冬の終わり
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■ショートシナリオ
担当:Urodora
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:4
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月20日〜03月23日
リプレイ公開日:2008年03月22日
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●オープニング
寒いと感じる時、寒いと口に出すと寒くなる。
理屈を分かっていても、やはり寒いと言いたくなる。言わなくて良いのなら、寒さなんて感じない。
そんな事は屁理屈だと分かってはいても、
「寒いな」
彼は、その言葉を口にした。
かじかんだ手をすり合わせると、ささやかだが温もりが生まれた。
その手を向け、テーブルの上のカップを取った。
視線の先にくすぶる暖炉の炎は弱々しく揺らめている。
傍らで安らかな寝息を立てている子供達の姿を見、彼は微笑む。冷えた水を飲み干したあとカップを戻し、指先を傍らで眠る少年の頬に伸ばした。
触れた指の冷たさに気づいた少年は、寝言ともつかぬ声をあげたあと、ぼやけた視界にいる彼をみつめ言う、
「つめたい、どした、のジル」
「お前はいいよな」
彼は、そう返した。
部屋に戻り、閉まって置いた本を彼は取り出した。
黒表紙に書かれた秘密メモという白文字を見た時、なぜかもどかしいような、寂しいような想いが浮かぶ。だからそっと本を抱いてみる。けれど、抱いた本から温もりを感じない。
「寒いな」
照す炎を息で吹き消す。
眠りに着く前、今日は夢をみたいと考えた。
泣きたい時に、泣けるのが羨ましいと感じたのはいつの日だったろう。
重たくなっていく瞼、薄れていく意識の中で思った。
結局、自分は何も出来なかった気がする。
出来なかったわけではないとしても、自身の意思で決めたわけではない。
暗闇が訪れた。
その日、夢は見なかった。
悔しいという言葉の響きには、過去を振り返る者のためへの慰めが隠されている気がする。
約束の裏切りに、激怒したのはもう遠い日のことだ。
あれから背は伸びた。
背が伸びるのが嬉しかったあの頃から、いったい何が変わったのだろうか。
きっと、都合よく言い逃れるのをおぼえたのかもしれない。
そう思う先、目指す広場は冬の名残をまだ残している。だが、道を行く人の群れは、去る季節の足音に浮かれているのも分かった。
何気なく彼は視線をやった。
そこにあった光景は、彼の凍っていた時間を動かした。
道を歩く男の姿を見たとき。
忘れていたはずの憎しみが目を覚ます。からっぽだった自分が、なぜこの国やって来たのか、淀み沈んでいたはずの憎悪が教える。
叩く衝動は静かに打つ、静かだからこそ、その振動を止めることはできない。広がる波紋に抗えない。
真実の鎖を解き放つのはいつも、残酷な現実だから
「父さん・・・・・・」
彼は呟いた。
追い求めてきたものがなんであれ、目の前に現れた時、どうすれば良いのかは分かっていたつもりだった。
けれど、どうすることも出来ないことに気づいた。
捨てたものを追うのか、捨てられたことを悔やむのか、二つの答えは、擦れ違う人の波に阻まれる。
嫌だった。
いまさら、否定されることに耐えられない、耐えられないのにどうやって笑えば良いのか分からない。
中途半端な思い出を胸に抱いてしがみつき、癒すだけで良いとずっと思ってきた。
嫌だ。
いつからずっと騙して生きてきたのだろう。何も出来ず立ち尽くている自分は何なのだろう。
それでも見えなくなるまで、ずっと。
彼は見ていた。
次の日。
ジルの姿は消えた。
●リプレイ本文
●冬の終わり
「帰ってきた! 私はキエフに」
帰省したリン・シュトラウス(eb7760)は、久しぶりに旧知の間であるセシリア・ティレット(eb4721)の元を訪れた。
仲間の様子、例の黒い奴のその後が、気になったのもあるが、そこで彼女が聞いた話は。
「え、ジル君が夜逃げって?」
その話を聞くなり、リンは驚きの声を上げた。
「いえ、夜逃げではなくて、家出だと思います」
「夜逃げでも家出でもどっちでもいいんです、まったく、なんで。セシリー」
「理由は分かりません、今キールさんが捜しているところですが」
事の発端は、キール・マーガッヅ(eb5663)がジルと約束していた小旅行の話を、アレク達が居候しているニーナ祖父の家に聞きに来たことから始まる。
「キールさん! ジルが」
「どうしたアレク」
興奮しているアレクの話を聞いたキールは、ジルが残したと思われる置手紙を見る。
