【リバス砦】紫煙の砦

■ショートシナリオ


担当:若瀬諒

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月16日〜02月23日

リプレイ公開日:2007年02月26日

●オープニング

●異変
 リバス砦。
 リザベ領西端、カオスの地との境を成す峻厳な山脈の中に点在する砦の一つである。
 昨年度、カオスニアンの攻勢により奪われ、冒険者の尽力により兵士の救出及び奪還に成功した。詳細は先の【救いの艦】【リバス砦奪還作戦】の二つの報告書にある通りである。
 該当の山々は奪還後しばらくして完全に雪に閉ざされ、現況のリバス砦とは、フロートシップなどの飛行能力を有するゴーレム機器を用いる以外の往来が実質、不可能となっている。
 とはいえ、状況はカオスニアンにも同じであり、せいぜい空にさえ気をつけていれば再侵攻の危険はない。自然との闘いに集中出来る分、困難であるが安心して砦の復旧作業を行える――はずであった。
 が――

「‥‥遅延?」
 帰還したフロートシップによる半月ぶりの報告を受けたカーチス・グラドは、微かに眉をひそめた。
 先の戦闘で破壊された構造物の修復に遅延が出ているとの報告があったからである。
「理由は?」
「それが‥‥言いにくいのですが‥‥どうやら砦に麻薬が持ち込まれたようで。娯楽のない冬の砦、気付けばかなりの者に拡がっている次第でして」
「そうか‥‥」
 報告を聞きつつ、見事なあごひげに指をあてて、なにやら考え込むカーチス。
 カーチスはセルナー領に封土を持つ子爵の血筋だが、三男坊であり家を継ぐことももはやない、一介の騎士である。だが、武技に優れ頭も切れ、最近頭角を現してきた人物である。今回は砦再建の指揮を執っており、近郊のダイラテルの都に居を構え、フロートシップや物資、人員の手配を一手に引き受けているのだが――
「早急な人員の入れ替えと、調査隊の派遣を行った方が良いかと。調査は冒険者ギルドに任せるのが良いかと思いますが――」
「いや、いい」
 部下――ライルの言葉を遮ってカーチスが告げた。
「は?」
「作業員の交代、冒険者の派遣、どちらも不要だ。調査は俺が出向けば済む。出向いて詳細を把握した後、必要なら作業員の入れ替えも検討しよう」
「し、しかし――」
 言いすがろうとするライルを、カーチスが見下ろす。
「ライル。お前は、二度同じ事を言わなければ解らないほど無能な部下だったか?」
「い、いえ――了解いたしました。それではフロートシップの手配を――」
「いや、それも俺がやろう」
 カーチスはそういうと、困惑の度合いを深める部下に笑みを向けた。
「‥‥ライル、お前しばらく故郷に帰ってなかったよな。休暇をやる。両親に元気な顔を見せてこい」

●疑惑
「――というわけよ」
「依頼、無いんじゃないですか」
 ローザの説明に、ミゥが疑問符を浮かべる。
「依頼はあるわ。リバス砦の復旧作業追加要員。実質は、陸の孤島になってるリバス砦に麻薬がどう入り込んだかの流通ルートの特定と、根絶ね」
「え? え‥‥だって‥‥」
 伝えられた情報に混乱するミゥ。
「依頼主は王宮になってるけど、恐らく本来の依頼人はライルさんね。上司に逆らった正義感の男――ってとこかしら? チクったのね」
「え‥‥えっと、どういうことなんでしょう?」
「バカね。陸の孤島に麻薬を持ち込むなら、カーチス氏が一番やりやすいでしょう? 責任者なんだから」
 そう。わざわざ対処を遅らせるような真似をするカーチスの動きは妙である。
 だが同時に、怪しい人間は他にもいる。
 例えば砦復旧作業の作業監督を行っている築城のベテラン、ゴーヌ氏。他のことは大ざっぱだが築城技術には秀でているドワーフだ。
 約三十名の作業員はカーチス氏とゴーヌ氏によって選ばれているが、何名かの素性はライルにも判らないと言う。
 ライル自身すら完全な白ではない。建材を載せたフロートシップで実際にリバス砦とダイラテルの都を往復していたのは、彼を含めそう多くはない。
 いや、疑うべきは人だけではない。
 一度はカオスニアンによって占拠された砦である。何らかの方法でカオスニアンが関わっている可能性などもゼロではない。
 リバス砦は、築城がカオス戦争以前に遡る砦である。初期の図面は残っておらず、所有者は幾たびも変わり、不落の砦と呼ばれたこともある。復旧作業時に『何か』が出てもおかしくない砦であった。現場からそういった情報は届いていない。
「さて――誰が敵で誰が味方か。それともカオスニアンか。疑心暗鬼って怖いわねぇ」
「それで‥‥どうするんです?」
 心配そうなミゥの言葉に、ローザは不敵な笑みを浮かべた。
「誰がどうでも目的に揺らぎはないでしょ? 砦復旧の障害になっていることを全て片付ける。麻薬が入り込んだ経緯を調べて、関係者がいるなら捕まえるか倒す。偶発的な理由なら再発しないように根絶させる。。私達の仕事は、それらをやり遂げてくれる冒険者を集めて、可能な限りのサポートをするだけよ」

