捕らわれ?のお嬢様
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■ショートシナリオ
担当:若瀬諒
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月11日〜01月18日
リプレイ公開日:2007年01月19日
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●オープニング
●クレヨ再び
「依頼よっ」
その女はそう言うと、丸めた羊皮紙を勢いよく突き出した。
「はいはい。拝見いたしますが‥‥ええっと、貴女は確か‥‥モラット家のお嬢様?」
冒険者ギルドの受付係が、いぶかしげな顔をして彼女を見る。
確か彼女は、盗賊と行動を共にしていたとかでモラット公より罰を受け、自宅謹慎との噂を聞いたのだが‥‥嘘だったのだろうか。
「そうよ。だからなに?」
「いっ、いえいえ。それでは依頼を拝見いたしますね。ええと、なになに‥‥」
読み進めるうちに、受付係の頭の中には『?』マークが3つ、4つと増えていく。
「ええと‥‥つまり、軟禁状態のクレヨお嬢様を自宅から救い出して欲しいと」
「そうよ」
「‥‥その‥‥つまり‥‥貴女を?」
「そう」
既に抜け出てきてるだろ、との突っ込みをなんとか思いとどまった彼は、立派な受付係であった。
「ああ、そうそう。ついでにこちらの脅迫状の差出人も判ると嬉しいけど、まあどっちでもいいわ」
「‥‥えーっと‥‥」
一枚の羊皮紙を差し出すクレヨに、受付係は今度こそ頭を抱えた。
ズレてる。このお嬢様は何か途方もなくズレている。
受付係は脱力しながら、その正副の逆転した依頼を受け付けたのだった。
●謎の脅迫状
地方領主、モラット公の娘、クレヨ。
以前、ふとしたことでへっぽこ盗賊団をまるごと貰い受けたクレヨ嬢は、スパルタで鍛え直した彼らのボスのようなことをしていたことがあった。
クレヨ嬢は冒険者一行によるきついお仕置きによって改心(?)し、盗賊団の罪の一部を自ら受け負うなど、殊勝な行動をみせた。
結果、盗賊団の釈放は早くなってしまったが、現在のところ被害は全く出ていない。どこで何をしているかはわからないが、彼らも足を洗ったのではないだろうか。
しかし、罪を償ったはずのクレヨに、何者かの魔の手が忍び寄る。
未だクレヨを恨む被害者か、はたまたモラット家に敵対する者の仕業か。
最初に事件が起きたのは、今から少し前のことだった。
謹慎中のクレヨは、いつものように屋敷を抜け出していた。
しばらく殊勝な行動を続け、監視の目が緩んだと思ったらこの有様。生来の気質はそうそう変えようにないのか。
ともあれ深夜こっそりと部屋へ戻ってきて‥‥クレヨは机の上に置かれていたそれに気付いた。
「これは‥‥」
テーブルの上に置かれていたのは、一枚の羊皮紙。
一瞬、家人の誰かに見つかったのかと思ったが、書かれていた文章を読んで整った眉をしかめる。
『前は随分とかわいがってくれやがったな
どこへ行ったか知らないが、今度は俺達の番だ
たっぷりお礼をしてやるから首を長く洗って待っていろ』
「これは‥‥脅迫状‥‥?」
そう見えなくもない。いまいち迫力も欠ける気もするが。
「まあいいわ、こんなもの」
言いながら、その羊皮紙を引き出しにしまう。何かの時の証拠品か、単にもったいないからか。恐らく後者だろう。
ともかく、この時はまだちょっとしたいたずら程度にしか思っていなかった。
しかしその後、羊皮紙による脅迫状は数度に渡って送り続けられた。
わざわざ人のいない間に現れるのか、単に間のすごく悪い人物なのか。
こっそりと手紙を置き、去っていくなどという奇怪な趣味を持つ知り合いのアテは――無いわけでもないが、問い詰めてみたが今回は違うと言う。
流石にクレヨも怪しみ始め、好奇心もともなって自ら独自に調査をすることにした‥‥のだが‥‥
「まずいわね‥‥」
クレヨは深刻な顔で呟いた。理由は一つ。突然増やされる事が決まった警備兵だ。部屋の前に一人の兵。更に、クレヨの部屋の周りだけ、警備を強化するという。
「これじゃ、競技会を観に行けないじゃない」
なんでも今度、馬を使った競技会が行われるという。
実はイベントものの大好きなクレヨだ。
