ダンソウノシラベ

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月26日〜07月31日

リプレイ公開日:2009年08月03日

●オープニング

 世の中には、色々な性質がある。
 例えば、ビリジアンモールド愛好家とか、快楽殺人者とか、そう言う病的な嗜好は余りにも端的ではあるが、好みと言うのは人口の数だけ存在しており、好きなもの、嫌いなものは人それぞれだ。
 どーーーーーしたって苦手なものはあるし、これだけは譲れないってものもある。
 それは、生命体として当然の事だ。

 で、それはそれとして。
 これは、『ルッテ』と言う最近被り物を被って闘う催しが盛んに行われている街を舞台としたお話である。
「だからっ! 私には無理なんですよ!」
 女性冒険者フィロメーラ・シリックの両腕が振り下ろされると同時に、鈍い打撃音が机を襲う。
 机は悲鳴を上げるように暫く振動し、その上に置いてあった紅茶入りカップは派手に倒れ、血を吐いて絶命したモンスターの如くゴトリと音を立て、やがて動かなくなった。
「まあまあ。落ち着こうよ」
 目の前の女性の剣幕に怯えるでもなく、彼女の上司デュオニース・バレイラは身を竦める。
 2人の関係は、簡単に言えば使用者と雇用者。
 冒険者ギルドを介さず、独自の網を使ってデュオニースが仕事を取り、それをフィロメーラがこなす。
 その仕事の殆どは、コレクターからの依頼だ。
 デュオニュースは富裕層に顔が利き、珍しいワインの調達や宝石の収集などと言った健全な依頼から、特定の人物の髪の毛、モンスターの臓器などと言う一風変わった依頼まで、様々なコレクションの収集を承っているのだ。
 個人事業なので、ギルドとは競合しない。何しろ従業員は約1名、フィロメーラだけだ。
 彼女の生い立ちから今に至るまでを語ると、かなり長くなってしまうので、紹介は簡潔に行いたい。
 年齢は20。種族は人間。職業はレンジャーだ。
 肩まで伸びる髪は艶やかで、顔は精悍な中にもまだ少しあどけなさの残る、男受けする容姿をしている。
 身長は女性にしては高いが、線は細く、しかし胸は大きい。
 情報収集能力と心理把握に長ける一方、戦闘力は非常に低く、モンスターの部位収集には毎度手を焼いている。
 ただ、そんなフィロメーラにはモンスター以上に苦手なものがあった。
「何で私が‥‥女子禁制の訓練場に潜入捜査に行かなくちゃならないんですかっ!?」
「仕方ないじゃない。依頼されたんだから」
 デュオニースは心外と言わんばかりの顔で、口を尖らせる。
 実はこのデュオニース、フィロメーラより年下だったりする。17歳の人間の男性だ。
 その年齢でノルマンの富裕層に顔が利くのは、親が権力者だから――――ではない。
 彼自身の力だった。
「と言うわけで、後日正式な依頼書を作るから、キビキビ働いてね」
「イヤです。絶対イヤです」
 フィロメーラは何度も首を振る。
 無論、女性禁制の場所に女であるフィロメーラを派遣するというのは、妙な話だ。
 しかし、それ以外にも理由があった。
「私が男嫌いだって、知っているでしょう!? 何でこんな依頼を受けるんですかっ!」
「あれ? そうだっけ?」
 デュオニースがわざとらしく首を捻ると、フィロメーラは再び机を強襲した。
 倒れていたカップが、狸寝入りを見破られたかのように再び振動する。
「私が冒険者ギルドじゃなくて、貴方みたいなサディストに仕えているのは、男性と接しない仕事だけを取ってくるって約束してくれたからです!」
「記憶にある。確かにしたね、そう言う約束」
「だったら‥‥」
 フィロメーラが言葉を続ける前に、デュオニースは顔をずいっと近づけ、不敵に微笑む。
「だったら、何故僕は大丈夫なの?」
「それは‥‥だって‥‥」
 突如顔を近づけられたフィロメーラは、俯きながら口元を押さえる。
「貴方は、殆ど女性じゃないですか」
 そう。
 男性嫌いと言いつつ、フィロメーラがその上司に男を選んだ理由は――――彼の顔と体型だった。
 通った鼻筋と長い睫。切れ長の目。そして、少し潤いのある唇。
 指先も足首も細く、身体の一部を除けば、素のままでも女性で通る姿をしているのだ。
「心外だね。僕は間違いなく男だと言うのに」
 デュオニースは苦笑しつつ、空っぽになったカップを掴み、所定の位置に戻した。
「これは、君の矯正訓練でもある。いつまでも『男怖いですぅ〜』とか言われても、正直言うと面倒臭いと言うか、軽くイラっとするんでね」
「ちょっ‥‥! それじゃ、私は何の為に貴方に仕えてるか‥‥」
「心配ない。ちゃんと俺だからこその気遣いをしている」
 狼狽するフィロメーラに、デュオニースはニッコリと微笑んで、告げた。
「協力者を募ってよし。自分で直接聞き込みなどはしなくても、人を使って調べれば良い。経費は全部持つ」
「そ、そうですか。それなら‥‥あれ? でも、女子禁制の場所ですよね。女性に頼めないじゃないですか」
 と言うか、そもそも女性の自分に何故こんな依頼を、と言う事をまず最初に聞くべきだったのだが、フィロメーラは色々混乱していた。
「ああ、それは簡単。男装すれば良いんだよ」
 ピキッ、と言う何かが割れる音がした。
「君は男性とはまともに話せないから女性に協力を仰ぐ。協力者は男装して調査に当たる。以上。あ、君も男装してね。幾ら人を使うと言っても、全部人任せは良くない」
 スラスラと言を並べ、デュオニースは依頼書の作成を始めた。
 フィロメーラは力の限り反論したが、効果はなし。机の上の割れたカップを恨めしそうに睨み、部屋を出るのだった。

