●リプレイ本文
ノルマンの夏。まるごとの夏。
町長アウグスト氏による挨拶が終わり、選手宣誓をアニエス・グラン・クリュとレオ・シュタイネルが行う事となった。
共にアニエスのグリフォンのサライに乗って登場。身軽なその身体を、華麗に宙へと投げ出す。
そして、着地と同時に各々右手を高々と上げた。
「宣誓! 我々選手一同は、まるごと精神に則り、まるごとの魅力を世界に発信すべく!」
「まるごとの、まるごとによる、まるごとの為の大会を盛り上げるべく、正々堂々、全力で闘う事を誓います!」
2人の力強い宣誓に、暑い中集まった200人以上の立ち見を含めた観客は腕を突き上げ、それぞれに叫ぶ。
その魂の集合が――――始まりの合図だった。
1回戦、第1試合。
ゆうがなしろわしさん(アニエス・グラン・クリュ) vs れおんとさん(レオ・シュタイネル)
選手宣誓をした2人がそのまま本館に残り、初戦を闘うのだが――――驚くべきはその会場の様相だ。
何故か床には大量の土が敷き詰められており、その四墨には白色の硬い座布団が置かれている。
「さあ、始まりました! 実況は私リディアがお送りします。解説は――――」
「わしが鬼神、アンリ・フィルスである!」
「と言う訳で早速ですが、この会場にはどんな意味があるのでしょう?」
「領主の孫と言う七光りを最大限に発揮した所業で候」
アンリが深く頷く中、れおんとさんは中央、しろわしさんは隅にそれぞれ散り、審判もしろわしさんに付いて行った。
れおんとさんの腕にはカッパーグローブが装着されている。
「レオ殿‥‥互いに力を尽くされる様に。見ている」
そこに、次の試合を控えたククノチが現れ、シルバーブリット(銀球)を手渡した。
れおんとさんは頷き、その球をグローブに収める。
明らかに、通常の戦いとは異なる仕様。
一体何が――――?
「はじめ!」
しろわしさんは一礼し、手に持つゴールデンメイスを会場席の方に向けて高々と掲げる。
そして、両手でそのメイスを握り、身体の正面に構えた。
ただし、れおんとさんに対しては半身の構えとなっており、顔だけその方向を向いている。
「これはまさか‥‥古代エジプトの占い『球打ち占い』!?」
「いや、それを模した勝負と見給ふる」
れおんとさんは不適に微笑み、グローブを身体の前に持ってきて、そこに右手を入れ、球を握る。
睨み合う両者。
未だにその全体的な意味がわからずにいる観客も、その緊張感を感じ取り、沈黙を守っていた。
「行くぞっ!」
雄叫びと共に、れおんとさんは振りかぶり――――
「第1球投げました! あーっと、しろわしさんに向かってボールが放たれた! 直撃か!?」
「僅かに逸れて候」
しろわしさんが仰け反ると同時に、バシィッ! と言う音が会場中に響く。
審判が素手でキャッチしたのだ。
ちなみにこのボール、金属で出来ている。
「もういっちょ!」
二球目は逆に、外に逃げる回転がかかっていた。
「狙い通りっ!」
しろわしさんは目をクワッと見開き、それをメイスで打つ!
球はギューンと会場の方向へ!
「うにゃ!?」
その球がトコトコ観客席を歩いていたゆみひくりすさんに直撃!
医務室へ運ばれていった。
「あちゃー‥‥後で謝っとかないと」
バツの悪さを感じつつ、れおんとさんは最後の一球に力を篭める。
「いっ‥‥けええええっ!」
気合と共に投じたそのボールは、なんとど真ん中に。
「この勝利、亡父の魂に捧げます!」
勝ちを確信し、メイスを振り抜くしろわしさん――――
「ええっ!?」
だが、そのメイスは空を切った。
ほぼ無回転で投じられたボールは、ある点を境に急激に落ちたのだ。
「それまでっ!」
審判の勝ち名乗りを受けたのは、れおんとくんだった。
ミサイルパーリングを上回るその変化に、しろわしさんは瞑目し、小さく息を吐く。
「完敗です」
そして、互いに礼と握手を交わし、別れた。
しろわしさんは観客席に礼をし、特別会場の撤去に当たる。
勝者の前には、次に戦いを控えるククノチの姿。
れおんとくんは再び闘技場の中央に戻り、彼女に対して真剣な顔を向けた。
そして――――
「レオ・シュタイネルは、ククノチを愛しています。世界中の誰よりも」
会場騒然。まさかの愛の告白だった!
