願いの意味 〜再奏〜
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■ショートシナリオ
担当:Urodora
対応レベル:11〜lv
難易度:易しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月28日〜10月04日
リプレイ公開日:2007年10月07日
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●オープニング
●願い
アレクセイ・マシモノフという名の少年が、偶然冒険者ギルドで見つけた依頼は、彼の気持ちを強く揺り動かした。
目の前にある依頼は昔、抱いたはずの想いをアレクに思い出させた。
はねる赤い髪の毛を抑えて、何度も目を凝らして掲示を見る。書かれた文字は彼にとって難しい言葉。それでも、なんとかアレクはその内容を判読し理解すると言った。
「いかないと」
ふと、腰に手をやるとざらついた何かが当たる。視線をやった先には古びた木製の短剣があった。
その短剣は、かつての彼の無力さを表している。そして、アレクにとって自らの願いを刻んだ証でもあった。
「プースキン・・・・・・」
呟いた言葉は過去、悲しみを引き連れ涙と共にやってくる。けれど、進む道へ歩き出した時、目的を果たすまでは思い出の主とは会わない。そう、アレクは決めた。
だからこそ・・・・・・今。行かなければならない。
乗り越えることができなかったものを乗り越え、自らの手で同じ何かを救うため。
アレクは拳を握りしめた。強く、もっと強く。
振り返るよりも、前に進もう。
夜空を見上げて誓った。薄れ行く記憶のなかでも、決意したあの日を忘れることはない。冒険者になり、強くなって誰かを守りたいと思った。
なのに──本当に自分が強くなったのかは分からない。
アレクは、金貨を一枚取り出すと指で弾いた。描く軌跡は空を回り、落ちる輝きはゆっくりと手のひらに収まると、包まれた肌に触れて少しずつ温まっていく。
過去。
旅立ちの記憶を封じ込めた金貨は、彼に決意を促す。
アレクは、走り出した。
告げるため、自分の想いを告げるために。
「行ってこいよ、きっとお前自身の問題だ。一人じゃ危なっかしいけど、リーダーだからな、信じてるよ」
どことなく照れたような表情で、そのハーフエルフの少年は言った。
「ジル、ありがとう」
「俺はさ、お前のそういう暑苦しくて融通の効かないところが、大嫌いだ。 でも、だからこそ好きでもある。分かるか? 分からないだろうな、単純バカには」
「うん」
素直に頷いたアレクを見て、ジルは呆れた。
「まったくこれだから、まあいい餞別だ。もってけよ」
「必ず戻ってこい、待ってるからな」
「約束するよ」
差し出されたポーションを受け取るとアレクは手を振って去っていく、ジルはその姿を見送った。
怪我の治療をしていた少女はその話を聞くと驚いた。
「アレクのバカ。一人でいくなんて駄目デス」
「わかってる。けど、ニーナ。いかないとだめなんだ」
「帰ってくる?」
「だいじょうぶ、ボクは必ず帰ってくる。ジルとも約束したから」
黙ったニーナに別れを告げて、アレクはギルドに向かう。
「ひよっこが飛び立つときが来たってわけか、感動の名場面だな、うん」
「中年さんは、いつでもおどけてるね?」
「そういう性分でね。だが、さすがに一人では無理だろう」
「だからここに来たんだ。あの時と同じように、僕を助けてくれる人をさがして」
やれやれ、口調まで変わりやがった。子供の成長ってのは恐ろしいものだな、うちのドラ息子もこれくらいなら・・・・・・。
そう中年は内心思ったが。
「それじゃ、依頼について話そう」
語りだした。
●依頼
キエフより二日程度の開拓村に住む少女の依頼のようだ。
『わたしのお友達のモンスターを助けてください リナ』
文面はそれしかない。
中年は知りえる情報を補足した。
「モンスターだから、坊やの時のようにオーガあたりだと思うのだが、そこらは推測するしかない。問題は、このあたりヴォルニ領近辺が最近きな臭いということ。そして、この村の村長は厳格な黒の教徒だと聞く。となると、結末はそれほど楽しいものではないぞ」
