●リプレイ本文
●賢者のタロット
出発の朝は清々しいほどの晴れだった。
そして、シャリオラ・ハイアット(eb5076)は不機嫌だった。
理由は色々というより一つしかないが、あえてここで言うのを避けよう。そのシャリオラを見守る謎の人。
(シャリオラ・・・・)
「貴殿は何者だ?」
柳の見送りにやってきたキドナスは、その怪しい仮面の男を見つけた。
「名乗るようなものではない」
「そうか、よく分からないが頑張ってくれ」
不審を感じつつも去っていくキドナス。
でも、仮面をかぶって家の陰から見送るくらいなら、最初から堂々と登場したほうが多分妹さんも喜びますよデュランお兄様、何か出れない理由が? ということで、ハイアット兄姉の今後も密かに期待しつつ本編に進むことにしましょう。
シシルフィアリス・ウィゼア(ea2970)と所所楽柳(eb2918)は、依頼人であるリュミエールに幾つかの疑問点を質問していた。
「リュミエールさん? この記述を見る限りでは、あの遺跡にはアンデッドやデビルの存在が示唆されている気がします。加えて、悪夢、幻影などの内容から月魔法が関わっている気もするのですが」
「シシルさんだっけ? いいとこ突いてるね。俺もそう思う。だから、あんたたちを雇ったわけだ。一人で行ったところで、死者の仲間入りするだけのような気もするしね」
リュミエールは、明るく返す。
「それなら、同行する手段もあるような気もするけれど」
柳の問いに、リュミエールは答える。
「はじめそれも考えたのだけど足手まといになるだろ。成りはこんな感じだが、俺は生粋の学者だぜ。調査の内容によって、探索すると決まったら同行する必要もあるかも知れない。だが、今回はあんたたちに頼むよ」
「それなら、仕方が無いね。もしデビルがいるとして、どんな奴がいるのだろうか?」
「やっぱりガーゴイルあたりが適当だと思うぞ。詳しいことはよく分からないけれど、低級のなら他にもいるかもしれないけどな」
柳が頷いたのを見ると、シシルは言った。
「分かりました。なるべく詳細な記録を残してこようと思います」
「見た感じ、シシルさんが、そういうのは適任そうだな。そこらは宜しく頼む。記録に必要な資材は俺のほうで多少用意したから、足りない時は利用してくれよな」
こうして、二人もキエフを出発した。
冒険者たちを見送った後。リュミエールは趣味である占いを何気なく始める、スートの群れ、形を成していくカードたち。彼女はその中から一枚のカードを引く。
「愚者か、俺が一番嫌いなカードだな。自由、全ての解放、責任からの逃避、無限の未来、夢想、示すのは風。まあ、悪いカードではないけどな」
そうこぼす彼女をカードの中に住む気まぐれな旅人が見返していた。
●地下迷宮
村に到着、遺跡に終結した冒険者たち。調査・探索を前に結束と意気が上がると思いきや・・・・。
「そこのロイ・ファクト(eb5887)さんは、こっち。油断も隙もない」
「シャ、シャリオラさん・・・・」
シャリオラはロイを強引にエリヴィラ・アルトゥール(eb6853)から離す、エリヴィラはその様子に戸惑っている。
(私の目が黒いうちは、ラヴラヴごっこなんてさせるか!)
