狂いの夜

■ショートシナリオ


担当:若瀬諒

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月18日〜05月23日

リプレイ公開日:2007年05月26日

●オープニング

●闇に染まる
「えーっ、ほんとに〜?」
「ホントホント。そいつさ、そのために魔法まで覚えようとしてて――」
 幸せそうに腕を組んで談笑しながら、夜の街を一組の男女が歩いてくる。‥‥どこかで見た光景である。
「上手くいったらお前にも教えてるやるよ、なんて言ってさぁー」
「あははっ、そんなの出来ないよ〜っ」
 夜更け。闇の中で僅かに残された陽精霊の光はうっすらと街を照らし、黒く塗りつぶされた空間にそれらしい風景を映し出していた。
 盛り場から響く人々の喧噪。二人はその陽気な声を背に、少しずつ街の奥へと向かっていく。
 街中といえど、現代人が考えるほど『夜』というものは安全ではない。けれど、二人きりの時間を過ごしたい恋人達にとって、夜こそ、人目をはばからず愛を語らえる時間でもある。
 よくある光景。ティトルの都辺りなら、毎夜現れる恋人達に嫉妬の炎を燃やした男達が暴れ回るほど、よくある光景だ。
 それはどこでも――例えばこの、メイディアでも同じことだった。

 盛り場の喧噪が遠ざかるにつれて、騒がしかった二人も徐々に口数を減らし、唇の距離を狭めていく。
 そこまでは、いつもと同じ。
 だが――
 平穏なはずの夜に、黒々とした殺意が満ちあふれる。
「え? なに‥‥?」
 女は何か強烈な悪寒を感じ、不安げな顔で男にしがみついた。
 なにがどうしたというわけではない。ただ、何かがおかしい。辺りを漂い、体を突き刺すような殺気の渦。それだけで身を裂かれてしまいそうな殺意。
 男の方も同じ悪寒を感じ、女を自分の背に隠し、注意深く辺りを見回す。
 だが、辺りに見えるのはうっすらと照らし出された港や、見慣れた風景ばかり。
 変わったところなど何もないその空間の中で、しかし、渦巻く悪寒は一向に治まる気配も無い。
「ね、ねぇ‥‥戻ったほうが‥‥」
 押し潰されそうな黒い重圧に耐えながら、女はようやく搾り出すように声を出した。
 ちらりと女を振り返り、男もそれに小さく頷く。
 お互い僅かに震えながら、男は片腕は背に居る女へ回し、片腕は守るように広げ。一歩ずつ、慎重に、体にまとわりつく殺意を刺激しないようにと進んでいく。
「大丈夫かな‥‥?」
「だ、大丈夫‥‥お、俺が、ついてる‥‥」
 恐怖に満ちた顔で声も体も震わせながら、それでも精一杯の甲斐性で強がって見せる男。二人とも思いは同じ。だがそれを言葉に出したりはしない。
 その男気に少し安らいだのか、女は不安な顔の中に僅かな笑みを浮かべ、しがみつく腕に温かな力を込めた。
 ――刹那。
 広げていた腕に、銀色の弧が振り下ろされた。
 煌く残像を残す銀と、一瞬遅れて、赤。
 二人が状況を理解するのには、更にもう数瞬の時間を要した。
「‥‥ッぅぁああああああああああッ!!」
 赤く塗れ、力の入らぬ腕を押さえながら絶叫する男。女は声も出ず、ただ力無くその場にへたり込む。
 理由はわからない。しかし、何が起きたのかは理解した。そしてこれから起きであろう出来事も――
「っく‥‥くく‥‥!」
 不気味な声を発しながら、『何か』が一歩を踏み出した。
 男の目の前。僅かな明かりに照らし出された『何か』は、その輪郭から辛うじて人と同じような体であることがわかる。
 視線を降ろしていけば、纏っているのは黒い衣。手にしているのは銀の刃。本来一色であるはずのどちらにも紛れている赤は、男のものだろうか――
 男は目の前に『何か』に気付かない。ただ痛みに絶叫するばかり。
 女はその『何か』に気付いている。気付いているが、何も出来ない。
「くくく‥‥っくく‥‥ッ!」
 『何か』が笑う。低いような高いような、耳障りな声。それは絶叫にかき消されることもなく、はっきりと女の耳に届いていた。
 そして、続く音も。
「――」
 再び煌いた銀色は、夜に静寂を取り戻し‥‥代わりに、その色を赤へと染める。
「くくくッ‥‥!」
 不快な笑い声と同時に、三度振るわれる銀色。