「ここから始めなきゃ、やっぱりどこにも動けねえみたいだ」
一世一代の大勝負。
しかし。
「? もう一度‥‥」
歓声が凄かった上にまるごとを着込んでいたククノチには、聞こえていなかった。
1回戦、第2試合。
むらさきわんこさん(ククノチ) vs ほうろうすふぃんくすさん(ラムセス・ミンス)
見慣れない様相の勝負とか、れおんとさんの一世一代の告白もあって、会場は今尚騒然としている。
そんな中、ふぃんくすさんは闘技場の隅っこに座り、占いをはじめた。
そこにはれおんとさんもいる。
「でたデス! 実は聞こえていた確率は明日の降水確率と同じく2割デス!」
「そっか‥‥どっちが良かったんだろな‥‥」
れおんとさんが思い悩みながら退場する姿を、わんこさんは心配そうに見つめていた。
その一方で、跳ねるような拍節で舞い、最後に一回転して舞台に上がる。
すふぃんくすさんも所定の位置に付き、試合開始。
その身長差、実に78cm。
しかし、余りにも体型の違う二人の戦いは、意外にも長引いた。
遠、中、近のいずれのレンジにも対応できるすふぃんくすさんの攻撃を、わんこさんは動き回って回避。
その健闘に、会場が徐々にヒートアップしていく。
その声援を背に、むらさきわんこさんは上手く呼吸を合わせて間合いを詰め、足払いを放った。
「しまったデス!?」
どんな大きな敵でも、倒れてしまえばポイントアタックで仕留められる。
いざとなれば、暗器の簪で――――
「‥‥あ」
すふぃんくすさんが倒れる――――わんこさんの方に向かって。
「あーっと! むらさきわんこさんが下敷きに!」
「まるごとが守っている。心配には及ぶまい」
アンリの言葉通り、まるごとがクッションとなり、大事には至らなかった。
が、戦闘継続は不可能。
「ご声援ありがとうデス〜」
「です〜」
「です〜」
勝者となったすふぃんくすさんは、メリーさんとイーグルさんになった精霊達と歓喜のダンスを踊り、会場を大いに沸かせた。
1回戦、第3試合。
ういんぐおばけさん(ベアータ・レジーネス) vs ぽんぽこたぬきさん(文月太一)
リディアの紹介と同時に、会場からどよめきが起こる。
花道からペガサスが颯爽と滑走してきたのだ。
その背には、たぬきさんが乗っている。
しかも、何故か本来の男性ではなく女の子のたぬきさんだった。
「あのたぬきさんは特注ではなく、本人の術によるものだそうです!」
リディアの解説に観客が感心すると同時に――――ペガサスだけが優雅に舞う。
「あ〜れ〜」
たぬきさんは見事に振り落とされた。
「いいぞー! やっぱりそうでなきゃな!」
前回ブーイングを浴びせていた観客(主に子供)から喝采が沸いた。
一方、逆方向からはウィングドラゴンが登場。
ド迫力の翼竜に会場中が息を呑む中、その背からフワフワとおばけさんが舞い降りる。
「竜と天馬。古代より良き仲間、そして競争相手となって切磋琢磨した者同士。実に興味深く候」
「いや、ペット同士戦う訳ではないので‥‥あ、始まりました!」
試合開始と同時に、おばけさんは容赦なくストームを唱える――――が、ぽんぽこさんの重量がその風に勝った。
「お見事です。しかし‥‥」
おばけさんは冷静に次の手を打つ。
夏場にピッタリ、カチンと爽やかアイスコフィン。
たぬきさんの身体が、氷に覆われる――――
「何のこれしき!」
だが、この暑さ。しかもたぬきさんの身体は炎のように熱くなっている。
すぐにヒビが入り、氷は砕け散った。
「‥‥素晴らしいです」
賞賛を惜しまず、おばけさんは更に攻撃を加えようとするが――――今度はたぬきさんが巨体からは想像もつかないスピードで移動して来た!
