光を求めて 〜シフール施療院〜
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月14日〜09月21日
リプレイ公開日:2009年09月23日
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●オープニング
夢は時として現実となる。
この日、ルディ・セバスチャンはそれを実感していた。
「えっと‥‥本日は、シフール施療院『フルール・ド・シフール』の開院セレモニーにお越し頂き、本当にありがとうございました」
一年前の彼には無かった語彙で、挨拶は続いていく。
その姿を眺めるルディの仲間達は、若干の不安や緊張こそあれ、その感情の大半を、ここに辿り着いた喜びに費やしていた。
セレモニーは、ルディとその仲間達の共通の意向により、まずは粛々と荘厳に、そしてその後に和やかに騒がしく行われる事になった。
発起人のルディの挨拶の後は、全員で施療院へ向けて祈りを捧げる。
教会関係者も数多く出席する中、その儀式は崇高に、そして厳粛に遂行された。
その後、ルディの仲間達が一人一人、ルディの紹介に合わせて挨拶を行う。
ペコリと可愛らしくお辞儀し、澄んだ歌声を披露する銀髪の歌姫。
恐縮しながらニッコリ微笑み、明るく振舞う女性の薬草師。
落ち着いた口調で謝辞を述べた後、施療院の薬に関して解説をする、男性ながら細身のウィザード。
努めて明るく振舞い、場の雰囲気をとても和やかにする、心優しき魔法探偵。
時に破顔し、時に引き締めた表情でシフール施療院の意義を真剣に唱える神聖騎士。
落ち着いた佇まいでシフール共通語による挨拶を行い、その後命の尊さについて真摯に語るクレリック。
ルディは、その全員の言葉が、一つ一つ光の玉のようになって、施療院に吸い込まれていくような――――そんな風に見えた。
そして、厳粛な式を終えると、今度は開放的な雰囲気の中で祝いの席が設けられた。
ルディの仲間が用意したお酒は次々と開けられ、陽の傾く中、施療院の建てられた村リヴァーレの住民や教会関係者の面々はざっくばらんに言葉を交わしていた。
「サヴァン殿。杯が空いていますよ」
「ふふ、ありがとう。こう言った祝いの席は久しくなかったものでな。飲み過ぎていかん」
施療院の支援を買って出てくれたフォレ教会の司祭、サヴァン・プラティニも上機嫌に酔っている。
多くの参列者は、頬を赤くしつつ陽気に騒いでいた。
また、酒類を嗜まない者は、各々の興味の赴くままに行動している。
「この軟膏は、切り傷や擦り傷を負った箇所に適量塗って下さい。シフールの方はこっちの小さな物をどうぞ」
「そうね‥‥まずは清潔な水を使う事。薬草には色んな摂取方法があるけど、飲む場合は特に注意して」
治療に興味のある者は、二人の薬草師の元に集い、その知識に耳を傾けていた。
また、施療院で出す予定の羊乳や、第二薬草園の管理をしてくれているパストラルの面々は、施療院に隣接した薬草園に興味を示している。
「この世には、マンドラゴラと言う珍しい薬草があるとの事ですわ。抜く時に金切り声をあげ、それを聞いた者は死に至ると」
その者達を案内していた少女の言葉に、感嘆の声が挙がる。
一方、子供達は輪を囲むようにして手を繋ぎ、シフール飛脚のワンダや妖精も混ざった中で、バードの少女の指揮の元、色々な歌を歌っていた。
「皆さん、とってもお上手ですよー」
キラキラと、子供達の笑顔が弾ける。
そして、施療院の中では、以前この施療院の建設完成お祝いをしてくれた恋花の郷からの参列者や、宿屋ヴィオレの娘カタリーナなどが、感心した様子でそれぞれの部屋を見学していた。
「へえ‥‥民間を改良して施療院にかあ。改めて、凄い事してたのねえ、貴方たち」
「実際に作ったのは村の大工さん達だけどね。僕達は間取りや装飾とかの発想を出し合ったんだ」
恋花の郷やヴィオレとも縁の深い赤毛の青年は、にこやかに解説を行っている。
沢山の者が力添えし、そして誕生した、世界でおそらくは最初の試み。
各々が、各々に有意義な時間を過ごし――――シフール施療院の第一歩となる開院セレモニーは、盛況の内に終了した。
「ふわ‥‥ぁ。今回は本当に助かったよ。ありがとう。うん、またね」
翌日。
酔った村人や沢山の外来者を馬車で送り迎えし、お礼と挨拶をして回った事で、ルディの身体は疲労困憊。
同じくお疲れ気味な仲間達と別れ、フラフラとなりつつも施療院の中に入る。
向かう場所は、決まっていた。
