●リプレイ本文
●道中
訪れた冒険者を出迎えた依頼主は、手短に事情を話したあと馬に鞭を入れる。
朝焼けに走る馬車。
幌に縫われた蝶は音無く羽ばたき、道を駆けはじめた。
二日ほど進むと小さな集落に着いた。警戒する冒険者たちの緊張とは裏腹に、それまでの道中、何事もない。
依頼主は馬車の荷から何か取り出すと、笑顔で冒険者たちに言った。
「用事がありますので、それが終るまで休憩していて構いませんよ」
そして、冒険者に休むように話すと集落の奥へ消えて行った。
道中の疲れを癒すか、それともこのまま荷の警備を続けるか? 迷ったフォン・イエツェラー(eb7693)は、凝った肩を数度上下させた後、周りに聞く。
「休んで良いそうです。どうします 私は皆様の意見に従います」
彼の言葉を聞き、馬車の中で眠っていた男は起き上がると言う。
「さすがに、自由行動ってやつは危険じゃないかね」
なぜか腕を無意味に回している男、名を馬若飛(ec3237)。
「でしたら、私が残りましょうか?」
馬から下りたミラン・アレテューズ(ec0720)は、愛馬ノーラのたてがみを撫でる。ノーラはミランに答えるかのようにいななき、ミランは優しく微笑んだ。
「もし可能なら、自分は何か皆さんに作ってきますね」
笑顔で言うヤグラ・マーガッヅ(ec1023)の言葉に答えたのは、エルフの女だった
「それいいですね、味気ない灰色の食生活にもそろそろ飽きた頃です」
テレーズ・レオミュール(ec1529)の返事を聞いたヤグラは頷くと、他のメンバーに場を任せて集落へと歩き出した。
周辺で各自行動を始めたパーティー。
馬車の蝶の刺繍を眺め、呟きをもらしたのは、
「蝶か」
「蝶のようですね」
陽小明(ec3096)とフローネ・ラングフォード(ec2700)の二人だ。
「蝶、お好きなのですか?」
フローネは、好奇心で聞いた。
「別に、気になった」
小明はそれだけ言うと黙る。そこからどう話を続けて良いのかフローネは困り、神に祈るのだった。
「グッキー聞いてくれ、今回はオーガ退治だ」
ラドルフスキー・ラッセン(ec1182)という男がいる。彼はなぜかぬいぐるみに話しかけている。
「・・・・・・おい、なんで、ぬいぐるみに話しかけてるんだ?」
さっきまでリハビリを兼ねて剣をやたらめったら振り回していた馬、それはそれで危険な気もするのだが・・・・・・。
見られてはいけない場面を見られたラドルフスキーは、少し動揺して答えた。
「なんとなく、なんとなくだぜ」
「そ、そうか」
釈然としないものを感じつつ、馬は納得するしかなかった。
「私も飼っていますが、可愛いものですよね。でも、たまに蹴られるのですが」
フォンは、ノーラの世話をしているミランに向かって言う。
「騎士にとって馬は欠かせないものです。蹴られるのは愛されてるからかもしれませんね」
ミランはフォンを見、おかしさを隠し答えるのだった。
──かなりの時が過ぎた。
自炊に向かったヤグラは内心どこかで、依頼人のことを疑っている。それは出発前キールという男に託された情報を元にしているのだが、動きを探るまでの行動をするほどではないらしい。
そのヤグラは調理を終え、馬車に戻ってきた。
「皆さん、ささやかですがどうぞ」
「いただきまーす」
テレーズがそれを口に運び。
「美味しい」
その言葉を皮切りに、皆和やかな雰囲気で会食が・・・・・・ただ一つ。
「そういや、ぬいぐるみ元気か?」
馬が触れてはいけないことに触れたようだ。
「ぬいぐるみ?」
その後、ラドルフスキーがどうなったのかは、想像にお任せする。
依頼人は、しばらくした後戻り、彼らは出発することになった。
目的の森まであと少しだ。
●森
暗闇中、瞬いた光に下が動く。振るった刃を弾き返されたフォンは認識が甘かったことに気づいた。
空を斬り、続けざまに棍棒と錆びた剣が彼を襲う、回避すべく体を捻るが打撃が彼を捕らえる。衝撃は臓を叩く。血とも胃液ともつかない物を吐くフォン。
前に立っているのは鎧を着込んだオーガとその仲間。
敵は居た。
発見した敵に向かって、他のメンバーが目覚めるまで見張りの三人が牽制に向かう。
ラドルフスキー唱える呪の先に赤き蓮の渦は立つ、渦巻く火炎の向こうから歩くその姿を見て、フローネは言った。
