救いの手

■ショートシナリオ


担当:若瀬諒

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:9人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月14日〜07月21日

リプレイ公開日:2007年08月10日

●オープニング

●奴隷の村
 来たるべき反撃の機会に向け、カーチスの指揮によって進行中の隠し砦建設。
 砦建設に関しては現在の所順調に進んでいるのだが、一方で予定外の問題も発生していた。
「カオスニアンに占領された村、か‥‥」
 貫通した洞窟の向こうに隠れ住んでいた村人達に聞いた話だ。
 隠れ住んでいたのは無事に逃げおおせた女子供のみ二十名ほど。うち、洞窟踏破に耐えられる者十数名ほどは既にメイ側へと脱出している。
 カオスの地に残るのは洞窟の踏破に耐えられない老婆や妊婦、そして何より、カオスニアンによって占拠され、未だ村に留まり強制労働させられている男達である。
 彼らを放っておくか、助けるか。
 正直、メイの国益になるようなことではない。
 危険度は高く、実りは少ない。
 とはいえ――
「見捨てる‥‥わけにもいかんか」
 手元には助けた女達からの嘆願書。
 そして、冒険者ギルドの仲介人ローザからの手紙が一通。冒険者達の意見をまとめた報告書だ。
「やる気になってる奴らがいるからには、死なない策を練ってやらねばならんか」
 しばらく考え込むとカーチスは羊皮紙にペンを走らせ始めた。

●偽装潜入作戦
「今回の依頼の目的は、カオスニアンに占領された村から奴隷となっている男達を救い出し、洞窟に残っている数名の女性達と共にメイまで無事に運ぶこと、ね」
 依頼書を読み終えて、ローザはそう語った。
「‥‥でも、どうやって運ぶんですか? 何名いるか判りませんけど、ぞろぞろと洞窟に連れ込んだら隠し砦がバレちゃいますよね?」
 見習い仲介人のミゥが首をかしげる。
「現在、砦の建設進行具合は20%程度ね。向こう側の偽装、防御には結構力を注いでるけど、洞窟の拡張がまだだから大規模な人員やゴーレムの輸送は出来ないわ。人員の多くは工兵だし、見つかってヴェロキ辺り一個群差し向けられたらおしまいね」
「無理じゃないですかぁ〜」
 村に囚われている男達は数十名ほどだろうとの情報がある。無事に村を強襲し、助け出したとしても、彼らを従えて山越えなど出来るわけがない。追っ手に追いつかれるか、自然を前に敗北するかの二択だろう。
「無理を通せば道理が引っ込むらしいわよ?」
 ほら。と、ローザが見せた羊皮紙に書かれた文字を読み取って、ミゥは目を白黒させた。
「‥‥どーするんですか? こんなの」
「今回の作戦に使うらしいわ」
 カーチスが要求した品々は、以下。

・バの小型フロートシップ:2隻(【魔術師の剣#3】にて鹵獲したもの)
・ウルリス級フロートシップ《ルノリス》:(廃艦予定。装甲、装備共に無しに近い)
・鹵獲バグナ:2騎
・バの兵士の衣装:必要数
・バの国の偽装命令書(「村人を他の地に移送する」命令が書かれたもの)

「えーと、つまり‥‥」
「バの国の兵になりすまして、堂々と山越えて侵入して村人奪って帰ってこい、ってわけ。ルノリスは村人の輸送用かしらね。鹵獲したものって事にするなら問題ないでしょうし」
「だ、だませる可能性はどれくらいなんです?」
「半分‥‥あるかないかかしら。カオスニアンが偽の命令書に気付いたり、命令書を無視されたりするとおしまいね」
「ば、ばれたら‥‥?」
「戦って貰うしかないと思うわ。話じゃ、村には大型恐獣が二体、他の恐獣も複数いるらしいけど‥‥」
「‥‥‥‥」
 かつて、リバス砦に現れた恐獣達を思い起こしてみれば、内訳の想像はだいたい‥‥つく。
「ば、バグナじゃなくてシルバーゴーレム乗せましょうっ!」
「無茶言わない」
「お葬式は苦手なんですぅぅ〜」
「不吉なこと言わないの!」
 こうして、依頼は発布された。

●今回の参加者

 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3641 アハメス・パミ(45歳・♀・ファイター・人間・エジプト)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8962 カロ・カイリ・コートン(34歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb9700 リアレス・アルシェル(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 ec0993 アンドレア・サイフォス(29歳・♀・ファイター・人間・メイの国)

