You don’t know what love Is

■ショートシナリオ


担当:Urodora

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月01日〜06月04日

リプレイ公開日:2007年06月08日

●オープニング

 キエフの表通りから裏道へ進み、込み入った路地を抜けると水竜を彫りこんだ看板が見える。その看板の下にある一軒の店、お昼は食堂、夜は酒場、名前を水竜亭と呼ぶ。
 水竜を掲げたこの店。最近では、それなりに名も知られ客足も途絶えることは無いが、昔は酷い有様だったらしい。 
 そんな水竜亭の給仕係の一人にパラでリュートいう少年がいる。
 パラ独特の愛くるしさと良く変わる表情を備え、誰にでも親切な彼は水竜亭のもう一つの看板とも言えるだろう。
 リュートは水竜亭に住み込みで働いているため、店主であるマスターの次あたりに起きて準備を始める。他にも水竜亭には自称看板娘、ナイフとフォークの扱いが得意なシフール、ポチョンという生物もいるのだが、彼女はたいてい昼まで起きない。
 薄暗い店内を進むリュートは、待っているであろう朝の肌寒さを想像して身震いすると、欠伸を噛殺し店先の掃除のため外へ出ようとしていた。
 表通りから一歩路地裏に入ったこの道は、普段から人通りが決して多いというわけでは無い。そのうえ太陽が顔を覗かせたばかり、今の時刻では歩いている者などそうそういるはずも・・・・・・。
 そんな思いを感じながら、店の扉を開いてみたリュートの前に、いつもとは違う見慣れない風景が。
「ど、どうしたんですか!?」
 ──店の前に人が倒れていたのだった。
 
「失恋で死を選ぶ。なんて浪漫悲劇」
 少し呆れつつも言う彼、言動が派手で大掛かりなこの店のマスター。料理の腕は確かだが、普段の生活態度には疑念が残る。そのマスターのもてなしを受けた青年は、黙々と料理を口に運んでいるようだ。
「春だし、そう簡単には逝けませんよね。やっぱり時期を選ばないと駄目ですよ」
 リュートは無神経なのか、底抜けに明るいのか分からないが、笑顔で青年にそう言う。心なしか聞いた青年の顔が歪んだ気がするのだが、リュートがそれに気づくわけも無い。
「きっと次はいい出会いありますよ、過去なんて捨てちゃいましょう」
 確かに一理ある意見だが、目下悲劇の主人公である傷心の青年には酷い言葉だ。リュートの和やかな態度、雰囲気とは裏腹に、青年の周囲の温度だけが急激に下がっている気もしないでも無い。
 さすがに、その様子に危機感を感じたのかマスターは。
「リュート君。掃除の続きをしてきなさい」
 と、静かに言うのだった。 
 
 ロシアといえば、ズィズネーニヤ・ワダがある。
 俗に火酒とも呼ばれることもあるそれは蒸留酒である。その起源を遡ると東欧の地で生まれた酒に出会うとも言う。
 とはいえ、まだ蒸留技術は一部の錬金術師の特権であり、産声をあげたばかりのその酒が庶民に行き渡るのは、もう少し先のことだろう。

 マスターは、その強い酒を青年にすすめた。
「ちょっとした変り種があるけど、一杯どうだね?」
 棚の奥から埃を被った古い瓶を差し出し、彼は微笑み続ける。
「誰にでも、忘れてしまいたい事の一つや二つあるものさ。今この場は君だけの酒場、気が向いたなら話してみるといい」
 薄暗い店内の中、零れ落ちる色づく液体の音だけが流れた。青年は注がれた酒をしばらくの間見つめていたが、何かを決意するかのように一気に煽ると咳き込みむせ、涙目になりながら。
「それでも・・・・・・忘れられないんです」
 俯いた青年は、自らの内で焼けつく酒と焼きつく気持ちを重ね、吐き出すように呟く。
「未練は、苦い思い出しか残さないものだよ」
 掃除を終えたリュートが開いた扉。そこから射してくる朝の輝き、光と温もりにマスターは目を移すと言った。
 青年の伸ばした手の先にある物は、飲み干せない杯と薄れていく想い出の欠片。このまま何もかも忘れてしまえるのなら、それはそれで幸せなのかもしれない。
 けれど、胸の内で問いかける答えの行方はいつも同じ。青年は強く杯を握ると一気にそれを呑んだ。火照る頬、消えいく意識の中で彼が見たものは・・・・・・。
「あらら、倒れちゃいましたね」
 カウンターに突っ伏した青年を見、リュートは明るく言う。 
「ノンノン、アクア・ヴィータを勢いで呑むなんて、自殺行為」
「とりあえず、二階へ運びましょうマスター」
 こうして、意識を失った青年は水竜亭の客人となった。

