港を裂く牙

■ショートシナリオ


担当:若瀬諒

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月26日〜01月02日

リプレイ公開日:2007年01月03日

●オープニング

●恐獣
 恐獣とは、天界に於いてはるか昔に滅びたとされる大型爬虫類――恐竜に酷似した存在の総称である。
 アトランティスに於いて、恐獣の主な生息地は南の大陸ヒスタである。メイの地では、カオス戦争の折にバの国がカオスニアンに大量に与えて戦力にしたのをきっかけに野生化し、繁殖していったという経緯がある。そのため、時により危険な存在である他のモンスターよりも、カオス戦争やカオスニアンの記憶を呼び覚ます恐獣に対して、よりマイナスの印象を抱くのは仕方ないことと言えよう。
 さて、一言に恐獣と言っても、様々な種類がある。元々戦争用に導入されたため、凶暴な肉食恐獣が目立つのは事実であるが、それだけではない。穏やかな草食恐獣や飛行する翼竜、水中に棲む魚竜など、様々な恐獣がこのメイに渡ってきているのである。

●魚竜の棲む港
「おい、何かいるぞ」
 漁師が異変に気付いたのは、出航した直後のことだった。
 背後にはまだ船着場が見えるその場所で、漁師は海に落ちている影を見つけた。
 子供の背丈程もない小さな影だったが、それは船の横に付き、同じ速度で水平に追ってくる。
「なんだ? でかい魚か?」
 別の漁師もやって来てその姿を確認するが、やはり正体はわからず。
 結局、しばらく様子を見るうちに影はすぅっと海の底へと沈んでいった。
「消えちまったな」
「やっぱり魚だったんじゃねえか?」
「それなら、さっさと獲っちまえばよかったな」
「ちげえねぇや」
 言い合い、軽く笑いながら再び持ち場へと戻る漁師達。
 その笑いが悲鳴へと変わったのは、ほんの一瞬の後だった。
 音もなく跳び上がった『それ』は滑るように甲板の上を往き過ぎながら、振り向きかけた漁師の背を切り裂いた。
 漁師達が事態を飲み込む間もなく、『それ』は海の中で素早く転回して再び襲い掛かってくる。
 その姿は、あえて言えば天界でイルカと呼ばれる生き物に似ていた。四つの大きなヒレと幅広の大きな尾を持ち――しかし、ぎょろりとした大きな目と、開かれた嘴状の口から見える鋭い歯が、その獰猛性を如実に現している。
 漁師は恐怖と混乱で竦みあがり、為す術もなくその牙の餌食となっていった。

 港からも、その光景はしっかりと目撃されていた。
 突如現れた怪魚が数度船と交差し、船上から人影が消えていく。船が無人になるまでは、さほどの時間も要さなかった。
 どこまでも見渡す海がまた平穏を取り戻し、ぽつりと浮かぶ船を僅かに揺らす。
 港で見送っていた者達はしばらく呆然としたまま立ち尽くし、やがて誰からともなく泣き崩れた。

 冒険者ギルドへ依頼が来たのは、それから少ししてのことだった。
 最初の事件の後、高をくくって海に出た船も立て続けに襲われ、最早海に出ようとする命知らずな者はいない。
 漁業で成り立っていたその小さな港町は当然立ちゆかなくなり、国に助けを求めたのだ。
 国はその原因を水中の恐獣――魚竜の仕業と断定したが、未だ続くカオス勢力の活発化で軍を派遣する余裕もない。そこで冒険者の出番となった。

 貸与されるゴーレム兵器は最大でチャリオット一騎にゴーレム一騎。
 今回、この程開発された新式ウッドゴーレム『ユニコーン』初号機が貸し出されることとなった。動作確認は完了し、試験運用を兼ねた貸与となる。
 特異的な場面ではあるが、様々な戦況での動きを確認することは非常に重要だ。
 また、これまでのゴーレムとは性能がかなり異なり不慣れな点も多いと思うが、今後は扱う事も多くなる機体である。この機に触れておくといいだろう。
 ちなみに、天才ゴーレムニスト、カルロの説明では、ユニコーンの性能は

