が現実と一致するとは限らない。
途中で道が途絶え、再び闇の中に一人取り残される者もいれば、輝きを弱めた別の光で足元を照らす者もいる。
寧ろ、夢を完全な形で現実とすると言うのは、稀な事なのかもしれない。
だから、自分はとても幸せなのだと、ルディ・セバスチャンはその夢に囲まれた空間でひしひしと感じていた。
既に、ベッドや鮮やかな色彩の敷布、医療道具、新鮮な布、その他諸々の道具は運び終えており、隣接する薬草園には、多くの種を撒き、苗を植えている。
それらが収穫可能となるまでは、これまでルディが集めていた薬草や、冒険者の実家から取り寄せた薬草で十分賄えるだろう。
加えて、栄養価の高い羊乳の配達も、パストラルや恋花の郷を経由し、行われるよう手配してある。
そして、一番重要な水も、このリヴァーレと言うこの村の井戸から十分な質と量が確保できる。
施療院としての機能は十分満たした。
後は、シフール専用施療院『フルール・ド・シフール』の開院セレモニーを待つばかりとなった。
「‥‥しかし、良いのかい? 記念すべき最初の患者がリタで」
その施療院の医師を務めるヘンゼル・アインシュタインは、診察室のシフール専用椅子に腰掛けながら、窓際にもたれるルディに数度目となる質問を投げかけた。
ヘンゼルの患者であり、同居人でもある子供シフールのリタは、既にこの施療院に泊まっている。
開院セレモニーの際、彼女を患者第一号として招き、施療院の開院を宣言すると言う流れを、ルディは考えていた。
だが、ヘンゼルはルディの妹リーナを最初の患者とすべき、と主張していた。
それは、シフールなのに飛べないリーナの治療を行うと言う事こそが、この施療院開設の最初の目的だったからだ。
初心をそのまま開院のシンボルとする事は、この施療院『フルール・ド・シフール』においては大きな意味を持つ。
何より、ヘンゼルはルディの顔を立てるべきと思っていた。
「リタの場合、一刻も早く患者として入院させた方が良いでしょ?」
「‥‥わかったよ。じゃ、そうしよう」
重視すべきは、形式ではなく患者。
ルディの身内であるリーナを優先させないのは、施療院の透明性をアピールする為――――ではなく、単純に患者にとってそれが一番だから。
それこそが、この施療院にふさわしいスタイルなのだと、ヘンゼルも納得したようだ。
「とは言え、あくまでこれは君と僕の決定。最終的には他の仲間達の意見をしっかり聞く事」
「うん、わかった」
ルディは首肯し、窓の外の空を見上げる。
同じ空を、あの少女は眺めているのだろうかと、ふと思った。
一時は、同じ夢を追いかけて、一緒になって頑張った日々が、脳裏を掠める。
彼女は、既にノルマンの地にはいない。
歩むべき道も、既に大きく違ってしまった。
それでも、この空が繋がっている限りは、一人じゃないと思える。
何故なら、ルディには羽があるから。
この空を伝う様に飛んでいけば、いつかまた会えるから。
その時に話す事を少しでも多くしておこうと、ルディは考えていた。
だが――――それすらも出来ないシフールがいる。
羽がありながら、飛ぶ事が出来ないシフール。
ルディは次に、妹の――――リーナの事を考えた。
施療院の建設や薬草の採取、引越し、更には恋花の村の祝典への参加など、やたら忙しい日々が続いた為、ここ数ヶ月は手紙も送れていない。
だが、ようやく連絡を取る時間が出来た。
迎え入れる準備も出来た。
いつ、どうやって彼女を迎えに行こうか。
そんな事を考えていた刹那――――
「しっふしふ〜」
シフール飛脚のワンダが、シフール用の窓から施療院に入って来た。
「はい、ルディ宛にお便り。リーナからだよ」
「ありがと」
丁度良いタイミングの便りを笑顔で受け取ったルディは、直ぐに折り畳まれたその手紙を開き、中身を確認する。
そして。
「‥‥」
手紙を読むその顔は、時間経過と共に、徐々に険しいものへと変わって行った。
「‥‥嘘だ!」
「どうしたんだい?」
ヘンゼルは、今まで見た事のないルディの激昂に内心驚きつつ、ルディの放った手紙を拾う。
そこには――――こう記されていた。
――――夢を見ていた。