「フラレタから死ぬなんてバカぽ!」
 お昼過ぎ。ようやく目覚めたポチョンは話を聞くなり、そう断言した。
「ええ、ちょっとひどくない?」
「死ぬくらいなら奪うのが、男の心意気」
 胸を張って偉そうなことを言うポチョン。しかしその実態は、まともに皿洗いも出来ず、いまだ居候の身分である。
「ポチョンは口だけ女王様だよね」
「うるさいぽ、リュートがまともに仕事できるのはポチョンのおかげ」
 そう言うなり手にもった特製フォークで、いつものようにリュートを突くポチョン。いつになったら彼女は真面目に仕事をするのだろうか?
「そんなことより、たまには手伝ってよ」
 今は昼時、忙しいに決まっている。リュートの眼差しを受けたポチョンは。
「また皿がいっぱい割れるだけぽ。ポチョンは食べるのが仕事」
 事実なので言い返すことが出来ないリュートを残し、彼女はさっさと二階へふわふわ飛んで行くのだった。

 その夜。
 目覚めた青年、名をエミールと言うらしい。 
 彼の話を聞いたマスターは、今日は珍しくカウンターで客の相手をしているようだ。
「いつか失う物だからこそ美しく見える。いっそ消えてしまう幻影を追うくらいなら、初めから知らなかったほうが・・・・そう、思いません?」
 何事か返す客。
「どうやら、ユーリアという子らしく、春祭りに行われた演劇祭の最後を飾った歌い手。届かない物ほど綺麗に感じるそれも恋。ま、彼がどうするかは彼自身の選択ですが」
 頷いて返す客。
「若さとはそんなもの、昔はお互いあんな時期があった気もします」
 マスターはそう言うと、隅のほうで呑んでいるエミールのほうに視線をやる。
「はてさて、どうするつもりなのやら。結末がどうであれ、未来ある若者にはもっとエレガンテに生きて欲しいものです」
 客は肩をすくめた後、何か言う。
「クーデターですか? 庶民にとっては、国の主が代わろうと生活が変わらなければどうでも良いこと。思い切ったことをしたとは思いますけどね。店としては、物流が寸断されないことを祈るだけ」
 どこかおどけて、マスターはそう言うと厨房に戻って行った。

 酒場に喧騒が満ちる。此処は二種のリュート待つ所。哀愁と追憶、恋と涙の世界。
 誰かを隣に気取りたい時、独り全てを忘れてしまいたい間。水竜の看板と芳しき美酒が迎える場所。
 移ろう昨日に安らぎを憶えるも、賑わいに身を浸し今日を忘れるも、選んだ酒と人。その想いの数だけ注がれゆく、一夜舞台の物語。

●今回の参加者

 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9508 ブレイン・レオフォード(32歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 eb2918 所所楽 柳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

メアリ・テューダー(eb2205)/ シャリン・シャラン(eb3232)/ クロエ・アズナヴール(eb9405

●リプレイ本文

●貴方は恋を知らない

 夜の帳。
 暗闇は全てを静かに覆う、酒場に集う人々はそれぞれの想いを杯に重ねる。
 過去は胸に沈み、追憶は幻想の彼方。
 その影を追う者は悲しみを友にし、忘れた者は此処に喜びと共に居る。