名 称:ユニコーン
ランク:ウッドゴーレム
全 高:3.5m
重 量:0.5
戦闘力:5(+17)
移動力:歩6水3
起 動:専門
限 界:達人1
H P:無3 カ9 軽16 中29 重55 瀕110
E F:0
解 説:デクを見本に制作されたメイの国の新式ウッドゴーレムの試作騎。密度の高い固い樹木を使用し、その分軽量小型化を行って運動性の向上と耐久力の維持に成功した。しかし耐久力が不足しているのはウッドの命題であり、最終的には軽騎兵のような、主武器と受け可能武器との組み合わせによる速度戦仕様になると思われる。
メ モ:性能はそのままに、軽量化と追従性を追求した騎体。一撃受ければ即破壊というモノには違いないが、要所々々で後につながる技術が見られる。ただし、装甲は布と変わらない。むしろ装甲が無い方が良いのではとも思われるが、ただの矢弾に鎧騎士をさらすわけにもいかないので最低限の装備は必要。
 開発は成功の部類に入るが、これ以上の成果は難しいだろう。

 であり、また、現時点での装備可能武具は、ショートソード、シールドソード、パリーイングダガー、ノーマルソード、シールドとなっている。

 一度依頼が流れてしまったため、街も苦しい予算から依頼額を増額しての再依頼となっている。
 是非、この港町の危機を救ってもらいたい。

●今回の参加者

 eb4590 アトラス・サンセット(34歳・♂・鎧騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8704 南雲 康一(37歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb8988 篝 凛(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb9107 ラヴィニア・クォーツ(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 eb9419 木下 陽一(30歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●開発の戦い
「まあ、こんなものかな」
 換装の終わったユニコーンを遠めに眺めながら、南雲 康一(eb8704)はうんうんと頷いた。
 聳え立つユニコーンは水中戦を想定し、両足と胴体に重りが取り付けられている。貼り付けるように括り付けられたそれは、無骨ながらリストバンドやジャケットのようにも見えなくもない。
「あら、完成したの?」
 長い髪をなびかせながら、工房へやって来たラヴィニア・クォーツ(eb9107)が康一に並び、その新型機体を見上げた。
「一応ね。キミの言うとおり見栄えにもこだわってみたよ」
 とはいえ不満点もある。例えばトライデントの製作に失敗したことだ。開発依頼と期間が重なったこともあり、工房の設備を使用出来なかった為だ。
「この短時間でここまで出来れば十分よ。見た目も悪くはないしね」
「胴の重りは脱着可能式にしてある。現状だと水に沈むけど、胴のを外せば浮ける。まあ、一度外したら付けるのにまた作業が必要だけどね」
 水中戦用の装備を色々と考えてみたものの、今回の作戦の趣旨では浅瀬での活動が主となる。水中に引きずり込まれたことも考えてバラストと防水性には力を入れたが、『泳がない』のであればむしろ邪魔となる足ひれなどは泣く泣く止めた。
「折角の初陣なんだから、かっこよくいかないとね」
「ははっ、そうだね。それじゃあ僕も、格好良いゴーレムの姿をしっかりと書き記しておくよ」
 言って、軽く笑い合う。
「それじゃあ、私はそろそろ休ませてもらおうかしら」
「わかった。英気を養ってくれよ」
「ええ、わかってるわ」
 それだけ交わすと、ラヴィニアは工房を後にする。
「後は防水の具合を見て、かなぁ‥‥」
 呟く康一の声を背に、入り口の傍らに置いておいた槍を手に取ると、ラヴィニアは宿舎とは別の方向へ向かった。
 今回、ゴーレムの得物はポールウェポン。普段剣を扱っているラヴィニアは、この手の武器の扱いに慣れていない。
「少しは慣れておかないとね」
 彼女の戦闘準備は、まだ終わらない。

●惨劇の港町
「ようこそお出で下さいました。皆様」
 一行を出迎えたのは、町長を始めとした多くの町人達だった。内に期待と喜びを秘めながら、しかしその顔には心労の色がありありと見て取れる。
「逗留の間、宿や食事の他、必要な物は可能な限り用意させていただきます。どうかよろしくお願い致します」
「ええ、わかっていますわ」
 深々と頭を下げる町長に篝 凛(eb8988)は頼もしく応える。と、その隣から康一が一歩前に進み出た。
「ここで挨拶、といきたいところだけど‥‥あんまり悠長にしてもいられないし、ちょっと準備を手伝って欲しいかな」
「あ、は、はい」
 言葉に頷き、手近にいた男達に手伝いの指示を与える町長。
「それでは私は、もう少しチャリオットの練習をしておきましょうか」
 康一達がゴーレムの方へ向かうのも見て、凛もくるりと踵を返して歩き出した。
 凛の今回の任務は、一番危険な囮役である。自分がまだまだ初心者の域を脱していない事を良く自覚していた凜は、時間を見つけては練習を続けていた。おかげで多少はコツを掴んできたように見える。

