空の連章

■ショートシナリオ


担当:Urodora

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月23日〜01月29日

リプレイ公開日:2009年02月06日

●オープニング

 深い森の奥にその村はある。
 迷い進み、進んで迷う果ての先、遮るかのように木々が立ちはだかる場所。
 梢の洞、光入らぬ獣道、張りつく霧氷が静かに迎える銀世界。
 村は何者も拒まない、だが、村に辿りつき帰ったものはいない。
 村が無いのではない、確かにある。古びた地図に記されている。
 噂を聞き幾人かの好奇溢れる者は村を目指すが、誰も帰ってこなかった。
 ある者は魔が住む場所と言った。
 ある者は近づいてならぬ聖域と、声を潜めた。
 帰らぬ者を追い、帰らぬ者は増えて行く。
 いつしか村は、不帰の村、そう呼ばれるようになる。
 そして時が経ち。
 禁忌の村は、記憶の中へ埋もれて消えた。
 夜。
 月の涙が優しく降り、道を静かに照らしていた。
 注ぐ光を浴び、森の奥から現れた何かがある。
 それはかすれた羽ばたきに寄り添う影だ。
 大気を伝う密かな振動、翼の鼓動は影が空からやってきた事を教えている。
 地に下りた影は周囲を窺うとゆっくりと歩き出す。
 音無き世界に響くのは雪踏む足音のみ。
 影の前にあるのは、時の侵食を受けて崩れつつある門柱、そこまで来ると影は背負っていた何かを静かに下ろす。
 淡い月明り、照らし出されたのは柩だった。
 
  
 冬の合間にある晴れは、普段より綺麗に見えるような気がする。
「お兄ちゃん?」
 彼女がそう聞いた時、少年は空を見ていた。
「ごめん、空見てた」
 視線を戻し少女に微笑む少年は、どうやら伸びた赤い髪を気にしているらしい。
 先ほどから、しきりに触っている。
「そろそろ切らないと駄目かな?」
 何気なく言った言葉に少女は。
「じゃあさ、私切ろうか」
「え、うーん。頼むよ。リナ」
 喜ぶを少女を横目に彼は思った。
 頼むいいけれど‥‥‥切るの下手だよな。
 傍らにいる少女に出会ったのは、もう遠い昔のような気がする。
 今では家族同然、だが元々は──。
 そんな過去に浸っている場合ではない、今やることは、
「買い物に行こう!」
「うん」
 二人は手を繋いで歩き出す。
 その夜。
 家に戻った少年は、古びた剣を取り出すといつものように磨き始める。
「習慣だから」 
 誰が聞くでもないが、照れながら独りそう答えるのが常だった。
 扉が叩かれたのは、そんな時の事だった。
 応対に出た母の後ろ、戸口に現れた赤黒い装束に身を固めた男は、
「この家に少女がいるはずだ。引き渡してもらおう」
 そう、言った。
 一瞬、状況を理解する前に少年の体が動いた。
 磨いていた剣を咄嗟に構える。
 こうやって向かい合うのは何年ぶりだろう。
 忘れていた緊張、空気を思い出す。
 前に立つ男は、無言のまま此方を見ている。
 殺気を一切感じないが、何なのだろう、無? 只者ではない。
 死線を通り越してきた者、特有の勘だ。
 鈍っていたがそれくらいは分かる。
「どうして?」
 問うが男は沈黙している。 
 少年は間合いを詰める、男は微動だにしない。
 こんなことになるなら訓練だけでもしておけば良かった。そんな想いを少年は抱いた。
 フードの奥、闇より発せられた男の声は重い。
「外で待つ」
 振り返る男の背には見慣れぬものがあった。
 冬の夜、肌を刺すような冷えた大気の中、男は背負った物を手にする。 
 やや婉曲した刃、柄の長い物。それは決して武器としては優れたものとは言えないが、最も象徴的なもの。
「鎌? 悪趣味」
「もう一度聞く、少女がいるはずだ。引き渡してもらおう」
「理由は?」
「君が聞く必要は無い。私が言う理由も無い」
「じゃあ、いやだ」
 無謀だ、逃げろと鳴り響く警告をあえて少年は無視する。
 握る手が震え覚悟を決めて駆けた。
 甲高い音が鳴った。
 弾かれた剣の断末魔が短く叫ぶ、剣は宙をくるりと回り雪原に刺さる。
 同時、刃に刻まれた呪が月に反射して輝き、横殴りに振られる刃では柄であるのは男のせめてのも情か、鈍い衝撃はすくざま砕ける音に変わる。
 自分の叫ぶ声に左腕が折れている事を少年は知った。
 全身を逆流するのは痛みよりも、最初に感じたのは、悔しい。
 それだけだった。
 