●今回の参加者

 ea0353 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1504 ゼディス・クイント・ハウル(32歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea4868 マグナ・アドミラル(69歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2968 アルフィン・フォルセネル(13歳・♂・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb4189 ハルナック・キシュディア(23歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8962 カロ・カイリ・コートン(34歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●接触
「なんだ? お前達は」
 ダイラテルの都。現れた冒険者達に、カーチスはそう言った。
 砦への出入りは今は厳しくチェックされているようで、カーチスに面会もせず砦へ入り込むわけにもいかなかった為だ。
「カーチス卿。我ら、王宮よりの依頼にて、リバス砦復旧支援の旨を受け馳せ参じました。何なりとご用命を」
 皆より一歩前に出て、いつもとまるで違う口調で臣下の礼をとるパトリアンナ・ケイジ(ea0353)。その後に他の面々もそれぞれに挨拶をする。
 その姿を‥‥そして背後の面々を無言で見渡したカーチスの視線が、ある一点で止まる。
「‥‥そうか。ライル、おまえが連れてきたのか」
 複雑な笑みを浮かべたカーチスに、ライルが口を開く。
「いえ、私は彼らの便に同乗させて頂いただけです」
「早かったな。両親への顔出しは済ませたのか?」
「はい」
 短い返答に苦笑いして、カーチスは顔を冒険者の方へと向けた。
「君は天界人か?」
「は?」
 一瞬、虚を突かれたが、素直に頷くパトリアンナ。
「そうか。俺は天界人も冒険者も好かん。故に申し出は有り難く却下させて頂く」
「――なっ?」
 冒険者達の何人かが、思わず声を上げた。断られる可能性を考えてはいたが、あまりに予想外の断られ方だ。
「ちょ、ちょっと待ってください。カーチス卿、そんな理由はいくらなんでも――」
 ハルナック・キシュディア(eb4189)が抗議の声をあげようとするのと、カーチスの話が遮った。
「――と、言いたいところだが、王宮がよこしてきた以上、無下にも出来んな」
 なんなんだ‥‥と誰もが思った。
 クールな無表情の下で思わず拳を握りしめたマグナ・アドミラル(ea4868)を、敏感に察したアルフィン・フォルセネル(eb2968)が小さな手を伸ばしてそっと止める。
「とりあえず、話してみろ。何しに来た」
 にやりと笑う彼に対して冒険者が抱いた第一印象は、ちゃらんぽらん、もしくは、性格の悪さ‥‥そんなところであったろうか。
 笑顔の奥で、冷静に俺たちの値踏みをしている――ゼディス・クイント・ハウル(ea1504)は無表情の仮面の奥でそう判断した。
「‥‥ふむ」
 一通りの説明を受けると、冒険者達のきつい視線など気づかぬようにカーチスは考え込み‥‥そして、彼らを受け入れる代わり、とある『条件』を冒険者達につきつけたのであった。

