●リプレイ本文
●旅立ち
青い空。
灰色の毎日が続く冬に訪れた晴れ間、旅立ちを前に女は言った。
「持っておけ。じ、自分は鎧を着けているから大丈夫だ。少しでもお前を護れる力になれば良い」
口ごもりながらも、ケイト・フォーミル(eb0516)の差し出した指輪をリディア・ヴィクトーリヤ(eb5874)は微笑んで受け取る。陽射しがケイトの黒い鎧を照らす、雪を踏みしめ歩き出す彼女。その胸に秘めた想いの答えはいまだ・・・・出ていない。
こうして一行は、先発組、キール・マーガッヅ(eb5663)、クロエ・アズナヴール(eb9405)、アルトリーゼ・アルスター(ec0700)に前出の二人。後発組、ナギハ・ミツルギ(eb1157)、セシリア・ティレット(eb4721)、イルコフスキー・ネフコス(eb8684)に分かれ、目的地へと向かうこととなった。
●村へ
後発組の三人は、雪の道を歩いていた。
「ふう、そういえばナギハさん寒くなかったの?」
イルコフスキーは、小さな手を空に掲げ背伸びしたあとナギハに聞いた。
ナギハは、この寒いのに防寒着を着用していなかった。とりあえず、それでは凍えるということで意味深ギルド員が色々と貸してくれたが、次からは気をつけたほうが無難だろう。
「ここがロシアってことをすっかり忘れちゃっててね、えへ」
・・・・えへで済んだからいいけれど、天然も行き過ぎると場合によっては行動不能になったりするかもね。
「でも、無事出発できたから、良かったです」
清純な感じのする彼女の名はセシリア。ひとまず、セシリーと呼ぶ。
セシリーは、そう言うと周囲に敵意がないことを確認したあと、何の気もなしに雪を拾って頬に当てると、投げた。雪の感触が冷たくて気持ちいい、その雪玉はイルコフスキーに向かって弾けて飛ぶ。
「うわ、やったな。おいらも」
負けずに雪玉を投げ返すイルコフスキー。
「それじゃ、私も♪」
しばし雪遊びをはじめる三人。とりあえず今日もロシアの一部は平和のようである。
その頃、先発組は村に着いたようだ。
キールを中心として情報収集をはじめる彼ら、なぜかたまに扉やら家の壁の陰に隠れるケイトもいるが、それは習性というやつだろう。
ある意味盗賊より挙動不審だが、それはそれ周りも知ったもので
「もう誰もいませんよ、ケイト君。そんなに恥ずかしがらなくても」
「ち、違う。べ、べ、べつに恥ずかしいとか、そういうのじゃなくて、そう、自分を含め盗賊に存在がバ、バレたら困るから隠れてるんだ!」
前髪をかきあげたクロエは、ちらちらと伺っているケイトに話しかけた。バレルも何もその行動自体十分目を引いているような気もしないでもないが、あまり突っ込むのも可哀想なので、今日はこのへんにしておこう。ケイトは普段はクール。クールビューティー・・・・なのだ。
とりあえず、情報収集は彼らの予定通り進んだ。村人も冒険者の計画を聞いて協力する。盗賊たちは自信過剰な一団らしく、人質も取らず襲撃する気らしい。入り口は一つ、単純な洞窟だ。そしてリディアの偵察により人数は9人と推測された。
「驕り高ぶり自分を特別と誤認した者か」
「所詮盗賊です。分相応に隠れてれば良い物を、卑しいものは私の魔法の餌食に・・・・」
遠い目をしつつ言うキールと嫌悪感をあらわにするリディア。
そういえば、キールの兄弟のラッカー君が今回見送りにきていたようだが、マーガッツ家はいったい何人いるのだろうか? たまには家族みんなで団欒しつつ休息したほうが精神衛生上良いような気もする。いや、なんとなく。
そして合流したパーティーその日の夜のこと。
