放火恐獣

■ショートシナリオ


担当:若瀬諒

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月16日〜07月22日

リプレイ公開日:2007年08月04日

●オープニング

 カン! カン! カン! カン!
 まだ夜も明けぬ暗がりの中。寝息を立てる静かな村に、乾いた鉄の音が鳴り響いた。
 音の根源は見張り台に付けられた鉄製の鐘。
 ただの酒飲み会と化している村民会中、「見張り台があっても知らせる物が無ければ意味が無いのでは」という青年の発言で、ごく最近‥‥というか十日ほど前に取り付けられたものだ。
 ――が、よもやこんなにも早く出番がやってこようとは、発案した当人も驚いていることだろう。
 ‥‥いや、そんなことで驚いている暇はない。
「恐獣が出たぞー!」
 鐘の音に混じって聞こえてきたのは、見張りの手伝いをしていた少年の声。
 緊急事態を知らせるため、見張り台から飛び降りて村中を駆け回っていく。
 鐘の音での目覚めと、少年の声での理解。今まではせいぜい村人同士の喧嘩騒ぎ程度しかない平和な村だったにも関わらず、事件が起きた時の連絡は意外なほどに上手く出来ていた。

「ち、ちょっとあんた! 恐獣って本当なのかい!?」
 この辺りは流石に不慣れなせいか。慌てふためき家から飛び出していたおばちゃんが少年の足を止めさせた。
「間違いないよ、山の方から真っ直ぐこの村の方向に走ってきてる。あんまり時間がないから、手ぶらででも隣村の方へ逃げて!」
「あ、ああ、わかった、あんたも早くお逃げよ!」
 将来は自警団としてこの村を守る、と夢を語ったこともある少年。まだ幼いながらも窮地で決意の片鱗を見せるか、答えと指示を短くまとめると、おばちゃんが頷くの同時にまた駆け出した。

 恐獣が村に侵入するのと、村人が村から逃げ出したのは、ほぼ同時だった。
「‥‥‥‥」
 村から大きく離れ、ひとまずの安全を確認した人々が振り返る先。遠くに見える小さな村の外観は、恐獣が襲ってきたとは思えないほど不気味な静けさに包まれている。
「何も‥‥ない、か‥‥?」
 不安そうな表情は変えぬまま、誰かの声がぽつりと漏れる。
 恐獣が何のためにやって来たのかはわからないが、迅速な避難もあって村は無人。人を獲物に選び襲ってきたとしたなら、村に留まる理由は無いはずだ。
「もう、いないんじゃないか‥‥?」
「逃げる間に通り抜けたとか‥‥」
 何の変哲も無い、普段と変わらぬ村を見守りながら、希望や願望の混じった声が多くなる。
 このまま何も起きず、また平和な日々が続けば良い。そう願いながら、人々は少しずつ村の方へと足を戻し――刹那。
「なっ‥‥あ、あれは‥‥」
 ぴたりと足を止め、全員が目を疑った。
 暗闇の中、僅かな光だけが支配する夜。そこに生まれた、赤い光。
「む、村が‥‥」
「そんな‥‥」
 その意味を理解した人々は、我が目を疑いながらがくりと膝を折る。
 所々から点った光は、やがて村全体を包み込み――ただ、静寂のまま、無慈悲に夜の闇を焦がし続けた。

「恐獣が村を放火‥‥ですか?」
 状況が理解出来ないといった様子で、ミゥはきょとんと小首を傾げる。
 ‥‥正面からローザの資料を覗き込んでいたため、最初からかなり傾げてはいたが。
「みたいね。どうやって、とか、何のために、とか疑問は尽きないけれど」
 ローザ(とミゥ)が読んでいるのは、最近起きている恐獣による村放火事件の資料。今までに三件、村が恐獣に襲われ、その後火を放たれるという事件が発生し、「次は自分達の村じゃないか」と考えた村の人々が依頼を出したのだ。
「でも、どうして次は自分達の村だってわかるんですか?」
 どうにか資料を読み進めながら、ミゥがまた首を傾げた。わざわざ一度首を戻してから少し傾げる、という面倒なやり方をしている理由は、別に聞かなくてもいいだろう。
 疑問に、ローザは手近な地図を取り出すと、ミゥが見やすいようにくるりと反転してから広げて見せた。細かい心配りだ。
「わかってみれば至極簡単なことなんだけど‥‥最初に事件の起きた村がここで――」
 とん、と地図上、サミアド砂漠との境にある山を指差した。
 ローザはそのまま、つぅーっとメイディア側へ指をなぞり、
「二件目、三件目と、こう‥‥山に沿って東へ移動しているのよ」
「なるほどぅ」
 こくこくと頷くミゥ。動きとしては非常にわかりやすい。
「なのに、その間を昼間に探しても、恐獣の一匹もみつからないのよ」
 言って軽く首を振ってみせる。
「それにしても、不思議な事件ですよねぇ‥‥。恐獣が放火なんて‥‥」
「人を襲おうとしたけど誰もいなくて腹いせに、って理由なら多少説明はつくけど‥‥そもそも恐獣がそんな人間味に溢れていること自体、不自然ね」
 他にもこの事件には諸説あり、「カオスニアンが乗っていた」とか「火を吐く新種の恐獣だ」とか、突拍子もないところでは「恐獣っぽい人間だ」などなど。とにかく謎の多い事件だ。
「ともあれ。真相を掴むのは、依頼を受けた冒険者の人達にお任せしましょう。推測にしたって限界があるわ」
 ふぅ、とため息をついて、背もたれに体を預けるローザ。
 ぼんやりと天井を眺めながら、しかし頭の中ではまだ様々な思考が飛び交っていた。