●サポート参加者

レン・ゾールシカ(eb2937

●リプレイ本文

●偽装大作戦
「野郎ども! 準備はいいか!」
 バの国の小隊長――もとい、シャルグ・ザーン(ea0827)が声を張り上げる。偽名はシャザ・ラザ。副隊長格に陸奥 勇人(ea3329)を据え、威圧感で言うことを聞かせようと言う作戦だ。
「任せておくッス!」
「あたしはいつもとほぼ一緒っちゃあ一緒じゃき、問題ないぜよ。ちぃと胸は苦しいがにゃあ」
 シャルグの言葉に応えたのはフルーレ・フルフラット(eb1182)とカロ・カイリ・コートン(eb8962)の二人。
 ここにフィリッパ・オーギュスト(eb1004)とフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)を加えた六名が、男衆救出部隊の面々である。
 今回は男性二人に女性四人という構成のため、フルーレ、カロ、フィリッパの三名は男装した上でバの国の兵に偽装している。
 フィオレンティナは偽装のみのようだが、ヒスタ語が話せて書ける彼女は前面に出て交渉する必要がある以上、変に男装するよりは自然かもしれない。
「少し動きづらいですけれど‥‥仕方ありませんわね」
 バの国の兵が用いる鎧に身を固めて、フィリッパが呟く。男性用の鎧である以上、細かい違和感は仕方ない。
「酒樽はこれだけか。急ぎの割に用意してくれたのは助かるが‥‥少し心許ないな」
 カーチスの用意した酒樽を見ながら呟く勇人に、シャルグが口を開く。
「酒なら我が輩が持ってきておるぞ。十人前程度であるが」
「ありがたい。それだけありゃなんとかなりそうだ」
 そう言って、勇人は後方のルノリスを振り返る。
「しかし、ここでルノリスと鹵獲した船が役に立つとはな‥‥」
 『バの国の兵がルノリスを鹵獲した』という、事実と180度逆のシチュエーションの下、カオスニアンの防衛ラインを堂々と越えるのが今回の作戦である。
 故に、ルノリスは再び飛ぶために必要最低限の補修しか行っていない。
 正直に言ってしまえば、戦艦としてはもはや使い物にならないため、廃艦予定になっていたフロートシップだ。
 村人を一気に輸送しようと思えばどうしても中型以上のフロートシップが必要になるが、万が一、フロートシップ同士での戦いにでもなれば空飛ぶ的になるのは確実だ。
「それでも、困っている人達を放っておけないよ! ロンロンの名にかけて!」
 偽の命令書を高々とかかげてフィオレンティナが叫ぶ。
「頑張ってカオスニアンをだまくらかそー!」
 艦はリザベ領を横切り、カオスの地へと近づいていく――

●山越え
「そろそろ‥‥ですね」
 迫る山稜を前に、アハメス・パミ(ea3641)が呟く。
 前をゆく二隻のフロートシップが、空に引かれた見えない境界線を今、越えていく。
 少し後ろからそれらを追う三隻目には、アハメスの他、リアレス・アルシェル(eb9700)とアンドレア・サイフォス(ec0993)が同乗していた。
 こちらの任務は、女性達の救出である。カオスの地に建設中の隠し砦にかくまわれている女性達のうち、自力でメイへと渡れる者は既にメイへと渡らせた。残るは妊婦や老女など、自力での脱出が困難な者達だ。
「私達があの人達と出会ったのも何かの縁だしね。絶対に救出して、メイに連れて行ってあげないと」
「ええ」
 リアレスの言葉にアンドレアも頷く。
「私は、止むに止まれず冒険者になった訳ですが‥‥」
 山稜の向こうに広がるカオスの地に視線を向けつつ、アンドレアは続ける。
「今なら言えます。こういった人達を助けるために、私はこの道を選んだのだと」
 カオスニアンによって村を滅ぼされて冒険者となった元農民のアンドレア。彼女にとって、村人達の境遇は判りすぎるほど判るのだろう。
「がんばろー! あ、ついでに、隠し砦の進行具合も見てみたいな」
「そうですね。でも、そうスムーズには行きそうにないようですよ」
 アハメスが示した北の空。そこに浮かぶ、黒い点。
 徐々に大きくなるそれが、カオスニアンをその背に乗せたプテラノドンの形を為すのにそう時間はかからなかった。