物凄い勢いで、夕食を平らげる女がいる。見た感じまだ少女といってもいい感じと雰囲気だが、口のまわりついてる食べ屑やら、こぼれ飛び散ったスープの散乱した跡。さらに黙々と食べ続けるその様子に、話しかけてはいけない雰囲気が漂っている。
彼女の名をアルトリーゼ、弓を使う騎士。
普段は、みんなのために理想に燃えるアルトリーゼだが食事中は別らしい
「ア、アルトリーゼさん」
イルコフスキーが動揺して話しかけてしまった、危険だ。その瞬間彼女はきっと睨む。
「食事中」
そっけない上に怖い。
ちょっとしょんぼりしつつも、イルコフスキーは先発組の情報収集を聞きそれについて賞賛をするのだった。ちなみに満腹になったアルトリーゼは、普通に戻ったそうだ。
●戦い
時に戦いというものは、悲劇を生む。だが、たいていそれは喜劇。
騎乗後、少し離れた場所から様子を伺うクロエは、そんな皮肉めいた気持ちを感じつつも悪鬼のごとき面をかぶる。彼女の眼下でこれより始まる幕劇、その開幕はどうやら間近だ。
先制はリディアの火球攻撃からだった。
元より敵の存在など感知していない上に、伏兵による奇襲に攻撃を受けた盗賊は混乱する。唯一理性を保つ後方に控えていた敵の魔法使いから叱咤が飛び、敵が冷静さを取り戻すころ。
前に進んだケイトは、剣を振るっている。
だが、前線の防衛はケイト一人。
後方では、イルコフスキーとセシリーが陣地を築き、アルトリーゼ、キール、ナギハの防衛をしつつ、弓と魔法で攻撃に回っているが、優勢とはいえ敵の数も多い。
その上、相手方の魔法使いは地味に支援魔法を使いながら、雑魚を盾に後ろに下がったため、弓の射線と魔法の射程に入らない。いまだクロエも後背をつくため、戦場には到着せず前線を一人支えるケイトに負担がかかっている。
それを見たリディアは、自らと同属の魔法使いと雌雄を決すべく前進した。
「大丈夫か、リディア」
ケイトの剣の斬撃にまた一人賊が地に伏した。その横を矢や魔法の光が飛んでゆく。
「はい、私はこれから戦いに赴きます。同じ火の魔術の使い手、許すわけにはいきません」
杖を握ったリディア、前方遠く洞窟を背に立つローブの男に視線を向ける、ケイトはそれを聞き、前に出たリディアの傍を守るように立ち言う
「自分はリディアを傷つくのに耐えれない、無理はしないで欲しい」
「嬉しいお言葉です。けれど、私がやらなければ」
その時だった。
味方の陣地の中心、イルコフスキー付近を狙って火球が襲来する、収縮したあと大地に叩きつけられ火炎が轟音とともに弾け場を熱気が覆う、巻き起こった風に体勢を崩しつつリディア苦々しく言った。
「先を越されました。火に対するのが火ならば、純粋にその差は術者の能力」
彼女も詠唱をはじめる。
「あちあちって、あれ、熱くないわよ」
目の前で爆発が起きて驚いたナギハだったが・・・・音と熱風を感じることは感じたが、それほど痛くも痒くもない。
「イルコフスキー君のおかげだろう」
キール言うとおり、イルコフスキーの結界によって魔法は遮断された。しかしこれによりその防護壁の効果もなくなる。
「それよりも見てください! あれを」
セシリーの指した方向には馬に乗った、戦士の姿。それは・・・・クロエではない。
「馬とは、予想外ですね」
つがえた矢を放つアルトリーゼ、だがそれは空を切った。
馬上の男は、大剣を構えると後方陣地に突撃してくる、それに続いて数人の賊も続く、刀を抜いたセシリー、射撃する射手たち。
だが、接近戦では弓はかえって邪魔、前に立ち壁となれるのは自分しかいない。
セシリーは抜いた刀を構える、馬はいななきはすでに目の前後ろに控えた術者の二人が魔法を唱えるよりも早く衝撃が来る。
