食え! 食料庫!

■ショートシナリオ


担当:若瀬諒

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月22日〜04月27日

リプレイ公開日:2007年04月29日

●オープニング

●飽食の時代?
 朝。町が目覚め、活動を開始しようかという頃。
 大通りからやや外れた路地の小さな店に、一人の少女が駆け込んでいった。
「おじさーん、ひっさしぶりー!」
 バンッと両手で力強く扉を開き、健やかな朝に相応しいような快活な声が店中に響かせる。
 駆け込んだ少女は、ミリー。一見普通の少女だが、手にした無闇に長い剣が冒険者であることを代弁していた。
「ようやくお金が入ってきたから、またいつもの特製朝飯前朝飯を食べにきたよー」
 ぱたぱたと手を振りながら、店主と思われる中年男性近くのカウンター席へ着く。
 店主はそれでようやく気付いたらしく、やや俯いたままゆっくりとミリーの方へ向き直り、
「ん? あぁ、ミリーちゃんか‥‥」
 呟くような声は、誰がどう聞いても落ち込んでいた。
 日頃無駄に鈍感なミリーでも、流石にそこまで落ち込んでいれば気付かないはずがない。
「どうしたの? なんか元気ないみたいだけど」
「いや‥‥ちょっとね」
 ほどほどに心配そうなミリーに対し、言葉を濁す店主。
 それを見て、ミリーは椅子に座ったまま得意げにぐっと胸をそらしてみせた。
「何かあるんだったら、なんでも言ってよね! なんたってあたしは超冒険者なんだから!」
 何が「超」なのかわからないが、自称は自由だ。
 店主は変わらず俯いたまま「うぅむ」と唸り‥‥。
「ぅ、む‥‥実はな‥‥」

「うわ。何これ。」
 その光景を見て、ミリーは素直な感想を漏らした。
 連れてこられたのは、店の食料庫。料理に使うための材料を保存している場所だ。
 もちろん、それはここでも同じこと。中で見たのはそういった食材ばかりなのだが‥‥。
「多すぎ」
「うむ‥‥」
 素直に頷く店主。これは否定のしようがない。
 そこには、まさに山と詰まれた食材の数々。もはや選別も面倒か、様々な食材が一緒くたにされていた。
「そんなに繁盛してた?」
「それを言われると色々辛いが‥‥そういうことではなくてだな」
「じゃあ、どんな理由で?」
 きょとんと聞くミリーに、店主はどこか遠くを見つめ。
「実はうっかり注文数を間違えてな‥‥0を2つほど多く‥‥」
「うっかりどころじゃないって、それは」
 天界にいるというダンゴ好きの旅人も驚きだ。
「まぁそんなうっかりはさておき、この大量の食材をどうしようかと‥‥」
「確かに、あんまり繁盛してないこのお店じゃ、このまま腐っていくだけだしね」
「前半は聞き流すとして、そうなんだよ‥‥。多少値段を下げて他の店に売ったりはしてみたが、そろそろ『食えるが客には出せない』状態でな。数日で『食えなく』なりそうなんだ‥‥」
 普段の100倍あったということを考えると、山積みになっているだけというのは凄いことなのかもしれない。
 もしくは単に普段の仕入れ量が少ないかのどちらかだが、真相を知るのは店主だけだ。
「ふぅーむ‥‥」
 ともかく相談に乗ると言った手前、ミリーは真剣に打開策を考え始めた。
 腕を組み、山積みの食材を見上げたまま唸り‥‥やがて。
「そうだ!」
 何かを閃いたらしい。
 ぽんっとその場で手を打って、ぐるりと店主へ向き直る。
「何かいい案が浮かんだのかい?」
 尋ねる店主に、ミリーは満面の笑顔を浮かべて、
「もっちろん! 超美少女冒険者ことあたしに任せてよ!」
 親指を立てながら、自信満々に言い放った。

