●リプレイ本文
歩く街並、通りの向こう側では果物売りの掛け声がする。
石畳みに照り返される陽の光。息づく街角を歩むと熱気が走り抜け、乾いた空気が道を吹きぬけた。
再度訪れたこの大地は異国。
自らの生まれ故郷とは違う匂いがするここへ、遠き海の彼方より足を踏み入れ、また帰っていく明日を前に菊川響(ea0639)は、ある建物を目指していた。
家屋が立ち並ぶキエフの中心部を通り過ぎ、郊外に建つその小屋に彼がたどりついたのは、夕刻を間近にした頃だった。
久しぶりに訪れたことに、響は多少緊張しつつ扉を叩いた。
「はぁい、ちょっとまってね」
聞き覚えのある声の後、極北の地とはいえ暑さがやって来ている中、なぜか熊の着ぐるみを着た少女が戸口に現れた。
「久しぶり、書記長」
ふらりと立ち寄った風、軽く手をあげて挨拶する響に熊の少女は、一瞬驚いた。だが彼女はもこもこした右手を窮屈そうに伸ばして、汗をかきつつ笑顔で言う。
「あ、ひっさしぶりー! ねぎかも元気してた?」
「いや、俺は葱じゃなくて鴨が本分だ」
葱と鴨、そこに何の意味があるかのか? 鴨葱についてはあえてここで語る必要はないだろう。きっと色々な浪漫がある・・・・・・気もする。
鴨と葱。それはある調和する二つの点なのだ。
ということで、ひとまずまるごとハウスの中に通された響、そんな彼の前には先客であるフィニィ・フォルテン(ea9114)が天使の着ぐるみを来つつ、職人タロウの手伝いをしている姿、まるごとオーガを着込み見守っているだけのゴールドもいる。
今日も、まるごとハウスは熱気むんむんである。
どうやら伝説のまるごと、まるごとゆうしゃは完成間近のようだ。まるごとゆうしゃさえあれば、きっと魔王にも勝てる? と信じよう。
タロウのお手伝いをしているフィニィは忙しそうだ。その横をパタパタと飛んでいるフェアリー、名をリュミィという。彼女はフィニィのお友達だ。
リュミィは、さきほどから買ってきたお菓子に目を奪われているようで、落ち着きがちょっとない。
けれど「おやつは、おもに夕食後」という掟がまるごとハウスにはあるらしい。
そのせいで、来る途中フィニィと一緒にお買い物してきたお菓子、それを食べられないリュミィは、フィニィの顔色をうかがい、お菓子に時々接近するのだが
「つまみぐいはだめです」『メ・・・・・・です』
という会話を何度か繰り返しているのだった。
「まるごとの奇跡。伝説のまるごとは、それでいつ頃完成?」
休息時間中、フィニィの淹れてくれたハーブティーのカップを片手に、織られているまるごとゆうしゃに響は視線をやった。
「もうちょっとです」『です♪』
一休みということで、おやつを少し食べたリュミィは機嫌が良いようだ。
「これで、ついに全世界の征服を。大いなるまるごとの力を今こそみせる時、愚民どもよひざまずけ! 夏の暑さの前にひれ伏せ!」
暑苦しい内部、もっとも暑苦しい男、部長は寝言・戯言を叫んだ。
「妄想はここだけにしてね。私たちは、いちおー正義の味方なんだから、そういうのは悪の組織にまかせーよーねー」
書記長に腕を引かれ退場していく部長。本当に彼に、まるごと世界の平和を任せて大丈夫なのだろうか?