「微塵隠れ‥‥!」
「もらったっ!」
たぬきさんは瞬時におばけさんの死角に入り、渾身のスタンアタックを仕掛ける――――が、空振り。
おばけさんは直感で瞬時に屈んでいたのだ。
「やるな‥‥」
「そちらも」
不敵に微笑み合う。緊迫した戦いに、会場からは盛大な拍手が舞い起こった。
「流れるような攻防は、戦術が噛み合っているからこそ。実に良い試合である!」
アンリがクワッと目を見開いて解説する中――――その視界が、濃い霧で覆われる。
「最後の手段です」
それは、おばけさんのミストフィールドだった。
本来なら、ここでストームを使って霧ごと相手を吹き飛ばす予定だったが、たぬきさんが集中している間は耐えられてしまうだろう。
相手の集中力を削ぎ、止めを刺すつもりでいた。
一方、たぬきさんも集中を切らさず、じっと霧が晴れるのを待つ。
長期戦の様相を呈したこの戦い。
結果――――
「‥‥見事な耐久力です」
「‥‥あ、暑い‥‥」
両者同時に暑さでダウン!
初のWノックアウトとなった。
1回戦、第4試合。
いもうとオオカミさん(リュシエンナ・シュスト) vs はくちょうさん
緊迫した好試合に会場が沸く中、先日お見合いに失敗したはくちょうさんは若干やさぐれ気味に入場する。
一方、いもうとオオカミさんの方も若干おかんむりだった。
「兄様ってば。折角オオカミさんが貸し出されたのに、暑いからパスだなんて」
両者怒気を放ちつつ、試合開始。
「とうっ」
優雅に舞うはくちょうさんだが、先日の件が響き、動きに精彩がない。
これならば、試せるかも――――オオカミさんはこの日の為に身に付けた技を披露する事を決意した。
「上手くいってね!」
はくちょうさんと距離をとりつつ、オオカミさんは凄まじい速さで上空に何本も矢を放つ。
高さを調節する事により、落ちてくる時間を全て同時に仕向けた、矢の雨――――サジタリウスの矢だ。
「当たらなければどうと言う事はない!」
身のこなしには定評のあるはくちょうさん故に、その発想は当然だったが――――その意識が上空に向いた瞬間が、彼の敗北を決定付けた。
「‥‥ん?」
はくちょうさんの身体を、風のような何かが通り過ぎる。
そして――――頭を覆っていたまるごとが、ポトリと落ちた!
「なな、なああああっ!?」
上に意識を向けさせ、その隙にシューティングポイントアタックでまるごとの継ぎ目を狙う。
見事に作戦は的中した。
「ま、負けだ‥‥」
退場するはくちょうさんの背中は、ひどく寂しいものだったとか。
1回戦、第5試合。
しあわせぺがさすさん(アーシャ・イクティノス) vs ふくろうさん
一方、別会場で行われていた試合も、あっという間に決着を見た。
第三回準優勝者と、51歳の鍛冶師。勝負になる筈もない。
「敵を討ち取ったり〜!」
ぺがさすさんは勝鬨の後、ソニックブームで吹っ飛ばした相手に対し、やさしく手を差し伸べていた。
「おおお‥‥こんな爺に優しく‥‥そなたこそワシの理想の乙女! 結婚してくれい!」
なんと、ここでも愛の告白!