●今回の参加者

 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5243 バルディッシュ・ドゴール(37歳・♂・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 eb1633 フランカ・ライプニッツ(28歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 eb6729 トシナミ・ヨル(63歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ec2412 マリア・タクーヌス(30歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・メイの国)

●リプレイ本文

●増えた食料
「‥‥‥‥」
 メイディアの街の中、一行が件の村へと出発する少し前。
 バルディッシュ・ドゴール(ea5243)はバックパックを覗き込みながら、ピタリとその動きを止めた。
「どうかしましたか?」
 それに気付き、きょとんとしながらフランカ・ライプニッツ(eb1633)が歩み寄ってくる。‥‥実際に歩いているわけではないが、そこは言葉の綾だ。
 フランカがやって来たことに気付くと、バルディッシュはバックパックから目を移して軽く肩をすくめた。
「保存食が足りなかったので、買いに行こうかと思ったのだが‥‥」
 途中まで言って、考え込むように腕を組む。どうにも歯切れが悪い。
 フランカはまだよくわからないといった顔をしながらも、ともかくそこまでとして話を繋げた。
「それならばお供しますよ。私も行こうとしていたところですし」
「私もだ」
 と、フランカの言葉に乗ったのはマリア・タクーヌス(ec2412)。同じくバルディッシュの様子が気になってやって来たようで、いつの間にやらフランカの横に立っていた。
 普通なら、ここで共に買い物へとなるが‥‥しかし、バルディッシュは二人にそれぞれ一度ずつ視線を送ると、ゆっくりと小さく首を振り、
「いや‥‥恐らくその必要はない」
「?」
「どういうことだ?」
 絶食でもするつもりだろうか?
 益々もってわけがわからなくなり、フランカ、マリア共に首を傾げる。今までの言葉の中から答えを見つけ出すのは流石に難しい。
 どうしようもなく続く言葉を待つ二人。と、少しの間を置いてからバルディッシュがゆっくりと口を開いた。
「妙な違和感を感じてな‥‥調べてみたのだが‥‥」
 言いながらバックパックを広げてみせるバルディッシュ。
 それに促され「何かおぞましい物が入っていたのでは」と不吉な考えを巡らせながらも、二人は恐る恐る中を覗き込み――
「‥‥‥‥」
「‥‥保存食、ですよね?」
 まず口を開いたのはフランカだった。
 どんなに恐ろしい物が、と不安を募らせていたが、そこに入っていたのはどう見てもただの保存食。保存食型のモンスターとかいうこともない。
「ああ、丁度日数分ぴったりある」
 加えて、バルディッシュもあっさりと頷いた。
「それは‥‥ただ入れたのを忘れていただけなのでは?」
 軽くあたまをかきながら言うマリア。無いと思っていたものがあったなら、最初に疑う可能性はそれだ。些細な勘違いや物忘れは誰にでもある。
 しかしバルディッシュはまた首を振り、その可能性を切り捨てた。それと同時に、すっと二人に何かを差し出す。
「一緒に、これも入っていてな‥‥」
 手にしていたのは、小さな羊皮紙の切れ端らしき物。随分と使い古され、千切れた物だと思われるが‥‥手の平ほどもないその切れ端には、よくよく見れば何やら文字が綴られていた。
「ふむ」
「えぇと‥‥」
 切れ端の大きさに比例した小さな文字なので読み辛いが、それでも顔を近づけて何とか文章を確認すると――
 『バルディッシュ2、フランカ6、マリア1。それぞれ足りない分の保存食を入れておいてあげたわよ。お代は1日分6Cだけど、もう貰っておいたから心配いらないわ。ローザより』
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 二人同時に読み終えると、無言で自分の荷物を調べ始める。
 保存食確認‥‥ある。
 所持金確認‥‥減ってる。
 ‥‥‥‥。
「‥‥以後、気を付けよう…」
「そうですね‥‥」
「ああ‥‥」
 しばし無言の間を置いて。ぽつりと言ったバルディッシュの言葉に、二人もこくりと頷いた。

