恋するシフール

■ショートシナリオ


担当:若瀬諒

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:3 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月07日〜06月13日

リプレイ公開日:2007年06月15日

●オープニング

「こんにちは〜、シフール便でーす」
 コンコンと窓を叩きながら、満面の笑顔で挨拶をするシフールの少女――ラユユ。普段から元気な笑顔を振りまく彼女だが、ここへ来る時はいつも、その何倍も幸せそうな顔をしている。
「あ、はーい。今開けるよ」
 声に気付いて、部屋の奥から一人の青年がやって来た。他に人影が見えない辺り、一人暮らしなのだろうか。
 青年はいつものように窓を開け、ラユユを部屋へ招き入れる。
「お手紙ですよ〜」
 窓際に降り立って一息つくと、ラユユは青年に丸められた羊皮紙を手渡した。
 青年は羊皮紙を手に取ると差出人の名前を確かめ、嬉しそうにほっと一つため息をつく。
「よかったぁ、待ってたよ」
「え、ま、待っててくれたんですかっ?」
 青年の言葉に、何故か頬を赤らめるラユユ。
「え? あぁ、うん。手紙をね」
 当然といえば当然だが、青年は訝しげに小首をかしげる。
「はぅ〜っ‥‥待っててくれたんだぁ‥‥」
「?」
 あえて「手紙を」と強調して言われたはずだが、それでもラユユは体をくねらせながら照れている。
 青年ももはやどうしていいのかわからず、ただ首を傾げるばかり。
 と。ラユユは何かに気付いたのか、ばっと真っ赤な顔をあげ、
「あっ‥‥あ、あの、失礼します!」
 ぺこりと再び頭を下げると、一目散に飛び去ってしまった。
「‥‥」
 青年は首を傾げたままだったが、どこかぼんやりとラユユの飛び去った空を見つめていた。

「ふんふふ〜ん♪」
 上機嫌に鼻歌を歌いながら空を舞い、ラユユは次の目的地に向かう。
 が、その頭の中は先ほどの青年――シェスのことでいっぱいだった。
「はぅはぅ〜っ♪」
 照れているのかなんのか、ぐるんぐるんと無意味に回転したりする。端から見れば不思議でしかない。
 しかし、ラユユにとってはそれほど嬉しい出来事だった。
 何しろ自分の好きな相手が、『自分の手紙』を待っていてくれたのだ。恋多き年頃の少女なら、この気持ちもわかるだろう。
 ――そう。先ほどシェスに手渡した手紙は、このラユユのものだった。
 ある日、別件で配達をした時にシェスと出会い、恋に落ちた。いわゆる一目惚れだ。
 その日以来、ラユユは自分からの手紙だということを隠し、密かにシェスとの文通を始めた。
 もちろん最初は正々堂々と文通をしようと思っていたのだが、相手は人間、自分はシフール。不釣合いな自分との文通は受けてくれないかもしれない、と不安になったのだ。杞憂じゃないか、と言うなかれ。恋する乙女とは往々にしてそういうものなのだ。
「うきゅぁーっ♪」
 時々奇声をあげるのも、恋する乙女故である。

***

 しかし、そんな小さな幸せにまみれた日々は、意外な形で嫉妬と悲しみの渦へ変貌することとなった。
「ふふふ〜♪ 今日もお返事貰っちゃった〜♪」
 シフール便の仕事も終わり家へと辿り着いたラユユは、早速シェスから受け取った手紙を解き広げた。
 文通を始めてどれほどか。返事を書く時も、返事を待つ間も、ラユユにとっては全ての時が等しく幸せだったが、やはり受け取った返事を読む時間は特別なものだった。
 体と比較すると随分と大きな羊皮紙だが、そんなことはお構いなし。一字一字を噛み締めるよう、ゆっくりと読み進めていく。
「ふんふ〜ん♪ ふふ――」
 ‥‥と、不意に、上機嫌な鼻歌がぴたりと止まった。
 表情は笑顔のまま、ある一点だけを固まったように凝視している。
 そこに書かれていたのは、丁寧な字で一言。
 『実は最近、好きな人が出来ました』
「‥‥」
 ラユユは無言でくるくると手紙を丸め、一息ついてから、
「‥‥ふふふ〜♪ 今日もお返事貰っちゃった〜♪」
 やり直す。
 が、どんなにやり直しても内容が変わるはずもなく、やはりそこには同じ文字。
「なんで‥‥なんでよー!」
 手紙を覆うように机に突っ伏し、涙を浮かべて叫ぶラユユ。
 一目惚れで、直に話した事があるのは配達の時だけ。文通はしていても、正体は明かしていない。自分の気持ちもまだ伝えていない。
 しかしそれでも、熱く青年を慕っているラユユにしてみれば、認めたくない事だったのだろう。
 ラユユは手紙を涙で濡らし、やがて泣き疲れて眠りについた。

