●リプレイ本文
●みみずは刻まれる
「なんというか‥‥まあ‥‥すごいことになってるな」
村の入り口に置かれた挑戦状(?)を見て、ソウガ・ザナックス(ea3585)は思わず呟いた。その言葉に、クウェル・グッドウェザー(ea0447)が続く。
「冒険者ギルドで見せてもらったのは、あれでも一番いいものだったんですね」
「(こーほー)」
石版が置かれた村のうち、一番砂漠に近い三つ目の村へとたどり着き、挑戦状の実物を見せてもらっての感想である。
書かれているのは、まさに『ミミズがのたくっているような文字』というやつである。
「流石にこれは私には読めませんね。あなたは読めます?」
アトラス・サンセット(eb4590)が隣のティス・カマーラ(eb7898)に訊ねた。意外かもしれないが、ティスはこの中では一番アプト語に詳しい。
「う〜ん、流石に僕にも無理かな。多分、ギルドで見たのと同じ文章だと思うけど。でも、本当に子供が書いたみたいな文字だね」
村人の話を聞く限り、ここが最初に挑戦状を置かれた場所であるらしい。
「(こーほー)」
「初めて文字を覚えて使って、徐々に慣れていったのかしら?」
ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が呟く。三度の挑戦状の間にずいぶんと進化したものである。よほど練習したのか、カオスニアンの成長性の高さと関係してるのか。
「それよりおいらには、『刻んで』いるというのにのたくるっていう、このワザの方が気になるところだよ」
「確かに、すごいなぁ」
響 清十郎(ea4169)の指摘に、ティスが頷く。確かにあり得ない。あり得ないが――それは現実に目の前に存在しているのである。
思わず脱線するパラ二人組に、バルディッシュ・ドゴール(ea5243)が小さく咳払いする。
「最後の村だ。手早く調査にかかろうと思うが、いいだろうか」
「いいんと思うぞ? じゃ、私は畑担当だ。確か畑荒らされたのはこの村だよな?」
サリエル・ュリウス(ea0999)にシャルグ・ザーン(ea0827)の発言が続く。
「了解である。とはいえ、調査のみにこの大人数は不要であろう。決闘の準備と分担がよいのではないかな」
「そうですね」
クウェルの同意に皆も頷く。
「それでは、各自散らばってくれ」
バルディッシュの言葉と共に、一行は調査と準備のために散開した。
「(こーほー)」
そして残る、不気味な呼吸音を響かせる黒い全身鎧が一人。
「(こーほー)」(通訳:やれやれ、皆さん、私を置いていくとはひどいですねえ)
人間くさく肩をすくめる全身鎧。その動作は変を通り越して異様である。
アルク・スターリン(eb3096)。ハーフエルフ、29歳、男性。不気味な呼吸音は風邪気味でマスクをしているからで、他意はない。
‥‥そう、本人はいたって真面目であった。
●準備と言う名の趣味三昧
「うわぁ。本当にめちゃくちゃだね」
清十郎は半ば感心したように呟いた。
村の畑は丸々一区画分、食い散らかされた作物で散乱していた。足跡は、中型以上の恐獣と思われるものが二種類と、人と同じ足跡が1種類。
「とりあえず参考に‥‥と」
どういう経緯で手に入れたのか、天界の携帯電話を片手に足跡の写真を撮るソウガ。ついでに狩猟犬のサイファーに匂いの追跡もやらせる。
「お腹が空いてたんだろうね。でも、どうせ食べるなら綺麗に食べないと」
「‥‥いや、違うだろう」
ティスの発言に思わずソウガが突っ込む。
その横で、頭の後ろで手を組み、にやにや笑いながらサリエルが口を開いた。
「まあでも、ここまで荒れてるなら畑じゅう使ってトラップ仕掛けてもいいよな?」
「駄目じゃ!」
即座に却下を出す村長。まあ、当然だろう。
「そうなると、無事な畑を囲むように罠を作るのかな。やるなら僕も手伝うよ」