●今回の参加者

 eb5761 刈萱 菫(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec3996 奏 柳樹(21歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4441 エラテリス・エトリゾーレ(24歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ec4924 エレェナ・ヴルーベリ(26歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ec5127 マルキア・セラン(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

シャロン・オブライエン(ec0713

●リプレイ本文

 訓練場『龍の穴』への出発当日。
 フィロメーラは半泣きしつつ、デュオニースの部屋へとその身を現出させた。
 その部屋には、既に役者が揃っている。
 刈萱菫(eb5761)。
 奏柳樹(ec3996)。
 エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)。
 エレェナ・ヴルーベリ(ec4924)。
 マルキア・セラン(ec5127)。
 そして、男装の専門家として招かれたシャロン・オブライエン。
 いずれも穏やかな表情をフィロメーラに向けていた。
「君のような可愛らしいお嬢さんに選んで貰えて光栄だ。宜しくね」
 まず、エレェナが流し目でフィロメーラに歩み寄る。
「あ、あの。自分でスカウトしておいて何ですが‥‥女性、ですよね?」
「一応ね。よく間違われるけど、君にはちゃんと知っていて欲しいな」
「あ、あう〜‥‥」
 困った様子で苦笑いを浮かべるフィロメーラに心底楽しそうな視線を送り、デュオニースは冒険者達に顔を向ける。
「彼女の男装も面倒見てやってくれる? 男の格好なんてわからないだろうから」
「了承致しましたわ。最終的な確認はシャロンさんにお願い致します」
「引き受けよう。各人、何かわからない事があったら何でも聞いてくれ」
 菫の言葉にシャロンが頷く傍ら、エラテリスはフィロメーラと同じくらい不安そうな表情を浮かべていた。
「‥‥男装、ボクもしなきゃいけないんだよね。ううう‥‥」
「エラテリスさん、一緒に頑張りましょうねぇ」
 そんなエラテリスに話しかけたのは――――マルキア。
 弾力のある胸。
 ほんわかした雰囲気。
 清楚なお顔立ち。
 最も男とは縁の遠そうなマルキアに引きずられるように、エラテリスは化粧室へと引っ張られて行く。
 彼女達がどう化けるかも、デュオニースは何気に楽しみにしていた。
 だが、それ以上に彼の思考を支配しているのが――――隣で腕を組んでいる柳樹に関してだ。
 そっと近付き、小声で話す。
「ところで君、男性だよね」
「良くわかったな。大抵の者にはジャイアントの女性と言う認識を持たれるのだが」
「骨格的にそうかな、と思ってね」
「男性では不足だろうか?」
 そう尋ねる柳樹に、デュオニースはにっこり微笑む。
「寧ろ、積極的に接してくれると有難い。彼女のように」
 デュオニースが親指で差すその先には、引きつった笑みのフィロメーラと、その肩をごく自然に抱き寄せるエレェナの姿があった。
「難しいが、善処しよう」
「宜しく頼む」
 そして、多少の混沌と奇妙な笑い声が入り混じった時間は、刻々と過ぎ――――1時間後。
 ようやく全員、シャロンから合格を出された。
「では、シャロン・オブライエンの名の下に潜入操作を許可する。フィロメーラ、緊張しないで‥‥頑張るんだよ」
「は、はい。あはは‥‥あの、女性の方ですよね?」
 そんなこんなあって、一同は訓練場『龍の穴』へと向かった。