***

「‥‥よし!」
 昨夜とは打って変わった険しい表情で、ラユユは一つ大きく頷いた。
 場所は冒険者ギルドの扉の前。昨夜一晩涙を流したラユユは、ある決意を持ってここに来た。
 ギィィっとゆっくり扉を押し開ける。シフールには少々重たい扉であるし、わざわざそうして入る事もないのだが、そこはそれ。彼女なりの決意の表れであろう。
「たのもー!」
 扉を開け切ると、なんだか場違いな声を上げた。もちろんこれも、決意の表れだ。
 そのままふよふよと受付係のもとへ飛んで行く。
「シフールからの依頼とは珍しい‥‥どのような依頼なのですか?」
「ある男の人の浮気調――もとい、好きな人を調べて欲しいの!」
 一瞬何か言いかけたが、踏み止まるように言い直した。
「ふむふむ。男性の好きな相手を調べて欲しい、と」
 言いながらかりかりとメモを取っていく受付係。
「そう‥‥彼に好きな人が出来たとしても、私にはそれを止める権利はない‥‥でもせめて! せめて相手の素性くらいは知っておきたいの!」
「‥‥はぁ」
 大仰な手振りでくるくると回る少女に、変わらずメモを取りながら適当な相槌を打つ。
「えぇっと‥‥それじゃあ、何か男性の情報を。住んでる場所とか」
「え? あ、は、はい。えっと‥‥彼は医者見習いで、弟子入りした先生の家で手伝いを――」
 自分の世界に入りかけていたラユユだったが、受付係の言葉で我に返り、質問に答えていく。
 答えるうちに何度も自分の世界へ入りかけるラユユは、きっとそれだけ真剣だったのだろう。
 ‥‥はた迷惑なことではあるが。

●今回の参加者

 ea0017 クリスタル・ヤヴァ(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea1716 トリア・サテッレウス(28歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb3445 アタナシウス・コムネノス(34歳・♂・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 eb9356 ルシール・アッシュモア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・メイの国)
 ec3008 ミリィ・キサキ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・メイの国)

●リプレイ本文

●激突から始まる友情
「はぁ‥‥」
 ふらりふらりと宙を飛びながら、ラユユは深いため息をついた。依頼の時こそテンションが高かったものの、いざ落ち着いてみると憂鬱になる。「好きな人が出来た」と書かれた手紙を受け取ってから、ラユユはシェスと会っていない。もちろん、文通も止まったままになっている。
「‥‥はぁ‥‥」
 再びため息をつきながら前へ進み――
「どーん!」
「のわ!」
 刹那、何かと派手にぶつかった。
「いたたたた…ちょっと、気を付けてよ!」
「あはは、ごめんごめん」
 ぱたぱたと手を振りながら謝るのは、クリスタル・ヤヴァ(ea0017)。ラユユと話をするために、偶然を装って接触したのだ。
 思い切り擬音を叫んでいたのは気にしない。
「でも、そっちだってぼーっとしてたでしょ〜」
「ぅ‥‥それはそうだけど‥‥」
 返された言葉に、しゅんと肩を落とすラユユ。シェスのことを考えるあまり、周りのものが見えなくなっていたのは確かだ。それほど注意力が散漫になったのは他でもない、手紙に書かれていたあの言葉のせい。「好きな人」とは誰なのか。いや、そうではない。彼が自分以外の誰かを好きになった事が問題なのだ。シェスが好きなのは自分ではない。正体を隠して文通をしていたのは、結ばれないとわかっていたからだが‥‥しかしそれでも――
「‥‥」
 考えを巡らせるほど、目に見えて落ち込んでいくラユユ。
「ん? どうかしたの?」
「ぁ、ぅ‥‥」
「うちはクリスタル・ヤヴァ。ここであったのも何かの縁だし、しふしふ同士、困ったことがあるなら相談に乗るよ〜」
 口ごもるラユユの頭を撫でながら、優しく促すクリスタル。
 依頼を受けた冒険者であることは隠し、あくまで通りすがりに仲良くなった友人として話を聞く。それが彼女の狙いだ。
「その‥‥実は‥‥」
 出会ったばかりの相手に話すのは気が引けたが、やはり抱えているのは辛いもの。「笑わないでね」と前置きをしてから、ぽつりぽつりと話し始めた。