 静寂の中で聞いた音を、女は生涯忘れられなかっただろう。
 もしも彼女が、今後生き続けていたとしても――

●惨状
「賞金首‥‥ですか?」
「ええ。また、早急に捕まえなくちゃいけないのが一件入ったから」
 ミゥの問いに、ローザはいつになく深刻な顔で告げた。
「どんな人なんです?」
「聞いてないの? 最近メイディアを騒がせている通り魔よ。被害者は、最初は恋人同士だと思われる男女、次は盛り場から帰る途中だった男性‥‥最後は見回りをしていた官憲二人」
 おおまかな被害の説明を終えて、ローザは深くため息をつく。
 最初の事件が起きてから続く二件が起きるまで、それほど日も経っていない。僅かな間に出た五人もの被害者。早急な対処が求められているのは明らかだった。
「官憲の人まで‥‥」
「その時はもう通り魔の報告が入っていたから、安全のために二人一組で動いていたらしいわ。‥‥それが今回の場合、被害者を増やす結果になってしまったけれどね‥‥」
「‥‥」
「とはいえ‥‥装備を整えた官憲二人で全く対処出来ない相手だなんて想定する方が難しいし‥‥」
「何も出来なかったんですか‥‥?」
「ほぼ間違いないわね。アルバートさんもそう言ってるし」
「アルバートさん? いたんですか?」
 意外な名前に、ミゥが目を見開く。
 アルバート・フランシスコ――別名、ナガヤノイイオトコ。冒険者街の治安維持を務めている、イギリスから来落した騎士である。
「彼は最後の事件の直後に駆けつけたみたいね。官憲を助けることは出来なかったみたいだけど‥‥その代わり、通り魔と軽く交戦しているわ」
「捕まえられなかったんですか?」
 問うミゥに対して、ローザは短くため息を漏らし、
「‥‥ええ。暗がりでの戦闘だし純粋な比較は難しいけど、通り魔はアルバートさんとしばらく交戦した後、応援に来た官憲を見て逃亡‥‥つまり、それまでの間まともにやり合ってたってことね」
「随分と強いんですね‥‥」
 アルバートは、主に冒険者同士の諍いを治めるのが仕事なだけあって、その腕前は冒険者の間でも一目を置かれている。少なくともその者は、達人級以上の腕前を持っていると見ていい。
「傷は負わせたらしいけど、アルバートさんも同程度の怪我を負っているわ」
 アルバートは、逃した相手を誇大評価する性格ではない。ほぼ間違いなく事実だろう。
 それはつまり、賞金首はアルバートと正面から戦えるだけの強さがある、という証明にもなるのだが‥‥
「ともかく。私達に出来るのは、正確な情報を可能な限り伝えること。それが最大の貢献よ」
「はい!」
 ローザの言葉に、ミゥは力強く答えを返した。