「何者だ! こんなところで何をしている?」
 先頭のフロートシップと併走するようにプテラノドンを飛ばしながら、カオスニアンがそう叫んだ。リバス砦の側に陣を構え、近隣の国境線を警戒している部隊だろう。
「見て判らんのか? 偵察任務を終えて今帰還したバの特務艦だ」
 『男装の令嬢』という単語が服を着て歩いているような姿のフィリッパが、すかさず怒鳴り返す。演技とはいえ、いつもの「〜ですわ」「〜ますわ」口調とかけ離れた発言に、シャルグと勇人が思わず顔を見合わせた。
「真ん中のはメイのフロートシップだろう? 似たようなのを見たことがある」
「なに、手みやげといった所だ。本国と違ってフロートシップは貴重だからな。鹵獲した艦をわざわざ捨ててくることもあるまい?」
「どこへ向かうつもりだ?」
「近くに村があるよな? そこに行けって命令されてンだよね」
 偽造した命令書をひらひら見せながら言うフィオレンティナ。虎の威を借る生意気な下っ端ってところか。
「なに、邪魔はしない。今夜には発って南へ向かう」
 たたみかけるようにフィリッパが告げる。
「ふむ‥‥。では最後の質問だ。最初の符丁になぜ符丁で応えなかった?」
 鋭い視線がフィリッパを射抜く。
 シャルグと勇人、フルーレとカロが素早く視線を交わす。二人が騙しきれなければ、殺すしかない。だが――いかに歴戦の強者でも、相手が剣の届かない空中では――
「ここからでは当たらないかもしれませんね‥‥」
 何かあれば即撃てるよう、後方の艦からぴたりと弓の照準を合わせているアハメスが呟く。会話の内容は聞こえないが、緊迫した様子は伝わってくる。
 そんな中、フィリッパは落ち着き払ってカオスニアンに応じた。
「符丁? そんなものがあったとは聞いたことがないな」
「‥‥いいだろう。貴艦の航行の無事を祈る」
 そう告げると、プテラノドンを駆って艦隊から離れていく。
「騙し切れたんスかね」
「酒の一袋でも持たせてやれば良かったであるかな?」
「まあ、戦闘になってから逃げられるよりはマシな結果ぜよ」
「ともあれフィリッパはお疲れさんだ。助かったぜ」
 フルーレの言葉にシャルグが応じ、カロ、勇人と口々に言って、ほっと一息をつく。
「ありがとうございます。やはり、元の口調の方が落ち着きますわね」
「でもこれからが本番なンだよね! 下っ端Aの名にかけて!」
 ‥‥いや、かけるような名前じゃないぞ。それは。

「何とかなったようですね」
 弓を下ろしてアハメスが呟く。
「あの恐獣が見えなくなったら別行動開始かな?」
「そうですね」
 リアレスの言葉にアンドレアが続いた。
「出来れば村に誤情報を流して恐獣を減らしておきたい所ですが‥‥」
「藪をつついてわざわざ警戒させることはないよ」
「ええ。出発前にも皆さんに言われましたし、やめておきましょう。それよりフロートシップの着陸場所の選定と砦からのルートですが‥‥」
「カオスニアンの哨戒コースから出来るだけ離れた場所で、発着のしやすさも考慮に入れましょう。満月なので雲が出ない限り視界は確保できます。今のところ夜も晴れそうですが――」
「曇った時のことも考えておこっか。‥‥あ、前の艦から開始の合図来たよ」
 リアレスの声に、アハメスが宣言する。
「それでは、砦班、別行動を開始しましょう」

