●リプレイ本文
出発の準備を終えた彼は周囲を見回す。
多少急いだせいか、部屋が少し乱れた。
帰ってきてから片付ければ、それでよいだろう。
そう思った後、彼はある物を探しはじめる。
「後はここだな」
手探りで奥のほうにしまっていた何かを引っ張り出す。
それは特徴的な形をした耳飾りだった。
見つけたラザフォード・サークレット(eb0655)は、髪飾りをつけると。
「装着完了」
満足気に呟く、耳の手触りを楽しんだ。
その後、しばらくウサミミのリュー君がそこに存在した。
だが、さすがにそのままの姿ではキエフ市外にはラザフォードは出なかった。
その程度の理性は残っているはず──彼がいまだ常人ならば。
●堤防
朝焼けがやって来る前に動いた影がある。
敵陣は静まり返り眠っているかのようだった
これより敵と対峙するに当たり、影の主である冒険者たちは計算の結果、手段を選んだ。
方法はシンプルだ。
一方が囮を請負、他方が堤の破壊に動く。
選んだ計算によって結果がどう変わるのか? 今はそれを問題にしているのではない。
チップを賭けるのを選んだ。
自体は称賛に値する行為。
それでは冒険者諸君、ゲームを開始しよう。
旭日を背に建設中の堤に向かって進む者がいる。
刺すような冷気など物ともしない男。名をヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)と言う。どこかとぼけた感じのする男、というにはやや風貌は幼いかもしれない。
ヴラドは一つの目的があった。
「ふははははは! 我こそは教皇庁直下テンプルナイト、聖女騎士団所属ツェペシュ男爵ヴラドであ〜る! キエフを狙う不逞の輩ども、いざ尋常に勝負!」」
彼は正々堂々名乗った。
の前に、いくつかテンプルナイト的な手段を施してはいたが、現状それが効果的なのかは謎である。
ヴラドの名乗りは古典的だがそれなりに効果はあるだろう。注目を集めるという意味では。
名乗りを聞いた見張りとおぼしき兵が何事を叫び、陣の奥へと走っていった。
ヴラドの名乗りを聞いたスニア・ロランド(ea5929)は、自らの役目を果たすべ配置につくと黙って矢筒から矢を選んでいる。
敵が此方に気づくどうか以前に、堤の周囲には罠が巡らされている。
スニアは罠の存在を予期していた。
罠といっても、索敵も兼ねたもので実害がそれほどはない。だが実際、罠の位置に気づくのはヴラドが、
「余を罠にはめるとは、さすが悪党」
罠にかかって満足気に転んだ後のことになる。
ともかく様子を遠くから眺めていたマクシーム・ボスホロフ(eb7876)は、
「やれやれ、まあ──やりますか」
溜息をついた。
彼は事前にある程度地形の調査をしていた。
だが、現在の状況下でその情報が有効に活用できるかというかというと、難しいところだろう。
とりあえず囮の囮役をこなすのが無難、マクシームは納得して所定の位置につく。
自分が主役に似合わないのはどこかで理解しているが、その渋い立ち位置がマクシームオヂサンには心地よい。
ともかく派手にかましてやろうと思いマクシームが弓に手をかけ、視線をふと隣で準備をしている女に移して声をかけた。
「苦労は若いうちに買ってでもしろ、かね」
「お互い、もう若くもないですよ」
オリガ・アルトゥール(eb5706)は欠伸を一つした後、マクシームに答えた。
「それにしても、殺っていいんだろうな。手加減できんぞ」
オリガがそう呟いたように──マクシームには聞こえた。
「オ、オリガさん?」
「どうかしましたマクシーム? 全力で倒しちゃっていいんですよね♪」
マクシームは聞き流した。
きっと空耳だろう。
オリガには、内面的にかなりの激しさはありそうな気もしないでもないが──。
その後、敵の陣地が慌しさを伴い動き始めた。
待機していた襲撃班は敵陣が騒がしくなり始めたの知ると動きだした。
「普段からつけてるの?」
目的地に相乗りしたアン・シュヴァリエ(ec0205)は、ラザフォードの姿を見、聞いた。なにしろ彼は、興味深い素材ともいえる。
キエフの名物は、厳しい変態大集合、甘くないのがよし、だった気もする。
「そういうわけではない、目立つために必要だからつけている」
「恥ずかしがらなくても、似合ってるかも」
アンが茶化した。
「褒められているのか難しいところだな」
「難しいことは考えないで、素直に受け取ればいいはずよ」
「それもそうだ。今はただ。うさ耳のリューとして私は生きよう」