今回のセレモニーの際に唯一、その扉を封印した個室『とまりぎの部屋』。
そこに眠る妹リーナの容態に、変化は無い。
悪化していない事は救いだったが、このまま眠り続ける可能性もある。
なんとしても、この状態の原因となった『月読草』の事を調べあげ、治療しなくてはならない。
最初、このリーナの状態を冒険者から聞かされた時、ルディは再び絶望の淵に落ちそうになった。
実際、心折れてしまっていてもおかしくない状況。
クレリックの少女が気をかけてくれていなければ、或いはそうなっていたかもしれない。
自分には仲間がいる。一人じゃない。
頭ではわかっていたものの、今回ほどそれを実感した事はなかった。
「‥‥はよ」
「リタ。おはよ」
小さなシフールの中でも一際小さなリタが、目を擦りながら『とまりぎの部屋』に入って来る。
ようやく、ルディとも抵抗無く言葉を交わすようになっていた。
そして、毎日ずっとリーナの傍にぴったりくっ付いている。
「眠っている相手には人見知りしなくて良いからね」
そんなリタに続き、シフール医師のヘンゼルも入室して来た。
「さて。セレモニーも終わったし、早速施療院を開院させないとね」
シフール専門の施療院が新設された噂は、これまでの宣伝と教会の告知によって、既に国内にはかなりの範囲で広まっている。
立派なセレモニーが行われた事で、悪評が流布される事も無かった。
開院した暁には、数多くとは言わないまでも、ある程度の数の患者が訪れるだろう。
基本的に、外来はヘンゼルとルディが対応する事になっているが、後一人、出来れば女性のスタッフが欲しい所だ。
ただ、やる事は他にもある。
それは――――無論、リーナの治療だ。
「月読草‥‥か」
ヘンゼルの呟いたその草が、現在唯一の手掛かりだ。
現状の情報はかなり少ない。外見で他の数多ある野草と見分ける術も、まだない。
「そんな薬草があるとは知らなかった。役に立てなくて申し訳ないよ」
「ううん。幻の薬草って言われてるくらいだもん。でも、何か手掛かりがないと、調べようも無いよね‥‥」
ルディは考える。
月の精霊力を宿していると、薬草師の女性は言っていた。
ならば、月の精霊なら何か知っているんじゃないだろうか。
「心当たりは?」
「‥‥うーん。あるような、ないような」
思い出せそうで思い出せない、そんな感覚に苛まれつつ、思案を巡らす。
すると、そんなルディに向けて、リタがパタパタと羽を動かしてみせた。
何からの意思表示――――
「リタも手伝ってくれるの?」
「‥‥ん」
リタはコクリと頷き、再びリーナの寝顔に目を向ける。
まるで姉妹のような二人。
そんな、シフール施療院の第一号患者『達』の姿を、ルディはじっと眺めていた。
Chapitre 8. 〜光を求めて〜
●リプレイ本文
澄み切った空に揺蕩う陽光が、シフール施療院『フルール・ド・シフール』を優しく包み込む。
その光を背に、ルディとヘンゼル・アインシュタインは、集合した冒険者達に現在の状況を伝えた。
「月読草に関しては、月の精霊が何か知ってるかもしれないんだけど‥‥心当たりある?」
その問いに、ラテリカ・ラートベル(ea1641)が挙手する。
「ララディ?」
「そです。ヘンゼルさんとリタちゃんが住んでたセナールの森の洞窟に、お住まいになってるですよ」
比較的大人しい月の精霊の中でも、ララディは特に他種族に対して好意的な精霊として知られている。
加えて――――
「色んな事をいっぱいご存知の方ですもの。月読草についても、ご存知かも知れませんです」
ラテリカの言う通り、数々の冒険譚を聞いているララディは、基本的に博識だ。
そのララディが棲むセナールの森には、リディエール・アンティロープ(eb5977)、エルディン・アトワイト(ec0290)、レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)の三人も幾度か足を踏み入れている。
また、ユリゼ・ファルアート(ea3502)も、ルディの友人の卒業式の際に来訪していた。
つまり、全員が地理をある程度把握している。
「と、なると‥‥誰が行きましょうか。ララディと面識のあるラテリカ殿は確定として、後は‥‥」
「宜しければ、私も御一緒させて下さい」
顎に手を当てて首を傾けていたエルディンに、リディエールが静かに挙手する。
「ラテリカ殿、異存は?」
「ふふー、勿論ないですよ。リディエールさん、よろしくです」
「こちらこそ。ララディは確か、冒険譚を好んでいましたね。自分のこれまでの経験を整理しておきましょう」