●見抜かれた計画
「やっほー。元気してる?」
 夕暮れ時。
 突如砦に現れた彼女は、警戒する人々の前でそう言ってひらひらと手を振った。
「‥‥なんじゃ。お前さんか。バの国の兵装なんぞしとるから敵かと思ったわ」
「あ、ひどーい!」
 奥から出てきた砦建設の総監督ゴーヌの言葉に、彼女――リアレスは頬を膨らませる。
「でも、すごいねー。ここだって判ってても迷いそうになっちゃった」
「そうじゃろそうじゃろ。とはいえ、まだ偽装は完璧じゃぁ無いがの。奥を見ていくか?」
「んーと‥‥」
「その前に女性達の所まで案内して貰えると助かるのですが」
 リアレスと共に来たアンドレアが告げる。ちなみにもう一人の人員であるアハメスは、再度フロートシップまでのルート確認を行っている。事前チェックはしすぎて損ということはない。
「どっちにしろ奥じゃな。ほれ、こっちじゃ」
 一見、ただの亀裂に見える細い割れ目へと身体を滑り込ませるゴーヌ。
「わわっ、待ってよー」
「大柄の私には少し辛いですね」
「がははっ、元々の入り口は塞いでしまったんでの。そのうち、あっと驚く出入り口を作るつもりじゃ!」
 割れ目を抜けた先は、二人には見覚えのある洞窟だった。ごぉごぉと聞こえる水音は滝の音だろうか。その轟音に紛れて、ガンガンと鑿(のみ)と槌の音が響く。
 見覚えのある石灰岩層の洞窟。しかし、その中は、見違える程の変貌をみせていた。
「うわぁ‥‥」
「どうじゃ、すごいじゃろう!」
「‥‥無駄に立派ですね。というか、砦に装飾は要らないのでは‥‥」
 純粋に感心するリアレスと対照的に、呆れたように見渡すアンドレア。‥‥どちらが正しいかは敢えて問うまい。
「木を隠すなら森の中と言ってな。ここをこうすると‥‥」
 ゴーレムの制御胞にあるものに似た水晶球に手を触れるゴーヌ。と、奥にある岩が動き出した。どうやら扉のようだ。
「うわぁー」
「知り合いのゴーレムニストに頼んでの。試作品なんでたまに動かんのが玉に瑕じゃが」
 ‥‥いや、それじゃ困るだろう。
「せっかくだから、滝の裏からゴーレム出撃とか出来ないのかな? こう、ゴゴゴーって岩の扉が開いてっ」
 リアレスの冗談に、ゴーヌは思わず足を止めて彼女をまじまじとみつめる。
「お主‥‥なぜそれを見抜いた!?」
「‥‥する気だったんですね‥‥」
 アンドレアは額に手を当てて頭を振った。

●夕暮れの救出劇
「早くしてもらえないかな? 明日には次の現場に連れてかなきゃなんないンだよね」
 カオスニアンに占拠された村。
 元は村長の家だったと思われる屋敷で、フィオレンティナはカオスニアンと対峙していた。
 斜光の射す部屋の中、突き出されたその手には偽造の命令書。
 文字が読めずとも本国からの命令書と分かるよう、紋章を見せつけるように突きつけて、背後には威圧役のシャルグと勇人を引き連れての交渉である。
 フィオレンティナの脇には、参謀役といった趣でフィリッパも控えている。
 予想されたことではあるが、交渉は難航していた。
 まず、本当にバの国の兵なのかと疑われていることもあると思われるが、なにより「例え本当でも貴重な労働力をむざむざ渡してたまるか」といった本音が見え隠れしている。
「やはり駄目だ」
 にやけた顔のカオスニアンがそう返答する。
「ほう、バの国に、そして『俺様』に逆らうって言うのか?」
 背後で威圧感を醸し出していたシャルグが声を上げる。
「誰が『頭』だ? 文句があるなら身体に叩き込んでやってもいいんだぞ」
「その頭が出かけ中でな。勝手に明け渡せば文句を言われるのはオレだ」
 嘘では無さそうであるが、それと命令拒否は恐らく別物だ。面倒ごとは避けたいという思いと、もう一つ――
「遅れるとこっちらは文句じゃ済まされないンでね」
「だからオレに文句を言われろって? そりゃないな」
 フィオレンティナの言葉にも、そのカオスニアンはしれっと言う。
 隣を見たフィオレンティナに、軽く首を振るフィリッパ。頭が帰ってくるまで待つわけにもいかない。交渉は続いた。

「こりゃあまた‥‥この人数ではどうしようもないッスねぇ‥‥」
 警備の名の下にルノリスに残ったフルーレは、甲板上から眺める景色に呆れた様子で呟く。
 地上から数メートル、警備として外に出てるバグナの頭より更に高い位置にあるルノリスの甲板だが、それよりも遙か高みに『それ』はあった。
「グオオォォォォォ‥‥」
「ティラノサウルスが一体紛れてる位は最悪の事態で予想してたんじゃき‥‥『二体』ってなんの冗談ぜよ?」
 バグナの制御胞で呟くのはカロだ。
 出来るだけティラノから遠くなる位置に着陸しているが、あの巨体では家や柵などものともしないだろう。突撃してこられたら1分かからずにたどり着かれる。しかもヴェロキラプトルはうじゃうじゃと、デイノニクスも見える。プテラノドン用か、翼竜の止まり木になるように思える櫓もあるが、そこに肝心の翼竜の姿がないのだけは救いだろうか。
「空に逃げればなんとかなりそうッスかね」
「これはやっぱり‥‥『あれ』かにゃあ‥‥」
 慣れないバグナで戦うよりは、あの作戦に賭けた方が勝率は高い。
「もったいないが‥‥どうせ鹵獲したものじゃき」
 呟くカロに、勇人の声がかかった。