「‥‥それで、大食い大会と」
「そう! 感動的な話でしょ?」
「いえあんまり。」
 冒険者ギルドの受付へとやってきたミリーは、満面笑顔で事の顛末を話し終えた。
 ‥‥冷静にあしらう受付係の言う通り、感動する話ではない。
「まぁとにかく、大食い大会をやりたいの!」
 気を取り直して、ミリーは熱く叫ぶ。
「それは構いませんが‥‥一口に大食い大会と言われても、具体的に何をするのかが‥‥」
「ルールは簡単! 出される料理をひたすら食べ続ける! 食べきれなくなった方が負け!」
 やや言葉を遮りながら説明を始めたミリー。その内容は至って単純なものだった。
「一般的といえば一般的ですね」
「でも! これはただの大食い大会なだけじゃないよー!」
 再びやや被り気味に叫ぶ。
 その目は、何やら先ほどよりも輝いているような気がした。
「‥‥と、言うと?」
 受付係が聞き返すと、ミリーはその場で勢いよく立ち上がり、何故か意味無く天井を指差し。
「参加する冒険者は、店の宣伝も兼ねてもらうの!」
「宣伝‥‥ですか?」
「そう! 大会が終わった後で、観客が「あの店に行ってみたい」と思うようになってくれなきゃね!」
 オウム返しに尋ねた受付係。それに返すミリーの答えは、意外にも理に適ったものだった。
 何かとんでもない理由が‥‥と思っていた受付係も、これには少々感心した様子だ。
「なるほど。しかしそれも具体的にはどうすれば」
「特別なことは必要無し! あ、でも、出された料理を残しちゃダメ」
「‥‥」
 唐突に流れる空白の時間。その間も、ミリーは無意味に天井を指差したまま。
「‥‥え?」
 何かの聞き間違いかと思い、疑問符を浮かべる受付係。が。
「だから、ずーっと料理を食べ続けないといけないの! 残したらダメ!」
「‥‥」
 再び流れる空白。
 ミリーは確かに、はっきりと「料理を食べ続けないといけない」と言った。
 受付係の頭の中を様々な疑問符が駆け巡る。
 と‥‥その様子に気付いたか、ミリーはにこりと微笑み、
「あ、でも大丈夫。食材が全部なくなれば終わりだから」
「それは大丈夫とは言わないのでは‥‥」
 この問題点をどう言えばいいのかと模索していると、ミリーは更に言葉を続けた。
「ちゃーんと超豪華な賞品も用意したし! 美味しい料理を食べて賞品が貰えるんだから、それくらいは頑張ってもらわなきゃね!」
「えぇっと‥‥超豪華な賞品、というのは?」
 言葉が出てこないので、とりあえずそちらの話についていく受付係。
 何か物凄いものが出れば、確かに参加する人はいるかもしれない。
「んっふっふ、それはズバリ――」
 と。
「ミリーさん、やっぱりここにいたんですね」
 言いかけた瞬間、扉が開き。入ってきたのはアルバート。ミリーへ声をかけながら歩み寄る。
「あ! アルバートさん!」
 ミリーもそれに気付くと、何やら2人でこそこそと会話を始めた。
 受付係そっちのけだ。
「例の件についてなんですが‥‥」
「大丈夫大丈夫、順調に進行中っ」
「それは何よりです。今日はその件についての打ち合わせをと思いまして‥‥」
「ふむふむ。それじゃあ別の場所に移ったほうがよさそうだね」
 うんうんと頷くと、ミリーはくるりと受付係の方へ向き直り、
「それじゃあ、内容はさっきの通りで!」
「え、あの――」
「よろしく!」
 受付係の言葉を遮りながら一方的に言い放ち、ミリーはアルバートと共に行ってしまった。
 肝心の賞品は全くわからないまま。残された受付係は肩を落とし、
「超豪華な‥‥賞品‥‥」
 ミリーの言った言葉を復唱してから、ギルドの出入り口に目を移す。
 そこには何も無い。ただいつも通りの扉があるだけだ。
 ‥‥が、何故か。受付係の頭に一瞬過ぎった言い知れぬ不安は、拭われることがなかった。