ララディとの邂逅に想いを馳せ、リディエールはたおやかに微笑んでいた。
「では、わたくしたちは女性スタッフ様を見つける事に尽力致しますわ」
「そうですね。女性シフールを効率よく見つける方法を考えておきましょう」
レリアンナとエルディンの役割も決まった。
そして――――
「ユリゼ君は、悪いけど僕を手伝ってくれない?」
突然、ヘンゼルが申し出る。
「リディエール君が考えてくれた軟膏の材料を大量確保出来そうなんだ。その配合とか、ちょっと一人では大変なんでね」
「あ、うん。それは構わないけど‥‥」
「勿論、月読草が見つかったら、そっちに集中して貰う」
「それなら問題なし。任せといて」
ユリゼの役割も決定し、冒険者達は各々の準備を始めた。
その途中、扉を控えめに叩く音が聞こえてくる。
「すいません、リディエールさんはこちらに‥‥」
そこにはミカエル・テルセーロの姿があった。
「あ、リディーさん」
「ミカエルさん。来てくれたんですか」
「近くに寄ったもので」
柔らかく微笑み合う。
開院前夜祭の折、施療院に贈られた敷布を作成した事もあるミカエルは、この施療院に関わっている複数の冒険者とも顔見知り。
その為、慰問に訪れたのだ。
ルディは改めて敷布の御礼を言い、その後ミカエルを交え、全員で暫し歓談に花を咲かせた。
そして――――
「それに致しましても、まるで皆さん、女性のようなお顔立ちでいらして‥‥こほん、いえ、何でもありませんわ」
他愛もない話題で始まったその歓談は、レリアンナのそんな一言で様相を変える。
リディエール、エルディン、ミカエルの三人は、同時に顔を見合わせ、同時に苦笑した。
「そう言えば、確かに綺麗どころが揃ったって感じよね」
「皆さん、ラテリカよりキラキラしてて、お美しいですよー」
他の女性二人もじーっと三人の容姿を眺める。
「そんな事ありませんよ。本物の女性の華やかさにはとても適いません」
「僕はそんな、美しくなんてありませんから」
リディエールとミカエルが困り顔で否定する中、エルディンは思案顔で何かを考えていた。
「‥‥この際、シフールのスタッフも、女性みたいな男性で」
「わああっ! 良くないよ! ダメダメ!」
エルディンの呟きに、ルディが手をバッテンにして全力で首を振る。
「冗談ですよ。ただ、それくらい範囲を広げないと、ちょっと難しいのでは‥‥と思いまして」
エルディンはその件でずっと悩んでいたらしい。
「それなら、こう言う時こそシフール飛脚の情報網を頼ってみては?」
「あ、それ良いかも」
リディエールの発案に、ユリゼも相槌を打つ。
当のエルディンは、思わず握手を求めていた。
「それで行きましょう。いや、これで光明が見えてきました」
「それなら、僕も少し伝がありますから、手紙でも書いておきますね」
「わたくしは、知り合いの宿屋や酒場、村といった所を訪れてみますわ」
ミカエルとレリアンナの言葉で、方針はほぼ決定した。
その様子を見守っていたルディは、心底安堵した様子で大きく息を吐く。
「‥‥勘弁してよエルディンさん〜。患者さんにどう説明するか、本気で考えたよ」
実際、女性と思っていたスタッフが男性だった――――なんて事、とてもフォローは出来ないだろう。
「そう言った苦労も院長の役目ですよ」
「い、いんちょう〜?」
「そうだね。君が発端となった施療院なんだから、君が院長だ」
半ばからかい気味のエルディンの発言に、ヘンゼルが乗る。
「あら、こんな所で就任式?」
「ふふ、お目出度いですね」
「ルディさん、就任おめでとですよー」
「これからはわたくしたちも、そう呼ばなくてはなりませんわね」
ユリゼ、リディエール、ラテリカ、レリアンナも、順に乗る。
「え? え? え? えーっ!? 嘘!」
こうして、ルディは施療院の院長(?)となった。
翌日、朝。
シフール施療院に、早速一人の患者が訪れた。
「わあわあ!」
「落ち着いて。大丈夫だから」
いきなり慌てるルディをユリゼが落ち着かせ、患者をヘンゼルの下へと案内する。
そのシフールは、飛脚の一員だった。
昨日の夜、郵送の途中に木の枝で足を切ったらしい。
「ルディ、シフール専用治療道具一式を」
「は、はい!」
慌てて飛び回るルディに、ユリゼは苦笑を隠せない。
尤も、患者も深刻な症状と言う訳ではないので、これくらいの方が空気も重くならず、丁度良い。
「化膿もしてないし、縫うほどの深さでもないね。消毒して、この軟膏を塗って、その上から布を巻いておこう」