●有能?無能?
「ロンロン麻薬取締官、復旧作業支援隊長の任に就くのでありますッ!」
 びし、と敬礼をするフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)(以下、ティナ)をあきれた表情で見やる一行。
「みだりに麻薬取締官などと公言しない方がいいと思うぞ」
「まあ、あれはあれでいいのでは‥‥」
 ランディ・マクファーレン(ea1702)の冷たい突っ込みに、ハルナックがフォローを入れる。
 カーチスとの謁見を終え、砦へと向かうフロートシップへ向かう最中のことである。
 ちなみに、人数はライルを含めて9人から8人へと減っている。パトリアンナがカーチスの側に残ったためだ。「いらん」と言われても食い下がった結果――執務室の掃除などさせられている現状を、パトリアンナを先輩として慕っているカロなどが見たらどう思うか――まあともあれ、カーチスを見張れる立場は手に入れたようである。
 それはともあれ、一行の方であるが。
「正直、あたしらより適任が大勢おると思うが‥‥やはり、あたしらがメイの鎧騎士だからかにゃあ‥‥?」
 ティナと共に副隊長の任を任されたカロ・カイリ・コートン(eb8962)がぽりぽりと頬をかく。
 役職がついたからと言って別になにを任されたわけでもない。ただ、他の人間より行動の自由がきく代わり、他の人間が不始末をした際の責任を取るよう誓約させられてしまっただけだ。
「それを利用して敢えて頼りない者をトップに据え、全体の行動を制限したとも考えられなくもない」
「天界人や冒険者が嫌いというのも嘘かもしれないな」
 ゼディスとランディが互いに話し合う中、こっそり傷ついているティナとカロはさておく。メイ出身で冒険者ギルド所属の鎧騎士としては、二人とも経験を積んでいる方ではあるのだが――
「天界人嫌いは本当ですよ。嫌いというか、信用してないというか」
 ライルの言葉に、冒険者は顔を見合わせた。
「‥‥はぁ、頭を使うのはどうにも苦手じゃき」
「ともあれ、やれることをやるしかあるまい」
 マグナの声に皆が頷いた。

●砦へ
 フロートシップはまさに積み込みの最中であった。カーチスからの許可証を示し、早速手伝いを始める一行。ティナとカロはその権限を生かし、積み込み資材のチェックや船員のチェックをするが、これといった収穫はないままに作業が終わり、出立となった。
「遅れてすまないね、皆」
「おや、行かれるんですか?」
「ああ。しばらくの間、な」
 出立ギリギリに、カーチス卿とそれに付き従うパトリアンナが乗り込む。今回は視察の予定は無かったが、どうやら予定を変更してのことらしい。
 現在のところ尻尾は掴んでいない。だが、この予定変更は冒険者が来た故のものだろう。
「役者は揃い、いざ舞台へ、ってところかねぇ」
 パトリアンナは小さく呟いた。――侍女の格好で。
 もちろん、乗船中に着替えたのは言うまでもない。

●先行き不安?
「ここからが本番だね! 麻薬! 撲滅、おーッ! ――あっ、お仕事は真面目にやるから置いていかないでー!」
 リバス砦、到着。
 小声で腕を天に突き出すティナを置いて、さっさと降りる一行。隊長としての威厳はないが、ある意味敵の警戒心が薄れそうではある。
 一方。
「大丈夫でしたか? アルフィンさん。船酔いとか」
「うん。すごいねぇ‥‥こんな船が浮かんじゃうんだから」
 きらきらと瞳を輝かせ、頬を上気させて、初めてのフロートシップ体験を語るアルフィン。出会った人は皆一瞬「どうしてこんな子供がここに?」といった顔をするが、カーチスの許可証と、常に側に従うハルナックの存在故か、つまみ出されたりといった扱いを受けることもなく無事に到着できた。
「やっと来たか。待ちわびたぞ。なんだ、新顔か? よしこいさあこい、ちっこくてもやることはたくさんあるぞ!」
「え? あっ、な、なに‥‥? ハルナックぅ、助けてぇ〜」
 砦から現れた強靱な体躯のドワーフ――ゴーヌ氏だろう――がアルフィンを抱えて連れ去ろうとする。
「え、ちょっと――」
「あぁぁぁ〜〜っ」
 悲鳴を残して素早く城門から消える二人に、呆然としたハルナック他一行はあわてて追いかける。
「――もしかして、今回関わる奴らは奇人ばっかりか?」
「‥‥私を含めないでください」
 ランディの声に、ライルが恨みがましそうな声をあげた。

   *

「がっはっはっはっ、いやはや、面目ない。早とちりしてしもうてのう」
 持ち上げられもしない大きなツルハシを持たされてうんうん呻ってるアルフィンを、冒険者達が見つけたのは、数分後のことだった。
「どう早とちりしても、こんな子供が砦再建の肉体労働できるわけがないでしょう!」
「それもそうだな。がっはっは」
 ハルナックの言葉に、悪びれる様子もなく語るゴーヌ。
「僕、力仕事は出来ないけど、怪我人がいるなら看てあげられるよ」
「そーかそーか。まあ、足手纏いでなけりゃ大歓迎だ」
 ばしばしと背中を叩いて笑うゴーヌ。
「‥‥いきなり調子を崩されたにゃあ」
 その様子を少し離れたところから見て、こぼすカロ。
「搬入はランディが手伝っている。問題ない。まずは怪しまれぬよう普通に手伝うとしよう」
 小声でゼディスが伝える。
「しかし、副隊長といえど、何を命令すればいいのやらわからんぜよ‥‥」
「あ、はいはいはーい。隊長の私にもさっぱり!」
「‥‥ゴーヌ氏に必要な作業を聞いて、俺たちに割り振ればいい。二人は監督や現状把握を名目に歩き回って連絡、及び現状把握だ」
 逆に命令する羽目になっているゼディスに、マグナとハルナックは何とも言えない顔で頭を振った。
「もし、邪魔をするつもりで行ったなら、確かに効果のある作戦だな」
「ええ‥‥ほんとに」