●今回の参加者

 ea1716 トリア・サテッレウス(28歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea6389 イシス・シン(26歳・♀・ファイター・ドワーフ・インドゥーラ国)
 ea7553 操 群雷(58歳・♂・ファイター・ドワーフ・華仙教大国)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3445 アタナシウス・コムネノス(34歳・♂・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 eb7896 奥羽 晶(20歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●宣伝活動
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
 朝ももう過ぎ、町が賑わいを見せる頃。中央の広場からはトリア・サテッレウス(ea1716)の声が響いていた。
「お通りの皆様には初のお目見え、えーと‥‥お店の名前はなんだっけ?」
「マクネーンだよ、マクネーン」
 尋ねるトリアにこそこそと教える隣のミリー。妙に目を惹く派手な衣装は彼女の自前なのだろうか。
 一方トリアは楽器を奏で、これもまた人目を惹く要因となっていた。
 町の中心地でこれほど人目を惹かせる理由は一つ。ミリーが大会を主催した原因、小さな料理店マクネーンを宣伝するためだ。
 今回の依頼の大きな目的である。
「コホン、では改めて‥‥お通りの皆様には初のお目見え、『マクネーン』が美味をお知らせに馳せ参じました!」
「した!」
 ちなみに、最後の部分だけ復唱しているのはミリーだ。
「メイディア一番は数あれど、無双の美味は当店のみ!」
「のみ!」
「北はセルナー南はリザベ、各種取り揃えましたるはこれ山海の珍味!」
「珍味!」
「王都の味とは当店のこと、土産話に花も咲き!」
「咲き!」
「王都の民の舌を唸らせ、日々の糧にはこれしかない!」
「ない!」
「見ぬは一生、食わぬも一生‥‥悔いを残すな、食いて行け!」
「いけ!」
 耳触りの良い口上と陽気に鳴らされる音が更に人を引き、周囲にはちょっとした人垣のようなものが出来ていた。

 一方、アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)も別の場所で宣伝活動に励んでいた。
「さあさあ御立ち会い! 人の限界へと挑む熱き戦い!」
 パシンッと木材で作られた簡易机を叩く。手製なのか、丁度いい高さに調節されている。
「食うか食われるか! 今を逃せば一生拝めぬやもしれぬ、世紀の食の大決戦!」
 言い切ってから、また強く一つ。
「皆様、御誘い合わせの上御来場のほどを!」
 こちらも中々に盛り上がり、宣伝効果が高そうだ。
 周りにはアルフォンス手製の地図もあり、道に迷うこともないという万全の手筈。
 一緒に描かれた劇画タッチの似顔絵も、これはこれでまた何か惹かれるものがあるようなないような。

●建築活動
「ほら、次はこれを頼むよ!」
 木槌で木材を叩き、組み上げながら、出来上がった物を作業員へと渡すイシス・シン(ea6389)。
 冒険者街の一角で行われている建設作業は、冒険者達の手伝いもあって順調に進められていた。
 と。
「みなさん、少し早いですが食事の用意が出来ましたよー!」
 冒険者を含む作業員達に、幸せそうな声が届く。振り向けば、そこには鍋を持った奥羽 晶(eb7896)。その顔は、周りが輝いて見えるほど至福に満ち溢れていた。
 諸事情で味気ない保存食生活を送っていた晶にとって、定期的にまともな食事が取れるだけでも至福に違いない。
 謎の料理人が作っていたら色々と危なかったかもしれないが、当日までの料理は操 群雷(ea7553)が担当だ。

「タダでこんなに美味い物が食えるなんて、なんともいい仕事だねぇ!」
 群雷の料理に舌鼓を打ちながらガツガツと平らげていくイシス、そして晶。
 食材は豊富且つ大量な故、料理も比例して多くなる。
「ドンドン食ベるヨロシ」
 言いながら、大きな料理皿を一つ追加する群雷。
 盛られているのは、肉の野菜葉包み煮のようなもの。
「嗚呼神よ‥‥」
 次々と出された料理は、しかしあっさりと空にしていく冒険者と作業員達。
 それはもう既に、ちょっとした大食い大会のようでもあった。