と言う訳で、ユリゼが予めクリエイトウォーター&レミエラで作っていたお酒で消毒。
最後に診断書を書き、外来一号の患者の治療は無事終了した。
「いやー、こんなにちゃんと治療して貰えたの初めてっす!」
患者のシフールは感激しつつ、シフール専用の出入り口から空へと飛び立った。
「き、緊張した〜」
空中で項垂れるルディの背中を、ヘンゼルが軽く叩いた。
「お疲れ。何事もなくて良かったよ。ユリゼ君もお酒、ありがとう。気を利かせてくれたんだね」
「何かの役に立てばと思ってたけど‥‥意外と早く使う事になって吃驚」
シフールの治療と言う事で、使用量はかなり少ない。ユリゼが作ったお酒は、今後も暫く色々な事に利用出来そうだ。
「それじゃ、この調子で宜しく。ユリゼ君は午後からは研究だったっけ?」
「って言うほど大袈裟なものじゃないけど。前にちょっと、エリクシールを作っていた廃修道院と関わってた事があって――――」
二年ほど前、ユリゼはとある依頼で薬草の宝庫とも言える修道院を訪れた事があった。
そこでは、昔エリクシールを作っていたらしい。
エリクシールと言えば、どんな症状も全て癒してくれると言う、伝説の薬品。
尤も、実際には修道院に伝わる薬効の高い薬草酒の事を指していたようだ。
ユリゼはその依頼で、恐らくはエリクシールと呼ばれていた虹色に輝く不思議な薬と出会った。
その完全な作り方こそわからなかったが、成分として『朝露』を使用している事は明らかだった。
何らかの魔力を含んでいるとされる朝露。
それを、月読草の素材利用に使えないか、とユリゼは考えていた。
リーナを苦しめている、忌々しい草。
だが、製法さえ確立させれば、今後の施療院に役立つ治療薬となる可能性は十分ある。
窓の外を見つめるユリゼの目には、そんな薬草師としての探究心と責任感が宿っていた。
「‥‥リディエールさん?」
同時刻――――セナールの森。
汗血馬アランの雄々しい背中に跨るラテリカは、話しかけても反応のないリディエールに再度声をかける。
若干の間の後、リディエールは微かに目を見開き、少し驚いた様子で振り向く。リディエールはペガサスのシルヴァリに乗り、ラテリカと並行していた。
「あ‥‥すいません。考え事をしていたもので」
「だいじょぶですよー。えと、もちょっとでララディさんのお家に着くですね」
ラテリカの言葉に、リディエールは微笑を返す。
早朝、ラテリカがリタに話を聞いてみた所、リタも何度かララディを見かけた事があるらしい。
流石に話しかける事は出来なかったようだが、少なくとも二ヶ月前までは、まだ森にいたとの事だ。
『お話、ありがとございますです。リーナさんのこと、お願いしますですね』
ラテリカとリディエールは、リタの小さな掌に見送られ、出発していた。
後は、運とタイミングのみ。
「お留守でしたら、テレパシーでお呼びするか、歌をお届けしてみるですよ」
「心強いです。歌は協力しますね」
そんなやり取りから、およそ十分後。
二人はララディの住む洞窟の入り口に到着した。
川のせせらぎが耳に優しいその洞窟の最も奥に――――ララディはいた。
身体の至る所に、傷を負って。
『ララディさん!?』
狼狽するラテリカが慌てて駆け寄る中、リディエールはインフラビジョンを唱えて周囲を警戒する。
天井の辺りに多数見られる赤い光は、恐らく蝙蝠。それ以外の気配はない。
『貴女は‥‥ラテリカ様。お久し振りですね』
『はわ‥‥』
テレパシーで聞こえる声に、弱々しさはない。
しかしその禍々しくも立派な羽は至る所が痛んでおり、頭から尻尾に至るまでの胴体は、所々切り傷が露見している。
『えと、えと‥‥ポーションが鞄の中に‥‥』
「これを試してみて下さい」
ラテリカが慌てながら鞄を開ける――――前に、リディエールが『それ』を差し出す。
小さな貝殻に詰められている、治療用の軟膏だ。
巨大なララディには、ポーションでは回復に時間が掛かるかもしれない。
ならば、患部に直接塗る軟膏の方が、効果は高い――――リディエールはそう判断していた。
『この薬は、まだその効能が数多の使用者によって証明されている訳ではありません。ですが、どうか私を信じて、使わせて下さい』
そして、テレパシーのスクロールで請う。
治療する側が『治してやる』と言う姿勢では、医療は成り立たない。
医術は、常に患者がある種『試験体』となって来たからこそ、発展して来たのだ。
無論、それは治療する側に該当する薬草師にとって、常に心に留めて置くべき事。