「それでも行かないとだめなんだ」
「その顔を見るに、金が欲しいわけでもないだろうが、依頼料は極端に安く、ないようなものだ。そして解決も困難、情報もほとんどない。そんな依頼を受ける物好きがいるかは知らないぞ」
「その時は、僕一人でも行く」
「立派な覚悟だ。早死にするぞ。まあ、いい募集してみよう」
「ありがとう」
こうして、ギルドに一つの依頼が掲示された。
●リプレイ本文
門を通り抜けた先には、粗末な作りの家が立ち並んでいた。灰にも似た靄のような気配を感じる。どこか重く息苦しい。
そんな風景の中、デュラン・ハイアット(ea0042)は立っている。やや尊大な態度の男だ。デュランは、辺りの様子を探っていた。
デュランがこの場にやって来たのは、それなりに理由がある。
だが、今はその理由を語る時ではない。
──遠くで誰かの叫ぶ声が聞こえた。
声を聞いた女、デュランの傍らにひかえたオリガ・アルトゥール(eb5706)は、デュランは知己である。デュランはオリガの顔を見つめた。
オリガはしばらく何事考えていたようだったが、伸びた前髪を人差し指で軽く漉くと、デュランに向かってゆっくりと頷く、二人は無言のまま歩みだした。
進んだ先に女が居た。アーデルハイト・シュトラウス(eb5856)と言う。アーデルハイトは二人の姿を見つけると一瞬視線をやるとすぐ戻す。
アーデルハイトは無意識に吊るした剣に触れている。アーデルハイトは神に祈らない。しかし、神の刃を職としていた。その矛盾を彼女がどう感じているのかは定かではない 同じく神の刃たる職に就くセシリア・ティレット(eb4721)は、神を信じているのだろう。その選択が非情であろうとなかろうと、神は絶対なのだ。その教えを信じるものにとって・・・・・・。 イルコフスキー・ネフコス(eb8684)はその神の使徒だ。
だから、イルコフスキーはこれから行われることを苦々しくも思いつつ、真っ向から反対することは出来ない。
今から行われるのは、正義だ。正義という名を冠する暴力であっても法。法に従わないものは処罰される。
場には、柱が二つある。
守るものを戒める。
破るものを罰する。
そこにあるのはささやかな差異。
所所楽柳(eb2918)は目を逸らした。
行われることの正しさを分からない彼女ではない。この世界には想いだけでは、どうすることも出来ないことがある。それでも・・・・・・できることならば、止めたいと願う。
ブレイン・レオフォード(ea9508)は、柳の様子を見て、そっと手を握った。
そしてブレインは、アレクの横に立つロイ・ファクト(eb5887)を見た。ロイの表情は変わらない。
一つに張りつけられた黒い物体は、生物のように見える。その物体は尻尾を二度振ると力なく鳴いた。
一つに張りつけられた人影は、少女にも見える。気を失っているのか、うなだれ瞼は閉じ、弛緩した体、手足を時折ぶらぶらと揺れる。
周りに集まった村人たちは、口々に叫んでいる。
あれはデビルだ。魔法を使った姿を見た。
声の先にいる黒猫は、ただの猫にも見えるし、そうではないよう気もする。額のあたりが妙にくぼんだ猫は弱く鳴いていた。
村長は言った。
魔女とデビルは浄化するしかない、見せしめだ。
村長の手には燃えるたいまつがある。
ここは彼らの村だ。
部外者である冒険者が口を挟む理由は依頼を受けてきたというだけ。
アレクはセシリアの方を振り返り、視線で問いかける。だがセシリアは迷った。
助けなければいけないことは分かっていた・・・・・・けれど確信はない、その時間は短かったが、躊躇するセシリアを見、アレクは前を向く。
デュランとオリガはアレクの様子を何も言わず見ている。彼らはあえてアレクの意思に任せた。このまま見過ごすことがないのは分かってはいたが。
アレクは、腰の剣に手をやるとロイにだけ、聞こえるよう囁いた。
「これでいいよね、ロイさん」
ロイは何も言わない。あの猫を倒さなければいけないとしても、目の前で起きていることの醜悪さは耐えられないものだ。ロイはブレインと柳を向く、ブレインはロイの意思を感じ取り、一歩前に進み、柳も続いた。