『ごめんなさい、捜さないでください』
「これだけか?」
「うん、これって、さがしてほしいってことだよね」
さすがのアレクでも、それは分かるらしい。
「多分な、しかし、いったいどこに」
「ということらしいですよ」
「よく分かんない。っていうより、子供ね」
リンの言うとおりだ、セシリー少しそう思った。
ちょうどその時、礼拝の途中、イルコフスキー・ネフコス(eb8684)がセシリーを訪ねてきた。彼は、彼でジル逃走の話を聞いたようだ。
「おいらは、アレク君の母親に聞くのが良いと思う」
この情報はアレクからもたらされた。途中イルコフスキーとアレクは出会った時のことである。
「イルイル、僕はジルをさがしてくる。母さんならきっと何かしってるとおもうよ、ジルのお母さんの事とか」
「アレク君がそう言ってたから、聞いてみるのは良いと思う」
聞いたリンは、
「行きましょう、未来のセシリー義母のもとに」
なぜか満面の笑顔で嬉しそうに彼女は言った。
「リンさん、え、な、何の話ですか?」
「アレク君がもう少し大きくなったら、おいらが結婚式の神父役をするね」
なぜか和やかな三人は、アレク母の元を訪ねるのだった。
街を捜すキールが、彼の影と出会うのは、それほどかからなかった。
「ジル」
キールの声に振り向いたジル、張り付いたような笑顔にキールは痛々しさを感じさせた。
「キールさんか、どうしたの?」
「手紙が」
キールは、どう言葉を続ければ良いのか迷った。そんなキールへ向けて発せられるのは生気というものを失った問いかけだった。
「キールさんは、どうして俺なんかと一緒にいるの? 俺にそんな価値はないよ」
「そんなことは無い」
「嘘つきは嫌いだな、嘘つきは嫌いだな、嘘つきは嫌い、だ」
弱々しい語尾、彼の中にキールは過去の自分を見たような気がした。
「俺は」
そう言うだけで、キールは無言のままだ。
「ほら、やっぱりそうだ。師匠とかいうけれど、呼ばれている自分が好きなだけなんでしょ、今までずっと騙してきたんだね」
ジルは意味の無い言葉を吐き捨てるように続ける。
キールは黙って聞いていた。
長く時が経ったわけではない。疲れたのか黙ったジルにキールは。
「満足したか」
「嘘つき」
キールは右の拳を強く握った。
下すべきか迷ったが、今やらなければ二度とその機会は無いだろう。
振り上げた後、ただ放つ、鈍い衝撃が甲を打ち響いた。
打たれたほうは信じられないだろうか、しばらくの間呆然としていたが、頬をおさえる。
「お前にはお前の苦しみがあるだろう。だが、俺には俺の苦しみもある。ジル、他人の苦しみも知らず、自分の苦しみに負けるのなら、いったい奴と何の違いがある」
その言葉を聞いたジルはキールを睨み、走り去った。
ジルはイスパニアの出身である。
彼の父親はロシア出身の魔術師という話だ。
その後はよくある話だった。
生まれたジルを捨てて父親は、故国に戻ったという。
残された母親と彼は各地を転々とし、最後。
この地、ロシアにやって来たが、母は亡くなった。
そう、よくある話だ。
「そういう過去があったのですか」
アレク母に事情を聞いたセシリーたちは、これからどうするか考えていたのだが。
最近、かなりアクティブに変化したリンが激昂した。
「まったく、まったく、何よ、それって、そういうのは、もう」
駆け出ていった。
「あの、リンさん、居場所は?」
「いっちゃったね」
セシリーとイルコフスキーは走っていくリンの姿を呆然と見送った。
その後、リンと入れ違いにキールが戻ってきた。
「二人とも、来ていたのか」
どこか冴えないキールの様子にセシリーは恐る恐る聞く、
「ジルさんは、見つからなかったのですか?」
「いや、見つかった」
「それじゃあ、どうして一緒じゃないのかな?」
イルコフスキーの問いにキールは、先ほどジルとの間にあった出来事を話した。
話を聞いたセシリーは、しばらく黙っていたが、
「そうですか、私行ってみます」
「おいらも行くよ」
二人は街へ向かった。
彼は歩いていた。身を隠しもせずに、見つけたセシリーが声をかける、
「ジルさん」
「セシリーさんか、アレクと一緒じゃないの?」
「私は、ジルさんを捜しに」
「ふーん、セシリーさんはアレクが好きなんでしょ、なんで俺をさがしてるのさ」
明け透けの無さ、それでいて毒のある声、曇った瞳、艶のない笑顔。
セシリーはどう返すべきか迷う、セシリーの困惑を見たイルコフスキーが助け舟を出し。
「ジル君、過去を悩んでいても始まらない。 そんなことは、老人になってから、改めて自分の過去はこんな感じだった。そう、懐かしく思い起こせばいいじゃない」
「ねえ、イルイル。本当にそう思っているの? そういうのって、長く生きた人が言うものだよね、神様が言ったとして、本当にそんなこと自分で信じているつもりなの」