ララディを見つめるリディエールの目には、そんな薬草師としての誠実さと矜持が宿っていた。
『わかりました。お願い致します』
その目を見たララディは、大きな逡巡もない様子で、蛇の頭をコクリと前に傾けた。
翌日、夜――――宿屋『ヴィオレ』一階。
「なーにー? 久し振りに来てくれたと思ったら、泊まるんじゃなくて人探し?」
「も、申し訳ありませんわ。もしパリで一泊する必要がある場合は、改めて‥‥」
「あはは、冗談だって。良く来てくれたねっ」
レリアンナの引きつった顔の頬を、『ヴィオレ』の娘カタリーナ・メルカは楽しげに指で叩く。
この宿は、かつてルディが活動の拠点としていたので、初期からのメンバーにとっては馴染みの場所だった。
その為、話は円滑に進み、レリアンナはカタリーナと共に二階へと向かう。
何故なら、そこの一室に女性シフールが泊まっているからだ。
昨日、最早拠点の一つとなりつつあるパストラルを訪れたレリアンナは、そこで一日中女性シフールを探していた。
そして、今日はこの宿屋をはじめとしたパリで、引き続きスカウトを試みている。
女性シフールと言う、かなり限られた種族の中から、更に施療院スタッフにふさわしい人材を探すとなると、それはかなり困難を極める。
それでもレリアンナは、シフール共通語や礼儀作法などの持てる能力全てを注ぎ込み、誠心誠意を尽くし、昨日は三人のシフールに話を聞いて貰っていた。
結果、条件に見合わない性格二名、丁重なるお断り一名。
流石に一日でどうにかなる問題ではない。
それでも、三人目に期待を馳せ、レリアンナは部屋の扉をノックし、中に入った。
「あ、言い忘れてたけど‥‥さっきエルディンさんも来てね」
「ノルマンではシフールは少数派である為、満足な医療が受けられない状態です。当施療院はそんなシフールの為に設立されました。是非とも、貴女の力を貸して頂きたい」
口説いていた。極上の聖職者スマイルで。
「ご、ごめんなさい。私にそんな重荷‥‥耐えられない!」
しかし、シフールは窓から逃げ出した!
「‥‥ふふ。お見苦しい所を見られてしまいましたね」
乾いた笑みでそれを見送り、エルディンはゆっくりと視線を窓から扉の方に移す。
「飛脚の皆さんに情報提供して頂き、ここ二日で五人のシフールに声を掛けたのですが‥‥」
快諾、保留共にゼロ。影の差す顔が雄弁に語っていた。
「いささか、自信喪失気味です」
「わたくしも同じですわ。思っていた以上に難題なのかもしれませんわね」
社会の抱える問題や福利厚生の充実を訴えても、中々成果は得られていない。
シフール自身に危機感が少ないのかもしれないし、逆に大き過ぎるのかもしれない。
そもそも、条件自体がかなり厳しいのだ。
まず、職のないシフールである事。
職がある場合は、転職をして貰う必要がある事。
更に、エルディンとレリアンナが各自抱いている『有望なスタッフ』の条件を兼ね備えている事。
エルディンは『優しい』、『面倒見が良い』、『度胸がある』、『社交的である』と言った点を、レリアンナは『力強い母性を備えた女性』と言う条件を挙げており、当然そこから逸脱したシフールは見送りとなる。
加えて、施療院の性質上、『口が堅い』と言うのが絶対条件だ。患者の様態をペラペラ周囲に喋って貰っては困る。
とは言え、それはシフールの持つ『奔放で噂好き』と言う元来の性質とはかけ離れているのだ。
そう簡単には見つからない。
「とは言え、ここは妥協の出来ない点ですからね。どうしましょうか」
「まだ時間はありますわ。手分けして、一人でも多くの方にお話を聞いて頂くしか‥‥」
「ですね。私も教会を当たってみましょう。飛脚の方々にも、もう一度話を聞いてみます」
「あ、飛脚って言えば」
苦悩する二人の傍らで、カタリーナが何かを思い出したらしく、掌に印を押す仕草を見せる。
「偶に手紙届けに来てた飛脚の娘‥‥ワンダちゃんだっけ、何か飛脚の仕事辞めるかもって言ってたよ」
その言葉に、聖職者の二人はほぼ同時にキラキラな『聖職者スマイル』をカタリーナに向けた。
翌日。
ラテリカ、ユリゼ、リディエールの三人は、ラテリカの案内の元、ラフェクレールの森を訪れていた。
冒険者達の眼前には、先日発見されたばかりの『月の紋様が刻まれた祠』がある。
三人がここを訪れたのは、ララディの助言を受けての事。
月精龍ララディは――――全てとはいかなかったが――――月読草の事を知っていた。
『月読草は、月の精霊を奉る場所に群生すると言われています』
その言を踏まえ、検討した結果、ラテリカの知るこの場所が候補の一つに挙がったのだ。