そう思った響とフィニィは、お互い顔を見合わせた後、お茶をすする。
そのうちに、茶を飲み終わった響は、一つの疑問が口にしてみた。
「そういえば、部長と書記長殿って普段何してるのだろう?」
問われたフィニィは少し考えていたが
「きっと、会報などをつくってると思います」
先ほど版画のようなものを見たような気がする、響は周囲を見回した。
「てっきり、普段は普通に仕事をしてるのかと思ったのにな」
「まるごとを世界に広めるのが仕事です」『です♪』
どこからか資金援助がされているのかもしれない。そうでなければやっていけるわけがない。
響は、ふとそう思うのだった。
「あれ、クロエさん? でしたっけ」
開店直後、店の扉をくぐって来た黒髪の女。
その姿を、どこかで見かけたような気がしてリュートは声をかけた。
「ええ、名前を憶えているとは感心ですね」
そう返すとクロエ・アズナヴール(eb9405)は奥の方、やや影に隠れる席に着き、朝食を頼んだ。
「一度来て頂いた方は、だいたい憶えてるんですよ。お飲み物はどうしますか?」
「酒・・・・・・というわけにはいきませんね、朝です。それに、これから人を訪ねる予定がある」
「それなら、おいしい水はどうですか? 近くの洞窟で採取した天然水ですよ。さっぱりとした喉ごしが朝の目覚めに最適です」
「水ですか、たまにはそれも良いでしょう」
こうして、朝のひと時をクロエは水竜亭で過ごした。
ナタリーは、いつものように起きて礼拝の後、家事を始めた。
短い間に色々な事があった。今という平穏があるのは、きっと神のおかげだろう。
彼女は心のうちでそう思いつつも、どこか不安な感情を感じてもいた。
「ナタリー」
呼ばれた彼女は、神父に客の来訪を告げられた。
「いやっほー! 今日はアクティブにいくぜ」
何か、教会に似つかわしくない声が響いた気がする。とりあえずフォックス・ブリッド(eb5375)のようだ。いつものクールさはどこに捨てたのだろう・・・・・・。
「これ以上、君をナタリーに近づけるわけにはいきません。来るというなら抜きなさい」
壊れかけのフォックスの前に、先にやって来ていたクロエが立ちはだかる。
なにやら、戦争勃発か?
「それで、料理は上手くなりましたか?」
背後で繰り広げられている雰囲気など気にもせず、ヤグラ・マーガッヅ(ec1023)は、微笑みナタリーと談笑を始めた。
ナタリーは戸惑っていたが、
「ちょっとだけ」
頷く。
「ええい、アルルカン! そこをどけ」
「どかぬ、道化は主人のために踊るもの。これ以上進むというなら切れぬ糸を切ってみせよ」
「何でしょう、後ろが騒がしいですね。新しい劇の練習でしょうか? とにかく料理というのは腕もですが、心ですよ」
「私、がんばります」
「そういえば、ナタリーさんはノルマンの出身と聞きました」
「はい、父がノルマンの出身だったらしいです」
「そうですか、自分が生まれたのは、ノルマンのパリからいくらか離れた村だったそうです。両親の事情で、物心付いてからはずっとキエフにいましたから、実際に生まれ故郷の記憶というものはないのですけどね 」
「私、故郷の記憶というもの、ないです」
「そうですか、もし興味があるのでしたら、その辺もいつか詳しく話して欲しいですね」
ヤグラはそう言うと、ナタリーの好物であるお菓子の話題に移した。
背後では相変わらずクロエとフォックスが遊んでいる? ようだ。
それを見たナタリー二人に近づくと
「お茶、淹れましょうか?」
おずおずとそう切り出した。
ナタリーのその言葉を聞いたクロエは、無言で剣を収めると教会の方へ歩いて行く。
フォクスも何事かナタリーに言おうと思うが、本人を前にするといつもの彼に戻り、やはり教会に向かって進んで行った。
「ヤグラさんも」
「行きましょうか」
そして、二人も庭先から教会へ歩んでいった。
ラドルフスキー・ラッセン(ec1182)は市場にいる。
「まるごとは、今の時期って売ってないのだな・・・・・・」
確かに、夏にあの特殊な防寒着を売っている店は、かなりの天邪鬼かつ記念店ものだ。
しかし、彼の真の狙いはとある少女に似合うまるごとを探すという使命。
その達成がこのままでは不可能。よって彼が最後に目指したのは、まるごとの聖地。
名を
「ま・る・ご・と・ハ・ウ・ス」
多分、既出である。