新年のパーティーも、少し前にあった別の大会も、監視の目が厳しくて抜け出すことが出来なかった。殊勝に過ごして警備が緩むのを待っただけに、今回は是が非でも行きたいのだ。
抜け出しているのがバレたのか、行きたいのがバレているのか。
「どうにかしないと‥‥」
クレヨはベッドに横たわったまましばらく唸り‥‥やがて、ばっと飛び起きた。
「‥‥こういう時は、冒険者ギルドね」
以前盗賊団と共に行動していた頃。クレヨはモラット公の依頼を受けた冒険者によって見事発見され、屋敷に連れ戻されたことがあった。今屋敷で暮らし、抜け出しても朝が来る前には屋敷へ帰るという規則正しい生活を送っているのは、その時の『教育』の成果でもある。
例え冒険者に対してトラウマを持ちそうな過去があったとしても、気にしない。
『使えるものなら何でも使え』モラット家の家訓の一つである。
「そうと決まれば話は早いわ」
ベッドから飛び降りると、クレヨは早速外出の支度を始めた。
多少動きやすく作られたドレスに着替え、慣れた様子で窓からするすると部屋を抜け出していく。
――お嬢様とはなんなのか。非常に考えさせられる光景であった。
●リプレイ本文
●種まきはひっそりと
「おお、ベイヴァルド殿。よく参られた」
風 烈(ea1587)が屋敷の周囲を下見している間、ベイヴァルト・ワーグウィン(eb8427)とベルディエッド・ウォーアーム(ea8226)はモラット公との謁見を果たしていた。
突然来た一介の冒険者を快く迎え入れる。以前のベイヴァルトらの功績をよほど喜んでいるのか、実は暇だったのか。追い返されなかったことにとりあえずはほっとする。
「またクレヨが何か仕出かしたかな?」
「ほっほ‥‥いや何、近くを通りかかった故、クレヨ殿の様子が気になりましてのう」
一瞬ぎくりとしたが、すぐに持ち直し、出来るだけ自然に探りを入れていく。
「クレヨなら、あれから随分と心を改めたようでな。最近では大人しく勉学に勤しんでおる」
言って軽快に笑うモラット公。
「とはいえ元が元だけに油断ならん。今度の馬術大会などもクレヨが好きそうだからな。警備と監視を強化して当たるつもりよ。侍女も、脅しも泣き落としも通じん気の強いのをあてがうつもりだ」
上機嫌そうなモラット公に、二人は複雑な笑いを返す。まさか、その警備を抜け出すために雇われた、などとは口が裂けても言えない。
「お父様、ただいま参りまし――あ、あなたは!?」
「お久しぶりじゃの、クレヨ殿」
「お、おひさしぶりですわ」
なぜここにいるのか、自分の依頼を受けたのが彼らだと一瞬で悟ったのだろう。
わずかに引きつった笑顔に、一筋の汗が流れたクレヨだった。
●変身クレヨ
競技会前夜。
「それじゃあ、後は頼んだぞ」
「ああ、上手くやる――上手くやりますわ」
烈に頷きを返し、ベルディエッドは疲れた様子でもそもそとクレヨのベッドへ潜り込む。
当日に抜け出させるより、いっそ夜闇に紛れてベルディエッドがクレヨと入れ替わることにしたのだ。
「へぇ‥‥似てるじゃない」
数分前まで、自分の化粧道具を使ってベルディエッドをオモチャにしていた魔性の女の台詞だ。
やたら明るいベルディエッドも流石にぐったりして、まさに病人のようだ。
ちなみに、カツラなどの変装道具も何故かクレヨが常備していた。いつも何をやっているのか。
『あの‥‥ま、まだですか? さっきから警備兵さんが来るたびに見つかりそうで‥‥一人じゃ寂し――あぅぅ、また巡回が――』
泣きそうなラシェル・カルセドニー(eb1248)からのテレパシーが烈に届く。
『わかった。もう少ししたらいく』
『は、早く来てくださいね。‥‥出来れば白馬に乗った王子様を連れて』
実は余裕なんじゃないだろうか。
『‥‥黒馬に乗ったハーフエルフでまけとけ』
――外で待つアトラス・サンセット(eb4590)がくしゃみをしたかは定かではない。
無事に屋敷から脱出したクレヨを乗せ、陽精霊の星明かりの中、アトラスは馬を走らせていた。
「思ったよりも順調に行きましたね」
何故か、烈と共に置いてきぼりにされたラシェルが不満顔をしていたが、理由は不明である。‥‥多分。
「あとはベルディエッドさんの手腕に期待しましょうか」
「そっちは平気だと思うけど、これは、もう少し‥‥何とかならない、の?」
馬の蹄は布で覆われ、石畳に響く音を小さく抑えている。が、その分馬には負担がかかり、それを軽減させようとすれば当然乗り心地に影響出る。
