破滅の輪舞

■ショートシナリオ


担当:Urodora

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月17日〜01月22日

リプレイ公開日:2007年01月23日

●オープニング

●牢獄

 崩れ落ちる世界に光を求めるのならば、その媚薬は闇に咲く赤い薔薇。
 堕ちた波紋に漂い、欺きの中に自らを隠しても、その想いは消えることは無いのかもしれない。

 少年は思う。
 この部屋に貴方と僕は二人、なのに二人は一人になれないから。
「シュテール」
 扉を開いた先にあるのはいつも失望。檻の中で叫ぶ獣は誘惑の歌声で誘う。敬愛・友情? そんなものは全ておおいかくすための嘘・・・・嘘なんだ。
 僕がほしいものは、きっとそんなものではない気がする。このままあなたが手に入らないくらいなら、世界なんて滅んでしまえばいいんだ。なのに、どうして僕を見てくれないのですか? 先生。僕はあなたさえいれば、他の何もいらないのに。
「どうした、シュテール」
「先生」
「シュテール」
「僕じゃ・・・・僕じゃだめですか」
 ずっと、嘘をついてきました。あなたは僕にとって大切な人です。 あなたは僕に生きる希望をくれたから、だから僕はあなたのためなら・・・・。
 だけど、僕は・・・・僕はもう、耐えられません。
 時は止まる。
 狂気の行くつく先、囚人たちの踊りは愛という荊を冠して進む。想いが昇った果てに鎖に満ちた時間があるとしても、手繰る運命は神というの名の元に純潔の裁きを与えるだろう。それでも、愛は愛のままに欺瞞を舞い続けるのだろうか?

 回り始めた破滅の旋律。
 狂ったロンドは永劫牢獄。
 涼やかな天に吹き荒ぶ法をよりも、灼熱の混沌を歩むこと。

 それを選ぶことこそが

 『愛』
 
 月に影は二つ。
 白き指先は滑らかに伸び頬を擽る。。
 触れた肌先の温もりが少年の胸を撫ぜ今は夢へと帰る。
 そして儚き、気高き月影が静かに二人を覆い隠した。


●館

 偽善の喘ぎに自らを委ねる男が一人。迷いはあれど、信念は彼の意思を変えぬ。
 信じるものは信じるゆえにその身に滅びを宿す、宿した仮面の内に何があるかを疑うことは、できない。

「ご機嫌いかが、お兄様」

 爵は貴を記すもの。だが嘲るような黒い瞳が彼を刺す。
 女は貴婦人というには、若い、若いが毒がある。
 漆黒の鎧。華美でありながら無駄な主張の無い暗きドレスを纏った女。
 死人のような白い顔、朱の輝く唇に指先を添えた女は、侮蔑が混ざった笑みを男に向けた。

「エリザベート。リガに帰ったのではないのか?」
「こんなに楽しい笑劇、随分と久しぶりですもの。結末を知らずに帰れるわけないわ」

 碧眼の男は、妹である女の姿を見て驚く。だが、すぐ様憎しみがこもった瞳を向け一瞥する、その姿も美しい。神の寵愛を刻印したような造形。華やかでありながら整い、落ち着きを保つその眉目。絹糸のような金の髪は風の通らない部屋でなびいた。

「あら、睨むなんて怖い。せっかくのお顔が台無しです」
「帰りたまえ。これは君には関係のないことだ」
「嘘つき。そうやって嘘をついて生きるのね。自分を騙し続けるなんて可哀想な人」
「君に何が分かる、エリザベート!」

 激昂した兄を見る妹の眼には、温もりは無い。

「分かりません。理屈を並べて自分を慰める殿方の気持ちなど、欲しいのならば奪いなさい。それが愛よ」
「私は・・・・」
「迷っている暇があって? 急進派の目的は、禁忌を破った者の処刑よ。愛するもの同士が散る光景はきっと美しいでしょうね。掟に逆らったものなら、尚更に。このさい、ご自分の手で引導を渡してあげたらいかが? それも愛というもの」
「黙れ」
「お父様はどう思ってらっしゃるのかしら。きっと家の名折れとでも怒鳴るのがよいところ。神聖騎士フィレンツ・ナディス様、今こそあなたご自身の選択をする時。それとも昔のように撫でてあげないとだめですの。可愛いお兄様」