「リュミィ」
 カウンターの端、仄かなカンテラの明かりに照らし出された女は、軽く手で髪を漉き言った。薄暗い店内、金色に光る糸が優しげに輝く。
 その彼女、フィニィ・フォルテン(ea9114)の肩。眠りに捕らえられかけていた妖精は、瞼を瞬かせた後、寝ぼけたままに答える。
「はいです」
「疲れたの? それならこっちにおいで」
 フィニィはそう言って自分の膝を指した。リュミィはふわりと飛んで彼女の膝に乗る。フィニィはリュミィをしばらく撫でていたが、そのうちに妖精は瞳を閉じ寝息をたてはじめる。それを見届けたフィニィは、ぼんやりと光る灯火をじっと見つめた。


「いらっしゃいませー、お二人様ですか? こちらのお席にどうぞ」
 混み始めた店内に新たな客がやって来たようだ。リュートの案内に奥にある二人掛けのテーブルに案内された彼ら。
「ここが現場か・・・・・・。しかし僕の目を盗んで宜しくやるなんて、彼も嬢も隅におけないね」
 一人、出で立ちは、ジャパンの装束の女。
「何かの間違いじゃないですか? どう考えてもあいつが、ありえない。絶対」
 一人、憤慨しているのは、笑顔が似合いそうな青年。
「縁なんて不思議な物だからね、とりあえず呑まない?」
 座った女は、青年へ声をかけるとリュートに向かって軽い酒を頼む。
「呑みます、呑みます。でも、やっぱり信じられないな」
 所所楽柳(eb2918)とブレイン・レオフォード(ea9508)はこうした席に着いた。


「お一人ですか?」
 カウンター越しにマスターはその女に声を掛けた。女はカウンターの古傷を指でなぞり、数度確認した後、頬に指を滑らし当て、
「たまには、独りで呑むのも良いものですね」
 そう返した。
「酒の楽しみ方は人それぞれですから。ただ、悲しみを紛らわす酒はあまり良いものではありませんが」
 二人の間の距離は遠くて近い、喧騒という音楽を背に語られる言葉。それは騒がしさの中にあっても、なぜか鮮明に届く。
 マスターの言葉に女は、軽く息を吐き。
「それでも、呑みたい時もある? ですか」
「大人は、子供のように泣くことは許されていない。そう、皆思っていますからね。酒はその気持ちを解放する手段の一つ」
 二人の間に心地よい沈黙が流れる。しばし後、マスターは奥の棚から一本の古びた瓶を差出し、
「今日は特別です、綺麗なご婦人へのサービス。一杯どうぞ」
 注がれた酒に映った自分の姿を見て。
「過去を忘れないために呑む。ただ、それだけ・・・・」
 オリガ・アルトゥール(eb5706)はそう呟いた。
  
「リンさーん。次、次」
 訪れた酒場で、彼女リン・シュトラウス(eb7760)は、なぜか楽器を弾いている。
「リュート君、私は食事しに来ただけなのに」
「でも、リンさん詩人さんでしょー。いつもの人が今日は休みなんだって。ね、助けると思って」
 リュートは澄んだ瞳でリンを見つめ、彼女の手を握った。リュートはパラの少年なので、人間とはまた違った魅力、愛嬌と表現して良いのかは分からないがそれがある。
「う、うん、仕方ないです。任せなさい」
 少年と名がつくものに弱いリンは、思わず頷いてしまったようだ。嗜好とは恐ろしいものである。


 騒がしくなってきた店内。
 失意に陥った青年は一人呑んでいる。それは他人にとってはつまらない思い。それで片付く話。だが、本人にとっては決意に満ちた意思の末に導き出された行動。
 夜の酒場に、悲嘆に暮れた彼の姿はよく似合う。
「思い出は、美化して大事にしまい込むほうが、幸せなものさ」
 マスターの言葉に青年は、何も言わず注がれた酒をあおる。彼のささやかな恋の物語はまだ終っていないようだ。


 その頃、テーブルの一組は。

「確かに、あの二人をけしかけたのは僕だけどさ。今はあの調子だし上手くいったというか・・・・。ただ、最近はあの幸せ空気にあてられて、こういう静かな気分は久しぶりな気もするね、別に羨んでるわけじゃないよ」
「柳さん? もう酔ってるの」
 ブレインの問い彼女は、少し絡むように答える。
「酒場って酔いに来るものじゃない? 酔って駄目なら、何のために酒場に来るのかな」
 柳は、ブレインをからかうように柳は言う。
「そういう酔い方、あまりよくないよ」
 彼女は、戸惑う彼の様子を見て楽しんでいるようにも見える。
「いいんだよ。僕だって忘れられないこともあるものさ、だいたい君を呼んだのはそれを聞いてもらうためなんだから、黙って聞いてよ。この前だって・・・・・・その隙をつかれた勿論、忘れるつもりはないんだ。だから、ねぇ、聞いてくれるかい?」
 柳は、自分に言い聞かせるためだけに話しているらしい。ブレインは溜息を一つついた。