ただ、外見の大きな特徴はララディにもわからないとの事。
月読草と言う名前に由来する特徴がある、と言う助言に留まった。
尤も、これまで全く手がかりがなく、リディエールが写本等で調べても出て来なかった事を考えれば、大きな前進だ。
「とは言ったものの‥‥」
ユリゼは唇に指を当てつつ、祠の周囲を見渡す。
実に多種に渡る雑草や野花が生い茂っていて、その一つ一つを区別するのはかなり難しい。
とは言え、植物知識に長けたラテリカを含め、この三名で取り組めば、出来ない事はないだろう。
だが、もし月読草の外見が他の野草のどれかと全く同じだった場合は、無意味な作業となってしまう。
大きな特徴がない事には、例え消去法でも特定は出来ないのだ。
「やはりここは、月に関連する何か、と考えるべきでしょうね」
リディエールの言葉に、他の二人も頷く。
「月を読む草ですから‥‥草が音を発したり、魔法発動したりするでしょか」
「光ったり、花を咲かせたりするかもしれませんね」
ラテリカとリディエールの言葉に、ユリゼが頷く。
「可能性はあるかもね。ラテリカちゃん、月の精霊魔法をこの一帯に使ってみて」
「わかりましたですよー」
と言う訳で、ラテリカはまずテレパシーを使用してみる――――が、効果なし。
その後、ムーンフィールドやムーンアローなどの月を冠とした魔法や、ファンタズムなど、様々な月魔法を使ってみたが、やはり同じ結果だった。
「どうやら、魔法ではないようですね。やはり月が出ている事が条件である可能性が高いと思います」
リディエールは思案顔で祠の傍に屈み込み、土を手に取って見る。こちらも変化はなかった。
「よし、やっぱり夜にもう一度来てみましょう。今度はフロージュを連れて」
「ラテリカもクロシュを連れて来るですよ。月夜になってくれるでしょか」
空を見上げる。
その空には、幾重もの雲が漂っていた。
同時刻。
「シフールでありながら、飛びたくても飛べない子、長く生きられずとも健気に生きる子‥‥少なからず存在しているのが現状です」
エルディンの肩に留まるシフールは、その言葉に真摯に耳を傾けていた。
「そんな彼らに、空を飛ぶ喜びや、生き生きした笑顔を与えてみたいと、我々は願っています。そしてその気持ちは、貴女も直に感じてくれていると信じています」
「うん。感じてたよ、ずっと」
シフールは、小さな顔で首肯し、エルディンと共に施療院の扉を潜った。
「ワンダ!」
待っていたルディが、抱き付くような勢いで飛んでくる。
「ルディ院長。院長たる者、毅然としていなければ」
「う‥‥はーい」
自身の言葉とルディの反応に思わず苦笑しそうになり、エルディンは顔を傾ける。
その肩から、ワンダがすっと飛び降り、ルディのすぐ目に前で留まった。
「飛脚の仕事、遣り甲斐はあったけど‥‥続けられなくなったの」
「どうして?」
「ちょっと、身体がね。病気じゃないんだけど」
昨年夏、ワンダは大きなミスをしてしまった。手紙を落としたのだ。
その原因は二つ。
一つは、暑さに弱く、頭がボーっとした事。
もう一つは、高速飛行の際に一変する性格によるもの。
いずれも、飛脚としてやって行く上では不安を抱える問題だ。
「だから、結構前から室内で出来るお仕事探してたんだ。でも、シフールって中々そう言う仕事ないから。それで、エルディンさんからお話を聞いて」
「うん」
ルディは既に決めているようだ。エルディンに対し、小さく頷いてみせた。
しかし、顔見知りだからこそ、形式はキチンと。
「それでは、面接を行いましょう。事務室へどうぞ」。
そこには、ヘンゼルとレリアンナが居た。
ルディとエルディンも二人の両脇に腰掛け、体裁を整える。
「それでは、これから面接を行いますわ」
レリアンナ先導の元――――ワンダ・ミドガルズオルムの面接が始まった。
夜。
「‥‥どでしょか。違い、あるですか?」
ラテリカがランタンを掲げる中、リディエールとユリゼは思案顔のままじっと祠の周りを観察する。
上空には綺麗な月。もし月光に反応するのなら、これ以上ない条件だ。
「魔法を発動している場所はないですね」
「光っている所もないみたい」
リディエールとユリゼの視界の中に、劇的な反応は見つからない。
フロージュの巨体と、クロシュの小さな体が、それぞれの特色を活かし、背の高い木々を探すも、結果は同じ。
後は、小さな変化――――昼間との違いをどれだけ見分けられるか。
月が明確に見え初めて一時間、中々それは見えてこない。
――――ここにはない?