●その時彼は
「こんにちは〜っ」
 妙に明るく扉を開けて、ルシール・アッシュモア(eb9356)は診療所の門をくぐった。
「はい、いらっしゃい」
 ルシールを迎えたのは、女性の爽やかな笑顔だった。
 この女性が噂のリユ先生。年の頃なら二十歳半ば。短めに切り揃えた黒髪を後ろでまとめている。
「シェスさんだったら、奥の部屋にいると思いますよ」
 リユはルシールの姿を確認すると、笑顔のままでそう告げた。
 「シェスと話すための作戦」として何度か診察にシェスを指名するうち、覚えられたようだ。
「ありがと〜っ」
 ルシールはお礼を言って奥へと向かった。

「いらっしゃい。今日はどうされたんですか?」
 最初は指名に照れていたが、もう慣れたもので。シェスはにこりと微笑みかけた。
「えっと‥‥その‥‥」
 シェスの問いに、もじもじと言いよどむ。何度か足を運んで顔見知りになった頃を見計らい、ルシールは「シェスの真意を探る行動」に出ようとしていた。
「実はあたし、好きな男のコが出来ちゃって〜」
「好きな男のコ?」
 オウム返しに聞くシェスに、ルシールはうんうんと頷き、
「それで、男の人ならどんな手紙をもらったら相手の女性に好感持つかな〜って」
 言い終えて、頬を紅潮させるルシール。「恋の病に悩む少女」という設定だ。
「うーん、なるほどねぇ」
 シェスもその病状(?)を察したようで深くは追求せず、腕を組んで真剣に考え始めた。
「どんな手紙を、かぁ‥‥」
 呟きながら思い浮かべるのは誰のことか。
 シェスはしばらく考えを巡らせ‥‥やがて、ふと思い出したように尋ねてきた。
「そういえば、どうして僕に?」
 男の意見を聞くというだけなら、他にも話が聞けそうな人は多い。
 ルシールは一瞬考えるように宙を仰ぎ、
「女のコと文通しているって聞いたからぁ☆」
「えぇっ!? い、一体どこで‥‥」
「シフ便届けている友達から‥‥って言っても、又聞きかもしれないけどね」
 一応、直接ラユユを連想しないようにフォローを入れる。
「まいったなぁ‥‥噂になってるなんて‥‥」
 知られるとは思っていないことだ。が、嫌がっているというより恥ずかしがっているだけのように見えた。
「シェスさんは、どんなこと書いてたの〜?」
 これを機に、と迫るルシール。
「え、ぼ、僕?」
「うんうん。シェスさんがどんなこと書いてたかも、参考にしたいな〜」
「いや、ほら、えぇっと‥‥そうだなぁ‥‥」
 まんざらでもないのか、シェスはぽつぽつと話し始めた。

●彼女の志
「あの、すみません」
 昼。リユは買い物へ出た帰りの道で、声をかけられた。
「はい?」
 場所は単なる住宅地。警戒することもなく振り向くと、そこに立っていたのはアタナシウス・コムネノス(eb3445)だった。
「もしや、リユさんではないでしょうか?」
「確かにそうですけど‥‥?」
 頷きながらも、きょとんとしたまま小首を傾げる。
「あ、失礼しました。私はアタナシウス・コムネノスと申します。この辺りで診療所を開いている方がいると聞いて、一度お話を聞いてみたい、と」
 言いながら頭を下げるアタナシウスに、つられてリユも頭を下げて、
「まあ、そんな‥‥私なんて、まだまだ知識も経験も‥‥」
 困ったような照れたような笑みを浮かべるリユ。謙虚な性格であるようだ。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。それに、同じ癒しを与えようとしながら異なる手段を用いる方のお話を聞いてみたいと思いまして」
「同じ、ということは‥‥アタナシウスさんも何か医学を?」
「私の場合は魔法ですが、手段は違えど意は同じ‥‥でしょうか。よろしければ、歩きながらでもお話を」
 共に治癒を行うものとして共感をしたのか、リユも素直に頷いて歩き始めた。