●今回の参加者

 ea0353 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5678 クリオ・スパリュダース(36歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1633 フランカ・ライプニッツ(28歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 eb8962 カロ・カイリ・コートン(34歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●仮初の姿
 夜。メイディアを染めた闇は、その色を一層深いものへと変えていく。それは紛れもない危険の色。夜が色濃くなるほどに、孕む危険も大きさを増す。
 そんな中。コロッセオ近辺の通りを抜ける風の音に、危険とは似ても似つかぬ少女のような声が混じった。
「先生、今日も厳しい稽古をありがとうございましたッス」
 特徴的な語尾をつける声の主は、隣を歩く相手に向かってぺこりと頭を下げる。
「やっぱり先生はお強いッスねぇ‥‥自分じゃまだまだ敵わないッスよ」
「なになに、確実に腕を上げとるきに、あたしを追い抜くのも時間の問題じゃき」
 対して、やや豪快な感じの「先生」と呼ばれた相手。向けられた視線を見下ろしながら、ぽんぽんと軽く頭を叩いた。
 一方を「先生」と呼ぶ、剣を学ぶ弟子とその師匠といった感じの二人組。
 しかしてその正体は、フルーレ・フルフラット(eb1182)とカロ・カイリ・コートン(eb8962)。通り魔退治を買って出た冒険者である。
 今のところ犯人は無差別に犯行を繰り返しているが、念には念を入れての偽装である。過去に同じく「退治に来た冒険者を優先して襲った」という事例が無い以上、慎重になってなり過ぎないことはない。
「しかしあれじゃな、初対面‥‥じゃあないが、可愛い後輩が出来たようじゃのぉ。‥‥いや、弟子じゃが」
「自分も、頼もしい兄が出来たように思えるッス!」
 カロの言葉に、同調しながら反応を返すフルーレ。カロもうんうんと数度頷き、
「うむうむ、それは何よりじゃ。‥‥が。姉じゃあないんかのぉ? 姉じゃあ」
「あ、い、いや、冗談ッスよ、冗談! 天界で言うところの、漫才のボケッスよ!」
 ぱたぱたと手を振りながら慌てて弁解するフルーレ。
 カロの身長はフルーレよりも頭一つか二つ分ほど高い。その体格差で迫られたら、いかに冗談だったといえど動揺もするだろう。
「あっはっは! あたしも冗談じゃき、そんなに怖がることはないぜよ」
「っはぅぅ‥‥びっくりしたッスよもう‥‥」
 心底ほっとした顔で胸をなでおろすフルーレ。
 これはこれで、仲の良い師匠と弟子のように見えるだろう。
「――む?」
 談笑の切れ目――そこで不意に、空気が変わった。
 カロとフルーレ、どちらからともなく背中合わせに立ち、共に得物を抜き放つ。
 敢えて正体を探る必要は無い。
「ようやく、お出ましのようじゃな」
「みたいッスね」
 周囲を支配する、剣のような鋭い殺意。
 二人は背中越しに頷き合うと、握るその手に力を込めた。

「奥様、御足元に御気をつけを」
「全く‥‥歩きにくい道ですわね‥‥」
 召使いと思われるの先導で夜道を歩く貴婦人。
 薄気味悪い夜に似つかわしくない優美な装いは、しかしこんな中だからこそ尚栄える。
 加えてこの貴婦人は背丈があり、文字通りの高貴さを惹き立てていた。
「アル、あの人は帰っていますの?」
「‥‥いえ、旦那様は取引が長引いているとのことで、もう二、三日滞在なされるそうで御座います」
 アルと呼ばれた召使いは、明かりで道を照らしながら恭しく答えを返す。
「取引、ねぇ‥‥」
 召使いの含みに気付きつつ、ぽつりと言葉を繰り返すのみ。貴族とはこうして、秘めたものは秘めたまま理解するものだ。夫の浮気を大目に見る代わり、自分もまた、召使い一人を連れて夜遊びに高じる。
 ――という役柄にどっぷりハマりきっている貴婦人役クリオ・スパリュダース(ea5678)と召使い役アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)であった。
「しかし、毎夜このような時間に出歩かれるのは危険ではないでしょうか?」
「こんな街中で、危険なんてありませんわ」
 いつもの虚無僧はどこにいったのか、といった様子で演じきるアルフォンスに、呆れた調子でクリオが返す。呆れているのは演技か、素か。
 ――と。
「あら?」
「これは‥‥」
 何かに気付き、周囲を見回すクリオとアルフォンス。
 二人が感じたのは、ちりちりと肌を焼く僅かな殺気。さほど間近ではないはずだが、それでも確かに伝わってくる。
 更にそこへ。
「クリオさん! アルフォンスさん!」
 唐突に名を呼ぶ声は、上空から。
 二人がそちらを見上げれば、そこにいたのは空からの警戒にあたっていたフランカ・ライプニッツ(eb1633)だった。
「騒がしいですわよ、フランカさん」
 慌てた様子を確認しつつも、相変わらず貴婦人口調のクリオ。気に入ったのだろうか。
「演技してる場合じゃないですよ! 出ました!」
「遂にお目見えというわけであるな」
 知らせを受けると、ようやく冒険者へ戻る。
 真の仕事はここからだ。
「こちらです!」
 短い報告を終えると、最短ルートで出現地まで誘導するフランカ。二人もそれに続いて夜道を駆け出した。
「まったく‥‥下民は騒がしいったらないわ」
 ‥‥一名、演技続行中。