シャリオラは熱い、よっぽどくやしいのだろうか。というより目の色は碧色のような気もしないでもないが。
「俺は別に。好きにしろ」
そっけないロイ、女心を知りましょう。エリヴィラが寂しそう。
「うーん。今日もいい天気だね」
その横で背伸びしているのは・・・・ついに来たか、新まるごと。太陽よりも誇り高きその名は「ま・ん・げ・つ」ジュラ・オ・コネル(eb5763)の新作ファッションは、まるごとまんげつだ。彼女の奇抜な姿には、皆呆れてる。ではなくて、見慣れている。
って、一人慣れていない人がいたような。
「わー、まんまる。まんまる」
満月を見た、ルンルン・フレール(eb5885)は楽しそうだ。 違和感なく溶け込んでいる。ちなみに、あ、熊の門ではないようである。おじさんの言葉は疑ってかかろう、どこかの中年とか。
「全く、毎度の事だけど可笑しい人たちね」
アーデルハイト・シュトラウス(eb5856)は、独特の言い回しをするお嬢さんである。このパーティーの中では良識派に属すると見ているが、実際はどうなのだろう。たまに手厳しいアクションをするので、存在感も結構ある。次は誰が彼女の張り手の餌食になるのか楽しみだ。
ということで、パーティーの面子はこれで全部・・・・ではない。
まだ二人がいたような気もする。それではその二人を略歴を。
シシルフィアリス・ウィゼアは、大人しそうなイメージをもちつつ妄想大好きな外見少女である。名前が長いため、よくシシルで統一される。ロイ&エリヴィラのカップリングに貢献? した影の立役者の一人だ。
所所楽柳は、少し前にジャパンからやって来た炎の楽士。彼女もまたロイ&エリヴィラのカップリングに貢献したものの一人。というより柳の活躍で二人は進展したともいえる、ついでに仲人も宜しく。
分かりましたかルンルン? エリヴィラとロイはどうやら付き合っているようだ。好き放題いじってあげてよし。一通り終わり。
それでは早速調査に行こう。
静けさと暗闇が包む。
足音だけが耳に返る。下る階段が終わると、広い通路に出た。石造りの壁に囲まれた空間にはひんやりとした冷たい空気がどこからか流れこんでいる。
通路の幅は標準的な人の大人三人が両手を広げたほど、余裕をもって並んで歩くには二人がいいところだろう。だが、高さはかなりあるせいか、それほど狭さは感じない。
その静けさの中で光る怪しげな物体は。
輝くまんげつ。
ジュラ着用のまるごとまんげつがランタンと柳連れてきた光の精霊メイフェの光を反射して、神々しい光であたりを明るく照らしている。ってまんげつにそんな効果があるのだろうか? いや、そんな感じがするということで目の錯覚かもしれないが、とりあえずジュラは光輝いている。なんとなく変。いや、かなりアレだが・・・・。
さて、今回の隊列はそのジュラの提案により。
↑
前
ルンルン
ロイ・シャリオラ・エリヴィラ
シシル・アーデルハイト
ジュラ・所所楽
・・・・あれ、違う。
↑
前
ルンルン
ロイ・エリヴィラ・アーデルハイト
シシル・シャリオラ
ジュラ・所所楽
これこれ、きっと最初のはシャリオラの想念混じりだろう。
こんな感じの布陣で進んでいる。少し進むと道が二手に分かれていた。どちらも同じような雰囲気と形であり、別段違いは感じない。
「どっちにいこうかな? 私はどっちでもがいいと思います!」
ルンルンは、笑顔で責任回避をする。仲間たちも色々話し合っていたが、最後に口を開いたのは。
「左。別に根拠はないわ」
アーデルハイトだった。
「じゃ、あたしもそれでいいと思います」
「私もOKです」
「俺はどちらでもいい」
「僕もいいや」
「拙者も」
「よろしくてよ」
・・・・変な声がしたのは気のせいだろうか、多分空耳だ。最近色々と疲れているのかもしれない。アーデルハイトの言葉に頷く面々。根拠は無いのだが良いのだろうか? とりあえずパーティーは左に進むことになった。
さて、今回の目的は調査ということで、シシルは先ほどから重要と思われる文字や壁画などを入念にスケッチ、道筋などについてもマッピングを行っている。
シシルは絵が上手い、それで食べていけるほどの腕だ。この非文化的? な戦闘パーティーの中では、なかなかの文化人である。ジュラはジュラでサーカスの道化師をさせるのがぴったりの気もするが、それはまた違う話だ。