 少年が目覚めると。一枚の地図が残っていた。
 地図にはヴェーヌと記された点がある。
 来いと言う事なのだろうか? 
 けれど、今の自分では何もできないのは分かってはいた。
 彼は手紙を書いた。

 

 その日、ギルドにやって来た中年のギルド員は、冒険者ギルド内でも有数のやる気のない男だった。
 仕事はさぼるのが普通、今では気がむいた時にしかギルドに来ない。
 そんな彼がたまたまやって来た日の事だ。
 ギルド員の前には一枚の依頼書の写しがあった。特に変わったものではない。
 村がアンデッドの襲撃を受けている、助けてほしい、そんな内容の依頼だ。
「寒いのにアンデッドも頑張るね」
 ふと見ると、依頼が届いているのは少し前、冬の訪れの頃だ。
 彼は近くにいたギルド員に訪ねた、
「この依頼は?」
「村に向かった冒険者によると、すでにアンデッドは去っていたそうです。周囲を捜索しましたが特に変わった様子もなく、依頼料も支払われたので解決ですね」
「解決、ね」
 何かが引っかかった。場所はヴェーヌと記されている。
 アンデッドが自らの意思で襲撃する事自体、おかしい。
 そう感じた、だけだ。

 一通の手紙を携えたセシリア・ティレット(eb4721)がギルドを訪れたのは、その直後の事である。

●今回の参加者

 eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb5076 シャリオラ・ハイアット(27歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 eb5856 アーデルハイト・シュトラウス(22歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb6853 エリヴィラ・アルトゥール(18歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 eb8684 イルコフスキー・ネフコス(36歳・♂・クレリック・パラ・ロシア王国)

●サポート参加者

南部 虎鉄(eb3158)/ 水之江 政清(eb9679

●リプレイ本文

●ギルド

 
 寒い日の午後のことだ。
 先日気になった依頼について調査していた中年ギルド員は資料を見るのにも疲れ、休息に入った。
 テーブルのカップから立ち昇る湯気をぼんやりと眺めていた中年の前に現れたのは、セシリア・ティレット(eb4721)だった。
 セシリアはアレクより預かった手紙と中年が調査していた依頼についての整合性を彼に問う、件の依頼とセシリアの発言を照らし合わせたギルド員は、視線だけをセシリアに向けた。
 飲みかけのカップを手に取って啜った後、中年は言った。
「なんであんたは、村について詳しく知っているんだい? ついでに聞くがなぜアンデッドと関係があると思うのだね」
 確かに、ヴェーヌという村は存在する。
 だが、不帰の村について伝わる書物は現存していない。
 仮に存在するとして、不帰の村と中年が調べていた依頼にあるヴェーヌ、それが同一なのか確かめる術はない。 
 アレクはあくまで、鎌を持った男の情報とリナが連れ去られた事しか知らない。
 前提として不帰の村の情報を知っていること自体が矛盾している。
「でも」
 反論するセシリアの話を一通り聞いた後で、中年は生欠伸を一つすると、いつものようにやる気なさげに返した。
「まあ、いいさ。知っていても知らなくても良いことだ。たとえあんたが村について知っているとしても、その情報が正解かどうかは現場に行かなければ分からないものな、例の村の位置はここだよ」 
 差し出された地図をセシリアが確認する。
 どうやら依頼の村は、アレクに託された地図に記された村と同じようだった。
 次に彼女は言った。
「依頼に向かった冒険者に会わせて欲しいのですが」 