●黒の閃光
 暗闇の中。そこに渦巻く純粋な悪、殺意。そこには何の迷いも、戸惑いも、疑いも無く、単純な悪意の塊としてそこに在る。
 およそ究極的とも言えるその凶悪な意識は、只中で剣を構える二人に物理的な痛みさえ錯覚させていた。
「本気で、人ならざるモノじゃあないかと思えてくるぜよ‥‥」
 呟く声は重い。
 冒険者は崖の上で綱渡りをしているようなものだ。鋭利に研ぎ澄まされた感覚は常人のそれを遥かに上回り、経験を積んだ者ならばその真意も感じ取ることが出来る。
 だからこそ。今目に見えぬ相手が、どれほど強い狂気と力を持った相手であるかが解る。
 負の一色に塗られた、完全な殺戮者であることが――
「来るッスよ!」
 フルーレの声をほぼ同時に、闇が動いた。
 揺らいだ場所は二人の真横。一際深い塊が二人へ目掛けて大きく跳ねる。
「!!」
 動きは、相手の方が数瞬早い。
 跳躍した塊は途中で着地することもなく一直線に二人へと迫り――
 ごすッ!
「クぐ!?」
 鈍い音と不可思議な悲鳴のような音が響き、塊は空中で撃ち落とされた。
 垂直にその場へ落ち、体勢を崩しながらも着地する。
 その横で地に落ちたのは、ロープと石を結びつけて作った簡易ボーラ。狩猟に使われる投擲武器だ。
 続いてボーラの投げられた方向から「ピィィィィ」という甲高い音が宙を舞う。
 同時に通り魔へと迫り来る闇。それは月明かりに照らし出され、人の輪郭を形取る。
 パトリアンナ・ケイジ(ea0353)。囮役からつかず離れず潜伏し、通り魔のふいを確実に捉えた。
「そこだッ!」
 パトリアンナは着地よりも早く、気合と共に鋭く鞭を振るう。
 鞭の特性として受けることは難しく、無理に払おうとすれば剣を絡め取る。受けを主体としているはずの通り魔にとっては、厄介な武器であるはずだ。
 ――が。
 バチィン!
 鞭が打ったのは、一瞬前まで通り魔の居た地面。
 通り魔は鞭が振るわれるのと――いや、パトリアンナの姿を確認するのと同時に後ろへ飛び退いていた。
 前屈みの深い着地。両足に加え、剣を持たぬ片手も地面につき、見据えるのは目前。パトリアンナ。
 通り魔は改めて目標を確認すると、次の瞬間でその場から消え失せる。
 勿論、実際にそんな芸当が出来るはずも無い。消えたかと思われるような瞬間は、前方への大きな跳躍。
 片手と両足、体のバネと飛び退いた分の反動を使った全身の跳躍で、一気に標的へと迫る。
「ちィッ!」
 パトリアンナは急停止と共に身を捻り、勢いのついた身体を強引に軌道からずらそうとする。
 しかし、通り魔の方が僅かに早い。
 振り上げられた剣は銀色の帯となってパトリアンナへ迫り‥‥不意に、その視界を陰が覆った。
「はぁぁあっ!」
 ギゥゥンッ
 目の前で発せられた気合と共に、固い金属音が響き渡る。ほぼ頭上から振り下ろされた狂気の刃は、割り込んだフルーレのかざした盾によって防がれていた。
「そうはさせないッス、よ!」
 そのまま弾き返すと、開いた数歩分の距離を今度はフルーレが詰める。
「いただくッス!」
 狙うのは通り魔本体ではなく、迎撃のために構えられた通り魔の剣。
 叩けつけるように振り下ろした剣は自身の重さも加え、受ける物を粉砕する一撃となって剣の破壊を狙う――が。
 ギィン!
「なっ!?」
 通り魔はその一撃を正面からは受け止めず、振り払うように剣を薙いだ。
 真横からの接触では、流石に威力を伝えることが出来ない。フルーレの剣は横へ流され‥‥同時に身体を守る術がなくなる。
「くぅ‥‥っ!」
 通り魔もその隙を逃すはずはなく、剣を返しフルーレに襲い掛かる。
「っぁぐぅ!!」
 響いた声は、フルーレのもの。通り魔の纏った黒衣と銀色の刃に、僅かながら赤いものが混じる。
 盾による防御が間に合わなかったわけじゃない。あのまま剣が振るわれていれば、確実に防ぎきれたはずだ。しかし、通り魔は更に一歩を踏み込み、かざした盾の脇からフルーレを掠め斬っていた。とてもまともな体術の領域ではない。
「くっ、くく‥‥!」
 不愉快な笑い声をあげながら、通り魔は続けざまに二撃目――
「あたしを忘れてもらっちゃ困るぜよ!」
 死角となる真後ろから突進してきたのはカロ。全力で距離を詰めると、通り魔が気付くのとほぼ同時に懐まで潜り込んだ。
「ィィッ!」
 声ともわからぬ音を発しながら、通り魔は身を捻り、振るう剣の軌道をカロへと向ける。
 ズァァッ!
 風と地を薙ぐ狂気の刃。しかし、カロは届かない!
「ここじゃあ!」
 剣の通り過ぎた先、カロは飛び込んだ懐から一歩後ろへ飛び退いていた。
 流石に、ここからの防御は間に合わない。カロは剣をやり過ごしてから再び攻撃に転じ、
 ザスッ
「っッ!!」
 斬ったのは開いた通り魔の胴。強引なフェイントで威力は乗らなかったが、それでも確実に傷は与えた。
 更に、パトリアンナの鞭が届く。
「ケく‥‥ッ!」
 バチンッ!
 破裂音を響かせながら、鞭は通り魔の伸ばした腕へと巻きついた。これで、カロへの反撃の手も止まる。
「当たらなかったのは残念だが、代わりに止まってもらうよ!」
「フルーレ! 今のうちじゃき!」
 言ってカロが投げたのは、リカバリーポーション。傷を癒す魔法の液体だ。
「助かるッス、先生!」
 フルーレは大きく退き、受け取ったポーションを一気に飲み干した。
 傷は飲み干した瞬間で急激に治癒され、痛みも引いていく。流れ出た僅かな血以外は無傷の時となんら変わりなく、フルーレは通り魔へと剣を向けた。
 これでまた三対一。今は鞭で片腕を封じているため、多少は有利かもしれないが‥‥それでも、相手の剣が動く以上油断は出来ない。
 ――と、そこに。
「皆、生きているようであるな」
「私を走らせるなんて、無礼にも程がありますわ」
 召使いと貴婦人が加わり、やっと体勢が整ってきた。