そしてパーティーは警戒と調査を続けつつ道を進む。しばらく進むと大きめの玄室に出る。部屋の内部はぼんやりとした視認できないが、かなり広い部屋のようである。その玄室に入ったパーティー。
耳を凝らした柳に風の音に混じって、呻くような声も聞こえてくる。
「聞こえる」
「?? 僕には何も聞こえないけど」
訝しげなジュラに、柳は言った。
「前、そして後ろ?」
前は足音、しかし後ろは違う、空気を擦って移動するそれは。
「何かいる!」
ぼんやりとしたおぼろげな影。
柳の声へ振り返るよりも早く、その影は彼女の前にゆらゆらと立ちはだかる。
そして前方からは錆び付いた鎧を軋ませ歩く白骨の戦士が数体。
戦いが始まった。
火の意思に包まれた、女が踊るように炎笛を叩きつける。呻きは恨みを含み響く。
柳は霊体と思しきものにそれぞれ打撃を与える。ジュラはあえて標的となり敵の攻撃を誘う、冷たき手はジュラを狙うが避け続けざまにシャリオラの黒い輝きによる援護攻撃、状況を察したアーデルハイトは走りこみ前ではなく後ろに斬りかかった。
前方ではロイとエリヴィラが白骨の戦士たちを前に剣を抜く、それほど強敵では無い気もする、だが数が多い。
「二人とも下がってください」
シシルはそう言うと前に進み、詠唱を始める。
唱え終わった彼女より放たれるのは、輝く息吹、青白き氷嵐は死した戦士たちを襲う。
滅びさりはしない。が、凍りつきところどころ欠けた敵の姿。エリヴィラとロイも剣を振り上げる。ルンルンもスクロールを片手に氷の輪を指で回し放つ、白骨へ飛んだ輪は見事あたり戻る。
炎が終りを告げた。柳の火焔の笛が終末を吹く、乗った調べを最後に世を儚んで死せるものを滅した。前方の白骨たちとの決着も時間の問題、二人の戦士を前に崩れ落ちていく骨であった。
「ふう、終わった。終わった」
ほっとひと息のジュラにルンルンが好奇心で聞いた。
「素朴な疑問なんですけどー? ジュラさん」
「何?」
「その格好って動きにくくないですか」
「あ、僕はこういうのが仕事着だから、大丈夫」
・・・・そうなの? はじめて見たときは普通の格好だった気もするのだけど。
「やっぱりアンデッドがいましたね」
シシルは予言の解読が当たって、得意満面である。
「シシルさん偉い、偉い」
「そ、そうですか」
エリヴィラに誉められ喜ぶ、シシル。
「シシル嬢は切れ者だね」
「ボーっとしてるだけだと思ったら。やりますね」
シャリオラも一応誉めているようだ。
アーデルハイトも、その説を思い浮かべてはいたが、クールな彼女はあえて何も言わない。それにしてもよく考えると、このパーティーで男はそこのロイだけのような気がする。
(女が集まるとうるさいな)
そう、いっぱいだとうるさい。でも、とりあえずハーレムだから羨ましい。
「そろそろ疲れたわ。今日はここで野営にしましょう」
アーデルハイトの仕切りによって、こうして野営をすることとなったようだ。まあ、お楽しみである、色々と・・・・。
●安らぎ
焚き火。
リュミエールから預かった適当な木材をくべて火を起こし、彼らはぼんやりとした暖かさと明かりの中にいる。
「ロイさん、この前の怪我」
「気にするな、あの程度なんでもない」
ロイを気づかうエリヴィラ、いい感じの二人。このまま二人の世界に・・・・そうはいかないようだ。
「世の中そんなにうまくいくわけないの、予定調和崩し!」
シャリオラがやってきて、無理やり割り込む。なかなか良い小姑根性。
それにしても、テント割りはどうするつもりなのだろうか。エリヴィラとロイが一緒♪ になれるわけも無いだろう、シャリオラがいる。ここはルンルンやらジュラにロイを押し付けるのも楽しそうだ。いや、このさい柳かシシルでドロドロなのも捨てがたい。とりあえずアーデルハイトはユニコーンの乙女なので、論外。・・・・そんな意味の無い妄想をしている場合ではない。
(僕のあげた例の物はどうかな)
柳の言う例の物とは多分、エリヴィラの持つ艶やかな香りのする香木を入れた小さな巾着袋のことだろうか? 男を誘う良い香がするものだ。
ああ見えてエリヴィラも案外積極的らしい。そう、恋する女は無敵、あらゆる意味で。しかし今回はシャリオラ・ハイアットという強敵が存在する。はたして二人はシャリオラの目をかいくぐり、愛の劇場を演じられるのだろうか?