舌を噛まないように注意しながら、振り落とされないよう、クレヨがぎゅっとアトラスに抱きついてくる。マント越しとはいえ、ふにっと、意外と豊満な感触が背中に伝わってくる。
「こういう場合、乗り心地は二の次にならざるを得ないので、少々の間我慢してください」
慣れているのか、気付いていないふりをしているのか。ともあれアトラスは平静を保って馬を走らせ切った。
●なりきりクレヨ
朝。
昨夜は暗がりという安心感があったが、光の差し込む日中はやはり不安の残るベルディエッドである。
「あー、あ‥‥コホン‥‥あ、あー‥‥私はクレヨ、私はクレヨ」
‥‥オウムではない。声色の確認である。多少の違いは風邪ということで誤魔化せるだろうが、やはり心配だ。
と。
「おーっす! 朝だぞー!」
バンッと勢いよく扉が開き、メイド風の格好をした少女が飛び込んできた。扉に背を向けたベルディエッドには見えないが、ざくざくと切られた短髪が少女の快活さを象徴している。
「ん? 起きてるのか?」
勢いに驚き、思わずびくりと動いてしまったせいで、起きているのに気付いたようだ。
「ええ‥‥おはよ――けほっ、けほっ」
背を向けたまま答え、途中で咳込む演技を混ぜる。
「お、なんだ? 本当に風邪にかかってるのか」
「え、えぇ‥‥そうみたい‥‥」
事前に風邪っぽいと広めていた為か、あっさりと信じてくれる。嬉々とした様子が手に取れるのに、突っ込んでいい物やら迷うが。
「だから、出来るだけ部屋に入らないように――けほ、けほっ‥‥屋敷中に、流行らせてしまうから」
色々と気になるところはあるが、深く考えないようにしながら演技を続けるベルディエッド。
少女もうんうんと頷き、
「話には聞いてるぞ。静かに寝てれば治るらしいな」
らしい、とは‥‥風邪を引いたこともないのか。まあ、馬鹿っぽくはあるが。
「それじゃ、何かあったら呼んでくれな。今日はおれが担当だから」
「ええ、ありがとう‥‥けほっ、けほっ‥‥」
これで出入りが少なくなる‥‥と、一息つこうとしたところで、侍女は上半身だけひねって肩越しに振り向いた。
「そういえば、今日は怒らないんだな。やっぱ病気だとしおらしくなるもんなのか?」
「‥‥いいから‥‥行きなさいっ!」
「ははっ、じゃーなー」
少女は笑いながら部屋を出て行った。
すぐに気付かれるということはないだろうが、多少怪しまれたかもしれない。
「ほぅ‥‥」
不安混じりに、ため息一つ。
早く競技会が終わるのを祈るばかりだ。
●楽しい時間は
競技会も終盤を迎えた頃、烈のもとへシフールがやって来た。
「まいどー、シフール便でーす」
今日一日だけ雇ったシフールだ。それが来たということは、話を聞かなくてもだいたい察しがつく。
「頃合的にも、この辺りか」
烈は周囲で見張るラシェルとベイヴァルトに目配せし、帰還の意を伝える。
二人がそれぞれ頷き返したのを確認すると、今度はクレヨへ。
「そろそろ気付かれそうだ。屋敷へ」
「もう? 今良いところなのよ」
相変わらず競技に注目したまま答えるクレヨはラシェルによって町娘に変装させられている。が‥‥元の姿よりもお嬢様らしく見えるのはなんのラシェルマジックか。
とはいえ、着飾った町娘もちらほらと見かける会場では、この位の服の方が違和感がないかもしれない。お目当ての騎士が登場する度にあちこちからきゃーきゃーと黄色い声が響き渡る。
「きゃー、アルバートさまー」
「‥‥もしかしてクレヨさんも、そういう理由で?」
「まさか。これよこれ。天界から伝わった『ととかるちょ』とかいう――」
「やめんかっ」
ごす。
遠くにいたはずのベイヴァルトのスタッフによる一撃が、クレヨの後頭部に決まった。
「そういうことならそろそろ帰りましょうか‥‥?」
「そんな。結果はこれからですのに」
ラシェルの言葉に、頭をさすりながらも渋るクレヨ。しぶとい。早くもベイヴァルトの攻撃に対して耐性がついたのか。
「楽しんでいるのは何よりだが‥‥気付かれたら元も子もない。脅迫者の件もあるのだから、道が混み合うまでいるのも危険だ」
「全く‥‥お父様が変なことしなければ‥‥」
諭すように言った烈の言葉に、不承不承といった感じで呟くクレヨ。
が――
「あのーもしもし?」
とんとん、と烈の肩を叩いてシフールが呟く。
「‥‥脅迫状の犯人を捕まえた、という連絡なんですけどー、聞いてます?」
「え?」