●赤に染まる
「ローリング・グラビティー!」
 不意に、上空から声が響いた。パトリアンナが慌てて鞭を解くのと同時に、ふわりと浮き上がる通り魔の身体。気付かれぬよう上空から近づいたフランカの魔法だ。
 通り魔は屋根の遙か上まで持ち上げられると、糸が切れたように急降下する。
「ッッ!!」
 ドンッという激しい音と共に、通り魔の体が地に舞い戻る。――しかし、背中から落ちてきたはずの通り魔の体は空中でぐるりと捻られ、落ち切る頃には両手両足がしっかりと地に着かれていた。
 一見すると蛙のような姿。人とは思えぬ奇怪な身のこなし。
「はァァッ!」
 追撃するはアルフォンス。素手のまま通り魔へと迫り、
「オーラソード!」
 丁度剣程の間合いに捕らえた瞬間、アルフォンスの魔法が発動した。
 現れたのは僅かに光る半透明の剣。剣は何もなかったアルフォンスの手にしっかりと握られ、即座に活躍の場を与えられる。
「く、く‥‥クく!」
 蛙のような格好から飛び跳ねるように起き上がり、通り魔は振るわれた光へ向けて剣を薙いだ。
 が、光の剣は通り魔の剣をすり抜け、
 ザンッ!
「ッグけゥ!!」
 防御のあたわぬ剣は、通り魔の体躯を大きく斬り裂いていた。更にその後方から、クリオが狙う。
「全く、野蛮ですわっ」
「くグッ!」
 ドレス姿の貴婦人に似合わぬ無骨なバタフライナイフの、細く鋭い一撃。
「自分もいくッスよ!」
 続いたのはフルーレ。クリオと入れ違いに通り魔へと迫り、剣を振り下ろす。
 ギィゥン!
 金属同士がぶつかり、硬い音を響かせる。暴れながらも攻撃に反応した通り魔の剣と、もう一方は――剣ではなく、盾。
「そう何度も当たらないッス!」
 フルーレはそのまま弾き返し、胴を薙いだ。
「く‥‥クく‥‥ッ!」
 黒衣はもう流れ出た赤ばかりが目立っている、が‥‥それでもまだ、終わらない。
 通り魔は一度全員から距離を取るように後ろへ下がり、赤く塗れた刃を構え直す。
「離れると――ローリング・グラビティー!」
 慌てて横っ飛びに街路樹の枝を掴み、『上に落ちる』のを防ぐ通り魔。
 傷は決して浅くはないはずだが――
「なんともしぶとい‥‥」
「まぁいいさ。そんなにやり合いたいなら、最後まで付き合ってやろうじゃないか」
 にやりと不敵な笑みを浮かべて、パトリアンナは力強く鞭を振るった。