と、いったいこの冒険の目的が何だったのかを忘れかけたところで、新しい出来事が起こる。
まったりとしつつ微妙な空気を破ったのは・・・・。
「人!? あれ・・・・もしかして、エリヴィラお姉ちゃん!」
どこかで見たことがあるようなシルエット、灯りに照らされ現れた人影たち。そこから赤毛の男の子がエリヴィラに駆け寄ってくる。
「アレク君?」
走りよってきた少年はエリヴィラに抱きついた。
「お姉ちゃん! ボク。会いたかった」
アレクという少年は、そう言うと涙目になりながらも笑った。
頷きながら、エリヴィラは何も言わず抱きしめる。
「でも、どうしてこんなところにいるの?」
エリヴィラは、それとなく噛み砕いて事情を説明した。続いて現れた影たちをアレクは紹介する。
「今ね、いっしょに冒険してるんだ、多分知ってる人もいると思うよ」
アレクによって紹介された人物たち、中には旧知の者も数人いる。
「リディアさんに、キールさんも一緒なんですね」
シシルは見知った顔に挨拶をしていた。
「シシル君か、久しぶりだな」
「そうですね。冒険先で会うのはいつぶりでしょうか」
和やかに話し始める彼ら。
「はじめまして、ボク、アレクです。こっちがジル、ちっちゃいのがニーナ」
アレクは少年冒険隊の仲間たちを、皆に紹介している。子供たちの視線がジュラに集まっているのは、秘密である。
「おいらはイルコフスキー」
「セシリアです、はじめまして」
「サイーラよ」
「クロエです。よろしく」
残ったアレクの仲間たちも場に加わる。エリヴィラ側のパーティーも挨拶を交わすと、一同、焚き火を前に歓談しはじめた。
「ね、シャリオラお姉ちゃんどうしたの?」
アレクはシャリオラの危ういオーラをヒシヒシと感じて聞いた。
「アレク君、何をしにきたかは知りませんが、危険なものには絶対に触らないで下さいね」
「うん、分かった。でもお姉ちゃん何かこわい」
「必ずですよ、冒険者は約束を守るものなんです。とにかく許すまじ! ロイ・ファクト」
約束と何の関係があるのだろうか、それを聞いたアレクはシャリオラのほっぺを毛糸のてぶくろでつついた。
「そんなに怒らないで、ロイさんとなかよくしてね」
アレクの仕草にわだかまりが少し解けるシャリオラだった。ちょっとだけね。
「さあ、見るんだお子様たち」
ジュラのまんまる。普通、見ない、見ない。ってニーナに大受け?