●戦いの火蓋
「超冒険者こと、あたし主催! 食料庫食べ尽くし大会ー!」
 今回も何故か満員となった会場に、ミリーの声が響き渡った。
 客入りは上々。ミリーは勿論、脇で見守るマクネーンの店主も嬉しそうだ。
「みなさんようこそお出で下さいました」
 続けて言って一礼したのは、ミリーではなくアタナシウス・コムネノス(eb3445)。彼は選手としてではなく、司会としての参加だ。
「ではでは早速、鍛え抜かれた大食い格闘家達に登場してもらいましょー!」
 ミリーによって、妙な肩書きが付けられた。
「まずは虚無僧フードファイター、アルフォンス・ニカイドウさん」
 アタナシウスが名前を呼び、歓声の上がる中ゆっくりと登場するアルフォンス。ちなみに、これはアルフォンスが自ら付けた肩書きだ。
 ――そして肩書き通り。会場に上がるアルフォンスは、黒い衣を纏い顔を隠した‥‥所謂虚無僧姿だった。
「『もったいないおばけ』に祟られぬためにも!」
 そのままの格好で、拳を固めながら意気込みを語る。天界の伝説か何かだろうか。
「続いて、小柄な体型ながらどこまで立ち向かうことが出来るか、トリア・サテッレウスさん!」
「これもある意味被虐体験ですよね」
 その意気込みは、意気込みなのかどうか。合ってはいるが。
「見た目だけでは計れぬ潜在能力、ドワーフの力の源は食にあると言っても過言ではありません、イシス・シンさん」
「豪華な賞品は、あたしが戴くよ!」
 ぐっと軽く手を上げるイシス。気合は十分、意気込みもちゃんとしている。
「そして今回最も小柄ながら、この大会にかける情熱は最も大きいはずです、奥羽晶さん」
「神様、感謝します!」
 呼び込まれるや、祈りを捧げる晶。なかなかに味気ない日々を過ごしている今。ここで一気に食い溜める気満々といった様子だ。
 群雷は厨房の手伝いに回ったため、これで参加者全員が出揃った――と、思いきや。
「最後はこの大会の主催者、超美少女冒険者ことミリーさんです」
「ええぇ!?」
 突然の不意打ちに驚愕するミリー。と、同時に歓声を上げる観客達。
 事前に知らされてはいなかったようだが‥‥奪い取るように受け取った参加者一覧表には、しっかり「超美少女冒険者ミリー」という文字が刻まれていた。
「ちょ、ちょっと! なんであたしが!?」
「うむ、拙者がミリー殿の分までエントリーを」
「なー! 余計なことおおおおお!」
 頭を抱えて泣きながらうずくまるミリー。反応を見る限り、謎の料理人の料理がどんなものかは知っているようだ。
 ‥‥つまり、知っていながら企画したことになるが‥‥。
「えぇと‥‥ともあれ、皆さん席にお着きください」
 アタナシウスに促され、ひとまず用意された席に着く参加者達。未だ脱力しているミリーは、イシスとアルフォンスがずるずると引っ張っていった。
 席は横一列に並べられた、簡易の机。上にはいくつかの椀が並べられ、開始を待っている。
「ルールは簡単。制限時間2時間以内に、出された料理を最も多く食べた方の勝利です」
 時間を計るのは、晶が所持していた天界の時計。
「もちろん、それまでに用意された食材を全て食べ切ってしまったり、また全員が倒れてしまっても終了となります」
 下手をすれば最初の一皿目で終了、ということにもなりかねないのが、この大会の恐ろしいところだ。
 説明を終え、改めて参加者を見回すアタナシウス。参加者の心の準備も出来ている。
 アタナシウスはコホンと咳払いをして観客席の方へ向き直り、
「それでは、試合開始!」
 どこからか「カーン」という金属音が鳴り響き、大食い大会が開始された。