三人の脳裏を、そんな結論が過ぎったその時。
「!」
ユリゼとリディエールが、同時に一つの葉を注視する。
月に向けて、控えめに小さい白い花を咲かせているその植物達。
二人は葉を何度も触り、匂い、その特徴を確認していた。
そして、同時に頷き合う。
「はわ‥‥もしかして‥‥」
ランタンを掲げるラテリカが期待に満ちた顔をする中、ユリゼとリディエールは同時に頷いた。
「ビューグラスにそっくりだけど、ビューグラスは五弁花の筈」
「これは‥‥四弁花ですね。このような花、昼間はありませんでした」
月を覘く『幻の薬草』、月読草。
薬草師二人は、眼前の花がそれであると確信し、同時に破顔した。
翌日。
「この度は、大変お世話になりました」
「改めて御礼を申し上げますわ」
レリアンナとエルディンは、ワンダと共に飛脚ギルドに挨拶を行いに赴いていた。
表向きは、人材の紹介の御礼。
実際には、結果的に引き抜きとなってしまった事に対してのフォローだ。
これを怠ると、折角の飛脚との関係がギクシャクしてしまう。
とは言え、元々ワンダが辞意を伝えていた事もあり、特に摩擦は無く、飛脚の代表の表情は終始穏やかだった。
「寧ろ、配置転換だと私は受け止めています」
「そう仰って頂けると、こちらと致しましても有難い限りですわ」
レリアンナの聖職者スマイルに、代表のシフールはうんうんと頷く。
「ありがとうございます。飛脚のお仕事、とっても楽しかったです」
「これからは、その情熱を患者に向けてあげなさい」
「はい!」
こうして、ワンダは無事施療院のスタッフの一員となった。
その後も、施療院の未来、現在のシフールの立場など、様々な話題が行き交う。
そんな中――――
「施療院は、私の夢と似ているのですよ」
エルディンは、自身の描く夢を少しだけ語った。
それは、ハーフエルフの地位向上。
現在の立場とは決して相容れないその思想だが、エルディンの胸には常に、迫害を受ける彼らの姿がある。
シフールの医療問題以上に、根の深い問題だ。
社会、そして歴史。
それは、個人のちっぽけな力でどうにか出来る範疇ではないのかもしれない。
だが――――
「逆境に立ち向かって前に進むルディ殿の小さな背中を見ていると、例えちっぽけな存在でも、いつか必ず‥‥そう思えるのですよ」
エルディンの言葉に、レリアンナが頷く。
「何もない所から施療院を作りましたその院長様の思いがあったからこそ、その夢を実現させようと、沢山の方々が集ったのだと思いますわ」
だからこそ、自分もここにこうして在る。
夢を照らす光のひとつとなって。
「その為にも、あの御二方には頑張って貰わないといけませんわね」
レリアンナの言葉は、施療院建設の目的の達成を担う、薬草師二人に向けられたものだった。
リーナの解毒は、非常に難しい問題だった。
と言うのも、月読草の成分を全く把握していない状態で解毒剤を作ると、相互作用によって効果が消えたり、悪影響が生まれる可能性があるからだ。
だからこそ、現物の入手が必要だった。
また、植物学上の分類から、既存の毒と同じ成分があるかどうかの判別も出来る。
現存の知識を総動員し、リディエールは解毒の方法を徹夜で探っていた。
今のリーナの症状は、原因不明の昏睡状態。
月読草の性質上、魔法「スリープ」を恒常的に体内で発動させている可能性がある。
ただ、それをニュートラルマジックで解除しても、体内でスリープを発動している成分が消えない限り、意味は無い。
月読草のどんな成分がその原因となっているかを突き止める必要がある。
「‥‥やっとわかりましたよ」
髪の艶が消える程に長時間集中していたリディエールは、ディアン・ケヒトの書の一節に、その答えを見つけた。
その本に月読草自体の解説は無い。
だが、本の中に記述してある『効能を体内で持続させる成分』と『他の成分の吸収と消化を妨げる成分』を含有した毒草の例を、それぞれに見つける事ができた。
重要なのは、共に合弁花を持つ薬草であった事。
植物の種類と症状が一致した事で、リディエールは確信を得た。
後は、それぞれの毒草に利く薬草をそれぞれ入手するのみ。それは難しい事ではなかった。
一方、ユリゼは――――
「‥‥よし」
事前に集めていた夜露で満たした容器に、月読草をゆっくり浸していた。
この月読草――――花を咲かせている状態だと、その葉からは副作用が消えるようなのだ。
月魔法の効能があると言う事だが、もしその効能だけを発揮できるのなら、施療院で利用できるかもしれない。
例えば、睡眠薬。
例えば、麻酔。
悪夢を見る人の為の薬にもできるだろう。
しかし、花は月が沈むと同時に消える。