「だが、基本の作戦は挑戦状を返して決闘場に呼び出す形になっているが」
「つまり、決闘場はここだな!」
「あー‥‥」
周りを見渡せば、小悪魔が一人にパラが二人。三対一で、彼にこれを止める力はない。
「‥‥まあ、それも有りか」
ぽりぽりと頭をかいてソウガは言った。
かくして、決闘場は(他の冒険者への事後承諾的に)畑周辺に決まった。真面目に候補地を探していたシャルグなどが可愛そうではあるが。
追記。村長の目がジト目になってたのは言うまでもない。
「ふっ、既に勝負は始まっています。この挑戦状で精神的優位を獲得するつもりで書かなくては」
きらーん、と異様に目を輝かせて語るのはアトラス。シャルグが岩を割って作った石版を前に、一人妙なスイッチが入っている。
「普通に『空が赤くなる頃、○×にて冒険者がかおすにやんを待つ』程度で良いのではないか?」
「内容はそれでも結構ですが、やはり決闘というものは、最初に敵を呑んだ方が勝つというもの。一発かましておく必要があるでしょう」
常識的なシャルグの問いに、しかしアトラスは止まらない。
「例えばこう、字が妙に歪んでいたり、精神に異常をきたしている感じを演出するとか。地域住民の方々がヒいてしまうような気がしますが、ここで負けるわけにはいかないのです。ふふふふふふ‥‥」
「地域住民の前にシャルグがヒいている気がするが」
畑から戻ってきたソウガがツッコミを入れつつ、その輪に入る。
「それより、難しい言葉を使わずに済ませるべきだろうな。『冒険者』でなく『ぼうけんしゃ』とかだ」
――漢字や平仮名は、適宜アプト語に変換されていると思って欲しい。
ともあれ、そんなこんなで出来上がった石版を見てジャクリーンが絶句した。
「これがメイの流儀――わ、わかりました。従いますわ」
少し、考えを改めなければいけないかしら‥‥と、ぶつぶつと呟きながら去るジャクリーン。
ここはあえて、石版の詳細は語らずに済ませておこう。アトラスの名誉のためにも。
ただ――
「(こーほー)」
石版をしばし見つめ、アトラスとがしっと握手を交わした黒い全身鎧。
この二人、実は素に見えて狂化しているのかも。
「どうやら近辺では今までにトリケラトプスらしい恐獣が一体、他、二体ほど中型と小型の恐獣が確認されていますね」
そんな中――
「プテラノドンらしい翼竜が一体、空を舞っているのも確認されているな。また、不明の二体だが‥‥片方は中型ではなく大型恐獣との話も出ている。どこまで信用していいかは判らないが注意に超したことはないだろう」
「後は、準備が終わった時点で各村に石版の挑戦状を送りに行けばいいでしょうか。幸い、馬を持っている人が多いですから、手空きの人が向かえばいいでしょうね」
せっせと真面目に仕事しているクウェルとバルディッシュであった。
●待ちぼうけ
「来ませんね」
全ての準備を終え、挑戦状を各村々に配置して丸一日――
かおすにゃんらしき存在は一向に姿を見せなかった。
「まあ、私には好都合だけどな」
呟くサリエルは、せっせと罠作成に精を出している。『見た目は子供』三人組が趣味に走りまくった罠は、一応の完成を見た昨日に比べ、一層の拡張がなされており――
「‥‥帰るときにはちゃんと片づけるのだぞ」
シャルグの声に、ぽんぽんと清十郎の肩を叩くサリエル。
「頼んだ!」
「ええっ、おいらが!? ティス、キミに任せた!」
「えーっと‥‥クウェル君にお願い!」
「はぁ‥‥全部使い尽くすつもりでいきましょうか」
「全部制覇する前に相手の心が折れそうね‥‥」
そろそろジャクリーンの脳内メモに『メイの人は変』と記述されそうであった。
「(こーほー)」(通訳:終わり次第、私が突っ込んで全て作動させましょう)
「なら、もっと強力なのも仕込んでおくか」
「(こーほー)」(通訳:な、何故です‥‥!)