「すいません〜。私、婚約者がいるのです」
「そげな! そげなああああ!」
無論成就などする筈もなく、爺の恋は刹那に散った。
1回戦、第6試合。
ごーじゃすたいがーさん(アレーナ・オレアリス) vs 猫かぶりさん
猫かぶりさんは驚愕していた。
由緒あるシュヴァルツェンベック家の華やかな令嬢が、このような大会に出場している――――そんな話題を振り撒きに来たのに。
「そ、そんな‥‥」
その豊満なばでぃを惜しげもなく引っさげ、投げキッスをしながら登場してきたごーじゃすたいがーさんを見た瞬間、猫かぶりさんの自尊心は軽く折れた。
しかも、ただセクシーなだけじゃなく、何やら緑色のタイツを履いている。
そこには、エメラルドの気高さ、そして万人から愛される輝きが満ちていた。
格が違う。いろんな意味で、そんな気がしていた。
「はじめっ!」
開始と同時に、たいがーさんは俊敏な動きで猫かぶりさんを圧倒。
エルボー、エルボー、エルボー、エルボー!
「はうっ! はうっ! はうっ! はうーっ!」
最後は流れるようなポイントアタックとスタンアタックの合わせ技で、猫かぶりさんを気持ちよく別世界へ誘った。
試合が終わると、何処からか金鼓の音が聞こえてきた。
延々と、そして永遠に。
その音は、会場にこだまし続けていた――――
1回戦、第7試合。
おきょうすくろーるさん(愛編荒串明日) vs みいらさん
読経をしながら入場するすくろーるさんに、ざわめきが起こる。
このまるごと、かなり前から用意されていたのだが、使用されたのは初めてだった。
唱えられる経典は、同じくジャパン出身の円巴が通訳。一回戦は試合がなく、ちょうど空いていたのだ。
ジャパンのこう言った読経はこのノルマンでも非常に人気が高く、会場は多いに盛り上がった。
「通訳、ありがとうございました」
素っ気無く去っていく巴に礼を言い、すくろーるさんは相手と対峙する。
そこには――――みいらさんがいた。
「コーホー」
何故か変な呼吸音で、全身布で巻かれた状態だ。
どうも、まるごとだからと言う訳ではなく、実際に全身怪我をしているらしい。
「はじめっ!」
すくろーるさんの攻撃方法はひとつ。
スクロール『スノーウィ』を用い、敵の水分を奪うというものだ。
火の粉が雪に変わるという、外見的にとても美しくて人気のある魔法なのだが、余り使い勝手は良くない。
例えば、ミイラのような相手には通じないのだ!
「ぎゃああああっ! 干乾びる、干乾びるぅぅぅ!」
だが、みいらさんには利いた。
「勝負あり!」
すくろーるさんは、動かなくなったみいらさんに読経を唱えつつ、丁重に会釈した。
1回戦、第8試合。
みにほわいーぐるさん(ミシェル・サラン) vs ゆみひくりすさん
「ゆみひくりすさんの不慮の事故により、みにほわいーぐるさんの不戦勝とする!」
「ラッキー、と言う事にしておこうかしらね」
若干の物足りなさを感じつつ、みにほわいーぐるさんはパタパタと会場を後にした。
その他の冒険者は、無事に一回戦を通過。
何人かの冒険者は休憩時間を利用し、救護活動を行っていた。
暑さでダウンする観客や参戦者が出ている為だ。
「大丈夫ですか? 直ぐに治療しますからね」
「はあい。ああ、膝枕……最高」
フィーネは救護室に赴き、魔法で支援。
「皆さんどうぞ、おいしく冷えています」
アーシャは予め調達しておいたスイカを放り投げ、空中切開。観客へと振舞っている。
「破けたまるごとはこちらへ。レオ殿のらいおんは大丈夫だろうか?」
「あー、あはは‥‥大丈夫。わざわざありがとな」
既に敗退したククノチは、綻びたまるごとを率先して縫い合わせ、裁縫班の負担を軽くしていた。
「具合が悪い方はテントに入ってくださいね」