「それじゃあ、私は‥‥」
 呟きながらラヴィニアは町長へ近寄り、数度言葉を交わすと、指示を出されたらしい男に先導され、町の奥へと消えていった。
 その場に残されたのは、木下 陽一(eb9419)ただ一人。アトラス・サンセット(eb4590)も町へやって来てはいるのだが、グリフォンを連れているためこの場には居合わせず、上空から件の港を偵察している。
「えぇっと‥‥俺は聞き込みでもしてこようかな」
 一人残された陽一は、誰にともなく呟いて歩き出した。

 件の瞬間を目撃した人達に聞き込みをするため、陽一は船に乗っていた漁師の婚約者に話を聞いていた。
 最初の事件からそれなりの時間が経っているせいで、多少あやふやなところがあっても仕方ないと思っていたが‥‥彼女達は、未だにはっきりと覚えていた。いや、これからも覚え続けているだろう。鮮明すぎるほどに‥‥。
「港を出て‥‥少ししてから、でした‥‥あの人、私に手を振ってて‥‥」
 うつむき、途切れ途切れに搾り出される言葉。
「私が、振り返していたら‥‥急に、あの人が‥‥いなくなって‥‥」
 言葉と共に悲しみの溢れてくるのがわかる。考えてみれば、当たり前の事だ。目の前で自分の想う人が消える瞬間を目撃したのだから。
「どこにも‥‥どこにも‥‥!」
 泣き叫ぶようなその声が本当の涙に変わるまで、それほどの間もなかった。

「現実、なんだよなぁ‥‥」
 丁寧に頭を下げて婚約者の家を後にした帰り道、誰にでもなくぽつりと呟く。
 ここは陽一の好きな『ゲーム』の世界ではない。あの婚約者の声も、涙も、悲痛も全てが現実。逃れる事の出来ない事実だ。彼女たちにとっても、そして‥‥俺にとっても。
「だったら、やっぱり‥‥」
 立ち止まり、ぐっと拳を握り締める。
「頑張って、絶対やっつけないとな!」
 これ以上、彼女のような人を出さないために。陽一はこの『現実』でやれるだけの事をやろうと、決意を新たにした。

●その名、ユニコーン
 広大な海を眼前に据えながら、悠然と聳え立つゴーレム――ユニコーン。その制御胞内、あとはハッチを閉めるだけという状態で、ラヴィニアもその潮風を体に感じていた。
「さて‥‥上手くいくかしら」
 平穏を湛えたままの海を眺め、ぽつりと漏らす。誰にでもなく、自分自身への言葉かもしれない。
「‥‥」
 ふぅっと短く息をつき、静かに目を閉じるラヴィニア。不安を取り払うように軽く頭を振ると、再びキッと海を見据えた。

「やはり、獲物がいないと姿を現しませんね」
 グリフォンの背に乗り、アトラスは上空から海を見回っていた。雨雲によって空が薄暗くなり、海から空は見えにくくなるという絶好の日和なのだが、肝心のそれらしい影はどこにも見当たらない。
「無い獲物は作れ。町とユニコーンのためにも、出てきてもらいましょう」
 こんな時のために、と、アトラスは保存食をいくつか取り出すと、港に程近い海へばらばらと放り込んでいく。中身は乾し肉だ。
 チャリオットが先行して誘き寄せるよりも、先に撒餌をしたほうが近くまで引き寄せられるはずだ。
「あとは標的がかかるのを待つだけですね」
 海に落ちた保存食の上空を旋回しながら、アトラスはひたすらに魚竜の影を待った。

 アトラスから魚竜発見の合図があったのは、撒餌から少しした頃だった。
 港に設置されている見張り台から『双眼鏡』で魚竜を探していた陽一は、その合図を更に凛達へ伝える。
「ようやくおいでのようですわね」
 やれやれといった感じで呟きながら、凛は影の現れた方へと顔を向けた。
 濡れたチャリオット上で滑らぬよう、体は縄でしっかりと固定している。足元は、漁師用の滑りにくい靴を借りようとしたが大きさが合わず、仕方なく裸足である。
「それでは、行きましょうか」
 今回、同乗者はいない。凛が球体に手をかざすと、チャリオットは息を吹き込まれたように、ゆっくりと浮かんでいく。
 わずかに空中へと浮き上がったチャリオットは、風を纏いながら魚竜を目指した。