●守りの備え
 と、まぁ。
 出発前に小さな事件があったものの、その後は平和に出発する事が出来。一行は無事、件の村に到着した。
「んーっ‥‥自然が多いと空気も美味しいですね〜」
 ぐぅーっと背伸びをしながら、大きく深呼吸をするソフィア・ファーリーフ(ea3972)。
 眼前に森を据えたこの村は周囲にも草木が生い茂り、自然と上手く調和されているようだ。メイディアがそれほど自然からかけ離れているというわけではないが、やはり『濃さ』というものはだいぶ違ってくる。
「こんな素敵な処に、火を放たせるわけにはいきませんね」
 ぐっと拳を握り締め、まだ見ぬ敵を強く睨み付けるフランカ。その横で、フランカと同じく宙を飛びながらトシナミ・ヨル(eb6729)も頷いた。
「うむ‥‥そうさせぬためにも、出来ることをせねばのう」
 敵の正体はわからないが、それでも十分に対策のし様はある。まして今回の依頼、敵を倒すだけではない。
「では、手分けして行おう。いつ襲撃があるかわからん」
 幸いにも今は平穏を保っているが、それはあくまで現状の話。襲撃の日がわからない以上、のんびりしているわけにもいかない。
 一行はお互いに頷き合うと、それぞれ村の内外へと分かれて行った。

「よい、しょっと」
 ゴトリ、と重い音立て、家の前に何個目かの水桶が並べられる。
 汲まれた水は消火のために使うもの。放火を防ぐことが目標ではあるが、万が一に備えることも必要だ。
「ふぅ‥‥そちらはどうですか?」
 出来る限りの水桶を並べ終え、ソフィアが振り向いたのは隣の家の方向。そこでは、子供達数人が集まって砂遊びに興じていた。
「バッチリ、完璧だよ!」
 そのうちの一人が、ソフィアの声に答えてにかりと笑う。他の子供達もなかなか満足そうだ。
「これくらいあれば大丈夫ですね」
 頷きながら歩み寄ったソフィアの前にあるのは‥‥子供達の作った砂の山。かなり気合を入れて作ったようで、家の前にはほとんど砂が残っていない。おかげで高さは膝丈ほどになり、ちょっとした置物のようでもある。
「よし、次の家行こうぜ!」
「おー!」
 ソフィアに完成が認められると、子供達はまた隣の家の前に行き、同じように砂をかき集め始めた。
 こういう遊び交じりの仕事には躍起になる年頃だ。「出来るだけ多くの家の前に砂の山を作って欲しい」と頼んである。
 途中で造形を始めないかだけが心配だが、それでも貴重な人手として役に立っていることは間違いない。
「私も頑張らないと!」
 早くも足首辺りまで砂を積み上げた子供達に感化され、ソフィアもまた、防火用水準備の手伝いへと向かった。

「まずは避難経路だが、現在考えられる襲撃方向が――」
 集まった多くの村人達の前に立ち、身振り手振りを交えながら説明をするバルディッシュ。
 放火対策が村を守るのに対し、こちらは村人を守るものだ。
「いずれの場合にしろ先導役は付けるため、落ち着いてその指示に従い、速やかに避難してもらいたい」
 先に村人を避難させてしまう、という案もあったのだが‥‥バルディッシュの調べたところによると、放火を受けた村には旅人等の外部から来た者はおらず、この村にも旅人が立ち寄っていることはない。そうなると、敵が盗賊団だった場合、襲撃予定の村の監視は外から行っていることになる。
 もちろん全ては憶測に過ぎないが、もしもどこかから監視されていた場合、村から避難したことを隠すのは非常に難しい。そのため、襲撃があってから避難をするということになったのだ。多少危険を伴ってしまうが、この場合はやむを得ないだろう。
「避難時の荷物は可能な限り少なく、最低限にして纏めておく。特に金品を強奪されるという可能性も――」
 人々を守るということは、前へ出て盾になるだけではない。自衛のための安全な指示を出すのも『守る』ということだ。