●交渉の行方
「だから代わりの人員は後で運ばれてくる。何なら人数も色を付けよう」
「じゃあ先に運んで来い」
「同じ事を向こうからも言われてるンだよね」
 窓から差し込んでいた陽精霊の光は消え、代わりに反対側の窓から月の光が差し込んで来ている。予想より時間を取りすぎている為、各々、焦りが見え始めていた。
「‥‥つまり先払いでの対価があればいいんだな?」
「当然だろう? オレ達を動かしたいなら相応の旨味がなけりゃな。バの国の兵なのにそんなことも解らないのか?」
「勿論、そのくらいの用意はしてある」
 フィリッパが背後の勇人を振り向いて目配せすると、勇人が頷いて屋敷から出て行く。
 しばらくして、ズン、ズンとバグナの重い足音が聞こえ、屋敷の前に止まった。玄関先に酒樽が積まれていく。
「このボロ船に載せてあったが、飲む暇も無くてな。村人を乗せたら邪魔になるからここに置いていく。後は好きにしていい」
「‥‥村人を乗せられないなら置いていく必要は無いがな」
 酒樽をぽんと叩いて言う勇人に、シャルグがぼそりと付け加える。
 つまり『先に村人を供出した村が酒を貰える』ということだ。後出しは酒の分、損をするだけ。
 カオスニアンが初めて、悩むような表情に変わった。
 だが――
「確かにこれだけありゃ言い訳は立つが、オレ自身の旨味がないな」
 樽じゃちょろまかすわけにもいかねぇし、となおも渋るカオスニアンに、シャルグが酒袋を投げてよこす。
「こいつでどうだ。樽の中身よりゃ高級だ」
 中身は発泡酒である。
「へへっ、どうも。でも一つきりじゃあすぐ無くなるな」
「‥‥‥‥」
 シャルグは無言で残りの発泡酒を投げつけた。
 交渉成立、である。

「俺たちをどこに連れてくんだ? これ以上何をさせるっていうんだ‥‥」
「おれは‥‥おれたちはこの村から離れるわけには行かないんだ! もし何かの拍子におっかあが帰ってきたら――」
 過酷な労働に身も心も疲れ果てながら、それでも住み慣れた村を離れるとなると、男達は必死に抵抗する。
「さっさと歩くンだよー」
 安心させてやりたいが、カオスニアンがそこかしこにいる状態で疑われずに伝えるのは難しい。
 カオスニアンに鞭打たれ、急かされる村人に、内心で歯ぎしりしながら誘導を続ける。突然の酒盛りに参加できない鬱憤を村人達に向けているようだ。多くのカオスニアンは、樽酒を囲んでの馬鹿騒ぎに興じている。
「これで全部か?」
「後は牢に何人か入っている」
「そいつらもだ」
「もう働き手としては使えんが‥‥?」
 訝しげな顔のカオスニアンに、フィリッパは済ました顔で言った。これも想定済みの会話だ。
「生きていればいい」
「‥‥何に使うつもりだ?」
「その情報の為に対価を払う気があるか? さっきの酒程度じゃ足りんぞ」
 その言葉に、そいつは下卑た笑みを浮かべて首を振った。

「大丈夫ッスよ。安心してください」
 ルノリスの船倉、通常はモナルコスや兵馬が待機する場所へと詰め込まれた村人達にフルーレは声をかけていく。
 カオスニアンも艦の中までは入ってこない。船員と共に村人を奥へ導きながら、なおも抵抗する一人に囁く。
 その言葉に男はぴたっと動きを止めた。
 信じられない、といった様子でフルーレを見る。
「う、嘘だ‥‥」
「本当ッス。私達はバの兵に偽装したメイの冒険者ッス。村の女の人たちに頼まれてあなた達を助けに来たッス」
 フルーレの言葉が、ざわざわと細波のように広がっていく。
「信じて‥‥いいのか?」
「こんな嘘ついてもバにもカオスニアンにもたいした得はないッスよ」
「だが‥‥メイがわざわざ助けに来る得も無いんじゃないか?」
「甘いッス!」
 疑いのまなざしに、フルーレは力強く叫んだ。
「助けを求め、じっと耐えながらそれを待つ人々の事を知りながら、救う為の手を伸ばさず通り過ぎる道など――自分の生きる騎士道には、ありません…ッ!!」
 おお‥‥と、気迫に納得される村人達。
「そんな大声を上げたら気付かれるであろう?」
 幾分呆れた声で告げたのは、馬を取りに来たシャルグだ。
「っす、すまないッス」
「今のところ順調だ。気付かれないうちに脱出するぞ」
「はいッス!」
 順調であった。‥‥ここまでは。