とっさに勢いにのけぞりながらも受け流すが、駆け抜けた馬はすでに遠く離れている。
(これは厄介だな)
キールは思う、走る馬上の人間を狙うのは容易ではない。
「まともに戦うよりも動きを止めるほうが良いと思います」
切りかかってきた盗賊の攻撃を避けたセシリーが息を切らせて言う。
「そうだね、じゃあおいらがホーリーで牽制するよ、そこに矢を打ち込んで、あとは」
イルコフスキーの同意にナギハは、
「魔法で眠らせるってとこよね」
「そうですね。私のコアギュレイトとナギハさんで、動きを止めてしまえば」
「来ます。準備は宜しいですか?」
アルトリーゼはそういうと、自らも側面を射るのだった。
火球と火球の戦いは、壮絶だ。
巻き添えを喰らうのを恐れたのか、盗賊たちも周りにいない。
ケイトも何も言わず、リディアに寄り添うように立つが、体中焼け焦げている。
ボロボロになったのは、どちらも同じ。あとは精神力の戦い。
さらなる詠唱を始めようとしたリディアが見たものも・・・・また馬上の人だった。
ベエヤードの手綱を引いたクロエは、目の前の雑魚を切り捨てたあと思う。
あれほどの悪路とは手間取った。しかし、退場直前に現れて幕を引くのも、それはそれで興が乗るもの。
では、私の剣にて閉幕といきましょうか。
「さあ、エキストラの諸君。人馬一体の戦い方、とくとご覧入れましょうか」
突撃する彼女。その目の前に立っていたのは・・・・三流役者の魔法使いであった。
前線の戦況は、ほぼこれにより決した。クロエの背後からの一撃に耐えられるほど魔法使いは頑強でもなくあっさりと気絶。続いて彼女は残った盗賊を掃討に入る。
その頃、後方では。
「さて、悪い子にはお仕置きが必要よねぇ?」
がしがしと、馬から落ちた盗賊を足蹴にしているのはナギハである。そう、悪い子にはお仕置きが必要だよねぇ。例えば防寒着もだけど、保存食も忘れてた子は、欠食冒険者とか呼んだりしちゃおうかな。
それはいいとして、親玉らしき二人を欠いた盗賊はあっさり逃げ出しはじめた。
その後、捕縛した魔法使いの男を前に、どうやらイルコフスキーとセシリーが聞きたいことがあるようだ。
「おいらよく分からないけれど、こんな悪いことをしなくても、魔法使いなら普通に生活できるはずだよね?」
「そうです、盗賊さんと組んでいるなんて魔法使いさん、何か事情でもあるのですか」
聞いた男は、吐き捨てるように言った。
「随分とおめでたい奴らだな。もしかして冒険者ってやつらは慈善で仕事をしてるわけか? 技術ってのは上手く利用するもんだぜ、苦労して学んだ魔法。効率が良い方法を選んだ、それだけだ」
「けれど、それでは神様は祝福してくれないよ」
イルコフスキーの言葉を聞き、男は蔑んだような視線を向け
「神ね、お題目だけで意味の無いものの一つだな。無意味な信仰よりも、金と力のほうがましだ。祈りで腹が膨れるわけじゃなし、こうなってしまえばどっちにしろお笑い草だがな」
神に仕える二人は、それを聞いて黙る。言いたいことはいくつかあるが、この男にそれを説いたところで無意味のような気がする。
最後にセシリーは思い出したかのように言う。
「盗んだものは返してもらいます。元々村人さんのですから」
だが、魔法使いは薄笑いを浮かべているだけだった。
●冒険の終り
こうして冒険は無事終了した。怪我をした数人はイルコフスキーの手により治療される。捕縛された盗賊たちは、近隣の警備隊へと護送することにし、彼らは村へと戻るのだった。
村に竪琴の音が響いている。奏でる主はナギハだ。