「‥‥む?」
 一通り防火の準備が終わった頃。ふと、マリアの体に影が落ちた。
 唐突に訪れた暗闇は一瞬。すぐにマリアを通り抜けると、黒い点は道を滑るように駆け去っていく。
「あれは‥‥」
 点の頭上を見上げれば、そこには空を駆ける鳥がいた。輪郭だけ見れば爬虫類のようでもあるそれは、しかし大きく翼を広げて、自分が鳥であることを強く主張している。
「‥‥アルケオプテリクス」
 呟き、改めて鳥の名を確認すると、マリアはすぐに駆け出した。
 ――鳥が頭上を駆け抜けて影に包まれる、なんてことはよくある話だ。例え一種の恐獣であるアルケオプテリクスであろうと、ここは生息地である森の側。普段なら、村の上空にまで飛んできたとしても何の疑問も抱かないだろう。
 ‥‥が、今回の場合は少し違った。以前に襲われた村で、襲撃前にアルケオプテリクスが目撃されているのだ。ただの偶然と片付ける事も出来るが、やはり何かがひっかかる。
 妙な違和感が拭い去れないまま、それを確認するためにも。マリアはアルケオプテリクスを追いながら仲間を探した。

「マリアさん!」
「そんなに急いで、どうかされたかの?」
 駆けるマリアに気付き、家の角から現れたのはフランカとトシナミ。マリアの横に並び、等速で家々の間を駆け抜けていく。
 マリアも二人が応援に来たのを確認すると、駆ける足はそのままで頭上を指差した。
「アルケオプテリクスが出た。関係があるのかはわからんが、念のためだ」
「いてもおかしくはないですが‥‥確かに、調べてみても損はありませんね」
「何か関係している、という可能性も捨て切れぬしのう」
 鳥と同じく空を飛べるシフール二人。この機会を見逃す手はない。お互いにこくりと頷き合うと、アルケオプテリクスに向かって急激に速度を上げた。
「マリアさんは、念のために他の皆さんに連絡をしておいてください!」
「わかった、そちらは頼む!」
 二人がアルケオプテリクスを追いかけてくれれば、マリアはこのまま走り続けても意味が無い。
 フランカの声に答えるとくるりと踵を返し、ソフィアとバルディッシュへの伝達に向かった。

 マリアとの追跡から急激に速度と高度を上げて、アルケオプテリクスの真後ろにつける二人のシフール。
 速度は二人の方が少し上。それなりの距離があるものの、じわりじわりと近づいている感覚がある。
「む‥‥フランカ殿」
 全力で風を切りながら、ふと、トシナミが何かに気付いた。
「あのアルケオプテリクス、大きくないかのう‥‥?」
「そう言われれば、多少大きいような‥‥」
 下から見上げていた時にはわからなかったが、こうして同じ高さになってみると見て取れる。
 アルケオプテリクスとの距離から考えると、体長はおよそ1m強だろうか。個体差ということで片付けられないこともないが‥‥。
「‥‥ふぅむ、怪しいのう」
「魔法の射程内に収めたら、一気に捕獲しましょう」
 言い合う間にも、アルケオプテリクスとの差は少しずつ狭まっていく。このままのペースで行けば、まもなく射程内には入るのだが――
「ゲァァッ!」
 アルケオプテリクスは大きく声を発すると、不意にぐるりと進行方向を捻じ曲げた。
 二人の追跡に気付いたか、それとも何か別の目的か。ともかくここまで来て逃がすわけにはいかない。
「この‥‥っ」
 ほぼ直角の曲がり、このまま曲がるには無理がある。二人はアルケオプテリクスの方向転換を確認すると急激に速度を落とし、その間に体を進行方向へと向き直させていく。
「まだまだ‥‥これしきで撒かれはせんわい」
 見据える先はアルケオプテリクス。まだ惰性の進行が残る中、半ば強引に力をかけて前へと進み出た。
 後方に小さな突風を巻き起こしながら、二人は再びアルケオプテリクスを追いかける。距離は‥‥さほど離されてはいない。先ほどと同じ程度だ。
「これなら‥‥!」
 ――追いつける、と思った瞬間。
「ゲァゥッ!」
 また一つ啼くと、今度は一気に高度を落とし始めた。そのまま眼下の鬱蒼とした森の中へと突っ込んでいく。
 元々長時間の飛行が出来る種ではないが、力尽きたというよりは追跡をかわすためにわざと飛び込んだような感じだ。
「待て!」
 一瞬、躊躇しつつもアルケオプテリクスを追って森に飛び込む二人。
 しかし――
「いない‥‥?」
 視界から外れたのはたかだか十秒足らずのはずだった。だが、アルケオプテリクスの姿はどこにもない。
「逃してしまったかの‥‥」
「あと一歩だったのですが‥‥」
 襲撃と関係がある可能性は濃くなったが、一度見失ったものを探し出すには、この森は鬱蒼としすぎている。探している間に村を襲撃されては元も子もない。
「やむを得ぬ‥‥ともかく戻ろうぞ」
「そうですね」
 空はもう、暗闇に姿を変えようとしている。
 二人はくるりと踵を返し、村へと戻っていった。