「では、これより新入生5名に自己紹介をして貰う!」
 潜入は、実にあっさり上手く言った。
 それぞれ仲間だと思われないよう、時間帯をずらして個別に「たのもー!」と門を叩き、いずれも入門を許可されたのだ。
 と言う訳で、依頼2日目の朝は、各々の自己紹介で幕をあけた。
 まず、菫が一歩前に出る。
 ジャパンの男性が良く着用する厚手の布をまとい、胸は布を巻いてペッタンコに。
 長い髪は艶を残しつつもしっかりとまとめる、と言う歌舞伎者風で仕上げていた。
「苅萱周防と申します。もう直ぐこの街で開かれる『まるごとオールスターズ武闘大会』で優勝を目指す為に門を叩きました」
 周防(菫)の一礼に、大きな拍手が起こる。
 最初に彼女が挨拶したのは正解だったようだ。雰囲気がかなり良くなった。
 次は柳樹が前に出る。
「私は柳と言う。獣医になったは良いが、身体を動かす機会がなくて困っていた。よろしく頼むよ」
 柳(柳樹)は特に目立った変装はしていない。
 そもそも男なので当然なのだが、寧ろ周防(菫)の時よりザワメキのようなものが起き、柳(柳樹)は若干首を傾げつつ身を引いた。
 次に前に出たのは、エラテリス。
 皮鎧をまとい、その内側には布を詰め、骨格を大きく見せている。
 髪は周防(菫)に協力して貰い、油を使ってオールバックに。
 履物には下駄をチョイスしていた。
「オレはアーベル・アーベレ! 強くなる為にここへ来た! 勝負したければいつでも受けて立ってやる!」
 門下生には、粋がっている少年と映ったらしく、今度は微笑ましい雰囲気が漂った。
 次はエレェナ。彼女もまた、柳(柳樹)同様余り目立った変装はしていない。
 誘惑のスーツに羽根付き帽子など、どちらの性別とも取れる装備で固めている様は、寧ろ挑発的ですらあった。
「私の名はエーディク。力強い戦士に憧れて、通わせて貰う事になった。まずは剣を持てるようになりたい。宜しくね」
 その声と、何処か妖艶な仕草に、門下生一同が思わず狼狽える。
 その様子を苦笑しつつ観察し、エーディク(エレェナ)は身を引いた。
 そして、マルキア。
 豊満な胸は締め付ける様に布を巻き、強引に押さえつけている。
 更に、身体のラインが目立たないよう、ゼピュロスの衣や光輝のローブでカバー。
 余り武術を行う者の格好には見えないが、そこは陰陽褌でフォローしていた。
 そして、女性全員共通でもある周防(菫)特注の化粧も施している。
 これは、汗で流れないよう香油とカモミール、そしてレモンやローズマリーを原料としたクリーム状の軟膏で下地を作り、そこから若干肌を濃い色に染めている。
 その為、それ程劇的な変化は無いものの、男に見える仕上がりになっていた。
 とは言え、念には念を――――
「お、俺はビザンツ出身の戦士、マルコだZE!」
 と言う事で、口調も変えていた。
 一瞬静まり返る訓練所。そして、かつて無い規模で起こるザワメキ。
「‥‥あ、あれぇ?」
 何か人生において絶対してはいけない事をやっちまったような心持ちになり、マルコ(マルキア)は発汗しつつ後退した。
「あと一名、フィロと言う者が加入する予定だが、気分が悪く早退した! 以上、仲良くするように!」
 こうして、訓練場『龍の穴』への潜入操作は順調に幕を開けた。