「まんまる! まんまる!」
「僕のセンスが分かるんだ、よーしまんまる音頭」
踊りだすジュラ、大喜びのニーナ。
「すごい、グルグルまんげつ、まんげつ!」
それを見てジルが呆れたように溜息をついてる。ただ、アレクは内心喜んでる気もする。あの子は結構好きそうだ。
ジュラの奇行を横目で伺いつつ、アレクはシシルの隣にやってきて話しかけた。
「シシルお姉ちゃん」
「アレク君、元気ですか?」
「うん、シシルお姉ちゃんは、転ばなくなったの」
嬉しそうにシシルの手を握るアレク。
「え、憶えてるんだ」
「だって、かわいかったから」
「そういうこと言わないの」
アレクの真っ直ぐな物言いに、ちょっと照れるシシル。
「ん、シシル嬢と何かあったのかい?」
その様子に柳が興味をもったようだ。
「えーと、お姉ちゃんが転んで。その時のテレてるのが、かわいかった」
「へえ、シシル嬢もなかなかやるね」
「な、なんですか」
「罪作りだな、こんないたいけな少年を」
楽しそうにシシルとアレクを交互に見る柳、なぜか微妙に動揺しているシシル。
「柳さんはエリ&ロイで遊んでればいいんです」
「はいはい、じゃあね」
「??」
二人のやり取りを、何のことか理解していないアレクであった。
その近くで、ジルはルンルンと話している。
「ルンルンさんは、どこの国の出身なんですか?」
「私はイスパニア」
「そうなんですか、俺は、どこの生まれか分からないんですよ。気がついたら旅をしてたから」
なんだか硬さが取れない二人は会話を続ける。
「それより、何か迷宮で気がついたことあるかを聞いてみようかな」
「俺は、特に。でも、この迷宮って複雑というより単純な作りですよね。最初の分かれ道のほかには、とくに迷うようなところもないし」
「そういえば、そんな気も・・・・きっと適当に作ったのかも!」
適当でもダンジョンを作るのは大変な気もしないでもないが、とりあえず迷宮については、たいした進展もないままに、時は過ぎる。
皆が眠り休む時間。
男は一人、焚き火を守っていた。
横のほうで寝袋にくるまり寝息をたてるエリヴィラとシャリオラ。やはりシャリオラの魔の手には勝てなかったらしい。その様子を見てロイはちょっと楽しげでもある。エリヴィラの寝姿を可愛いと思っているのかもしれない。
そんなロイにかけられる声
「ロイさん」
眠い目をこすりつつ起きてきたアレクは、ロイの隣にちょこんと座った。
「起きたのか」
「うん、ロイさんは」
「番だ、火を絶やすわけにはいかない」
「そっか。ね、ロイさん」
「なんだ」
「強さって何なのかな? リディアさんが難しいことを言ってた」
アレクの質問は、とても難解なものだ。ロイ、いや誰にとっても・・・・。
ロイは黙った。何を言うべきか迷ったのもある。だが、自分がその意味を語れるほど 強さを持ち得ているかに突き当たったからだ。悩んだ末、彼はあやふやだが己の中にある答えの一つを語った。
「前に進むこと、その意思を持ち続ける心のことかもしれない」
「転んでもすすむの?」
「それが強さなら」
アレクは、不思議そうな顔している。
「あら、素敵な話ね。私も混ざってもいいかしら」
「好きにするといい」
彼らの向かいに座りアーデルハイトは、焚き火に木をくべると静かに言った。
「救いを求める祈りより、力を求める意思のほうが尊敬に値するわね」
「? ボク難しくてわかんないや」
「分からなくていいのよ、子供は夢を追って生きるのが仕事なのだから」