リーナ・セバスチャンの理想とする世界はいつも、夢の中だった。
病弱で、飛ぶ事の叶わない身体は、いつからか、現実よりも幻想を好んだ。
夢の中でなら、空を飛べる。
誰よりも早く、誰よりも大きな羽を広げて。
自分を迫害してきた者達を置き去りにして、自分を良くしてくれた者達にその健康な姿を見て貰う。
そんな世界が、いつだって夢の中には広がっていた。
夢は幻想。他者の記憶も、歴史の記録にも残る事もない。
ただ、自分が幸せな気持ちになれるだけ。
そして、それも一時的。
夜が開ければ、太陽と引き換えに消えて行く泡沫の場所だ。
それでもリーナは、空を飛べる自分がいるその世界を好んでいた。
兄に心配をかけず、誰からも白い目で見られる事のない、その世界の自分が。
「‥‥やはり、シフールには効果が長いようだ」
微かに、そんな声が聞こえて来る。
遠くの方からなのか、近くからなのか、昏睡状態のリーナにはわからなかった。
「それにしても、つくづく変わった草を見つけてきたものね」
今度は、先ほどとは違う高さの声。二つの声は、いずれもリーナにとってなじみのある声だった。
「長く生きていれば、こう言う事もある。天か精霊からの御褒美さ」
「月の精霊魔法の効果を複数生み出す薬草‥‥月読草、だったかしら? 上手く商品化できれば、莫大な利益を生むでしょうね」
「問題は副作用だ。身体が小さく病弱な生き物が一年間何も発症しないようなら、安全面で文句をつけられる事もなかろう」
「フフ‥‥この子も可愛そう。唯でさえ仮初の夢のが、更に作り物だなんて」
「だが、飛べないこの子には居心地が良い世界だろう。持ちつ持たれつの筈さ」
そして、声は途切れる。
これは現実。
紛れもない現実。
それでも、リーナは構わなかった。
またあの場所にいけるのなら。
『私はもう飛べなくても良い。治療なんかしなくて良い。だからルディ、もう心配しないで』
Chapitre 7. 〜夢の位相〜
●リプレイ本文
依頼を受けて数日経った日のこと。
「ルディさん。余り気を落とさずに‥‥」
施療院に残り、開院セレモニーの準備を行っているリディエール・アンティロープ(eb5977)は、扉越しにルディへ毎日語りかけていた。
ルディはリーナの手紙に動揺と混乱を覚え、そのまま引き篭もってしまったのだ。
しかし、発起人がそのままと言う訳には行かない。
セレモニーには、恋花の郷の村人達や教会の面々、シフール飛脚及び翻訳、宿屋『ヴィオレ』の娘カタリーナなど、数多くの者が訪れる予定だ。
同様に、レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)の意向で、パストラルの人々もやって来る。
だが今のルディでは、発起人としての責務を全う出来ないだろう。
ここまで尽力して来たルディの姿を知っているからこそ、リディエールはその事態を恐れていた。
「セバスチャン様。ご自分のして来られた事を信じて下さいませ。何か、特別な事情があったのですわ」
そして、それはレリアンナも同じだった。
ここ数日、殆ど活動できない状態のルディの分まで招待状を書き、そしてそれを驢馬のポテンスに跨り、各所に配ってきた。
その際に掛けられた言葉、向けられた笑顔の一つ一つに、責任を感じていた。
自分達がどれだけの者に世話になったか。
どれだけの者が期待しているか。
「‥‥」
しかし、ルディは応えない。
二人はそれ以上何も言えず、『はばたきの部屋』の扉を離れた。
現在、ヘンゼルとリタは一時セナールの森に戻っている。
閑散とした施療院は、まるで活力を失い枯れた植物のように、どこか色褪せて見えた。
「もう暫く様子を見るしかありませんね」
「ええ。信じて待つしかありませんわ。セバスチャン様と、皆さんを‥‥」
レリアンナの言葉に、リディエールは瞑目しながら頷いた。
ルディの元に届けられた手紙。
それを見た冒険者達は、皆一様にその内容を疑った。
特に、ジャン・シュヴァリエ(eb8302)とラテリカ・ラートベル(ea1641)の二人は、短い文章の中に違和感を覚え、何度となく首を傾げていた。
だが、確信が持てない。