 シャリオラ・ハイアット(eb5076)とエリヴィラ・アルトゥール(eb6853)は教会に向かっている。
 他愛の無いことを話しつつ歩く二人。
 その途中、エリヴィラはシャリオラに突然言った。
「シャリオラさんにはいい人出来ないの」
「だ、出し抜けになんですか? いきなり新婚自慢大会ですか、というよりもう新婚じゃねーって感じですよね」
 動揺するシャリオラ。確かにそろそろ落ち着く年頃だろう。
「あ、やっぱりお兄さんみたいな人がいいのかなー?」
「え!?」
 シャリオラの兄は確か元変態仮面だったような気もする、気のせいだろう。
 ちなみに彼女はブラコンらしい。
「やっぱりそうなんだ」
「んなわけねー! んなわけねー、ヴェーヌ村に行くんだよ! 行くんだよ! 」
 なぜか叫ぶとシャリオラは急に走り出した、輝く明日ではなく──教会に
「相変わらず素直じゃないなあ」
 駆けていくシャリオラの後ろ姿をエリヴィラは微笑ましくと感じていた。
 


 マクシーム・ボスホロフ(eb7876)この界隈での通称「オヂサン」と呼ばれる。
 語源は何なのか今では誰も知らない、
 マクシームがキエフに戻ってきたのは偶然、恣意的、時の流れの起こした結果だろう。
 きっと彼にその理由を聞くと
「なんとなくね」
 と、答えるのかもしれない。
 セシリアが所要で席を外している頃、マクシームはギルドを訪れた。
 応対に出た中年はマクシームを見ると言った。
「あんた知った顔だな、戻ってきてたのかい?」
「このご時世。どこにいても同じだからね。今日はニ、三聞きたいことがあって来たんだが」
「聞きたいこと? そういえば、あのネーちゃんの知りあいか どうにかして欲しいんだが、記憶を見せろってうるさくてな」
 中年が目で教えた方向に居たものは、冒険者A、Bに迫る。
「ね、みせて。お願いだから♪ 必要なの」
 リン・シュトラウス(eb7760)の姿を確認したマクシームは、瞬きを数度した後、
「シランよ」
 意図的に視線を外した。 
「嘘だろ、知ってるはずだ」   
「記憶にないな。たいていああいうタイプと関わると火傷する。最近のオヂサンは落ち着き路線」
 路線転換。
 元々、どういう路線だったのだろう。
「マクシーム! さん」
 どうやら、つかまったようだ。
 リンは駆け出すと抱きついた。
「久しぶりー」
「でもないだろ」
 再会を喜ぶ、二人。そこに現れたのは
「リンさん、マクシームさん」
 セシリアだった。

 三人が感動の再会に興じているため情報収集ではなくなっているころ。
 一人冷静な女がギルドにいる。名をアーデルハイト・シュトラウス(eb5856)と言う。
 アーデルハイトは中年に依頼について質問していた。
「この依頼の依頼人について知りたいのだけど」
「いきなり核心かい。出来るね、あんた」
「褒め言葉より今は情報が欲しいわ」
「守秘義務ってのを知ってるかい?」
「そういう言い方嫌いじゃないわ、でも話すんでしょう」
「まあいいさ、依頼は村から直接来ている。その点は特に問題はないと思うがね」
「ようするに、確認したければ村に行けってことかしら」
 中年の沈黙した。きっとそれが答えだろう。
「さあね、あとはあんたら次第だろ」
 

「神様、今日もいい日でありますように」
 イルコフスキー・ネフコス(eb8684)はギルドへの道を歩いていた
 彼もまた冒険者に話を聞くつもりで向かっている。
 ギルドの入口で、イルコフスキーは教会で喧嘩もどきを売ってきたシャリオラとエリヴィラの二人組みと遭遇した。
 気づいた
「あれ、イルイルさんじゃない」
「こんにちは、二人ともどうしたの」
「どうしたのじゃありませんよ、冒険しに来たんですよ」
「そっか、そうだよね」
 納得したイルコフスキーがギルドの扉を開くと

「虫歯は治ったから、お菓子をとりあえずこれでもくらえー」
 なぜか保存食が飛んできた。
 きっとリンが所持していたのを投げたのだろう。経緯は不明である。
 投げられた保存食は見事にイルコフスキーに直撃した。
「神様今日もいい・・・・・・日」
 イルイル! ダウン
「カウント、1」
 シャリオラがなぜか冷静にそう言った。
 食料は大事にしましょう。