アルクが嫌われているわけではない。サリエルは誰に対してもこうだ。
「さあさあお立ち会い、黒い金属鎧が通るデッドトラップ! そこの村人さん見ないと損だよ! いつもは2Gのところ、今ならたった1G!」
‥‥多分。
「ちょっと待て、サリエル。来たようだ」
バルディッシュが目をこらして遠方を見ながら、サリエルの口上を遮る。
見れば、遠くから近づいてくる土煙。
ドドドドドドド‥‥
ものすごい勢いで駆けてくる三頭の恐獣と、その一頭にまたがる黒き子供――カオスニアン!
「うううぅぅぅ〜〜〜わあああぁぁぁぁぁ〜〜〜んっ、決闘場所ってどこだぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!」
ドドドドドドド‥‥
冒険者達のすぐ側を通り過ぎて走り去る。
作りかけの罠を気付きもしないではじき飛ばし、そのまま彼方へ――
「――ちょっとまったそこのチビぃぃぃーー!!」
自分のことをカンペキ棚に上げてサリエルが叫んだ。
「‥‥あ、止まった」
ぴた、と止まると、猛烈な勢いで戻ってくる。‥‥止まったときに振り落とされて、顔面から地面にダイヴしたようにも見えたが、気のせいだろう。
ともあれせっせと恐獣の頭によじ登ると‥‥
「チビって言うなーーーーーーーーーーっ!!!!」
ドドドドドドド‥‥
「悪口も役に立つことがあるのね」
ジャクリーンメモにまた一つ。
「あたしのことチビって言ったの、誰だ! おまえか、おまえかーっ!」
冒険者達の近くで急停止すると、びしっ、びしっ、と指さして問いつめる。その指の先にはバルディッシュとソウガ。共に240センチを越える長身のジャイアントである。
「いや、私ではないが‥‥」
「自分でもないな」
この巨体から黄色い声を出して欲しいのか。
「私だ私」
「えっ? どこ?」
「ここだここ!」
「‥‥どっかから声が‥‥もしかしてこれが『そらみみ』ってゆー‥‥」
ソウガの腰の辺りからの声に、下を向くカオスニアン。
「あ、ちっこいのがいた」
サリエルの顔に怒りマークが浮かんだのを、ティスは確かに見た気がした。
「僕と同じくらいかなぁ」
呟くティス――その身長、120センチ。いくらパラとはいえ、彼も小さすぎである。
「あ‥‥あたしは成長中なんだっ! みてろよ、あした追い抜いてやるからっ!!」
――無理である。
「って、そうだ、決闘場所‥‥! くっそー冒険者めー、あんな、あたしが覚えてない字をわざと使うなんてー! ‥‥まあ装飾に美的センスはあったけど」
『かおすにゃんにはアトラスの精神攻撃が効かなかった!』
‥‥まあそれはさておき。
「カオスニアンの‥‥子供?」
「こどもってゆーな!」
クウェルの呟きを耳ざとく聞きつけて叫ぶ彼女。だが、見た目はどう見ても子供である。
「ともあれ、かおすにやん、だったか、石版の挑戦状を置いた当人であるな?」
「そうだけど‥‥え、ええっ、まさかあんたたちが冒険者!?」
シャルグの言葉にやっと気づくかおすにゃん。
「ちょ、ちょっと! そんなに多いのなんて反則だーッ!!」
「反則と言われてもだな」
困った様子でバルディッシュと顔を見合わせるソウガ。
「それに、それにっ! なんかヘンなのまでいるしっ!」
震える指で指さされた先には――
「(こーほー)」(通訳:やれやれ、変人扱いですか)
大きな動作で肩をすくめ、首を振る黒い全身鎧。
「‥‥まあ、多少は同情したくもあるけど」
首を振るジャクリーンに清十郎が続く。
「暇な時期に挑戦状をまいた自分を恨むしかないんじゃないかな」
「う〜っ!」
うなるかおすにゃん。
「それはそうとかおすにゃんさん、何で、こんなことをやるの? 出身地はどの辺? 後集落でのあだ名はなあに? 好きなタイプ、スリーサイズ、趣味や特技なんかも教えてよ!」
わざわざリトルフライで浮き上がって視線の高さを合わせつつ、矢継ぎ早に問いかけるティス。後半に不適切な質問が混ざっている気もする。
「な、な、な、なんだなんだ? 混乱させようったって無駄だぞ!」