、薬として利用するには、花が付いた状態を維持する必要がある。
その試験として、まず朝露で同じ事を試したが、花は消えていた。
夜露と朝露にどれほどの違いがあるのか、ユリゼもわかってはいない。
月の精霊力にばかり偏っている点にも、疑問の余地はある。
だが、あらゆる可能性を模索するのが、薬草師の務めだ。
月の消える朝方、その答えは出る。
けれど、今はまだその時ではない。
「長い夜になりそうね‥‥」
ユリゼは、星空の中でも一際輝くその光に目を向けた。
月がくれるは、ひと時の安らぎ。
ささやかな、明日への希望。
『月は生きてく為の、つよい、つよい力をくれるですよ。だから‥‥』
、だから――――きっと、何もかもが上手くいく。
その願いを込め、ラテリカは歌った。
洞窟に響くその歌声を、ララディは傷の癒えた身体で静かに聴いている。
報告がてら予後を心配し、この場所を再度訪れたラテリカにとって、何よりの朗報。
歌にも自然と気持ちが乗る。
そして、歌い終えた後――――ララディは拍手するかのように、何度も羽を動かした。
『とても暖かい歌声でした。きっと、眠りに付いているリーナ様にも届きますよ』
『えへへ、ありがとございますです』
ラテリカは照れながら笑い、竪琴を仕舞う。
明日はワンダの歓迎会。早めに戻って準備を手伝わないといけない。
『悲しいですけれど、この辺りに悪意‥‥みたいなものが、漂ってる気持ちがしますです。お気を付けてください』
ララディを襲った存在に、ラテリカは微かな心当たりがある。
尤も、それが正解と言う確証はない。ララディにしても、突然の事で、相手を確認する前に逃げたようだ。
その為、抽象的な助言にならざるを得なかった。
だが、それがいずれララディにとって大きな一助となるのだが――――それはまた、別の話。
『わかりました。リディエール様にも、御礼をお伝え下さいませ』
ラテリカは頷き、洞窟の前で待機していたアランの背中に乗った。
「シフール施療院『フルール・ド・シフール』へようこそ!」
依頼最終日。
既に日が暮れ、患者が訪れなくなった時間を見計らい、冒険者達はワンダの歓迎会を開いた。
同時に、これまでの活動の慰労会でもある。
ユリゼはここ数日の研究の成果を、全てリディエールとルディに委託した。
「‥‥お願いね」
人を害するなく、悪用される事なく在り続けられる様に。
そんな願いが込められた――――月読草の副作用除去の方法を明記した書類を、二人は確かに受け取った。
「ありがと。ユリゼさんがいてくれて、本当に良かったよ」
「御礼なら、リーナちゃんが目覚めてから、ね?」
ユリゼは片目を瞑りながら、そう答えた。
その傍らでは、ワンダがクロシュやウンディーネのルサールカと共に、ダンスのようなものを披露している。
更にラテリカがその動きに合わせ、軽快にフルートを吹く。
「とてもお上手ですわ」
レリアンナは手を叩いて、その光景に魅入っていた。
「リタ、貴女も混ざってみては?」
「‥‥やー」
それを遠巻きに見ていたリタは、笑顔で促すエルディンの肩を離れ、ぴゅーっと部屋を出て行く。
その様子に、ヘンゼルは苦笑していた。
「また、あの部屋かな」
それは、『とまりぎの部屋』。
そこで眠るリーナには、既にリディエールの手によって作られた解毒剤を与えている。
後は、経過を待つのみ。
「そーれ! らったったー!」
「たった〜」
ダンスは佳境を迎え、ワンダの激しい動きに付いていけず、妖精達がクルクル目を回している。
冒険者達は、その様子を皆笑顔で眺めていた。
緩やかに流れる、楽しい一時。
それは、いつか終わりを迎えるかもしれない。
でも、もう少し。
誰もが、そう願っていた。
――――もう少しだけ、夢を
リーナ・セバスチャンは、そう願っていた。
自身の現実は、余りに過酷だ。
ならば、少しでも長く夢を見ていたい。
飛べる自分の在る、この世界にいたい。
そう、願っていた。
しかし、ある日ふと気付いた。
その世界には、温度が無かった。
感触が無かった。
自分が生きている実感すら、無かった。
虚無の翼は、自覚と同時に消え失せた。
その夢は、幻想でしかなったのだ。
大空を駆けていたリーナの身体は、瞬く間に落ちて行く。
結局、自分はこうなのだと、リーナは目を瞑った。
そう。
飛べないシフールに、未来はない――――
『‥‥めっ』
御叱正。
その声は、リーナのものではなかった。
そして、光がその身体を包む。
余りの眩しさに、リーナは瞑った目を思わず――――
「え‥‥?」
思わず見開いた目には、自分より一回り小さいシフールの、小首を傾げる姿があった。