「どうぞ、私には必要がないものですから」
その中で、アルトリーゼは、受け取るはず報酬を依頼人であるミーシャに手渡していた。それはギルドに戻れば手に入る分だ。けれど彼女にとって救うことが大事なのであって、報酬を得ることが目的ではない。だが、受け取ったほうは戸惑いを隠せなかった。
「でも、それは」
「人を救うことが私の願いです。そこに救いを求める人がいて、私が訪れた。それだけです」
ミーシャは、驚きず彼女を見つめていたが
「ちょっ、ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、駆け出ししばらくして戻ってきた。
「たいした物では無いのですがこれを。幸せを運ぶお呪いをかけてあると祖母が言ってました」
ミーシャが差し出したの、何の変哲もない銀のスプーンだった。
「必要でなければ、売るなりすれば、それなりの値段にはなるかもしれません。こんなことしかできませんが、あなたのいく道に幸せがありますように」
銀色のスプーンが陽にきらめく、アルトリーゼは微笑むと無言でそれを受け取った。
「それにしても、ケイト君の様子がおかしいですね」
クロエは、少し離れたところに立つケイトの様子がなんとなく気になっていた。
「そうですね。思いつめたような顔で、壁に隠れないですし・・・・」
「きっと神様の祝福の効果だよ、おいらが祈ってたから」
セシリーとイルコフスキーもそちらを見る。
元よりケイトの行動は、たまにおかしいような気もするが、それとは少し違うようだ。
キールはそんなケイトに近寄ると、そっと背を押す。
「行くのか」
「う、うむ。じ、自分は」
ケイトは頷く、陽が西に進みはじめた。
●玄色のリリウム
夕焼けが西の空を赤く染めている。
月が出る前に、それを話さなければならない。
見送られたケイトはリディアを呼び出す。
胸にしまっておく間、その気持ちはきっと無邪気な妖精のようなものだ。
永遠の園で遊ぶ悪戯な妖精たち。だが、言葉にしてしまえば、羽を失って地上を這うことになるかもしれない。それでも言わなければ、ケイトは自分を奮い立たせるために拳を握り、リディアを見つめて言った。
「じ、自分はリディアの事が好きだ。自分は女だけど・・・・それでも、リディアの事が好きになった。傍にいたいと想った。少しでも自分に興味を抱いてくれるなら傍にいて欲しい。自分の全てをかけてお前を幸せにする。自分自身の誇りにかけてな」
沈黙、それがとても怖い。
答えを持つ間の時、無限にも思えるそれが止まるのを待つ彼女。
きっと短い時間だったろう、決断は下された。
「・・・・申し訳有りません、お気持ちは凄く嬉しいです。ですが私はこの国を愛しているのです、故に自ら禁忌を犯すような真似は出来ません」
拒絶は短く、痛みは大きい。
「それに私にとってケイトさんは親愛なる友なのです、ですからそう言う風に接する事ができません。この答が貴女を傷つけてしまう事は承知しています、ですがそれでも私は自分の信念を曲げる事ができないのです」
終りはいつでも、突然で、そして当たり前のようにやってくる。
陽が落ちていく。
少女だった君もいつか大人になった。そこに立ったもう少女といえない彼女たちの間に流れた時間は、いつの日にか思い出として記憶の片隅に埋もれるのかもしれない。
だから、今は。
「・・・・」
翳る陽を見ていたケイトの元にやってきたキールは、何も言わずケイトの肩を叩く。
振り向き俯いた彼女の頬を・・・・温かい滴が流れる。
夜の帳が下りるころ。
一輪のリリウムの秘めた想いは、玄色の世界。
その中で綺麗に散っていった。
了