「‥‥来たのね」
 合図を受けてラヴィニアは開け放っていたハッチを閉じる。そこに康一が浸水対策の最後の仕上げを行って制御胞を密封する。
「僕の仕事はここまでか。後は頑張ってくれよ‥‥」
 開発から関わったユニコーン。その初陣を目前に、康一は感慨深そうに呟いた。
「これでほとんど隙間無しね‥‥」
 ラヴィニアも中で呟く。
 隙間を完全に埋めてしまえば、当然息が続かなくなる。制御胞の大きさから考えても、それはさほど長い時間ではないだろう。
「私も危ないんだから、上手く動いて頂戴ね」
 軽口のように呟いて、ユニコーンを起動させるラヴィニア。
 その瞳に命が宿った時――飛沫の舞う、港での戦いが始まった。

 海を切るチャリオットに気付き、影が動く。
 それほど深くはない港付近。しかし影はそのぎりぎりまで潜り込むと、アトラスや陽一からでも確認出来ぬ間にその場を離れ、チャリオット――いや、凛をその標的に定めた。
 変わらず走るチャリオットを横手で待ち伏せ、互いが交差するタイミングで影が加速を始める。
 瞬間――滑るように海から飛び出した魚竜は鋭い嘴状の口を大きく広げ‥‥しかし何も捕らえられぬまま反対側の海へ滑り込んだ。
「間一髪、ですわね‥‥」
 操舵に意識を集中させながら、ふぅっと安堵のため息をつく。
 自らの力量を考え、細かな動きで撹乱するよりも速さを重視した事が功を奏したのだろう。魚竜は凛の一瞬後ろを通過していた。
 とはいえ、まだ初撃を避ける事が出来ただけ。ユニコーンの待つ浅瀬へ誘き寄せながら、この攻撃を避けきらなくてはならない。
「やってみせますわ」
 ぐっと奥歯を噛み、球体へ念を送る。同時に、出来る限り速度を保ったままゆっくりと旋回を始めるチャリオット。水上に大きな弧を描きながら、ユニコーンの待つ浅瀬の方へと機体を寄せていく。
 しかし、慣れぬ操縦ではカーブで出せる速度にも限界がある。試運転でこのチャリオットの癖を掴んでいたとはいえ、やはり、水中の移動においてはそこに生きる魚竜のほうが一枚も二枚も上手だ。魚竜もそれを見て取ったのか次第に自身の速度を上げ、獲物の後にぴったりと後をつける。

「着いてくるなら、直線の時になさい!」
 誘き寄せとしては成功しているが、このままでは回避のしようがない。何とか引き離そうと思っても、今の技術ではこれ以上の速度アップは危険で、急な方向転換も難しい。
 影は凛の抗議に耳を貸さず、じわりじわりと距離を詰め――
 バチィンッ!
 突如、影の頭上が弾けた。
 魚竜の届かぬ高空、グリフォンに乗ったアトラスからのソニックブームの一撃である。地上ほど体は安定しないが、それでも変わらぬ威力を持って魚竜の頭を打った。
 水越しなのでダメージがどれだけ通ったかは判らない。だが、突然の衝撃に驚いてか、魚竜は深く潜って後退する。
「上手く魚竜に当たったようですね」
 慎重に狙いを定めていた分、いいところに当たった。海面に出ていればもっと強い一撃を与えられていたのかもしれないが、それでも十分な時間だ。
 凛は魚竜の離れているうちに旋回を終え、直線を駆けながら深く呼吸をして気を落ち着ける。
「やられた分は、返さないといけませんわね」
 今度は速度を落として小さく回すと、影の眼前をすり抜けるようなコース取りを選び、勢いよく速度を上げた。