リュー君は満足気だ。
「何かが大きく違うような気もするけど、ね」
二人は降り立った。
セシリア・ティレット(eb4721)が破壊を開始した。
当初順調に進んでいた作業だったが、突然の中断を余儀なくされる──降り注ぐ矢の雨によって。
その光景を見た時、彼女は予想外の事態に陥っていたことに気づいた。
「嘘!? どうして」
囮役に向かうはずの敵兵の主力は此方に多数向かったようだ。
敵にとって堤を破壊されるのは最大の失策、労力の浪費ともいえる。
その行動に対して、多少なりとも注意を払わない。
堤の破壊に従事するセシリアを守るのは、アンのみだ。連れてきた精霊もいるが戦闘にはそれほど効果的とはいえない。
破壊に向けるはずの呪力、そして友の力をラザフォードは自らの身を守るために使わざる負えず、セシリアを守るものは──今はいない。
彼女は戦うための選択を選び。
破壊を断念する。
握る手のひらに力がこもるが、やはり一人では守りきれるわけはない。
死を覚悟する前に、剣を振るう事だけが彼女には残されている
破壊が地を奔る。
ラザフォードが詠唱を終えると大地が裂け、同時に弾けて転ぶ敵兵が、地に叩きつけられた。
威力は強力だが、種が尽きれば終わる。
格闘戦において少数では圧倒的に不利だ。このままの状態では、いずれ味方は取り付かれて数の前に終わる。
それを知っているラザフォードは、宙から連続してひたすら呪文を唱え続けていた。
「ええい、邪魔するな雑魚ども、重力に逆らうな。うさ耳のリューの前に前にひれ伏すがいい! しかし、どうやら激情という枷をはめられたのは──私のようだな」
「冷静に分析している場合じゃないでしょう! どうするつもり」
セシリアの防備のためにシールドを張り、一時的に退避してきたアンは状況を打開するためラザフォードに問う。
「答えは単純だよ、アン。逃げれば良いだけの事だ。彼女を回収して、すたこらさっさだよ」
「明快な答えありがとう。今回は負けか。神様もホント意地悪、運命の皮肉かな」
アンは空を仰いだ。
──。
生み出された霧。
唱えた氷雪の嵐、吹きすさぶ凍気、自然に生まれた冷気よりも凍てついた大気の渦の前に去るのは雑兵の群れだ。
「罠ですか」
続けざまに詠唱を続けていたオリガは嘆息した。
此方に向かって進軍してくるのは雑兵という名の工兵。
敵は一定数を一定時間ごとに送ってくるので、一挙に全滅させることは出来ない。
遠くに見える白の背景に浮かぶ白のローブ、敵の射手隊の一部移動し、時折、盾ごと吹き飛ばす暴風と矢を放つ。
そのため敵は、それほど被害を受けず、こちら側が攻撃を受けるというやや一方的な戦いが続いている。
射手であるスニア・マクシームも応戦するが、的の数が多すぎる。
「盾は堅いだけである必要もないということですね、きりがない」
スニアが憮然として言った。
「過重労働だね、指が痛い」
マクシームもさすがに呆れた。
此方が倒されることはないが、敵が倒れ、尽きることもない。
「この行動は計算された物だと考えられる。現状の事態から言って、敵はこちら側に本隊を向けたのではなく、堤の破壊を主とする側に兵を送ったと考えられるだろう。よって無意味に時間を稼がせ、あちら側が撃破された後、敵の兵がやって来る可能性もある。これは決定的な敗北を意味する。そこで一つ提案がある。私を含め、数人があえて留まり敵を引きつける。他の何人かは破壊側の応援に向かい合流、敵の兵を引き連れて来る。そして増援を呼び退却。これで囮は完成だ。死ぬ気はない。しかし装甲の堅さから言うと拙者は居残るのが適任だろう」
アルバート・レオン(ec0195)は淡々と言う、聞いたヴラドは
「随分と回りくどい話し方をする御仁であるな。ようするに、此処で散るか、仲間を助けに行って散るか? いわゆる一つの楽しい選択、余は暴れ馬で救援決死隊を希望する」
ところどころ傷だらけだが彼はやはり明るい。
「私は残ります。任務はそれだけでしょうか、敵が来ます」
メグレズ・ファウンテン(eb5451)が言った。動揺はない。
要であるオリガは動かすことはできない。
マクシーム・ヴラド・スニアの三人は遠距離より、敵の誘導をかねて援護に向かう。
「此れより先、進軍不能、あえて通るならば、命を引き換えとせよ。破刃、天昇! 妙刃、破軍! 何人たりとも此処は通さぬ」」
メグレズは馬より降りて剣斬で薙ぐ、喰らう衝撃や矢など物ともせず、ただひたすらに彼女は斬る、斬る、斬る、斬り続ける。