●静寂に帰す
 一方的、とまではいかないが、後の戦いは始終優勢に進んだ。
 手数で圧倒し、フランカの魔法とアルフォンスの剣が確実に体力を削っていく。もはや『詰んで』いた。
 しかし‥‥通り魔は最後の一振りまで捕縛の隙も与えず、鋭い剣捌きを見せていた。あれは単なる桁外れの精神力か、それとも――
「通り魔確保への協力、感謝する」
 夜もまだ完全に明けぬうち、一行は通り魔の身柄を官憲へと引き渡した。
 もはや動きを拘束する必要はないが、一応布には包まれている。運搬は勿論『召使い』の仕事だ。
「なに、あたしらは依頼をこなしただけじゃき」
 気さくにぱたぱたと手を振るカロ。それでも一応賞金は出るため、依頼報酬はその分多くなる。
「しかしあれですわね、もう少し放置したほうが賞金が上がっ‥‥けふんけふん」
「何を言ってるんですか!」
「冗談ですわ、冗談」
 冗談か本気か以前に、その貴婦人演技はいつ止めるのか。
「まあまあ、解決したんだからいいじゃないッスか」
 そのまま説教を始めようとするフランカを、フルーレが何とか宥めすかして落ち着かせる。
 依頼はDead or Alive。ともかくこれで解決したことになる。
「しかし‥‥一体何者で、何故あんな凶行に及んだのであろうか」
「元々、よっぽどの実力者だったことは確かだねぇ」
「あたしは『人間』だったというのが、意外というか恐いぜよ」
 腕を組み、考え込むアルフォンス、パトリアンナ、カロ。
「まぁ、ともかく解決ッス! これでまたゆっくり眠れる夜が来るッスね」
「そうですね。非道な凶行を止められて、何よりです」
 うんうんと満面笑顔で頷くフルーレとフランカ。
「私も安心して夜遊びが出来ますわね」
「奥様、あまり度が過ぎぬほうが」
 演技の方は続行中のようである。