 神は慈悲を与えるもの。
 神は全てを癒すもの。
 されど、世俗の神は何も救いはしない。

 さあ! 今こそ踊れ破滅のロンド。
 狂おしく鼓笛の彼方より音来たりて悪魔は幾度なくさらに響いた叫びに降臨す
 平静唱える還俗の信徒ども喰らいし裁き与えるため回らん

 獣の悦び・欺瞞の信仰。

 逃げるように扉から飛び出した男は行き先も分からぬままに走り出し、見送った女は鈴を鳴らす。

「お呼びでございますか、お嬢様」
「馬車を用意なさい。あの堅物が想いを寄せるほどですもの、美しいにきまってるわ。眼の保養よ」
「畏まりました」

 法と愛。

 正しきものは、どちらだ?
 
●依頼

 薄笑い浮かべた仮面をかぶり赤緑の斑。
 映しえる衣装を纏ったギルド員は滑稽なまでに芝居がかった動作で一礼した後、君たちに告げる。

 依頼主はエリザベートという方のようです。
 場はキエフ郊外、依頼内容は短く。
「もっと面白くなさい」
 となっております。
 エリザベート様のお話によると、兄君も色々と複雑なご様子。
 兄君は清らかなる神に仕える騎士様のようですので、厄介かと。
 この依頼は、確からしい筋書きは用意されておりません。
 ゆえに貴方がたの選択しだいで全て決まります。
 救うも救わぬも自由、胸にある愛の形しだい。
 放置すれば、件の師弟は追われて華麗に散る。

 それはそれで麗しい。滅びの愛も一つの応え。

 しかし、その道を選ばぬのならば、新しい道を作らなければなりません。
 破滅の輪舞は、すでに始まっております。 
 踊り狂った先にあるのは、煉獄か天国か?
 案内人である私にその答えを。
 では、一足先にゲヘナの底にて皆様をお待ちしております。 

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8769 ユラ・ティアナ(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb2918 所所楽 柳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4668 レオーネ・オレアリス(40歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5856 アーデルハイト・シュトラウス(22歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

エリヴィラ・アルトゥール(eb6853

●リプレイ本文

●道化の口上

 あらゆる事象に時世の誇りなく戻らぬは老人の前髪
 在るも在らぬも幻想に消え一日闇夜に光るは禿の色

 今宵集まった貴方に誉れと浪漫を。

 ようこそ六人の勇者様。
 巷の雀は己の狭量さを棚に上げ、かくあるべきと型のみで語るもの。
 愛に形がないように、この依頼始めから答えなど御座いません。 
 ゆえに型に嵌らぬ儚き貴方のご参加、心よりお礼申し上げます。
 さて、私の挨拶はここまで、それでは皆様の選んだ心のきざはし。
 見させて頂きましょう。
 
●毒婦

 ここに集いしは デュラン・ハイアット(ea0042)と称する仮面の男と所所楽柳(eb2918)の名を持つ旅の女楽士。さらにはオリガ・アルトゥール(eb5706)という女魔術師も揃い、これより破滅の旋律を始めさせていただきます。

 エリザベート・ナディスは、集まった冒険者たちを見るとにこりともせず話し始める。
「貴方たちが今回の役者? 期待してるわよ。あら、洒落てるわねその仮面。でも中身はどうかしら」
 デュランは、エリザベートの手をとり接吻したあと、仰々しく話し出す。
「美しいご婦人に見せるような物ではありません。この私が来たからには、白も黒にしてみせましょう」
 その姿を見て、柳は内心笑いをこらえつつも
「三人について特徴を聞きたいのだけれど」
「そうね、二人のことはよく知らないけれど、彼らは黒百合騎士団に追われているわよ、私設の騎士団でどうやら女ばかりの神聖騎士と僧侶の集まり。黒百合なんて随分と皮肉な名前。もしかして嗜好が違うだけでやってることは同じ? 面白いわね、色々と」
 そう言うと意味ありげに含み笑いを浮かべるエリザベート、ちょっと気圧されつつも柳は続ける。
「フィレンツさんについては?」 
「お兄様は白の神聖騎士よ。ロシアは黒が国教、国策もあって異端に極刑で望むほどでも無いようだけれど、白の教徒にとっては許せぬ罪のようなもの。あの生真面目で堅物のお兄様が道ならぬ道。ああ、楽しい」
 妙に嬉しそうなエリザベートを見て、デュランも少し怖気を感じた。
 オリガは呆れたように、エリザベートを見ている。彼女はあまり気が進まないのか話しかけるのをやめ黙認した。その後、二人はキエフ郊外の丘で処刑されることを聞き出し、周辺は黒百合騎士団の支配下にもあることを土産に仲間の下に向かうのだった。