●ヴェーヌ



 村を訪れた冒険者達は、村人が実在するか調べることにした。
 ちょうど訪れたの昼をやや過ぎた頃だ。
 リンは人影をみるなり、確認のために月矢を放ったのだが、どうやら。
「ちょっ、ちょっといきなり何をするんだね」
 外れた。
 人のようだ。
 一見した感じ表向きは普通の村のような気がする。しかし人影はまばら、皆どこか脅えているようにも見える。
 情報収集をしようと動き回るのだが、愚鈍な彼らはたいした事を話さない。
「駄目だ。収穫ゼロだ」
 マクシームが肩をすくめた
「教会にいったけれど、誰もいなかったよ」
 イルコフスキーも首を横に振った。
「だめです」
 リンのテレパシーに時折応答してくるのはノイズのような声で、リナの応えではないようだ。
 そのうち、調査にも疲れ、しびれを切らしたエリヴィラは溜息をつく
「どうしようもないね、どう思うハイジさん」
「怪しいわね、きっと夜まで待つしかないでしょう。罠だとしても、それにしても」
 アーデルハイトは先ほどから、通りの向こうで叫ぶ女に注目していた。 
「やれんのかーヴェーヌ! 罠にはまり来たぞー、でてこいや、勝負だ」
 シャリオラが家々の扉をぶったたいている。あまりの動きのなさに腹を立てたようだ。
 シャリオラの異変に気づいたエリヴィラは驚きつつも
「シ、シャリオラさん。どうしてああなるのかな」
「出自の問題でしょうね、きっと」
「そ、そうなんだ」
 納得した。
 シャリオラ・ハイアットの春は、きっとまだ遠い。


 そして夜がやって来た。
 

 目的と手段が互いに交差する。
 分かっていた事としても、そこにあるのは過去と現実の結晶。
 すでに終わったはずの輝き、村には死と生の影があり。
 無言が彼らを待ち受けている。
 だが、元よりこれは定められていない事。
 因果を歪めた結果にしかすぎない。
 歪みは正されなければならない。
 求めたものに代償を与えよう。
 求められたからこそ、再び、彼はここにいる。

 
 彼らの前に現れたのは、三人の使者だった。
 中央に立つやや尊大な雰囲気のする者、男なのか女なのかは分からない。
 影は灰のローブ、仕えるかのように黒と赤の影が立つ。
 
 攻撃を仕掛けるため、各自準備した時それは言った。
「待ちたまえ、挨拶といこうではないか。ようこそ死が生きる村へ。ここにいるもの達、夜に生きているが死んでいる。死してさえも生きなければならないとは、無残だ、無残すぎる、哀れだとは思わないかね」
 人影がそこまで言った時、セシリアが影に向かって朗々と語った。
「アレクサンドル、さまよえし不死者・・・・・・、今ここで、ヴォルニの全ての魔との因縁に決着をつけましょう。
 だが、聞いた影はあざ笑う
「いいだろういいだろうお嬢さん。私をその名で呼ぶならば、アレクサンドルと呼ばれよう。しかし、だ。自分達の置かれている状況を冷静に考えてみたらどうだね。勘違いしてもらっては困るのは、誰がこの場の支配者か? なのだよ。さあ、ミルヒ、フェルナーお客様の到着だ。丁重に相手をしてあげなさい」
 左のローブ、右のローブが動くの見たエリヴィラとアーデルハイトが左右に分散する。 エリヴィラの前に立ったのは赤、アーデルハイトは黒。
 共に文様は違えど鎌。
 空気を切る音を聞いたアーデルハイトは軸足を軽くずらし半歩のみ下がる。
 襲う刃は彼女目前を過ぎた、と、同時に彼女は踏み込み切りつけた。
 アーデルハイトの描く軌跡は美しくも鋭い。が、振り下ろされた剣はローブの一部を切り裂くのみだった。
 対照的なエリヴィラは豪の剣といえるだろう。
 力任せに叩きつける。初撃は退かれる。再度撃つ、さらに撃つ
「黙って、受けなさい」
 息を吸い上段に構え、剣を大きく振りかぶったエリヴィラは息を吐くと、気合を込め一撃を──。