「氷、アイスフルーツ、冷たい水、沢山用意しているわ。遠慮なく取って行って」
リュシエンナとミシェルは率先して観客に暑さ対策を呼び掛けていた。
会場の一体感が増していく中、2回戦が始まる――――
2回戦、第1試合。
しあわせぺがさすさん(アーシャ・イクティノス) vs わんこおうじさん(グラディ・アトール)
「こ、こんな筈じゃ‥‥っとと」
試合開始から5分。
ぺがさすさんは、徐々に初出場のわんこさんに追い詰められていた。
オーラをまとったわんこさんの剣圧は、かなりの威力でぺがさすさんの体力を奪っていく。
だが、それより何より、ぺがさすさんの動きに精彩がない。
「スイカ切りパフォーマンスで体力を使い果たした訳でもないですよね?」
「ふむ‥‥あれは、ただの色惚けと見つけたり!」
解説のアンリがクワッと目を見開く。
確かに、意気込みとは裏腹に、ぺがさすさんにはどこか張り詰めたものがない。
相手が金髪の男性だったのも、良くなかったのかもしれない。
一方のわんこさんは、勝敗にこだわらない姿勢で臨んだ結果、安定した力を発揮していた。
その差が表れた格好となり――――
「あーっと、ぺがさすさんの剣が場外へと弾かれました!」
「勝負あり」
と言う結果になった。
「はうー‥‥鍛え直しです」
わんこさんが手を振って観客に答える中、ぺがさすさんはベゾムに乗ってぴゅーっと舞台を後にした。
緊迫した剣技戦となった一回戦とは裏腹に、パラ同士のほんわかしたカードとなった第2試合。
まずは空飛ぶ絨毯に乗って会場入りしたほえーるさんが、空海の杖を使い、潮を吹かせるように水を湧き出し、ほえほえアピール。
「くじらだーっ! 絵本で見た事あるーっ!」
子供達が今日一番の反応を見せていた。
一方のくまさんは――――
「でかっ! あれ鳥か!?」
「飛行竜か!?」
「いや、ちっちゃいくまさんが乗ってるぞ!」
10mはあるロック鳥がわっさわっさと闘技場上空を飛び回り、そこからくまさんが飛び降りてくる。
レビテーションのスクロールで制御しつつ、空中で3回転して華麗に着地。
会場中が拍手に包まれた。
2回戦、第2試合。
ぱらりんくまさん(パラーリア・ゲラー) vs しおふきほえーるさん(元馬祖)
試合開始と同意に、動いたのはほえーるさん。インビジビリティリングを使い、姿を消す。
「ほい、そこだにゃ〜♪」
しかしくまさんは直感的にすばやく看破。虚空と思しき箇所に矢を放つと、そこに再びほえーるさんの姿が現れる。
だが、矢はワンドによって防がれた。
くまさんの直観力はかなりのもの。消失系の魔法は通じないようだ。
「いっくね〜。と〜っ!」
加えて、すさまじい俊敏性を活かし、複雑なステップで高速移動。ほえーるさんを中心とし、グルグル回りながら機を伺っている。
どの魔法で攻撃しようか、決めかねているようだ。
が――――それが仇となった。
「こうなれば、奥の手を」
ほえーるさんは指輪に念じ、その言葉に力を宿した。
「動くな」
「にゃっ!?」
その言葉は具現性を持ち、くまさんは本当に動けなくなる。
俊敏性を失ったぱらりんくまさんに勝機はなく――――ほえーるさんの手によってコロンと場外に落とされた。
「実戦においては、常に複数の戦略を持つべし。が、攻撃は逡巡なく施行すべし」
アンリが総評する中、パラ対決はほえーるさんに軍配が上がった。
2回戦、第3試合。
はじらいたいがーさん(フィーネ・オレアリス) vs れおんとさん(レオ・シュタイネル)
優勝をと意気込み、大会に挑んだ筈のれおんとさん。
しかし――――
「お、来たぞ! 告白王子!」
「闘技場の中心で、愛を叫んだ奴だ!」
「かっこよかったわよーっ!」