 その夜。
 食事がてら情報交換を行う為、冒険者一同は近くの酒場に揃って足を運んでいた。
 そこには、朝に姿を現さなかったフィロメーラの姿もある。
「すいません‥‥私もうダメかも」
 一応、行くには行ったものの、入り口で倒れてしまったとの事だ。
「余り深刻に考え込まないで下さいね」
 周防(菫)に慰められるも、フィロメーラの口からは次々に嘆息が漏れる。
 ちなみに、周防(菫)も微妙に口調を変えている。
 そして、いい加減見辛いと思うので、ここからは括弧なしで進行しようと思う。
「そこまで男性が苦手なのか。何か理由でもあるのか?」
 柳の問いに、フィロメーラの口から漏れるものが変わる。
「ふ。ふ。ふ‥‥」
「シリックさん?! ど、どうしたの‥‥いやフィロ、どうした!」
 思わずアーベルがエラテリスに戻りかけるほどの、明らかな変調。 
 まるでそのままデビルにでも変化しそうな程、フィロメーラは怖い笑みを浮かべていた。
「男は‥‥鬼っ子なの‥‥ふ。ふ。ふ‥‥」
「とぅおーりあえず! 初日の調査結果を報告し合おうZE!」
 隣に座っていたマルコが何かを察知し、慌てて話題転換。
 報告会の結果――――現時点では特にアヤシイ箇所はない、と言う結論に至った。
 そして今後も、各々の手段で調査を続けていく事となった。
 で。
 問題のフィロメーラに関しては――――


「‥‥ごめんね。この子、極度の人見知りなんだ。慣れるまで、そっとしておいてやって?」
 エーディクが全面的にフォローする事となった。
 女性だけれど女性の扱いに慣れているエーディクの配慮で、先生や門下生もそれを受諾。
 フィロメーラの待遇は『極力放っておく』と言うものになった。
 と言う訳で、潜入二日目となる本日。
 冒険者達はまず場に馴染む事を考え、それぞれの得意分野で真面目に訓練していた。
 周防は戦扇子を用い、接近戦の訓練。
 柳は筋肉の増強の為の訓練。
 アーベルは棒術。
 エーディクは剣の構えから。
 そして、マルコは格闘術の特訓を行いながら、門下生との接触を試みていた。
 無論、目的は共に汗を流す事で芽生える友情。
 そこに突破口があるからだ。
 すると――――
「おう、新入りども! ちょっと面貸せや! ここの為来り教えちゃるけんのお!」
 幸い、向こうから興奮気味なお誘いがあった。
 冒険者達は不穏な空気に狼狽える表情を作りつつ、内心ほくそ笑む。
 そこに――――
「止めておけ。ここは訓練場。場外乱闘など御法度だ」
 登場した、門下生の一人、キリュー。
 暑苦しい面々の中、一人涼しい顔をしたその男は、正式な試合で決着をつけるよう促した。
「それなら新入り全員と俺らの6対6デスマッチなんてどうだ!? 新入りにここの掟を教え込む良い機会だ!」
 ビクッ、とフィロの身体が動く。
「それだと引き分けもあり得ますし、奇数が良いのでは?」
「そうだな! じゃあそっちの人見知り野郎は抜きだ!」
 と言う周防の配慮もあり――――フィロメーラは抜きで、冒険者達と門下生の1対1×5試合が行われる事となった。

「それっ!」
「なっ!? 武器が見えな‥‥ぶべっ!」

 第一試合 ○周防 − 門下生A●

「甘い! たらふく食べて出直して来い!」
「うわあっ! 足を‥‥ひべっ!」

 第二試合 ○アーベル − 門下生B●

「ふふ‥‥非力な私をどう攻めようか、考えているのかい?」
「う、ううう〜! ダメだ、攻撃出来ない! 何かが、何かがっ!」

 第三試合 ○エーディク − 門下生C●

「破ッ! 破ッ! 破ーーーッ!」
「ぐわあっ!? い、犬は嫌だあああ〜っ! 咬むんだもぉ〜ん!」

 第四試合 ○柳 − 門下生D●

「よっせいの、SEっ!」
「ひぎゃあああっ! よせ! 落とすな! 頭から落とすなあべしっ!」

 第五試合 ○マルコ − 門下生E●

 結果、門下生5連敗であっさり終了。
 んで。
「す、スゲェよお前ら‥‥良し、今日から俺達の目標はお前らだ!」
 闘いが済めば、友情が芽生えると言うのは男子のお約束。
 お約束イベントを消化し、割と簡単に冒険者達は門下生と打ち解けた。
 そうなると、話は早い。
 訓練時は共に切磋琢磨し合い、男同士の友情を深める。
 また、休憩時にはエーディクのフルートで癒しを。
「剣を置いて、泣く泣く進んだ道だけど‥‥こう言う場で役に立てるとはね」
 冒険者達がもたらした環境は、訓練所『龍の穴』に活気と和を与えていた。