●とある酒場
 
 喧騒。
 雑然としたテーブル、椅子の背もたれに身体を預けたハーフエルフの女は結った髪に手をやったあと、旅の疲れを癒すかのように注がれた杯を一気に煽る。冒険に出るのは久しぶりだ。もうあの時間が遠い日のような気もする。それでも記憶は自分の中にずっと生きている。けれど、共に過ごした仲間はここにはいない。
 一体何を探すためにキエフまでやってきたのか? いや、そんなことはどうでもいい。 私は私だから。
 ユラ・ティアナ(ea8769)は空になった杯を戻した。
「席、いいかしら」
 かけられた声に顔を上げると、そこにも女がいた。どことなく気品を感じさせる銀の髪色をした乙女、名をアーデルハイト・シュトラウス(eb5856)と言う。
「お好きなところにどうぞ、お互い物好きだよね。こんな依頼をうけるなんて」
 ユラは空杯を指で弾くと言った。
「そうね、でも興味深いわ。何かを選ぶ。それはその他のものを切り捨てるということ。そして本当に大切なものは、その他の多くを切った結果残ったもの。そのどちらも選ぶこともできないのなら、失って当然」
「若いのに手厳しいのね、ちょっと驚いた」
「歳なんて飾りでしかないわ」
 その言葉を聞いて、ユラは彼女の中に若さを感じずにはいられなかった。 

●薔薇と百合

 レオーネ・オレアリス(eb4668)は、寝過ごして周到な準備をする暇がなかったようだ。
 だが、作戦参加事態に問題はなく館を前にパーティーに合流する。
「いろいろ忙しくて、すまないな」
 そのレオーネに対して仮面の男は
「色男は一人で十分。主役は私、主人公も私、この世界は私のためにある!」 
 今のうちに止めておかないと、仮面の男はさらに暴走を始める気もするが、それを止めると思われる良識派のオリガは、遠くのほうで魔法を撃つ準備をしている。ユラはユラでやはり離れたところで馬を撫でながら弓の手入れをしているし、アーデルハイトはローラントに騎乗し突撃準備だ。さらに柳は、なぜか分からないが女物の服を用意してウキウキ気分。
 皆、仮面の男ことデュラン様の相手をしている場合ではない。
 こうして一人、貧乏くじを引いたレオーネはデュランと楽しいひと時を過ごすはめとなったそうだ。お互い生活習慣には気をつけましょう。 

 例の丘には、黒揃えの女性たちが物々しい姿で警戒している。かなり怖い、決してお友達にはなりたくない。そんな説明はいいとして。

 今より薔薇と百合の戦い? が始まる。

 大空を飛ぶグリフォンに乗ったというより、足に掴まり風にマントを翻して登場したのは 
「道化の諸君! ご機嫌いかが。この私がやって来たからには波乱があって当然、憮然。さあ、一時の道楽に付き合ってもらおう」
 なにやら異様に目立っているのは、やはりデュランだ。もはやこの男を止めるすべはないのだろうか? そのデュランの劇的無敵な囮行動を見た、オリガは
 (楽しそうでいいですね。ちょっとやってみたい気も)
 と、一瞬思ったが、すぐに忘れて守備隊に向かって氷の嵐を吹きつけると連れて来たスモールホルスのダージボグに周囲を警戒するように命じる。続けて、アーデルハイトがローラントで突撃、柳は炎の意思を纏い隠密行動をはじめ、レオーネも続けて前線に立つ、そして最後にユラが奪還作戦を開始すべく吊るされた虜囚へと向かった。
「さあ、次は風の洗礼だ。こぞりて私に平伏すがいい」
 デュランの言質のあと、突風が巻き起こり黒百合を襲う。吹き飛ばされるものと耐え切るもの。続けざまに風の壁を作り出した彼はグリフォンに襲撃を命じる。
「ジーザス教の教義では同性愛は禁忌の一つ、それで粛清とは些か無粋ではないかしら? 彼等を狙うのというのなら、少し邪魔をさせて貰うわよ。さあ、剣を抜きなさい」
 そう言ってローラントから切りつけるアーデルハイト、ユラの騎乗射撃、レオーネの槍、オリガの氷結の棺もある程度の効果によって道は開く。
 