渾身のパフォーマンスは、会場のハートはゲットしたが、音量的に弱かった所為もあって大事な人には届かなかった。
そのショックに加え、親しい(?)知人を不戦敗にした事もあり、れおんとさんは精神的負荷を持ったまま試合に挑む事になってしまった。
「くっ‥‥」
試合開始後も、中々身体にキレが戻らない。
一方、たいがーさんはホーリーを軸に戦う予定だったが、れおんとさんにはホーリーは利かない。
れおんとさんの俊敏性が勝つか、たいがーさんのコアギュレイトが先に捉えるか――――勝負はその一点に絞られた。
そして――――
「あうっ!」
先に隙を見せたのは、れおんとさん。
その敗因は、とにかく色々あったが――――
「最終的には、たいがーさんの色香に敗北したと見受ける」
「ち、違っ! ククノチ、違うからなっ!」
アンリの冷静な目に、れおんとさんは固まったまま反論し続けていた。
2回戦、第4試合。
かるるんわんこさん(カルル・ゲラー) vs いもうとオオカミさん(リュシエンナ・シュスト)
「みんな〜。応援よろしくね〜。ぼくがんばるよっ」
とても香ばしい匂いが観客たちの鼻腔をくすぐる。
自前のクッキーを用意したかるるんわんこさんが、観客席で配りながら入場したからだ。
「どうぞ〜」
「忝い」
解説のアンリも一つ受け取り、それを口に含む。
「ふむ‥‥乾き一口菓子か。硬過ぎず、甘過ぎず。バターの濃厚な味わいを、蜂蜜のまろやかな甘みが包み込むような、実に味わい深い‥‥」
「おーっとアンリさん、料理解説も行けるようです」
解説席が盛り上がる一方、いもうとオオカミさんも入場。
テントの方から大きな声援が上がる。
そこでは、ペットのヤングスノーマン、ケルテヴェーレがフリーズフィールドで涼しい場を提供していた。
「開始!」。
敏捷性が武器のオオカミさんに対し、パラのわんこさんはあどけない姿でティソーンを構え、観客に笑顔を振りまきながら突撃を試みる。
「コドモあた〜っく!」
「なんの!」
オオカミさんは体を傾けながらそれを交わし、その体勢のまま矢を放つ。
「わわ〜っ」
それに驚きつつ――――わんこさんは剣で器用に切り落とす。
「なっ‥‥」
「とつげき〜♪」
その容姿と剣捌きのギャップに驚くオオカミさんが体勢を整える前にわんこさんが再びアタック!
「わ、わわわわわわ!」
それをどうにか弓の腹で防いだオオカミさんだったが、そのまま勢い余って大きく後退。場外へ押し出された。
「やった〜!」
「にゃ! やったねカルル♪」
観客席から応援していたパラーリアが拍手する中、その弟は無邪気にぴょんぴょん跳ね回っていた。
2回戦、第5試合。
ごーじゃすたいがーさん(アレーナ・オレアリス) vs ふんどのうさぎさん(閃我絶狼)
たいがーさんが威風堂々と待ち構える中、世にも面妖な生き物が飛行木臼に乗り、花道をつーっと通って行く。
「愛と真実とフンドーシの使者、うさ褌鬼面(うさふんきめん)ここに参上!」
その顔には面頬「獄卒鬼」がはめられ、メイスを担いだその姿、まさに稀代の奇人。
「うわーん! 怖いよ〜!」
泣き出す子供まで出てきてしまった。
なんとなくバツの悪い真情を抱きつつ、うさぎさんも所定の位置についた。
「開始!」
外見は相当に異質な対決だが、いざ戦闘が始まると、強者同士の物凄い濃い内容の戦いが繰り広げられた。
バランスの取れたたいがーさんがヒット&アウェイを狙う一方、うさぎさんはトリッキーな戦法を駆使。
余り意味のないバイブレーションセンサーを使ったと思えば、突如ソニックブームを放つなど、その動きには規則性がない。
正統派vs奇行派。
その決着は、突然訪れた。
うさぎさんのローリンググラビティーによってたいがーさんが上空に舞った時だ!