きょとん、とする一行に、シフールは話し始めた。
●脅迫お礼状
「‥‥あなた、ポチ?」
気付かれそうなわけでも襲撃の心配も無いと判って、クレヨは一気にはっちゃけた。
アトラスを競技会に飛び入り出場させようとしてたしなめられたりしつつ、なんとか邸宅に戻ってきたのは結局、日が暮れてからである。いや、これでもクレヨ基準では十分早い方だったかもしれない。
で、クレヨルートを使って無事に部屋へと戻っての‥‥初っぱなの発言である。
「だからポチじゃないですって‥‥」
しくしくと泣く少年――何故か侍女の格好をしている――にクレヨは見覚えがあった。盗賊団の雑用の一人である。犬っぽかったのでクレヨがポチと名付けたのだ。戦いにも使えぬ弱気な性格で、仕方なく文字を教えて脅迫状とかを良く書かせていたが――
「つまり‥‥この手紙はこう読めばいい、ということだね。
『以前は大変お世話になりました
どこかへ出かけておられるようですが、私達で恩返しがしたいと思っています
いずれまた来ますので、楽しみに待っていてください』と――」
声色を真似てベルディエッドが読むと、ポチが頷く。
「はい。ボク、こんな手紙の書き方しか教えてもらって無くて‥‥」
俯いて恥ずかしそうに言うポチ。女装が非常に似合っているのは何の神の悪戯か。
「えっと‥‥つまり‥‥お礼をいいに来ただけなんですか?」
「はい」
ラシェルの声にポチが小さく頷いた。
どうやら、ポチはクレヨと連絡を取るため、モラット家の馬番として最近雇われたらしい。
事前にクレヨから、文字が書ける使用人の筆跡などを調べてもらっていたが、脅迫状しか書けないため「文字が書けない」と申告していた為に筆跡チェックを逃れたようである。
雇用までは上手くいったが、身元もあやふやな新入りに屋敷内の仕事を任せるほど杜撰な警備でもなく、敷地の隅っこで馬の世話をしつつ、人々が寝静まった夜中で警備の薄い日を狙って侵入を繰り返していたという。
警備の薄い夜中には街へ繰り出していたクレヨとすれ違い続けたのはまあ‥‥不運でしかない。
で‥‥クレヨが風邪と聞きつけて、見つかる危険を覚悟で侍女の服を拝借、女装して見舞いに向かった先でベルディエッドと鉢合わせた、ということらしい。
まあ、少年っぽい少女に続いてで違和感が少なかったのかもしれないが、通した警備兵と女装の似合うポチのどちらに突っ込みを入れるべきか。
ともあれ、混乱や戦闘に持ち込むことなく、色々と異常な状況で自らの話術を駆使してポチを丸め込んだベルディエッドにはお疲れ様と言おうか。あえて内容には触れないが、クレヨが戻ってくるまでポチはベルディエッドのことをお姉さまと思っていたらしい事だけ記しておく。
「なんとも、人騒がせな‥‥」
一通りの話を聞いて烈が呟く。
「ほんとだわ。素直に会いに来ればいいのに、変なところで凝るからこういうことになるのよ」
「え‥‥? 『人生に無駄はないわ。一見無駄に思えても面白そうに思えたら周囲を顧みずとことん凝りなさい!』って教えてくれたのはボスじゃ‥‥」
「‥‥‥‥」
皆の白い視線がクレヨに集中する中、こほん、とクレヨは咳払いした。
「忘れたわ」
「あなたってひとは‥‥」
しれっと言うクレヨに、アトラスの拳が小さく震えていたのは見間違いではあるまい。
●瓢箪から代筆業
こうして事件は解決した。
ポチはクレヨの『侍女』として雇い直されたらしい。他意は――山ほどありそうだが。
元盗賊団の面々との連絡も、ポチ経由で行っているという。
そんなこんなが一段落したある日のこと。
モラット公とクレヨの間で、ちょっとした会話が交わされた。
「時にクレヨ、代書屋業を始めるそうだな」
「なんのことですの?」
きょとん、と聞き返すクレヨ。
「はっはっは、隠さんでもいいぞ。数日前に言っておったではないか」
「‥‥」
言葉に、しばらく頭を巡らせ、
「‥‥あ、あれは!」
思い出した。
脅迫状の筆跡を調べるため、代書屋業に手を出すからと言って使用人の筆跡を手に入れていたのだ。
「そ、その話はなかったことに‥‥」
「照れることはない。お前がそこまで成長したこと、父として誇りに思うぞ」
「ですからあれは‥‥!」
「どれ、丁度代書屋に任せようと思っていた書類があってな」
「お父様ー!」
悲痛な叫びは虚しく屋敷に響き渡り‥‥こうしてクレヨは、図らずとも更正の道を歩むこととなった。
‥‥かもしれない。