アレクは剣を抜いた。
その前にイルコフスキーは、両手を開いた立ちふさがった。
分かって欲しい。アレクはそう願った。例えこの場だけでもいい、自らの願った過去の欠片が痛むから。
そんなアレクの想いとは裏腹に、イルコフスキーは悲しみに満ちた瞳でアレクを見、首を横に振った。
無言のまま、対峙する二人を仲間はじっと見ている。
その時、助けて。
張りつけられた者が言った。
助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて・・・・・・助けて。
狂ったように連呼される叫びは続く。
何を助けて欲しいのかなど分からない、声は続く。
村長は、炎の宣告でその叫びを黙らせることした。叫びが悲鳴になるのは遠いことではないだろう。
アレクはイルコフスキーに言った。
「どいて、イルイル。どかないなら」
切っ先を静かに向ける。
それを見たセシリアは二人の間に割って入った、彼女はどうすればいいのかまだ、迷っていた、だが力強く言った。
「ここは任せて早く行きなさい、再びあなたの友人を守るときです」
イルコフスキーはセシリアの手によって押さえられた。あえて彼も強い抵抗はしない。本当に大事なのが何なのかは分かっていたが、神の名を唱えるものには、その覚悟もまた必要だった。
動き出した仲間。
オリガは炎に向かって呪をぶつける、続けて唱えたデュランの呪文により場は風に包まれた、吹き荒び倒れた村人の間を駆け抜けアーデルハイトは駆け寄り、戒めを切ると意識を失った少女を抱くが、一瞬遅く炎の中で猫は一声鳴いた。
──しばらく時は経つ。
過去は焼け焦げて灰となった。アレクは何も言わず、土に混ざった木片の灰を掬うと手のひらに載せる。
救うつもりだった。
自分の無力さを再確認するだけで終わった。
最初から分かっていたつもりだったのに、物思いに耽るアレク。
そこにやってきたデュランは、相変わらず彼らしい仰々しさ溢れる態度でアレクの前に立つと。
「誰かからのメッセージであって、私の言葉ではない」
そう言って、声色を変えた。
『これも大いなる父が与えた試練ですから、一応父に仕える者としては見届けてやるのが義務かなと思いましたけど、どうやら行けない様なので、念の為同行してあげて下さい。そう、あくまで念の為です』
聞いたアレクは、気づいた。
「デュランさんって、もしかしてお兄さんなの?」
「な、何のことだ。私に妹などいない」
デュランは思いっきり挙動不審だ。妹と言っているあたり答えを言っているような気もする。
「デュランも隠すことはないでしょう。妹が可愛くてしかたないのですよね」
やって来たオリガは、デュランの家庭の事情知っているようだ。都合上、心を読んだのだろう。
デュランは大昔に仮面をかぶって妹ストーキング・・・・・・ではなく見守っていたこともあったような気がする。
「と、とにかく伝えたぞ。私は去る」
これ以上の追求を避け、デュランは逃げ去った。
「動揺しすぎです・・・・・・」
オリガはアレクに何を言おうか考えた、難しい理屈、道を説くこと、方法はあるだろう。結局、口から出たのは。
「アレクは、私の娘と友達ですよね」
他愛の無い話だった。
「うん」
「あの子は、あの子なりの苦しみを抱えています。普段は見せませんが、その苦しみは。本人にしか分からないものです。今回のことでアレクが何を思ったのかは分かりませんができるなら」
「オリガさん。僕は、だいじょうぶ。でも、また、まちがってたのかな・・・・・・」
不安げなアレクを諭すようにオリガは言った。
「信じる道を自分の意思で進みなさい。願いとは想う先を見つけて歩むこと。それが願いの意味。さて、後は彼女に任せましょう」
どこか愉快気に言い残すと、オリガは去っていった。
入れ替わりに、やって来た彼女に。
「お姉ちゃん」
声をかけると、無理に笑おうとした。
「アレクセイ」
「はい」
名前呼ばれたアレクは、セシリアの次の言葉を待った。
「よく、やりました。そう褒めることはできないけれど」