「うさ褌ーーーストライーーーク!」
「むっ!」
渾身のメイスがたいがーさんを襲う。獅子王で受け止めたたいがーさんだったが、踏ん張りが利く筈もなく、そのまま場外まで飛ばされた。
だが、その体は決して倒れる事はなく、しっかりと着地。
その決着に、会場は暑さも忘れて喝采を送った。
「強かったぜ、ただ俺の方がずるかったな」
「ふふ、そんな事はない。見事だった」
お互い歩みより握手。
清々しい一戦となった。
2回戦、第6試合。
ぶらっくいーぐるさん(円巴) vs てのりたいがーさん(レリアンナ・エトリゾーレ)
ローブを着用した小さなたいがーさんが登場すると、会場は柔らかい雰囲気に包まれた。
隣のボーダーコリー、レイモンドも同じ格好をしており、癒しの空間がそこには広がっている。
「宜しくお願い致しますわ」
所定の位置についたたいがーさんが一礼した相手は、過去ベスト4進出経験のある強豪、ぶらっくいーぐるさんだ。
「開始!」
合図と同時に、たいがーさんは木刀を振り被り、その外見とは裏腹な突撃を見せる。
「クレリックながら、善き踏み出しで候」
アンリが顎に手を当て感心する中、いーぐるさんは鳥が舞うようにその一撃を受け流す。
その後も、たいがーさんの猛打をいーぐるさんが華麗に回避する攻防が暫く続き――――
「あ、あら‥‥?」
突如、たいがーさんが倒れ込む。
驚いたいーぐるさんが駆け寄ると、たいがーさんは呼吸を荒げ、無念そうに微笑んだ。
「おかしいですわね。このわたくしが暑さに屈する筈が‥‥。確か、シントーねっきゃくしたら、何とやらと‥‥」
「心頭滅却しても、火が涼しくなる事はない。救護室へ連れて行こう」
「‥‥参りましたわ」
いーぐるさんに担がれ、たいがーさんは治療へ向かう。
その姿に、会場中が惜しみない拍手を送った。
この後も2回戦は滞りなく行われ、ベスト8が出揃った。
この頃になってくると、戦闘力とは別の要素が大きく左右してくる。
そう、暑さだ。
まるごとシリーズを着込み戦うこの大会は、夏場には余りにも厳しい。
3回戦が開始される頃には、更に厳しい暑さが会場を襲っていた。
この暑さとどう付き合うかが鍵となる。
その結果――――出身地がエジプトのほうろうすふぃんくすさん、スマートな戦い方に終始したわんこおうじさんとぶらっくいーぐるさん、暑さ対策をして来たみにほわいーぐるさんが勝ち残った。
準決勝、第1試合。
ぶらっくいーぐるさん(円巴) vs わんこおうじさん(グラディ・アトール)
ここまで、ぶらっくいーぐるさんは戦扇子による回避を重視し、尚且つ相手のパフォーマンスを最大限に引き出すと言う戦い方をしてきた。
その結果、試合時間は長くなり、現状でかなり体力は消耗している。
一方のわんこおうじさんも、準々決勝で友人でもある対戦相手、絶狼のトリッキーな動きに振り回された結果、かなり体力を消耗していた。
ちなみに、絶狼はかなりのところまでわんこおうじさんを追い込みながら、アースダイブで場外負けを宣告されてしまうと言う何ともアレな結果に終わっている。
「破っ!」
試合開始から12分。
ぶらっくいーぐるさんの受け流しが、わんこおうじさんの体勢を崩し――――そのまま場外へ。
踏ん張る体力は残っていなかった。
「ふう‥‥」
それでも十分戦いを堪能したわんこおうじさんは、仰向けになり、満足げに空を眺めていた。
準決勝、第2試合。
ほうろうすふぃんくすさん(ラムセス・ミンス) vs みにほわいーぐるさん(ミシェル・サラン)