隣では同じく、固めた装甲のまま何も言わず剣を降るアルバートの姿もある。
二人の降る剣圧の前に敵兵は散り、敵の進行も一時的に止まった。
だが、敵の魔術師の攻撃を間接的に防ぐオリガとホルスの力にも──限界がある。
一方。主戦場とは多少離れた場所。
初め四つの打撃がやって来た。
爆発、氷雪、暴風、地割れ。
洗礼のうち二つまでをルカ・インテリジェンス(eb5195)はいなして逃げた。
抵抗、かわしきれず、ある程度負傷して独り納得して思う。
こっちは外れ。あちら側は一人で索敵可能、十分ということか。此方に全て投入して来るのなら。
行き着く帰結。
味方は元々少数の戦力は分散して事に当たったと同じ。
主力が全て一方に向けられたとして、囮側はひきつけて戦うための部隊、ある程度は持つ。
だが、堤を破壊する側に兵力のほぼ全てを向けられたならば、長くは持たないだろう。
敵は一騎を囮にして、此方の囮側にぶつけたようなもの。元々魔術師一人で迎撃、軍を壊滅に追い込めると踏んでいたのかもしれない。
「囮の囮のそのまた囮か、やってくれるわね。メッセ出番」
全滅するよりはまし。
ルカはかけていた保険を使う事に決めた。
自分たちの目的は勝つ事ではない、だから狼煙を上げる準備をルカは始めた。
狼煙があがった。
ロシア軍の突入が始まる。
その勢いを利用して戦場より撤退した冒険者たち。
囮としての役割をこなした彼らは突入する軍の姿を見送った。
同時に、陣地に残されていた一通の手紙が軍靴の前に泥へと帰ることになる。
そこに書かれていた文面が何だったのか? 今となって知る由もない。
堤防はロシア軍によって無事、奪取された。
被った被害は甚大ではあったが、冒険者の囮によって緩和された。
●帰還後
「こりゃまた、全員怪我をして帰ってくるとは、良い囮になりましたね」
出迎えたギルドは笑うが、出迎えられた彼らに笑みはない。
「そんなに暗い顔しても仕方ないですよ。依頼の目的を果たしたのでしょう? それなら胸を張っていいと思いますけど、軍から宴席の準備をするように頼まれています」
催された宴席。
宵の口、飲む酒は傷口に触る。それでも冒険者は飲んだ。何かを忘れるために。
いつしか時は経ち。
火照る頬を覚ますため、外に出ると陽が顔を出す。
温もりというには遠いが、凍えた大気に差す輝きは暖かい。
生きていれば、いつでもやり直せる。
成功も失敗も同じカードが映す答え、真実を見るための鏡にしかすぎない。
太陽が顔を出した。眠る時が目覚める。
──今日がやって来た。
「次がありますよ。お疲れ様でした」
去っていく冒険者にギルド員は、そう声をかけた。
●参謀本部
「それでは作戦について振り返ります」
軍では会議が行われていた。
以下、冒険者について分析したものである。
──。
今回、答えとして用意された物は、
「軍を使わずに、自分達の手で堤を無効化する」
となります。
よって、
「堤を破壊する」
この選択も間違いではありません。
ですが、この選択は、
「現実少数の戦力で破壊が可能なのか? より大きなリスクを自ら背負うだけではないのか?」
という懸念が生まれます。
しかし、これについても手段によって修正可能な範囲です。
問題となったのは、
「目的が二つあるとして、この状況下で分散して当たる必要があったのか?」
と、なります。
今回、第一「囮及び攻略」第二「堤の破壊」という目的が生まれ、同時に解決しようと冒険者は考えたわけですが、これは行動の息が合えば効果的ですが、目的遂行のみを主として行うと相手の行動によっては各個撃破を招きやすくなります。
特に第二の目的となる堤の破壊は時間が掛かる上、破壊中に攻撃された場合、防衛も同時に行わなければならなくなり、結果、遊び駒を増やし時間をロスする可能性もでます。
元々、今回の戦いは戦力的に総当りで戦闘を行えば、勝てないほど力量の差があるわけではありません。むしろやりようによっては優勢です。
よって破壊を目的とするのならば、一で敵を撃退、もしくは戦闘不能に追い込んだ後、堤を破壊する。
このような考え方のほうが、破壊を目的とする場合、成功する確率が高いと考えられます。
──。
「という、分析結果です」
参謀の報告が終わった。
「彼らには、冷静さと発想の転換が必要だったわけだな」
「そのようですね」
「しかしあの坊主、さすがに小細工の種も尽きただろう」
「小競り合いは、そろそろ終わりにしたいものですな」
次の戦も、きっと近い。
了