「大きい・・・・・・」
襲い来る敵へのフォンの初斬は、阻む雑魚に防がれる。奥より巨体もつそれの瞳が彼を見た。
包囲されたことに気づいた他のメンバーは、馬車の護衛を中心とする。
敵の数は彼らと同数、やや多い程度だろう。
注意するは奥に立つ巨体のみと見たとミラン・小明・馬は防衛線を張る。
テレーズは氷雪にて牽制し、敵の侵攻は止まる。
いったん退却したフォンは、ヤグラの手によって治療を受けた。
「ふむ、オークは猪じゃなくて豚の頭じゃないのか? そう思ってはいたが」
ミランの呟いた言葉に馬は返す。
「何か嫌な感じがするぜ、復帰したばかりなのに、これかよ」
馬は剣を抜いた。
血が迸る。
慣れぬ手で短剣を下ろす女は、傷だらけになった自分の省みて自戒ともつかない感情にとらわれる。
だが、フローネが想いにひたる暇はない。前から敵は来る。
繰り出された剣をかろやかな足裁きで回避した小明は、自らの上体を傾けしゃがみ、一瞬動きをとめて吐く呼吸の後、刈るような鋭い蹴りを放つ。
孤を描いたそれは、視線の先標的を失った敵の足元を見事に返し、敵は倒れた。
その機を逃すほど甘くはない。ミランと馬の剣が続けざまに振り下ろされる。
──数度の攻防戦の後。
いったん防衛に成功し敵は退く。
しかし相手はいまだ健在。森を抜けるまでは、まだ時は足りず。脅えた馬に必死に鞭打つが、それほどの効果なく遅々として進まない。
冒険者たちは、このまま逃げ切るか、待つか、攻めるか選択に迫られる。
目的は、護衛であり馬車と荷を守ること決めていた彼らは、ひとまず防衛することに重きをおく。
敵が、また来る。
ラドルフスキーとテレーズの魔法によって作られた炎と氷の嵐が場を包み、倒れた残骸の中を彼は走り出す。
失態を見せたことにより、恥辱を晴らすべく男は胸に剣を添えた後、懐から漏れ出す光を道先の灯火にして夜闇を行く。
頭上には月が出ている、ならば問題はない。
そう思ったフォンは、輝きに包まれた一撃必中の気合こめて、巨体に向け撃った。だが、敵は避けることもしない。鎧と刃甲高い音、間合いを退いて対峙するフォンと巨体。
剣が鳴いた。
その音が夜に轟く、そのうちに音の数も減りすでに残る敵は鎧の鬼のみだ。
単騎では無理と判断した彼らは包囲する。
数本の刃を突き立てられ、さすがの巨体もいつしか絶命し、やって来たのは月に眠る静けさだった。
●到着
「結局、あの敵はなんだったのでしょうか?」
「あの個体は、オークではなかったようですね」
ヤグラの疑問に、フローネが小明の治療しつつ答える。
「申し訳ない」
普段より、やや情感の溢れる声色で小明は言った。
「とにかく、みんな無事でなによりです」
テレーズが見回して言った。
メンバーはそれなりの負傷をしたが、ヤグラとフローネの治療により全て回復した。
倒れた巨大なオーガの鎧を剥ぐと、熊の身体をしていた。しかしそれが何なのか分かるものは、この場にいないようだ。
夜が明け、朝の光。馬車の幌の中で疲れ果てたメンバーは一部の見張りを残して眠る。
蝶は道を飛び、いつしか森を抜けて進み目的地へ着くだろう。
しばらくして、馬車が止まったこと気づいたヤグラは外の様子を伺う。走る車窓からみえる光景はそれなりに大きな都市であることを示している。
馬車は、そのうちにどこかの大きな屋敷の門をくぐる。その石柱の門には狼が掘り込まれているようだ。
ふと、ヤグラが依頼人に聞いた。
「ここはどこですか?」
「ヴォルニフという街だよ」
彼がそれを聞いて何を思ったのかは、ここでは触れない。
別れる間際、馬は当初からの疑問であった、質問を依頼主にしていた。
「そういえば、積荷は何なのだい? あの刺繍からして蝶と何か関係があるのか」
依頼主は、馬に答えた。
「荷物は、骨董品だよ。それほど値打ちものってわけではないらしいが、あの蝶は私の友達の趣味らしいね」
こうして無事目的は果たした。
冒険者たちは自由の身となり、解散することになる。このままこの街にとどまるもよし、キエフに戻るのも君たち意思だ。
最後までとどまっていたヤグラは、キエフに戻る前に一つのことを知った。
「荷物を届けた先は、ヴォルニフを治める者の館」
と。
蝶は静かに輝く七色に。
了