●襲来の時
「――来たぞ!」
 夜。灯りが消え、村の人々が寝静まる頃。村に設置されていた見張り櫓から、バルディッシュが敵の姿を確認した。
 見えたのは情報通りヴェロキラプトルと思われる個体、数は4。脇目も振らず一直線に村へと向かってきている。
「迎撃に出る。避難誘導は任せるぞ」
「は、はい!」
 共に見張りをしていた青年に指示を出すと、バルディッシュは見張り櫓から駆け下りた。
 恐獣が向かっているのは、丁度ソフィアやマリアが警戒している位置に近い。二人も既に恐獣の接近に気付いているだろう。
 トシナミとフランカは空からの見張りだ。連絡せずとも気付くか、もしくはもう気付いているかもしれない。
 鳴り響く警鐘を背に、バルディッシュは恐獣の迎撃へ向かった。

 ドドドドドド‥‥!
 轟音が、地鳴りのように鳴り響く。わざわざ確かめずとも、音の正体、発信源が恐獣であることは明らかだ。
「ふぅー‥‥」
 村の外縁部、暗闇と影の二重奏で黒一色に塗り潰された低い木の下。ソフィアはそこに身を隠したまま、小さく長めの息をついた。
 恐獣が村に到着するまで、もうどれほども無いだろう。対して、確実に迎撃に出れるのは自分とマリアの二人。他の仲間の到着を待つ間が無かったため、他の者の所在はわからない。もう到着しているのか、それともまだこちらに向かっている最中か。
 気付いていない事は無いはずだ。後は恐獣よりも早く到着してくれることを祈るしかない。

「‥‥よし!」
 黒の中で、マリアは意気込みを新たにカッと目を見開いた。そのまま僅かに、木陰から顔を覗かせ、外の様子を探りだす。
 ドドドドドドドド!
 グオォォォォォォ!
 地鳴りに咆吼が加わった。
 姿は‥‥遠くに薄っすらと見えた。距離は100m強。ヴェロキラプトルの足なら10秒足らずで0に出来る。
「‥‥‥‥」
 ソフィアはここまでの時間を概算すると再び影の中に顔を戻した。
 万に一つも見つかるわけにはいかない場面。自分の手先さえも見えない暗闇の中に潜みながら、ソフィアは心の中で時を刻み、同時に魔法を唱え始める。
 ――それが恐らく、戦闘開始までの時間。戦闘開始の合図。
 ドドドドドドドドドド!
 地鳴りはもう、目前にまで迫っていた。
 ここに誰もいなければ、このまま村へ侵入し、放火を行うはずだったのだろうが‥‥今回は違う。
 ドドドドドドド、ドガドガドガドガ!
 間近に迫り、足音へと変わる地鳴り。
 その、地を蹴る音一つ一つもはっきりと認識出来る距離で――
「‥‥1‥‥0‥‥!」
 ソフィアの刻んだ時が、魔法が、
「アグラベイション!」
 戦いの幕を開けさせた。