イルコフスキーは言葉に詰まった。信仰によって築かれている価値は、彼にとっては正しくても、信じないものにとっては何の役に立たないのかもしれない。
「過去を参考にするのはいいけど、縛られる必要はない。 未来が幸せなら、過去は思い出にすればいいじゃない。君は何をそんなに憎んでいるんだい?」
イルコフスキーが言った。ジルは泳ぐように視線を廻らした後で
「全、全てだよ。分からないよね。全部壊してしまいたいのに、その勇気もない奴の気持ちなんてさ、俺はあいつと同じだ。いや、あいつのほうが逃げただけましかな。だって逃げることさえできないんだから」
ジルは吐き捨てるような言葉に、セシリーは俯き、ただじっと聞いていたが、
「ジルさん、私待ってますから、アレクさんもニーナさんも、みんなで一緒。待っていますから」
振り返りもせず、ジルは駆けて行った。
「無駄だったのかな?」
イルコフスキーがどこか肩を落として言う。
「無駄なことなんてありません、きっと分かってくれます。人は未来にしか進めません、ずっと過去を振り返っていることは出来ないから──でも、秘密メモ言えなかったな」
「イルイル、お姉ちゃん? ジルは」
アレクの声が聞こえる。
セシリーは、いったいアレクにどう話せばいいのかを考えていた。
道に一人佇むジルをみた時、すでに終わった。
いや、最初から始まっていなかったことにリンは気づいた。
目的は遠くなった。
自らの過去の去就とどこか重ね合わせていたところもあるが、また別に想う所があったのかもしれない。
起きる出来事を止める事、起きた出来事を変える事で拭い去れない傷跡の欠片。
もはや見えなくなったはずの細かい無数の掻き傷さえ癒す事ができる。
どこかで、そう思っていたのだろうか。
目の前にいる彼をこのまま置いて去ることも出来る。彼がどうであろうと自分だけを守れるだろう。
それでもリンは、一歩踏み込んだ。
「ここに、いたんだ」
かけられた声に、彼は振り返る、見知った顔、久しぶりに見る顔に、
「リンさん、帰ってきてたの?」
聞き返すジルにリンは、勢いよく食って掛かった
「もう! 知らないんだから、皆に心配ばっかりかけて」
「俺の勝手だろ、リンさんには関係ない。大事な時にいなかったくせにさ」
「そんなこと言う君は、大嫌いだ」
リンが寂しげに呟いた。
「勝手に嫌えばいいじゃん、好きでも無いくせにさ、そうやって優しい振りをするのは、なんだよ」
「大っっ嫌い」
リンは瞳を伏せる。
「そうですか、いいですよ」
「バカ、バカ、バカ、バカ」
頭一つ、リンより背の高いジル。
拳をあげて殴ろうとリンは頑張ったが、胸を叩くのが精一杯だった。
「痛いって」
何気なく向けた視線、伏せたリンの瞳、潤むものをジルは見た。
「人の気も知らないで、そうやって、いつまでも、みんな傷つけて」
「リンさん?」
「ならないで。ジルはあんなふうには、ならないで」
繰言のようにリンを見て、彼はどうすれば良いのか戸惑う、
リンが、なぜ泣いているのか、ジルは分からない。
それでも、自分がリンを傷つけたのは分かった。そしてこのままでは何も解決しないことも、またジル自身もすで理解していたから。
「泣かないで」
濡れた睫毛にジルはそっと指をやった。
「泣く」
「どうすればいいんだよ」
「私、わがままですから」
掠れたリンの声には温もりがあった。
ジルはためらった後、張り詰めていた糸をゆるめ力を抜いた。肩ひじを張る自分に疲れたのもある。
何より、今はただ。
視線の先背の低い彼女の肩に、そっと頭を預け、か細くジルは囁いた
「今だけでいいです。だから、このままでいてください」
ときおり、リンの黒髪が彼の頬に触れる。
どう扱えば良いのか、彼女はしばらく考えていたが、黙ってジルの髪を撫でた。
「ずるいんだ、おいていくから、また、逃げちゃった」
何に対してなのかは、分からない。だが、ジルはただ甘えるように。リンは自らの家族の話をするか迷ったが。
「帰りましょう、みんな待ってる」
空に太陽が輝いている。
解ける雪の音は、冬の終わりを告げていた。
──戸口に立つ彼の姿を見たジルは、気恥ずかしそうだった。
「ごめんなさい、俺」
「心配したぞ。皆、中にいる」
そう言うとキールは、ジルの髪の毛に手を置いてかき回した後。
微笑んだ。
●旅立ち
こうしてジルの物語は、一旦終わりを告げたかのように見える。
だが、今回の出来事は彼にとって旅立ちの序曲でしかない。
アレクセイ・マシモノフの旅は終わりを迎えるが、ジル・ベルティーニの旅はこれより始まる。
春、雪解けの季節。
彼はきっと、旅に出るだろう。
それは新たな物語の幕開けであり、ジルを一つの数奇な運命に巻き込む事になる。
しかし、いまだ語られていない話。
未来の出来事である。
了