●隠し砦の女達
「大丈夫ですよ、信じて下さい。必ず助けますから」
「お願いします。私はいいから夫を――夫をお願いします」
「明日にはきっと逢えますよ。だから落ち着きましょう? 興奮するとお腹の赤ちゃんに毒ですよ」
 洞窟に残っていた女子供は、計4人であった。
 妊婦が1人、老婆が1人、幼児が1人。そして、付き添いの中年女性が1人である。
「ぎりぎり、かな。アンドレアさん、『空飛ぶ絨毯』に乗れない場合は『韋駄天の草履』を貸すから、それで付いてきてね」
「わかりました」
「嬢ちゃん方、お連れさんが来たぞ」
 ひょいと顔を出した工員に連れられてアハメスが現れる。
「お邪魔します。様子はどうですか?」
「大丈夫。そろそろ時間かな?」
 洞窟内では外の光が見えない。二人には、来てからだいぶ時間が経っていることが判る程度だ。
「ええ。そろそろ出ましょう」

 女子供を空飛ぶ絨毯に乗せ、アハメスとアンドレアが徒で付き従う。
 慣れぬ魔法の品とカオスニアンに見つかる恐怖に震えている彼女らをなだめるように声をかけながら、出来る限りのスピードで一行はフロートシップへと向かっていた。
「そういえば‥‥村では何を育てていましたか? いえ、最近土から遠ざかっている物で懐かしくて」
「あなた‥‥村育ちなの?」
「ええ。農民上がりなんですよ。こちら側ではどんな作物が採れるんですか?」
「ええと――」
 アンドレアの言葉が、彼女たちの緊張をほぐしていく。
 アハメスが事前に残しておいた目印を辿りつつ、速やかに進んでいく――
 が、緊張をほぐそうとして続けた会話が、仇となった。
「‥‥誰だ、貴様等は? ここで何をしている?」
 月を背に、ヴェロキラプトルに乗ったカオスニアンが一騎。
「行けっ!」
 絨毯に乗るリアレスと女子供を先に逃がし、アハメスとアンドレアが騎兵の行く手を塞ぐように立ちはだかる。
「見たところバの兵に見えるが‥‥何をやっている? あくまでここは我らの地、バの兵と言えど勝手な振る舞いは許せんな」
 周囲を見渡すが、仲間がいる様子はない。なら――
「残念ですが‥‥死んで頂きます」
 すらりと日本刀を抜いて言うアハメスに、アンドレアもトライデントを構えた。

●発覚
「急げ! すぐに浮上させろ!」
 村は、先ほどまでとは打って変わって緊迫した状況にあった。
「し、しかし牢にいる村人達が――」
「俺たちのフロートシップに乗せる! ルノリスはボロボロなんだ。ティラノの一撃を受けたらそれだけで沈むぞ!」
「は、はいっ!」
 勇人の檄にルノリスの船員が慌てて浮上措置に入る。
「鳳華(おうか)、翔輝(しょうき)いるか!」
 外に出た勇人が叫ぶと、上空で待機していたグリフォンとホワイトイーグルが、主人の声に応ずるように鳴く。
「そのまましばらくルノリスを頼む!」
 高く鳴く二匹を背に、勇人は戦場へと駆け出した。