●復興作業・昼
「おっちゃん、その石材はそっちだそっち」
「む、こっちか。すまないである」
 マグナはそう言って、常人なら一人では決して持てないような石材を軽々と移動させる。
「あ、違った。さっきの場所で合ってたかな? こっちがこうきて‥‥こうなって‥‥う〜む‥‥まあ、とりあえずこっち置いといてくれや」
「うむ」
 本日何回目か。一見まともに見えるが、よく見ると目が落ち着き無かったり指示が矛盾したりと散々なありさま。あっちで二日がかりの工事をやりなおし、こっちで木材の採寸を間違える。こんな状況でそれでも『進んで』いるのは奇跡に近い。
「ああ、その石材、やっぱこっちに持ってきてくれや」
「‥‥うむ」
 マグナはこの無駄な労働が何のためになるのか、考えるのを止めた。

   *

「おじさん、どうしたの? 何処か具合でも悪いの?」
「‥‥いや、なんでもねぇ。ちょっと、な」
 作業現場をとことこと歩き回っていたアルフィンは、調子悪そうに建材に腰をかけ、頭を振っている男に声をかけた。
「大丈夫?」
「ああ、心配要らない。ちょっと最近、胃が食い物受け付けなくてな」
 確かにげっそりとしている。
「へんなもの食べたりしたの?」
「ははっ、食べてはねぇかなぁ‥‥っと、さて、仕事しねぇと」
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
 立ち上がった男にとことこと近寄ると、男に触れて小さく呪文を唱える。一瞬、アルフィンが白く淡い光に包まれたかと思うと、男の身体を光が包み‥‥消えた。
「お、おまえ‥‥魔法が使えるのか」
「どう‥‥かな?」
 使用したのはアンチドート、解毒の呪文。使用したのは生物系の毒を中和する術だ。
「ああ。なんか、すげぇ気分の悪さがすっと消えた気がする」
「良くなったんだね。良かった」
「ついでに、腹一杯になる魔法とかねぇかなぁ?」
「ないですよ」
 側に控えていたハルナックが憮然とした顔で口を挟む。
「どうしてそうなったか教えてもらえますか?」
「それは――いや、なんでもない。食い合わせが悪かったかな」
「あっ」
 顔を合わせないよう、そそくさと作業に戻る男に、二人は顔を見合わせた。既に三人程、こんな感じの作業員に出くわしている。
「差し入れです。手持ちぶさたになった時にでも飲んでください」
 ワインを入れた革袋を側に立てかけ、その場を去る。
「どう見ました?」
「やっぱり、おなじ薬だと思う」
 薬草や毒草の知識を持つアルフィンが、自信なさそうに答える。
「毒素は浄化したけど、麻薬があれば多分、また手を出しちゃうんじゃないかな」
「‥‥元を立つのが先、ですか。差し入れは全て終わってからにした方が良さそうですね‥‥」
 大量に持ってきたワインと発泡酒の事を思い浮かべて、ハルナックはそう呟いた。

   *

「ここには無いようだな」
「今回は輸送を諦めたか、非常に巧妙に隠してあるのか‥‥」
「もしくは、外から運ばれてるわけじゃないのか、だ」
 フロートシップの積み荷を降ろす手伝いをしつつ、集積所の周囲を探っていたランディとゼディスは、小声でそう語り合った。今回の荷物にも、集積所に始めから積み上がっていた古い山の中にもそれらしいものは発見できていない。
「何にせよ、ここからは出そうにないか」
「ところで、飛行恐獣じゃないかと作業員達が騒いでるアレはランディのペットじゃないのか?」
「‥‥少し、目立ちすぎてるな。なんとかしよう」
「おら新人、さぼってないで働けー!」
 船員の声に、二人はひとまず会話を打ち切った。