超重量級のすふぃんくすさんと、超軽量級のみにほわいーぐるさん。
普通なら勝負にならない組み合わせだが――――
「むむっ、当たらないデス」
まだ体力に余裕のあるみにほわいーぐるさんは、シフールの特性を生かし、すふぃんくす光線を避け回っている。
一方のすふぃんくすさんは、みにほわいーぐるさんのウォーターボムを何発か受けていたが、戦闘に支障なし。
遠距離での撃ち合いが暫し続いた。
その結果――――
「大変だ! 観戦に来ていたゆみひくりすさんに光線が直撃したぞ!」
第3回大会と同じ悲劇が――――
「大丈夫デス! こんな事もあろうかと、今回は火事対策はばっちりデス!」
燃え盛るりすさんに、すふぃんくすさんの精霊二柱が全力で接近。
ウォーターコントロールで無事鎮火となった。
「ふう‥‥良くやってくれたデス」
「で・も。隙だらけよ♪」
「しまったデス!?」
自身の精霊達の消火活動に見入っていたすふぃんくすさんは、背後からのみにほわいーぐるさんの接近に気付かず、既にびしょぬれのまるごとはアイスコフィンでカチコチになった。
「動けないデス〜。まいったデス」
「ふふん♪」
みにほわいーぐるさんが、シフールとして初の決勝進出を果たした。
決勝を前に、2人の控え室には数多の参加者達が健闘を称えに訪れている。
「夏に逝った父は冷発泡酒と茹豆が好きでした‥‥と言う訳で、差し入れです」
「あと一試合です。頑張って下さい〜」
「でも、無理はしないようにね」
アニエスとアーシャ、そしてリュシエンナの激励を受け、みにほわいーぐるさんはコクリと頷く。
その口には、入場の際のパフォーマンスに使用する麗しき薔薇が咥えられていた。
白鷲の華麗な舞は、もう直ぐ多くの観客から喝采を浴びる事だろう。
一方、ぶらっくいーぐるさんは太一、回復したレリアンナと共に、ルッテの運営委員となにやら話していた。
「出し物としては新しい風が必要な頃かもしれないな」
「俺は人遁のルールをもう少しわかりやすくして欲しいなあ」
「暑さ対策をもう少し運営側で行った方が良いと思いますわ」
まるごとオールスターズ武闘大会は皆の大会。
皆で一緒に作っていくものだ。
今回で第五回を向かえた本大会の行く末に、どのような未来が待ち受けているのか――――それは、決勝戦の中に見えるのかもしれない。
「決勝、楽しみですね」
「そうだな。この舞台で良い戦いが繰り広げられれば、それで良い」
姉妹、姉弟、数々の参戦者も見守る中、それは始まる。
「あれ〜? カルルなにかいてるにゃ〜?」
「日記だよ〜。今日の事をね〜、書き書きしておくのっ」
記録に残る闘い。
記憶に残る闘い。
いろんな闘い。
それぞれの羊皮紙に、頭の中に、それは刻まれていく。
この夏の、思い出として。
「あ、たぬきさんがいる!」
「おばけさんもいるぞ! あんたらの試合凄かったぞー!」
敢闘賞――――文月太一、ベアータ・レジーネス
「あっちには告白したらいおんさんがいるぞ!」
「ひゅーひゅー!」
「ったく‥‥うるせえなっ」
同じく敢闘賞――――レオ・シュタイネル
「お、やっと始まるみたいだな」
「閃ちゃん、お面はもう取った方が‥‥」
第3位――――グラディ・アトール
「間に合って良かったデス〜」
同じく第3位――――ラムセス・ミンス
そして――――
「わしが鬼神、アンリ・フィルスである! これより決勝、皆で見届けん!」
暑さすら飲み込む熱気の渦の中、高らかな号令と共に、決勝戦はその幕を開けるのだった。
第2位――――円巴
優勝者――――ミシェル・サラン