「そんなことじゃなくて、色々知りたいなーって。せめて名前だけ」
「そ、そんなこと言って騙そうとしても無駄だぞ! あたしの名前を呼んで、『ヒョウタン』の中でお酒にするつもりなんだろー!」
‥‥それは中国(華国)の伝説である。
「‥‥名乗らないのであれば、今のまま名前は『かおすにゃん』でいいのだな」
バルディッシュの問いに、かおすにゃんは無い胸を張って答えた。
「当たり前だっ。よわっちい黄色や白じゃなくて、気高き黒だぞー!」
『カオスニアン』と誤解しているようであるが、今更誤解を解こうとする者も出ない。
「であれば、改めて。かおすにゃん、我々はキミの挑戦状を受けてやってきた。勝負を挑ませて頂こう!」
「やたーっ、冒険者を倒せるーっ♪」
正々堂々と名乗りを上げたバルディッシュに、かおすにゃんは嬉しそうにそう叫んだ。
●畑は荒らされる
決闘方法は結局、恐獣一匹に対して冒険者二人での対決方法がとられた。かおすにゃん側の恐獣は、トリケラトプス、デイノニクス、イグアノドン。そして、かおすにゃんが呼び寄せたプテラノドンの4体である。
冒険者側は、それぞれの要望を考慮した結果、こうなった。
・対トリケラトプス戦:前衛シャルグ&中衛クウェル
・対デイノニクス戦 :前衛ソウガ、清十郎
・対プテラノドン戦 :前衛アトラス&後衛ジャクリーン
・対イグアノドン&かおすにゃん戦:前衛バルディッシュ、アルク&後衛ティス
・口だけ&会場準備 :怒りマーク付きサリエル
「第一回、かおすにゃん杯! 第一試合の舞台はここ、落とし穴地獄だー!」
「む‥‥う‥‥これはどうしたらいいものであろうか‥‥」
「えーと、サリエルさん? 僕たちにも事前に何も知らされてないんですが‥‥」
「大丈夫だ」
「大丈夫と言われましても」
これでは自分たちがはまりかねない。
「私のトラップごとき避けられないわけないよな? メイディアにその名を轟かせる名声の持ち主が二人もそろって♪」
むちゃくちゃを言う。
「大丈夫。対恐獣のトラップだから、おまえの体重なら落ちないぞ多分」
「‥‥我が輩なら落ちるのであるな?」
巨人のシャルグの問いに、サリエルはそっぽを向いて口笛を吹く。
「まったく、穴掘りは危険であるのに‥‥止められなかった自分が嘆かわしいわい」
「出来るだけ動かず、向こうから来させましょう」
「うむ。それしかあるまいな」
味方に足を引っ張られるとは思ってもいなかったが、チビにちっこいと言われて微妙にキレてるサリエルを相手にするのも、それはそれで怖いものがある。
「‥‥ま、頑張ってくれ」
ぽむ、と肩を叩いて、ソウガが二人を送り出した。
「戦闘開始!」
バルディッシュの声と共に試合?が始まる。
「いけーっ、トプスたんっ! って、ああっ!?」
ずぼっ、と言う音と共にトリケラトプスの左足が沈み込む。
「な、なんであんなところに落とし穴があるんだよーっ。あそこじゃないのっ!?」
かおすにゃんが指さした先には、中央にでっかく『これが落とし穴です』と、見本のような罠が設置してある。
「見てぱっと判る場所にあったら罠とは言わないよなー」
「うー、それじゃ、中央は安全なんだな?」
「そう思い込んだら二つめは避けられない! そのまま進むと罠だぞー。あ、違った右だ右! いや、左だったか‥‥?」
サリエルの言葉に面白いように引っかかるかおすにゃん――いや、トリケラトプス。傷一つ無いのは頑丈さ故だろうが、全身泥だらけに近い。
「うぅぅ〜っ、もういい! まっすぐつっこめーっ! トプスたんっ!」
「む‥‥チャージであるか!」
どうしたものかと互いに顔を見合わせていたシャルグとクウェルが、改めて戦闘態勢を取る。
「先、行きます!」
シャルグの斜め後ろから、すくい上げるような剣の一撃を撃ち出すクウェル。衝撃波がトリケラトプスにまともにぶち当たる。だが、勢いが落ちた様子はない。
「下がっているである!」
オーラシールドを左腕にまとい、真っ向勝負でトリケラトプスの突進を防ぐ。
――ギィンッ!!