「いずれにせよ、セレモニーには招待しましょう。直接会って話をしてみます」
そこで、エルディン・アトワイト(ec0290)と、彼の友人であるユリゼ・ファルアート(ea3502)も含め、計四人でリーナの居る集落『ルシエル』へと足を運ぶ事にした。
セレモニーが後に控えているので、移動は馬車やフライングブルームで迅速に。
馬車は、エルディンが自腹を切って教会に寄付し、借り入れた物だ。
御者はエルディンとラテリカが交代で行った。
リーナが施療院に来る事を受理する可能性を考慮し、馬車にはシフール用のベッドも積んである。
箱型の籠に安眠羽毛枕を敷き、その下には毛布を敷いてある。揺れ対策は万全だ。
本来は、シフール飛脚のワンダにも色々事情を聞きたかったのだが、彼女はこの季節仕事が忙しく、連絡が取れない。
幸い、ジャンが一度ルシエルを訪れているので、その先導で迷う事なく集落までは辿り着けたのだが――――
「すいません。折角来て頂けたのに、彼女どうも最近体調が芳しくない様子で‥‥会えない、と」
リーナの住むエルトゥール家を訪ねると、家の主オスカーの伴侶パウラから申し訳なさそうにそう告げられ、冒険者達は直接応接間へと通された。
こうなると、リーナと直に会うのは難しい。
だが、同時に懸念も沸き立つ。
「新しい家族が増える日がついに来たのに! んー、照れてるのかな?」
ジャンは、ルディがリーナから受け取った手紙を見せつつ、勤めて明るくリーナの本意を尋ねてみた。
「‥‥どうでしょう。ですが、あの子はいつもルディさんの重荷に自分がなっていると、思っていたようです」
ジャン、そしてエルディンが、パウラの瞳孔に視線を送る。
「そんな必要ないのに」
ジャンは首を捻りつつ、手紙を返して貰う。
その後、出来得る限りの情報収集を行い、リーナが世話になっている事への礼を告げ、一旦外に出る事にした。
そして、その日の夜。
「やっぱり、妙だ」
郊外に簡易テントを張り、その外で焚き木を囲む中、ジャンは不満げに呟く。
パウラと以前接した事があるジャンの心象に、彼女への違和感は――――ない。以前と何ら変わらなかった。
だが、腑に落ちない。
実際、不審に思う点は幾つもあった。
まず――――ルディが受け取った手紙。
ジャンは、リーナがルディを呼ぶ時は『お兄ちゃん』と言う言葉を使っていた、と記憶している。
それはルディにも確認を取っていた。
「お偉い方と話するでしたら、呼び方変える事もある思います。けど、本人に呼びかける時は‥‥」
ラテリカとジャンが覚えた違和感は、そこだった。
実際、これまでにルディ宛に届けられた手紙を確認した所、確かに『お兄ちゃん』と記述していた。
「このまま帰るには、少々懸案事項が多過ぎますね。とは言え、セレモニーも迫っていますし‥‥」
「僕が一案投じてみます。もう少し残ってみましょう」
エルディンの言葉に、ジャンが強い意志で答えた。
それに異を唱える者はなく、明日もルシエルに留まる事となった。
「ところで、ユリゼさんはどうして今回同行を?」
ジャンの問いに、ユリゼは顔を曇らせる。
「ルシエルと言う集落に、曰く付の薬草が流れたって話を聞いたの」
月が見える夜。
その草は、仄かに光を放つと言う。
そしてその時、この草には特殊な効能が宿る。
体内に取り込むと、コンフュージョンやファンタズム、スリープ等と言った、精霊魔法[月]を受けた状態に陥るのだ。
草を食したものは、眠りながら幻覚を見たり、混乱したりなどの症状を引き起こす。
その名称は――――月読草。
「それは珍しい薬草ですわね。御覧になった事は?」
「ありませんね。幻の薬草、と呼ばれているようです」
施療院の談話室で作業を進めるリディエールは、レリアンナの問いに小さく首を振った。
その手には、ゼラニウムやコンフリーと言った植物の精油を詰めた瓶が握られている。
「私の知る珍しい薬草はこれくらいですね」
「ありがとうございますわ。次回パストラルの薬草園に赴く時に、何か話題を提供したいと思っておりましたので」
「参考になれば幸いです」
レリアンナの礼に優しい笑みを浮かべたリディエールは、瓶の蓋を開け、それを別の容器に入れた。