「リユさんは、何故医の道に?」
 最初に尋ねたのはアタナシウス。
 依頼のため、ということもあるが、リユの話を聞くことには純粋な興味もあった。
「きっかけは‥‥人の助けになりたいという気持ちが少しずつ積もっていった結果、でしょうか」
 言って、「本当はよくわからないんです」と笑う。
「どちらにしても、今こうして診療所を開けていることには満足しています。もちろん、それで終わりではないですけど」
「もっと大きな、何か目指すものが?」
 アタナシウスの言葉に、リユは笑顔のまま、しかし僅かに寂しそうな色を覗かせた。
「小さな診療所では限界がありますからね。大きな治療を行おうとすれば、どうしても‥‥」
「なるほど‥‥」
 リユの行っている医療の場合、適宜薬草や医療器具が必要になる。効果の高いものや貴重なものは当然値が張り、個人で入手するのは難しい。
 険しい道だと言うことは、リユ自身も認識しているだろう。しかし彼女の目に迷いは無く、諦めも無い。
 ただ純粋に、進む先を見据えた決意が篭っているように見えた。
「‥‥」
 アタナシウスは僅かに頷き、何か考えを巡らせ――
「‥‥あ」
 ふと、リユが思い出したように口を開いた。
「アタナシウスさんのことも聞いてみたいですね。私だけでは、なんというか‥‥不公平ですし」
「確かに、それもそうですね」
 にこりと笑うリユに、アタナシウスも頷きを返す。
 診療所まではまだ少しの距離。異なる手段で癒しを与える互いへの興味は、まだ尽きそうもなかった。

●サーガに乗せて
 リユが診療所に戻ってから少し後、診療所の扉が叩かれた。
「はい、どうぞ」
「どうも、ひっく。すみません」
 時折ひくりと肩を跳ねさせながら、入ってきたのはトリア・サテッレウス(ea1716)。逆に不自然ではないかと思うほど病気っぽい顔をしている。
「今日はどうされましたか?」
「実は、ひっく。持病のしゃっくりが‥‥ひっく」
 奇妙な声と肩の動きは、しゃっくりだったのか。
「まあ‥‥それは大変ですね‥‥」
 驚きながら、かなり真面目な顔で言うリユ。
 あっさり信じたようだ。何故か。
「とにかく、こちらへ横になってください」
「はい‥‥ひっく」
 おかしいところだらけな気はするが、リユは気にせずトリアをベッドへと寝かせる。
「リユ先生‥‥僕は‥‥ひっく」
「大丈夫です。必ず治りますからね」
「お願いします‥‥ひっく」
 二人とも大真面目だ。

「いやぁ、助かりました」
 しばらく後。
 そこには、安堵の笑みを浮かべるトリアの姿があった。元々演技だったが。
「元気になられたようで何よりです」
 ともあれ、リユも笑顔で喜びを分かち合う。
「しかし流石はリユ先生。‥‥そうだ、ついでと言ってはなんですが、新作のサーガを聞いて頂けませんか?」
 一息ついて、トリアは思いついたように言った。
 演技までしてここに来たのは当然薬を飲むためではなく、リユの人物像を調べることだ。トリアはサーガの感想や反応から、それを探ろうと考えていた。
「新作のサーガ‥‥ですか?」
「実は僕、吟遊詩人なんですよ。それで、天界の方の感想をお聞きしたいと思いまして♪」
「まあ、そうだったんですか」
 首を傾げたリユの顔が、素直な驚きに変わる。
「それほどお時間は取らせませんから、是非」
 言いながら楽器を手に取るトリア。
「そうですね、他の患者さんが来られないようなら。‥‥素人考えの感想しか言えないと思いますが」
 少し不安げな顔をするリユに対し、トリアはぱたぱたと手を振って、
「いえいえ、それで十分ですよ。サーガは専門家のための文学ではありませんから。素直な感想を言って頂ければ」
「はい、わかりました」
 リユが頷いたことを確認して、トリアは静かに楽器を奏で始めた。
 語るのは、正体を伏せて文通する少女の苦悩。――というか、ラユユの話そのものだ。