●戦いの裏で
「十人前完成アル!」
 料理の盛られた椀がずらりと盆に並べられ、厨房にややくぐもった声が響く。
「コチラモ十人前完成ネ!」
 更にその横手から響く、別の声。同じく椀がずらりと並べられている。
 声はそれぞれ、木箱を被った謎の料理人と群雷の二人だ。種類も豊富、ということを見せるため、それぞれが分かれて別々の料理を作っていた。
「フムフム。手際ハまぁいいガ、味見してるカ?」
 強火で手早く野菜を炒めながら、謎の料理人の方をちらりと見やる群雷。
「当たり前アル。ちゃんと絶品の味に仕上げているネ」
 こちらも手は休めず、木箱に空けた隙間から得意げな顔が僅かに見える。
「随分ト変わった味覚ダナ」
 ずばりと言う群雷の後ろで、気絶したまま運ばれていく一人の厨房の手伝い。うっかり謎の料理人の料理をつまみ食いしたらしい。
 ‥‥まぁ、まともな味覚の持ち主なら、味見をしながらこんな料理を作れるはずがない。
「おっと、十人前完成アルヨ!」
「同じく完成ネ」
 そんな会話を交わす内、次々と完成していく料理の数々。お互いに見た目は完璧。どちらも非常に美味そうなのだが‥‥謎の料理人が作った物は、植物に擬態して獲物を待つ昆虫の如く。
「ところデ、何故木箱被ってるカ?」
「正体がばれないように決まってるアル」
 あくまでも謎の料理人のようだ。

●鞭と飴と鞭と鞭
 歓声と開始の合図と同時に、選手は一斉に一杯目の椀へ手を伸ばす。ミリーは未だうなだれたまま、他の選手は横並びの開幕となった。
 最初に並べられていたのは、濃い目のスープに一口サイズの肉や野菜が入れられた、言わば前菜のような料理。小さな椀のため具の量も多くはない。
 ‥‥しかし今回の場合は、少量で助かったと言うべきか。
「ごはぁっ!」
 開始から数秒もしないうち、一口で流し込んだイシスが血を吐いた。
 もちろん実際は吐いていないが、雰囲気だ。
「大丈夫です。あれは一気にかき込んだせいで少しむせてしまっただけですので」
「いくら戦いといっても、気をつけないとな」
 すかさずフォローを入れるアタナシウスと、その隣アルバート。いつの間に来たのか、設置された『特別解説席』に座っている。
「ぐっ‥‥これはまさに、腹深くへ突き刺さるボディーブロー‥‥! 更に間髪入れずに襲ってくる全身への乱打‥‥! 料理のくせにやってくれるじゃないか!」
「おぉっと、イシス選手が何故か燃えている! 不思議な闘争心に燃えながら次々と料理を平らげていく!」
 妙なやる気に満ち溢れ、時折殴られたようにふらつきながら料理をかき込んでいくイシス。と、それを実況する――ミリー。
「‥‥ミリーさんは料理を食べてください」
「さぁ他の選手はどうなっているのでしょうか!」
 アタナシウスの突っ込みは‥‥やはり無駄だった。
「嗚呼‥‥この全身を駆け巡る鋭く激しい衝撃‥‥まるで鞭に打たれているです‥‥」
「トリア選手、料理を食べながら何やら恍惚な表情だ! それほどまでに美味しいということかっ」
 言葉からするに違う気はするが、そういうことにしておいた方がいいだろう。
「うむ、これぞ拙者の足しげく通うマクネーンの味! 朝と言わず夕と言わず、昼にも深夜にも食べ続けてしまうマクネーンの料理! 大通りを外れた路地にある小店故知らぬ方も多いと思うが、アルバート殿を始め各著名人も御用達、果てはアリオ王まで――」
 こちらは虚無僧姿のまま食べるアルフォンス。篭を被っているため表情は見えないが、食を休めることなく宣伝も続けている。
 もちろん半分以上は嘘だが、宣伝とはそういうものだ。
「そして、各人快調に食が進んだり止まったりする中、猛烈な勢いの奥羽晶選手! これは早い!」
 ミリーの実況に観客が目を向けると、晶は早くも完食しようかという状態だった。積み上げられた空の椀にはスープ一滴残されていない。
「‥‥うまい」
 遂には最後の一杯を食べ切り、しみじみと呟く晶。空腹が最高の調味料とはよく言ったものだ。
「反応は三者三様ですね」
「これは反応を見ているだけでも楽しいな」
 観客からも歓声や笑いが漏れ、これはこれでいいのかもしれない。