鈍い音と共に、シャルグの両足が地面に二筋の跡を刻む。
「ぐぐ‥‥うぅッ!! ぐぁッ!」
受け止めることは出来た。が、トリケラトプスの突進に耐えきれず、カウンターを狙っていたシャルグは跳ね飛ばされた。
「クッ!」
「トプスたん、追撃だーっ!」
「させません!」
クウェルのソニックブームで気をそらしているうちに、シャルグが立ち上がる。
「助かったである」
「大丈夫ですか?」
「ああ、怪我はない。二度目は――押し負けぬ!」
やる気満々のシャルグに、クウェルは作戦の変更を思い止まる。
「援護します。後ろは気にせず」
「ああ」
トリケラトプスの二度目のチャージ!
――ギィィンッ!!
「あまり‥‥いい気にならぬことだ」
危ういながら、トリケラトプスの巨体の勢いを殺しきり、右腕の巨大な鎚をトリケラトプスの頭蓋に思い切り叩き下ろす。
「ああっ、トプスたん!」
巨大な身体が地響きを立てて畑に倒れ込む。
「勝者、シャルグ、クウェル組!」
死んではいないが、試合であればこの程度だろう。
「まずは一勝、ですね」
●畑は二度荒らされる
「うぅぅ〜っ、つ、次だ‥‥次!」
「それじゃ、第二試合っ! 舞台は移動しまして、ここ、ぬちょぬちょ沼地獄ー!」
「うう〜っ、デイノたん、キミに決めたーーっ!」
「‥‥いいのか? それで」
「どして?」
思わず問い返してしまったソウガに、きょとん、と問い返すかおすにゃん。
「いや、どうみても機動性重視の恐獣を、よりによってこんな場所で‥‥」
自慢の足を殺す事にしかならないように思うが――
「大丈夫! デイノたんだから!」
かおすにゃんは気にしないらしい。
「おいらにとっても最悪の組み合わせだね。馬から落ちたらおしまいなのに、周囲は泥の罠。ま、この状況で戦うのが示現流だけど」
クウェルからグッドラックの神聖魔法を付与されて舞台へと向かいつつ、清十郎が話す。
「自分が前に出て時間を稼ぐ。響は一撃必殺に集中してくれ」
今回、清十郎の手は一撃必殺。まともな防具も持たず、ランス一本で戦闘馬に乗り、突撃する。
「了解だよ。キミは罠の位置は覚えてるよね?」
「ああ。設置に携わってたのが相棒で心強い限りだ」
罠設置主任がいちばん信用ならないのもどうかと思うが。双方共に開始位置につく。
「それでは、第二試合‥‥戦闘開始!」
第二試合。デイノニクスVSソウガ&清十郎。
「いっけー! デイノたんっ!」
「悪いが、前の二人ほど経験豊富でもないんでね。罠を有効活用させて貰おう」
柵を挟んで真向かいに相対するソウガとデイノニクス。
「へへーんっ。そのくらいの柵、デイノたんには関係ないもんねっ! いっけーデイノたん、突撃ー!」
真っ向から向かってくるデイノニクスは、軽々と柵を跳び越え――
ずべしゃあぁぁぁーーーっ!