●小さなお茶会
 コンコン、という軽いノックの音がして、診療所の扉が開く。
 まだまだ知名度は低いものの、訪問者がいないというわけではないのだ。
 ‥‥が、入ってきたのは診療に来た客ではなかった。
「こんにちは、リマ先生」
「あら、いらっしゃい」
 扉から姿を現したのは、シルビア・オルテーンシア(eb8174)。
 シルビアがパンを咥えて走っていたところ、曲がり道でリマとぶつかり、なんだかんだの結果ダンスの話で盛り上がって親しくなったのだ。
「今、大丈夫かしら?」
「見ての通り、今は誰もいませんから大丈夫ですよ」
 苦笑気味に言いながら、シルビアを中へ案内するリユ。
「患者さんがいないのはいいことなんですけどね」
「こんな美人が出迎えてくれるっていうのに、惜しいわねぇ」
「私をおだてても、飲み物とお菓子くらいしか出ませんよ」
「それだけ出るなら、おだてた甲斐もあったわね」
 軽く笑いあって、まずシルビアが手近な椅子に腰を下ろした。
「おだててもらった分の飲み物をどうぞ」
「ふふ、ありがとう」
 コトリと置かれた飲み物を一口含み、「ふぅ」と一息つく。
 窓から吹き込む風に髪を撫でさせながら、リユが椅子に座るのを待ち‥‥落ち着いたところで、話を始めた。
「ところで、リユ先生。診療所では恋の病は受け付けているかしら?」
「恋の病?」
 シルビアはオウム返しの問いに頷きを返し、続ける。
「恋煩い、って言うのかしら。知り合いの女の子の話なんだけど、リユ先生にも相談に乗ってもらおうと思って」
 恋愛経験は無いらしいが、話を聞くことでわかることもあるだろう。それを知ることが目的だ。ちなみに知り合いとはラユユの事だ。
「参考になるかどうかはわかりませんが‥‥悩みは、人に話すだけでも楽になると言いますしね」
 言ってにこりと穏やかな笑みを浮かべるリユ‥‥だが。その笑顔は、何か重大な勘違いをしているように見えた。
「いえ、私ではなく知り合いの女の子が‥‥」
「わかってますよ。大丈夫です」
「えぇと‥‥はい‥‥」
 大丈夫な要素は全く無いが、誤解をとくのが難しく思え、シルビアはとりあえずそのまま話を進めることにした。

●甘く無い、甘い世界
 冒険者ギルドの一角。ラユユと一行は報告のため、全員その場に集合していた。ちなみに、クリスタルはラユユの友人として出席している。
 そして‥‥当のラユユは、机の上で頭を抱えたまま途方に暮れていた。
 理由は他でもない、シェスのことだ。
 冒険者の報告から、リユがシェスに恋愛感情は抱いていないと言われ、まずは一安心したが‥‥問題はその後だった。
 シェスについて調べていたルシールから、「シェスの好きな相手はリユではない」と言われたのだ。
 リユでないとすればもう誰なのかわからず、相手を探ることも出来ない。
 ――とまぁ、そういう理由で落ち込んでいるわけだ。
 が。ここに集まったラユユ以外の全員は、なんとなく相手が誰なのかを特定していた。
 こういう場合の「相場」は大体決まっているものだ。
 そして、あまりにも絶望しているラユユを見るに見兼ねてか、アタナシウスが「それ」を告げるべく口を開く。
「ラユユさん、恐らくですが‥‥シェスさんが好きな相手というのは――」
「あ、き、君は‥‥!」
 言い切るよりも早く、ギルドの入口から響いた声がアタナシウスの言葉を遮った。振り向くと、そこにはシェスの姿。
「シ、シェスさん‥‥どうしてここに‥‥?」
 驚きながら、しかしお互いに歩み寄っていく。
「最近姿を見かけないから、心配になって‥‥」
 どうやら、ラユユ捜索か何かの依頼を出そうとしてここへ来たようだ。
「え‥‥そ、それじゃあ、ひょっとして‥‥」
 途中まで言って、ラユユも気付いた。
「シェスさん‥‥」
 そこで意を決してか、ラユユは今までのことをぽつりぽつりと話し始めた。
 文通のことも、今回の依頼のことも。そして――自分の気持ちのことも。
「私は‥‥私は、あなたが好きです!」
「僕も、同じ気持ちだよ」
 互いの気持ちを伝え合った瞬間、抱き合う二人。
 スケールがだいぶ違うため、しっかりと抱きしめているわけではないが。
「やはり、と言うべきでしょうか」
「まぁ、そんなことだろうとは思っていたけれど‥‥」
「シェスさ〜ん♪」
「ラユユちゃ〜ん♪」
 苦笑気味に呟く言葉もどこ吹く風か。二人は早くも別世界の夢旅行へと出掛けてしまったようだ。
 その光景をどこか遠くに見つめながら、一行はやれやれとため息をつく。
「何はともあれ、一件落着でしょうか」
「しふしふ〜♪ 上手くいって乾杯〜♪」
「どちらかというと、ここからが大変なのですが‥‥まぁ、それはお二人が考えるべき問題でしょうし」
「そうだね。後は、軽はずみなことをしないようにって促すだけかな?」
 シルビアの発言にクリスタル、アタナシウス、ルシールと順に応じる。
「題名は『恋のしふしふサーガ』といったところですかねぇ」
 視線の先には、相変わらず別世界へ旅立った二人の姿。
「しふしふの恋は空回り〜が似合うのさ〜♪」
「‥‥それ、お祝いの歌になってませんよ」
 色々と突っ込みたい所はあるが‥‥まあ、依頼は無事、成功したようである。