 と言う訳で、残る課題は一つ。
 いかに仲良くなった門下生から、禁止薬物『マッスルボーイ』の話を聞きだすか、だ。
 これについても、基本的には各人で調査しつつ、情報を交換していくと言う手法で進行していく事となった。
 潜入捜査の性質上、表立った協力体制は御法度。この方法がベストと言えるだろう。
『マッスルボーイ』と言う名称から、冒険者達は筋肉増強剤を疑っていた。
 それを考慮し、薬物の情報を得る相手を選別して行く。
 マルコは最近プァワーが頭打ちと言う悩みを餌に、薬物の存在を伺察。
 柳は、筋肉の褒め殺しを行い、それに気を良くした門下生と食事へ。
 エーディクは対象者を絞り、薬物の服用がないか観察。
 周防は、門下生の1人を飲みに誘い、口が軽くなった頃合に聞き出すと言う作戦を実行。
 アーベルは大食い勝負で更に親睦を深めつつ、情報の収集を試行。
 フィロはおろおろしたり、あわあわしたり、クラクラしたりしていた。

 果たして、『マッスルボーイ』に辿り着ける者が居たのか――――

 
 依頼最終日の夜。
 デュオニースの元に、1枚の報告書が届けられた。
 そこには、それぞれの成果について記載がなされている。
 その最後の一文を見て――――デュオニースは高らかに笑い出した。


 その前日。
「お疲れ様ー!」
 冒険者達とフィロメーラは、パリの酒場で祝杯をあげていた。
 禁止薬物『マッスルボーイ』。その存在の発見に成功したからだ。
 使用していた門下生は――――なんと、ほぼ全員だった。
 1人の例外を除き、皆が使用していたのだ。
 この街で行われている、『まるごとオールスターズ武闘大会』で、無期限出場停止の処分を受けた『どらごんさん(仮)』が裏で動いていたらしく、入手ルートを抑えるのはそう難しくなかった。
 問題は、その効能なのだが――――
「それにしても、肩透かしだったな。まさかただの興奮剤とは」
『マッスルボーイ』に興味を示していた柳樹は、嘆息しながら肉料理を頬張る。
 そう。
 禁止薬物『マッスルボーイ』とは、単なる興奮剤だった。
 気分を高揚させた状態でトレーニングをし、その効果を増幅させる。それが『龍の穴』で行われていた実態だったようだ。
 最初にその薬の実物を入手したのはエレェナ。
 彼女が目をつけたのは、1人冷静だったキリューと言う男だ。
 妙にテンションの高い門下生の中で彼だけが一人浮いていたので、観察を続けた所、定時にこっそり抜け出している事が判明。
 他の冒険者がそれぞれに仕入れた情報を元に、どらごんさん(仮)と接触している場所を抑え、待ち伏せ。
 見事召し捕った。
「皆さん、本当にありがとうございました!」
 殆ど何もしなかったフィロメーラだったが、自分の目に狂いがなかった事を喜び、皆に飲み物をついで回っている。
「うう‥‥ううう‥‥」
 そんな中、エラテリスの様子がおかしい。
「エラテリスさん、元気を出して下さいよぅ」
「目視だけで済んだのは幸いですわ。最悪の事態も考えられたのですから」
 マルキアと菫に慰められつつも、テーブルに突っ伏したままだ。
 何やら、親密になりすぎて裸の付き合いを強要されたらしい。
 どうにか逃げ出す事に成功したものの、見たくない物を見てしまう結果となった。
「男性恐怖症が2人に増えないと良いけど‥‥フィロメーラ、君はどう? 少しは慣れた?」
「え、あはは‥‥無理です」
 フィロメーラはエレェナに苦笑を向けつつ、柳樹の容器に飲み物を注ぐ。
「そうなのか? その割に、私とは大分打ち解けられたと思っているのだが」
「え?」
「あ‥‥いや、気にするな」
「‥‥まさか? まさか? ま‥‥さ‥‥か?」
 柳樹の言葉に何かを感じ取ったのか――――フィロメーラは顔面を蒼白にさせ、手の瓶を床に落とした。


『備考:ジャイアントの女性っぽい男性はアウト。克服は当分先の模様』
 どこか楽しげに記されたその備考を眺めつつ、デュオニースは引きつりそうな横隔膜を必死で押さえる。
「ま、現実はそんなもんだよね。次は何をやらせようかな」
 そして、その報告書に自身のサインをし、引き出しの中に仕舞った。

 フィロメーラの苦難は、当分続きそうだ――――