 戦いは冒険者有利に見える。
 
 騎乗の二人、ユラとアーデルハイトは予定通り、件の二人を確保。
 そして退却するときだった。
 後方少し、黒の一団から尋常でない数の黒光が飛んでくる。
 早々に走り去ったユラは難を免れたが、後詰のアーデルハイトは連射を浴びる、隠密の効果が切れた柳もその餌食になり、レオーネも当然蜂の巣。しかしすでに作戦の目的を達成したパーティーはオリガとデュランの連携魔法を連続で浴びせ、なんとか退却するのであった。

 今回の被害

 柳 「中傷」
 アーデルハイト「重傷」
 レオーネ「重傷」

 ポーションで回復所持の方はその後回復。
 教訓、戦闘がある場合はポーションをいくつか持ち歩きましょう。


●役者の呟き

「まったく、選ばれた舞台役者以外の登場は遠慮して欲しいね。出るなら出るで僕らのように観客に徹してくれれば良いのに・・・・余計な手間ばかりかかる、これ高いのに」
 柳は着物の破れを見つめぶつぶつと呟いた。
 その横でユラは怪我をしたアーデルハイトを気遣っている。
「大丈夫? 怪我」
「私のミスね。回復薬も持ち歩かないなんて」  
 アーデルハイトは傷口を押さえて微笑んでいる、痛そうだ。
「どちらにせよ、これからが本番でしょうか?」
 オリガは、連れ去ってきた二人を見て言った。
「そう、ここから僕の楽しみが始まる」
 柳が手に持っているのは・・・・。シュテール君は女装がとても似合う。
「男同士なんて趣味じゃないが、これはこれで面白いものだな」
 レオーネは、柳の個人的楽しみで女装させられた少年を見て、そうこぼす。
「さて、今度は次の幕か。新しい役者たちを呼ぼう」
 こうして、デュランはある二人に招待状を出すのだった。
 
●破滅の輪舞
 
 血だ。
 赤に染まり流れる暗闇の底。
 名も無き君はただ生まれ死んでいく。 
 腐り行く時間がどれだけ繰り返されようと、ずっとその牢獄にいる。
 それって痛い。なぜだろう。愛しているのに手に入らないんだ。
 それじゃ奪うしかないさ。欲しいのだろう、欲しいのなら、手を伸ばせ、その言葉は偽りか?
 自分の無力に嘆くだけで何もしない。いいね、ああ、気持ちいい。
 偽善って気持ちいいのさ、分かったふりをして底で喘ぎ続けるのだから。
 でもね、嘘はずっと嘘のままなんだ、だからお前は駄目なんだよ。
 逃げたいのだろう、逃げればいい。
 ねえ、可愛い人。痛いのかい? いいよ、おいで。優しく抱いてあげよう。

 女は言った。
「選択は二つ。否、選ばなくても成るように成る。きっと生きるも死ぬも同じ。選ぶことが必然なら逃げるのも必然、けれど、逃げたところで何処にも楽園なんて無いのよ」
 回る破滅は音も無く世界を包み、アーデルハイトの言葉だけが其処に響く。
 矢は放たれた、三角は三点の集まり。
 けれど閉じた点の中に淀む想いは窮屈で救いが無い、救いなんて最初からきっと無い。
 男は信念のために生きる、狭い世界だ。それゆえそれだけが唯一の彼の支え。
 手に入らないくらいなら、壊してしまえばいいのに、どこかで誰かがそう言った。
 その囁きは甘い、だから剣を抜いた。
 誰もそれを止めることはできない、愛と憎しみはきっと同じものだから。