「な、なにこれーーっ!」
「よっしゃー! おまえ、偉いっ!」
観客席の口だけ担当が声援を送る中、『小麦粉と水と酒と油と土砂で練り合わせた何か気持ち悪い泥』に突っ込んだデイノニクスが泥だらけになって這い上がってきた。
「ちょっと‥‥アレに突撃するの、おいら遠慮させてもらっていいかな?」
「駄目だ」
既に泥恐獣を相手にしているソウガが叫ぶ。
「でもなぁ‥‥実はこの罠‥‥自爆だった?」
「あははっ。元々、やる気を削ぐ為の罠だからなー♪」
「味方のやる気を削いでますね。まあ、戦闘に犠牲はつきものです」
「おお、よく解ってるな」
アトラスの頷きに、サリエルが同意する。
「‥‥いや、あなた達‥‥楽しんでるだけでしょう」
クウェルの小さなツッコミは綺麗に無視された。
「く‥‥ッ!」
そんな中、ソウガは防戦一方の戦いを強いられていた。
盾と斧、全てを使って受けなければデイノニクスの攻撃を捌けない。別にソウガは攻撃一辺倒の修行をしているわけではないが――
(下手に回避しようと思えば――食らう!)
それ程までに鋭い一撃を受け続けていられるのは、運と――クウェルからの加護のおかげだろう。‥‥多少は罠による影響もあるかもしれない。
一方で、清十郎も悩んでいた。このままでは危ない。だが、無傷のデイノニクスに突っ込んで、外れれば自分の死が確定する。しかし――
「だからこそ、行くのが示現流だね。よし、突撃ー!」
「来たか――」
視界の端に、罠を避けつつ突撃してくる清十郎の馬を見つけ、ソウガも賭に出る。
一撃でも与えて弱らせておけば、清十郎のチャージの成功率が飛躍的に高まるからだ。相手の足を狙い、ポイントアタック。ソウガの大斧が――デイノニクスの太ももへ突き刺さる!
「よし! 後は回――ぐああぁぁァッ!」
ずぶり。
デイノニクスの爪が、ソウガの身体に食い込む。一撃で――重傷。いくら傷を与えたとはいえ、向こうのが傷は浅い。
「でりゃああああああーーーーーーーっっ!!」
死を覚悟した瞬間――ソウガの視界からデイノニクスの姿が消えた。
逞しい戦闘馬の横腹。そして、ランスを構えた清十郎の姿。
「大丈夫?」
「ああ‥‥助かった」
「こっちこそ、だよ」
吹っ飛ばされ、派手な音と共に泥の中に倒れ込むデイノニクスは、もはや瀕死の状態であった。
「勝負あり! 勝者、ソウガ、響組!」
すっかり審判役となったバルディッシュの声が、辺りに響き渡った。
●畑は‥‥
「危なかったですね。これ以上深手になると僕では癒せませんから」
「ああ。まさか一撃でここまでとは‥‥な」
クウェルのリカバーで傷を癒されつつ、始まる第三試合。
「うぅぅぅ〜っ! プテラた〜んっ!」
「シギャーッ!」
二連敗に泣きそうになりながらの三戦目。
「やっと私の出番ですか」
「そうね。待ちくたびれたわ」
対するはアトラスとジャクリーン。
「戦闘開始!」
「ええっ? 第三会場の用意もあるんだぞー!」
「これ以上被害地域を増やすと、あちらの視線がな‥‥」
バルディッシュが親指で示す先にはジト目の長老。
「案ずるな。元通りにして帰るつもりだ」
シャルグの言葉に、多少はほっとした面持ちの村人を背に、戦闘は始まっていた。
「近づく場合は私が対応しますから、後はあなたにお任せします!」
「わかったわ!」
「来た――っ!」
翼竜は上空から勢いよく舞い降りると、地を這うように猛スピードでチャージを仕掛けてくる。
「――くっ!」
ギリギリで回避するアトラスの上を勢いよく通り過ぎ、振り向いたときにはもはや射程外。
ジャクリーンが弓矢で追撃をしかけるが、命中はしているものの、さほどの傷とは思えない。
「気をつけて下さい。攻撃だけを見れば――達人級です!」
「辛いわね」
素早く次の矢を当てがい、二撃目――命中。
「こちらに注意を引き寄せます。恐獣とはいえ、どうせ鳥頭でしょう」
「あーっ! プテラたんの悪口言ったー!」
かおすにゃんが叫ぶ。
そう、恐獣は鳥頭だが、今回は司令塔が――
「プテラたん、あの悪口男を集中攻撃ッ!」
――いたが、役に立ってなかった。
「なにか釈然としないものを感じますが――このままチクチクと傷を与えて勝たせて頂きますよ!」
自分めがけて突撃してくる翼竜めがけて、迎え撃ちの衝撃波!