   *

「まったく、ひどい有様だな」
 高台から復興中の砦を見回して、カーチスが呟く。
 彼の言葉が本気か否か、パトリアンナには、その横顔から彼の心を窺い知ることは出来ない。
「なに、奪還直後に比べればだいぶマシさね」
 この相手に丁寧語を続ける必要を早々に感じなくなったパトリアンナは、既に元の口調に戻って会話をしていた。
「なんだ、奪還作戦に参加していたのか」
 意外な様子で問いかけるカーチス。
「ああ。こいつは、あのときのものさね」
 何気ない様子で取り出すのは、精竜銅貨章。リバス砦奪還作戦でティラノサウルスを退治した冒険者達に授与されたものだ。
「あたしと、マグナ――あのでかい巨人だね。あとカロ、口調が特徴的な女傭兵、この三人は持ってるさね。ティラノを倒した褒美だそうだ」
「そうか。あのときの冒険者達か」
 カーチスのパトリアンナを見る目が、少し変わったような気がした。
「まあ、あたしにとっちゃ、本物の銅貨でも貰った方が嬉しいんだがね。まあ、胸ポケットにいれとくと『ジュウダン』とやらを防ぐのには使えるらしいが」
「意外と、役に立つかもしれんぞ。君に向かう剣先を反らしてくれるかもしれん。‥‥逆に、矛先を集めるだけかもしれんがな」
 意味深に笑って、カーチスは歩き出した。
「夜には帰らねばならん。仕事が溜まっているのでな」
「おや、今夜はここに泊まるつもりじゃなかったのかい? いつもは忙しそうにさっさと帰るそうじゃないか」
「気が変わった。どうせまた来るさ。それに――」
 パトリアンナに背中を向けたまま、片手をひらひらと振ったカーチスは、悪戯っぽい笑顔で振り向いた。
「君の侍女姿をもう少し見ていたいからね」
「趣味が悪いね」
「‥‥そうかい? その姿もどうかと思うが」
 パトリアンナ・ケイジ。雪に閉ざされたリバス砦への二度目の訪問着は――またしても、まるごとメリーさんであった。

●復興作業・夕
「保存食、持ってこなかったんですか?」
「ごめんなさい」
 夕食時。ハルナックの声にしゅんとするのは、だれであろうアルフィンである。
「怒ってはいないのですが‥‥それでは、ちょうど予備の糧食を持ってきていることですし、私の分をあげますよ」
 きゅるきゅるお腹を鳴らしている子供を置いて食べれるほど、ハルナックは非道ではない。それに――
「‥‥ありがとう。あと、迷惑かけてごめんなさい。今はお礼を言うくらいしかできないけど、あとで絶対お返しするから」
「いえ。いいですよ。それに私は、アルフィンさんの護衛として付き従っているのですから」
 そう。ハルナックはまさに、そのためにこの場にいた。
 まだ、アルフィンは子供だ。だが、ジーザス教の聖職者としてのアルフィンの力は、一鎧騎士にすぎないハルナックなどとは異なり、地域全体に正の影響を与える貴重で大切な力だ。そう、ハルナックが考える。だからこそ、それが万が一にも失われることのないよう防ぐため、ハルナックはここにいる。
「でも――」
「その思いは大事です。ですが、私はアルフィンさんの役に立てて嬉しいのですよ」
 にっこりと微笑んでハルナックが告げる。
「私がジーザス教に帰依することは、おそらくないと思います。ですが、ジーザス教の聖職者方の力と行動に対する敬意は、持っているつもりです。あなたがあなたの信念によって神に仕えるように、私は私の信念に沿って、あなたを守りたいのですよ」
「それじゃ、僕‥‥期待に応えるように頑張るね」
 小さな手をぎゅっと握りしめて、アルフィンはそう答えた。

   *

「すごく、二人だけの世界に入ってるよねぇ、あそこ」
「ええ、ほんとに」
 一方、ティナはライルと共にアルフィン達の様子を眺めていた。
「どうです? 私たちも二人きりの世界に入りませんか?」
「あ、ゼディスさん木材運ぶの手伝いますよー!」
 早々に食事を終え、黙々と作業を手伝っていたゼディスに声をかけると、スタタタッとライルの元を離れるティナ。
「えーと‥‥」
 残されたライルはしばし視線を彷徨わせ――
「あ、カロさ〜ん、どうです? 一緒に」
「‥‥なるほど、そういう性格か」
 ランディは何か納得したように呟いた。
「あ、なんならランディさんでも――」
 めぎょ。
 無言で放ったオーラショットに吹っ飛ばされたライルは、綺麗な放物線を描いて城壁の外へと落ちていった。