・・・・その場に心地よい静けさが満ちる。その中でアレクはいつの間にかロイに体を預けて眠り始めていた。
「番、代わるわ。その子を休ませあげて」
「頼む」
アレクを抱きあげたロイは、小さな体の重さを感じる。
これなら、あいつもこのくらいかな。
照らし出されたエリヴィラを見て、彼はふとそう思った。
次の日、アレクたちは迷宮の探検を終え帰って行く。
「また会えるよね」
名残惜しそうなアレクの言葉。別れたとしても道が重なれば、またいつか会えるだろう。だから今はさよならの言葉をあえて言わず。
「きっとね」
エリヴィラはアレクを優しく抱きしめた。
去っていく人、見送る彼らには使命がある。
「じゃ、調査、調査」
「色々調査しちゃいます」
多分朝? からハイテンションなジュラとルンルンを先頭にその日の調査は始まった。
●愚者は轟く
闇を光が裂いた。
彼らは、見つけたそれを何気なく調べていた。
たどり着いた行き止まり。その壁に扉の形と思しき黒で塗り込められた場。
横には何か複雑な文様と仕掛けらしいものがある。何事か、ルンルンがその壁を調べていた時だった。柳の耳に数人の足音がこちらに歩んでくるのが聞こえる。
足音は止まり、それはやって来た。
広い玄室、八人の前に現れたのは厳かなまでに静寂を纏った蒼色の鎧。
無言でこちらを睨むそれは冷ややかな鉄。兜から伺えぬ視線の向こう、浴びせられる強い気は威圧する。鎧の男は、傍らに控える女の差し出した刀剣を取りマントを翻すと、影が燈された灯火に揺れ伸びた。
しばし、沈黙が場を包む。
男は重く通る声で言った。
「その姿、冒険者か? 誰に頼まれたのかは知らぬがそこをどけ。災悪は免れぬ。滅びは絶対の自由。この目覚め、何人たりとも邪魔はさせぬ」
静けさ。胸の鼓動が響く。緊張、沈黙、強烈な殺気。
耐えられず動いたのは・・・・。
剣は男の姿を捉える、剣風の後に渾身の一撃が続けざまには走るが微動だにもせず男は受け流し、ほどよく湾曲した剣を軽く振り上げ峰で打つと輝きは宙を舞う。
止まった時、動き始める間、回転した刃は音を立てて地に落ち・・・・女は全てを失った
「良い太刀筋だ。が、まだ青い」
立ち尽くすエリヴィラの姿を見たロイが駆けつける。それに続いてパーティーは動き始めるが、その前に一人の女、黒髪の美しい女が立ちはだかり
「短い時間ですが、お相手致します」
笑った、何の感情も込めずに。
突如、疾風が場を覆う。暴風が巻き起こり六人の仲間を巻き込んで襲い、風に抗しきれぬものたちは、そのまま壁に叩きつけられた。
呆然としているエリヴィラを見、風に転げながらも、何とか立ち上がり急ぎシシルは呪文を唱える。
だが、氷柱の捕縛は・・・・何も捕らえなかった。
男の前に立つのはロイ。エリヴィラを庇うように立つロイへ男は言った。
「お前の女か?」
ロイは無言で睨見返す。
「良い眼をしている。来るがいい、守るべきもの。何かを背負った者の力を見せてみろ」
ロイと男の戦いは始まる。
しかし、打ちこまれる剣を受け流すのが精一杯のロイと対照的に、男の動作は最小限のものだ。細かい傷を負い、追い詰められていくロイ。退くことは出来ない。逃げてしまえば刻まれた気持ち、戦いの果てにあるものを失う。
だが、もう後は無い。
「そこまでだな。汝に。等しき自由を」
傷ついた彼に剣は掲げられる。
・・・・すまん、守れそうもない。
その想い、誰に告げた悔恨か?