どうやら、まるごと集うキエフ郊外に建つオンボロ小屋。まるごとハウスをラドルフスキーは目指しているようだ。
その頃。
まるごとハウスの先客、響とフィニィの二人は、部長のクレイジーさについていけなくなった書記長と協力して彼を庭に縛りつけ、みんなで平和なひと時を満喫していた。
「この放送は、まるごとを愛する皆に送信されています♪ それじゃまたらいしゅー」
「また来週です」『です♪』
「葱もよろしく!」
いつものように、まるごと電波の送信を終えた書記長は、夕食をどうするかお客と話し合っていた。
「そりゃ鴨葱鍋だよ」
響は彼にとって当然の意見をのべた。
「鍋ですか?」『ですか?』
「この暑いのに、鍋って我慢パーティーなの?」
書記長はげんなりして言った。暑いならまるごとを脱げば良いと思うのだが、それについて触れるのはどうやら禁句らしい。なぜか、ハウス内では誰もそのことを口にしない。
その時だった・・・・・・。彼が現れたのは。
「ここだな、まるごとハウスは」
訪れたラドルフスキーは、内部の熱気に驚愕した。
「あぢい」
まるごと愛好家にとって、この暑さは普通の状態。だが、ラドルフスキーはまるごと愛好家ではない一般人、耐えられるわけがない。
「で、出直してくるよ」
逃げるようにまるごとハウスを後にするラドルフスキー。途中何事か怪しく叫んでいるまるごとがいたが、見てみないふりをして通り過ぎる。
「グッキーに何か服でも着せてみるか」
帰る夜道、一人納得しているラドルフスキー。彼の言うグッキーとは、熊の形をした恐怖ぬいぐるみのことだ。
丸っこい感じ、耳と鼻が熊であることを主張している。けれどこれを熊といってしまうのは、熊に対して失礼というものだろう。一説には持っていると運が下がるという迷信もある。といっても形式上は単に熊のぬいぐるみなので、特殊な効果はない。
ひとまずラドルフスキーは、キエフの市街地に戻って行った。
ナタリーと楽しい? ひと時を過ごした三人は夜ということでそろそろ帰るようだ。各自物足りなさも感じてはいたが、それほど無理をする必要もないだろう。
帰り際、フォックスが何気なく質問した。
「誕生日はいつ?」
聞いたナタリーは少し考えていたが
「3月15日だと思います」
そう答えた。
意外にも簡単に答えをもらったフォックスは、嬉しい気分だ。
けれど、クロエが警戒して目を光らせているため、不用意にナタリーへ近づくことはできない。
「それでは、ナタリー。また来ます、何事もないと思いますが気をつけて」
「クロエさん・・・・・・。私、待ってます」
ナタリーの言葉と視線を受け、クロエは一度だけ頷くと振り返らずに道を先に進む。
その素っ気ない姿にナタリーは首を傾げる。
ヤグラは足早に立ち去っていくクロエの後姿をにこにこと見送り、ナタリーに言った。
「彼女は、ああ見えて照れ屋な気もします。面と向かっていわれると恥ずかしい事もあるものです。自分もまた来ますね。それとカピタンは放置しておくと大変そうなので、連れて行きます」
「む・ね・ん」
ということで、フォックスもヤグラに強制連行され教会を後にするのだった。
その頃。
まるごとハウスでは、灼熱の鍋パーティーが行われていた。
「書記長、せめてこの扇で涼をとって・・・・・・」
「何、いってるの! 鍋っていったのは、かもねぎ君でしょう」
響の善意は、この状況では悪意に近いものを書記長に与えたようだ。
「リュミィ、熱いですね」『で・す』
リュミィの表情は虚ろだ、そろそろ危険な気もする。
「ジャパンに帰る前にいい思い出ができたよ、ありがとうみんな」
とにかく、響は満足したようだ。周りは返事をする気力もないようにも見えるが、とりあえず、めでたし、めでたし?
そんなハウスの外では、叫び声が響いていた。ただ、それについて触れるものはいない。
「私がゆうしゃだ! 私こそが」
そんな叫びが木霊していたというが、定かではない。
後日談
その夜、水竜亭で大暴れしたハーフエルフがいた。
なにやら気味の悪い人形を胸に抱き、いわゆるハーフエルフ特有の狂化という現象を起こしていた彼。
マスターの一撃により気絶し、警備などのお世話にはならなくてすんだようだ。
名前はあえて公表しないが誰であるかは、本人は分かっているだろう。
ともかく、お酒は飲んでも飲まれるな。
了