 連携が取れ出してから、作戦は想像以上に上手くいった。
 チャリオットに気を向けさせた所を上からの衝撃波で牽制する。後ろから襲い掛かってくれば、出来るだけ引き付けてから衝撃波で怯ませた隙に距離を離す。
 魚竜が衝撃波に慣れる頃には、陽一の魔法が届く距離まで入っていた。
 雷による攻撃と、衝撃波による牽制、チャリオットの引き付けで、魚竜は瞬く間に港の浅瀬へと追い詰められていく。
 その先に待つのは、ラヴィニアの駆るウッドゴーレム、ユニコーン。巨大なポールウェポンを手に、魚竜を迎え撃つ。
「‥‥容赦はしないわよ」
 構え、魚竜が動くのと同時に浅瀬を駆ける。
 実戦でどれほど生かせるかはわからないが、槍で感覚は覚えてきた。低い姿勢から魚竜の正面に迎い、射程に入る瞬間を狙って海面とほぼ水平に槍を突き入れる。
 腰辺りから水に浸かっているため、腰のひねりを加えられないが、それでもポールウェポンは抵抗なく水中を突き進む。だが、それが到達するよりも早く、魚竜は体をしならせてするりとその射線から抜け出した。
 武器の引き戻しは間に合わない。回避も不可能。が、ラヴィニアは慌てる事なく、
「甘いわ!」
 回り込んだ魚竜に、槍ではなく左手を振り下ろした。
 バグンッという音ともに左脇の海が揺らぎ、魚竜はその衝撃に怯む。先ほどアトラスのやっていた牽制と同じ原理だ。
 その隙にユニコーンは槍を引き戻し、逃げる背中を槍で撃つ。
「ッッ!」
 水の中で、聞き取れぬ声を上げる魚竜。気配を察して避けようとしたのだろうが、背を向けた状態で正確に回避出来るわけもなく、槍はその体を浅く切り裂いていた。
 更に、のたうつような魚竜に向かって陽一の声が飛ぶ。
「ヘブンリィライトニング!」
 空を覆う雨雲から降りた一条の雷撃は確実に魚竜を捕らえ、その素早い行動力をじわりじわりと奪い取っていく。
 次いでユニコーンは腕を振り上げ、勢いよく槍を突き下ろした。
 が、このままやられ続ける魚竜ではない。僅かに体をひねってこれをかわすと、そのままの勢いで今度は水中にあるユニコーンの体を切り裂いた。
「くぅっ‥‥! まだまだ!」
 耐久力を犠牲にした機体だが、この程度の攻撃で一撃でやられはしない。ユニコーンは背中にいる魚竜へ向かって大きくポールウェポンを薙ぐ。海面を切り裂きながら魚竜を牽制し、体を向け直すと今度は魚竜の腹めがけて穂先を突き出した。
 当然、これくらいはあっさりとかわしてみせる魚竜だったが――
「ヘブンリィライトニングッ!」
 海面に出た魚竜を、再び雷撃が絡め取った。
 場所は浅瀬。僅かな上昇だけでも魚竜の体は海面に露出する。それを利用したラヴィニアと陽一の連携に、魚竜はまんまとかかったのだ。
 これで明らかに動きが鈍り、逃げようとする魚竜。その背中を捕らえるのは、今のラヴィニアにとって造作もない事だった。

 陸地へと引きずり出された魚竜はもがくように跳ね、やがてその動きを止める。
 町人達の見つめる中、港町に恐怖と悲しみを落とした魚竜騒ぎはここに終結を迎えた。

●救世主と人情
「本当にありがとうございました。これで漁業も再開出来、町も救われます」
 町長を始めとした町人達が、帰路へ着く一行に深々と頭を下げる。その中には、あの婚約者の姿もあった。
「私達は冒険者。依頼をこなしただけの事よ」
 ラヴィニアは軽くそれだけ言うと、踵を返して歩き始めた。他の四人もそれに倣い、町を後にする。
 その姿が見えなくなるまで頭を下げる町長。客間に置かれた布袋に気付くのは、もう少し後になるだろう。『宿代』と書かれた布袋には、ラヴィニアが残したささやかな街の復興資金が入っていた。

●運用状況報告書
「こんなところかな」
 一息をついて、康一はぐーっと背筋を伸ばす。
 自ら開発に関わったゴーレムの雄姿につい熱くなり、今まで書きすぎてしまった分を削減していたのだ。
 夢中になりすぎた気もするが、その分満足な報告書が出来上がった。
「‥‥報告書に満足っていうのも、おかしな話だけど」
 言って、苦笑する康一。ともかくこれで、依頼の内容は全て完了した。
「次もまた、初陣に立ち会えればいいなあ」
 その日を待ちわびて、康一はしばらくぼんやりと夢想にふけっていた。