彼の意思を破るように、無情にも刃は振るわれた。
瞬間の連続、その世界の中で彼女は叫ぶ。
「ロイさん!」
壊れるはずなんてないと思っていた。繋いだ手の先にきっと明日があるのに。
エリヴィラの声、剣は止まらない、瞑った目、衝撃が続いて目を開くの怖い。また、同じことを繰り返す、高鳴る血の律動を感じそのまま動けない。
闇の中で終りがやって来るのを待つ、そして訪れたのは。
「何時まで、そのままでいるつもり」
叩かれた肩、向いた先にアーデルハイト。
「彼女に感謝することね。今は貴方の力が必要よ、剣を拾いなさい」
地面に矢が一本。壁際で笑顔を浮かべたルンルン。彼女の放った矢が男の手甲を射抜く、ダメージは無い。
だが衝撃で剣の軌道が反れた結果、刃は地を叩いたのだった。
柳は傷む体をさすりつつ立ち上がる。
何が起きたか理解する間もなく、吹き飛ばされた。
目の前には女、こちらを警戒さえしない無防備なその姿。
意思に炎を纏わせ、柳は走り出す、振り上げた鉄笛を叩きつけた時。
風が、哭いた。
渦は赤を呑み込み昇り上がる。巻き込まれた柳が宙に浮くの確かめると、女は後方へと下がる。
前に立つのは一対。
斬撃が走る。
寸前で回避したアーデルハイト。男の前にはジュラとアーデルハイトが立つ。エリヴィラはロイとともに一時後方に下がっている。
ジュラの撹乱に男は微動だにもせず、ただ剣を振るう。その動きに何か弄ばれているような感覚をジュラは感じていた。
「戦さ場にそのようなものを着てくるとは、面白い奴だ」
「僕は、流行の最先端を行ってるからね」
「口の減らぬ」
二人を軽くあしらう男、小手先の技など効かないのかもしれない。
その姿を見てシャリオラは思った。
あの僧侶がいると思えば、とんでもないのが居たものだ。
とはいえ、このままでは危険極まりない。けれど、私に何ができるのだろうか。
神・・・・都合のいい時だけ頼ったところで、きっと助けてくれるわけでもない。
こんな時に、あいつがいれば? あいつって、お兄ちゃん。
いや、助けに来るわけが無い。無いのなら、やるしかない。
黒い輝きを胸に集める。力の意思、神の裁きを打ち込んだ。
どれほど経ったろう、一瞬に近い数分が過ぎたあと、女は男に囁く。
「ゲオルグ殿から連絡が」
「そうか。最早、此処に用は無い。行くぞ、遥風」
「御意」
そう言うなり、男は冒険者の存在など無視し、あの黒に塗られた門へと進みはじめる。 飛び出すジュラとアーデルハイト、放たれるルンルンの矢。
その全てを吹き飛ばしたのも、やはり風。
「無駄に命を散らさずとも・・・・」
倒れた冒険者を見て、淡々と女は言う。
「あなた達は一体、なぜこんなところに」
去っていく姿を見た、シシルは思わず問いただす、それに振り返りもせず答える男。
「陳腐かつ愚問だな、此は悪魔の門。我が名は愚者の騎士とでも呼べ。愚鈍の名こそが我には相応しい。帰りしだい依頼主に伝えるがいい。火傷をする前に手を引けとな」
黒壁の横、仕掛けとおぼしきものに女が触れると音もなく開く扉。そして彼らは奥へと進んでいく。 数秒後、影が遠ざかると同時に黒い口も閉じ、先ほどまでの争いが嘘だったかのように静かな暗闇が場を包む。
我に返った冒険者たちに敗北という二文字が圧し掛かかる。想定外の敵とはいえ、一矢報いることもできず、ただ言いようにあしらわれた。くやしさの前に徒労と疲労、重苦しい空気が包んでいく。
「でも、まあ明日があるさ。予想外のところで運動したからお腹空いた」
ジュラが、まんまるのままで笑った。
「そうです。次会ったらギッタンギッタンにしちゃえ、愚者だかなんだか知らないけれど、とにかく、皆無事でよかった」
ルンルンの明るさが場を救う。
「シシル嬢、大丈夫?」
「私は大丈夫です、でも、無力で・・・・何もできなかった」
「それは僕も同じだよ。それより、あの二人は」
シシルと柳の視線の先にいる二人。