   *

 それはさておき。
 カロとランディはゴーヌと共に食卓を囲んでいた。
「む? その言葉は聞き捨てならんぞ。ワシの腕のどこがなまっとると言うんじゃ!」
 カロの言葉に、ゴーヌが叫んだ。腕以外はどこか非常に緩んでいる気もするが。
「じゃが、実際に作業が遅れとるんじゃろ? じゃなきゃあたしらが手伝いに来る事も無かったんじゃき」
「期限を厳守するのも優秀な技術者のつとめではないのか?」
「うむむむ‥‥」
 カロとランディによるタッグに、ゴーヌが呻る。その手にはランディの差し入れによるワイン。モノで釣られてるため、反論の勢いはどうしても鈍くなる。
「このところ妙に部下どもの動きが悪くなっとるせいで、作業が進まんのだ‥‥」
「動きが悪く? 何故だ?」
 ここぞとばかりに突いてみるが――
「わからん」
 一言。
「‥‥いや、おっちゃん‥‥言うのはなんじゃき、あれなんじゃが‥‥」
「何も考えてないだろ」
 カロが濁した言葉を、ランディがずばっと口に出す。
「なんじゃと? ワシだって色々考えとる。新方式の城壁案やフロートシップ運用を視野に入れた砦内への着陸施設の検討、いざというときの隠し扉に隠し通路、罠に様々なギミック! 考えるとわくわくせんか?」
「そういうことしか考えてないわけか‥‥」
 あきれた風にランディがぼやく。
 ある意味、典型的な技術屋と言えるだろうか。
「部下の動きが悪くなる前後で、何か無かったのかにゃ? こう――麻薬とか」
 大丈夫じゃないかと、ぽろっと言ってしまったカロは瞬時に後悔したが、ゴーヌの反応は変わりなかった。
「麻薬? ああ、あの『タノシクなるクスリ』とかいう奴か。一度勧められたが、ワシは色々なギミックを考えとる時が一番楽しいんじゃ。‥‥何? 勧めた者の名前? 覚えとらんな。作業員の誰かだと思うが」
「‥‥危機感が無さすぎる」
 麻薬というものの認知度がまだまだ低いのか、ゴーヌの興味が偏りすぎているのか――恐らく、両方だろうが。
 呆れながら、ランディは次に砦の構造についてゴーヌから根掘り葉掘り聞き始めた。

   *

「――今のところ、調べられたのはこれくらいだな」
 フロートシップに乗り込むパトリアンナに情報を伝え終えると、ゼディスは最後にそう締めくくった。
「助かったよ。これからあたしは単独行動だからねぇ。情報は出来るだけ欲しい所だ」
「大丈夫なのか?」
 心配している、とはとても思えない口調で訊ねるゼディス。
「まだ何とも言えないね。味方か敵か――どちらにしろ、やっかいな御仁さね」
 にやりと笑って、パトリアンナは船に乗る。
 空荷の船は、行きと違って軽々と夕暮れの空へ飛び立っていった。

●影と闇と紫煙の素
 夜――
 闇に紛れて動き出す影が複数。
「さて、やっとわしの出番であるな」
「なんであんた、その図体でそんなに気配消せるんだ」
「鍛えたからな」
「‥‥納得しそうになる自分が一瞬、嫌になった」
 闇に溶け込む冒険者が二人、その名はマグナとランディ。
「うむ。大部屋から抜け出すのにこれを使った」
 そう言ってマグナがごつい手を開くと、大振りな黒色の勾玉が現れた。
「なんだ。タネは一緒か」
 ランディも握っていた拳を拡げる。隠身の勾玉――精神力と引き替えに、一分間だけ気配を消せる魔法の道具であった。
「初日から動かなくとも、しばらく様子見をしてもいいと思うが」
 ゼディスの声にカロが応じる。
「じゃが、依頼期間を考えれば、ここに留まれるのはせいぜい二泊三日というところぜよ。特に今日はカーチス卿とライル殿の邪魔は入らないんじゃき、動くには都合がいいぜよ」
「ふむ‥‥確かに、そうか」
 頷いたゼディスの視線が、部屋の片隅に向けられた。
「‥‥可愛そうに」
 棒読みに近い言葉を呟いて、視線を外す。
「それでは! ロンロン麻薬取締官、潜入捜査の任に就くのでありますッ!」
「麻薬らしいものを見つけたら戻ってきてくださいね。判別できそうなのはアルフィンさんだけですから」
 ティナの声にハルナックが補足し、
「ん‥‥僕がんばるよ‥‥ふぁぁ〜」
 寝ぼけ眼でアルフィンが応じる。
「よぉし、散開! ‥‥ああっ、だから置いていかないでー」
 ティナの号令と共に素早く彼らは散った。目的は、昼間、目星をつけていた者の監視と砦内に持ち込まれているはずの麻薬の探索だ。
 残ったのはアルフィンとハルナックの二人。
「‥‥それより、この人、本当に癒さなくていいの?」
「ええ。自業自得ですから」
「?」
 部屋の片隅には、ぼろぼろになったライルが転がっていた。