 しばらく前――
 全てが順調に終わろうとしていたその時、複数の羽ばたきの音と共に、煌々と明かりの焚かれた櫓に『彼』は降り立った。
「なんだ? この馬鹿騒ぎは」
 二騎のプテラノドン騎兵を引き連れ、自らもプテラノドンに騎乗してリバス砦の方角から現れたその男は、よく通る声でそう問いかけた。馬鹿騒ぎに興じていたカオスニアン達が一気に静まりかえる。
「出てこい、イルア」
「は‥‥はっ!」
 先ほどの交渉相手であったカオスニアンが、引きつった顔で前に進み出る。
 おそらくは彼がこのカオスニアン達のトップなのだろう。一見しただけで、その『格』の違いは明らかだった。
 ここに来て交渉のやり直しを迫られた冒険者は、しかしすぐに絶望を味わうこととなる。
 もとより、フロートシップの船籍から、しばらく連絡を絶っていた艦であることを見抜かれていた。命令書の偽造も一目で見破られた。
 直後――
 ガキィィンッ!
 命令書を掲げたフィオレンティナを目掛けた突然の一撃。
「先に行くのである!」
 フィオレンティナを突き飛ばし、重斧でその剣を受けたシャルグが叫ぶ。
「おや‥‥逃したか」
 細身の剣の癖に、重く、鋭く、そして容赦がない。シャルグが突き飛ばさなければ、フィオレンティナは今ごろ深々と身体を貫かれていたに違いない。
「ここは任せるである!」
 シャルグの左腕にオーラの盾が創り出される。
「ふっ、すかさず剣を取るとは、よほど後ろ暗いことでもあるのか? バの脱走兵か、それとも――」
「答えが欲しければ実力で聞き出してみるのだな。このシャザ・ラザから!」
「偽名か? 本名だとしたら間抜けだな」
 ――そして、戦いが始まった。

●砦メンバー
「はッ!」
 アハメスが振るう刀が空を斬る。
 飛来した矢が二つに割れて地面に突き刺さった。
「くっ、足りない‥‥ですかっ!」
 その隙に距離を詰めたアンドレアがトライデントの一撃を見舞うが、ギリギリのところで避わされる。
 そもそも、距離が足りないのだ。無理をして詰めた分、武器を振るう腕が鈍る。セブンリーグブーツも韋駄天の草履も、瞬間的な移動速度を上げてくれるアイテムではない。一方的に距離を取られたまま、弓矢で鋳掛けられるのみ。幸い、今のところ怪我はないが、どちらが有利かは明らかだ。
「近寄れれば‥‥」
 接敵すれば、ヴェロキ騎兵程度に後れを取るアハメスではない。もしくは、グリフォンのアハホルに積んである弓矢を取れれば。だが、目を離している暇などない。
「くくっ、そんなに守りたいモノなら、壊してやろうか?」
 突如、カオスニアンがヴェロキラプトルの向きを変える。
 向かう先は絨毯の向かった方向。この高速移動可能な騎乗動物相手に、一度離されたら追いつくことは出来ない――
「ま、待ちなさい!」
 思わずアンドレアが叫ぶ中、
「ネト(星)! スリープです!」
 アハメスが叫ぶ。ヴェロキラプトルの前方、月のエレメンタラーフェアリーがあたふたと淡い銀色の光に包まれるのと、彼らがネト(星)を追い越して駆け抜けるのが、ほぼ同時だった。
「間に合わない――!」
 効果範囲15メートル。それをあっさりと通り抜けられたと思った直後――いきなり、騎馬が勢いよく転倒した。
「かかった!」
 転倒の衝撃でヴェロキラプトルはすぐに起きる。
 だが、カオスニアンが再度騎乗する時間は与えられなかった。

●撤退戦
『いっくぞー! 今必殺のォ! ツープラトンッ!! とかなんとか!』
 フィオレンティナのかけ声と共に、フィオレンティナとカロ、二人の操るバグナがティラノの脚にがっしりとしがみつく。このままバグナをしがみつかせたまま脱出すれば、2トンほどの重しをぶら下げて自由に動けないティラノのできあがり、である。使い捨ては忍びないが、元々戦利品、この場を生き残る為には仕方ない――が。
『これで一匹がやっとぜよ。こんままじゃあもう一匹が‥‥』
 腕をしっかりと組みつつ、脱出に躊躇うカロの乗るバグナの足下に、フィリッパがふらりと近寄る。
『なッ! あ、あんたなにやっとんじゃき!?』
『あぶなーいっ! 踏みつぶされちゃうよっ!』
「あらごめんなさい。でも、これくらい近づかないと掛けられないのですわ‥‥コアギュレイト!!」
 途端、今にもバグナの頭をかみ砕こうとしていたティラノの動きが、見えない何かに呪縛されたかのようにピタリと止まる。
「ふぅ‥‥こんなものかしら。六分しか保たないので注意ですわ」
『あ? あ〜‥‥た、助かった‥‥ぜよ。けど、こんな無茶は二度と――』
「さて、もう一匹も――」
『却下ぜよ!』
『‥‥だよっ! ロンロンの名にかけて!』
 踏みつぶされるフィリッパの図――というものを、二人は脳内に100%確実な未来として予知することが出来た、という。