 ソフィアの魔法が敵の動きを鈍らせたのを合図に、同じく潜んでいた冒険者が一斉に動き出す。
「ホーリーライト‥‥!」
「ローリンググラビティ!」
 トシナミの生み出した光球が侵入路である村の出入り口を明るく照らし出し、マリアの魔法が、中央にいた2体のヴェロキラプトルを空中高く舞い上げる。
 ヴェロキラプトルは一瞬で家よりも高くまで飛ばされ、そのまま受身を取ることも出来ず地面へ叩き付けられる。
 ドガンッ!
「ゲグッ!」
 喉から搾り出したような不気味な悲鳴。
 かなりの高さから落下し、地面に直撃したのだから、相当なダメージを受けたはずだ。現にヴェロキラプトルは、すぐに起き上がったもののかなり動きが鈍っている。
 ――だが、敵は舞い上げた2体だけではない。
「ゲァァゥッ!」
 マリアの魔法から外れたヴェロキラプトルが、牙を剥き出しに襲い掛かる。
 一度動きを鈍らせはしたが、元々大きく距離の取れる場所ではなかったためか、目前にまで接近を許してしまった。
「グガァッ!!」
 怒りを表すように強く吼えがヴェロキラプトルが、ただでさえ大きな口を限界まで広げてマリアに襲いかかる――
 ガキィィィンッ!
 牙が肉を砕く音の代わりに聞こえてきたのは、鈍い金属音。
「仲間を牙の餌食にはさせん!」
 間に割って入ったのは、ギリギリで駆けつけたバルディッシュだ。
「すまぬ、助かった」
「気にするな。それよりも、残る敵を頼む」
 剣を噛ませて動きの止まった敵の腹を思い切り蹴り飛ばし、バルディッシュは強引に距離をあけさせる。
「‥‥ハリボテでは無いようだが、ただのヴェロキにしては歯ごたえがないな」
 ぽつりと呟くバルディッシュの後ろで、マリアはもう一度魔法を唱え始めた。
 いつの間にか灯されたホーリーライトの明かりが点在し、周辺は随分と見やすくなっている。
 敵の数は、変わらず4体の恐獣のみ。先ほど魔法の直撃を受けて地面に叩き付けられた2体は、よろよろと動きが鈍い。しかし、左右に展開した残る2体。こちらはまだ無傷のまま。先制攻撃を受けたせいもあってか、やる気もみなぎっているようだ。
 マリアの前で剣を構えるバルディッシュを警戒してか、双方数瞬、動きが止まり、
「ゲァアアッ!」
 戦いの第二幕を開けたのは、ヴェロキラプトルのほうだった。
 4体で同時にマリアを狙ったようだが、ダメージを受けていた中央の2体が僅かに遅れ、左右からの攻撃になる。
 流石のバルディッシュでも、別方向から来る攻撃を同時に捌く事は出来ないが――しかし。バルディッシュは一瞬、ちらりと目だけで空を仰ぐと、迷うことなく一方のヴェロキラプトルへ向かって跳んだ。
 同時に。
「わしも忘れてもらっては困るのう。コアギュレイト‥‥!」
 残る一方、目の前に誰もいなくなったことで安心したようなヴェロキラプトルの頭上から、トシナミの声が響いた。
 マリアにばかり目がいって、頭上のトシナミには気が付かなかったようだ。‥‥とはいえ、気付いたところでどうしようもない。
 声は不可視の呪縛となり、ヴェロキラプトルの体を縛り上げる。
 動きの止まった恐獣は飾りにも等しい。効果時間は長くないが、続いたマリアの魔法で残る2体ごと巻き上げて、一気に戦況を有利へと傾けさせる。
 ――はずだったのだが。
 自体は、誰もが予想だにしなかった方向へと動いた。
「む‥‥?!」
 トシナミの放った呪縛はヴェロキラプトルを縛ることなく、ただ代わりに、光となってその体を包み込んだ。
 ホーリーライトのような光球に飲み込まれたヴェロキラプトルの姿は光の中で完全に見えなくなり、中で何が起きているのかわからない。
 魔法を間違えた、などということは無いはずだ。そもそもこの光は、ホーリーライトのように周囲を照らすようなものではなく、ただヴェロキラプトルを取り囲んでいるだけのように見える。
 ――光が発生してから、ほんの数瞬の間。包まれたヴェロキラプトルを含め、その場にいる全員がピタリと動きを止め、事の成り行きを見守り――
 バチンッ、と。突然、光が弾けた。
 弾けた光はすぐに暗闇と同化して、その場はまた、ホーリーライトの光が照らす淡い明るさの夜へと戻っていく。
「一体、何が――‥‥っ!」
 マリアの呟きは、光と共に闇に溶け‥‥ヴェロキラプトルの姿を確認しようと視線を巡らせた途端。何かに驚き、びくっと後ろへ半歩跳んだ。
 僅かに遅れて、他の者達もヴェロキラプトルの姿を探し‥‥
「‥‥‥‥」
 数秒の間。
 全員が唖然と目を見張るその先にいたのは――裸の男だった。
 一切合切隠す物をもたず、当人も何が起きているのかわからないのか、ただきょとんとしたままその場に立ち尽くしている。
「っきゃぁあ!」
 更に数秒置いてから、ようやく短めの悲鳴が響いた。
 発したのはソフィアだろうか。その悲鳴で全ての時がまた慌しく動き始める。
「え、お、俺、え?! ちょ、え、なんで!?」
 慌てふためきながら、ともかく色々手で隠して座り込む男。
「よくわからんが、事情を聞くのは捕らえてからだ。ローリンググラビティ!」
「のぁああ!」
 男とヴェロキラプトルを一緒に巻き上げる、マリアの魔法。
「グ、ゲァッ!」
「‥‥逃がさん」
 混乱に乗じてか、それとも混乱してか、くるりと背中を向けるヴェロキラプトル。そして、それを背後から薙ぎ倒すバルディッシュ。
 ‥‥突然のことで酷い混乱状態に陥った戦いの場だったが、ともかく。
 ヴェロキラプトル4体改め、3体と男1人は、無事全員捕らえられた。