「プースキンになんて言おうかな、ちょっとくらいなら、言い訳してもいいよね、僕がんばったよね、ぼく」
アレクは今まで耐えていた分、脆く壊れそうだった。そんなアレクに。
「プースキンに会うまで強くあり、涙は取っておきなさい」
セシリアは、あえて優しさではなく厳しさを取った。アレクは泣きそうな自分を抑えて
「でもね、ちょっとだけ、つかれたんだ、おねがい、すこしだけ」
倒れこんだアレクを受け止めるとセシリアは抱きしめた。
ブレインとロイは、お互い気まずい空気に包まれている。
何から話していいのか、互いに探っている。ロイは自ら話すような男ではない。ブレインは知っていたが、何を切り出していいのか分からなかった。
「仲が良いって聞いてたけど、ずっと無言とはねえ」
やって来た柳が二人を見ていった。
「仲が良いなんて誰が言ってたんだよ!」
ブレインが、かなりの勢いで反論した。
「酔ったときに聞いたようかな気がするけど」
「そんなこと言ってない」
「そうかな、ってロイさんにお客さん、じゃ仲良くしてね、三人とも」
柳がつれて来たのアレクだった。
「ありがとう柳さん、キールさんにもありがとうって」
「クール男にかい? 伝えておくよ。それじゃあ僕はこれで、じゃまた後で」
柳はブレインに意味ありげな笑みを送ると去っていった。
「ロイさんとブレインさんは友達なの?」
アレクの問いに。
「違う」
「こんなやつ友達じゃない」
ロイとブレインは同時に返事をした。
「二人とも、すごいなかよしなんだね。ロイさんは素直じゃないから大変だよね」
「そうそう」
ロイは黙った。
それから三人は色々な話をした。特にオリガの娘とロイの関係についてブレインは突っ込んで聞いた。
「僕も、知らないあいだに、なかよくなったんだよー」
「アレク、そんなことより力の意味などを聞かなくていいのか」
ロイが話を逸らそうとしたが、ブレインにさえぎられた。
「もうね、シリアスなのは疲れたんだよ。で、最近二人ともどうなんだよ? ブレインさんに話してみなよ」
そんな感じで和やかに話は終わった。
柳は少し疲れたような表情で歩いていた。
「どうしてこんな遠くにずっといるのだろう」
重ね合わせる思い出の中で、彼女が何を見たのか分からない。ふらふらと歩いた先にいたのは彼だった。
「じゃもいつかの話の続き、聞こうか?」
ブレインは無理に陽気でおどけた調子だった。終わったことを後悔しても仕方ない。彼はそう思う。
柳はブレインの言葉を聞いて、俯いて言った。
「物好きなんだね、今日は話長いよ。色々あったから」
「よろこんで聞くよ」
まだ宵の口、夜はまだ始まったばかりだ。
月が出た頃、イルコフスキーとすれ違ったアーデルハイトは足を止め。
「神は、誰も救わないのよ」
呟き立ち去った。
聞いたイルコフスキーは十字架を握る。
「おいらは、神様信じるよ。正しくないことにだって、理由があるから」
いったい何が真実なのか? 答えを見つけるのは、これからイルコフスキー自身に課せられた試練だろう。
神も全てを救うことはできない。それでもイルコフスキーは神を信じるしかない、それは自ら選んだ道であり、信仰の証なのだから。
風に乗った灰は宙を舞い、そのうちに消えていくだろう。
願いが叶ったのかは分からない。
残っているのは最後の仕事。
涙は悲しみを友に流れる。嘘で覆い隠したものは、やはり嘘でしかない。その傷からは、いずれ濁った赤い雫は落ち、真実は痛みを伴い浮かぶだろう。
その傷さえも覆い隠してしまうのも一つの優しさ。
今はそう思いたい。真実は時に、何も救わないこともあるのだから。
目覚めたリナはアレクに聞いた。
「お兄ちゃん、猫は?」
「猫さんは、森へ逃げたよ」
「元気?」
「きっと元気だよ」
「よかった」
猫がデビルであったかどうかの核心はない。デビルが人に懐くことはまず無いだろう。 アレクはリナをキエフに連れて行くことにした、彼女の両親はすでに無い、親代わりの女はその申し出を受けた。この村に残したところで、待っているのは悲劇でしかない。
驚くかもしれない、母なら分かってくれるだろう、アレクは思った。
「帰ろう、キエフに」
リナの手を引くと、アレクはゆっくりと歩き出した。
了