「急げ! 牢屋の村人はそれで最後か?」
「はいッス! 揺れるけどちょっと我慢してくださいッスね。死なないでくださいよー」
 恐らく、カオスニアンの気晴らしに嬲られたりしたのだろう。人とは思えないほどボロボロにされた身体を軍馬の背に乗せて、唯一残ったフロートシップへと急ぐフルーレ。その背後を守るように勇人が日本刀「桜華」をぶん回す。
 フロートシップまでたどり着くのにそう時間はかからなかった。ヴェロキラプトル、デイノニクス程度なら、勇人の敵ではない。
 敵ではない――移動しながらの二対一程度まであれば。
「くっ!」
 複数の方向から突き出された槍をぎりぎりで避け、二人と一匹をひとまとめに斬り倒す。
 艦を背に、足を止めての戦いとなると、一度に相手をする数は一気に増える。六人足らずで相手取るには圧倒的に戦力が足りなかった。
「もうだめー、逃げてーっ!」
「さ、流石に二度は通じなかったぜよ‥‥!」
 勢いよく逃げ出してくるフィオレンティナとカロの後ろから、バグナ一体を引きずりながら追いかけてくるティラノサウルス。もう一体は遠方で原型を止めず潰れている。
「二人だけか。フィリッパとシャルグの親分はどうした?」
「わたくしならここですわ」
 こんな状況の中、行きも乱さず優雅に佇むフィリッパ・オーギュスト。
「あとはシャルグの親分か。よし、みんな乗り込め! 殿は任せて先に行け!」
「な‥‥駄目ッスよ!」
「へっ、いつものことさ」
 背中で笑って刀を構える。
「いっちょ来い! カオスニアン共!」

●頭の対決
「ぬぅんっ!」
 ギィィィンッ!
 鈍い音を立てて重斧が横から弾かれる。続けてきた掬い上げるような攻撃を盾で受ける。
「やるな」
「お前こそ、脱走兵にしてはいい腕を持っている。本当は何者だ?」
「おしゃべりは好かんッ!」
 口数少ないながら、シャルグは焦っていた。時間が経てば経つほど、カオスニアン側に有利になっていく。
 頭同士の一騎打ちに、周りのカオスニアンは手を出さない。だが、これ以上時間を掛ければ逃げられなくなる。いや、もう既に――
「親分ッ!」
 馴染みのある声と共に、突如、シャルグを包囲する輪の一部が乱れた。
「来なくとも――良いものをっ!」
 ギィィィンッッ!!
 勢いよくぶつかった武器同士の反動と共に、シャルグは大きく距離を取る。
「済まぬが、引き分けとさせて貰おう――サイラ!」
 シャルグのかけ声と共に駆け込んできた、一匹の戦闘馬に飛び乗ると、シャルグは声の方へと馬を突っ込ませた。
「‥‥逃げる手段はあるのだろうな?」
 併走する男――勇人に尋ねるシャルグの横に、勇人のグリフォンが舞い降りる。
「生憎と一人用でな。そっちは逃げ切れるか?」
「親分に訊く言葉ではないな」
「へへっ、じゃあ行くぜ! 親分!」
 カオスニアン数人が守る門を蹴散らすように突っ切ると二人は村の外へと飛び出していった。

●凱旋
「あ‥‥あなたっ! あなたぁ!」
「お、おまえ! 生きてたのか! かあちゃんも!」
「『も』は余計じゃい。馬鹿息子が!」
 その後――
 プテラノドン騎兵の追撃があったものの、無事に女子供を収容したアハメス、リアレス、アンドレア隊と合流。アハメスのバリスタにより撃退。
 ヴェロキの追撃を振り切ったシャルグと勇人を無事収容し、一度南下して移動先を偽装しつつ、月が雲間に隠れた隙に国境越えをし、メイへと無事、帰還することができた。
 牢に囚われていた村人はすぐさま教会に担ぎ込まれ、命の危険はとりとめた。
 だが精神的な傷は消えない。失われた命も戻らない。また、予想されていたことだが、大なり小なり、男達は麻薬に汚染されていた。
「これからが彼らの本当の戦いかもしれんな‥‥」
 報告を受けたカーチスはそう、呟いたという。