●闇の中の光消し
 静かな夜。人の姿は無く、ただ暗闇が体を包み込む。
 そのなんとも言えない安堵感に酔いしれながら、一人佇む、家の陰。
 本当に静かな夜だ。遠くで繰り広げられているであろう戦いの音も、木々や家々に遮られているせいか、ここまでは届かない。
 聞こえてくるのは時折そよぐ風の音と、ピィィィィィという甲高い笛の音だけ。
「‥‥笛?」
 そこまで思いを巡らせて、ようやく気付いた。
 が、同時に。
「ローリンググラビティ!」
「うわあああっ!」
 間近、それも目線よりも高い位置から声がして、不意に浮き上がっていく体。いや、上に落ちているのか。
 体の上下もわからなくなりながら、それでも何とか手足をばたつかせるが‥‥どんなにもがいても、その手足に触れる物は何も無い。
 水のような抵抗も無い、ただの「虚空」。男はその恐怖を存分に味わい、堪能し、永遠とも思える一瞬の空の旅から、ようやく現実へと引き戻される。
 ドガン!
「げはっ!」
 背中を強打し、押し出されるように声を吐きながらも、男は地面へ辿り着いた事に一瞬だけ安堵した。
 ‥‥そしてすぐに、強烈な痛みが全身を襲う。
「様々な物を、想いを焼き尽くしてしまう悪しき所業! たとえ真実がどうであれ、許す事は出来ません!」
 男が無言で痛みにのた打ち回る中。地を這う体の上空から、ビシッと力強い声が響いた。
「だ、誰だ‥‥?」
 全身かなり痛いだろうに、それでも何とか顔を上げ、息も絶え絶えに言葉を搾り出す。
 この辺りの無駄な根性は見上げたものだが、無駄は無駄。そんなことよりも悪に進まぬ心を持つべきだ。
 そして。それを持たず、悪の道へと進んだ者は、何があろうと「悪」であることに変わりは無い。
 ――すなわち、受けるべき報いがある。
「ローリンググラビティ!」
 勿論、これがそうであるというわけではない。
 そもそもこれは、放火を止め、敵を倒し、捕縛するための行為なのだが――それでも、ここから何かを見出すこともあるだろう。

「フランカさん!」
「敵を見つけたか?」
 笛の音に気付き、ソフィアとマリアが駆けつけたのは、丁度男が抵抗する気力をなくした頃だった。肉体的なダメージも勿論だが、心の中で挙げているであろう数本の白旗の方が大きそうだ。
「お二人とも、丁度いいところへ」
 倒れて痙攣している男の頭上に浮きながら、フランカは気さくな感じで振り返る。
 念のためにと、マリアはトシナミからロープを預かってきたのだが‥‥その必要もなかったのでは、とさえ感じられる。
「なんだかボロボロですねぇ‥‥」
「それほど激しくしたつもりは無いんですけどね」
 実際、2、3発の魔法を当てただけだ。それが軽いかどうかはまた別にして、とにかく男の方はまだ体力が残っている。
「ともかく、放火を防ぐ事が出来て何よりだ。これに勝ることはない」
 マリアは言いながら歩み寄ると、手早く男を縛り上げた。
 後ろ手にして強く締めると、その強度を確認。解けないことがわかると次の工程へ続き‥‥最後にもう一度、動きが取れなくなっている事を確認すると、ソフィアとフランカへ小さく完了の合図を出す。
「これで一件落着‥‥ですかね?」
「そうだといいのですが‥‥」
 ――と。どこか不安げにうなずいた時。
「ワゥ! ワゥッ!」
 見回りの補佐のためにとフランカが連れて来ていたペット、ハウンドのジーゲンが激しく声を上げ始めた。
「ゥゥウ‥‥ワゥッ!!」
「あっ、ジーゲン!」
 低い唸りから大きく吼えると、ジーゲンはどこかへ向かって走り出した。
 犬は他の多くの動物達よりも遥かに優れた嗅覚を持っている。詳細な理由はわからないが、何かを見つけた事に間違いないだろう。
「ここは頼みます!」
 その姿を見逃さないよう、フランカは真っ先にジーゲンの後を追って飛び出した。
 考えられるのは、まだ敵がいた場合。そしてその敵が、放火をしていた場合。これが最も考えやすく、悪い事態だ。
「あ、私も行きます! マリアさん、後をお願いします」
「わかった。そちらも頼む」
「はい!」
 先の状況がわからない今、仲間は多い方がいいだろう。自警団も見回りはしているが、それが正確な場所を掴むのにどれほど時間がかかるかわからない。更に敵が恐獣だった場合、村の自警団では手も足も出ないだろう。
 この場は骨抜き状態で縛られ、ボロボロの男が一人のみ。見張りはマリア一人に任せても大丈夫だと判断し、ソフィアもすぐに後を追った。