そしてそこに、蜂の巣を加熱し抽出した蜜蝋を混ぜる。
こうして、切り傷や擦り傷に効く軟膏を作っているのだ。
「そう言えば、最後の月読草ですが‥‥副作用があると言う話を聞いた事があります」
「あら? どのような問題が?」
「ええ。確か‥‥」
リディエールがその答えを紡ごうとした刹那。
シフール用の扉が開く小さな音が、二人の耳に届いた――――
「使用し続けると回復力が弱くなる薬草。それがその、月読草の副作用よ」
ランタンの炎が映す影が二つ、ユリゼの言葉に揺れ動く。
その手には、微かに光る草が見えた。
ここは、リーナが眠る部屋。
冒険者は皆険しい顔で、開けた扉に重なるように立っていた。
ジャンが投じた案――――それは、相棒のケット・シー、アリス・リデルに頼み、普通の野良猫のフリをしてエルトゥール家の中を探って貰うと言うものだった。
結果、夜にリーナの元に二人の人物が集っている事が判明。
そこで、その翌日の夜に部屋の外から耳の良いラテリカが横聞きする事にした。
そこで判明したのは――――月読草と言う名前。
ユリゼとエルディンは、その名に覚えがあった。
そして同時に、何が起こっているのかも理解した。
――――人体実験
それが、リーナの身に今降りかかっている事態だった。
アリスが見た二人は、リーナに月読草を飲ませ、その効果を検査していたのだ。
「大したものですよ。このような後暗い事をしている者の反応は全く見受けられませんでした」
皮肉げに呟くエルディンだったが、その目に、口元に、弛緩はない。
「どうして‥‥どうしてなんですか? 誰かに唆されたんですよね?」
一方、ジャンの顔はと言うと――――懇願にも似た苦渋の色が浮かんでいた。
以前、目の前の二人に会っていたのだ。
このエルトゥール家を訪れた時、彼らはとてもリーナを大切にしていたように見えた。
そして、彼らの本意をラテリカがリシーブメモリーで探っている。
その作業を終えたラテリカは、その場に座り込むようにして目を閉じた。
「決まっているでしょう? 持ちつ持たれつ。相互扶助よ」
その二人の内の一人――――パウラ・エルトゥールは事も無げに告げる。その夫オスカーも悪びれる様子なく頷いた。
「シフールとして生まれながら空も飛べないなんて、不遇でしょう? だから夢の中で飛べるよう、この薬草を飲ませてやったの」
「彼女はそれで幸せになれる。我々は薬草の効果を知る事が出来、市場に出せれば懐が潤う。誰も損はしない」
二人の発言を聞き、ジャンはラテリカの方に視線を送る。
ラテリカは微かに震えながら、小さく首肯した。
「‥‥不埒な」
その傍らで、エルディンは息を吐き出し、パウラ、そしてオスカーの眼前まで歩み寄った。
それを契機に、ユリゼはパウラの持つ月読草を奪い取り、ラテリカとジャンはリーナの身を確認する。
リーナは寝息を立て、静かに眠っていた。これだけの人数が押しかけ、会話していると言うのに。
「リーナさん‥‥」
はじめてリーナの姿を見たラテリカは、思わず絶句する。
元々細く小さいシフールの身体は、極限まで痩せ細っていた。
「言いたい事は本当、山程あるんだけど‥‥まずこれについて色々調べないとね。ラテリカちゃん、クロシュちゃんを借りても良い?」
「お願いしますです。クロシュ、頑張るですよ」
ラテリカの肩に捕まっていた月精霊クロシュが、言葉を発さずにユリゼに付いていった。
それを、パウラとオスカーは抵抗する事無く見続けている。
冒険者に見つかった事で、諦観の念を抱いている様子だ。
「くどくど説教をする時間も余裕もありません。貴方がたの身柄を拘束し、リーナは我々が保護します。後、一言だけ」
ジャンが細心の注意を払ってリーナの身体をその手に収める中、エルディンは毅然と言い放つ。
「実験台が欲しければ、自らの身体を使いなさい」
その言葉に、何を思うのか――――
ランタンの炎は、夫婦の心までは映さなかった。
シフール施療院『フルール・ド・シフール』の開院セレモニー当日。
施療院の二階からは開院を祝う垂れ幕が下ろされ、玄関は花で飾り付けがされている。