「シギャーッ!」
中距離と遠距離の組み合わせに、徐々に体力を削られていくプテラノドン。
ギリギリの機会は何度かあったものの、徐々に傷の増えていく翼竜に、無傷の二人。最初の一撃を外した時点で、翼竜の負けは確定していた。
「勝者、アトラス、ジャクリーン組!」
地に墜ちた翼竜を見て、バルディッシュはそう判定を下した。
●幼女キラー
「さて、これが最後の戦いだな」
「‥‥絶対勝ってやるんだから〜! みんな、敵討ちはしてあげるからねっ!」
かおすにゃんの応急手当を受けた満身創痍の恐獣達を背に、立ち上がるはイグアノドンを駆るかおすにゃん。
対するは――
「審判役は――ソウガ、頼む」
ジャイアントのファイター、バルディッシュ。
「(こーほー)」(通訳:私の出番ですね)
不気味な呼吸音を響かせる黒い全身鎧、アルク。
「なんで、この班に僕がはいってるのかなぁ‥‥」
かおすにゃんに匹敵する低身長、ティス。
「――この三名でお届けだー! 生意気なカオスニアンをぼこっぼこのぐっちゃんぐっちゃんにするのは果たして誰か! さあ張った張った!」
煽りなのか実況なのかトトカルチョなのか先ほどの恨みか、とりあえず騒がしいサリエルを脇に置いて、三名がかおすにゃんの前へと立ちはだかる。
「(こーほー)」(通訳:はぁ‥‥やれやれ。素材は良いのになんて勿体ない)
健康的な細い肢体を陽精霊の光の下にさらすかおすにゃんを間近で眺め、アルクが嘆く。
「(こーほー)」(通訳:いや、ここはむしろ体に慎みを叩き込むため頑張りましょうか)
聞こえるのが「こーほー」だけなのに、アトランティスの精霊は気まぐれにも完全な通訳を行ってくれていた。発音と内容の激しいギャップは、一種の精神攻撃である。
「な、な、な、なんでこんなのが相手なんだー! い、イグたんっ、あ、あいつの相手は任せたっ!」
「グルルルルゥッ♪」
鼻先に粉のようなものを振りかけられて、喜んだ様子でアルクへと矛先を変えるイグアノドン。
「(こーほー)」(通訳:残念、逃げられてしまいましたか‥‥)
「そちらは二人でなんとかなるか?」
「え? ま、まあ、頑張ってみるけど‥‥」
バルディッシュ君は? その言葉をティスが発するより早く、バルディッシュはかおすにゃんに対して声を張り上げていた。
「我が名はバルディッシュ! かおすにゃん、キミが欲しい!!」
ビキィィッ!?
一瞬、周囲が凍り付いた。
「えぇぇぇぇっ?! な、なんで?」
「ば、バルディッシュ殿、流石に我が輩、それは認められぬ――」
「ぶっ、ば‥‥バルディッシュ、それは流石に冗談が過ぎ――」
動揺する一行の中、かおすにゃんは黒い顔を真っ赤に染めてわたわたと両手を動かしていた。
「え、えっ、ええっ!? そ、そんないきなり――なんでなんでなんでーっ!?」
「む? どうかしたのか? 当然の発言だと思うが――」
バルディッシュは平然とした様子で告げる。
「あぁぁぁぁ〜〜っ! もう! わけわかんないーっ! イグたん、ごーっ!!」
「む。来るか。よし、正々堂々、一騎打ちで勝負を付けるとしよう」
――何故そうなる!?