流した涙が一滴、ロイの胸に落ちた。
「泣いているのか」
「無理しないで」
「俺が前に言った気もする。お前、いい匂いがするな」
「こんな時に、バカ・・・・」
泣きはらしたエリヴィラの顔に朱がさす。
一緒に涙を流せるうちはきっと幸せだ、微笑みがまたやってくるから。不器用だけれど精一杯の優しさを込めたロイの手。温もりはそっとエリヴィラの頬を撫でた。
そんな二人をシャリオラ眺めて思う。
今だけは許してあげますよ、ええ、私も鬼ではないですから。ただあの僧侶がいると思ったのだけどな・・・・もしかして隠れてたりしません。
和やかさを取り戻しつつある仲間たちから離れ、アーデルハイトは、微妙な感覚を感じていた。彼女のもつ石の中の蝶。それが羽ばたいたような気がしたのだ。
あの男たちが悪魔? 如何にも有り得そうで有り得ないわね。
然し、あの二人何時になったら固さが取れるのかしら? まあ、私には関係ないけれど。
その後、彼らは扉を調査したが何も起こらなかった。諦めてもう一方の道も調査した結果、同様に扉と仕掛けのようなものが発見される。
これらの事から、これ以上調査を続けてあまり得るものが無いこと。謎の二人組みの危険を考慮し、多少日程を早めてキエフへ戻るのであった。
●一つの終り
「エリヴィラ嬢、余計なお世話だったかな」
エリヴィラを気遣うように、柳は話しかける。
「ううん、ありがとう」
どんなきっかけであれ、ロイが香袋に気づいたことには変わりはない。
「色々あると思うけど、頑張って。僕も応援してるから」
「柳さんもね」
それを聞いた柳は、自嘲するように続ける。
「僕はいいかな。当分は」
柳の心にどのような過去がよぎったかは分からない。異国の地、出会った日々に思い浮かべ、彼女はまた何処かで笛を吹くのかもしれない。
雪に埋もれた枯れた花を手に取ったルンルン・フレールは、何気なしに前を進む一組男女の様子に目をやった。その姿は美しくもありそれでいて弱々しくも感じる。私もいつか・・・・少しだけそう思うと彼女は歩きはじめた。
この物語はこれで終わる。
八人はそれぞれ自らの想いのままに旅を続ける。交差した道が運命の始まりならば、また同じ道を歩むこともあるのかもしれない。その先に何があるかは誰も知らない。いつか終わる旅路、その短い時の終わりが来るまで、彼らは歩み続けるだろう。
そして定めの扉も開いた。
滅び行くのが必定ならそれは歴史、しかしその意思を止めるのもまた力。
だが、まだ見えぬ話。今はこの終りに本のページを閉じよう。
未来を静かに夢見て。
●悪魔の門
リュミエールは、冒険者が持ち帰った資料を整理し分析している。
今現在の研究結果によると。
悪魔の門は数階にまたがる地下迷宮で、内部には主にアンデッドを中心とするモンスターが徘徊している。地下一階の内部構造は大きく二つのブロックに別れていて、二つのブロックの先にそれぞれ門と呼ばれるものが存在するらしい。
門の向こうに何があるかは不明だが、守護者ではないか? というのが今のところの予測である。
その守護者を打ち倒す、などすると二階へ続く階段を出現させる鍵が現れるらしい。
ただし門は左右二つあり、ある一定の時間内。単独でもぎりぎり可能な時間らしいが、その間に仕掛けを両方動かさないかぎり門は開かない。
内部にはそれなりの宝も眠っているようだが、詳細については不明である。
現在のところ分かっているのはここまでだ。
「それにしても、愚者の騎士ねえ。出発の時のカードはこれを意味していたのかもな。俺に挑戦するなんていい度胸じゃん。うし、研究終わって時間と資金ができたら、早速探索隊を派遣するぜ。気が向いたらまた頼むよ、じゃお疲れ様」
そう言うと、リュミエールは荒々しくも快活に部屋を出るのだった。
『始めの地獄に扉は二つ 門の向こうに眠りし棺
壁に眠った悪鬼の模造 羽ばたく群れが蘇る』
了