 血だ。
 後悔はしていない。
 それが愛だから。
 愚かな人形たちの踊りは続く、薄れる意識と衝動。寒気がする、何もいらない。
 許して欲しいとは思わない。
 それでも、指を伸ばした。伸ばしたかった。
 泣いてなんていないさ。 
 壊したかった物は誰でもない。

 ──僕自身だから。

 結末は突然やってくる。
 それはとても儚いものだ、儚いからこそ綺麗に砕け、全て消えて無くなった。


●舞踏の終り

「ありきたりね、女装させるあたりは良い線を行ってたのに、どうせならお互い可憐に散って欲しかったわ」
 エリザベートは、目の前で起きた出来事を見、冷ややかに言い放つ。
 オリガは彼女を前髪に隠れた瞳で睨む。言いたいことは色々ある。けれど彼女は何も言わず倒れた男を介抱していた。
「私は帰ります。爺、用意した品をこのものどもに」
「畏まりました」
 彼らに配られたものは、薔薇をあしらった装飾品だ。そう言うなり、振り返りもせず馬車に乗って去っていくエリザベート。
「随分と悪趣味な妹君をお持ちのようで」
 さすがのデュランも、エリザベートの態度には呆れている。
「妹は、人の不幸や苦しみというものが何よりの楽しみなのです。申し訳ありません、つまらぬ騒動に巻き込んでしまいました」
 フィレンツは、弱々しく言った。
「傷は浅いから、すぐ治るわよ」
 振り下ろす剣を止めるため、撃った矢傷のあとを見、ユラは言う。
「綺麗な華には棘があるとは言うけれど、棘のほうが立派な人は遠慮したいな。それよりも女装可愛いね」
 柳はもしかして、女好きなのだろうか、いや年下好きなのかもしれない。
「で、結局。答えはどうなんだ」
 レオーネは、フィレンツに向かって聞く。
 フィレンツは、じっと考えている。彼が何を思ったかは誰も分からない。
 けれど長い沈黙の後、厳かに言った。
「私は、神に命を捧げたものです。例えなんであれ、それを否定することは自分の歩んできたことを否定すること。簡単に生き方を変えられるほど器用でもありません。彼らの行く末を祈ること、それも愛のような気もします。何もできないですが、いつかこんな私にも幸せがやって来ると信じて・・・・」
 頬を涙が伝う、想いは消えない。内を這いずる痛みはしばらくは彼を苛むだろう。
 けれど、その傷跡は時だけが癒すもの。今、言葉が力になれないとしても、それでも
「来ますよ、きっと」
 そう言うとオリガは微笑んだ、優しく。
 
●手を取りましょう

 その後、師弟を送り出すため行動する冒険者。
 キエフから離れた地にて新たな生活が彼らにとって幸か不幸かは分からない。
 それを見送った後、何の気なしに酒場に集まったパーティー。
 
 ざわめく酒場でデュランが突然
「お嬢さん、私と踊って戴けませんか?」
 茶化した感じで、ユラを誘った。
「綺麗どころなら他にもいるわよ」
「まあ、なんとなくね。怪我のご婦人を誘うわけにも行かないしな」
 デュランは、アーデルハイトに視線をやった。
「じゃ、僕が特別に演奏する!」
 と、言いつつ乗り気な柳は、すでに準備完了である。 
「では、俺も。踊って戴けませんか?」
「喜んでお受けします」
 オリガの手を取ったレオーネ。
 柳の笛は、軽快なリズムを奏で始めた。酒場の皆がそれを聞き、浮き足立つ。
 踊りが始まる破滅の後、生まれ出でるのは滅びの灰、灰より生まれし形もまた。

 一つの命。
 
 かくして、今回の依頼である。エリザベート・ナディスを「楽しませる」ことに失敗した。 
 しかし、依頼を達成するだけが道ではない。 
 あえて言うなら、この結末はとても幸せなものだろう。
 傷ついたとはいえ、誰も絶望に陥らず希望を抱いて歩みだしたのだから。


 了