「ご婦人、前途ある青年の相手をしてはもらえませんかね?」
 マスターはオリガに向かって、悲嘆に暮れる青年を指差した。
「あれが、さきほどの・・・・ですか?」 
 オリガの問いに、マスターは頷いた。
「私で何ができるか分かりませんが」
 オリガは、青年の傍に歩み寄り、隣に座った。訪れた静寂、オリガはそれを静かに破る。
「良けれど、聞いてもらいたい話があります。聞き流すだけで良いですよ。これは昔、遠いの昔の話です」
 彼女は、とある女の過去の話を語りだした。
 あるところに若い夫婦がいました。
 永遠を誓い、二人ならばきっとどんなに辛いことがあろうとも乗り越えていけると思っていた二人。
 しかし、幸せは長く続きませんでした。望みはむなしく、夫は病に倒れ帰らぬ人となりました。どれほど祈っても、何をやっても夫はもう帰ってこない。この世には何もない、神などいないと女は嘆き悲しみ、そして彼のいない世界などいらないと。そう言って、自ら彼の元へ行こうとしました。
 そんなときに、女は一人の少女と出会った。その少女は記憶を。私は愛する人を。そんなかけがえのない、とてもとても大切なものを失って。女は何かを重ね合わせたのでしょう、その少女と出会ってしまったから、死ぬをやめました。
「人生なんてそんな物です。良い事も悪い事も隣り合わせなのだから」
 オリガの話を聞いた青年の瞳の曇りが全て取れたようには見えない。彼女はその姿を見て、思う。
 やはり経験しなければ分からないのかもしれないと・・・・・・。
 だが、彼女はあまり悲観はしていないようだ。
「今は呑みましょう、それがきっと薬ですから」
  
 例の二人は相変わらず。特に柳は自棄酒に近いようだ。
「柳さん、それ以上は駄目だって」
「いいんだよ、誰一人護れないのなら、僕に生きる価値なんて無いんだから」
「まだ、気にしてるの? あの事を」
「忘れられるわけがないよ、ない、ない」
「苦しむくらいなら、忘れてしまったほうが良いこともあると思う」
「うん。でも、その場限りの嘘でもいいんだ。そういう優しさも大事なんだよ」
(あいつならどういう対応をするのかな)
 酔っ払いの相手に困惑するブレイン。その脳裏に浮かぶ男。あいつならば、とにかく黙認して放置するようにも感じる。
 そのブレインの様子を気にもせず、柳は続ける。
「僕には護ると誓った子が居た、護るために僕自身も利用したといってもいい。一人で誰かを護れるなんて驕り。だから距離を置いて今は離れた。でも幾ら取り繕っても、僕は自分を誤魔化せない。護られる立場に憧れたりもした。結局僕は弱い、そして女だ」
「忘れられないなら忘れなくてもいいと思う。どんなに頑張ってもその痛みはきっと消えない。なら痛みが薄くなるくらい思い出を作って、塗りつぶせばいい。未来への前進だって考えるんだ。目の前ばかりが進む方向じゃない」
 ブレインの言葉に柳は黙った後、潤んだ瞳で言った。
「君の言うことは正しいよ。でも、そうだとしても、今僕が欲しいのは、慰めさ」
 そしてテーブルに伏す柳。ブレインはその彼女の様子を見届けた後、ふと思った。
 彼は柳に連れられて、水竜亭に初めて来た。それは、知り合いであって柳の誘いというのもあるが、彼と古い付き合いである男の話を聞くためでもある。
「あいつがハーフエルフを選ぶとはね・・・・・・」
 ブレインの独白の裏にあるのは、幼馴染である彼を含めた三人にまつわる事。
 ハーフエルフには狂化という名の呪縛があり、それに関した悲劇は数限りなく紡がれてきた。彼の想い出もそれに関わる話であり、彼と古い馴染みに関わる男の物語。
「だからと言って許せない。結局、僕も柳さんと同じだな」
 ブレインはそう言うと、独り呑み始めた。