 フランカが最初に感じたのは、赤い光だった。いや、明かりと言うべきか。
 吼え続けるジーゲンの声を頼りにいくつ目かの角を折れると、先の道から漏れた明かりが目に入った。それは夜の闇と家の陰によって、淡く薄っすらとした光に見える。
 ――しかし、フランカはその正体をすぐに察知した。
 元々「そうであって欲しくない」と願っていたこと。辿り着くには容易い答えだった。
「ジーゲン!」
 確認の意味も込めて、名前を呼ぶ。もしも声が遠くなっていけば、ただの思い過ごしということになる。
 ‥‥が。やはり、答えは変わらなかった。吼える声は光源と思われる場所で止まっている。
 一瞬ごとにその場へ近づいていくフランカ自身、ジーゲンの指し示す場所の「そこ」であることはわかっていたが――
「ジーゲン‥‥!」
 先に進んだ角を折れ、姿を確認するよりも早くもう一度名前を呼ぶ。
 まばたき程の間で、一瞬だけ遅れた視覚の伝達。その場に辿り着いてから、「三つ」のものが目に入ったのはほぼ同時だった。
 一点を睨み付けながら吼えるハウンド、ジーゲン。その視線の先、ジーゲンの鋭い眼光を物ともせずに燃える炎。そして――その光に照らされながら、走り去る何かの影。
「あれが‥‥っ!」
 間違いない。今見えた影こそ、この非道な明かりを灯した、犯人。
 ――捕まえなければ――!
 フランカは爆発しそうな感情で咄嗟に犯人を追いかけようとして‥‥ピタリ、とその場で足を止めた。
 そのまま振り返った視線の先は、徐々に勢いを強めようとしている炎。
 後ろから仲間が追ってきているだろうが、それを待つ間にも炎は大きくなってしまう。それならば今確実に火をした方がいい。
 今犯人を逃がせば、別の場所で火を放つかもしれない。ここは仲間に任せ、第二、第三の放火を防いだ方がいい。
 二つの相反する考えが同時に頭を巡り、動きが止まるフランカ。
 どちらを選ぶのが確実か、最良か。どちらも必要な二つの選択に、フランカは甲乙をつけかねて‥‥
「フランカさん! 火は私に任せてください!」
「えっ?!」
 不意に、声が聞こえた。
 声の主はソフィアだろう。距離が遠く、まだ姿は見えないが、フランカの方へ向かってくるような影があった。
 遠巻きながら、動きの止まったフランカを見て気付いたのだろうか。それとも単に「虫の知らせ」というものか。あまりにも突然のことで驚いたが、どちらにしても、その事に感心している場合では無い。
「‥‥ソフィアさん、頼みます!」
 一瞬だけちらりとソフィアの方に目をやってから、フランカは言葉を残して犯人の追跡に向かった。
 仲間の応援を受けた今、やるべき事は一つ。確実にその応援に応えるだけだ。

●守られた平穏
 捕らえたのは全部で6人。男5人に小柄なパラ1人、それがこの盗賊団の構成だった。
 元々天界の冒険者だったらしいこの6人は、それぞれミミクリーで変身し、あるいは変身させ、普通の村人ならば逃げ出すであろう恐獣となって村を襲っていた。
 そして、金品強奪を隠すため、また火に紛れて逃走するために放火。村を炎に包んだ。
「村を焼かれた村人達の苦しみ、悲しみが解るか? そもそもお前達は本来、天界人として――」
 朝が来る前から始まったバルディッシュの説教。時はもう朝を過ぎ、人々の働き出す時間になっていた。
 男達は全員、ほぼミミクリーが解除されたままの姿‥‥つまり裸同然で縛り上げられ、横一列に並んで説教を受ける。
 これはまだまだ終わりそうにない。
 村が無事なことを確認して、ちらほらと戻り始めた村人達も好奇の目を向けていた。
 一軒の家に僅かな焦げ跡を残してしまったが、迅速な消火によって被害はそれだけ。空家だった事も幸いして、ほぼ0に等しい。
「本当に助かった。心から礼を言わせて貰いたい」
 説教を続けるバルディッシュは一先ずそのままに、感謝の意を述べる村長。
 村人も、村も、物も、そして想いも。こうして無事、守り切られた。