   *

 夜のリバス砦は、轟々と燃える焚き火に赤々と照らされていた。
(結構、起きている者がおるな)
(排除するなら、カロが気を引いてマグナのスタンアタックで昏倒させるのが手っ取り早いと思うが)
 マグナ、ゼディスの会話にカロが混ざる。
(まだ面倒は出来るだけ避けたいぜよ。他に行けるところも多いんじゃき)
(一応要チェックの名前に入っている作業員だな。見張り役でも――マグナ?)
 ゼディスが言葉を言い終える前に、マグナが身を隠していた柱から抜けだし、男の元へと駆ける。
「なにを――!」
「やられた‥‥」
 柱にもたれかかるようにして『気絶している』男を抱き起こし、マグナが呟く。
「これは――」
「何者かが既に動いている、と言うことであろうな」
 三人は静かに頷くと、慎重に行動を再開した。

   *

「ゴーヌ氏に見せて貰った図面だと、何かあるとすればこちら側の可能性が高いな。古い壁がそのまま残っていて改修の手も入っていないし、壁の分厚さも他よりかなりある」
 砦の深部を歩きつつ、ランディは同行者にそう告げた。作業に関わらないので人の出入りも少なく、空気が淀んでいる。
「うーん、麻薬っぽい変なニオイでもする場所があれば、フェイに頼んで空気に訊いて貰うんだけどー」
 昼間の間中、バックパックに隠れていた風のエレメンタラーフェアリーを肩に乗せて、ティナが呟く。
「一区画ずつ丁寧に見て回るしかないな」

   *

 山腹に建つ砦は崖下からの風にあおられ、夜の気温は髪が凍り付くほどに下がる。
 万が一の飛行恐獣の来襲に備え、歩哨に当たる人間にとってはたまったものではない。焚き火で暖を取りつつでなければ、死を意味する。
「今日も寒いなぁ‥‥薪はこれだけ?」
「ああ。後は伐ってくるか建材を使うか‥‥」
 今日の歩哨はふとっちょと、細身の男の二人組だった。
「建材はゴーヌ氏に怒られたばっかだからなぁ。‥‥なあ、アレ、無いのか?」
「アレで寒さ和らげようってか? 下手すると死ぬぜ」
「いいじゃねぇか。ここじゃアレしか楽しみなんてねぇんだし。お前、売ってくれる奴のこと知ってるんだろ?」
「けどなぁ‥‥」
「もうそいつのこと教えてくれなんて言わねえからさ、頼むよ」
「ちっ、仕方ねぇなぁ」
 細身の男はそう言って片手を出す。代金の他に手間賃までせしめて、男は笑みを浮かべた。
「へへっ、まいどあり。じゃあ、少し待っててくれよ」
 細身の男はそう言うと、一人、持ち場を離れた。万が一の追跡を振り切るように、慎重に、素早く歩を進める。

   *

(あれって、あれって――隠し通路?)
(だろうな)
(やったー。だいはっけーん!)
(いいから黙ってろ。見つかる)
 柱の影に隠れてはしゃぐティナを窘めるランディ。
 ある程度怪しい場所の見当はつけたものの、それ以上進まなくて困っていた二人だったが、意外な形で発見することが出来た。
 細身の男が急いだ様子でやってくると、壁の仕掛けを動かし、開いた隠し扉の中へ消えたのだ。
「‥‥ふむ。どうする?」
 しばらく待ったが、出てくる気配はない。
「もちろん、隠し扉へ特攻ー!」
 即断だった。
 早速、前の男と同じように壁を操作すると、扉が開いて奥への通路が現れる。
 短い通路の先には部屋が一つ。誰かの話し声が聞こえてくる。
(この声って――)
(静かに)
「十数えるうちに答えろ。でなければ‥‥」
「ひえぇぇっ! った、助け――」
「――馬鹿がッ!!」
 ズシャッ!
 肉を切り裂く鈍い音。
 数瞬おいて、肉のかたまりが地面に倒れ込んだような音が響く。
「ま、待ちなさい!」
「お、おいっ!」
 思わず飛び出したティナを追って、ランディも通路から部屋へと飛び込む。
「そこの殺人者! 神妙にお縄を頂戴しなさい! ――って、えぇぇぇっ!? カーチス卿?」
 そこにいたのは、うつぶせに倒れる細身の男と、抜き身のサンソードを手にしたカーチス卿の姿。
 狭い部屋には、袋詰めになった粉状の『何か』がいくつも置かれている。
「‥‥どういう事か、説明して貰おうか」
 抜き放ったサンソードの切っ先をカーチスへ向け、ランディは静かに、深くすごむ。
 カーチスは答えぬまま、ただゆっくりとランディへ向き直った。