バルディッシュの思考回路を周囲の誰もが読めない中、最終決戦が始まった。
「後ろはいいから、頑張ってね!」
「(こーほー)」(通訳:判りました)
リトルフライの魔法でイグアノドンの攻撃範囲外へと浮き上がったティスは、下のアルクへと声をかけると、意識を集中する。
「最初は景気づけ! ライトニングサンダーボルトー!」
鋭い雷がティスの手から放たれてイグアノドンに命中する。
「(こーほー!)」(通訳:行きますよ!)
雷撃にひるんだ相手に、アルクがスマッシュの一撃を叩き込む。
「グギャアァァァァッ!」
鋭い爪の反撃は、アルクのヘビーシールドの前に完全に防がれる。
「(こーほー)」(通訳:受け流してたら、当たっていたかもしれませんねぇ)
呟いている間に、二度目の雷撃が空中から注がれる。
比較的、余裕の戦いであった。
一方――
「てえぇぇぇいっ!」
「むっ!」
ギィィンッ!
ぶん、と振り下ろされた巨大な鎚がバルディッシュの剣とぶつかり合う。
「あ、あんた、何者だ! あたしの攻撃受け止めるなんて!」
「バルディッシュ、と名乗ったはずだが」
「う〜っ、いいから倒れろー!」
ぶんっ、ギィィンッ!
体重より重いんじゃないか、と思えるような巨大な鎚を振り回しているのは、誰であろう、かおすにゃんである。
「‥‥ああ。あの怪力があれば、石版にミミズ文字も書けそうですね」
ぽん、とアトラス。
「バルディッシュ、大丈夫ですか?」
「む‥‥問題ない」
格闘だけをひたすら鍛え上げたバルディッシュ。その実力は、既に達人の域すら超えている。
だが、もし彼でなかったら。もし1対1でなかったら。
ギィィンッ!
「あうっ!」
バルディッシュの一撃が武器をはじき飛ばし、かおすにゃんを無力化させる。
「勝負あった! バルディッシュ――及びアルク、ティス組の勝利!」
イグアノドンもがくずおれるのを見て、ソウガはそう判定を下した。
冒険者の全勝、である。
●幼女キラーの内実
「うぅぅぅ〜っ」
負けたかおすにゃんの下へ、なんだかんだで集まってくる甘い冒険者達。
「もう、こんなことしちゃだめだよ」
「戦いは怖いものだ、止めておけ。子供は遊ぶのが一番だ。ほら、おもちゃをやるから二度とこの村へは近づくなよ」
「わーい‥‥はっ、ちがうちがう!」
クウェルやソウガに諭され、思わず笑顔でおもちゃを受け取るが、はっとした様子で彼らから離れる。
「こ、こんなことで騙されないぞー! あたしは絶対冒険者を倒すんだからっ!」
いつの間に空へ戻っていたのか、地面を這うように滑空してきたプテラノドンがかおすにゃんを引っ掴んで空へと引き上げる。
「む‥‥まだ話が終わってないぞ、かおすにゃん!」
「あ――ば、バルたんっ」
バルディッシュの姿に、思わず顔を赤らめるかおすにゃん。
「ぜったいぜったい今度は勝ってやるんだからーっ! おぼえてろーっ!」
傷ついた恐獣達も冒険者の隙をついて逃走していく。
「墜とします?」
「‥‥まあ、いいんじゃないかな」
弓を構えるジャクリーンに対して、清十郎は言った。
それよりも――
「で、バルディッシュ、あなたは本当にそっち系の人なんですか?」
「? なんのことだ? 麻薬、カオスニアン‥‥訊きたいことは山ほどあったのだが、残念だったな」
バルディッシュの声に、沈黙する皆。
「じゃ、じゃあ、彼女が欲しいというのは――」
「情報を得るために、内情を知る者の身柄の確保は必要だろう」
ぽむ。
そんな真面目一直線のバルディッシュの肩を叩く男が一人。
「ば、バルディッシュ‥‥ま、まぁ‥‥頑張れ」
必死に笑いを堪えて肩を震わせているソウガであった。