華やかな彩りとは対照的に、施療院の空気は重かった。
未だに、リーナが目を覚まさないからだ。
ラテリカが連日テレパシーで呼びかけているが、返答はない。
外界から心を閉ざしているようだ。
現状では、やはり原因となった物を探るしかない。
「‥‥わかった事を報告するね」
その月読草に関して――――薬草に関して世界屈指の知識を持つユリゼをもってしても、予備知識は殆どなかった。
それでも、月の精霊力を宿している事は判明。副作用となる『回復力の減少』を抑える加工方法も直ぐにわかった。
あの後、ユリゼは自身が連れているムーンドラゴンパピーのフロージュと、ラテリカの月妖精クロシュを率い、群生地を捜索した。
いかし、集落付近でそれを見つける事は叶わなかった。
「問題は、症状の回復方法なんだけど‥‥少し難しいみたい」
現状では、副作用を取り除く事は出来ても、解毒薬を作る事は難しい。
月読草の事を記した文献、或いは月読草について何かを知っていそうな存在を探すしかないだろう。
「ゴメンね。一週間ではこれが限界」
「そんな事ないですよ! ユリゼさんがいてくれて、本当に助かりました」
ジャンの言葉に、ユリゼは小さく笑みを見せた。
その傍らでは、リディエールが真剣な表情を浮かべている。
「今回の件は、一薬草師として見過ごす事は出来ませんね」
「ええ。あの人達も、私は絶対に許せない」
ユリゼの怒りの矛先――――エルトゥール夫妻の処遇については、その背後関係を洗い浚い調べた後に決める事となった。
現在は、集落の長老に事実関係を告げ、身柄を拘束して貰っている。
集落ぐるみの蛮行でない事は、ラテリカのリシーブメモリーで明らかとなっていた。
ただ、入手経路に関しては、ある日家にこの薬草の効果を認めた手紙と共に届けられた、と言う事しかわからなかった。
「みんな」
沈痛な面持ちで談話室の椅子に腰掛ける冒険者達の前に、ルディが現れる。
ヘンゼルも、エルディンの肩に留まりつつ訪れた。
「今回は本当に、色々ゴメン。僕、自分が情けないよ‥‥」
「そんな事はありませんわ」
「あの状況で落ち込むなと言う方が無理ですよ」
レリアンナとリディエールの言葉にルディは一つ頭を下げ、再び上げる。
その顔には――――生気が宿っていた。
「リーナの事は後で考えよう。今日は、これまで世話になったみんなに、出来る限りのお礼をしたいんだ」
「と、言う訳だ。宜しく頼むね」
ルディに続き、ヘンゼルも頭を下げる。
その場の冒険者は皆それに頷き、もう直ぐ訪れる招待客を迎える準備を始めた。
リディエールが発案し、ユリゼも手伝って完成した施療院発の軟膏。
花弁入りのクッキー。
沢山のお酒と、つまみのチーズ。
祝いに贈る品物は、全て用意している。
後は、その時を待つだけだった――――
同時刻。
『とまりぎの部屋』のベッドで眠っているリーナの前に、ラテリカが祈るような表情で腰掛けていた。
その首には、赤き愛の石の欠片で作ったペンダントが掛けられている。
その傍らには、同じペンダントをしたリタの姿もあった。
清めの聖錫。
桜根湯。
薬用人参。
色々試したが、リーナの容態に好転はない。
それでもラテリカはいつものように、リーナの小さい手に指を重ね、歌を紡いだ。
早く目を覚ますように。
リタと共に、この施療院の患者第一号となるように。
想いを乗せて、目覚めの歌を歌った。
♪きれいなきれいな おはなさんも おねむのじかん やってきます
♪はなびらさんたち ひらひらひら おつちさんたち てをふります
♪みんなみんな なかよしこよし ねっこさんも げんきいっぱい
♪おみずさんに かたたたかれて おはなさんも おめめぱちぱち
諦めたのかもしれない。心を枯らしたのかもしれない。
でも、仮に一度枯れたとしても、また咲かせる事は出来る。
花弁が再び、花芯の周りに集うように。
花弁は、一つではないのだから。
「‥‥」
ラテリカが歌い終えた後、リタがリーナの顔にそっと近付く。
そして、小さな声で、同じ歌を拙く歌った。
「おねえちゃん。おきて。いっしょにあそぼ」
そう訴えるかのように。
何度も何度も――――歌っていた。