●白、白、白
「そいつは、あたしが説明してやるよ」
 突然、横合いから聞き覚えのある声がかかる。パトリアンナだ。
「え、パトリアンナ? なんで、なんでー?」
「どういうことだ、いったい――」
「まあ、とりあえず‥‥こいつを縛り上げてからにしようかね」
 カーチスの下で、細身の男は小さく呻く。
「あ‥‥生きてた」
「殺したら尋問も出来んからな」
 小さく息をついて、カーチスが言った。
「それより、切っ先を下ろしてくれないか?」
 未だに切っ先を向けたままのランディに、カーチスはそう告げた。

   *

「つまり、カーチス殿は白ということか」
「というより、主要な容疑者三人とも白、でしょうかね」
 全ての情報を付き合わせ、疲れたように言うハルナック。
「捕まえた細身の男が、どうやら砦内で麻薬をばらまいていた張本人のようですね。街に降りたときにカオスニアンの手の者の接触を受け、麻薬中毒にさせられてしまったようです。一度中毒にしてしまえば、操るのは容易かったでしょう。より強い麻薬を餌に、広めるのを約束させられた、とか」
 どのようにあの部屋をカオスニアンが見つけたかは謎である。ともあれあの部屋を発見した彼らは、恐らく、砦内で一番湿度と温度変化が安定している場所であった為に、品質管理の厳しい麻薬の保管庫にしたのではないかと、アルフィンがたどたどしく語ってくれた。
 つまり、外部から持ち込まれた麻薬は無く、カオスニアンに占領されていた当時の麻薬が残っていたということだ。おそらくは恐獣の用の麻薬だったのだろう。多くは、長く放置されていた事がたたって変質し、効果も落ちていた。そうでなければ、今頃こんな事態では済まなかっただろう。
 ともあれ、中毒者に仕立て上げた作業員に、こっそり砦に残った麻薬の在処を教え、内部から汚染させて復旧作業を遅らせる。もし、春までに復旧が終わらなければ、雪解けを待っての再侵攻はほぼ確実に起こるはずだ。
 手間のかからない「当たれば儲け」な作戦である。それでいつつ、相手は確率を高めるため、手を拡げることも忘れていない。
 カーチスは頭をかきつつ冒険者達に謝った。
「いや、済まなかった。事前にいくつかやばい情報――今から考えれば嘘だったんだが――を掴まされていてな。ライルや、ゴーヌ、ライルが連れてきた君ら冒険者を含め、一度全てを疑ってかからねばならなかった」
 苦々しく語るカーチス。
「だが、君らの何名かが前回の奪還作戦の功労者と判ったのでな。こちらからパトリアンナに内情を話し、協力して貰った」
 特に砦の構造に関してのゴーヌの見解がカーチスの手元の資料と合わさったことで、失われていた隠し部屋の位置が明らかになったという。帰還する振りをしてこっそりフロートシップを回して舞い戻り、侵入。途中、焚き火番に見つかりそうになって昏倒させたりしたものの、首尾良く隠し部屋に侵入。麻薬を見つけ、今後の対応を考えていたところに細身の男が現れたらしい。そして男を詰問し、あの場面に至る。
「あの男に接触した人間をこれから探し出すつもりだ。そいつが直接親玉に繋がっているかは判らないが、手が足りない時は今度は俺から依頼を出させてもらおう。‥‥正直、カオスの地に来落すればカオスニアンの仲間になりかねない天界人など信用ならないと思っているが、今回は助かった。礼を言う」
「‥‥貶されているのか感謝されているのか、迷う言葉だな」
 ゼディスの言葉に、内心で頷く冒険者達。
 その言葉を聞き流し、カーチスが語る。
「カオスニアンは麻薬を扱う。信頼できる部下に思えても、いつの間にか麻薬に汚染され、麻薬のために国を売る場合もある。‥‥怖いもんだな。今回は疑心暗鬼で同士討ちになる可能性もあっただが、終わった今でも疑心暗鬼が消えやしない」
 下手すると、疑心暗鬼で国が潰れる――
 そう、その男は呟いた。