 二人がローブと戦っている時。
 イルコフスキーが作り出したホーリフィールドに一時的に避難していたリンがマクシームに言った。
「あの声、聞いたことがあります」
「どこでだい?」
 矢の準備をしていた彼にリンが言った。
 仮にセシリアの言うように相手がアレクサンドルならば、ここにいる中であの男と面識があるのは彼女だけなのだ。
 考え込むリン。
「とりあえずあれが大物ですね、ブラックホーリーで牽制します、やらないかシャリオラ祭り開催決定」
「おいらもホーリーで牽制するよ」
 クレリックの一撃は強烈だ。さしもの、と思いきや、ローブ部下のほかにも人影が無数に戸口から現れた。
「全く計ったように出てきますね、仕方ない雑魚はシャリオラさんにお任せ」
「おいらも頑張るよ」
 二人は地味にホーリー、ブラックホーリーを撃ち始めた。

 
 赤黒のローブと戦うエリヴィラとアーデルハイト、戦況はやや有利のようだ。
 アーデルハイトはバランスの取れた攻防、エリヴィラは傷つきながら突進している。
 アレクサンドルと名乗った男と対峙したセシリア。
「死しても道化にすぎぬならば、仕舞いまで踊るだけ。君の可愛い坊や、彼の心配したらどうだね」
 彼女に向かって、影は囁くように言った。
「挑発に乗ってはだめ、セシリー。あれがあの男の手段なんだから」
 リンが忠告した。
「おやおや、失敬だな。嘘は言っていない、寂しいね、虚しいね」
「退け」
 リンが鈴を取り出し鳴らした。
「まったく、おしゃべりな男だな。少しは黙ったらどうだね、煩くて叶わん」
 マクシームは銀の矢を取り出し放った。
 
 ──。
 
 月が傾いた。
「さて、そろそろ頃合だ。夜が明ける前に戻らねば。久方ぶりの余興を記念して、さらった小娘は返してやろう。すでに事は済んだ」
「逃がしません」 
 立ちはだかるセシリアに影は再度言う、
「もう一度言おうか、君の可愛い坊や、彼の心配したらどうだね。誰も傍にいないのだろう? 君が言うアレクサンドル・ヴォルニが何の意味もなく客を呼ぶわけがないだろう。早く帰ったほうがいいと思うよ。忠告だよ、忠告。さて、ミルヒ、フェルナー帰るぞ。目的は果たした。後始末は彼らに頼もう」
 影の姿が消えた。
 同時に二体のローブから夜の闇に羽ばたく翼がある。
 残された冒険者たちと村人の成れの果てを置いて月へと飛んでいく。
 冒険者は残った死せぬ者に永遠の眠りを与えた。
 そして彼らは戻った。
 
 


●帰還

 確かにリナは戻った。
 だが。

「歌、歌えないよね、こんな気分じゃ」
 リンが呟いた。

 あの男がアレクサンドル・ヴォルニならば、これは当然の帰結だろう。
 苦悶・呪詛・背信を与えること。
 彩る、赤と黒の斑。
 彼にとって世界とは自らが塗るためのキャンバスにしか過ぎない。
 今一度生まれた歪みを正すためには、強大な力が必要なのだ。
 かつて、黒の僧侶ゲオルグが全てを破壊するための力を欲したように。
 全てを律するための力。
 だが、どこにあるというのだ。
 破壊には破壊を持って応じるしかないのか?
 

「ひとまず、凍らせました。応急処置です。特殊な毒です。解毒剤は調合した本人しか」

 言葉が流れていく、仲間達は声をかけては去るしかない。 
 氷を前にしてセシリアは立ち尽くしている。
 時は戻らない──ピンクのリボンが舞った。

 そうだ。セシリア。
 君はいったい何のために戦っている。
 正義? 
 いや、自らの欲望だろう。
 終焉へ至るための焦り? 
 終わりは安らかに迎えるものだ。
 焼けつく焦燥にいったい何の意味があるというのだ。
 セシリア、君は周りをみない。
 大事なものを捨てていく。
 いったい今、自分が何の上に立っているのか見回してみると良い。  
 愛情かね?
 友情かね?
 創り物の愛。
 創り物の友。
 いったいそれに何の意味がある?
 今、君の前には柩が一つ残った。
 セシリア、これが君の望む世界のもたらす結果だ。
 
「後悔するくらいなら、前に進まないとね、セシリー」。

 その日、アレクセイ・マシモノフの時は凍った。


 了