 十人十色の反応見せる選手達。謎の料理人が生み出した未知の味に苦戦しながらも、ミリー以外の選手は順調に完食を重ね――続いて出さたのは、小麦粉から作られた「麺」料理。
 薄めのスープに麺を盛るだけという簡素なものだが、だからこそ料理人の腕が問われる。
 とはいえこれは早食い。各人一口でスープと麺を一緒に流し込み――
「お、これはホントに美味いねぇ!」
 味わう暇もなかった選手達だが、味はしっかりと認識出来ていた。
 それもそのはず、この料理は謎の料理人ではなく群雷の作ったものだ。
 体内から痛打を浴びせられるモノから一変。正しい料理の登場に、選手の食も加速していく。
「戦いはまだ始まったばかり! 優勝の栄冠は、一体誰の下に輝くのかっ!」
「いいからミリーさんは食べてください」
 ミリーは相変わらず実況を続けていた。

●オチ?
 2時間という長きに渡る食との戦い。それも遂に終止符が打たれた。
「優勝は‥‥奥羽晶さん!」
「ありがとうございます!」
 栄光の瞬間。一礼する晶へ向けられた拍手と歓声で、会場が揺れた。
 最軽量ながらの優勝。空腹の力というのは恐ろしい。
「えー‥‥優勝賞品は――」
 僅かに言いよどんでから、アタナシウスはちらりと後ろを振り向く。視線の先には、笑顔のアルバート。
 それを確認すると再び視線を戻し、決意を固めたようにもう一度。
「優勝賞品は、アルバートさんの描く肖像画です!」
「ええぇっ!?」
 びくりと思い切りあとずさる晶。食べることに夢中だったためか、完全に不意打ちだ。
「や、やはりこういうオチであったか」
「オチとはひどいな。いい物を見せて貰った今なら最高傑作が描ける気がするんだが」
 既に画材道具を抱えている。描く気満々だ。
「えぇと‥‥賞品の辞退とかは‥‥」
「出来ません」
 無情であった。

●真オチ
「さて、それではこの大会もそろそろ――」
「ちょぉぉっとまったー!」
 観念して絵を描かれている晶の横で、アタナシウスが大会を締めようとした時。不意に後ろから声が響いた。
 立っていたのは、他ならぬミリー。その手には大会で使われた椀――勿論中身入り――が乗せられている。
「一人だけ難を逃れようとしてもそうはいかないよ!」
 『一人だけ』には疑問があるが、脇に置いておく。
 びしっと指差しながら言うミリーに対し、アタナシウスは‥‥。
「‥‥」
 ‥‥。
「いえ、決してそのようなことはありませんよ」
 なんだ今の間は。
「ふふふふふ‥‥こんなこともあろうかと、実は『少し』とっておいたんだよ!」
 『丸ごと』残していただけの気もする。
「さぁー!」
「わかりました。ですがその前に――」
 ピュリファイで浄化を、と続けるよりも早く、痛打料理が強引に口の中へ放り込まれた。
 (むぐむぐぱたり)
 アタナシウスは、また一歩、神の御許に近づいた。‥‥口から泡を吹きながら。
「勝った‥‥」
 最後まで食べずに済ませたミリーが、満面の笑みで額の汗をぬぐう。
「‥‥なるほど、こっちオチであったか」
 しみじみと頷くアルフォンス。

 その後。
 マクネーンは宣伝と大会の効果で客が増加。
 料理自体は普通だが、値段の安さと隠れ家的な立地条件が重なって、食事時にはそれなりの賑わいを見せるようになった。
 『謎の料理人』は助っ人を終え、去っていったとか。
 そして、にぎわい以外に変わったことがもう一つ。
 厨房に張られた羊皮紙が一枚。

『うっかりミスは10倍まで』