 夜も更け、少し一段落した店内。
 頃合いを見て、リンもカウンターへ向う。
「想いに形は様々あるけれど、今回の事は難しいかも」
 リンの言葉を聞いたリュートは、首を傾げて聞いた。
「それでも、変わらないことなんてないよね。今は無理でも次は? 好きなんだし」
 リュートの言葉を聞いたリンは
「押し付けるだけが、愛ではないのよ。リュート君」
「でも、言葉にしないと分からないと思う」
「言葉だけで全ては語れない、けれど言葉がなければ思いは伝わらない。愛を言葉で表現するのは簡単です。でも、愛はそれだけでは現せない」
 リンの言うことを理解できないリュートは、いまいち納得できないようだ。
「難しくてよく分からないよ」
「だから詩人は歌を奏でる。いつか分かるようになるから、大丈夫」
「リンさんって大人だね、お姉さんって感じ」
 リュートにそう言われて、嬉しそうにも見えるリンであった。 
 

 リュミィを寝かしつけたフィニィは、悲嘆にくれる青年エミールのもとを訪れた。フィニィの話を聞いたエミールは、彼女に向かって言った。
「優しいんですね」
 弱々しい微笑みを向けるエミール、フィニィはその彼を勇気づけるように諭したようだ。
 いずれ時は少し経ち、彼女は終った物語をもう一度紡ぐため、またこの水竜亭の看板をくぐるだろう。その結果、起きた結末が青年にとって最善なのかは分からない。
 しかし、夜はまたやって来て、この場所に酒と人が集う。

 そう、これもそんな夜。

「リクエストしてもいいかな?」
 客が、一曲歌い終わった歌い手にそう声を掛ける、頷いた歌手に客は言った。
「君の今の気分を歌って欲しい」
 彼女の周囲をふわふわと飛んでいた妖精が肩に乗る。迷ったように視線を周りにやると器楽を受け持つ女が何も言わず曲を奏ではじめる。店内に響きだした楽曲に合わせ彼女は歌った想いを込めて。

 心に秘めた 大切な想い
 伝えたいのに 伝えられない
 口に出さねば 届かないまま 

 ああ神様 勇気を下さい
 ただ一時 ただ一瞬でも
 この想いを 伝えられる様
 一欠片の 勇気が欲しい

 心に秘めた 大切な想い
 伝えたとして 届くだろうか
 心の迷路を 堂々巡り 

 勇気を縛る 荊を解いて
 例え想いが 届かなくとも
 抱えたままで 後悔せぬ様
 勇気の欠片を 解き放て


 その歌が誰に向けられたものかは分からない。
 そして、終ってしまった物語が再度語られたかどうかを知る術も、また無い。青年は街を旅立ち、この地にはもういないのだから。

 けれど、青年は旅立つ前、歌手に話しかけた。
「同じ歌手なら、彼女では無く、貴方を好きになれば良かったかもしれません」
 笑顔で贈られたさよならの言葉は、受けた側の驚きによって迎えられた。去っていく青年を見送った歌手は言う。
「私には、まだ恋は早いです」『です♪』
「リュミィ、こういう時は真似しなくていいの」『いいの♪』
 その情景を重ね、歌手はもしかして歌ったのかもしれない。 
 
 流れる曲が終り、伴奏をしていた女にパラの少年が歩み寄ってきた。
「ねえ、リンさん」
「何? リュート君」
「結局、彼は幸せだったのかな?」
 リュートの問いにリンは、しばらく黙っていたが
「You don’t know what love Is」
「何それ」
 理解出来ないリュートは聞き返す。
「君は恋を知らない」
「ひどい、じゃあリンさんは知ってるの?」 
「Not Love But Affection」
「また意味不明だ」
「愛ではなく。でも、それも愛の形」
「答えになってないって!」
 それを聞き、彼女は優しく微笑むのだった。
  

 了